卯月(3)
俺が襲われた日から数日が過ぎた。
あれ以降、今のところなにもないし、誰にもあのことは話していない……てか、誰が信じてくれるのこれ。
あの時俺を助けてくれた若草柚希っていう先輩も、ちょこちょこ探してるんだけど…一向に見つからない。
あれ夢だったんじゃないかな……?
いやでも、うーん……。
「とやまる、とやまる、おーいとやまる〜」
「……う、ん? えっ、俺!?」
「そうよ〜、昨日兎夜くんがあだ名とかあったらなって言ってたから考えてみたんやけど……どうかいな?」
そういえば俺、そんなこと言ったかもしれない……
「めっちゃいいね。とやまる、とやまる……うん言いやすい!」
「やろ? 気に入ってくれて良かったわ」
華代は微笑んでいた。
「あぁそうや、今日放課後美術室行くんやけど、一緒来ん?」
美術室か…普段縁があんまりないからなぁ…芸術の選択科目、音楽取っちゃったし。
「一緒行っていい?」
「いいよ〜、うちの高校の美術部すごいけんとやまるびっくりするかもね」
時は巡って放課後。俺は華代に連れられて美術室に行った。美術部って人数少なめで、静かなイメージあったけど、全くそんなこと無かった。
「美術室……広くない?」
「そうなんよ。なんか知らんけどうちの学校昔から、絵に興味ある人集まりやすいみたいで、美術部なのに四十人おるもん。普通ないよね」
油絵、水彩画、中には彫刻とか作ってる人までいる。その中に一人、水墨画を描いている人がいた。
大きな龍の絵。すごいなぁ、俺には絶対描けない。
華代はその人に声をかける。
「柚希先輩、遅くなってすみません。家にある墨持ってきました」
ん? 柚希先輩……?
「あぁ、華代ちゃん。ほんとありがとうね。あれ、君この間の……」
「えっと、歌田兎夜です! この間はありがとうございました!」
「えっ、とやまる柚希先輩知っとったん!?」
いろいろ事情を説明しようと思ったんだけど……
「そう。あー、始業式の日だったかな。この子転校生でしょ? だから道に迷ってたみたいで、道案内してあげたんだよ」
「あぁそうだったんですね!」
なんか誤魔化された。
あの不思議な出来事を言ったって信じてくれないだろうし、まぁちょうど良かったの……かもしれない。
そこからはごく普通の会話をした。柚希先輩、見た目がすごくクールだからあんまり話さないんだと思ってたけど、すごく楽しそうに話していた。
結局その日は下校時間ギリギリまで話し込んで、三人で帰った。
「じゃあ俺こっちなので……」
分かれ道、ここの分かれ道でみんなバラけるらしい。
「じゃあまたね」
まぁまさか転校数日で他学年に知り合いができて、しかもそれが偶然友達の知り合いっていうのはなかなかレアケースじゃない……?
色々考えながらまた歩いていると、
タッタッタッ
後ろから足音がする。いやでもさっきまで誰もいなかったはず。
数日前の事もあってめちゃくちゃ怖い。
勇気を振り絞って振り返ると、そこには柚希先輩がいた。
「えっ、先輩あっちなんじゃ……?」
「あぁいやそうなんだけどさ、華代ちゃんの前ではああいう不思議っぽい話やめといて欲しいってこと伝え忘れたなって思って。」
「……あぁ、はぁ」
「華代ちゃん、お化けっぽい話苦手だから……」
「えっあれお化けなんですか!?」
「……さぁ? じゃ、そゆことで〜。」
そういうと先輩は反対方向を向いて歩いていった。
ほんとに、この町不思議すぎない……?
とある所で、少年たちは話をしていた。
「……この彼岸町に引越して来たヤツがいるって本当か雅之」
「あぁ、そうらしいな。僕は見ていたわけじゃないけど、ヤツが言うんだ。間違いないじゃろう」
「……はっ、言い伝え通りってかよ。くだらねぇ」
「まぁ、彼はまだ能力を使っていなかったらしいし、言い伝えの真偽も不明だ。そうカリカリしなさんな、雷斗」
「……気に食わねぇ。なにが守護者だ」
それは、月も眠った午前二時の話だった。