葉月(1)
ひなみ達のことがあってあまり気が晴れないまま、遂に夏本番の八月を迎えてしまった。
メッセとか飛ばしてみても返ってこない……なんてことを予想してはちょっと嫌になる。どうしたら良かったんだろう……
外でドンドンって音がなってる。花火みたいな……? あぁそうじゃん、今日花火大会じゃん!!
夏休みに入ってから日付感覚を失っていた。ずっと憂鬱になっていた訳ではないんだけど、考え事ばっかりしてた。
「今日花火大会やね! 海近くの小さな神社に、六時半集合で大丈夫?」
スマホに通知が入った。華代からのメッセージだった。
「大丈夫だよ!」
と返事をすると、その三十秒あとくらいに笑顔のマークが送られて来た。
「そうだった。今日のこと楽しみにしてたんだった」
そんな独り言を呟きながら、立ち上がってクローゼットを開けてみる。いや…別に気合い入れてオシャレするつもりではなかったんだけど……
いろいろあって考え事ばっかりしてたけど、今日だけは楽しみたい。だからちょっと、ちょっとだけ凝ってみようかなって思った。
陽炎が見えるほど暑い真夏日。しかし、夕方から気温が下がるらしい。
「さすがにあちぃな。顔が焼けそう……。いや、長袖着ておいてなんなんっスけど……」
長袖を着て歩く人がひとり。周りからはすごい目を向けられるが、彼はそのコートを着ている方が涼しいのである。
「あの野郎から刺された時は終わったって思ったっスけど……効果が切れてなくてよかった。切れてたら今頃暑さでやられてたっスよねぇ……」
買い物袋を手に下げ、アスファルトの上を進んでいく。すると、反対側からやけにふらついている人が歩いてきた。
周りにはその人以外誰も居ない。
「ちょっと……大丈夫ッスか。」
「あ……はい、大丈夫ですよ。すみません本当に」
その少女は再び歩き出す。彼女がふらつくと共に二つ結びが揺れる。
「いや……あんた絶対大丈夫じゃないっスよ。とりあえずは……」
少女を引き止め、買い物袋の中から水を取り出して渡す。
「……?」
少女は不思議そうに首を傾げた。
「飲んでいいっスよ。倒れられちゃどうしようもないんで……」
「あぁ……ありがとうございます。」
そういうと、少女は水を飲んだ。しかし、あまりたくさんは飲めていない。顔色もあまり良くない。
「……あんた、名前は?」
「私ですか? んぇえ細流小春です」
「細流……変わってるなぁ。これはこの町でも一人しかいないっスよね……」
「お兄さんは……?」
「あぁ……黒川」
青年は苗字のみを名乗った。
そのあと、黒川は一人でブツブツと何かを呟いていた。
小春は相変わらずふらついている。
「……いいっスか? いまから見たものは全て夢っスから」
そういうと、黒川は本をパラパラとめくりはじめた。
あるページで手を止めると買い物袋からもうひとつ水を取り出して、地面に魔法陣を描いた。
「ちょっと、その中に入ってもらっていいっスかね」
小春は魔法陣の真ん中に立った。次の瞬間、小春はその場から消えた。
「はぁ……ガキだったし、ふらふらしてたし。魔法を使ってたってなんとも思ってねぇだろ。目の前で倒れられちゃ気分悪いっスからねぇ……。ほんとに、変わった苗字の子で助かった……家が一件しか出てこなかったっスから百パー家に転送出来てるはずっスもんね……」
そう呟きながら、残りの水で魔法陣を消した。
真夏の炎天下、魔法使いの青年は空になったペットボトルを投げ捨てて、道の先に消えていった。




