文月(3)
「ねぇ、旭飛。大……丈夫?」
後から追いかけてきた小春が尋ねる。
「……うん、大丈夫。心配かけてごめん」
目をグジグジと拭いながら答える。
「あれは間違いなく……邪神様の手下とか、そういうのだったと思う。そして、やっぱり兎夜先輩が資料に書いてある負を断ち切る存在で間違いないよ」
「興味本位で調べてた事が、ここまで本当になるなんて思ってなかった。ちょっと正直ビックリしてる」
旭飛は目を瞑る。また少しして、目を開く。覚悟を決めたような目だった。
「私たちにも何か出来ることがあるかもしれん。なにかしてみよう!」
小春は首を縦に振る。
「うん! 私、ちょっとまたできるだけ早く色々調べてくる!!」
二人は顔を見合わせて頷くと、それぞれの方向に走り出した。
どうしたらいいんだろ……。俺が何とかしなきゃ。
とりあえず魚の化け物にもう一回銃を撃ってみる。何とか当たりはするんだけど、パーツが落ちてまた戻ってを繰り返すだけ。どうなってるんだろこれ……。
「ふふっ、君らなんかじゃどうしようもないでしょ?」
絵谷がまた何かを出てきた。何あれネジ?
「兎夜君それ爆弾!!」
「ば、爆弾!?」
気がついた時にはもう遅くて、俺はただ吹き飛ばされる。壁にぶつかった背中が痛いったらありゃしない。
「いった……」
立ち上がろうとする所に魚の化け物が飛んでくる。とりあえず銃を撃とうとしたけど……カチャッカチャッと音がするだけで、弾が出ない。
「うっそ弾切れ!?」
やばいやばいどうしよう……。どうにもできずに腕で防ごうとする俺の目の前に白い虎が通って、魚の化け物を真っ二つに食いちぎった。柚希先輩の虎、めっちゃ強ぇ……。
「大丈夫!?」
「あっ、はい! ほんとありがとうございます」
それでも魚の化け物はまた再生した。何あれほんとに無敵……?
……前に黒川と戦った時ってどんなだったっけ。前の出来事からヒントを得ようと思って、過去のことを思い出す。
「えっと、確か……」
黒川を倒した……いや、あの倒したのは俺じゃないけど、あの男の子が倒した時、黒川の心臓に当たる所から刀が出てきた。ということは……
「兎夜先輩! 核です! それら不思議な生物には、核になる部分があるって資料に書いてありました!!」
「小春ちゃん!?」
「私も居ます!!」
冬樹に向かってバットが振り下ろされる。冬樹は鉄の盾みたいなものを作り出して防いでいる。
「えっ、旭飛まで!?」
「旭飛ちゃん! 逃げてって言ったよね!?」
「柚希先輩を置いて、逃げれるわけないじゃないですか……! なにか少しでも、少しだけでも力になりたいんですよ!!」
もう一回バットを振り下ろすけど、絵谷は軽々と避けて、小さめの爆弾で旭飛は吹き飛ぶ。
「旭飛ちゃん!!」
……旭飛に小春ちゃんまで。俺がやらなきゃ、みんなを守らないと!!
「はぁ、びっくりした。君、慕われてるんだね。何かと思ったらさっきの後輩さんじゃん。……この子も厄介だね」
「やめて、旭飛ちゃんには手を出さないで!」
鉄の部品を繋ぎ合わせて出来た歪な鋭い棒を、旭飛に向けてる。
「くっそ……当たれ!!!」
必死で銃を撃つ。その弾丸は絵谷の右腕に命中した。
「いっ!?……ほんと、痛いなぁ」
さっきは弾が出なかったけど、今度は出た。一定時間開けないと次の弾が出ない仕組みなのかな……? にしても、弾丸は当たったはずなのに血が出ているような感じはない。当たった所から黒い煙みたいなのが出てる。
右腕に弾が当たったからだろうけど、次の物を作る速度が落ちたと思う。それでもまた魚の化け物が迫ってくる。やばい、さっき弾使ったから一時出ないかも。そう思っていた時に、魚の化け物を旭飛がバットで砕く。
「兎夜先輩! 私も役に立でしょう?」
「立ってるよ、ほんとありがとう!」
バラけた魚の化け物の部品の一部に、赤く輝く所を見つけた。多分あれが核だ。弾が出るか分からないけど、一か八かで!
「そこだ!!」
銃を撃つ。辛うじて自動リロードが間に合ったみたい。やっぱり赤く輝くところが核だったみたいで、再生しかけていた魚の化け物は、変な叫び声を上げて朽ちていった。
「なんかほんとに変な魚だったなぁ……」
絵谷がピクっと動く。
「……変なんかじゃない! どいつもこいつもボクの絵を貶しやがって!!」
絵谷は大量の歯車を具現化してこちらに向かって投げてくる。俺は近くにあった机を倒して防ぐ。柚希先輩達は、壁を作って防いでいた。
ふらふらと柚希先輩が立ち上がる。旭飛が心配そうに見ている。
「君の絵、とっても綺麗だったよ。色が鮮やかなのにトゲトゲしていない優しい絵だ。でもそれは昔の話だよ。今の君の絵は芸術性には優れている。けど、前みたいなあたたかさはない。黒い感情が見える」
「うるさいなぁ!称えられ慕われるお前なんかにボクの気持ちが分かってたまるか!!」
大きなバクテリオファージのような機械を具現化して、こちら側に向かって迫ってくる。
……絵谷がどうしてこうなってしまったのか俺にはわかった気がした。バクテリオファージの核だろうと思われる場所を撃ち抜いて、
「絵谷冬樹。君のその能力を生まれ持ってのものでは無いとと考えて言うね。君は……今まで普通の人間だった。でも、絵を貶された事をきっかけに邪神様の手下になった。違う?」
絵谷が目をそらす。
「……はぁ、絵も描かない君になにがわか」
「全ては分からない。でも、自分が一生懸命頑張ってることを貶される事が辛いことはわかる。俺もそういうことあるから。俺が経験した嫌だなって気持ちと、君が経験した嫌だなって気持ちが同じだとは思わない。でもさ、なにか別の力に縋るのは、きっと違うと思う」
続いて、柚希先輩も語った。
「そう。兎夜君の言う通りだよ。君はとってもいい絵を描いていた。今の絵よりもあたたかくて、一目見ただけで作者が優しい人なんだろうなって分かるような、そんな絵。君の周りは、たまたま君の絵を気に入らなかったのかもしれない。でも、それでも、君の絵を好きだと言う人はいるんだよ。君のそのあたたかい絵が好きだって言う人が居たんだよ。少なくともここに一人、私がいた」
冬樹が体制を崩す。
「ボクはただ……認めて欲しかっただけで。こんなことがしたかったわけなんかじゃ……」
「……大丈夫、分かるから。君は悪いやつなんかじゃない。俺もさ、君が描くそのあたたかい絵を見てみたいって思うよ」
絵谷に歩み寄る。すると絵谷は微笑んで言った。
「……本当にありがとう。柚希さん、そして守護者くん。部内でずっと貶されてきたくらいで気が滅入って、おかしな方向に走り出したのが間違いだった。……さぁ、守護者くん。ボクを撃って」
「いや……でももう君は……」
絵谷は首を横に振る。
「邪神様の力が残っていたら、元の絵は多分描けない。それ以上に、この力はもう僕には要らないから」
もう悪くない人を撃つのにはすごく抵抗がある。それでも……。
「ごめん」
銃声が鳴る。絵谷が倒れていく。心臓なんて撃たれたら痛いはずなのに、彼は笑っていた。そして、絵谷から黒い靄が出たと思ったら、次の瞬間には消えていた。周りに突き刺さった歯車や、鉄の破片も消えていく。どっと疲れが押し寄せて、俺まで倒れ込む。全く気がついてなかったけど、俺、初めて本物の銃をまともに使ったんだ。意識ははっきりしている。ただ疲れて動けない。緊張の糸が解けるって言うのかなこういうの。
近くに柚希先輩がしゃがみこむ。
「ごめんね兎夜君。ありがとう。本当に助かった。」
「いえいえ、俺はそんな大したことしてないですよ。むしろ柚希先輩に沢山助けて貰って……こちらこそありがとうこざいます」
柚希先輩は綺麗に微笑んでいた。
「人間ってこれだからダメなんだ」
俺らじゃない声がする。何とか顔を動かして、声のした方を見ると、小学生くらいの女の子が座っていた。
「君は誰……? そもそも、人間ではなさそうだね」
柚希先輩が立ち上がって尋ねる。でも、もう柚希先輩も疲れてるはず……。柚希先輩が戦おうとしてるのを察したのか
「いいよ、そんなに身構えなくて。君たちもうボロボロだし。まぁ、頑張ってよ」
そう言って、その女の子は飛んでいってしまった。
その後、部員とか先生とかが来て、保健室に運び込まれて、起きるなり色々と話を聞かれた。本当のことを話しているのに、先生達は一切信じてくれない。まぁ……当たり前か。その日は話を聞かれて、それが終わり次第すぐ帰らされた。美術部交流も中断したらしい。そして、この一件は謎に包まれたことにされたまま、時間は流れていった。




