水無月(5)
雷斗はただ一人、校内の廊下を歩いていた。三年生の教室がある二階、そこを目指している。彼の目当てである絵谷冬樹は、定時退校日にも関わらず、時間ギリギリまで教室にいるのだと言う噂があった。
「あんまり人に見られるのは好ましくねぇな……。早いとこ片付けたい」
彼は独り言を言いながら、階段を下った。
二階教室三年二組。雷斗がドアを開けるとそこには、窓側の端、一番前の席に座った少年が居た。グレーがかった黒い髪と、時期外れな白いマフラーが、窓から入る風に少しなびいている。
「……絵谷冬樹か」
「……そうだよ。ボクに何か用?」
窓側を向いたまま、彼は答えた。
続けて雷斗は言う。
「お前の噂を聞いてきた。なんでも最近調子がいいらしいな。でも最近の絵はなんか変だ……と」
「あぁ、そうだね。でも、最近本当に楽しく描けてる。とってもね」
雷斗は絵谷に近づき、机の上にあった紙をみる。
どうやら絵を描いていたらしい。なにかの機械だろうか。
「……あぁ、そりゃよかったな」
雷斗が絵に触れようとしたその時
「絵に触れるな……!」
途端絵の中の棘のような部分が紙から飛び出し、雷斗の手をかすった。
「てめぇやっぱり……!」
「最初から分かってたよ、君は神崎雷斗だね。二年の中で異質な空気を放つやつだって聞いた事ある。どうせ邪神様の事でしょ? 何が目的?」
「アイツについて何か知ってることがあったら教えろ」
「さぁ。邪神様はボクらに何かを教えてくれる訳じゃないしなぁ……なんにも。て言うか、そもそも知ってても教えないよ」
「あぁ、そうかよ。じゃあ早いとこそのくっそ趣味悪ぃ絵をどうにかしやがれ。元々綺麗な絵ぇ描いてたんだろうが」
「……ボクの絵を、貶すな!!」
先程の紙を裏返しにして、何かを具現化する。バクテリオファージのような機械だろうか。
雷斗は自作の札を投げつける。すると具現化された機械の動きが止まる。
冬樹は少し微笑んでいる。
「へぇ、凄いね。ボクの作品止められるんだ」
「ったりめぇだ。お前みたいな半人外は俺の相手じゃねぇよ」
「ふーん。じゃあ一つ、いいこと教えてあげる。七月に入ってすぐ、この高校の美術部は隣の山葉高校と交流会するんだよ。会場はあっちの方。……言いたいこと分かるかな」
雷斗が青ざめる。
「まさか……お前……!?」
「わかった? それじゃあね」
「おい、まちやがれ!!」
絵谷は白く長いマフラーをなびかせながら、窓から飛び降りた。雷斗も追いかけようとして窓から飛び降りようとしたが
「やめとけよ。あくまで生身なんだから」
体が引っ張られて飛び出せなかった。雷斗の体に糸のような物が絡まっている。これは雅之の仕業である。
「おい何すんだよ」
「彼本体は君の札じゃどうにもならない。月明刀がない今、追いかけたってどうしようも無いことくらいわかるじゃろ?」
雷斗は黙り込むと舌打ちをしてその場を去った。
「あいつ、山葉で暴れる気だ……」
帰路、突然雨が降り出した。まだ梅雨は綺麗に明けきれぬまま、六月は終わっていく。
神無月まであと三ヶ月。




