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カジバノバカ  作者: ブンシモドキ
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二話 ゲッカノハナ 弐


 「......君、最近何かやったか」

 四肢をだらりと投げ出し教本を捲る周に、三査は溜息混じりに問うた。「日課」で疲弊しているとはいえ、この体たらく。令嬢とはかくなるものか、と何度心中でぼやいたことか。

 「勉学に加えて『補習』にも追われる身なので、そう大したことは」

 皮と肉だけは一丁前の娘だ。

 「謙遜家だな。この国では好まれる類だ。娶り先には困るまいよ」

 ......思ってもいないことを。周は鼻を鳴らすと、己の藤色を自嘲気味に撫でつけた。ここ帝都で向けられる嫌忌の目の近因たるソレが、彼女に快い交遊を許すはずもない。

 「こんなのを好き好む輩なんて、いませんよ」

 守若は計上しないらしい。

 「どうだかね。現に、この所、尾けられてるようだけど」

 三査は事も無げに言った。彼の同居人に対する態度は、そもそも淡白だ。それが信頼に因るものか、或いは関心に乏しい故かは、彼のみぞ知るところである。

 「......そんな話を聞いたら、恐ろしくて学舎に通えなくなってしまいますね」

 「御家に勘当されるよりも恐ろしいというのなら、そうし給え。......心当たりは?」

 「星の数ほど?」

 周は、畳をゆるりと転がると、天井を仰いだ。

 

 ......危機が迫れば箍が外れ、脅威をその手で叩きのめすまで止まらない身体とは、それなりの付き合いである。近頃は「補習」の甲斐あってか、ソレを抑え込むコツも掴み、矢鱈と何某を殴り倒すことはなくなった。だが、一度(ひとたび)生じた因縁というのは、そう易易と消えるものではない。それは正当な防御行動と言えたかもしれないが、暗がりの世界に身を置く者らにとっては、到底看過できたものではないのだ。

 「悪漢でも何でも、君ならどうにかできるだろうが、まあ精精気を付けることだ」

 「応援を呼んでもらっても罰は当たらないのでは」

 「残念ながら、一介の警邏にそんな権限はないよ」

 「......三査に送ってもらうのも吝かではありませんが」

 「生憎、僕は此処いらの治安維持で忙しいんだ」

 自称「清く正しい公僕」は、自らの職務に忠実なようであった。

 

 

 ......

 

 

 その翌日のことである。周は、姿の見えない追跡者の存在に恐恐としながらも、何事もなく放課の時間を迎えていた。

 ......今、己が噛み締めているのは、嵐の前の平穏か。そんなことを考えると、一層胸の辺りが締め付けられる感じがする。いっそのこと、襲われでもすれば、殴り倒して警邏に突き出せるものを......などと、思考が一回転してしまう程度には、周は「か弱い」女子であった。そして、そんな彼女が縋ることのできる存在は、捻て草臥れた警邏などではなく────

 

 「守若さん、一緒に帰りましょう。ええ、そうしましょう」

 

 ────肩口に透き通るような金色を靡かせる、無二の友人であった。

 「ひぇ、どうしたの急に」

 突き出された両の手は、守若の腕をがっしと掴み、離す気配はない。その、何ともいえない、必死さすら感じさせる周の態度には、流石の守若も面を食らったようであった。

 

 ......一般に、意思の疎通において、脈絡というのは甚だ有意義な存在である。守若のどこか抜けた面を見、気持ちばかり頭の冷えた周は、渋りながらも、自身が何者かに尾けられていることを打ち明けた。

 

 ......

 

 そうして、しばし。守若は、その磨かれたような両の眼をぱちぱちと瞬かせたかと思うと、急に神妙な顔を作った。

 「......それは、大変だね」

 そして、目を閉じると、うんうん唸り始めてしまった。周は、そんな守若を、縋るような眼で見つめる。これに誘いを断られれば、中央の警邏に頼るしかなくなるのだ。詰所に駆け込んで、やれ「忌み子」だの、やれ「厄介の種」だの罵られた挙句、各所をたらい回しにされるのは勘弁蒙りたいのだろう。

 ......実のところ、周が想像するものより、彼らの対応は幾分ましである。その「勤勉な」印象は、ひとえに、彼女の同居人に擦り付けられたものにすぎない。あの男ではなく、別の警邏を頼っていれば、あるいは異なる展開を見せたのかもしれないが......もはや、後の祭りである。

 

 ......

 

 さて、守若の巡らせていた何やらは定かではないが、どうやら思考はまとまったらしい。突如、くわと目を見開くと、仰仰しく胸を張って、言った。

 「私が助けてあげましょう!まずは制服の裾を......」

 「ありがとうございます。信じていました。やはりあなたは素敵な人です」

 周は、薄っぺらな感謝を以て、守若の口上に食い込んだ。平素、思ってもいないことだ。精精が、器量はいいが頓珍漢な娘、程度の評だろう。

 「ちょ、ちょっと、まだやることが......」

 「さあ行きましょう。帰りましょう。ほら、鴉も鳴いていますよ」

 この時の周には、守若の奇行に付き合う気も、余裕も、更更なかった。ちんたらしていては、日が暮れてしまう。一人でなくなったとはいえ、女子だけで夜道を歩くのは、やはり恐ろしいのだろう。尾けられていることを抜きにしても、異質な髪色の娘が連れ立って歩いていれば、嫌でも目立ってしまう。加えて、先日の火事場泥棒の件もある。周が焦るのも、道理であった。

 「これは、どうなるかなぁ......」

 ......そして、どこか不安気に呟かれた守若のぼやきは、誰に拾われることもなく夕闇の中に掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理せず毎秒投稿できたらなあ(血反吐)

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