神隠しの島-05
「あの役人さまは……神様を信じてねかったんだなあ」
「それならわれらが見えていないのは何でだ? わは神さまではねえぞ」
島民が騒然となる中、島神が笑い出す。その笑い声にも気付かない役人達は、今頃神木の前にさっき供えられたばかりの酒と魚を見て、ますます首を傾げている所だろう。
「これは神隠しじゃ」
「神隠し?」
「ああ、ここはもう人間界では無くなりつつあるという事だ。神界になりつつあるのだ。おお、見てみろ。海も、風も、火も、水も……皆拠り所を失ってここに来よったわ」
「やあ木霊こだま、久しいね」
空神に続き、島民の前には次々と神が舞い降りてくる。神木の使いとも言われる小さな人型のような精霊が、いつの間にか神木の横に佇んでいるのを見て、神木は嬉しそうに微笑む。
そうしているうちに先程の役人が森から戻ってきて、誰もいないと不思議がりながら目の前を集落の方へと通り過ぎて行った。やはり島民の姿も神々の姿も見えてはいないらしい。
島神は島民へと再度尋ねた。
「我らと共に歩むという決意、真だな」
「勿論ですとも。たとえ朝廷のお達しでも、仏像を拝まなければならないとしても、われらは神の恵みで生きていくのです」
「そうか、ならばこの島を人の支配から逃がそう。ここにいる皆とその子ら以外は、もうこの島を見る事すら叶うまい。この島神の大仕事じゃ!」
島神の掛け声で、島は少し揺れ、そしてポカポカと暖かくなっていく。島外の者から見えないと言っても、島民たちにとっては何の変化もない。
「どうなったのけ? 島神さま、神木さま、何かしたのけ?」
「神々はぬしらと共に歩む、そう決めたのさ。ここは神の領域、われらが許す者以外立ち入る事は出来ん」
「もう、朝廷から命令は来ねえのか?」
「ああ、人の治める場所ではなくなったからね。われら神の事をいつまでも思ってくれたらそれでいい。つまりこの島を神の拠り所にさせて欲しいのさ」
そんな事なら全く構わないと、島民はみな呑気に笑っている。きっとこれからも全てのものに神が存在し、いつでも神と共に歩む何も変わらない生活をしていくことになる。
神が見えない者になる心配はない。加護を受けられない者になる心配もない。そう安堵した者達が、皆で安心して集落へと戻っていく。
女達は洗濯をはじめ、男達は海へと漁に出かける。子供たちは今日もまた若布獲りの後は神木と共に森で遊ぶのだろう。
「……おい、おい!」
「ん、どうした」
「後ろ見てみろ、島がねえ、さっき出てきた島が……消えた」
「何だっ……て、本当だ! 人も消えておったが、島まで消えてしまった……」
その頃、海の上では役人たちが船の上で腰を抜かしていた。
豪族が地元神を祀る事を許可された代わりに仏教を受け入れていたせいで、もう役人に神の領域は見えない。そこにあるというのに見えないのだ。
「おい、あれ何だ、何か浮いているぞ」
「……仏様でねえか! 仏像を海に落とすなんて罰当たりな」
それは集落に持ち込まれた木彫りの仏像だった。神界へと共にいざなう事が出来ないため、消えた島から取り残されたのだ。
何故島が消えたのか、何故集落の仏像だけが波に浮かんでいたのか、役人は分からなかった。
役人たちは帰り着けば島が消えた話をし、大騒動を起こしたが……それでも神に身を委ねる生活を捨てたせいだとついに思う事は無かった。
そのうち、消えたと騒ぐ者と共に確認しに来た者も出始めた。そして神を信じる者だけが島を見つけ、真実を知り、残りたければ残った。
行った者が、気づいた時には忽然と姿を消している……いつしかそれは神の仕業、神隠しと呼ばれるようになった。各地に今なおそのような土地はある。
我々には見えない人々と神々の営みが、そこには確かにあるのだという。
古来、この国にはあらゆる地に、物に、生命に、神が宿っていた。
人々は神の存在を信じ、例え姿が見えない時も確かにいるものとして崇め、祈祷によって自分達の状況や願いを伝えようとしてきた。
歴史上では飛鳥と呼ばれる時代。八百万やおよろずの神々が力を失くしていった時代。
神と人が共に暮らす世界、仏と人が共に暮らす世界。
【神隠しの島】……これは動乱の世、その分かれ目にあった島の、名もなき物語。
これでこの物語は終わりとなります。最後まで読んで下さって、本当に有難うございました。
決して神がいい、仏がいい、という話ではありません。
飛鳥時代に仏教が伝わって、古代日本においてはその到来で色々あったんだよ、というお話です。