神隠しの島-03
「しかしよ、この仏様とかって人を拝まなきゃあ朝廷に目をつけられて、火を放たれるって話さ。困ったもんだ」
「この事を神様たちは知っておられるのか。だいたい仏像ってもんは大丈夫なものなのか。神様の姿を形に彫るなんて、そんな罰当たりな真似して大丈夫なものなのか」
「中央では仏像が来てから飢饉で沢山死んだっつう話だあ」
「ほれ見ろ、それこそ神様の人形なんか作った罰だ」
役人に説明され、大陸から伝わった有難い教えだと言われようと、この地に根付いていないものを急に受け入れろと言われようと、分かったと返事した自分達が何を分かったのかも分かっていない。
しかし、何も分からずとも仏様の為に寺院という建屋を準備しなければ、近いうちに豪族もこの集落も罰せられる。
「われらはやっぱり、神様が必要だ。仏なんて会った事もねえ人の教えより、先祖の教えだ。恵みがあるのは森や海や雨の神様のお陰だ。祈りを止めてみろ、恵みはなくなっちまう」
「どうしたらいいものやら……」
「こういう時は、神様に相談するべ。我らは神様のお陰で暮らしてんだからな」
その日、集落の大人たちは神に全てを委ねようという意見で一致し、集会を終えた。神から仏に乗り換える気など更々無い。だが仏教に転じなければ酷い仕打ちに遭う。
その天秤のどちらに傾きたいかはもう既に決まっていた。結局厳しい自然に生かされてきた島の者達が縋ると決めたのは、やはり朝廷ではなく自然の神だった。
朝になると集落の者達は全員で神木の幹の前に集まった。僅かな動物がいて、実をつける木が僅かにあるだけの静かな森は、本土から飛んでくる鳥の鳴き声と、風がそよいで葉を揺らす音しか持たない。
「神木様、いらっしゃればお出ましを」
長おさが酒を肌と同じような色の平らな器に注ぎ、そして今朝獲れたばかりの鯖を供物台に捧げる。暫くすると、神木の裏からは「神木様」が姿を現した。
「これは……集落の皆で集まって、いったい何事だい」
長が神木に対し、中央から来た役人が仏像を置いていき、これからはそれを拝むようにと告げられたこと、集落としては今まで通り神に縋りたいが、朝廷に従わなければ無事ではすまないことを伝える。
神木は少し考えるような仕草をした後、おかしな話だねと言って笑った。
「仏の事は大陸の木々から聞いているよ。彼はとても真面目で、人の幸せの事を強く願っていたそうだ。けれど問題なのはその教えを知った人々なんだ」
「どういうことですか、それは」
「仏の教えが何かなんて、朝廷はどうでもいいのさ。八百万の神がいるこの日いずる国で、例えば朝廷が力をつけるために天皇を神と置く。するとどんなに地位の高い神だ、天照よりも上だと言っても神々の中の1つに過ぎない事になる」
「確かに、森の恵みの事を天皇さまに願う事はねえだなあ。天皇さまは偉くて立派な方と聞くけども、何の神さまだっつったらどうだべ」
「人の神さまか? でも仏って人を信じれってことは、あれ、どっちが偉いんだ?」
神木は中央の事など全く知らない集落の者の為、出来るだけ分かりやすく説明する。島の外に出る者……最近始まった防人の番に就く者も、せいぜい近くの豪族の土地に赴くくらいなのだ。
この狭い島が全ての島民たちは、都がどれ程大きな家々が並び、贅沢な暮らしをしている場所なのかなど、考えた事もない。当然、本物の天皇や、朝廷が何かすら分かっていないだろう。
「そこで朝廷は全てを統べる者として仏を最上位に置き、それを崇めるように言いつけたのさ。神々を否定はしないが仏は神々よりも上、そして天皇はその下に位置すると」
「神木さまあ、ほとけって人は神ではないのけ?」
「ほとけって人は、あんな人形みたいな奴だか?」
少々難しすぎる話だったのか、子供達はあんな小さい人間はいない、あんな人は見たことも無いなどと言って笑っている。
「ははっ、仏は神ではないよ、カヨリ、イルカ。それにあの人形よりもっと大きいと聞いているよ、人間だからね。朝廷は仏の教えを広める為に来たんじゃない。仏を崇める天皇についてこい、そう言っているんだよ」
「わはよく知らねえ人についていかねえって、ととさまに約束したんだ」
「それはいい心がけだね、イノテ。朝廷は仏を利用しているのさ。もちろん、仏自体は悪い人ではないよ。ついて行って悪いことはない」
神木は朝廷が仏教を伝えようとする真意を聞かせ、そして各地で神々の力は弱められている事などを話した。この島は集落の者の絶大な信仰が神を支え、神が島を支えているが、それも仏教が伝われば時間の問題だ。
仏教は人の行いに重きを置き、正しい行動によって道を開く。自然に身を委ねる、生き死にの全てが自然であるという考え方はない。神ではなく仏を頼ったその時から、この島は神ではなく人が支配する島になるのだ。
「なあ、そうしたら神木さまはどうなるだか? 弱くなったらどうなってしまうんか?」
「仏さまは椎の実をたくさんくれるだか?」
「アカル、イノテ、われら神はそこにあるだけの存在になる。椎が実をつけないこともあるし、つけすぎる事もあるだろう。神はそれを何も手伝ってやれなくなる」