94話 大噴火
「ワタルさん!」
再度、クレアさんから呼びかけられる。
今度は完全に目が合った形でだ。
普段、まともに話をしてくれない、それどころか伏せ目がちでまともに目を合わせてもくれないクレアさんが俺の目をはっきりこっちを見て話しかけてきている。
こっちを睨んで怒り声を上げているともいう。
これが激怒の状態でなければ良かったのに。激おこっていう字づらは可愛いけど、激おこの人はそんなに可愛くないよね。
「ワタルさん!聞いているんですか」
「はい。聞いてます」
まだ名前しか呼ばれてないですけど、ちゃんと聞いてます。後、その顔と声は俺の心に効いてます。
「ワタルさん!こんな時間まで何やってたんですか!!」
「えっーと・・・冒険です」
「そうじゃなくて!なんでもっと早く帰ってこなかったんですか!」
そうか、帰りが遅いのを怒っているのか。そりゃ、1日まるまる帰ってこなかったんだからな。怒って当然か。前回は半日くらいでも怒られてたし。
あ、そうだ。
「・・・時間的には、いつもと同じくらいに帰ってきました」
帰って来た時間はいつもと同じくらい。これは完璧な言い訳。反論する余地もない完璧な時間差トリック。
「はぁ!?」
ゾクッとした。
クレアさんの怒りがもう一段階上がった。
さっきまでの怒りはまだ本番じゃなかったんだ。やばい、本当にやばい。これマジの奴だ。
「すみません。1日帰らなくてすみません。ダンジョンの4階に行って遅くなったのでそこで1泊して来ました。すみません。すみません」
これはもうとにかく謝らなきゃ、ふざけてる場合じゃない。そもそもこの状況で何ふざけてんだよ。自由かよ。俺。
「前に言いましたよね。遅くなる時は必ずそう言ってから出かけるって」
「・・・はい。すみません」
そもそも前回、クレアさんは馬鹿しか言ってないじゃないですか。一瞬そんな反論を思いついたが瞬時に謝る。おふざけが許される時間はとっくに過ぎているのだ。もっとマジになれよ、俺。死ぬぞ。
「二度目はないって言いましたよね」
それも聞いてないです。
「はい。すみません」
だが俺は悲しきぺこぺこマシーン。だたひたすらに謝るぜ。
「それなのに、それなのに、丸一日、帰って来ないなんて」
でも俺は冒険者だぜ。ダンジョンに潜っていれば一日くらい良くある良くある。
「はい。すみません」
だけど俺はひたすら謝る。ロボットだから。マシンだから。
「どれだけ心配したと思ってるんですか」
そうか心配してくれたのか、それは悪いことをした。
「はい。すみません」
だけど俺は言葉をしゃべらない。ロボットだから。マシンだから。
「ワタルさん。聞いてませんね」
「はい。すみません」
あっ、しまった。間違えた。
クレアさんの怒気が更に強くなった。しかしその顔は先ほどまでの怒りの表情が無い。全ての感情が抜け落ちたような無表情のクレアさんがそこに居た。
これ一番やばいやつだ。
「もうワタルさんにサチちゃんを任せておけません。今日からサチちゃんは置いていって下さい。サチちゃんは私の妹にして、責任をもって私が面倒を見ます」
サチかあ、クレアさんが心配してたのはサチだったのか。がっかりだよ。
じゃなかった。最後とんでもない発言してたな。このままだとサチを取られてしまう。俺の妹として断固として阻止だ。
「いや、でも」
「何ですか!?」
「いやなんでもないです」
ちょっと怖いから一旦、間をおこう。間を置けばきっと冷静になれるから。ちょっと時間おこ。
「じゃあ、サチちゃん、こっちおいで、お姉さんと一緒にずっとここにいよ。お姉さんの妹になってちょうだい」
やばい、クレアさんの迫力に競り負けたら、サチを妹にしようと誘ってる。なにこれ、完全にスール
の契りじゃん。尊い。これはこれでいい気がしてきた。
じゃなかった。ダメだダメだ。サチは俺の妹なんだ断じて渡さん。
「・・・・・・」
だが肝心のサチは俺の後ろから離れようとしない。首を横に振って拒否している。完全にクレアさんが振られた形になっている。
ざまあ!!
おっと失礼、取り乱しました。しかしこれで分かっただろう、俺とサチの間に強固な兄妹という絆がきちんとあるのだ。それに割って入ることなど出来ないのだよ。
「そんな。ここにずっと居ればもう怖い思いをしなくてもいいんだよ。だからここに居よ。ワタルさんがダンジョンに行っている間だけだから」
ふるふる
サチが再度、首を横にふる。
「サチもこう言ってますし、サチもずっと僕といたいんでしょう。兄であるこの僕と一緒に」
勝った。第3部完。完全な勝利。サチが誰の妹なのかは確定的に明らか。もう勝負ついてるから。
「兄だからって何をしてもいいんですか?本当のお兄さんなら何がサチちゃんの為になるか考えた方がいいんじゃないですか。少なくも私ならサチちゃんを危険な目にあわせないようにします。」
完全に正論です。兄とか関係なく正論です。いや待てよ。
「あれ?僕とサチが兄妹だって知ってるんですか?」
「それは知ってます。前に聞きましたし」
なんてことだ。初めて俺とサチが兄妹と信じている人がいた。なんていい人なんだ。めでたい。サチが妹でいいねと君が言ったから、今日は妹記念日。
「ちょっと、聞いてます?」
「ああ、すみませんちょっと考え事をしてました。で何の話でしたっけ?」
「サチちゃんが危険だという話です」
「そうだった。そうだった。でも自分もサチの安全はかなり考慮しているつもりだし、現にサチは一度も危ない目にあってないし」
「信じられません」
「サチも危険じゃないよな。全然、怖い思いしてないよな」
そうサチに振る。
うんうんとサチも首を縦に振っている。
はい論破。
「信じられません」
駄目でした。論破とかないよね。実際には。
「そう言われても・・・」
さてどうしよう。どうすれば、このクレア大明神の怒りを。疑惑を晴らす事が出来るのだろうか。
やれやれ、ここは俺の強さを示すしかないのか。どうやって?それは勿論ベッドの上で――
「決めました」
ええ!?マジでいいんですか。すみません。初めてなので優しくしてください。
「私もワタルさんについて行きます。それで本当に危険が無いか確かめます」
あ、はい。そうですよね。そんな訳ないですよね。
って、クレアさんついて来るんですか?何処に?
「ついて行くって何処にですか?」
「勿論、ダンジョンです」
「えっ、でも危険ですよ」
「危険なんですか!?」
「いえ、危険ではないです」
「じゃあ、私がついて行ってもいいじゃないですか。それとも何か不都合な事でもあるんですか?」
「いえ、そうじゃないですけど・・・」
えっ、何これどういう流れ?本当について来るの?
「いいですけど、クレアさんダンジョンに入った経験はあるんですか?」
「ないです。ないですけど大丈夫です。こう見えて私、魔術師なんです。自分の身くらい自分で守れます」
魔術師なのは知っているのだが、本当に大丈夫だろうか。
俺が今後活動する4階はオークの巣窟だ。女子供が行くべきところではない。
そう考えると普通にサチを連れてるのもやっぱり問題はあるような気がしてきた。じゃあこの論理はなしで。
まあ、冷静に考えればクレアさんは普通に魔術師としては優秀なスキルレベルなんだし、何かあれば俺が守ればいいか。
「分かりました。正し、活動時間は夜ですよ大丈夫ですか?」
「大丈夫です。今から寝ますから」
「はあ、後は暫くは4階で活動するのでダンジョンに寝泊まりすることになりますが大丈夫ですか?」
「ダンジョンで寝泊まりですか?い、いいですよ。ドンとこいです」
ダンジョンで寝泊まりと聞いてクレアさんがビビッている。まあ、そりゃダンジョンで寝泊まりといったら野営を想像するよな、宿があるなんて思わないよ、普通。
野営なんて、俺でもやるか?と聞かれれば出来ればやりたくないほど難易度は高い。それでも行くのか。結構クレアさんって頑固なのかも。
「わかりました。出発は明日というか今日の昼過ぎごろ、ご飯を食べてから行きます。それまでにダンジョンに行く用意をしておいてください」
「わかりました。それまでに準備しますから、ちゃんと逃げずに待っていて下さいね」
そう言って、クレアさんは去っていった。
逃げる。そういう手もあるのか。
まあ、そんな事したら今度こそ終わる。
それにそもそも、これは厄介事なんだろうか?いや違う。これは吉事だ。とても嬉しい事だ。
考えてもみたまえ、女の人と一緒にダンジョンで冒険だ。それもオークとかいう完全な竿役エリートみたいな敵がいるところに行くのだ。
こんなのクレアさんが襲われている所を華麗に助ければ、キャー素敵抱いての流れだろう。素敵抱いてムーブだろう。
そうじゃなくても、女性と1泊2日の旅行とか完全に彼氏彼女の関係だろう。いや予定は決めてなかった。2泊3日でも7泊8日でも選びたい放題だ。7泊8日とか完全に新婚旅行じゃん。
そんな旅行が出来るのだ。嬉しさしかない。むしろラッキー。
怒りモードのクレアさんを見た時はどうなる事かと思ったけど、いい方向に事が運んでくれた。良かった。良かった。
安心したところで急に眠くなってきた。今日も色々あったからな。
良し、明日に備えて寝よう。
と言う訳で自分たちの部屋に入り、フカフカのベッドで寝る。おやすみなさい。
次の日、というかその日の昼過ぎごろ目を覚ます。何時もと同じくらいだ。
だが昨日とは、体のスッキリ具合が全然違う。
やっぱ、ベッドはフカフカに限る。昨日の安物の二段ベッドとか寝た気がしないわ。
起きたので身支度をしてから朝ごはんを食べる。
何時もは、給仕をしてくれるクレアさんがいない。アマンダさんと時々見かける子の2人でお世話してもらう。
クレアさんは今日の準備をしているのだろうか。結構、本格的な準備をしているのかもしれない。
野営をするかもしれないと思っているだろうし、何しろ初めてのダンジョンだ。準備してしすぎるという事はない。
「すみません。遅れました」
朝食も食べ終わり、身支度も済み、皆準備万端となったところで、聞き取れるか聞き取れないかの小声でクレアさんが入ってきた。
見ると、格好は何時ものメイド服だ。あれ?やっぱり行かないんだろうか。
しかしよく見るとメイド服の後ろにマントを付けており、その上にリュックを背負っているのが見える。
なんだ?どういう事だ。
「クレア?今日はダンジョンに行くのですよね?」
アマンダさんが声をかける。
「はい。そうです。急いで準備をしましたが、準備はバッチリです」
「その格好で行くのですか?」
「はい。そうです」
嘘でしょ。メイド服は最強の防具だと何かの物語で読んだが、まさかこの世界でもそうだったとは異世界侮りがたし。
「馬鹿な事を言ってないできちんと戦闘をする格好に着替えなさい。ダンジョンに行くんですよ。街に遊びに行くんじゃないんです戦える恰好をしなさい」
「えっ、でもこれでも戦えますし。マント付けてますし。私は魔術師ですし」
「はぁー。ワタルさんすみません。こんなですが、クレアの事をよろしくお願いします」
アマンダさんは深いため息をつくとそう言った。
このやり取りで分かった事は、どうやらこの世界ではメイド服は戦闘用ではないという事だ。
つまり、クレアさんは何の防具もつけずにメイド服だけでダンジョンに行こうと言う訳である。
そりゃ、アマンダさんも呆れるわ。
クレアさんって結構、アレな人なんだな。
そして、そんなクレアさんと行くダンジョンはきっと大変だという事が分かった。
しょうがない、もう引き受けてしまったことだ。今更、なしにはできないだろう。
こうなったら、このクレアさんを連れて、全然危なげなく、むしろ少し楽しめな旅行ぐらいな感じにしてやる。
そしてサチと一緒に行く事を認めさせるのだ。
良し、いっちょ頑張りますか。そうやって自分に気合を入れるのであった。




