89話 新天地
亀はもう狩らない。4階へ行く。
この2つの事を決めた事により気持ちが少し軽くなった。
良し、やる事が決まったら早速、行動しよう。
この3階での後片付けをする。
当分の間、3階のこの湖には来ないのだからここでやり残した事がないようにしないと。立つ鳥跡を濁さずだな。
まずは壁について。もう亀を狩らないなら必要ないし、勝手に作ったものだから使わなくなったら元に戻した方がいいだろう。
改めて壁を見る。立派な壁だ。俺達の努力の結晶といってもいい。
すみません。やっぱり勿体ないので残します。壁を作るのに3日もかかったし、何より壁の『硬化』スキルを1.0まで上げちゃったからな。壊すのは忍びない。
マリーさんに残していいか確認しよう。これを残すことで誰かに迷惑がかかるなら改めて壊しにこよう。
じゃあ、次は魔鉄鉱石だな。
実は前に2階に埋めていた魔鉄鉱石の欠片は、時間がなく肥料をあげるなどの世話することが出来なかったので3階のこの場所に持ってきて埋めていたのだ。
亀とか蟹とか大量に魔物の死体が出て、埋めた分の栄養素的な奴が勿体なかったという事もあり、ここで増やしていた。
大量の亀と蟹の死体の成果もあってか10日で5倍くらいの大きさになって今では握りこぶし程度の大きさになっている。
ここに置いて行ってもやっぱり世話することが出来ないので4階に持っていこう。
4階でいい狩場が見つかればそこに埋めて増やせばいい。
今日の分の蟹と亀の残骸を埋めるついでに魔鉄鉱石を取り出した。ミッション完了。
後はこの辺でやり残した事は・・・、特に思いつかない。
地図を取り出して中を見る。何かやり残した事が思いつくかも。
そう思ったが、特になかった。
3階は入り口とこの近辺でしか活動していなかったので探索が残っているといえば残っているのだが事前に敵は亀と蟹と聞いているのでわざわざ全部の所を回る気も起きなかった。
昔はダンジョンに入ったら、その階の全ての場所を見て回らなきゃ気が済まなかったのに、変わってしまったものだ。
全ては亀と蟹が単調なのが悪い。
この階でやる事もなくなったので行きますか。お屋敷に。
当然、今日はもう時間が無いので4階へ行くのは明日だ。今日はもう帰って寝る。
そして明日、4階に行く準備をしてから行く。そういうスケジュールにする。
そんな訳でこの日はこのまま帰って寝た。
次の日。
いつも通り昼過ぎに起きた。
いつも通りに日課をこなしたら、冒険者ギルドに行く。
まずは受付に行きマリーさんと話す。
「3階に作った壁ですか?落とし穴とか何か危険性のある罠とかでなければそのままでいいですよ。あの場所は狩りに使う人もいるでしょうし、残しても大丈夫です」
なるほど、壁は残して大丈夫らしい。結構苦労して作った物だそれなりに愛着もあったので嬉しい。
「4階に行くんですが?地図とかないんですか?後は出る魔物について教えて下さい」
「お、遂に4階へ行くんですね。おめでとうございます。ただ4階の地図はこの冒険者ギルドでは売ってないですし、魔物の情報も教えられない決まりになっているんですよ」
え、そうなの?地図は前に3階までと聞いていたから駄目元だったけど、魔物の情報も無理なの?
それってやばくない。地理情報も敵の情報もなしって、完全に何も知らない場所で命のやり取りをしなきゃいけないのかよ。
もし、初見殺しのような敵、例えば猛毒を持っていて解毒薬が無いと直ぐ死ぬとか、物凄い深い落とし穴とかがあって落ちたら死ぬとかそういうのがあったらどうしよう。やば、怖くなってきた。
「あの?何か4階に行くにあたって注意した方がいい事とか、持って行った方がいい物とかそういうのありますか?」
「すみません。そういうのも全部教えていけない決まりなんです」
なんだそりゃ。殺しにかかってるのか。準備が大事。準備が大事と教えてくれたのは冒険者ギルドだろ。その冒険者ギルドがその準備をさせないってどういう事だ。
「どうします?4階へ行くのやめます。ワタルさんならこのまま3階までで十分稼げると思うんですけど」
うーん。それもそうなんだけどな。でも亀に飽きちゃったし。現状で強くなる限界も見えてきちゃったし。
「それでも4階へ行きます」
「そうですか。それでは頑張ってください。健闘を祈っています」
お祈りされてしまった。元の世界なら完全に不合格のやつだこれ。何か回答を間違えてしまったのだろうか。やっぱ潤滑油って答えが良かったのだろうか。
まあ、大天使マリーさんの事だからそのままの意味で俺の事を応援してくれたんだろう。そういう事にしよう。
受付から離れて販売店に行く。
「すみません。4階へ行くんですけど何か必要な物ないですか?」
店員さんにダイレクトアタックを仕掛ける。
「4階?それなら教えられる事はないな」
だが効果はなかった。やっぱりここでも情報は得られないのか。受付だけじゃなくギルド全体で教えてくれないのね。
当てがはずれた。しょうがないので適当にそれっぽい薬を買っていく。解毒薬、中級解毒薬あとは病気系と回復系だから止めた。それぞれ5本ずつ買っていく。数に意味はない。何となくだ。合計60万。あてずっぽうで買うには高すぎた。少し反省。
まあいい金はいくらでもある。安全を買ったと思えば安い安い。使うかどうか知らないけど。
後は・・・そうだ。地図が必要だ。4階の情報が全て入っている地図ではなく。何もかかれていない地図が必要だ。それに自分でマッピングする事で地図を作らなきゃならない。
と言う訳で何も書いていない地図を買う。これを買うのは初心者講習会以来だな。
後は何も必要な物が思い浮かばなかったのでもうダンジョンに入る。
3階へ行くのに3時間。更に3階から4階へ行くには+アルファで時間がかかる。とにかく時間が無いのだ。行く途中で何か思い浮かぶかもしれない。最悪今日は4階への道の確認と4階の入り口付近を確認するだけでもいいと考える。
道すがらこれから向かう4階の事を考える。
思えば今までは、正確な地図も出て来る敵も用意した方がいい薬も全て分かっていた。だから新しい場所に行ってもなんとかなったし、大きな失敗もしてこなかったと思う。あ、ごめん亀に殺されかけたわ。
とにかく、新しい場所に行ってなんとかなっていたのは全部、冒険者ギルドに用意されたものを使っていたからだ。冒険者ギルドに生かされていたといってもいいかもしれない。
そして、なにも知らない全くの未知の世界へ飛び込むのはこれが初めてだという事に気が付いた。凄い怖い。こんなに怖い事だったんだ、ダンジョンを探索するって。
しかしこれを乗り越えていかなければならないのだ。これを乗り越えた先に俺の最強がある。
やるしかない。よし、やるぞ。
気合を入れた所でやらなきゃいけない事について考える。
これから自分で何もかもやらなきゃ駄目なのだ。地図の作成とか敵の情報収集とかそういったもの全て。
そこまで考えて気が付く。
どうやって地図って書けばいいんだろう。地図を作った事なんて一回もないや。
そもそも地図を作るってとても難しいことだろう。詳しくは知らないけどなんか測量したりして作るんだろ。歩幅を一定にしたり、一定の長さの棒を使ったり。絶対無理じゃん。何の道具もなし。
どうしよう。なんかチートの力で上手く出来ないだろうか。『マッピング』とか『地図作成』とかそういうスキルがその辺に落ちてないかな。まあないよな。
しょうがない今ある物で何とかしよう。最悪3階に帰って来れるだけの地図があればいいのだ。それこそお使いの時に渡されるメモ程度の奴だ。今まで使っていた地図クラスの精度を求めなければ何とかなるだろう。
よしそう思うと少し気が楽になってきた。
そうだ、こんなのはどうだろうか。地図に付けている魔道具を利用するのだ。
あの魔道具のおかげで自分の現在地が分かって、自分の移動と共に動くんだから、自分が壁に沿って歩き魔道具の移動のする所をペンで書いていくだけで簡易な地図がかけないだろうか。
もちろん壁際の情報だけしか取れないし時間はかかるが、計測しないでもそれなりの地図が出来るのではないだろうか。
うん。とてもいいアイディアに思えて来た。地図はこれで良しだな。
後は敵か。こればっかりは遭遇してみないとなんとも言えない。
楽観的に考えるのであれば、ギンやサンの索敵能力は高いので、カエルみたいに擬態しているタイプでも先制される事はないだろう。
後は前に作った閃光石を使えば逃げることくらいは出来る気がする。
うん、そうだな。ちょっと戦って見て駄目そうなら逃げる。この事さえ徹底して守るようにすればいいか。
後はどんな敵が出るのか次第なので、これ以上は今考えてもしょうがない。
そんな事を考えながら歩いていると3階に着く。
3階から4階へ行く通路は一つしかなく、ここからだと結構遠い。
それにここには行った事が無いため更に時間が掛かる事が予想される。
一旦この場所で休憩してから行くことにする。
地面に座りながら地図を見て一番いいルートを考える。前から目を付けていたルートはあるが本当にこれが一番かここで最終確認する。
地図上では勾配とか危険な敵がいる場所などが分からないので最適なルートかは分からないが、距離的には一番最短なルートを選ぶ。前に考えた時と同じ結果になった。
よし、十分休憩もしたし、出発しよう。
そうして4階へ行く通路を目指して移動する。
通る道通る道、初めて行く場所なのでかなり時間が長く感じる。
とんでもなく長い距離歩いた気分だ。実際に地図で確認するがそうでもないのでちょっと損した気分になる。
途中、何匹か魔物と遭遇したが向こうから襲って来ない限りスルーしていく。
もちろん襲い掛かってくる奴は倒していく。襲い掛かってくるのは全部ゴブリン達だ。何のうまみもないのでうんざりする。
そんな感じで進む事1時間半。ようやく3階から4階へと行く通路の前まで来た。
思った以上に時間が掛かった。帰りの時間を考えると、残り時間はあと1時間程度だろう。
今日は本当に4階を覗いたら帰る事になりそうだ。
こんなに歩いたのに4階での活動時間は1時間。全く嫌になってくる。通勤時間9時間とかそれもう1日分の労働だろう。飛行機だったらハワイ行けるぞ。
まあ、愚痴っていてもしょうがない。
少し休憩したら早速4階への道を降りていく。
道はなだらかな下りになっており、この辺は他の階またぎの道と変わらない。
「わん!」
暫くするとギンが吼えた。
この先に何か居るのかもしれない。警戒しながら進んで行く。
すると通路の先に人型の何かがいる。魔物か?
いや人だ。冒険者がいる。しかも複数人。パーティーかなんかだろうか。
ダンジョンで冒険者に会うなんて珍しい。どれくらいぶりだろうか。
向こうは止まっているようなので、こちらから近づいていく。
「お、こんな時間に来るとは珍しい。どうした?何かあったのか」
向こうから話しかけて来る。だが見た事のない顔だ。そこにいるのは全部で3人だったが誰一人として見たことがない。完全に初対面だ。
まあ、俺が忘れているだけかもしれないが。
「いや、えーっと。普通に4階へ行こうと思いまして」
「普通でこの時間なのか。もしかして迷ったか?大丈夫か?この先は4階だぞ」
「あ、はい。知ってます。大丈夫です。迷ってもないです」
「そうか。変な奴だな。しかし、お前本当に大丈夫か?見た感じ初めてだろ、4階に来るの。ゴブリンとか小さな獣しかいないじゃないか。それによく見たら小さい子供も連れてるし」
「いや、こいつらは結構強いので。この子はちょっとあれですけど。大丈夫です」
何か色々言われたのでちょっとイラっとして無愛想になってしまった。でも本当にこいつらは強いんです。俺達は大丈夫なんです。初めて行くけど。
「まあいいか。ようこそ4階へ」
そう言って話しかけてきた奴が道を譲ってくれる。それにしてもようこそって、お前の家なのかよ。
そう思いながら冒険者たちの横を抜け歩いていく。
道は直ぐに大きな部屋へとつながっているようだ。
下り坂が終わり、いよいよ部屋の中が見える。そう思った瞬間、驚くべきものが見えた。
街だ。街がある。ダンジョンの中に、大きな部屋の中に街がある。
所狭しといくつもの建物が立ち並んだそれは、まさに街と呼ぶにふさわしい物だった。
ちょっと人が住んでいそうな建物がいくつか見えるから街とかそんな事じゃなく、一目見て街だと思った。そういう光景だった。
俺は想像もしていなかった光景を前に、ただただ圧倒されるのであった。




