8話 サイタマから来た少年 冒険者ギルド受付嬢編
本日2本目です。
夜の鐘がなる。
受付にいた子たちもみんな引き上げてきてる。
書類仕事もひと段落突いたし今日の業務はもうおしまいにしよう。
そう思い片付けをしているとギルド職員室の扉が開いた。
冒険者指導教官のニールさんが帰ってきたのだ。
そういえば今日が最後の初心者講習の担当をしていたはずだ。
ニール教官は出自のせいか他の冒険者にはない教養と真面目でやさしい性格からか指導教官としての評判がいい。
彼が初心者講習の教官になってもらった冒険者はついていると言っていい。
他の教官なら常に怒鳴られ時に殴られながら教えられるのに対して彼はめったなことでは怒らない。
他の教官からは甘いと言われているが、彼に教えられた冒険者の死亡率は低いことを見ると教え方が優秀なのだろう。
「今回は見所がありそうな冒険者はいましたか?」
これは初心者講習が終わった後にするいつもの世間話だ。季節の挨拶と言ってもいい。
「そうですねまあいつも通りですかね。ああでも一人面白い子がいましたね。」
そういうと少し嬉しそうに話し出した。
「なんかすごく線の細い子で今まで力仕事なんてしたことないんじゃないかてくらい体力がないんですよ。それに全然しゃべらない。一緒に組みになった子とも全然会話しないんですよ。最初これは冒険者として大変だぞ、て思いましたよ。」
そんな子で大丈夫なんだろうか。
「ただすごく真面目で言われたことは手を抜かないし考え方も合理的というか一つ一つの行動の意味をちゃんと考えて行動しているような感じでした。きっとどこかでちゃんとした教育を受けたんだろうなて感じでしたね」
どっかのいいところの商人の子供なのか、それともどこかの貴族の隠し子かもしれない。
「地図作りも初めて作ったとは思えないくらいきれいに写していて、それで最終試験で私が居なくなっても全然、迷子にならないんですよ。」
最終試験というのはあれだ。
ダンジョンの途中で急に置いていくやつだ。
これは地図の大切さを教えるためのもので大抵の冒険者見習いは迷子になる。
大抵の場合は、通りかかった冒険者に助けてもらうか時間切れで担当の試験官に助けてもらうかだ。
「まあそのせいで大変な目にあったんですけどね。」
なんだろう大変な目って。
「近道をしようとしたんですよ。本当は道はつながってなくて近道にならないんで、よく引っかかる冒険者はいるんですけど。その道を通っちゃって。そしたら運悪くそこにネズミが繁殖していて。あやうくネズミに殺されそうになってましたよ。」
それは危ない。ネズミは繁殖力が高いので行き止まりとかのあまり人が来ないような場所で大量に繁殖している時がある。
そうなると大人数で駆除しなければならない。
「ということは教官に助けられたんですね。その子たち。」
「それが自分たちで切り抜けたんですよ。その線の細い子。ワタルて言うんですけど。そいつが急に足でネズミを対処しだして、まるで練習したことがあるみたいにきれいに足で受け止めて踏みつぶすんですよ。それも連続で何匹も何匹も流れるように踏みつぶしていくので。それまでの訓練の動きがぎこちなかっただけにその差が可笑しくて可笑しくて。」
その光景を思い出しているのか教官が笑いながら言った。
「じゃあネズミ駆除の時には一番に声をかけなきゃですね。」
「そうかもですね。ただやっぱり冒険者は難しいかもしれないですね。彼、一緒にいた子たちのパーティーを断ったんですよ。」
「じゃあ他にパーティーを組む予定の人でもいるんですかね。」
「そういう感じでもなさそうでしたね、会話するのが苦手な感じでしたし。ああいうタイプは相当強くないかずるくないとやってけないですから。」
なるほどソロか。
ソロは確かに辛い。
ソロは単純に稼げないからだ。
大抵はお金が無くなってどこかのパーティーに入る、それが出来ない子は・・・。
「まあでも案外大丈夫かもしれないですね。なんかお金は結構持っていたみたいですし、もしかしたら家の支援があってただの道楽でやってるのかもしれないですし。」
なるほど確かに冒険者に憧れて、気が済むまで親の金で冒険者をさせてもらっている人もいる。
「まあなんにしても今回の中で一番面白かったのはこの子ですね。それじゃ私はこれで上がりますので。」
そう言ってニール教官は帰っていった。
私も早く帰ろう。
そう思ったとき思い出した。
ワタルって私が5日前に登録の担当をした少年だ。
この辺では珍しい黒髪黒目の少年。
線が細くて、こっちの目もまともにみれないくらいシャイで、からかうとちょっと可愛いかった子だ。
確かに冒険者には向いてないなと思った。
出身地は聞いた事がないところだったし、家名も書いてあったから本当にいいところのお坊ちゃまなのかもしれない。
なるほどあの子がニール教官のお眼鏡にかなった子か。
じゃあ私も覚えておこう。
サイタマから来た少年、ワタル君。