61話 上位裁判はじめました②
「判定に異論があるだろうか。なければこれにて」
「ちょっと、よろしいかしら。」
中央にいた少女が発言する。
それだけでこの部屋にいた者達がざわめきだす。
その感情はとても肯定的とはいえないものだ。
侮蔑の感情もあるかもしれない。
「パトリシア・ウォーレン様。何でしょう。」
「そちらの方が何か言いかけたけど、それは聞かなくてはよろしいのですか?」
少女が俺の方を指さしてそう言った。
「この者に聞くことは全部、聞き終わりました。この後に彼が喋ることは取るに足らない事でしょう。」
「そうかしら?何やらとても切羽詰まった様子だったけれど。」
少女がそういうと、少女と会話していた奥座席の左に座っている男が盛大にため息をついた。
「犯罪者というのは皆そういうものです。この場を切り抜けようと必死になる。平気で嘘もつくし、泣いて同情を得ようとすることもあります。そういうのに一々、付き合っていたらきりがありません。」
「それもそうね。」
おい、そこで納得するな。
あきらめたらそこで裁判終了なんだぞ。
もっと熱くなれよ。
そう思って少女を見ていると、目があった。
目が合って悪戯っぽく笑った。
先ほどの邪悪な笑顔とはまた違う笑みだ。
何か彼女の方から表情で何かを伝えようとしている気がする。
だがよく分からない。
「まあいいわ。」
「何か?」
「いいえ、こっちの話よ。それよりも彼の事なんだけれども、一言くらいならいいんじゃない。さっき言いかけた一言くらいなら。時間もそんなにかからないし。」
「しかし・・・、”真実の石”を使うにもタダという訳ではないのです。使うのに必要な魔力、それを賄うためにかかる費用そう言ったものがありますので、そうむやみやたらと使っていい物ではございません。」
「もちろん、分かっているわ。だから一言って言ってるでしょ。それにこの魔道具は我が家の物、それを特別に貸し出しているに過ぎないのよ。あなた達に魔道具についての心配してもらう謂れはないわ。」
「・・・分かりました。おい。」
奥座席左男がそういうと、俺を拘束していた警備兵が力を抜き拘束が解ける。
これはあれだ、”真実の石”を使って発言していいという事だ。
ありがとう、見ず知らずの少女。
このご恩は決して忘れない。
そう思い、台座に右手を置く。
「うちのサチは人殺しなんてしてない。」
そう言うと石は青く光った。
勝ったな。宿に行って風呂入って寝てくる。
「青か。この者は殺しを行っていないと申しているが、どういう事か。」
奥座席左男がめんどくさそうにそう言った。
左側にいる太っちょ番頭と警備兵たちがうろたえている。
右側でグルと思われるやつもなんか困っているように見える。
ざまあみろ。
もう勝負ついてるから。
「すみません、ここで少しお時間をいただきまして。」
「ならん。今ここで回答せよ。この者が犯人でないと申しているがどういう事か。」
「そう言われましても、目撃者の証言とその少女は一致しており、少女も暁のさそりの暗殺者である事は間違いなのですから・・・。」
右グル男がしどろもどろ答える。
これ以上の台本は無いようだ。
「ではこの矛盾に対してはどう説明する?」
奥座席左男がそう問い詰める。
いいぞ、もっとやれ。
「・・・その娘がやったのは間違いないんだ。あの男は知らないだけなんだ。」
太っちょ番頭がそう叫ぶ。
どうしてもサチを犯人にしたいみたいだ。
悪あがきかっこ悪いぞ。
「発言は許可していない。慎め。」
太っちょ番頭がそう怒られる。
そうだそうだ黙ってろ。
「恐れながら、その者の言う通りかもしれません。その暁のさそり娘が勝手に殺害し、その者はそれを知らないのかもしれません。そうであるならば、その者が殺していないと発言しても判定は青になると思われます。」
なんだその屁理屈。
こっちは四六時中一緒にいるんだ。
サチがやっていない事は確実だ。
無駄なあがきにもほどがある。
「ではそれはどうやって証明する。」
「簡単です、その娘に”真実の石”を使って答えさせれば良いのです。ワルテーロ商会会長殺害の犯人であるかはそれでハッキリとします。」
そういうと右グル男はニヤリと笑ってこっちを見た。
太っちょ番頭を見てもこっちを見て笑っている。
あいつら知っているんだ。
サチが喋れないことを。
それでいて、サチに証言させようとしているんだ。
ちょっと考えれば分かる事だった。
奴らはサチの傷の事を全て知っていた。
それは奴らがあの組織とつながっているからだ。
それなら、サチが喋れないことも把握していてもおかしくない。
おかしくないが、最低だ。あいつらは最低だ。
少女の声が出せないのをいいことに、それを利用して自分たちの罪を押し付けるなんて人間のすることじゃない。
「ではそこの者、”真実の石”に手をつき、ワルテーロ商会会長殺害について証言せよ。」
奥座席左男がそう言い放つ。
隣にいた警備兵がサチを引きづるように台座の前へ連れてくる。
サチは無理やり手を台座の上に置かされる。
震えている、置いている手が明らかに震えている。
そりゃそうだろう、声が出ないのだ。
声が出ないのにあんな所に立たされて、喋れと強制されているのだ。
怖いに決まっている。
「どうした。ワルテーロ商会会長殺害について証言せよ。」
そう催促されるがサチはうつむいたで震えるだけだ。
代わりたい。
出来る事なら今すぐ駆け出してサチに代わって証言したい。
なんなら俺の声帯をあげてもいい。
「その娘が実行犯なので証言出来ないのでしょう。裁判官殿ご決断をお願いします。」
右グル男が得意げにそう言う。
勝利を確信した顔だ。
むかつく、この上なくむかつく顔だ。
「では、その娘をワルテーロ商会会長殺害の犯人として」
「待ってください。サチは、その子はぐぅ」
またしても隣の警備兵に押さえつけられる。
だがそれがなんだ、押さえつける?上等だ。
「その子は声が出ないんです。そいつらに声を奪われた。だから話せないだけなんだ。だから」
「何をしている早くそいつを黙らせろ。」
警備兵の圧力が増す。
先ほどまでは単に顔を押さえつけているだけだった。
だが今は違う、全体重を乗せ、全身を押さえつけてくる。
でも負けない。
「サチは、サチはやってない。その子はただの女の子だ。暗殺者なんかじゃない。」
言い切った時点で肺の空気が全てなくなる。
もう一言も発せそうにない。
というか息がくるしい。
これやばい、ちょっと、ちょっとだけどいてもらえませんか?
「声が出ないなど、嘘に決まっています。裁判官殿早く判決を。その少女に裁きを。そして殺人犯の奴隷を連れていたその男にも裁きをお願いします。」
えっ、サチだけじゃなくて俺も?
そんなに俺達を殺したいのか。
まあ、そんなの関係なく現在進行形でやばいんですが。
「では判決を下す。ワルテーロ商会会長殺害の犯人であるこの娘と男について、死刑」
「ま゛っで」
会場にいる全員が少女の方に注意を向ける。
サチだ。サチが言葉を発したのだ。
その声は長年使ってなかったせいなのか、傷のせいなのか、かなりガラガラの声だ。
でもそんなの全然気にならない、あのサチが声を発しているのだ。
何をしても声を出さなかったあの子が勇気を出して発している声なのだ。
こんなに美しい声が他にあるだろうか。
「・・・わ゛だじばや゛っでい゛ま゛せ゛ん゛」
サチは皆の注目を浴びて一瞬、俯きかけたが、それを堪えて堂々と前を向きそう言い放った。
もしかしたら、前から声は出ていたのかもしれない。
自分の声が恥ずかしくて出せずにいたのかもしれない。
でも今、サチは声を出してくれた。
勇気をもって自分の声を俺に、初めてサチ自身の声を聞かせてくれた。
嬉しい。泣きそうになる。ていうかちょっと泣いている。
今すぐ駆け付けて抱きしめたい。
抱きしめてよくやったと褒めてあげたい。
それなのに俺は今、地面に押さえつけられているだけだ。
ちくしょう、後で絶対に褒めてやる。
褒めて褒めて、そして声を出してくれたこの事を皆で祝福するんだ。
これは絶対だ。
サチは右手を台座につけたままでそう言ったので石は見事な青に輝いていた。
その光景を見て会場は一瞬静まりかえる。
警備兵の力も一瞬、弱まる。
その隙に少し体を浮かせ、肺に空気を送り込む。
助かった。もう少しで俺の顔も青く染まる所だった。
危ない危ない。
「これで、そこの娘と男は今回の殺害をやってない事が証明されてしまった訳だが・・・。これはどういう事だ。」
「これはその、・・・犯人は別にいるようですね。もう一度再調査し改めて裁判を行いたいと思います。」
「・・・そんな」
右グル男と太っちょ番頭と無念そうにそう言う。
はあ!?
お前らこのまま、終わらせる気かよ。
どう考えてもお前らの言っていることが無茶苦茶で怪しさ全開じゃないか。
俺が裁判官ならあいつらの証言の矛盾を徹底的につくのに。
この世界の裁判はレベルが低すぎる。
だがいい、お前らの顔は覚えた。
絶対にお前らの罪を贖わせてやる。
チート能力持ちを敵に回すってことがどういう事かその身をもって教えてやる。
「そうか分かった。ではこれにて」
「ちょっと、よろしいかしら。」
裁判が終わりかけた時、再び待ったがかかった。
中央に座る少女だ。
「折角、こうして裁判を開いているんですもの白黒つけたいじゃない。」
「しかし、現状ではこれ以上は・・・、裁判という物はそう簡単なものではないのです。」
奥座席左男はうんざりした感じでそう言う。
「あら、”真実の石”があるんだし簡単な事じゃない。」
そういうと彼女は獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みをこぼす。
その姿に奥座席左男を含め、この場にいた全員が息をのんだ。
「ひっぃ。」
その笑みを見た太っちょ番頭に至っては、悲鳴をもらし震え上がった。
そしてこれこそが、この場が彼女の狩場になった瞬間だった。




