57話 名前をつけてやる
部屋に戻ってきたがやることがない。
まだ昼を少し過ぎているくらいで夜まで時間はたっぷりある。
考えなきゃいけない事は一つあるのだが、なんかあまり考えたくない。
絶対、怒られるから。
まだアリサが帰ってくるまでに時間があるのでこの事は後回しでいいだろう。
後回し、後回し。慌てない、慌てない。
そうすると本当にやることがない。
いつもなら1日の大半をダンジョンで過ごしているので、暇と感じる時間はなかった。
そのため、こういう時どんな事をして過ごしていいか分からない。
なんかやりたい事・・・やらなきゃいけない事・・・やってもやらなくてもどっちでもいいけど、時間があるからやっておく事・・・。
何一つ思いつかない。
まさか、ダンジョンが行かないだけでこうも暇を持て余すとは思わなかった。
「「ゲギャ。ゲギャ」」
そんな風に悩んでいると、ゴブリン達がお腹を押さえたり、倒れそうな演技をしたりしている。
大げさな身振り手振りで空腹を訴えているのだ。
なんか最近、こいつらこういう芸が細かくなってる。何処で覚えてくるんだか。
あまり動いてないせいか、お腹はそんなに空いてないが昼飯でも食べに行くか。
「よし、じゃあお前ら飯食べに行くぞ。」
「「ゲギャ。ゲギャ。」」
「わん。わん。」
そう言って宿の外に出る。
もちろん部屋の隅でボーとしている奴隷の少女も連れてだ。
少女の手を握り外を歩くのだが、なんかゴブリン達も一緒になって手を繋いでくる。
最近はそんな事はなかったが、新しく仲間が入ったのでゴブリン達も気を使っているのか、単純に甘えているのか。
よく分からないが、久しぶりにこうして皆で手を繋いで歩いていると、なんだかちょっと嬉しくなってくる。
そうやって歩きながら店を探して、適当なところに入ろうとする。
ゴブリンと一緒にいるので、入るのを断られた。
入店拒否だ。上等だ、そんな所はこっちからお断りだ。
そうやって暫く店を探してようやく入れる所を見つけた。
適当に5人分の食事とギン用の肉を用意してもらう。
料理が来るとゴブリン達は一斉に料理を食べ始まる。
ギンも肉を食べて満足そうだ。
俺も料理を食べる。
結構、うまい。今度からはちょいちょいここに食べにこよう。
料理を半分ほど食べて気が付く。
少女が全く料理に手をつけていない。
もしかしてお腹が空いてないのかな?なんてとぼけたことは言わない。
おそらくこれは俺のミスだろう。
どんなミスなのかは分からないが、きっとこっちの常識を知らないが故のミスを犯している。
「目の前にある料理は君のだよ。遠慮せずに食べていいよ。」
「・・・・・・」
少女はまだ、黙ったままで食べようとしない。
なんだろう、言い方かが悪いのかな?
もしかして本当にお腹が空いてないとか、そういう平和的なやつなんだろうか?
「もしかして食べたくない?」
少女は小さく首を横に振った。
「じゃあ、食べた方がいいよ。もし何か心配している事があるならそれは大丈夫だよ。食べて怒るなんてことは絶対しないから。」
どうするのが一番いいのか分からないけど、なるべく優しくしたい。
この子が何も心配しなくていいように優しくしてあげたい。
そうしているとようやく分かったのか、少女は目の前の食事を食べ始めた。
食べ始めると一気だ。
手掴みで次々と料理を口に運んでいく。
お腹は減っていたのだろう。
当たり前か、あんなに手足が細くてあばらも浮ているんだ、そんなに食べられてなかったんだろう。
料理と一緒に出されたスプーンも使わず食べる姿は少し、いやかなり行儀が悪いが今はいいや。
そのうち覚えさせよう。
そういえばと思い、ゴブリン達を見るがゴブリン達は皆、うまい事スプーンを使い食事をしている。
最初のうちは手掴みで豪快に食べていたはずだが、いつのまにかきちんとスプーンを使って食べられるようになっていたんだ。
そう思うとこいつらも随分、成長したなと思う。
その後、料理を食べ終え店を出て少し街をぶらつく。
この少女の服や下着も買わなきゃいけないと思ったので、買い物をするのだ。
ただ少し歩き回って気が付いたのだが、大通りの店は大体、店構えからして俺達のような小汚い奴ら入店禁止なのだ。
少し歩き回って、入れそうな服屋がなかったので路地裏の方に行こうかと思ったが、朝のように変な店で変なものを買わされたら困る。
これまでにもう100万以上払っており、自分の所持金も200万を割ってしまっている。
いつもなら全然、気にしないのだが今はダンジョンもないので俺の収入源がないのだ。
1週間から2週間ここに滞在するとして、初日にもう所持金の3分の1を失うとかどう考えてもやばい。
少し慎重に行くために、服なんかの大きな買い物はちゃんと店を調べてから計画的に買う事にする。
という事でやる事もなくなったので街をぶらついてから宿に帰る。
宿に帰る道すがらゴブリン達が、その辺の屋台に吸い込まれていくので少し買い食いをしながら帰る。
当然、少女にも上げる。
かなりの勢いで食べる姿は見ていて嬉しくなってくる。
再び宿に帰ってきた。
時間は3時とか4時とかそんなもんだろう。
またやる事がなくなってしまった。
いやそうじゃないか。
ちゃんと考えよう。
彼女の事・・・この目の前にいる少女の事だ。
無意識のうちに考えないようにして来ていたが、この少女をこれからどうするのか、きちんと考えなきゃいけない。
あの状況だから買ってしまった事に後悔はない。
後悔はないが、ここから取れる選択肢も色々ある気がする。
誰か信頼できる人を探してもらって、その人に預けるとか。
もちろん彼女が育つのに必要なお金を援助する。
お金を援助した上で、誰かちゃんとした人に育ててもらう、そういう選択肢もある気がする。
でも駄目だな。
体を洗う際に、見てしまったあの怪我。
この世界に来てから嫌な人も少ないし、残酷な場面に遭遇したこともなかったが、この世界はそれなりに残酷だという事が分かった。
あんな子供に、あんな残酷な傷を意図的につけているんだから、この世界には想像を絶するクズがいるって事だ。
もし誰かに彼女を預けたとして、その先でも同じような目に会ったとしたら・・・。
考えるだけでも震えがくる。
「名前は?名前は何ていうの?」
少女の目を見て聞く。
「・・・・・・」
彼女は黙って俯くだけだ。
「もしかして名前がないの?」
彼女は少し迷って頷く。
そうか名前がないのか、よくある奴隷には名前がないと言うやつかも。
「昔の名前は?奴隷になる前の?」
彼女はまた俯いて黙ったままだ。
「子供の頃・・・もっと小さい時に呼ばれてた名前とかないの?」
「・・・・・・」
「もしかして名前って最初からないの?」
彼女は頷く。
「一回も?一回くらいなんかの名前で呼ばれたことがあったでしょ。」
彼女は迷いながら首を横に振った。
その時、とてつもない衝撃を受けた。
名前がないことなんてあるんだろうか。
一度も、誰からも、自分の事を呼ぶ時に、自分の名前を呼んでもらったことがない。
そんな事があるんだろうか。
誰からも、親からも。
そんな事を想像したら胸がとても苦しい。
息が出来ないんじゃないかと思うほど、胸が締め付けられる。
これは駄目だ。
耐えらない。
この子をそのまま、ほっとく事は耐えられない。
しょうがない。
覚悟を決める。
人一人育てるという覚悟だ。
その為にはまずやるべき事がある。
彼女の名前を付けるのだ。
今日から俺たちの家族にする、その為の名前を付ける。
「今日から、お前の名前はサチだ。」
ぱっと思いついた名前を付ける。
幸せになれるようサチ、なのか恥ずかしくなってきた。
少女、改めサチはそう言うとビックリした表情のまま止まっている。
「サチ、お前は今日から俺たちの家族だ。分かったな。」
「・・・・・・」
サチはまだ驚きから回復していないのか固まったままだ。
「分かったら返事。」
「ゲギャ!」「ゲギャ!」「ゲギャ!」「わん!」
いやお前たちじゃないんだよ。
まあ、お前たちも家族だ。点呼だな。
「よし次はサチの番だ。元気よく返事。」
そう言うとサチは声を出そうとする。
出そうとするが何かに気付きそのまま俯いてしまう。
なんだろうか。
あっ、もしかして。
「もしかして、声が出ないの?」
サチは俯いたまま小さくうなずいた。
あの喉の傷だ。
あれは喉を潰すためにやった傷だったんだ。
理由は分からないが、声が出ないように喉を潰したんだ。
許せない。本当に許せない。
一体、この子が何をしたって言うんだろうか。
ふいに涙が出ているのに気づいた。
駄目だ、感情が抑えられない。
次から次へと涙が出てくる。
ちくしょう。絶対、絶対この子は幸せにしてやる。
誰がどう見ても、こんな暗い過去があった何て分からないような、そんな幸せな子にしてやるんだ。
そう思いながらサチを抱きしめた。
抱きしめながら気づかれないように声を出さずに泣いた。
暫くして落ち着いたら、なんだか恥ずかしくなってきた。
自分の感情がコントロールできず泣いてしまったのが無性に恥ずかしくなったのだ。
思い出すだけで恥ずかしいので、別の事を考えよう。
サチを育てると決めた。
そこまではいい。
誰が何と言おうと俺はやり遂げる。
ただ問題が一つある。
ちょっと前に目をそらし、保留にしてきた問題だ。
アリサだ。
アリサになんて言おう。
割ともういい時間だ。
いつアリサの仕事が終わって帰って来てもおかしくない時間だ。
早く、早く言い訳を考えるだ。
完璧で絶対論破されなくて怒られないそんな言い訳だ。
早くしろ、どうなっても知らないぞ。
いや待て、落ち着け。
まだ慌てるような時間じゃない。
落ち着いて、落ち着いて考えるんだ。
こういう時、いつも俺は何に助けられてきた?
そう。こういう時こそ、マンガやアニメに助けを求めるべきだ。
マンガやアニメはいつも俺に大切な事を教えてくれたんだ、今回だってきっとそうに違いない。
マンガやアニメの主人公ならこんな時どうする?
そんな事は分かり切っている。
こんなピンチでも主人公たちは余裕で切り抜ける。
それは言えば必ず通じる、完璧と言っても過言ではない言い訳があるからだ。
それを使えばいいんだ。
この子?俺の妹。
これだ。
これさえ言っておけば、大抵の場合は「なるほど、そうなのか」となる。
これは絶対だ。
参考文献は沢山ありすぎて迂闊に羅列、出来ないくらいある、それくらい普遍的で完璧な理論なんだ。
よく見れば、髪の色が黒で同じだ。
もうこれ絶対、大丈夫なやつじゃん。
「ワタル。帰った。ご飯食べに行く。」
そんな事を考えていたらアリサが帰って俺の部屋に入ってきた。
「・・・・・・・・・その子。何?」
「妹です。」
「はぁ!?」
凄いドスが聞いている返事で怖い。
でも負けない、妹言い訳理論は最強理論なんだ。
「生き別れの妹で・・・。」
「嘘。その子。何?」
駄目でした。
やっぱ無理があるわな。
その後、サチを買ってきたことを白状させられ、滅茶苦茶怒られた。
今回の事は全面的に私が悪いです。
だから、すみませんがもう少し手加減お願いします。
無理ですか、そうですか。
散々怒られたが結局、最後にはサチを育てることを納得してもらった。
かなり長い時間怒られていたので、大分遅くなったが皆で夕飯を食べる。
その頃にはすっかり、アリサもサチの事を気にいったのか色々世話を焼いていた。
やっぱいい子だね。ただお世話されているサチは結構、ビビってたけど。
サチ大丈夫だよ、俺もビビってるから。
夕食が終わるとやる事もないので寝ることに。
そこで少し問題があった。
俺の部屋は4人部屋でベットも4つしかないのだ。
追加料金を1人分払ったのにベットは増えない。
まあサチは小さいので、俺のところで寝ても狭くないだろうという判断をしたら、また少しアリサに怒られた。
アリサが自分の部屋で、アリサと一緒に寝ると言い出したが、俺が育てると決めたので俺のベットで寝かせるという説得をした。
あまり納得はしていなかったがしぶしぶ合意してくれた。
と言う訳で二人でベットに入って寝た。
ベットは広いので一人くらい子供がいても全然、問題がない。
普通に二人並んで寝ても体が触れないくらいには広い。
そんな訳で長かった一日も終わりお休みなさい。
ガサゴソ。
夜中、物音で目が覚める。
誰かが至近距離まで近づいている。
サチだった。
サチが虚ろな目でこっちをこっちを見ている。
なんだ、サチか。
眠れないのかもしれない。
そう思いながらサチを抱きしめる。
こうすれば眠れるって何かで聞いた事がある。
抱きしめたサチの体が小刻みに震えている。
泣いているのかもしれない。
丁度、サチの頭が俺の目の前にあるので何となく見ていると、髪の隙間から耳のちぎれた部分が見える。
早く、この傷が癒えてくれ。
そう思いながら更に強く抱きしめる。
体も。
心も。
一日でも早く。
そう思いながら今度こそ眠りについた。




