56話 めぐりあいほら③
さてどうしよう。
まず確認しておく条件としてはこの子は買わないという事だ。
いくら何でも暗殺者の奴隷は要らない。
もっと言うとこんな小さな子供の面倒を見るという事がどんなに大変な事か、ゴブリン達で身に染みて分かったので迂闊に買えない。
だから買わない方がいい。
当然、暗殺者にもマンガとかゲームのイメージ的にはかっこよくて強くて諜報活動も出来て凄く便利そうな感じはある。
それはおそらく忍者とかにも引っ張られているので正確な暗殺者像というのはあいまいだがそれを引いても有能そうなイメージだ。
だから暗殺者がパーティーにいるのは便利ではあるかもしれない。
だがこの子のスキルを見る限り『暗殺術』を0.3しか持ってないのでとてもじゃないがそういうスパイ的な活動は出来そうにない。
どういう能力を持っていればいいのかは推測でしかないが、少なくともうちのサンが持っている『気配遮断』なんかがなければ無理だろう。
それに暗殺者って買ったらやばそうだ。
この世界ではどうかは正確には分からないが大抵、暗殺者って言うのはそれ専用の闇の組織が育てた人物で、なんかあったらその組織に追われて大変、みたいなイメージだ。
そういう観点でもこの子を買う事は得策ではない。
以上の事からこの子は買わない。これは絶対だ。
じゃあ、お前が欲しがっていた女奴隷はまともな組織が育てて何の危険も無いのかよと問われれば、それは黙秘します。断固拒否。
「すみません。ちょっと思っていたのと違ったのでなかった事に。」
「・・・そうですか、お互い何か誤解があったようですね。いやあしかし、これは困ったことになりましたね。」
誤解がとけてめでたしめでたしとはいかないようだ。
向こうの雰囲気が変わった。
もしかしたらこのまますんなり帰しては貰えないかもしれない。というか無理だろう。
自分たちの位置は部屋の奥に座っており入り口から遠く、そもそも入り口の前に店員がいるので店員を無視して逃げられる状況にはない。
そこで気が付く。
そもそもこの部屋から逃げ出したとしても、地上へと向かう道が良く分かってないのだから無駄なのだ。
無事、地上へ帰るにはこの店員に案内してもらわなくてはならないのだ。
やばい、つんでる。
海外に行って、ちょっと買っちゃいけない物を買おうとしたら地元の反社会勢力の事務所に連れていかれた。そんな状況に似ている。くりそつ。
「こちらとしましてもこの奴隷は特別なものでして、顔を見られたからには普通に帰すという訳にもいかないんですよ。」
まあ、暗殺者ですもんね。顔を知られていたら万が一の時にあいつが暗殺者ですとか言われたら駄目だもんね。
「忘れます。ここを出たら必ず忘れますから。」
こう見えても俺、記憶力は悪いんです。
特に人の顔を覚えるのが不得意で、こっちの人の顔なんてみんな同じに見えるし、ここを出たら直ぐに忘れる自信があります。
「そうですねここはお客様のいう事を信じたいのはやまやまなんですがそれで、はい分かりましたとならないのもうちらの世界でして。」
まあそりゃそうだな。
初めて会う客に対してそんな信頼なんてあるはずないよね。
というか、それを言い出したらなんでお前は初めて会った俺に対して、そんな重大な秘密を抱えている商品を売ろうと思ったんだよ。
普通こういうのは誰々の紹介とかどこどこの組織の紹介とかそういうのが必要だろ。
ぷらっと入ってきた初見さんにおすすめしていい商品じゃないだろ。
そっちの過失だ。俺は何も悪くない。まあそんな事言えませんけど。
「・・・それでこちら言えるのは、この商品をこのままお客様に買っていただくという事が一番いい解決案だという事です。」
「・・・ちなみに、買うとしたらいくらでしょうか?」
「こちらは普通でしたら200万といいたいところですが、まだスキルも低いというのもありまして100万と言ったところでしょうか。」
相場が全然分からないし200万から一気に100万に下がっているのも気になるので何とも言えないが、向こうが100万というならきっとそうなんだろう。ここでは。
なんか払える金額だから払ってもいいような気はしてきた。
だが駄目だ。
ここで買ってしまったらまた大変な事になる。
それだけじゃなくこの先も同じように色々買ってしまって、さらに大変な事になるような気がする。
だから今回は買わない解決方法が欲しい。
「他に・・・他に何か解決案はあるんでしょうか。」
「・・・そうですね、買っていただかないとなると後は・・・処分しかないですね。」
処分?処分って何を?
俺、処分されちゃうの?
「この場合、商品を処分しますので当然、その分の費用をお客様に負担していただくことになります。」
商品を処分。なんだ俺の事じゃないのか。
ちょっとほっとした。
って待てよ、商品を処分するって事は具体的には・・・。
「処分って言うのは具体的には・・・。」
「もちろんこの商品を殺すという事です。」
殺す。この小さな女の子を。
ただ顔を見られたというだけで。
この女の子は殺されてしまう。
「処分の場合、こちらも商品を失ってしまいますので100万と言いたいところですが、今回の事はこちらも非がなかったとも言えませんので半額の50万でよろしいですよ。」
50万。
同じように商品を失うのに何故半額になるのか。
本当の子のこの値段は50万なのか。
それとも処分と言うのは嘘で、50万というのは慰謝料の類でこれだけ払えば今回は許してくれる、そういう料金なのか。
「・・・処分と言うのは誰がやるんでしょうか。」
「もちろん望むのであれば、ご自身でやっていただいても構いませんよ。」
だめだ分からない。
これが向こうの駆け引きなのか。
50万を払ってしまうと本当にあの子が処分されてしまうのか、それとも処分されないのか。
全く分からない。
そこで改めて彼女の事を見る。
その瞳は来た時と同じようにどこも見ていない。
自分の未来の事が語られているというのに、もしかしたらここで殺されてしまうかもしれないのに、全く何も見ていない。
まるで自分には関係ない事のように、そんな事になっても何も感じないとばかりにどこか違う所、見ている。
いや、もしかしたらこちらが言っている言葉が理解できていないのかも。
肌の色や髪の色が他の人とは違うしもしかしたら別の人種でこっちの言葉が分からないのかも。
そう思うと何故だか少しほっとした。
少しほっとしたせいか、視線が少し下がる。
見えてしまった。
彼女の膝がほんの、ほんの少し震えている。
だめだ。完全に彼女はこの状況を理解している。
そしてこの先、自分がどうなるのか不安でしょうがない。
そう思えてしまった。
「買います。この子買います。」
「えっ!?お買い上げでしょうか。100万になりますがよろしでしょうか。」
「はい。買います。」
あの様子を見ていたらもう駄目だ。
処分は本当にある、そう思って行動しなきゃだめだ。
真実はどうかは分からないが、このまま50万払ってしまったら一生後悔する。そんな気がした。
「・・・そうですか。お買い上げありがとうございます。お代の方は現金で払ってもらう事になりますが。」
「ではこれで。」
自分の荷物から100万ディールを取り出して店員に渡す。有無を言わさず渡す。
「・・・確かに頂戴しました。こちらは特別な商品となっておりますので売買の証書などは発行しておりませんご了承ください。」
「わかりました。」
証拠は残さない。そういう事だろうな。
そもそもそういうの貰ったことないけど。
売買が済んだなら後は勢いだ。
少女の手を取りぎゅっと握る。
もうこの子は俺のもんだ、誰にも処分させたりはしない。
そんな気持ちを込めながら手を握る。
少女は少しビクッとしたがその後はこっちの手を握り返してくれている。
それを見て楽しくなったのかゴブリン達も何故か手をつないできた。
そう言えば最初のころはこいつらとこうして手を握ってたっけ。
そんな事を急に思い出していた。
何かあるかと思ったがその後はあっさりしたものだった。
店員に連れられて部屋を出ると暫く地下道を歩いたと思ったら地上に出た。
おそらく来た時とは別の場所だ。
ここからだと帰り道が分からないので大通りまで案内してもらう。
大通りまで来たら後は分かるかと思ったが全然何処にいるのか分からなかった。
しょうがないのでこの街の入った時に通った東門への道を聞いて東門の方へと行く。
東門のに近づくとようやく分かる道まで来たのでそこから宿に帰った。
この道中で彼女は一言も発しないまま、ただ手を引かれて来るだけだった。
宿に着いてからが少し大変だった。
自分の部屋に行こうとすると従業員が凄い嫌そうな顔をしていた。
奴隷差別か、と思ったが何のことはないこの少女がとても汚く臭かったのだ。
冒険者になってから従魔の世話をしたり、ダンジョンに潜ったり、臭い装備を着たりしていたせいで、匂いに鈍感になっていて気が付かなかったが、どうやらこの少女は今とても臭いらしい。
しょうがないのでお湯を沸かしてもらい彼女を洗う事にする。
宿の裏側に行って井戸水とお湯を使いながら洗うのだ。
これはゴブリンやギンにはよくしている事なので俺的にはかなり当たり前の事だが、宿の人は少し不思議がっていた。
お湯が届いたら、少女の来ているばっちい服を脱がす。
服を脱がせてびっくりしたがダボダボの服の下には何もつけておらず、服を脱がしただけですっぽんぽんになってしまった。
どうみても見た目が小学生低学年かそれ以下の子供なのだが、裸を見て俺のよこしまな気持ちが反応したらどうしようかと思っていたが、別になんとも思わなかった。
ゴブリン達と同じようにただの小さい子の裸だ、何の感情も湧いてこない。
逆にあばら骨が浮いているそのやせ細った姿を見ると悲しい気持ちにもなってくる。
その事に少しほっとした。
我々、日本でオタク文化のエリート教育を受けた者としては時々、不安になる事がある。
自分はロリコンではないのかと。
オタク文化のエリート街道を驀進しているとかなり幼い少女のイラストなんかでも、お世話になったりすることがある、というかかなりの大好物になってたりする。
当然そこに出てくるイラストは全員18歳以上であるわけだが、どう考えても無理のあるものも多いし、ひどいのになるとランドセルを背負っているような子もいる。
そういうので興奮していると俺って最低のクズでどうしようもないロリコンなんだ、と思う事もあるがそれは間違いだったんだ。
オタク文化の創作物とリアルは別物なんだ、俺はいたって正常なんだ。
そんな事を認識できて本当に良かった。心の底から思う、まじでよかった。
自分が正常と確認したので作業に戻ろう、体を洗うという作業だ。
まずは裸に井戸水をかける。
この時間帯は暑いくらいなので水をかけると逆に気持ちがいいくらいだろう。
そうしたらお湯につけていたタオルで足のほうからごしごしと洗っていく。
洗っていて気が付く体のあちこちに傷の跡がある。
褐色の肌に白い切り傷の跡みたいなのがいたるところにある。
それを見て嫌な気持ちになりながらも体を洗うのを続ける。
少しずつ目線が上がって来てそれに気が付いた。
首元だ。首元に大きな傷跡がある。
とんでもなく大きな傷跡が真一文字の形で喉元に刻まれている。
そのあまりにも痛々しい傷跡に心が痛くなる。
いったいどんな事があればこんな傷が出来るのだろうか。
こんな大きな怪我をしたのだからさぞかし痛かっただろう。
色んな思いが胸をこみあげてくるが黙ってそのまま体を洗うのを続ける。
体を洗えば洗うほど彼女の体の傷跡に気付いてしまう。
背中には何か焼き鏝のようなものを押し付けらえたように複雑な文様が入った火傷の跡。
耳は両耳とも半分ほど引きちぎられて、上半分がない状態だ。
細かい傷跡はそれこそ数えきれずありとあらゆる所に刻まれている。
こんな小さな子が何をすればこんなことになるのだろう。
怒りを通り越して悲しくなってくる。
うちのゴブリン達もずっと戦っていたし良く怪我をしていたが、体に傷跡らしい傷跡もなくとてもきれいな体をしている。
うちの場合は、怪我をしたら直ぐに回復薬を使って傷口を塞いでいるので明日には何処を怪我をしていたか分からなくなっている。
おそらく彼女は怪我をしてもろくな治療も受けられず放置されていたに違いない。
そう思うととてもやるせない。
今からでも回復薬を使えば良くなるかな、そんな事を考えるがあまり効果はないだろう。
何か俺に出来ることは・・・。
そう考えて気が付く。
そうだ。『再生』だ。『再生』を付ければ何とかなるんじゃないか。
よくよく考えたらゴブリン達て全員『再生』ついてたし、後の方はほとんど回復薬使ってなかったわ。
回復薬云々はあんまり関係ないかも勘違い勘違い。
しかしそうとなれば話は早い。
誰も見ていない事を確認して少女に『再生』のスキル石を入れていく。
昔、ダンジョンの街の女将さんにも入ったんだし人間にも有効なはずだ。
スキル石を体に入れた瞬間、少女は今日一のリアクションをとって吃驚していた。
いきなり石を取り出して体に当ててくるのも相当おかしいが、それが体の中に入っていくのだ、そりゃ吃驚するだろう。
そんな少女の驚く姿を見ながら『再生』のスキル石を入れていく。
4.0入れた時点で少女は『再生』1.0になっていた。
どうやら4分の1パターンのようだ。
残りの再生は22.8だ。
スキルを2.0にするのに8.0、そこからスキルを3.0にするのに更に16.0必要だから精々できてスキル2.0か。
どれくらい入れていいのが効果的なのか分からないから取り得ず8.0入れて『再生』2.0にしておく。
あとは傷が少しでも薄くなる事を祈るのみだ。
一通り体を洗い終えたのでゴブリン達の予備で持っていた服を着せたら完成。
これで宿の人にも嫌な顔をされないだろうと思い自信満々で部屋に行こうとしたら追加料金を払えと言われた。
そりゃそうか。
仕方ないので1人分の追加料金を1週間分払う。
そうしてようやく部屋に帰ってきて一息ついて冷静になる。
これからどうしよう。
何て言ったらアリサに怒られずに済むんだろうか。
そんな事をようやく考え始めるのであった。




