36話 神の怒り
いつもの奴隷商人が先頭を歩きその後ろをゴブリンやギンと共について行くのだが両脇と後ろに人がいてどうやっても逃げられない形だ。
ドンは昨日と同じように冒険者ギルドに預けたままだ。
それにしてもアリサの件で制裁を加えるなら何故、昨日やらなかったのだろうか。
昨日は一人の時に俺と遭遇してしまったから逃げないように和解したと見せかけて今日改めて人を連れてきたのだろうか。
ちくしょう。せっかく美少女と恋人一歩手前はいいすぎか。友達?と呼ぶにもちょっと遠いくらいの知り合いになったと思ったのに嘘だったのかよ。俺の純情を返せ。
ちらっとアリサを見ると目が合った。相変わらずの鋭い目つきで睨まれる。怖い。
純情は返さなくていいんで、家に帰してもらっていいですか。ダメですか。
そうこうしているうちに奴隷商の建物につき1つの部屋に通される。
一度も通された事のないかなり豪華な部屋だ。
イメージ的には上客をおもてなしするような部屋だが、もしかしたら連れ込んだ相手を威圧するための豪華な部屋なのかもしれない。
というかこの豪華な雰囲気にめっちゃビビっているんですけど。効果は抜群だ。
「どうぞお座りください。お前たちはもういいぞ。」
そういうと今までついて来ていた男の人たちが部屋から出ていく。
アリサはそのまま残るようだ、というかソファーに座った。
奴隷商人の対面のソファーなので俺が座るとなるとその隣になるんですけど良いんですかね。
「さあワタル様もどうぞ。お連れの方々も一緒にどうぞ。」
再度うながされたのでアリサの隣に座る。
ゴブリン達全員は座れないので部屋の隅のソファーに座らせる。ギンは床に伏せている。
「早速ですが本題に入らせていただきます。」
ドキッ。遂に俺の罪が罰になってしまうのか。
「私どもは今、大変困っておりまして。」
全く困ってなさそうな顔でそう言う。現実ではあった事ないけどインテリヤクザが追い込みをかけるときはこんな感じなんだろうか。
困ってますって俺が一番困ってます。
「そんな時にそこのアリサさんの話を聞いて、是非ワタル様にご協力をお願いしようと思いまして本日こうして来ていただいたわけです。」
完全に脅迫。お前の弱みを握っているからいう事を聞けそういう事ですね。
「まずご依頼をする前に何点か確認したいことがありますがよろしいでしょうか。」
よろしくないですこわいです。
「・・・・・・・・・・・・はい。」
相手のプレッシャーに負けてはいって言ってしまった。
「アリサさんの洞窟犬に薬を与えたのはワタルさんで間違いないですね?」
「・・・はい。」
「洞窟犬の病気をご存知だったんでしょうか?」
「・・・いいえ。」
「では病気が何かは分からなかったが薬を使ったんでしょうか。」
「はい。」
あれなんか思ってたのと違う事を責められてる?
「あ、いえ責めているのではなく。その使われた薬が病気に対して有効で有ることは知っていたのでしょうか。」
「まあ、多分効くかなくらいは。」
「ワタル様はその薬を何処で手に入れたのですか?」
「自分で作りました。」
「・・・なんとワタル様は調合の心得があるのですか。なるほどそれで。」
なんか凄いびっくりしている。
「すみません。ここからは依頼なのですがワタル様が使われた薬を是非、私どもに分けていただけないでしょうか。もちろん代金は払います。」
薬?回復薬の事?そんなの売ってるんだけど。と思ったけどあれだアリサには何の薬を使ったかは分からなかったから病気に対しての特効薬みたいなのを使ったと思われているんだ。
「お恥ずかしい話ですが、今うちの商会の方で飼育している洞窟犬なのですが全頭病気にかかってしまいまして。これが全部死んでしまいますとうちとしても大打撃でしてなんとか手を尽くしてまして、もちろん簡易治療薬なんかを使ったんですが駄目です。そんな時に同じ症状を出していたアリサさんの飼育していた犬の症状が回復したというので話を聞いたところワタル様が薬で治してくれたと聞きまして是非お力を貸していただこうと思いましてこうして来ていただいたのです。」
あれもしかしてアリサにタッチした件は関係ない?
「じゃあ今日は単純に薬だけの話でしょうか?」
「そうです。」
なんだよ。早く言ってよ。遂に追い込みかけられたのかと思ったじゃん。
心配して損した。というか言い方紛らわしいんだよ。こっちはやましい事しかないんだぞ、叩くとほこりが出てくるんだからもっと気を使え。
「ワタル様は冒険者なのですよね?薬剤ギルドにも所属しているんですか?」
「いえ、薬剤ギルドには入ってないです。」
「そうなんですか。薬剤ギルドに入っていないと薬の売買は出来ないはずですが。」
「え!いつも薬屋に売っているんですけどまずいんですか?」
「薬屋に売る分には問題ないでしょう。ただ個人で売ったり、薬剤ギルドに加盟していない店から売るとなると問題でしょう。」
なるほど薬は薬剤ギルドの独占販売なのね。
「しかしそうなるとワタル様から直接売ってもらう事は難しいですね。どこかの薬屋に仲介してもらわないと。そのいつも薬を売っているというお店は何処でしょうか?」
「冒険者ギルドから南の方にある。名前は忘れちゃいましたけどおばあさんがやっているお店です。」
「なるほど、おそらくあそこですね。すみませんが一緒にその店まで行ってもらえないでしょうか。そこで薬の売買の話をしましょう。」
「・・・分かりました。」
あまり気が進まない。以前、薬を作りすぎて怒られた事を思い出す。また誰かの仕事を奪ったとかで怒られたらいやだな。
今来たばっかりだが、奴隷商人はこのまま直ぐに薬屋に行くらしい。
当然、俺たちは行くのだが何故かアリサも一緒についてくるらしい。
奴隷商人ももう付き合わなくて大丈夫ですと言っていたが本人が行くと言っているのでそのまま同行している。
別に薬屋なんて面白くないのでわざわざ行かなくてもいいのに。というか俺が行きたくない。
まさかこれってもしかして俺の事が気になるからわざわざついてくるとかそういう奴ですか。いやこれ凄い期待しちゃいますよ。いやそんな事はない、ないとは思うけどワンチャン。わんちゃん。
そんな事を考えながら奴隷商人と俺とアリサとゴブリン達とギンで薬屋に行く。
「なんだいまた来たのかいそれも大人数で。」
店に入るなり店主のおばあさんにそう言われた。
今日の分の回復薬は冒険者ギルドに行く前に売りに来ていたので本日2回目なのだ。
「失礼します。私、奴隷商を営んでいるアルバートと申します。本日はお願いがあり、参りました。」
奴隷商人さんはアルバートというらしい。
アルバートさんがこれまでの経緯を説明していく。
商品の犬が病気になって簡易治療薬でも直せなかった事。俺が作った薬で洞窟犬を治したこと。治した薬を売って欲しいが薬剤ギルド員でないので売り買いの間に立って欲しいことを説明する。
「はぁぁ。それでどれくらいの量の薬が必要なんだい?」
「現在、病気になっているのは22頭の子犬で幸い親の犬達は6頭とも大丈夫なのですが万が一のために薬を用意しておきたいので全部で28個です。」
「なるほどね。ちょっとそこの坊やと話があるから少し待っててくれ。あとあんたはこっちだ早く来な。」
そういっておばあさんが奥の部屋に来るよう促してくる。
行きたくない。これ絶対怒られる奴だ。
「何してんだい。早くしな。」
行かなくても怒られたのでしぶしぶ奥の部屋に行く。ゴブリン達には店のほうで待ってもらう。
「全くとんでもない事してくれたね。」
扉が閉まった瞬間怒られた。
あれ俺またなんかやりましたか?すみませんやってますね。これは怒られた時に言うセリフじゃないな。
「まったく少しは常識ってもんを考えて行動して欲しいもんだね。でどんな薬を使ったんだい?」
「回復薬とあとは・・・」
そういえば回復薬しか使ってなかった何となく説明しそびれたけど病気は『抗病魔』スキルを1.0与えて治したんだった。
「・・・・・・・・・」
「呆れた。どんな薬を使ったかと思えば薬を使わず治したのかい。でそれは言ってないと。」
凄い目でこっちを睨む。怖い。
「たくどんな秘術を持っているか知らないがそんな簡単に使うもんじゃないだろ。もっと考えな。」
「すみません。」
「本当にしょうがない子だね。じゃあ前に持ってきてた簡易治療薬より効果が強い薬は作れるかい?」
簡易治療薬は『抗病魔』0.5の薬だスキル容量の低い普通の水で作っても倍以上は作れる。
「倍くらいなら。」
「はぁ。作れるならまずはそれで試してみるしかないね。症状を直接見てないから何とも言えないが聞いた限りじゃそれくらいの効力があれば治るとは思うしね。試してみて治るならそれを使えばいいし、そうじゃないなら他の薬を使うしかないね。」
まあ『抗病魔』1.0のギンがかかってないんだし、スキルを入れた犬達も治ったなら『抗病魔』が1.0もあれば大丈夫だろう。
ただし直接スキルを入れた場合と薬として接種した場合の差がどんなもんか分からないから治らないこともあるのか。
「もし治らなかったら俺が直接治しても」
「それは止めておきな。秘術を簡単に使うもんじゃないてのもあるけど、もしお前さんがいなくなった時、この病気に対応できなかったらこの地域であの犬達の子供は生きていけなくなるんだ。今はいいかもしれないが後々で大量の犬が死んでしまうなんて事になったら嫌だろう。」
それはそうか。
もし『抗病魔』1.0でしか生きられない環境だったとして、ギンや助けた犬達の子供たちには『抗病魔』は付かないかもしれないし、付かないなら子供たちはこの病気にかかって死んでしまうかもしれない。
下手に多くの犬を俺の力で生かしておいてこの地域に大量の犬が根付いた段階で俺がいなくなったらそのまま犬達の子供は病気に対抗できなくて全部死んでしまうかもしれない。それはつらい。
「でその薬はどれくらいで作れるんだい?」
28本だろ『抗病魔』が28.0と水があればすぐ出来る。
幸い『抗病魔』は50.0くらいはあるから全然大丈夫だな。
「まあ、直ぐに作れますよ。」
「直ぐってのは。」
「1時間もあれば。」
「なんだって!」
すごい形相で睨まれる。超怖いんですけど。
「たく。本当に非常識だね。どんなに急いでもその効力の治療薬を作ろうと思ったら2週間はかかるよ。材料を集めたりするところから始めたら3週間以上だ。とんでもないね。」
そうか普通に薬を作るのってそんなに時間がかかるものなのか。
水に石を入れて出来上がりとか、かき回さない分インスタントコーヒーより簡単だもんな。言われてみればチートだわ。
「それはここにある器具は何でも使っていいから、ここで作れるのかい?」
回復薬を入れる容器があるので後は水があればすぐ作れる。
「容器があるので大丈夫です。後は水があれば」
「水!そんなもんで。・・・水ならそこから裏にでて井戸から汲んでくればいくらでもあるよ。」
じゃあ早速外に行く前に声をかけられる。
「とりあえず1本作っておきな。後は私があの男と話をつけるから、あんたはまた明日来な。その薬が効くようなら明日改めて残りを作る。ダメなら他の方法を考える、いいね。」
「はい。分かりました。」
「私は部屋の外にいるから終わったら呼びな。」
そういっておばあさんは部屋から出ていった。
1本でいいなら棚にある回復薬の容器を1つとってそこに水を入れて石を入れて完成だ。水を汲むのが一番時間が掛かるくらいの簡単レシピだ。
俺が普通に薬剤師だったら切れてるレシピだね。今度からはもうちょっと気をつけよう。
出来た薬をおばあさんに渡す。
薬を受け取ったおばあさんが薬をなんかの器具で確認している。
その器具を見ると『薬鑑定』2.0と出たので薬の効果を確認しているのだろう。
「はぁー。」
なんか凄い深いため息をついた。何か失敗したのかと思ったが何も文句言われないので大丈夫だろう。
その後、おばあさんはそのまま薬を持って奴隷商の所に行くようだ。
俺は来なくていいと言われたのでそのままダンジョンに行く。
ちなみにアリサは奴隷商人と薬屋のおばあさんについて行くらしい。
どうやら病気にかかった犬の事が心配らしい。
なんて心の優しい子なんだ。血の涙が出そうだ。
やっぱ俺の事なんて興味ないですよね。知ってたし。これからだし。
そんな訳でこの日はダンジョンに入って何時もの狩りとか用事を済ませて終わった。
強いて言えばネズミを何時もより探して殺したくらいだ。
こうして誤認逮捕(俺が逮捕されたと思ったという意味)で始まった1日は終わってみれば何でもなかった。
明日は薬屋に行って薬を作るのかそんな事を思いながら寝るのであった。