32話 とある駆け出しテイマーが見た世界
失敗した。
完全に失敗だ。
何故、あの時引き返さなかったのか。
何故、今日ダンジョンに来てしまったのか。
何故、犬の病気が治ったと思ってしまったのか。
何故、犬の飼育を引き受けてしまったのか。
何故、何故、何故、何故。
ダンジョンで一歩も動けなくなってしまってからかなりの時間が経ってしまった。
外はもう暗くなっているだろう。
このまま夜をここで過ごす。一人なら寝ないで頑張るそれだけだ。
しかし今の状況はまずい。
犬。預かっている商品が一緒で、それも病気で一歩も歩けないほど弱っているのだ。
それも3匹も。
本来なら一刻も早く治療薬や回復薬を飲ませそのまま寝かせなければならない。
しかしここには治療薬も回復薬も何もない。水すらも残りわずかだ。
このまま何もしなければこの犬達は死んでしまう。
だけど自分がダンジョンを抜け出している間。
薬を取りに行ったとしてもその間。
その間に魔物襲われて死んでしまうかもしれない。
そう思うと動くことが出来ずこうして無為な時間を過ごしている。
もし犬が全員死んでしまった場合、違約金は45万だ。
そんなお金を払う事は絶対に無理だ。
借金をすることも出来ない。
即ち身の破滅だ。
奴隷になるかもしれない。
前金で貰ったお金も装備や服、それに犬の薬なんかで使ってしまったからもう残り10万もないだろう。
このまま1匹でも死んでしまったら、その時点で違約金を払う事は無理。
全員ではなく1匹でもだめその事実が私を縛りつける。
もし1匹は死なせてもよかったなら2匹を荷物にいれたり抱えたりして運んでいただろう。
しかしそれも出来ずに今の状況だ。
犬の飼育。
それは私のような駆け出しのテイマーには絶対に来ないような大きな仕事だ。
だが人手不足という幸運も重なって私のよう駆け出しにも声がかかった。
やっと巡って来た大きなチャンスだ。
これを物に出来ればかなり生活が楽になる。
だからすごく張り切った。
最初は順調だった。順調にダンジョンでレベルを上げてられた。
しかし問題の発生は1週間前だ。
急に犬が発熱したり嘔吐したりしたのだ。それも3匹とも。
焦った。慌てて薬屋で治療薬を買って与えた。
治療薬を与えながら毎日看病した。看病して看病してようやくなんとか動けるようになった。
それから少しずつ良くなっていって今日ようやくダンジョンに入れるそう思ったのだ。
今までの分を取り返したいそういう気持ちもあったかもしれない。
昼頃は犬達も元気だったように見えた。
この時に無理をさせずに帰っていれば。
昼過ぎにネズミを何匹か倒して食べさせていたがその時もまだなんともなかった。
本当に何時からだろう。
何度目かの休憩の後に立とうとした時には1匹が歩けないくらい弱っていた。
ちょっと奥の方に行き過ぎていたのも悪かった。
すぐに歩けなくなった犬を抱えてダンジョンの外に向かったが途中で残りの2匹も歩けなくなってしまった。
誰かに助けを求めようと思ったが運悪く誰も通らずそのまま誰かが通るのを待っている間に時間だけが過ぎてしまった。
もともと病み上がりだったのだからそんなに奥の方に行く必要はなかった。
なぜこんな奥まで来てしまったのか。
そもそもまだ私には犬の飼育なんて早すぎたのではないか。
後悔だけが頭の中をぐるぐる回っていく。
病気で苦しんでいる犬達を見ているとどうしても思い出してしまう。
村の事、家の事、家畜の事、両親の事、弟や妹の事。
みんな死んでしまった。
私の村は何処にでもある普通の村だった。
村にいた時は思いも至らなかったが家は裕福で幸せな家庭だった。
家では大きく畜産をしていたのでそれなりに稼ぎがあり食べるものにも寝るところにも衣服にも困らなかった。
前は普通だと思っていたが今なら分かる。私は恵まれていた。
あの時が一番幸せだった。
今はただただあの時に戻りたい。
始まりは他の家で家畜が死んだことだ。
何頭かが急に体が弱り死んだのだ。
初めは2、3頭死んだだけだと、よその家の出来事だと思っていた。
しかしそれは違った。それは直ぐに村全体に広まり私の家の家畜も大勢死んだ。
病気は家畜だけでなく小さい子や老人たちにも広がり村の人たちはバタバタと死んでいった。
幸い私は大丈夫だったが下の小さい弟と妹は病気で死んでしまった。
なんとか病気はそれで収まったが大変だったのはここからだ。
沢山の家畜が死んで家はとても貧しくなってしまった。借金も沢山していた。
両親と私は一生懸命働いたがうまくいかなかった。
弟と妹が死んでしまって悲しみに暮れた母は次第に体調を悪くし最後には動けなくなり死んでしまった。
父も最後まで借金を返そうと頑張ったがどうすることも出来ずに私に少しのお金を残し死んでしまった。
私はわずかなお金を持ち村を逃げるように出ていった。
そこからは更に大変だった。
こんな何の技術も伝手も持たない子供が働く場所なんて1つしかない、体を売る仕事だけだ。それだけは死んでも嫌だった。
だから何の仕事にもつけずお金は減る一方だった。
それにこんな子供だ。少しでも気を許すと周りは私のわずかなお金や体を狙ってくるそんな世界だった。
ダンジョン都市に行けば何か仕事があるかもしれない。
昔物語で聞いたダンジョン都市、そこに行けば。そこで冒険者になればなんとかなるかもしれない。
そう思い必死でお金を節約し何とかこの街に辿り着いた。
だがここでも私はうまくいかなかった。
田舎暮らしで他人とあまり接したことがないためうまく話すことが出来ない。
最初に初心者講習を受けた時に組んだ人たちともうまくいかず次第に孤立していってしまった。
誰ともうまくいかずそのまま逃げるようにそのパーティーはやめた。
その時はまだ何とかなるかと思っていたがソロでやっていくのは生半可なことでは無理だった。
戦闘の技術も魔術の知識もない私がソロで狩れる魔物はスライムくらいしかいなく来る日も来る日もスライムを倒して稼いだ小銭と回復ゴケの収入で暮らしていた。
服はボロボロ、食べるものも少なく寝る場所にすら困った。
それでも何とか頑張って貯めたお金で冒険者ギルドの技能講習を受けた。
魔物使いの講習を選んだのも家で家畜を飼っていたからという単純な理由だった。
しかし駆け出しの魔物使いとなってもほとんどお金になるような仕事はなく奴隷商から来る依頼を何とかこなして暮らしているようなありさまだった。
だからこの犬の飼育という大きな仕事をこなせれば生活も安定するし魔物使いとして次のステージに進めると思っていた。
しかしそれもこれで全部おしまいだ。
必死で家族の分も生きていこうと思い今日まで頑張ってきたがこれが限界だったようだ。
そう思うと涙が止まらなかった。
最初はなんとか我慢していたが一度涙が流れると後から後から押し寄せる感情を止めることが出来なかった。
「くぅーん」
声を出して泣く私を見て心配したのか犬が私の頬を舐めて慰めようとしてくれる。
自分もほとんど動けないのに。
そう思うと更に涙が出た。
思えばこの2週間ずっといたこの子たちにも悪いことをしてしまった。
私が未熟なばっかりにこの子達を殺してしまうのだ。
とても申し訳ない気持ちになる。
神様お願いします。どうかこの子達を助けてあげてください。
違約金とかもうどうでもいいです。
こんな私についてきてくれたこの子達をどうか助けてあげて下さい。
お父さん。
お母さん。
ユリ。
カイル。
助けて。
誰か助けてよ。




