飾り物の王
そこで行われているのは、狂気の宴だった。
周囲には血の匂いが立ち込め、大地は真紅に染まる。そしてまた、振り抜かれる杖の音が響く。
「……っ!!」
アンナスリーズは強く眼を閉じる。四肢が千切れ飛ぶその様を、視界に入れない様に。
彼女を救ってくれたであろう黒衣の魔道士。彼はあの高位獣鬼の首を飛ばすと、そのまま幾度もその体を杖で殴り続けたのだ。
それが彼の従者だったであろう漆黒の騎士。その彼を殺した仇に対する怒りからの行為ならば、納得出来ただろう。
彼女には、痛い程その気持ちは分かるのだから。
しかし、彼の顔には笑みしか見え無い。怒りでは無く、心の底から楽しんでいるのだ。この暴虐の宴をー。
軈て黒衣の魔道士は此方へと視線を向け、続けた。
「もう大丈夫。これで確実に死んだ」
「〜〜ッッ!」
“狂気”。
正に狂気としか言い様が無い。彼はこの残酷な行為を、確実な“死”の為に行ったと言うのだ。
確かに初めて魔獣を打ち倒した時、アンナスリーズも似たように刃を立てたことがある。
その死に自信が持てず、起き上がってくるのでは無いかと恐怖に駆られたからだ。
しかし、目の前の黒衣の魔道士は自分の様な弱者では無く、高位獣鬼さえもおもちゃにする絶対的な強者。そんな新人騎士の様に虚弱な精神では無い事は明らかだった。
(私の反応を見て……遊んでいる……!)
アンナスリーズはそう確信していた。それ以外の理由なんて有り得ない。
目の前の魔道士は、自分にその暴虐を見せ付けて遊んでいるのだ。この事実に彼女は身震いする。彼は味方等では無い。あの高位獣鬼を凌駕する、破滅の申し子なのだから。
ーしかし、敵とも言いきれない。
「……助けて下さってありがとうございます……」
震える声でそう言って深く頭を下げるアンナスリーズ。彼女は懸命に考える。この狂気を、どうにか利用出来ないかとーー。
ーーーーーー
“魔術とは神に働く詐欺である”。
これは慎太郎の知識の中にある、魔術の根幹を言葉にした物だ。
“魔術”。
学術名で、“存在率改竄干渉”と呼ばれるこの技術体系は、先ず神の存在を肯定する事で始まる。
神とはこの世界の全てを認識・確定している“絶対的観測者”。無限の意思と、無限の魔力を持つ超常の存在。
“魔術”とは、その認識を改竄する事で、世界に起こり得る事象を自らの望むものへと改変する技術なのだ。
この、“神の認識を改竄する”という事に関しては、“階層世界帯”と呼ばれる概念の説明が必要となるのだが、今回の場合、必要な説明では無い為割愛させて頂く。
兎に角、魔術を行う際には現実に於いても多数の動作や呪文の詠唱等が必要だと認識して頂ければ良い。少なくとも、“慎太郎の知識の中にある魔術には”、だが。
こういった事情から、魔術師達はローブやマスク。大きめのガントレット等に身を包み、自分の情報を他者に知られない様にする傾向がある。
動作や表情、指の動きや口の動き等で発動させようとしている魔術の傾向を知られる事は、自分にとって不利にしか繋がらないからだ。
そして、慎太郎も例に漏れず、情報漏洩には万全の対策をとっていた。
“飾り物の王”。
慎太郎の右耳に付けた、ピアス型の魔術道具だ。
ピアスと言っても、健全な厨二男子である彼らしく、マグネットピアスなのだがー。
飾り物の王の機能は主に2つ。
一つ目はプロメテウスとの通信機能だ。これは鼓膜を振動させることで会話を成立させる仕組みで、比較的単純な術式と言える。
とは言えこの世界に来て初めて使った時は、鼓膜が破れるかと思う程の爆音でプロメテウスの声が聞こえ、彼と喧嘩になったのだが、その後の調整で実用可能な状態にする事が出来た。
そして、もう一つが今回説明が必要となる機能。
“他者に実際の自分とは違う印象を与える能力”だ。
前述の通り、魔術師達は指の動きや表情等の微細な変化から相手の術式を読み取る事が出来る。
しかし、指の角度や口角。所作の一部等、そういったほんの僅かな違いで結果が異なる場合がある。
飾り物の王は、その微細な変化を相手側に意図的に誤認させ、更に自分に対する印象を改変する事で正確な判別を阻害する魔術道具なのだ。
そしてその性質上、実際の言動等とは大く差が開く事は無い。
“本来ならば”。
ーーーーーーー