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高位獣鬼


「ハアァッッ!!」


 “斬撃スラッシュ”のスキルを発動させるアンナスリーズ。斬撃スラッシュは剣士系統の職業ジョブを持つ者達の大半が、最初に得るであろう攻撃スキルだ。

 斬撃の威力強化と言う単純な効果だが、それ故に応用の幅も広く、その使い方は騎士一年目に徹底的に叩き込まれていた。


 彼女の繰り出した斬撃スラッシュは、目の前に居たオークの両目を切り裂き、暗闇に囚われたオークは悲鳴を上げながら転げ回る。そんな様子には目もくれず、アンナスリーズは再び走り出した。


(急がないと……!)


 彼女は焦っていた。砂漠地帯に鎮座していた魔王。あの悍ましい化け物は、ゆっくりとだが、確実にファフナへと歩を進めていた。

 仲間達を犠牲にして生き残った彼女は、故郷を救いたいと言う想いを支えに、懸命に走り続ける。


 あの時、アンナスリーズが生かされたのは、当然の判断だったと言える。

 彼女が持つ猟兵レンジャーと言う職業ジョブには、索敵や探査に向いたスキルだけでは無く、疲労軽減リリィブファティーグ敏捷性強化アジリティブーストなどに代表される行動補助系統のスキルが多くある。更にアンナスリーズには風神エステルの加護もあり、彼女以上に生存能力が高い人材は団員の中には居ない。

 その為、情報を持ち帰る為には彼女を逃がすのが最も効率的な判断だったのだ。


 しかし、例え合理的な判断だったと理解出来ても、仲間達を見殺しにすると言う行為に、納得出来る訳では無い。


 ー頭で理解することと、心で納得する事は、違うのだから。


 “自分も残って戦う”と必死に訴えた彼女を、仲間達は笑って送り出そうとした。それでも必死にかぶりを振るアンナスリーズに、彼等は家族を頼むと伝えた。そして父に言われたのだ。いや、言われてしまったのだ。


 ー母さんを、一人にしないでくれと。


 そうしてアンナスリーズは走り出したのだ。共に過ごした仲間達を。尊敬出来る先達達を。口煩く、頑固で、誰よりも愛してくれた父の命を見捨ててー



ーーーーーー



「……おかしい……」


 アンナスリーズは、自らの違和感を口にし、立ち止まった。ファフナまで後半日程の森林地帯に辿り着いた彼女だったが、既に複数回魔獣に襲われていた。

 この森林地帯は確かに自然の物なのだが、周辺には植林された林がある為、定期的に騎士団による遠征が入り、魔獣達の討伐が行われている。

 にも関わらず、これだけの回数魔獣に襲われるのは、彼女の経験上異常事態だと言えたのだ。


 まるで、何かに命じられている様なー


 彼女がそう考えた時、()がそこに現れた。


『どうシタ人間。鬼ごっコは終わりカ?』


「!?」


 驚愕に顔が歪むアンナスリーズ。そこに現れたのは、正に恐怖の化身の様な存在だった。

 身の丈3mを超える巨軀。腕は太く、彼女の胴廻りを優に超え、その相貌は凶悪と言う言葉を形にしたかの様。


 “高位獣鬼ハイオーガ”。


 討伐適正レベル45相当とされる強力な魔獣。

 ーそしてあの時魔王から生み出され、部隊を壊滅させた最悪の敵だった。

 困惑するアンナスリーズを見ながら、その相貌に醜悪な笑みを浮かべた高位獣鬼ハイオーガは、おもむろに腰布に手を伸ばす。


『お土産ダ』


 そう言った高位獣鬼ハイオーガは、アンナスリーズに向かい何かを投げた。

 一抱えの大きさのそれが、放物線を描き彼女の足元に転がる。ゆっくりと視線を下ろしたアンナスリーズは、()()()()()()()()


「ぅ……あ……!?」


 理解出来なかった。そんな筈は無い。認めたくない。口が乾き、喉が貼り付く。必死で頭の中だ否定を続けるアンナスリーズ。しかし、それでも目の前のそれは消えてはくれなかった。

 高位獣鬼ハイオーガが投げた物。



 ーそれは、もう二度と会えないと思っていた父の首だった。



「アァアッアアアッッ!!!!!!!」


 絶叫し、怒りに任せ斬撃スラッシュ高位獣鬼ハイオーガに切り掛かるアンナスリーズ。しかし高位獣鬼ハイオーガは巨軀を思わせぬ俊敏さで上体を逸らし、返す様に頭をアンナスリーズへと振り抜いた。


「きゃあっ!?」


 思わず悲鳴を上げるアンナスリーズ。胴体に直撃した高位獣鬼ハイオーガの頭突きは、彼女の肋骨の幾つかにひびを入れ、口からは血が滲んだ。

 体が軋み、全身が痛む。しかし、アンナスリーズはそれ以上の怒りで包まれていた。


『グババババッ!!駄目じゃないカ。鬼ごっこは、鬼から逃ゲる遊びダゾ?』


 血を吐き、幾度となく咳き込みながらも、懸命に睨みつけて来る彼女を見ながら、高位獣鬼ハイオーガはそう言って笑い続ける。


『……じゃア、続けるか。特別ニ、もう10秒数えてヤル。早く逃げるんだゾ?』


 こうして、命懸けの鬼ごっこが始まった。



ーーーーーー



 どのくらい逃げ回っただろうか。

 既に彼女は限界に近かった。幾度となく襲い掛かる魔獣達。支配ドミネイトと呼ばれる力で命令を強制されている彼等は、例え死に瀕した状態でも立ち上がり、彼女に襲い掛かって来た。

 恐らく、自らの子であろう小さなオークを盾にし、涙を流しながら襲い掛かるオークも居た。

 それ等全てを斬り伏せて、懸命に逃げるアンナスリーズを見ながら、高位獣鬼ハイオーガは笑い続ける。


『グババババッァ!!優しいナア、人間!!親子を直ぐに再会させテヤルなんてナァッッッ!!実に感動的ダ!さぞ親御さんの教育が良かっタのだろウ!グババババッ!!』


「……ッッッ!!」


 激しい怒りと悲しみに包まれるアンナスリーズ。魔獣達は、人々にとって相入れる事の無い不倶戴天の天敵だ。しかし、それでも懸命に生きる命である事には変わりない筈だ。

 そんな彼等を。懸命に生きる命を。嘲笑う様にオモチャにする高位獣鬼ハイオーガの事を、アンナスリーズは絶対に許せなかった。


 ーしかし、現実は残酷だった。


「……ハァ……ハァ……」


 高い崖を背にして、立ち止まるアンナスリーズ。そして、そんな彼女を囲む様に10数匹の魔獣達が立っていた。

 やがて、その中の一匹。命をもて遊ぶ忌々しい高位獣鬼ハイオーガが一歩前に躍り出る。


『……もうお終いカ?モット遊ばなイのか?』


 何も答えられないアンナスリーズ。最早スキルを繰り出すだけの体力も無く、こうして囲まれている以上、逃げる事も叶わない。


『……どうシタ!モットモットモット!!遊び足りナイぞ!!』


 そう言って吼える高位獣鬼ハイオーガ


 “死にたくない”。

 アンナスリーズは強くそう思っていた。

 自分はまだまだ若い。人並みに恋だってしてみたいし、やりたい事だって沢山ある。ファフナを救うと言う、父達に託された使命もある。

 しかし、今彼女が死にたくないと思っている理由は、それ等では無い。



「……けて……!」



 声になら無い声が出る。



「たす……けて……!」



 ーそう、死ぬ訳にはいかない。



「誰か……助けて……!」



 ーだって、私が死んでしまったら。



「誰かッッッ!!助けてェェェェッッッ!!」



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 


 ー静寂が周囲を包む。


 心の底からつまらなそうにアンナスリーズを見つめる高位獣鬼ハイオーガ

 当たり前である。彼女の声は誰にも届く筈が無いのだから。


『……飽きたナ。お前達、好きに殺セ』


 その言葉を聞き、動き出す魔獣達。しかし、

その命令が行使される事は永遠に無かった。


『ーナンダっ!?』


 叫ぶ高位獣鬼ハイオーガ

 突如として彼等の目の前に雷光が走ったのだ。やがて、その雷光が収まるのを待っていたかの様に二人の人影が降り立つ。


「……女の子相手に、随分な事をするな……」


 そこに居たのは、見た事も無い鎧に身を包んだ漆黒の騎士と、不敵な笑みを浮かべる一人の魔術師ソーサラーだった。





 

 

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