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魔王

 深い森の中、肩で息をしながら、しな垂れ掛かる様に巨木に体を預ける一人の人影がいる。

 淡い緑色の艶やかな髪を肩口で切り揃え、顔立ちは整っているのだが何処と無く愛敬を感じさせる容姿の女性。


 彼女の名は、アンナスリーズ=ノルファン。

此処から10キロ程南西に位置する、中継都市ファフナに所属する騎士団員の一人だ。


 家の中で遊ぶよりも、外で遊ぶ事を好む様な活発な子供時代を過ごした彼女は、物心つく頃には騎士となる事を夢見ていた。彼女の父も騎士だったのだ。

 口煩い父だったが、その仕事ぶりは実直で誠実。父に向けられる人々からの感謝を間近で見て来た彼女が、“いつしか自分も”と思う様になるのは自然な流れだったのかも知れない。

 彼女が騎士団に入ると宣言した時は、“若い娘が騎士になど”と、これでもかと言う程に父親から反対されたのだが、彼女は父親譲りの頑固さと、持ち前の明るさで、ついには父親を諦めさせたのだった。


 アンナスリーズには騎士として二つの強みが有った。

 一つは、猟兵レンジャーとしての高い適性だ。騎士となり、初めて神殿での神託を受けた彼女は、託宣神ヴォルジャノより猟兵レンジャー職業ジョブを授かった。

 幼い頃から野山を駆け回るのが好きだった彼女にとって、この索敵や探索に向いた職業ジョブを授かれたのは幸運で、趣味と実益を兼ねた形で順調にスキルレベルを上げる事が出来たのだ。


 もう一つは、風神エステルの加護を3レベルの時に授かれた事だ。

 通常なら、15レベル前後までは神の加護は得られないと言われるこの世界で、3レベルと言う低レベルで加護を得るのは稀有な事だ。

 無論、無職ノービスのレベル0で加護を受けれる神託者オラクルとは比べるべくも無いが、それでも“恵まれた”と言うには十分だった。

 そうして恵まれた資質、そして持ち前の誠実さと人当たりの良さで、騎士団での地位を確かなものにした彼女は、19歳に成った今では、レベルも23と成り、一人前と呼ぶには十分な実績も重ねていた。

 それでも口煩い父には、まだまだと言われているのだが、彼女は既に騎士団には無くてはならない存在となっていた。


 そんなある日、彼女はファフナの街名主に呼びだされた。街名主とは、このルッツガル地方一帯を統治する辺境伯から派遣される役職者で、実質的なファフナの統治者と言える存在だった。

 彼女が街名主の屋敷へ訪れると、そこには顔見知りの騎士団員達が集まっていた。人数は彼女を含めて8人程の小隊規模なのだが、しかしその平均レベルは35近くにもなる精鋭揃い。

 彼女の顔を見て、皆が話し掛けて来るのだが、その場に居た一人。彼女の父は渋い顔でその様子を眺めているだけだった。


 やがて一頻り話し終えると、見計らった様に現れた街名主から、この場に彼等が集められた理由が告げられた。


「魔王復活の兆しが在る。此処に居る者達で秘密裏に調べて欲しい」


 ーと。


 静寂が一同を包んだ。正直、この場に居る誰もが何と言って良いのか分からなかったのだ。


 “魔王”。


 それはかつてこの世界に生ける人々にとって絶対的な敵対者とされた存在。

 邪神テオドシウスがこの世界を滅ぼす為に生み出した十三柱の分身体。その力は強大で、例え一柱でも世界を滅ぼし得るとまで言われていた。だが、それも過去の話。既に最後の魔王が倒れてから200年もの時が流れていた。

 短命種たる人族の彼等にとっては、当時を知る術は伝聞以外には無く、魔王復活と言う言葉に実感が持てないのも無理からぬ事だろう。


「魔王……ですか?失礼ながら、既に魔王達が滅びてから200年が過ぎています。正直に申し上げて、流言飛語の類に思えるのですが……」


 そう口にしたのは、アンナスリーズの父であるルドルフであった。この場に居る騎士達の中で最もレベルと階級の高い彼は、騎士達の総意を告げる役としては適任だったのだ。


「……これは辺境伯ポートメリ様直々の命なのだ。貴殿の言は最もだとは思う。私自身、未だに信じられん。しかし、あのお方がその様な流言飛語に踊らされる様な方で無い事はこの場に居る者達ならば知っておろう?」


 そう言われ、ルドルフは口籠もる。街名主の言葉に納得がいったのだ。

 辺境伯であるポートメリ=ノートランドは極めて優秀な統治者だ。長命種たる小人族ポックルのポートメリは、人族の様な短命種とは違った、長命種ならではの思考形式を持っており、長期的かつ広範囲での統治を得意としている。その手腕は周辺国にも轟く程であり、そんな彼が根拠の無い命令を直々に下すとは思えなかった。


「……この場に居る面々を見ても分かるとは思うが、ポートメリ様は今回の事態を極めて重く見ておられる。本来ならば辺境伯の直属軍を動かしている所だ、とまで仰られた」


 そう言われ、騒めく騎士達。国軍の一端を担う直属軍を動かすのは、即ち戦争行為を行うに等しい。ここに至り、彼等はこの一件の重要性を理解したのだ。


「……皆も知っての通り、我が国は現在、隣国のラグスレブと軍事的緊張状態にある。この状況で国境に面した辺境伯領の直属軍を動かせば、戦端を開く切っ掛けとなるやも知れん。だからこそ、君達が集められたのだ。……済まないが頼まれて貰えないだろうか?」


 そう言って深く頭を下げる街名主。もうこの場に、異論を唱える者は居なかった。



ーーーーーー



 ()()()()

 

 アンナスリーズはそう痛感していた。例え戦端を開く切っ掛けとなったとしても、直属軍を動かすべきだったのだ。あの場で異論を唱えなかった自分に対して怒りすら抱く。

 あのおぞましい魔王を前に、自分達程度の戦力では調査すら務まる筈が無かったのだ。

 ノルの砂海と呼ばれる砂漠地帯に鎮座していた魔王は、自分達に対して何もして来なかった。いや、もしかしたら認識すらしていなかったのかも知れない。

 ただ生理現象の様に魔王から溢れ落ちた異形。その一匹の魔獣に部隊は殲滅されたのだ。

 

 彼女一人を残してー。

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