携帯研究所
「火炎球!」
その言葉と共に放たれた火の球は、先程の雷球と比べると、思いの他小さかった。しかし、そのまま数メートル先の岩に接触した瞬間、轟音と共に膨れあがり、岩をドロドロの熔岩へと変えた。
「冷凍球!」
そう唱えると、凍てつく様な冷気の塊が現れ、熔岩を飲み込み周囲を雪原へと変える。
「……身体強化」
そう呟いた慎太郎は、おもむろに足下の石を拾い上げる。そして軽く力を込めると、石はまるで焼き菓子の様に粉々に砕け、彼の手の平から溢れて行った。
『……ファッキン。なんつー干渉力だ。マスター、俺のデータベースに誤情報を入力したのか?』
「いや、違う……。単純に俺にも想定外なだけだ……」
そう言った慎太郎は、空を見上げてため息を吐いた。
周囲には焼け焦げ、凍てつき、ズタズタにされた採石場の様な景色が広がっている。
先程のオークとの戦闘後、結晶化したアストラル体を回収した二人は、ひらけた岩場を見つけて魔術の実験を行なっていたのだ。
先程から使っていたのは、彼がこの世界に持って来た魔術道具の中でも最弱の干渉力を持つはずの‘‘新人の指輪’’。この指輪に込められた魔術は、どれもさしたる破壊力など秘めてはいない。牽制や補助を主目的とした魔術道具だからだ。
しかし、オークを一瞬で消し去った雷撃球を始め、実際に行使した魔術は想定を遥かに超えた性能を示していた。
流石に最大の干渉力を持つ筈の‘‘魔術師の杖’’には遠く及ばないが、それでも本来の性能とは懸け離れていた。
「……まさか……やはり……」
先程の考えが頭をよぎる。
自らの知識には無い結晶化したアストラル体。そして、簡易ではあるが先程行った魔術実験での桁外れの結果。
それらを加味して考えれば、そうである可能性は極めて高かった。
『どうしたんだよマスター。とりあえず実験は終わったんだろ?次はどうするんだ?』
そうプロメテウスに話しかけられ、慎太郎は思考を止めた。
現状では、これ以上の考察には意味が無い。手にした情報では、仮説しか立てる事は出来ず、そして立てた所でなんら役に立つ事も無い。
「そうだな……取り敢えず、魔術道具の調整をする。このままじゃ出力が高すぎて使い物にならないからな」
そうプロメテウスに告げると、慎太郎は首に付けた魔術道具を起動させる。
‘‘携帯研究所’’と名付けられたこの魔術道具は、文字通り携帯可能な研究所である。
内部には様々な魔法陣が施されており、素材さえあればかなりの魔術道具の製造、調整が可能となる。
今回の場合、素材は無い訳だが、もとと成る魔術道具は手元にあり、調整程度なら容易く出来るだろう。
ーしかしー
「……」『……』
慎太郎達の目の前に現れた研究所は、明らかに縮尺が異常だった。ドアの高さは4メートル近くあり、ドアノブも両手で掴まなければならない程。巨人が使うならば丁度良いのかも知れないが、平均的な厨二男子たる慎太郎には不便極まりない。
「……先ずは携帯研究所の調整からか……」
そう呟いて深いため息を吐くと、慎太郎はプロメテウスを引き連れて中へと入って行った。
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