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異世界転移魔術


“闇”


 正にその言葉こそ、この場に相応しいだろう。


 窓張りによって光は遮られ、月明かりすらも入らない。そこにはまるで墨汁を垂れ流した様な空間が広がっていた。

 しかし、この場の中心には僅かに揺らめく光源が有り、この部屋の主人を照らし出している。


『アスター・アマナー・アマナイ・クドヘー…ケセラー・ルドゥラー・ニンベラ・クドゥラー…』


 常人には理解出来ない呪文の様な言葉。しかし、そのイントネーションは日本語のそれとは明かに違う。無意味な文字の羅列を口にしている訳では無く、なにがしかの意味がある事を感じさせた。


 呟くのは一人の少年。黒い髪を肩口迄伸ばし、その身を黒いローブに包んでいる。

 僅かに覗くその顔は、よく言えば当たり障りの無い顔なのだが、その表情は醜く喜悦に歪んでおり、決して近寄りやすいとは言えなかった。


「…ふっふはは!ハーッハッハッハ!!出来たぞ…!遂に完成した!!我が究極の使い魔(サーヴァント)が!!」


 大行に立ち上がり両手を掲げ、そう叫ぶ少年。

 彼の目の前には、幾何学的な模様が刻まれた金属の箱があり、その周囲には水晶やコウモリの干物、虫の死骸等が規則制を持った並べ方で配置してあった。

 

 彼は金属の箱を持ち上げ、頬擦りをしながら更に続ける。


「あぁ…!あぁ!!長かった…!苦節6年!少ない小遣いとお年玉を溜め込み、媒介を集め、ようやく完成させる事が出来た!!我が究極の使い魔(サーヴァント)プロメテウス!!なんっという美しさだッッッ!!」


「うるッッッせぇぇぇぇぇぇぇぇっっッッッ!!」


 漆黒の闇を、ドアを開けるというシンプルな方法で切り裂いたのは一人の少女だった。

 淡い栗色の髪を、肩に掛かる程度に伸ばした、健康的な容姿をしている少女だ。


「おぉ、我が妹よ!!遂に私は成し遂げたぞ!!これこそ自己進化型魔導機兵“プロメテウス”!!倒した対象のアストラル体を取り込み、その力を無限に高める究極の魔導機兵なのだ!!これは、魔術の歴史が変わるぞ!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!」


「うるせぇぇぇぇッッッってんのよ!!」


「ぐぼぁっ!?」


 怒号と共に少女から繰り出されたボディブローは、少年の腹部にめり込み、彼は綺麗に倒れ込む。

その様子を見ていた少女は、両手を腰に付け、彼に向かっていい放つ。


「魔術なんてものは最初から無いでしょうが!!現実見なさいよ馬鹿兄貴!!」


 ――そう、この21世紀の日本には、魔術等存在しない。彼、佐々木慎太郎ささきしんたろうは現在、私立城西大学付属中学の二年生。


 名実伴う、“厨二病”患者なのだ。


 慎太郎が魔術に目覚めたのは、3才の頃だった。いつもの様に母と妹と共に公園で遊んでいた時、誤って滑り台から落ちて頭を強打してしまったのだ。


 慌てて病院に担ぎ込まれた慎太郎は、大した怪我も無く、翌日には無事退院出来たのだったが、その時から彼の頭の中には“魔術”の知識が渦巻き始めていた。


 “上位構造世界アストラルサイド”、“階層世界帯メンブレーン”、“魔力”、“マナ”、“エーテル”etc……。


 正に吹き出す様に溢れて来る知識に、初めは困惑した彼だったが、やがて論理的思考が伴ってくると、その魅力に取り付かれ、狂った様に研究に没頭していった。


 その様子を不審に思った両親は、幾度と無く彼を病院へと連れて行ったが、何度検査しても異常は見当たらず、結果、諦めて本人の好きな様にさせたのだった。


 慎太郎はそれからも研鑽と研究を続けた。

 幾つもの魔術道具マジックアイテムを作り出し、そしてその経験を活かして遂に究極とも言える魔導機兵を作り出す事に成功したのだった。

 

 とは言え――


「兄貴が作った、魔術道具(マジックアイテム)で、一つでも動く物があったわけ!?廚二病もいい加減にしなさいよね!兄貴のせいで私がなんて呼ばれてるか知ってる!?“廚二病の妹だから、廚一病”なのよ!分かってるの!?」


「…いや、動かないのは当然だ。この世界には魔力が殆ど無い。如何に私が天才でも、最低限以下の魔力では魔術道具マジックアイテムを起動させる事は叶わない…。後、彩月さつきが廚一病と呼ばれる様に成った切っ掛けは、お前が“臨場感が大事なのよ!”とか言いながら、神社で携帯の乙女ゲー画面にキスをしていたのを学友に見られたからで、私が原因では…」


「うるせぇぇぇぇッッッ!!」


「ぐぼぁっ!?」


立ち上がりながら事実を告げた慎太郎に、再び繰り出されるボディブロー。


「さっさと下りるわよ!晩御飯!!」


「……はい」


慎太郎はそっとプロメテウスを床に置き、さつきに続いて締め切った自分の部屋を後にするのだった…。

 


ーーーーーーーーーーーーー

 


 「はぁ……」


 そう言って慎太郎は溜め息を吐いた。夕食を終えた後におこなった、プロメテウスの起動実験に失敗したのだ。


 確かに彼の知識にある必要素材の幾つかが足りず、実際に手に入る別の品物で代用している。

 架空の金属や生き物の素材等、手に入る訳が無いからだ。

 しかし、彼は経験と知識から、プロメテウスの機能に不備は無い事を理解していた。


「…やっぱりこの世界の魔力じゃ動かない、か…」

 何時もの結論を出し、そして倒れる様にベットに寝そべる。


 彼はこの日常の事は決して嫌いでは無い。優しい両親に、暴力的な所はあるけど根は真っ直ぐな妹。

 学校では、廚二病として悪名を轟かせ馬鹿にされてはいるが、虐められる程では無い。そして、彼自身、本当は理解している。


「……魔術なんて、在るわけねぇもんな……」


 そう、所詮は彼の妄想なのだ。頭の中でしっかりとした理論体系があろうと、それは机上にすら上がらない空論だ。

 実際に在りもしない物にすがって、ただただ大声で喚いている自分は、やはり周囲の言う様な廚二病なのだろう。そう思い慎太郎は再び溜め息を吐いた。


「…テレビでも見るか」


 そう言って、げんなりとした自分の気持ちを切り替える為、大して見たい訳でも無いテレビを点け、次々とチャンネルを回す。


『…で、…が…です。』


 点けたタイミングが悪かったのか、面白い番組も、気を紛らわせれる様な番組もやっていない。


「…つまんねぇし、切って寝るかな」


 そう呟いて、リモコンの電源ボタンに手を伸ばそうとした慎太郎だったが、耳に入ってきた言葉に動きを止めた。


『…ですので、今夜の皆既月食は好条件と言えます。お時間のある方は、空を見上げてみてはいかがでしょうか?』


「…皆既…月食…?」


 そう呟いた慎太郎の動きは、今だ止まったままだ。彼の知識に、引っ掛かる物があったのだ。


「…赤い月…並ぶ太陽と地球…そして月…」


 彼は知識を口にする。そうする事で、少しだけだが、考えが纏まる気がしたのだ。

 そしてゆっくりと、慎太郎の口角が上がって行く。妹がキモいと連呼する、魔術師ソーサラーとしての慎太郎の顔だ。


「行ける…かも知れない…」


 そう、彼の魔術の知識は、その可能性を導き出したのだ。


()()()()()()……()()()()()()()……()()()()()()()()……!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!」


 彼はそう叫ぶと、使えもしない筈の沢山の魔術道具マジックアイテムに身を包み、外へと駆け出して行った。




ーーーーーーー




 慎太郎が着いた先は、土手沿いにあるグラウンドだ。

 ここは普段は老人達がゲートボールに励む場所なのだが、時間の事も有り、今は誰も居ない。


「急がないと…!」


 慎太郎はそう呟くと、一心不乱にグラウンドに幾何学的模様を書き始める。

 彼が魔法陣マジックサーキットと呼ぶその模様は、魔術を起動する為に必要な物だ。馴れた手つきで書き連ねられたその模様は、無秩序な落書きとは違い、明確な規則性を持っており、美しさすら感じさせる。


 慎太郎は出来上がった魔法陣マジックサーキットの上に、次々と水晶や紙、得体の知れない生き物の死体等を並べて行き、そしてそれ等の中心に立った。


 心が踊るのが自分でも分かる。最強の使い魔(サーヴァント)を作り出したその夜に、異世界への切符を手にしたのだ。それも無理からぬ事だろう。

 そう思いながら、慎太郎はゆっくりと詠唱を開始した。


『我は裏界より真理を覗む者。界を隔てるとばりを破り、折り重なりし可能性へと誘わん。ディセナー・クドゥラー・レンブラ・ディドゥラ。ケティス・マルゴー・ダーナス・クルマー……』


 こうして暫く慎太郎は、一心不乱に呪文を唱え続けた。



ーーーーーーー



 どのくらい時間が経っただろうか。既に彼の理論上必要な詠唱は終えており、本来ならば異世界への転移は終えている筈だった。

 しかし、何も起きてはいない。


 …いや、元々起きる筈が無かったのかも知れない。

元々自分の知識は、この世界では考えられない物なのだ。魔術なんてある訳が無いし、異世界なんて行ける訳が無い。当たり前なのだ。()()()()()()()()


「ふざけんなッッッ!!」


 怒号と共に、慎太郎は地面を全力で殴りつける。


「だったら…だったらなんでこんな知識が俺の頭に在るんだ!!在りもしない妄想なら、もうちょっと浅く作れよ!!なんだってこんなに凝ってて面白い設定作ったんだよ!!ふざけんなッッッ!!」


 そう叫び、彼は何度も地面を殴ると、頭をうずめて泣き始めた。


 彼は魔術が好きなのだ。周りにどれだけ馬鹿にされても、それだけは変わらなかった。

 魔術の為ならばなんだってしてきた。魔術に必要な水晶玉を買って貰う為、猛勉強して地元でも随一の進学校に入学した。欲しいゲームだって我慢し、必死にお小遣いを貯めて触媒や媒介を買った。奇異の目で見られても、コウモリの死体を必死に探し回ったし、道路に転がっていた猫の死体だって回収した。


 慎太郎は、どこまでも魔術に誠実だった。

 ……しかし、魔術は一度だって慎太郎に振り向いてはくれなかった。


「……もう、止めよう…」


 魔術は此れきりにする。

 そう決めた慎太郎が立ち上がると、擦りきれた拳から一滴の血が流れ落ちた。


「!?」


 慎太郎の顔に驚愕が浮かぶ。流れ落ちた血の滴から、光が生まれ、魔法陣マジックサーキット全体が淡く光始めたのだ。


「……そうか……俺の血の魔力で、最低限必要な魔力量に届いたのか……!」


 自らの知識でこの状態の答えを導き出した慎太郎は、笑みを浮かべる。そう、これで――


「これで!!異世界へと飛べるぞ!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!」


 そう高笑いを上げた少年は、直後(まばゆ)いばかりの閃光に包まれ、沢山の魔術道具マジックアイテムと共にこの世界から姿を消した。







 


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