地味子でいさせて
学力:中の下
身体能力:中の下
コミュ力:下の下
顔:中の下(贔屓目に見て)
性格:悪くはない、と思う
そんな、どの部分を抜き出しても平均値からはみ出ない私だが、一つだけ特殊な事情がある。
それは―――……。
「あ、ねえさんこんなところにいた。一緒に帰ろう♪」
そう、この男が弟であるということだ。
秋葉千美子、十六歳。
小学生の時のあだ名は地味子。
あだ名に恥じぬ地味具合で生きてきた私だったが、中学生の時にその生活は一変した。
父を亡くしてからずっと女手一人で私を育ててくれた母が、再婚したのだ。
お相手はなんとイギリス人のマークさん。
なんでも、駅のキヲスクで働いているところを見染められたらしい。
私にそっくりな顔の母のどこにそんなに魅力を感じたのか分からないが、外資系企業の日本支社に長期で来ていたマークさんと母は恋に落ちた。
そしてあっという間の再婚。
初めてその話を聞いた時、私は純粋に嬉しかった。
いつも仕事で疲れている母が、もう見なくて済むのだ。
父は私が物心つく前に亡くなっていたし、少し寂しかったけど母を取られたくないと駄々をこねるほど子供ではなかった。
マークさんには申し訳ないが、彼は四十手前ながらに会社でなかなかの地位にいるらしく、お給料も良さそうだった。
勿論、人も良さそうだった。なにより、母が嬉しそうだったのが決め手だ。
私はその再婚に大賛成した―――のだけれど。
私の最大の失敗は、結婚前にマークさんに詳しい話を聞いておかなかったことだと思う。
金髪碧眼のどこからどう見ても外国人なマークさんに、コミュ力激弱な私が質問をしまくるだなんて難易度が高すぎた。
海外ドラマ好きな母はなんとかコミュニケーションがとれていたようだが、私は母からのまた聞きで彼のプロフィールを把握していたにすぎない。
だから知らなかったのだ。
マークさんにも、本国に前妻との息子がいたなんて。
さてその後。
中学三年生の私を襲ったのは怒涛の出来事だった。
まず、イギリスから義理の弟がやってきた。
同じ学年だが、誕生日は三か月違いの弟だ。
家族三人空港まで迎えに行って驚いた。
予想はできたはずだが、マークさんと同じ金髪碧眼。そして十五歳とは思えない長身。そして彼は、とんでもないイケメンだった。
その名もアレクシス。愛称アレク。
本当に、スクリーンの向こうにいないのが不思議なほどの美青年だった。
彼はイギリスの学校をやめ、無理矢理日本の学校に転校してきた。
それも、私と同じ中学校に。
突然転入してきた金髪イケメンに、女子は熱狂。男子はおどおど。
苗字こそ夫婦別姓ということで私は元のままだったが、彼の姉ということで近隣の学校にまでその名を響かせることになってしまった。
その後どこへ行っても、やれアレク君のお姉さんとか、あの人がお姉さんよとか、羨まれたり嫌がらせをされたり忙しく、地味子としてはとてもとても辛かった。
その後マークさんが仕事の都合で母国に戻ることが決まり、勿論母もついていくことになった。
私は高校が決まっていたので日本に残ることにした。
しかし問題は、アレクである。
彼はなぜか日本に残りたがり、そして両親もそれを許した。
というわけでなんだかぼんやりしている内に、イケメンと二人暮らしの新高校生活が始まったというわけ。
なんでだ、どうして地味でいさせてくれない!
そう何度も叫びそうになった。
だってこの日本だぞ?
金髪碧眼のイケメンがどれだけ目立つと思ってるんだ。
それを、全く似てない血の繋がりもない女が、姉と呼ばれるなんて馬鹿げている。
アレク自身は温厚ないいやつだが、周囲が私たちの特異な関係を放っておかないのだ。
なので高校では、徹底的にアレクの姉であることを隠すつもりでいた。
苗字は違うのだから、姉弟であることを隠すことは可能だ。
予想通りアレクは高校でも入学直後から有名人になったが、私は目立たないよう彼から離れて地味に、地味ーにしていた。
友達こそできなかったが、クラスも分かれその中に埋没することはできが。
これで平和な高校生活が送れる。
そう思ったのに、SHRの後帰り支度をしていたら、アレクの野郎がクラスに迎えに来やがったのだ。
私はちゃんと、ちゃんと姉弟だってばれたくないって言ってあったのに!
でもアレクはまだ日本語が完全じゃなくて、一応英語でも言ったつもりだったのだけれどスマホ翻訳では伝わらなかったらしい。
私はアレクの手を引っ張って、学校から飛び出した。
きっと明日には、クラスメイトからアレクとの関係を詮索されるに違いない。
そしてまた、受難の学校生活が始まるのだ。
「アレク、昨日他人のフリするって言ったよね!?」
帰り道、思わず声を荒げてしまった。
因みに、彼と同じ高校になってしまったのは姉弟一緒なら大丈夫だろうという両親の判断による。
この間まで赤の他人だった思春期の男女を捕まえて、何が大丈夫だというのだろう。
私の繊細な地味子精神は、この人懐っこいゴールデンレトリバーのお陰で崩壊寸前である。
「ごめんね、日本語よくわかんない!」
都合が悪くなると、アレクはいつもこう言う。
よくその語学力で高校に受かったなと思わなくもないが、文字だと分かるとか何か特殊な事情があるのだろう。
「でも僕、姉さんと一緒じゃないと道迷っちゃうし、やっぱり一緒に登下校しよう?」
そう言って、本当に犬のようにこてんと小首を傾げる。
卑怯だ。
そうすれば、アレクは私が何でも言うことを聞くと思っている。
確かに、彼が残ってくれたおかげで母がいなくても寂しくない、というのは、あるにせよ。
やっぱりこんなの、絶対絶対おかしいに決まってるのに!
「う―――……っ、分かったわよ! でも校門の直前でばいばいだからね!? 姉弟ってばれないようにするんだからね!?」
「うん!」
本当に分かったのか、アレクはとてもいい返事を寄越した。
今朝も同じように言い聞かせたはずなのに、どうして約束は守られなかったのだろう。
言いたいことをいっぱい飲み込みつつ、私は大きなため息をついた。
すると、アレクが英語で何事か呟く。
『ほんとうに、ちょろくてやんなっちゃう。マイシスターが将来悪いやつに騙されるんじゃないかって、僕は心配だよ』
「え? なんて言ったの?」
「ううん、なんでもないよ!」
アレクのいい返事を聞きながら、私たちは家路を急いだのだった。