第8話 現実逃避
検証の結果、俺のオーラの有効射程は半径500キロ前後であることがわかった。
その範囲に入ってしまうと、一般市民はもちろんたいていのモンスターや冒険者も気絶してしまう。
至近距離で意識を保持するには、精神のステータス値が100000以上、もしくはスキル『精神耐性』のレベルが8以上必要――というのが『ミーミルの脳髄』の解答だった。
そんなわけで。
交易都市カトラーグから退散せざるをえなくなった俺は、表面がガラス化した特大クレーター「終焉と絶望の大破壊孔」に舞い戻ってきていた。
結局俺の居場所はここにしかない。世界地図とにらめっこしてみても、半径500キロにわたる無人地帯はレアだった。
そんなわけで俺は、クレーターの最深部でひとり体育座りをしているのだった。
それにしても……やることがなんもねえ。ヒマだ……。
「魔王……古竜……邪神……。いまにして思えば、あのころはにぎやかでよかったよな……」
遠い目でつぶやく俺。
いまや挑戦者が現れるようなこともない。
いくらなんでもヒマすぎる……。
「っと、そうだ。そういや、ほかの連中はいまごろどうしてんだろ?」
ほかの連中というのは、女神の間で少しのあいだ一緒だった同郷人たちのことだ。
俺と彼らはいわば、同じ運命を背負いながらべつの道を行く者だ。
そんな彼らの動向にはもちろん興味が……いや、ぶっちゃけいうとないけど、ヒマなんだよ俺は。
やることないんだからしょうがないじゃん。
と、いうわけで。
俺は『メタトロンの眼』を使って、同郷人たちをサーチした。
最初にクローズアップするのは、あのサラリーマンふうの男。
そう、女神に口答えしたばかりに全裸で異世界送りの憂き目にあった、涙なしには語れない御仁である。
……いやまあ、あの人以外は顔もよくおぼえてないんだけどさ、実際のところ。
とにかくやってみよう。せっかくなので、映画館よろしく正面に大スクリーンをだして鑑賞することにした。
俯瞰の地図が表示され、ある一点にフォーカスする。そしてグー○ルマップでいうところのストリートビューになった。
彼はとある町の牢屋に入れられていた。
「ここから出してくれっ! 俺がなにをしたっていうんだっ!?」
鉄格子を両手でつかんで叫んでいる。
腰にボロ布を巻きつけただけの格好が、悲壮感をいっそう強調していた。
想像するに、全裸で異世界に送られた彼は、不審者と思われて投獄されてしまったのではないだろうか。
なんという悲惨さ……。
と、『メタトロンの眼』が気をきかせて、彼のステータスを表示してくれた。
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《スギタ・ユウイチ》
クラス:変質者
レベル:1
HP:13/15
MP:0/0
攻撃:1
防御:1
敏捷:1
魔力:0
精神:0
〈武器スキル〉
〈魔法スキル〉
〈汎用スキル〉
〈固有スキル〉
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うっわ……。ステータスもまた悲惨の極みだな。
せめて女神が『リベレイト・ギフト』をかけていたら、ここまでひどいことにはならなかったろうに。
でも、ごめん。クラス「変質者」には正直クスリときてしまった。
まあなんだ、スギタさん、とりあえず早いとこ服が手に入るといいな。
これ以上見ているのはいたたまれないので、べつの同郷人を探すことにした。
ふたたびスクリーンが俯瞰の地図になり、べつの一点にフォーカスする。
今度のロケーションは森の中。ヤンキーふうの金髪女が全力疾走してイノシシ型のモンスターから逃げていた。
「ぜえっ、ぜえっ! しつけーんだよクソブタ野郎っ! タチの悪ぃストーカーかテメーはっ!」
悪態をつきながら走る彼女。ちなみにステータスはというと、
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《ハヤミ・アヤナ》
クラス:見習い戦士
レベル:5
HP:35/70
MP:10/10
攻撃:12
防御:10
敏捷:6
魔力:3
精神:4
〈武器スキル〉
長剣【1】
小剣【1】
〈魔法スキル〉
〈汎用スキル〉
疲労緩和【1】
逃げ足【1】
シャウト【1】
〈固有スキル〉
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こんな感じだ。『リベレイト・ギフト』のおかげか、初期レベルも5でスキルも何個か所持している。
つか、このくらいのステータスとスキル構成が召喚された人間の平均なんじゃなかろうか。
……いまさらだけど、やっぱ俺のステータス異常すぎだろ。
「クッソ、アタシはぜってー死なねーかんなっ! 死んでも生きのびてやんぞクソがっ!」
がんばれハヤミさん。無事に逃げきれることを俺もひそかに願ってるよ。
じゃ、次。
スクリーンの地図が俯瞰に戻り、またべつの一点にフォーカスする。
お、ここって交易都市カトラーグじゃないか。
冒険者ギルドの大きな建物から、大学生っぽい男がでてくる。
髪型とか眉毛の感じとか、けっこうなイケメンふうだ。うぜえ。
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《カミヤ・タカヒロ》
クラス:見習い狩人
レベル:4
HP:50/50
MP:18/18
攻撃:9
防御:7
敏捷:15
魔力:6
精神:5
〈武器スキル〉
小剣【1】
弓【1】
〈魔法スキル〉
風属性【1】
〈汎用スキル〉
交渉術【1】
ドロップ率上昇【1】
発見力【1】
〈固有スキル〉
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上記がカミヤさんのステータスだ。
汎用スキルは本人のキャラに合致している気がする。となると『リベレイト・ギフト』は本当に個人の才能を開花させる魔法ということか。
つまり俺のステータスとスキルは、最初から秘められた才能ということか? 解せぬ……。
「にしても、あの集団気絶事件はなんだったんだろう……」
ぽつりとつぶやくカミヤさん。どうやら彼も被害者のひとりのようだ。
……すいません。アレは俺のせいでした。
「ま、異世界なんだし不思議なこともあるべや。それより金も入ったことだし、今夜はパァーッとやるぜ! フフフッ。待ってろよ~、異世界の女の子たちぃっ!」
テンションあげあげで、風俗街へと突撃するカミヤさん。
どうやらギルドで換金して手に入れた金で、さっそく春を買う気らしい。
ったく、これだからリア充は。まったくお盛んなことで。
「おっ! この店のオーラ……百戦錬磨のオレの勘がつげている! この店には絶対に可愛い娘がいるぞッ!」
などと言って、看板もろくに見ずに店へ突撃するカミヤさん。
ちょっ、その店の看板には「オークっ娘専門店」て書いてるんだけど、大丈夫……?
「ギョゥワェゥエェェ○×△□※\(^o^)/〒々☆〓ッッッ!?」
ほどなくして、店の中からカミヤさんとおぼしき男の悲鳴が聞こえてきた。
うっわ……。
さすがの俺も店の中まで覗き見する気はない。プライバシーってものがあるし、なにより恐ろしすぎる。
ま、まあ、さすがに取って食われはしないだろう。たぶん……。
その後も俺は、同郷人たちの様子をつぎつぎと見ていった。
「なんつーか、みんな大変そうだけど充実してる感じだよな……」
楽しかったり、つらかったり、異世界ライフにいだく感情は各人さまざまだろう。
だが、誰しも全力で前に進もうとしている。
彼らの道は果てなくつづき、無限の可能性に満ちている。
それに引き換え、この俺には進むべき道がない。
行き着くところまで行ってしまって、どうしようもなくどんづまりだ。
「はぁ……」
ため息がでる。ぶっちぎりのステータスとチートスキルを手に入れたのに、どうして誰よりもつまらないことになっているのか。
「なんだか遠いところに来ちまったなぁ……」
ふたたびため息がこぼれる俺だった。