第12話 契約
「さてと」
ダッ! 俺は床を蹴って跳躍。およそ5000メートルぶっ飛ばされたサクヤの元に降り立った。
ピクピクしているサクヤ。もちろん息はあるし気絶もしていないようだ。
スキル『HP自動回復』があることだし、じきに起きあがれるだろう。
「どうだー、サクヤー? これで俺の話を少しはまじめに聞く気になったかー?」
「ま、ま、ま、まっ……」
「ま?」
「まことに申し訳ありませんでしたぁーッ!」
ガバッと跳ね起きるや、その勢いのまま4回転ジャンピング土下座を決めるサクヤ。
「すいませんっ! なんかもうほんとマジすいませんっ! わたしが悪かったですわたしが間違ってました全責任はわたしにありまぁぁぁあすっ!」
ガンガンガンッ、と床に連続で頭突きをする。
こっちがひくレベルの土下座だ。
「待て待て、俺はべつに謝ってほしいわけじゃ――」
「わ、わかりましたっ! それじゃ体で払います! 女神のガチ処女ささげますんでどうか勘弁してつかぁさいっ! いますぐ服脱ぎますからゆるしてくださぁいッッ!」
「脱がんでいいっ! つかふつうに萎えるわこんな状況ッ!」
額から血をダラダラたらしてる女を抱くとか、俺にそんな趣味はないっつーの。
つか、いきなり体を差しだして許しを請うって、卑屈になってもゲスいやっちゃな……。
「最初にも言ったけど俺は話をしにきたんだよ。で、あらためて聞くけど、俺を弱くする方法は本当にないのか?」
「……あ、あの、おたずねしてもよろしいでしょうか?」
おそるおそる言うサクヤ。セリフだけ抜きだしたら誰がしゃべってるかわからんな、これ。
「べつにいいけど」
「あなた様が弱くなりたいとおっしゃるのは、いったいどうしてなのでしょうか? わたくしには皆目見当がつかないのですが……」
あなた様て……いや、ここはあえてツッコむまい。
「単純にクソつまらないからだよ。最強すぎてやることがない、つか、実質なにもできないに等しいからな。いまの常軌を逸した最強じゃなくて、そこそこふつうに最強くらいが俺の理想なわけだよ」
「左様でございますか。――そういうことでしたら、わたくしにひとつ解決策がございます」
「お、マジでか? で、その解決策ってのは?」
「それは――あなた様が、元の世界に帰還することです」
顔をあげることなくサクヤは言った。
「なるほど……。つまり、この力はあくまでもティヤシュハラ限定で、元の世界に戻ったら使えなくなるってことか」
「…………」
サクヤは答えず、心なしか俺から顔をそむけた。
……あれ? このリアクションって、まさか……?
「おーい、サクヤさーん? まさかとは思うんだけど、元の世界に戻っても俺の強さはこのままなの?」
「…………」
サクヤは答えない。かわりに、ギギギと顔をさらにそむけた。
「……つまりおまえ、俺が元の世界に戻ったらティヤシュハラにはもう来れないようにして一件落着万事解決!とか考えてるわけ?」
ダラダラダラダラッ。サクヤの後頭部からものすごい量の冷や汗が流れた。
こ、こいつ……! たしかに解決策ではあるけど、その主語が俺じゃねえ!
「ちょっと待てやゲス女神! この状態のまま俺が地球に戻ったらマジでシャレにならんだろうがッ!」
いまの俺は歩く大災害、ゴッドでジラな巨大不明生物みたいなものだ。熱核攻撃の対象になるのは不可避だろう。
「知らないわよそんなのッ! 地球がぶっ壊れようが消滅しようがわたしには関係ないしぃッ!」
バッと顔をあげ逆ギレするサクヤ。
「ふざけんな俺には関係あるんだよ! つかまじめに答えないならもう一発くらわすぞ!?」
俺がデコピンのポーズをとると、
「ギャーーーーーッッッ! すいませんすいませんすいませんっ! わたしが悪うございました許してつかぁさぁいッ!」
またもサクヤは土下座モード全開になる。
「とりあえず服脱ぎますからッ! 靴も舐めますからッ! 靴以外もいろいろと舐めますからどうか許してつかぁさぁぁあああああいッッッ!」
「脱がんでいいし舐めんでいいわッ! それよりマジに考えろよ。俺を弱くする方法、なんか1個くらいあんだろッ!?」
「お願いします帰ってください!」
「だから帰れねえってこのままじゃ!」
俺とサクヤのおそろしく気が滅入る不毛なやりとりは、その後もえんえんとつづいた。
そして――
「お願いします弱くしてくださいッ!」
「お願いします帰ってくださいッ!」
たがいに万策尽きた俺とサクヤは、熾烈な土下座合戦をくりひろげるにいたっていた。
不毛だ……。
「ぜえっ、ぜえっ……。お、おまえ、どうあっても帰る気はないみたいね……!」
「ぜえっ、ぜえっ……。あ、当たり前だろ。いまの状態で帰れるかよ……!」
疲れ果てて肩で息をする俺たち。
俺は尻をついて天を仰ぎ、サクヤは四つん這いになっている。
「……何度でも聞くけど、俺を弱くする方法は本当にないのかよ……?」
「……何度でも言うけど、わたしはそんな方法知らないわよ。ただ……」
「……ただ?」
「……方法を知ってるやつなら、心当たりがあるかも」
サクヤがぽつりと言った。
「っ!?」
俺はバッと跳ね起きて言った。
「おまえそれ先に言えよな!」
「仕方ないでしょいま思いだしたんだから!」
サクヤもバッと跳ね起きて言う。
「ふんっ。誰かさんがかよわい乙女を脅すようなマネするから、思いだせるものも思いだせなかったのよ」
「誰がかよわい乙女だっつの。まあいいや、その心当たりってのをさっさと教えてくれ」
「はぁん? ねえモブ人間、それがこの女神様にものを頼む態度なのかしらぁ?」
と、優位に立ったと勘違いしたのか、サクヤがまた調子に乗りだす。
「教えてほしかったら、そうね、いますぐ全裸になって土下座してわたしの靴を舐めながら『すみませんごめんなさい申し訳ありません二度と口ごたえしませんので私めを女神様の奴隷にしてつかぁさぁい』と言いつつ小便もらしながら3回まわってワンと――すみませんごめんなさい申し訳ありません自分調子こいてましたぁ!」
途中で態度が急変したのは、俺がデコピンのポーズを見せたからだ。
……いいかげん面倒くさくなってきた。このパターン何回くりかえせば気がすむんだよ。
「おいサクヤ」
俺はあえて彼女の名を呼んだ。
「マジな話、俺とおまえがいがみあっててもラチがあかんぞ。だって、俺たちは問題を共有してるわけだろ? 俺のこの最強すぎる力をどうにかしなきゃならないって点で、俺たちの利害は一致してるはずだ」
「……まあ、そうね」
しぶしぶ認めるサクヤ。
「だからサクヤ、俺と取り引きを――いや、契約をしようぜ」
俺は言った。
「おまえは俺に協力する。かわりに、俺はおまえを金輪際攻撃しない。この契約でどうだ」
和解と契約のしるしに手を差しだす俺。
「……し、しっかたないわね~。モブ人間がそこまで頼むなら、慈愛と慈悲の女神であるこのサクヤ様としては契約してあげないこともないけど~」
「あ、べつに無理にとは言わんけど」
手を引っこめようとする俺。
「まっ、ままま待ってよッ! 誰もしないだなんて言ってないでしょ!」
サクヤはひとつ息をついて、スッと手を差しだした。
そうして俺の手をにぎって、言う。
「いいわ。我、コノハナチルカムアタツサクヤヒメ、神の名において汝、ヒュウガ・マサキとと契約を結びましょう」
「よし、これで契約成立だな」
笑みをうかべて俺は言った。
サクヤもホッとしたような顔をみせる。
が、5秒とたたぬうちにサクヤの表情は曇っていき、
「って、ちょっと待ちなさいよっ! この契約って実質わたしが脅されてるだけじゃない!?」
「あ、ようやく気づいた?」
「しかも、固有スキル『ヴェルザンディの契約』があるわたしは破れないけど、縛りのないマサキはいつでも好きに破棄できる契約じゃないのッ!」
「ま、そうなるな」
ヘラヘラ笑って俺は言った。
「だーまーさーれーたぁーーーッッッ!」
「まあまあ。俺に女をいたぶる趣味はないし、サクヤの協力が必要なのも事実だ。一方的に約束を破ったりはしないから安心しろって」
「ぐぬぬぬっ……! こ、このわたしが人間にやりこめられるなんてぇ……屈辱だわっ……!」
地団駄を踏むサクヤ。
まあ悔しいのはわかるし、ちょっと卑怯だったかもしれないが、俺としても手段は選んでいられなかったのだ。
サクヤにはさっそく契約を履行してもらうとしよう。
「というわけでサクヤ、その心当たりってやつを教えてくれ」
「わかったわ! ――って、ああもうっ、口が勝手に動いちゃうじゃない!」
観念した様子でため息をついて、サクヤは言った。
「幽霊博士よ」
「幽霊――そいつが心当たりなのか……?」
幽霊博士。まさか幽霊部員みたく、名前だけで実在してないってことはないだろうけど……。
「そうよ。ティヤシュハラ一の情報通にして智慧者と呼ばれる彼女なら、なにか方法を知ってるかもしれないわ」
「なるほどな。よし、ならさっそく会いにいってみるか。――セラフィック・ゲート!」
俺は空間転移魔法を使い、地上へ戻るゲートをひらいた。
「つーわけでサクヤ、案内を頼むぜ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ま、まさかわたしに地上へ一緒に降りろっていうのっ!?」
「そりゃあ、案内してもらうんだから当然そうなるだろ」
「い、嫌よっ! それだけはお願いだから勘弁してっ! 『ウルズの制約』があるわたしは地上じゃろくに力を使えないんだから――って、足が勝手に動いちゃぅーーーッッッ!?」
まあ『俺に協力する』って契約なんだから、当然そうなるわな。
「つーわけだ。あきらめて一緒に来い」
「イヤァーーーーーーッッッ!」
こうして俺は、女神という協力者をえてティヤシュハラの大地に舞い戻った。