26話 不穏な空気です
「平和だね~」
「だね~」
バーベキューをした夜から数日。私たちはのんびりと依頼をこなしていた。ジャイアントボアのおかげで思わぬ臨時収入を得られたので、りんねえと話し合ってしばらくはのんびりしようということになったのだ。そもそもツインベアから始まり、ゴブリンジェネラル、ジャイアントボアと休み暇なく大物と戦っていたからね。
ということで、討伐系の依頼はお休みし収集系を色々やってみた。薬草から鉱石、珍しい花などこの世界に来たばかりの私たちにとっては、どれも見たことないものばかりでとても新鮮だった。
「イメリアさん、こんにちはー!」
「あら、こんにちは。今日も収集の依頼?」
「はい、どんなのがありますか?」
何時も通りの挨拶を交わし、依頼を選んでいると急に外が騒がしくなった。なんだろう? と入り口の方を見るとバンッと急に扉が開き、男の人が肩で息をしながら入ってくる。よく見ると男の人は体中傷だらけで、今にも倒れそうだった。
「どうしたの!?」
「た、大変だ……。西の方で……モンスターの大群が……街の方へ向かっている……」
それだけ言うと、男の人は倒れてしまった。早く回復しないと。私はすぐに駆け寄り回復魔法を唱える。
「――かの者に癒しの祝福を――」
私だけじゃなく、近くにいた回復師も慌てて男の人にかけより回復魔法を唱えてくれた。複数で魔法をかけたお陰で傷の方は見る見る回復していったが、意識の方はさすがに戻らなかった。
「ありがとう、助かったわ。だれか奥の部屋に運んであげて頂戴!」
イメリアさんの掛け声で、マッチョの戦士が倒れていた男の人をお姫様抱っこで運んでいった。なんていうかすごい光景だった。
「イメリアさん、モンスターの大群が街に向かっているって……」
「ええ、まずいわね。あの慌てようだと百や二百じゃないでしょうね……」
そ、そんなに……。たしかに百匹なら猪だけど私たちも遭遇したし、パーティで行けばまだ対処出来る量だもんね。
「イメリア、聞いたか!」
イメリアさんと話していると、今度はウルゴさんが走って入ってきた。普段おちゃらけているウルゴさんが、かなり焦った顔をしていた。
「今聞いたところよ。そっちも?」
「ああ、さっき門の所で何人かが血まみれでやって来て対処していた所だ。話はそこで聞いた」
「敵は?」
「まだ目視はできねぇが、聞いたところだともう一日たたずに街へ付くそうだ」
あまりの真剣な空気にまったく着いていけず、おろおろする私たち。とりあえずモンスターの大群が一日たたずに街へやって来るって事だけは分かった。
「みんな、聞いたわね! 今すぐ町にいる冒険者たちを集めてきて頂戴。時間がないから昼過ぎには何とか出発させたいわ。いいわね!」
「「「「おう!」」」」
イメリアさんの掛け声にギルドにいた冒険者たちが答え、バタバタと外へ出て行った。イメリアさんは冒険者を見送ったあと、二回へと慌てて向かっていった。どうやらケリーさんに報告しに行ったみたいだ。
結局ギルドに残ったのは私たちとウルゴさん、数人の受付嬢だけだった。
「えっと、ウルゴさん……」
「ん? あぁ、そうか嬢ちゃんたちは知らないんだったな」
「モンスターの大群が街に向かっているって事は分かったんですが……」
「ああ、これは大繁殖っていってな。たまにモンスターが異常発生することがあるんだ。ほら、前に嬢ちゃんたちが大量の猪に出会っただろ。あれが大繁殖の前兆だ。普通はあんな事ないが、他にも同じような報告があったから調査はさせてたんだが……。どうやら後手に回ったらしい」
「それで、他の人はどこにいったんですか?」
「大繁殖だと千体以上のモンスターが沸くことがあってな。さすがに普通のパーティじゃあとてもじゃないが対応できん。だから街にいる冒険者を集めて討伐隊を組むんだよ」
ウルゴさんの話を聞いてようやく納得する。たしかに千体以上にもなったら数人のパーティじゃあどうしようもないね。
「それじゃあ、私たちも参加したほうが良いですよね」
「それなんだがな……」
「二人は~ここに残ってて欲しいの~」
ウルゴさんの答えよりも早く、後ろから答えが返ってきた。この声は……ケリーさん?
「やっほ~、久しぶりね~」
ケリーさんの挨拶で、さっきまでの緊迫していた空気が一気にやわらかくなる。
「やっほ~、じゃないですよ……。どうして残ったほうが良いんですか?」
「え~っと、それわね~」
「ここは私が説明させていただきます。マスターが話すと色々問題がありそうなので」
「ちょっとコーネ、それどういうこと~!」
さっとケリーさんの前に立ち、後ろで騒いでいてもスルーしている。さすがケリーさんの秘書。ケリーさんが説明するときっと緊張感も何もあったもんじゃないだろうし、今までも同じようなことがあったんだろうね……。
「現在ギルドで把握している戦力だけでも、十分大繁殖に対応できるんですよ。それに今回はウルゴさんがいますからね。彼は顔に似合わず、こういう大規模戦闘の指揮がうまいんですよ」
「顔に似合わずは余計だ!」
「なので、今回は我々大人たちに任せてお二人はここで待っていて欲しい、というのがマスターの考えなのですよ。もちろんお二人が強いということは十分理解していますが……それでも心配なのですよ、私も含めて……ね」
そう言いながら微笑み、私たちの頭をなでる。コーネリアさんってこんな顔もできたんだ。もっと固い人かと思っていたよ。
惚けながら見ていると、コーネリアさんがはっとしたような顔をした後、気まずそうに横を向く。気のせいかちょっと顔が赤い気がする。
「ま、まぁいざという時の戦力という意味もありますがね……」
「あらあら〜、コーネったら照れちゃって〜」
「う、うるさいですよ、マスター!」
照れ隠しをするが、すかさずからかわれている。あんだろう、ちょっと可愛い。このまま見ておきたい気もするけど、そんな事してる場合じゃないんだよね、よく考えると。
「それで、いざという時っていうのは?」
「ああ、一度だけだが、大繁殖が同時に起こった事があってな。その時は冒険者全員が出払って、対処しきれなかったんだよ。だからそう言う時の為に予備戦力を残すようになったんだ。まぁ、そうそう同時には起こらないだろうがな」
「ウルゴさん、そんな事言っていたら起こっちゃいますよ……」
「さすがに大丈夫だろう。大丈夫だろう? ……いや、嬢ちゃんたちがいるならありえるのか……?」
「ちょっとおじさん、私たちが原因みたいに言わないでよ!」
「ツインベア、ゴブリンジェネラル、ジャイアントボアに立て続けに出会ってる嬢ちゃんがそんな事言っても説得力ないぞ」
「う、それは……」
いや、たしかにそうだけど。さすがに大繁殖を同時になんて……ないよね? どうしよう、自信なくなってきた。
「まあ、そういうことで今回の討伐はウルゴさんたちに任せて、お二人はいざという時の戦力として残って下さい。討伐隊が戻ってくるまでの時間稼ぎさえできれば良いので、そう言う意味ではハスナさんの魔法はうってつけですね」
「分かりました、今回はここに残ります」
「おう、俺に任せておけ!」
「おじさん、調子に乗っちゃだめだよ! お土産よろしく!」
「いや、しねえよ! ってかお土産って何だよ!」
また騒ぎ出す二人。このメンバーだと真面目な雰囲気が続かない。
「なんというか、大繁殖が起きている状況には見えないですね……」
「まぁまぁ、ピリピリするよりはいいじゃない〜」
コーネリアさんが呟きながら嘆息する。私も最初のピリピリしていた雰囲気は苦手だったから、ケリーさんの意見に賛成だ。
「それじゃあここにいると準備の邪魔になりそうなので、宿に戻って休んでおきます」
「おう、こっちはまかせたぞ」
「はい、ウルゴさんも気をつけて」
「おじさん、がんばってねー!」
ウルゴさんたちに別れを告げ、ギルドを出て宿に戻る。それじゃあ今日はいざという時の為にゆっくり休んでおこう。
そして翌朝。いつもより早めに起きて準備する。結局昨日は何もなかったから一日ぼーっとしていただけだった。なかなか目を覚まさないりんねえを起こしてギルドに向かう。
「おはようございます」
「おはよう、早いわね」
「昨日の話が気になったので早めにきました」
「昨日の……大繁殖が同時にって話ね。そうそう起こる事じゃないからそんなに心配しなくて大丈夫よ」
むむむ、やっぱり考えすぎなのかな。
結局そのままイメリアさんと話を続けて、時間が過ぎていく。ギルドの方にもほとんど冒険者の人が来ないからすごく暇そうだ。
「そいえば、討伐隊はどのぐらいで帰ってくるんですか?」
「んーそうね、規模にもよるけど大体早ければ今日の夜には、遅くても明日中には戻ってくるはずよ。今回は結構な人数が集まったからね」
「じゃあ今日を乗り切れば大丈夫ですね」
「そうね」
そう笑いながら冗談として話していると、急に外が騒がしくなった。あれ、なんか昨日もこんな事があったよね……。
「イメリアさん……」
「だ、大丈夫よハスナちゃん。きっと気のせいよ」
「そ、そうだよはーちゃん。いくらわたし達でもそれは……」
りんねえが喋っている途中で、バンッとギルドの扉が開かれる。あぁ、だめだ聞きたくない。
「大変だ! 東の方でオークとオーガの群れが!」
その言葉を聞き、私たちは崩れ落ちる。だから聞きたくなかったのに……。ああ、やっぱり私達のせいなのかな……。
しばらく自己嫌悪に陥っていたら、ケリーさん達が降りてきた。どうやら私達がショックを受けている間に呼びにいっていたみたい。
「あらあら、冗談で話していた事が本当になっちゃったわね〜」
「そんなのんびりと言っている場合じゃないでしょう!」
すかさずコーネリアさんが突っ込みを入れる。
「それでイメリア、状況は?」
「話を聞いた限りだと、百匹ほどのオークの群れにオーガが十匹ほど混じっていたそうよ。ただ、それに対応出来る冒険者がほとんどいないのが問題ね」
「ゴブリン程度なら良かったのですが、オークとなるとC以上はないと厳しいでしょうね……」
「それにオーガもいるから余計に厄介ね」
二人で難しい顔をしながら唸っている。どうも状況が良くないみたいだ。
「なら、私達が行きます。こんな事になったのは私達が原因な気もするので……」
「いやいや、ハスナちゃん達のせいじゃないわよ。それにさすがに二人だけで行くのは無謀すぎるわ」
「でも……」
さすがにこのままは罪悪感が大きい。いやさすがに私達が原因じゃないだろうけど、それでも今までの事を考えると思う所はあるんだよね……。
「なら、私も行くわ〜」
「マスター自らですか!?」
「ええ、正直オークとオーがの群れを相手にするならBランク以上の実力がないときついわ。だから私と、Dランクだけど実力的にはBランク以上あるハスナちゃんたちで時間を稼ぐほうが現実的だわ。他にもなんとか対処できる冒険者はいるものの、危険すぎるのよ」
さっきまのでほわわんとした雰囲気がなくなり、一瞬で真面目な顔になるケリーさん。さすがにこの状態だとコーネリアさんもイメリアさんも静かに聞いている。
「コーネとイメリアは残っている冒険者を集めて、二人を中心にいざというときの住民の避難を。特に東側を優先的にね。ハスナちゃんとリンちゃんは準備が出来次第東門まで来て頂戴。本当は二人にもここに残って欲しいんだけど、状況的にそうも言っていられないの。だから力を貸して」
「はい、大丈夫です!」
「むしろ倒す勢いで頑張るよ!」
ケリーさんにそんなこと言われたら頑張るしかないよ。りんねえの言う通り時間稼ぎなんていわず倒す勢いで頑張ろう。
「二人とも…………ありがとう」
「昨日は大人に任せて、なんて言っておきながらこんな事になってしまい申し訳ないですが……二人とも、私からもお願いします」
「コーネリアさんも住民の避難お願いします!」
「コーネリアさんの分まで暴れてくるよ!」
コーネリアさんにもお願いされ俄然やる気が出る。そしてケリーさんはパンッと手を叩きこれまた一瞬でふにゃっとした笑顔に戻る。あれ、これは……。
「それじゃあ~がんばりましょ~」
「マスター……せめて締めまでは持たせて下さい……」
みんなの心の声を代弁するコーネリアさんであった。




