23話 とっても大きいです
畑からしばらく進み、以前猪の群れがいた辺りまでやってきた。周りに木々が無く、見晴らしはいいが猪は見当たらない。風で揺れた葉っぱの音しか聞こえずとても静かだ。
「どう、近くにいる?」
「ううん、この辺りには居ないねー」
さすがに前と同じ場所には居ないね。それじゃあここを中心に探してみますか。
「はーちゃん、この先に十体ほど居る」
しばらく探しているとりんねえの探索術に猪がかかった。数は十体……。説明どおりだね。
なるべく気配を殺しながら近づき、目視出来る所までやってきた。フゴフゴと鼻息の荒い猪が十体、群れでとことこと歩いていた。こう見るとちょっと可愛いね。
「どうする?」
「まず私が魔法で動き鈍らせるよ」
さっそく修行の成果を見せる時だよ。早速複合魔法で、敵を痺れさせよう。
「降り注ぐ雨よ、雷を帯びて敵を蝕め、雷雨」
雷を帯びた雨が猪の群れへと降り注ぐ。あまり殺傷能力は無いけど動きを封じるには丁度いい。
「プギィー!」
雷雨に打たれた猪たちは叫び声を揚げながら次々と横たわっていく。横たわる猪に近づくと、短い足がぴくぴくと痙攣していた。だめだ可愛い。でもかわいそうだけどこれも依頼だからね。心の中で謝りながら、風刃で止めを刺していく。
「こっちも終わったよー」
りんねえのほうも止めを刺し終わり戻ってきた。イメリアさんが言ったとおり本当に楽な依頼だったね。もう終わったよ。
倒した猪を忘れずに収納術で仕舞っていく。
「はーちゃん! 囲まれてる!」
全部仕舞い終わり、さぁ帰ろうかと思った矢先、りんねえが叫んだ。囲まれてる!?
「数は数十匹……いや、百匹は居るよ!」
百匹! なんでそんなにいるの!
「どんどん近づいてくる……構えてはーちゃん!」
「分かった!」
さっきと違い、不意打ちが出来ないから真っ向勝負だ。こうなると私のほうが少し部が悪いね。
「ふわふわ、びりびり、雷泡」
近づかれたときの保険として雷泡を詠唱する。
徐々に足音も近づいてきている。幸いなことにここは見晴らしがいいので、見えた瞬間魔法を打ち込めば何とか間に合う。
「「…………」」
無言で足音がする方を警戒する。するとそこから三匹の猪が飛び込んできた。
「っ! 風刃!」
すかさず魔法を放ち、三匹の猪を葬る。こういう時無詠唱だと素早く対処できるからありがたい。
「まだまだ来るよ!」
りんねえのほうも第一陣は問題なく対処したみたいだけど、まだ次がある。今度は左右から合計十匹ぐらいやってきた。ってこれは多いよ!
「石壁!」
とっさに左右に石壁を出し、突進を食い止める。ただ一回の突進で崩れてしまった。思った以上に威力があるみたい。
「いって、雷泡」
石壁は崩れてしまったけど十分時間を稼げたので、今度は事前に出現させていた雷泡を操作し猪たちにぶつけていく。ぶつけられた猪たちは痺れて倒れている。
「氷の雨よ、敵を打ち貫け、氷針雨」
数が多かったので、何十本もの氷針を出現させ一気に猪たちを倒していく。
「あぐっ!」
猪の突進を食らってしまった。目の前の猪たちを倒したことで安心して、後ろから来た猪に対して反応が遅れてしまい、避け切れなかった。
「はーちゃん大丈夫!?」
「うん、なんとか」
りんねえがフォローに入ってくれたお陰で追撃を食らわずにすんだ。ダメージのほうも直撃は免れたからそこまで酷くない。
これだったら雷泡を残しておけばよかったよ。
「次で最後だから頑張ろう!」
今度は油断しない。もう一度雷泡を出し、地縛封の準備もしておく。
「敵を縛り、動きを封じて……」
そこで詠唱を止め、猪が見えたらすかさず詠唱を完成させる。
「地縛封! さらに、吹き荒れる風よ、すべてを切り裂け、風塵」
猪が見えた瞬間地縛封で動きを止め、風塵でまとめて切り裂いて行く。猪たちは動けないので成すすべも無く倒れていった。
「これで……終わり?」
「うん、もう反応は無いよ」
「そっかぁ、やっと終わったんだね……」
りんねえと背中合わせになり、そのまま一緒にへたり込む。さすがに疲れたよ。周りには大量の猪の死体が転がっていて、すごい光景になっている。
「もう疲れたよー!」
そう叫びながらりんねえが地面に寝転がる。私も疲れたから一緒に寝転がろう。
「この数だからね。倒しても倒してもやって来るのは精神的にもつらいね」
「一体一体は弱くても、こう数が居ると……怖いね」
まさに数の暴力だね。
りんねえと話しながら、しばらくは寝転がったまま、起き上がらずに休んでいた。
十分休んだ後、猪を回収していく。数が多いから結構大変だよ。
やっとの思いで回収し終わり、さぁ帰ろう――――
「はーちゃん待って! もう一体居る!」
――――と思った矢先りんねえがまた叫ぶ。まだ出てくるの!?
「ちょっとこれ……凄いスピードだよ!」
足音もさっきの猪たちとは比べ物にならないほど大きい。というか地面揺れてない?
「ブォォォォォォ!」
そんな鳴き声を発しながら目の前にあった木々をなぎ倒し、猪はやってきた。
「なに……これ……」
目の前に居るは見上げるほど巨大な猪だった。
あまりの大きさに呆然としてしまい、猪の突進に反応が遅れてしまった。あ、これ死んだ。
「はーちゃん!!」
そう思っていたら、横に居たりんねえが咄嗟に私を抱えて飛び上がった。
「りんねえに……お姫様抱っこされちゃった……」
「今そんなこと言ってる場合じゃないよ!?」
珍しくりんねえからの突込みを貰う。確かにそんなこと思っている場合じゃなかったね。あまりの出来事が連続して起こったから、思考がおかしくなってたよ。
「ごめんりんねえ。もう大丈夫」
りんねえは私を抱えたまま、木の上に着地する。私達を見失った猪はきょろきょろと辺りを見回している。
「さて、どうしようか。さすがにあの大きさは大変だよね」
「私がおとりになるから、はーちゃんはでっかいのよろしく!」
「了解、じゃあ私はこのままここで待機するね」
りんねえが私を木の上に降ろし、そのまま巨大猪へと突っ込んでいく。
「やぁぁ!」
素早い動きで巨大猪を翻弄し、時間を稼いでくれている。その間に私は詠唱に入る。あの大きさだから、ジェネラルの時と同じものを……。
「天より来る稲妻よ、敵を貫く槍となり……」
詠唱を始めると巨大猪がこちらに振り向いた。うそ、これだけで気付かれたの!?
「っ! 行かせない!」
それに気が付いたりんねえは私のほうへ行かせないよう次々と攻撃していくが、巨大猪はそれをものともせず私のほうへ突進してきた。
「だめ、はーちゃん!」
巨大猪がやってくる。逃げようにも木の上だからどうしようもない。やばい、詰んだ。
巨大猪の突進に木が耐えられるはずもなく、突進を食らった木は倒れてしまう。
「わぁぁぁ!」
そして私はその木から放り出され…………猪の上に落ちた。
あ、ちょっとふかふかして気持ちがいい……ってだからそんなこと思ってる場合じゃないよ!
「どうしよう……って、うわわわわ!」
巨大猪は背中に乗った私を振り落とそうと、体を動かしまくる。私は振り落とされないように必死に毛にしがみつく。
「たーすーけーてー!」
「はーちゃん!」
暴れているので、りんねえも近寄れない。あぁだんだん気分が悪くなってきた。
「あうっ!」
そしてついに振り落とされてしまい、運悪く巨大猪の目の前に落ちてしまった。
「っ!」
猪が私のほうへ向かってくる。さっと血の気が引いたのが分かった。りんねえも距離が離れていて間に合わない。
「二乃型 神速」
ぎゅっと目をつぶり来たる衝撃に備えていたら、そんなりんねえの声が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、また木の上に居た。
「大丈夫はーちゃん?」
「うん、大丈夫……。でもどうして?」
「説明は後。私がはーちゃん抱えて逃げるから、その間に詠唱をお願い」
どうなったんだろう? という疑問はあったものの、まずは巨大猪を倒さないと。
「天より来る稲妻よ、敵を貫く槍となり、その身を打ち滅ぼせ――」
詠唱に気付いた巨大猪もりんねえの速さを捕らえきれず、私は無事詠唱を完成させる。
「――雷神槍撃!」
ドンッという轟音とともに雷が猪を貫く。雷に打ち貫かれた猪は、ぷすぷすと煙を上げ……そのまま倒れこんだ。
「……どう?」
「うん、もう死んでるよ」
「周りに敵は?」
「…………うん、大丈夫」
また出てくるんじゃないかっていう不安があったけど、りんねえの返事を聞きようやく安心することが出来た。
「「やっと……終わったぁ」」
今度こそ終わった。またまた二人で地面に倒れこむ。
「今度こそ死ぬかと思ったよ……。りんねえありがとう」
「ううん、はーちゃんが無事でよかったよ」
「それにしても、あの時何したの? あんなに距離があったのに……」
「ジェネラルのときに使った一閃と同じ型で、神速って新しい技覚えたの。動きが大分早くなるから、あれだけ距離があっても間に合ったんだ」
そうだったんだ。修行の成果かな。
とりあえず倒した巨大猪をしまう。雷神槍撃で少し焼けていて、ちょっといい匂いがした。
「そろそろ戻ろうか」
「うん、そうだねー」
一応依頼だからしばらくここで様子を見ていたけど、巨大猪以降なにも反応が無かったので村へ戻ることに。
村の入り口には最初に出会った男の人が立っていた。
「嬢ちゃんたち戻って来たか……って何だその格好、大丈夫か!?」
男の人の驚いた声を聞き、自分の姿を見直すと、思った以上にあちこちぼろぼろだった。確かにこれは驚かれるね。
「こんな格好ですけど、怪我はほとんど無いので大丈夫です」
「そ、そうなのか……。それじゃあ早速で悪いけど村長のところに来てくれるかな?」
「はい、大丈夫です」
来たときと同じように男の人に連れられて、村長のところに向かう。
「おぉ、戻って来たか……その格好は……大丈夫なのかい?」
「大丈夫です」
村長にも同じように驚かれた。まぁしょうがないね。
「それで猪の方は……」
「ちゃんと討伐できました。ただ……」
「ただ?」
「数が最終的に百匹以上。しかも巨大な猪も居ました」
「百匹とな! そんなに居たのか……。それでその猪も……」
「はい、全部討伐しました」
「おぉ! それはそれは、本当にありがとうございました! それだけの猪を討伐してもらえたなんて、お二人は村の救世主です」
百匹と聞いて驚いて不安そうな顔をしていた村長も、結果を聞いて安心し、とても感謝してくれた。
「頑張ったかいがあったね、はーちゃん」
「うん」
こんなに感謝されると、やっぱり嬉しいね。今まで受けた依頼は直接感謝されるようなものじゃなかったから余計に新鮮だよ。
「それで報酬のほうなのですが……以来の数よりも多くなってしまったので増額したい気持ちはあるのですが、この村もあまり余裕が無く……」
「いえ、そのままでいいですよ」
「でもそれだとあまりにも申し訳ない……」
村長が申し訳なさそうに言ってくる。たしかに、依頼の数の十倍以上だからね。一杯猪が手に入ったか私としてはあまり気にしなくてもいいんだけどね。
「じゃあさ、解体してもらったら?」
「そっか、村長さん。猪の解体って出来ますか? 私達、解体が出来ないのでしてもらえると助かるのですが……。数も数ですし」
「それなら大丈夫です。すぐに村のものを集めます」
そう言うと村長は案内してくれた男の人に村人を集めるよう指示をだした。
「数が多いですが、少しずつ出したほうがいいですか?」
「そうですな。十匹ずつお願いします。そういえば猪はどうされているので?」
「あ、祖父から貰った魔道具にしまってあるのです」
「おぉ、それは凄い魔道具なのですな。され、それでは時間も遅いですから今日はここに泊まっていったらどうですかな? その間に解体のほうを進めますので」
たしかに、もう結構日が暮れていた。今から帰ると街に着くのは夜になりそうだね。
「それでは。お世話になります」
「何も無い村ですが、精一杯もてなしをさせて頂きますので、ゆっくりしていって下され」
「はい、ありがとうございます」
村長の家に入りおもてなしを受けた後、疲れていたせいか早々に眠気がやってきた。寝る前までに半分ぐらいまで猪の解体が終わっていたので、残り全部を出してそのまま床に就く。
「今日は疲れたね……」
「うん、でもいい経験になった。やっぱり私達はまだまだ経験が足りないね」
「そうだね。本当ならもう少しうまく出来たはず」
「もっと強くならないとね」
「うん、頑張ろう」
りんねえと手を繋ぎながら今日を振り返る。そしてそのまま眠りに落ちていった。




