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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
9/88

第09話 サムライも崖から落ちる


──ツカサ──




 リオとマックスとの旅がはじまって薄々だが気づいたことがある。



 リオとマックス。この二人、ひょっとしたら仲があまりよろしくない?



 リオとオーマもよく口げんかしていることがあるけど、これは互いの主張をぶつけ合うような感じで、仲が悪いというよりむしろ気はあっているように見えるのだけど、こっちの二人はなんか違う。


 二人の間には見えない壁が存在し、どっちもどっちを気に入らない。という空気をかもし出しているのだ。


 俺の方には二人とも子犬のように寄ってくるんだけど、話しかけるのは俺にばかりで、この二人が会話するのを見たことがない。

 目があったとしても、まるで縄張りを主張しあう飼い犬のようににらみ合う始末だ。



「あ、ツカサ殿。さ……」

「あ、そうだツカサ!」

 わざとかぶせるようにリオがマックスの言葉をさえぎる。



「それでさ、あの茶屋が……」

「そうだツカサ殿!」

 負けじとマックスもリオの言葉をさえぎって俺に話しかける。



 さすがに、こんな状態を何度か見せられれば、いくら鈍い俺でもこの二人の仲があまりよろしくないと気づく。気づける!


 そんな真ん中に置かれた俺は、左右二人が発するギスギスした空気にお腹が痛くなってくるのだった!


 今俺達は、切り立った崖の横を歩く山道を歩いている。隣を見ればすぐ急角度の崖が見え、その下には崖の横から生えた木々が生い茂っている。


 下は川ではなく、森が広がっていて、いわゆる谷の上に当たるところを俺達は歩いていた。


 二人は俺への話を邪魔しあい、ひと睨みきかせた後「ふん」と鼻息を荒くして明後日の方を向いて歩を進めている。

 二人の間から俺が速度を落としたのも気づかず、ずんずんと進んでいた。


 二人から距離を置いた俺は、ひそひそと声を潜めオーマに問う。



「……なあ、オーマ。俺の勘違いだといいんだけど、あの二人、仲悪いよな?」

『……ああ。相棒の勘違いじゃねえな。二人して相棒の隣に自分以外のヤツがいるのが気にいらねえのさ。どっちもチンピラが、ボンボンがって見下してんのさ』


「あー、そういう……」


 この場合、仲が悪いんじゃなくてどっちも気に入らないってことなのかな。



 マックスが尊敬しているのはサムライで、リオはそのサムライと一緒にいる理由もわからない小僧だし、リオから見ればマックスは突然押しかけてきた弟子入り志願者だからなあ。


 マックスは単なるチンピラのリオが気に入らないし、リオは突然やってきたボンボンのマックスが気に入らない。

 どっちも認めたくないから、どっちも気に入らないというわけか。


 オーマの見立てに、俺は納得したようにうなずいた。


 それならどちらも認め合えば仲もよくなるかもしれない。


 となると、なにか共通の目標なんかがあればいい。なんて思いつきはするが、どうすればいいのかはさっぱりわからない。

 なんとかしたいと思うけど、俺ってほら、ちょっとばかし口下手じゃん。だから、うまく仲良くさせられるか不安でねぇ。



 ……はっ! そうだ。一緒に歌を歌うというのはどうだろう? マックスはよく歌を歌うし、リオもいい声をしている。三人で声をあわせればひょっとすると!


 ぴーんとひらめいた。



 ついでに一枚の図が思い描けた。仲がよいというイメージはあれだ。肩を組む! それってなんかすごく仲がよさげだ!


 二人の間に入って引き寄せるようなイメージ。こんな感じで!



 いいぞ。なんかいい感じだ。いっちょチャレンジしてみよう。



 ちょうど二人は俺を間に置いた形のまま歩いている。今がまさにチャンスじゃないか!



 ダイブするような感じで二人同時に肩を組む!


 ちょっと恥ずかしいが、あんな空気の中旅するのはごめんだ。男は度胸ってヤツだ! やってやろうじゃないか!


 俺は即座に意を決っすると、ダッと走り出した。



 二人はまだ俺の策略に気づいていない。


 ついでだ。驚く顔も拝んでおこう。



 なんて思った瞬間。



 ガッ。コケッ。



 俺は山道の裂け目に足をとられ、見事に蹴躓いてしまった。


 見事なダイブをして宙を舞い、どん。と二人の背中を押す形で突き飛ばしてしまう。



 Oh。



 ちょっとしたいたずら心がマジのいたずらになっちまったよ。



 愛想笑いを浮かべていたら、なぜか二人の姿が斜めに滑ってゆく。



 いや、これは二人が斜めに滑っているんじゃなく、俺が斜めに滑っているんだ。



 突き飛ばされた二人も驚いた顔をしている。


 そりゃそうだ。まさかこんなハプニングが起きるなんて誰も想像もしていない。


 俺がここで蹴躓いた理由。それがよくわかったよ。この山道、なぜかとんでもなくもろくなっていたんだ。



 俺がどん。と二人を押した瞬間、俺達の歩いていた山道に線が走り、ぱかっと三角錐型に道が割れた。



 俺を乗せた山道は、崖からはがれ、山肌を綺麗に滑り落ちてゆく。



 え? うそ。ひょっとして、これって素敵な天然山ジェットコースター?

 ちょっ、マジかあぁぁぁぁ!?




────




 リオとマックスにとって、それは突然の出来事だった。


 どん。と突然背中を押され突き飛ばされた二人が見たものは、ツカサが山道とともに崖下へ滑り落ちてゆくというものだった。



 自分達とツカサの間に前触れもなく広がったヒビ。同時に、崩れてゆく山道。



 それがツカサを乗せたまま、ゆっくりと滑落してゆく。二人はそれを、ただ見ているしかできなかった。

 とてもゆっくりと落ちていくように見えるのだが、いくら手を伸ばそうと頭が命令しても、その体はピクリとも動いてくれなかった。


 あまりのことに周囲が遅く見えただけで、実際には刹那の時間に起きた一瞬の出来事だったからだ。

 二人は、崖下に消えてゆくツカサを見ているしかできない。



 にこっ。



 その刹那の最中。二人を見たツカサが小さく微笑んだように二人には見えた。


 二人の無事を確認するように。安心するようにしてツカサは落下してゆく……



「ツカサー!」

「ツカサ殿ー!」



 一瞬の滑落が終わり、ツカサの立っていた山道が綺麗に抜けたその場に、二人の絶叫だけが響いた。



 二人はやっと手を伸ばしたが、当然もう間に合わない。



 バキバキと木々をへし折り大量の土砂が落下する音だけが彼等の耳に響いてきた。

 リオはがくりと膝を落とし、自分達の立つ山道の土を握り締める。



「なんで、なんでだよ……」

 悔しさをにじませ、目に涙をためる。



「バカだよ。気づいていたんなら、おいら達なんて無視して一人で逃げりゃよかったのに……」



「拙者達が不甲斐ないばかりに。ツカサ殿。ツカサ殿ー!」

 愕然としていたマックスが、突然失われた山道に向かい走り出そうとした。


 当然そこにはなにもない。ぽっかりと開いた谷底へご招待される虚空しかない。



「ちょっ、待て! なにしようってんだ!」


 リオがとっさにその腰にしがみつき、ツカサを追って飛び降りようとするマックスをとめる。



「はなせ! ツカサ殿をお助けに行く。はなせ。はなすのだー!」

 腰にしがみついたリオをなんとか引き剥がそうと体をよじるが、あまりの混乱具合にうまく力が入らないのか、マックスはリオを引き剥がすことができず、ただただリオを振り回すことしかできなかった。


 リオも足を必死に踏ん張り、マックスが水泳の飛びこみのように谷底へ飛ぼうとするのを阻止する。



「飛び降りたい気持ちはわかるけど、サムライでもねえアンタが飛び降りたらただじゃすまねえだろ!」


「うぐっ……!」


 ゆっくりとだが崖のふちへ進もうとしていたマックスが言葉につまり、足を止める。


 冷静に考えて、水泳のごとく飛こみをしたら谷底でミンチになるのは間違いないと気づいたからだ。



「だ、大体ツカサならきっと無事に決まってら! だって、だってツカサはサムライなんだぞ!」


「せ、先生が無事なのは拙者とてわかっている! だが、サムライだからといって無傷であるとは限らんだろう!」


「うぐっ……!」


 今度はリオの方が言葉に詰まる番だった。



 生きてはいると信じてはいるが、怪我をしているのでは? ひょっとすると動けないのでは? いや、いくらサムライとはいえ崖から落ちては……という不安は拭えない。



「だから、拙者が!」

「バカ言うなー!」


 またずりずりと進みだしたマックスを必死で止めようとする。



『おーい。おおーい』



「っ!」

「っ!」

 二人の耳に、聞き覚えのある刀の声が聞こえてきた。


 声は、崖のすぐ下のあたりから聞こえてくる。

 二人は顔を合わせ、あわてて崖のふちへと駆け寄った。



 はしに近づくとぱらぱらと石が崖の下へと落ち、谷底に生い茂った木の上に落ちていく。



 崖下にも木々が生い茂り、滑っていった土さえ覆い隠され、どこにツカサが落ちたのかもわからない。



「オーマ!? どこにいるんだ!」

「オーマ殿! オーマ殿! ツカサ殿は無事なのですかー!?」

 道に腹ばいになり、二人は崖から顔を出し叫ぶ。



『ここだー。おおーい。おれっちが見えるかー?』



「ど、どこだ。どこですオーマ殿!」

「あ、あったー!」

 キョロキョロと頭を動かしオーマを探すマックスだったが、さっぱりわからない。


 先に見つけたのは、リオだった。



 リオの見る先をマックスが追うと、山肌に生まれた巨大な地滑り跡の横に残った木に引っかかったオーマが見つかった。



「ツカサ!」

「ツカサ殿!」

 オーマを見つけ、そこにツカサもいるだろうと喜びの声をあげる二人。


 しかし、オーマの姿を見つけた二人は、顔を青ざめさせた。


 木に引っかかっているのはオーマだけで、どこをどう探してもツカサの姿はなかったのだ。



 肝心のサムライ本人がいないのだ!



 自分を見つけてくれたオーマは喜びの声を上げる。手足があれば間違いなく手をぶんぶんとリオ達に向けて振っていただろう。


 そして、木に引っかかったまま胸をはり。オーマは二人に堂々と告げた。



『おう。相棒は無事だぜ』



「「どこがだー!」」

 人だったら確実に親指を立てて歯がきらーんと光っていておかしくないその物言いに、二人は同時に叫んだ。




──ツカサ──




「ここは……?」


 俺は、ぼんやりする頭に少し活を入れながら、ゆっくりと目を開いた。



 左右に視界をめぐらせるが、視点がうまくあわない。



 唯一わかるのは、俺は木っぽい床の上に倒れていて、すぐ近くにその壁とも床ともわからない板があることだけだ。いくらなんでも今の状況で立てるとは思えないので、やっぱりここは床なんだろう。


 ただ、体はあんまり痛くない。崖から滑落したと思ったけど、どうやら俺は、まだ死んではいないらしい。体のいたるところがちょっと痛むけど、間違いなく生きている。


 山道が綺麗に割れてジェットコースターのごとく下っていったから、運よく助かったってところか……?


 あまり働かない頭をなんとか働かせながら、俺はそんなことを思った。



 すると、俺を見る視線があることに気づいた。



 そちらへ瞳を向けると、床でぐったりしている俺を見おろしている人影があった。


 顔はぼんやりとしてよくわからないが、笑っているのだけはわかった。なんか、この人の顔、ものすごく白い気がする。



「%&$#¥0##」



 なにかを言っているようだが、言葉はさっぱりわからなかった。

 オーマ、どこいった……?


 ああ、そうだ。


 滑落しようとしている瞬間、どうにかして助かろうとオーマを腰から引き抜いて、滑落の外に残る木へどうにかして引っ掛けようと手を伸ばしたんだっけ。


 そして運よくオーマが木に引っかかって。「やった!」と喜んだ瞬間、ずるっと手が滑ってオーマは置いてけぼりになっちまったんだっけか……


 だから俺の手元には今、オーマがないんだった。


 ずるっと滑るのは反則だよなぁ。決して握力が足りなかったとかじゃなく、滑っただけだから。あくまで!



「%&%$¥#$」



 笑顔のおっさんが俺をひょいと持ち上げ、そのままベッドへ運んでくれた。



 ああ、どうやら俺は、イイ人に助けてもらえたらしい。



 ふんわりとしたベッドの上に転がると、睡魔が一気に襲ってきた。


 だから俺は、そのまま睡魔に身を任せ、意識を手放していった。



「ぐー」




────




「でっ、どういうことなんだよオーマ! ツカサはここにいないのにどうして無事だって言うのさ!」


 ロープでリオの体を結び、オーマを回収してマックスのパワーで引き上げられたリオがオーマを持ち上げぶんぶんと振り回しながら問う。


「その通りだ! ツカサ殿は、師匠はどこにおられる!」


『ちょっ、ちょっと待て。慌てんな! おれっちだって自力で動けりゃ即座に行きたいくらいなんだからよっ!』

 ぐわんぐわんと振り回されるオーマは慌てたようにリオをなだめた。


「あ、ご、ごめん……」

 はたと気づいたリオはオーマを振り回すのをやめる。


『ったく。心配なのはわかるけどよ。落ち着けよ』


「これが落ち着いていられるか。先生が無事というのはどういうことなんだ!」



『おれっちにはな、一度会ったヤツが今どこにいるかわかる能力があるのさ! 今まであったヤツ等はその気になれば全員今どこにいるのかわかるのよ! で、その中には当然相棒もふくまれているんだよ!』



「ナビができるって中にはそんなのもふくまれてたのかよ」


「そ、そうなのか!」



『そう。そして相棒はもっと特別で、今の状態。生きているか死んでいるかや怪我をしているかしていないかもわかるんだよ!』



「本当か!」


 喜んだマックスが、リオからオーマを奪い取った。


『ああ嘘じゃねえ。だからおれっちには相棒が生きているってこともわかっているのさ!』


「そ、そうか! なら先生は今どこにいる!」


『だ、だから振り回すなー!』



 興奮のあまりぶんぶんとマックスに振り回されたオーマが悲鳴を上げた。



「というかオーマはなんでこんなところにいたんだよ?」


『なんでかってか? 理由はお前達と同じだよ……』



 オーマは、あの時起きたことを語りはじめた。




 ──あれは、おれっちが相棒の相談を受けていたその時だった(相談のことについては二人には言わねなかったけどよ)


 なにか思いつめたかと思った相棒が突然走り出した。



 あまりのことでおれっちでさえその時は相棒がなにをする気なのかわからなかった。



 相棒は、おれっちが地すべりを察知する前にその異変に気づいていたんだ。おれっちより早くこの崩壊に気づくなんて、さすが歴代最高のサムライだよ。


 でも、だからこそ、こんな結果になっちまった……



 地すべりが起きることに気づいた相棒は、とっさに前を歩く二人を助けるために動いた。動いちまった。



 どん。と二人を押した瞬間、今まで二人のいた場所に巨大な線が走り、山道が崩落してゆく。


 それは、一瞬の出来事だった。


 山道は木々をなぎ倒し、そのまま山肌にそって滑落してゆく。



 これは、さすがのおれっちもヤバイと思ったよ。



 その瞬間、相棒はおれっちを腰から引き抜き、ツバを木に引っ掛けたのさ。


 ツバと下緒の紐が枝に引っかかった瞬間、相棒はどこか安心したような笑みを浮かべたんだ……



 そして相棒は、ほっとしたように手を放した。



 相棒は、きっと刀であるおれっちのことも心配してくれたんだろう。


 だから、おれっちを木に引っ掛け、その安全を確保してくれた。


 そのまま相棒だけ、崩れた道とともに下へと落ちてゆく。



 なんてことするんだ相棒。


 自分だけ、自分だけを……!



『相棒おぉぉぉぉぉお!』




 ──崩壊の轟音が響く中、おれっちの叫びだけが、むなしくこだました。




『ってわけで、おれっちもお前達と同じくそこに残されちまったってわけだ』


「なんてことだ……先生は、自分のことではなく、私達や刀であるオーマ殿のことの安全を先に……」


 くっと、マックスが悔しさをにじませる。自分達が完全に足手まといでしかなかったことに。



 自分が一番強いから、自分の命は最後に考える。



 その姿はまさに力を持つものの鏡といえる姿だった。


 だが、だからこそ、マックスは悔しかった。師であるツカサの完全な足手まといとなってしまったことに。



『だが、ツカサはさすがだ。崖から落ちたってのに生きている。今気を失っている状態だけど、崖下にいるのは間違いない! お前等、こんなところでうだうだしている暇はねぇぞ! 今すぐにでも相棒を助けに行くか、助けを呼びに行け!』


「はっ!」

「はっ!」

 オーマの言葉が聞こえた瞬間、二人は顔を上げた。


 ツカサが生きているという希望を受け、二人は別のことが頭の中を駆け抜けたのだ。



(ここでツカサをいち早く助ければ、ほんの少しでも恩が返せるかもしれない!)

(ここで先生をいち早く助けられれば、先生の弟子としてほんの少しでも近づけるかもしれない!)


 と。



「よし、じゃあおいらがツカサを見てくるから、マックスはさっさと救助を呼んできてくれ!」

「ば、馬鹿を言うな! 拙者が先生のもとへと向う! お前が近隣の村へ助けに走れ!」


 二人が同時に山道の先を指差した。


 次の瞬間視線がぶつかり、ばちっと火花が散る。



『いや、二人とも相棒を助けに行きたいのはわかるが、この崖そんな簡単に降りられねーだろ』


「ぐはっ!」


 マックスが肝心なことに思い当たり、大きく体をのけぞらせた。


 当然の話だ。いくら木が生えているとはいえ、ここは崖と言ってもいいくらい急な坂なのだから。



「ふっ。そのことならおいらにまかせなよ」



「なにっ!?」

 にっと笑い、リオは自分を指差した。


「マックスと違っておいらは身軽だからね。こんなとこ屁でもないさ!」


 リオはオーマを手に取り、背中にたすきがけにすると地すべりを逃れた個所に残る木へひょいと飛びつき、その足場を確かめた。



「やっぱり。さっき降りた時確認しておいたのさ。これなら大丈夫。それじゃ、おいらは行ってくるぜ。アンタはさっさと救助を呼んできな」



 リオはべーっと山道であんぐりと口を開いているマックスへ下を出し、するすると木をつたって崖を下ってゆく。枝をつかみ、時にオーマを使い、大小さまざまな木の枝を足場にして。



「オーマ殿を回収する時も思ったが、なんて身軽さなんだ。あんな不安定なところをひょいひょい降りていきおって!」

 ぐぬぬと、マックスは臍をかんだ。


「だが、拙者とて諦めん!」

 敬愛する師であるツカサの安否をいの一番に確かめられなくてなにが弟子か。あんな街のチンピラに負けるなど、サムライの弟子失格である。



 きょろきょろと周囲に視線をめぐらせる。



 さすがにマックスではこの崖を命綱なしに降りられそうな場所ではない。ならば、ここより緩やかな場所を見つけ、そこからこの地すべりの落下地点へ回りこもうと考えたのだ。


 ちと遠回りになるが、リオには負けられない。



 じっと山道を睨むと、少し降りた場所になんとか降りられそうな緩やかな坂があるのが見えた。



「ま、待っていてください師匠ー!」


 マックスは山道を駆け下り、その坂道へと飛びこんだ。いわゆる獣道だが、進めないことはない。森の隙間から崖の崩れたところも確認でき、どうやら迷う心配はなさそうだ。



「ぬおおおおおおー!」



 気合とともに、マックスは崖下へと駆け下りてゆく。


 マックスの雄たけびが谷に響き渡る。


 声が響き渡り、鬱蒼と茂る森ががさがさと揺れ、その影響で鳥がぎゃあぎゃあと飛び出す音が響く。



 その音を聞いて、リオは顔をしかめた。

 崖に突き出した木に降り立ち、その揺れる場所へ視線を向ける。



「オーマを回収する時も思ったけど、な、なんてパワーなんだよ。おいらの体をあっさりと引き上げただけじゃなく、道でも作るかのように森の中を突っ走りやがって」


 自分にはできぬ無茶苦茶に、リオも舌を巻いた。



『けけっ。無茶はお前も人のこといえねーけどな』

 背中にいるオーマが笑った。


「うっせーやい。ツカサの無茶苦茶に比べりゃこんなのかわいいもんだろ」


『そいつを言われちゃ言い返せねえな』


「こいつは負けていられないや。気合入れていくよ」


『おうよ!』


 気合を入れなおし、リオはさらに崖をくだってゆく。


 なんとしてもマックス先にツカサを見つけなければならない。




 見つけて──



「大丈夫かいツカサ!」

 崖下に倒れたツカサをおいらが抱き上げる。


 ツカサがうっとうめき声を上げ、弱々しく瞳を開いた。


「ツカサ大丈夫か! おいらはツカサのおかげで無傷だよ! 心配でかっとんできたんだ!」


「ああ、ありがとう。俺を心配してかっとんできてくれるなんて、やっぱり俺の隣にいるのはやっぱりお前しかいないな」


「そうだろ!」


「リオー!」


「ツカサー!」



 こうして幸せなハグをして……



「うへへ」



 ──なーんてことになっちゃったりしてー!




 重戦車のごとく崖下へ突き進むマックス。


「いける、いけるぞ!」


 なんとしてもあの生意気な猿、リオより先に先生を見つけなければならない。




 見つけて──



「大丈夫ですか先生!」

 崖下に倒れた先生を拙者が抱き上げる。


 先生は小さなうめき声を上げ、揺れる瞳を開き拙者を見た。


「先生、大丈夫ですか!? 拙者は先生のおかげで無傷です! 心配で一直線にやってきました!」


「ああ、ありがとう。俺を心配して一直線できてくれるなんて、やっぱり俺の弟子は君しかいないな! ぜひとも一番弟子になってもらうしかないな!」


「やったぜ!」



 こうして拙者は先生に弟子入りをして……



「うへへ」



 ──なーんてことになったりしてー!




 両者とも、ツカサが無事であることを知り、心配よりも自分の欲望に忠実になってしまっていた。

 それはそれだけオーマが二人に信頼されているということであり、ツカサは崖から落ちた程度では死なないと確信しているからだった。



 地すべりの終着点が迫る。



 崖下。谷の底に降り立ったリオが地すべりによって生まれた土砂の上に立ち、ツカサの名を呼んだ。


「ツカサー!」

「ツカサ殿ー!」


 リオがそこに立つのとほぼ同時に、頭や体に葉っぱをつけたマックスが茂みの中から飛び出してきた。



 一瞬リオも面食らい、顔を出したマックスもリオの姿に一瞬面食らっていた。


 どちらも、や、やるじゃないか。という表情を浮かべている。



 二人はまた火花を散らすと、崖下にいるはずのツカサの名を呼び探しはじめる。

 しかし、いくら探しても現場にツカサの姿はなかった。


 見つかったのは、ツカサのカバンだけだ。



「おい、どういうことだよ!」

「ツカサ殿は一体どこに行ったのですオーマ殿!」



『おっかしいな。ちょいまち。今サーチしなおすからよ』



「……」

「……」

 オーマが集中し、しばしの時間が流れる。



『マジか……』


 なにか信じられないような声を漏らした。



「ど、どうした! ツカサ殿になにかあったのか!?」

「ツカサはどこいっちまったんだよ!?」


『どうやら誰かに拾われたらしい。今移動しているぜ。意識はないままだから、誰かが運んでいるのに間違いないな』


「な、なんだそういうことか……」

「誰か親切な人に拾われたってことかな?」


『だといいけどな……』

 向っているのは谷の上流。明らかに人が住んでいる場所ではなかった。


「ともかく、追ってみるしかなかろう」

「そうだね」


『じゃあ、おれっちがナビするぜ』

 三人はうなずきあい、ツカサを見つけるため移動をはじめた。



 さすがにリオもマックスもここでは争うようなことはしない。ツカサが何者に運ばれたのかわからないからだ。




──ツカサ──




「ぐー。むにゃっ……もうたべられないよー」




────




『相棒はこの先だ!』


「こ、ここは……」

 オーマのナビにより、リオとマックスはある砦の前まで来ていた。


 道なき道に近い道を通り、獣道同然の道から一度外れ、茂みから顔を出した結果、高さ三メートルはある木の囲いに囲まれた高さ四階はありそうな砦が姿を現したのだ。


 ちなみに、オーマはツカサのカバンと共にリオに背負われている。 



「こんな砦が、こんなところに……」


 見上げたマックスが驚きの声を上げる。



 ここは谷の底にあり、崖の影に隠れているので谷の上からではまったく見えない位置にあった。



 砦の本体はその岩陰を背にして木を組み合わせて建てられている。背後は巨大な壁なのだから、そこから攻められる心配はないということだ。


 そこにこんなものがあるということは、なんらかの表に出せない組織のものであるのは間違いなかった。


 騎士団や貴族の隠し砦であるならば、物資を運ぶための道が存在しているはずである。それがないということは、小規模でありながらこれだけのモノを作ることのできる非合法組織であるに違いないのだ。


 マックスは、砦を一瞥しただけでそこまで理解した。



 視線を横にめぐらせると、囲いの入り口である門が目に入った。その前には二人の見張りがおり、リオとマックスにはそこにいる男達の姿に見覚えがあった。


「あの格好、この前道を塞いでいた山賊の……」

「ああ。同じ格好をしているな」


 二人は呟いた。この前待ち伏せをしていた山賊達と同じ格好をしている。それはつまり、この砦はヤツ等のアジトということを意味していた。


「ツカサはこの中に連れてこられたってことかい?」


『ああ。そういうことになるな。相棒はこの砦の中にある建物の四階。あそこの最上階にいるようだぜ』

 ツカサもマックスも、一番上と聞き、砦の上に突き出た建物の最上階を見た。


『縛られて閉じこめられているのか、それともベッドに寝ているのかまではわからねえ。今もまだ意識は戻っていないようだぜ。動きは感じられねえ』


「そうか」


 ひとまず、生きているのがはっきりして、二人はほっとする。


 しかし意識が戻っていないということは、自力で脱出してきてもらうというのは期待できないだろう。



 かといって、今ここで急いで突撃するのも早計だ。



 ツカサの怪我が少ないのならば、意識さえ戻ればツカサは自力でこんな砦叩き壊して脱出してくるだろう。ツカサが本当はそんなことができるわけないと知らないオーマをふくめた三人はそんなことを思った。

 どうするか。と砦を観察していると、砦の中が騒がしくなった。


「まさかツカサが……?」

『いや、違うみてーだ』


 囲いの門がゆっくりと開き、山賊の一人が見張りの元へと駆け出してくる。


「ど、どうした!?」

「エンガン様が外出なされるぞ! お前達準備しろ!」

「エンガン様が!?」


 門番はその名を叫び、とたんに門の横へと散った。


 その声は、隠れて様子をうかがっている二人の耳にも届いた。



「エンガン? 今ヤツ等はエンガンと言ったか?」

「うん。エンガンて言ったね」

 門の見張りの声に驚いた二人が顔をあわせた。


『エンガンだぁ?』



 オーマの驚きの声に、二人は驚きの表情とともにオーマを見た。


 その驚きはその名を知らないのか! という驚きからだ。



「オーマ殿は知らぬのか。ヤツはストロング・ボブにも匹敵する賞金首。殺しても死なぬと言われ、人を食うとさえ噂される不死身の男。それが不死身のエンガンと呼ばれる悪党です」


『へえ』


「神出鬼没。さらには本拠地が不明で、騎士団も手出しができませんでしたが、こんなところにあったなんて」

 新たな驚きとともに、マックスはぐっとこぶしを握った。


 ツカサの件は別として、世に仇成す悪党の本拠地がわかったのだ。これでヤツも終わりだと、正義の心をたぎらせたのだ。



 砦の入り口ががやがやと騒がしくなる。



 門が改めて開き、その中からぬうっと一人の男が姿を現した。


 山賊達と同じ格好に、派手な外套を纏った白塗り顔の男。それが、山賊達を従えて姿を現す。


 その男は、身長や体が恐ろしいほど大きいわけではない。むしろ平均より小さいくらいの体つきをしていて、他の特徴といえば杖を持っているくらいだった。


 白塗りの顔は真っ赤な口紅が塗られ、その年齢は青年とも老人とも見えた。



 マックスもリオも、その姿を見て噂とはまったく違うと拍子抜けした。


 はっきりと言えば、リオでも勝てそうな男だったのだ。



『……こいつはやべえな』



 姿を現した白塗りの男を見て、オーマは焦りを見せた。


 その言葉に、二人は一斉にオーマを見る。



『ひょっとすると、あの地すべりもヤツが引き起こしたかもしれねぇ。相棒が意識を失っている今、見つかるわけにはいかねぇぞ』


「ど、どういうことだよ?」

「はい。拙者にもわかるようお願いします」


 一人納得しているオーマに、二人は説明を求める。



『っと、すまねえな。ヤツは外法を極めた妖術師だ。だからあんな小さな体でも油断はできねえ。お前等、相棒を舐めてかかれるのか? それと同じだぞ』



「っ!」

「っ!」

 リオとマックスの顔色が変わった。


 二人は自分の考えが甘かったことに気づかされた。あの小男を大したことがないと判断してしまった少し前の自分を殴ってやりたいとさえ思う。


 二人はあの外見を見て相手を侮ったことを後悔した。



 サムライのツカサとて外見からその真の実力は欠片も図れぬ実力者なのだ。外見を見て相手を侮るというのは、二人が尊敬するサムライ、ツカサを馬鹿にするのも同じである。


 そして、ツカサという例外がいるのだから、外見からは想像もできない強さを持った実力者が他にいても不思議はないと彼等は考えを改めた。



『相棒と違うのは、人を捨てて人外の力を手に入れたってことだ。だから、人食いもあながち噂じゃねえ。ヤツは人ならざる力を得た代償に、人を食らわねば生きられねえ体になってんのさ』


「じゃあ、ツカサは?」


 オーマの言葉を聞き、最悪の想像をしたリオは思わず大声を上げそうになったが、なんとか小声におさえることに成功した。



『幸いなことにおれっちも手放しているから、まだサムライだとはバレちゃいねえだろう。相棒もヤツと同じで外見からじゃサムライとわからねえからな。バレてりゃ間違いなくとどめをさされていただろうし』


 オーマの言葉に、二人は胸をなでおろす。


『だが、だとすればヤツの目的は一つ。相棒が普通に滑落に巻きこまれた落し物だと考えているなら、その目的は食事以外にないだろうな……』



「っ!」

「それはつまり、先生を食らうということですか!?」


『そういうこった』



「エンガン様、エンガン様ー!」


 オーマ達が小声で話していると、出かけようとしているエンガン達のもとに子分の一人がかけてきた。

 雰囲気から見て新人であり、なにかエンガンに取り入ろうとした雰囲気が見て取れた。


 振り返ったエンガンの元へとやってきたその男は、にたりと愛想笑いを浮かべる。


「エンガン様。さっきあっしが拾ってきたガキはどこにやりました? せっかくですから、縛って牢屋に放りこんでおきますか? そうすりゃ逃げ出すことも……」



「なんですって?」


 エンガンの言葉に、男の表情が引きつった。



 ギン。とエンガンに睨まれた男は、小さく悲鳴を上げ飛び上がる。



「わてくしがみずから眠りの妖術をかけてあげたというのに、それが信用ならないとお言いなのかしら?」



「そ、そういうつもりでは!」


 違う。違うんですと、両手を何度もばたつかせる。



「わてくしが眠らせたというのに、縛って牢屋に放りこむとはそういう意味でしょう? あーた、わてくしを侮辱しているのね? そういうのは……」


 エンガンが手を伸ばすと、男の顔面をつかんだ。


 男はなにかを言おうとしているが、エンガンの細い指がその顔にめりこみ、声らしい声が出すことができない。エンガンは身長百八十センチほどもある男の体を軽々と持ち上げ、吊り上げてしまう。

 その小さな体にどれほどのパワーがあるのだと驚くほどの力である。それどころか、エンガンの体そのものがゆっくりと浮かびはじめた。ふわりと浮かび、その手下を完全に地面から引き剥がしてしまった。


「あっ、がっ……が……」


 ばたばたと暴れる手下だったが、その体はみるみるうちに、水分が吸いとられてゆくかのようにしぼんでゆく。しばらく手足をばたつかせて抵抗していたが、ミイラのようになった彼の手は力を失いだらりと垂れ下がった。


「ふん。まっずい味だこと。やっぱり生気は若い美少年に限るわ」

 ぺろりと紅の乗った唇へ舌を伸ばす。その舌は、先が二つにわれ、どこか爬虫類を思わせるようなものだった。


 生気を吸われ、命を失った手下をエンガンは物のようにぽいっと投げ捨てる。地面に落ちたその体は、まるで乾いた陶器のように粉々に砕け散った。



「ひっ」

 その有様を見たエンガンの子分達は小さな悲鳴を上げた。



「ったく。せっかく綺麗にしてベッドに寝かせ、最高の状態でいただくためのしこみをしているというのに、そんなのも理解できないなんて、わてくしの手下にいらないわ。あなた達もそう思うでしょう?」

 くるりと見回したエンガンの視線に、手下の男達は何度も何度もうなずいた。


「さ、いくわよ」

「は、はい!」

 そこにあるのは忠誠ではない。圧倒的な力に対する恐怖だけであった……



「……」

「……っ!」

 息を殺し、リオとマックスはその様子を見ていた。


 オーマの言う通り、エンガンは人を超えた化け物であった。


 エンガンは不思議な力で子分達とともにふわりと浮かび、そのままどこかへ飛んでいってしまった。


 これが、ここに補給のための連絡路がない理由かと二人は納得する。


 出入りはエンガンの力を使って。下手をすると、子分さえここの正確な位置を知らないのかもしれないとさえ思うほどだ。

 エンガンの姿が完全に見えなくなり、オーマがどこかに行ってこの近くから気配が完全に消えたと太鼓判を押したところで二人はやっと息がつけた。



「あれが、エンガン……!」

 噂に聞いた賞金首、その恐ろしさは、噂以上であった。


 マックスは多くの人外を見てきたが、サムライ、そしてそれと戦ったダークシップの『闇人』と比べても、あのエンガンは引けをとらない存在であると感じた。


 そしてなにより……



「仲間に、なんてことを……!」

 マックスにとって、それが一番許せなかった。


 例え自分に取り入ろうとした結果の失言だったとしても、なにも殺すことないじゃないか!


「外道め!」



『憤るのはわかるが、ヤツは間違いなく不死身だ。おれっちでも不死身のからくりまではわからねえが、不死身だってことはわかる。マックスでも倒せても殺せはしねえだろう。相棒がいなけりゃ勝ち目はねえぞ。だから、今であったら必ず逃げろ』


「はい」

 オーマの忠告に、マックスは素直にうなずいた。


 サムライの相棒であるオーマがここまで言うのだ。ツカサが妖術で眠らされている今、戦うということを考えるのは危険だと彼は理解していた。



「ツカサを今食べないのは、夜のディナーにいただこうってことでいいのかな?」


 少しアゴに手をあて考えていたリオが、ぽつりとつぶやいた。


 サムライであるなら、エンガンはすでにツカサの命を奪っているだろうからだ。危険でもあり、その命を食らえるというチャンスは滅多にないからだ。

 それをしないということは、ツカサがサムライだとバレていない証拠でもある。


『ああ。間違いないだろうな。今の相棒はヤツにとって最高のディナーだ。早くしないとやべえぜ』


「あれがどこに行ったのかはわからないけど、今がツカサを連れ出すチャンスだね」


「そうだな。なんとかして先生をここから奪い返し、街へ向おう。先生が目を覚まさない時は、討伐令を出してもらい、騎士団を要請しよう」


『ああ。今がチャンスだ。今中に十人もいねえしそろそろ日も暮れる。相棒を救い出すには今しかないな』


 手ごわいボスもいないしこれから日も暮れる。闇にまぎれて潜入し、ツカサを助け出すチャンスは今しかなかった。


 二人は顔を合わせ、うなずいた。



 正面の門には見張りが二人残っている。


 ここは山深く獣道しかつながっていない森の中にある上、ボスであるエンガンが出かけてしまった。ゆえに、二人の見張りはあくびをしながら、どこか気を抜いているように見えた。

 とはいえ、門の前から積極的に動かないというだけで、彼等の視界に入れば見張りとしての役目を全うされるのは間違いない。


 彼等はそこからの潜入は諦め、ひとまず周囲を見て回ることにした。


 ぐるりと探索すると、ちょうど真横に当たる位置にもう一つ扉があることに気づいた。



 いわゆる裏口である。



 周囲に見張りはいない。そもそも周囲にあるのは鬱蒼とした森だけだ。ここは崖にも近く、見張りを立てる意味というのはあまりないのだろう。


「どうやら閂がかかっているようだな」

 扉が開くかを試したマックスが、触れた感触からそう告げた。


「……」

 リオはきょろきょろと、高さ三メートルほどある囲いを見上げ、周囲を見回した。


「おいらに考えがある。オーマ、壁の向こうに見張りがいるかわかる?」


『わかるぜ。むこうに人はいねえし、こっちに注目しているやつもいねえな』



「なら、おいらがここを飛び越えて閂を開けるよ。マックス、おいらの足を持って上に放り投げておくれよ」



「……」

 じっと、マックスはオーマを手にしてそのツバの下。鞘の一番はじっこのところへロープを結ぶリオを見る。


 しばらく無言で考え、マックスは口を開いた。



「いいだろう。先生のためだからな」

「そうこなくちゃ」


 リオがにっと笑い、マックスも静かに笑い返した。


 バレーのレシーブのように構えたマックスの手にリオは足をかけ、その反動を利用して囲いの方へと飛ぶ。それでもまだ囲いの上までは届かない。しかしリオは先ほどロープをくくりつけたオーマをその上に投げ引っ掛けた。


 ぐっとひっかかりを感じた瞬間、リオは一気に体を引き上げ、囲いの向こう側へと消えてゆく。



「ひゅー」

 その身軽さにマックスは思わず口笛を吹いた。


 軽やかに着地したリオは、裏口にはまった閂に手をかけ、それをどかした。



「ふん!」

 扉を開けようとするが、建てつけが悪いのか押しても引いてもリオの力でその扉は動かなかった。


 がたがたという音しか鳴り響かない。


「どいてろ」

 裏口の外からマックスの声がする。リオはその言葉に従い、扉から一歩。念のため二歩はなれた。


 マックスは外から扉をつかみ、静香にだが気合をいれて力をこめる。



「ふん!」



 ずずずっ……



 リオではびくともしなかった扉が、ゆっくりと開いていった。

 どうやら扉が少し地面に埋まっているようだ。扉が動いた分だけ、土が大きく動いている。



「おおっ」

 そのパワーに、リオは思わず感心の声を上げてしまった。


 扉を完全に開き、マックスはその地面を見た。



「どうりでこのあたりに見張りがいないわけだ。こんなんじゃ裏口の意味がねえや」


「まったくだな。だが、逆に言えばここから我々が逃げられるということだ」


 リオとマックスは顔を合わせ、うなずきあう。



(これでここから逃げることができる。この扉をあんなに簡単に開けられるなんて、そのパワーはやっぱり認めないといけないな)

(これでここから逃げることができるな。囲いをあんなにも簡単に飛び越えられる身軽さはやはり認めないとならんな)

 二人は、心の中でそう思った。



『さ、脱出口も確保したところで、相棒を助けに行こうぜ!』

「ああ」

「はい!」

 オーマの掛け声に、リオとマックスが返事を返した。



 オーマの探知能力により見張りが今どこにいるのかがわかり、鍵のかかった扉はリオが開け、時に避けられない見張りをマックスの剣技で一瞬にして気絶させ道を開いてゆく。


 全員の長所を生かし、彼等はツカサのいる砦の最上階、四階へ向う階段まで到達することができた。

 窓から月明かりが注ぎ、階段を照らしている。


「よし。ここをのぼればあとはツカサのいる部屋だけだな?」


『ああ。そのとお……ああっ!』

 リオの問いに答えていたオーマが驚きの声を上げた。


「ど、どうしました!? まさかツカサ殿以外に見張りがいるのか!?」

「ひょっとして、エンガンのヤツが戻ってきた!?」



『いや、おれっちの寝る時間だ』

 ずるっと、二人は階段で足を滑らせた。


 最悪の事態というものではなかったが、敵の位置を知れるオーマが使えなくなるのはとても痛い。



「こんなタイミングでかよ!」

「なんて時に!」

 二人とも、オーマが人間と同じように睡眠をとらねばならないことを知っている。それゆえなんてタイミングだと頭を抱えるしかできなかった。


『こればっかりはしかたねえ。上には相棒しかいねぇから大丈夫だ。見張りの位置も、今かわりはねえ。な、なんとか気合ですぐ起きるようにするからよ、あとは、まかせたぜ……』


 そのままオーマはぐー。すーと、リオの背中で寝てしまった。



「なんでマジックアイテムなのに寝るんだよ……」



 背中から寝息が聞こえてきたところで、リオは呆れた。

 正確に言えば、オーマはこの国で使われている魔法とは別の理で作られているゆえ、マジックアイテムではないのだが、知識のない彼女達にその違いはわからない。



「言ってもはじまらん。行くぞ」

「ああ。階段のところで見張りは頼んだよ」

「まかせておけ」


 二人は階段を駆け上がる。

 最上階は、最後の部屋の前に広がる廊下だけしかなかった。


 マックスが階段のところに立ち、下から来る気配に注意を払う。


 リオは目の前に広がった大きな扉。エンガンの部屋の扉にしゃがみこんだ。



「ちっ。なんて用心深い野郎だ。こんな面倒な鍵をつけやがって……」



 鍵穴をのぞきこみ、リオは舌打ちをした。


 誰も来ない砦に住んでいるというのに、かけてある扉の鍵は最新式のものだった。リオにとって幸いだったのは、魔法などの技術ではどうにもならない力で鍵は閉められていなかったことである。


 これならば、多少時間がかかったとしても開けることができる。



 すでに何度か使った開錠道具を取り出し、鍵穴へさしこみカチャカチャとその鍵に挑戦する。



 窓から差しこむ月明かりはあるが、手元を照らす明かりはない。だが、この場合必要なのは居場所を示してしまう手元の明かりではなく、指先で感じるかすかな感触の違いだった。


 精神を集中させ、鍵の構造を頭の中で想像し、その鍵を攻略してゆく。



 少々手間取ったが、大きな問題は起こらず、十分かからずその扉はぴん。という音を立て開いた。



「やったぜ」

「ずいぶん時間がかかったな」


 扉の開いたのを確認したマックスが、階段の方からやってくる。


「へっ。おいらじゃなきゃこの倍の時間かかってるよ。素人が知ったか言うな」

「そうか。ならよくやった」


「へへっ」

 褒められたリオは、鼻の頭をこすり、扉に手をかけた。


「さあ、開けるぜ」

「ああ。早くツカサ殿をつれて逃げねばな」


 二人は両開きの扉を同時に開けた。



 部屋の中には、ツカサがベッドで寝ていた。



 妖術の影響なのだろう。まるで赤子のように丸まり、ぐっすりと眠っている。


 顔は綺麗に拭かれ、服の汚れも消えていた。怪我らしい怪我は見当たらないが、綺麗にされた制服の下にどんな怪我が隠れているのかはわからなかった。


 オーマが起きていればツカサのカバンにどんな怪我でも治す妖精の粉が入っていることを告げただろうが、今は寝ているので二人にそれは伝わらなかった。


「そっと背負えよ」

「わかってる」


 マックスがつかさを背負い、リオが先導し階下へとくだってゆく。


 オーマが先じて砦に残る者達の位置を伝えてあったため、リオとマックスの能力があれば山賊に見つからず裏口から無事脱出することに成功した。




──オーマ──




 気合の宣言から約半時。

 おれっちはリオの背中で目を覚ました。


 おれっちは休んだ時間の長さによって次の活動時間の長さが決まるんだが、今は時間の長さよりおれっちという戦力が必要だと思ったから、気合を入れて短いチャージで済ませたってわけだぜ。

 なんせ今は相棒が意識を失って敵にとっ捕まっているという状態。そんな相棒をなんとしてでも助け、あのエンガンとかいう不死身の妖術使いから逃げなきゃならねえ。


 おれっちという最高のサポートができるやつがいないあの二人じゃ心配どころの騒ぎじゃねーからな。


 さて、おれっちのいないあの不仲コンビは、どうなったかね。いくらなんでも相棒の捕らえられてる部屋くらいには到着していて欲しいとは思うけどよ……


 おれっちは焦点の合わなかった知覚領域をあわせ、状態がどうなっているのかを確認する。



「あんた、やるじゃないか。ただのボンボンじゃなかったんだな」

「お前こそやるじゃないか。ただのチンピラかと思ったが、違ったんだな。先生が旅の仲間に選んだだけある」



 相棒を背負ったマックスがにこりと笑い、同じく笑ったリオと認め合うように拳をぶつけ合わす光景が認識できた。


 あ、れ?


 おめぇら、ちょっと前まで目をあわせればとんでもなく険悪な雰囲気だしてたよな? 相棒に心配されるほど仲悪かったよな?



 だってぇのに、いつの間にこんな仲良くなってんの?



 しかも、この二人おれっちのフォローもなくあの砦から無傷で脱出してやがるよ。


 二人とも相棒には劣るけど、なかなかやるじゃねえかと思っていたけど、おれっちいなくてもここまでやれるのかよ。スゲェな。


「あ、オーマ殿、目が覚めましたか!」

「オーマ。もう砦から脱出は終わったぜ。せっかくだ。街までナビしてくれよ!」


『あ、ああ』


 隣を併走する二人のわだかまりはもうねえように見えた。



 相棒の心配ももう必要ねえ感じだな。


 なにはともあれ、二人が仲良くなったってんならいいことだ。



 ……はっ!



 この瞬間。おれっち気づいた。気づいてしまった。


 そうか。そういうことだったのか。



 相棒め。無茶しやがって。



 おれっちは二人の姿を見て、即座に理解した。


 相棒がなぜ、おれっちまで木に引っ掛けてあの場に残したのか。なぜ、自分だけ崖下に落ちたのかも!



 相棒はわざと自分をピンチにおちいらせて、この二人が協力せざるを得ない状況を作り出したんだ!



 まさか、あの突発的に起きたハプニングを利用してそこまで考えていたなんて信じられない話だが、相棒ならそれくらいやってのける! それくらいスゴイ男だからな!


 いくら崖から落ちたくらいじゃ死なない自信があるからって無茶しすぎだろ! 二人の仲を気にしていたからって、自分が死ぬかもしれない危険を冒して協力をうながすなんてよ! そりゃ相棒がピンチになれば間違いなく必死になるのはわかる。だからって、体を張ってそんなことするなんて、あんたどれだけ人がいいんだよ!


 例えこれが正解でも、相棒は間違いなくそんなわけないと言うだろう。相棒はそんな恩着せがましいことは決して言わねえ。誰にも知られず、そんな役回りを引き受けても周りが笑ってりゃそれでいいって男なんだ。



 二人とも、こんなお方、滅多にいねぇぜ……



 おれっちは、いまだマックスの背中で眠る相棒に視線を送り、苦笑いが出ちまった。


 相棒はどこか、満足したように寝ている。



 さすがだぜ、相棒。おかげで二人は互いに認めあえたみたいだぜ。



 これで、やっとおれっち達は一つの仲間として、パーティーになれたってことだな。


 でも、さすがの相棒も、エンガンまでは予想外だったに違いねえな。


 まあ、この二人の力で無事エンガンから逃げられたことだし、ひとまずはめでたしめでたしとしとこうや。



 今回はゆっくりと休んで、この国の騎士団とやらのお手並みは意見といこ……



『っ! しまった! お前等来るぞ!』



 おれっちは叫んだ。


「えっ?」

「くっ!」

 おれっちの叫びに、マックスがおれっちを背負うリオを抱え横へ飛んだ。



 その直後、ごごぉんという音を立て、一瞬前までおれっち達がいた場所に巨大な岩が突き刺さる。



「あーら。これをかわすとは中々やるわね。でも、ざーんねんでしたわねぇ。わてくしはあなた達を絶対に逃がさないわ。さぁ、返してもらえるかしら? それは、わてくしのモノよ」



 そこに、空中に浮かぶエンガンとヤツの力によって共に浮かんでいるその手下達がいた。


 白塗りの顔を怒りにゆがめ、エンガンはおれっち達を見おろしている。



 おれっちは心の中で舌打ちをする。



 おれっちとしたことが、こいつの接近に気づかないなんてうかつだった。

 起きたばかりでサーチが鈍かったなんて言い訳もできねえ。砦から無事逃げたと安心して油断していた。はっきりと認めるしかない。


 こいつは、大ピンチだ。空を飛べるこいつと、走るしかできないマックスじゃどう考えても逃げ切るのは不可能だ。



「さあ。返しなさい」



 相棒を見て、エンガンは手を伸ばした。


 どうやらエンガンの野郎はまだ、相棒がサムライだとは気づいてねえ。


 今なら一撃くらい叩きこめるだろう。だが、不死身のからくりが解けないまま一撃を加えても無意味だ。おれっちの力を持ってしてもその秘密がわからねぇなんて、こいつはサムライ、『闇人』に匹敵するかもしれねえ。



 相棒が万全の状態なら屁でもねえだろうが、妖術までかけられた今じゃ望みは薄い!



 なにか、なにか手はないか!?


 いくら剣技に秀でたマックスとはいえ、あの妖術師を殺すことはできねえ。リオにいたっては戦力不足だ。


 二人も現状を打破しようと必死に考えているようだが、この若い二人じゃ現状を打破できるとは思えねえ。



 相棒も崖から落ちたあげく妖術にかかって眠らされているし、これは絶体絶命のピンチってヤツじゃねーか!?


 ヤバイ。こいつはヤバイ。



 なにか、なにか手はないか!?



 ゆらりっ。



 おれっちが打開策を必死に考えていると、相棒がふらつきながらマックスの背から降りて前に出た。


『相棒!?』


 おれっちは驚きを隠せなかった。


 おれっちも持たず、相棒はエンガンに向って歩き出したからだ。



 足元はふらふら。意識もまだ朦朧としているように見える。



 とてもじゃないが戦えるような状態じゃねえ。おれっちも持たず、こんな満身創痍の状態で、外法に手に出した妖術使いを相手にするのは、いくら相棒でも……


 いや、おれっちはなにを考えているんだ。相棒からしてみれば、ここで前に出るのは当然の行動じゃねーか。



 相棒は崖が崩れる瞬間も自分の身を省みず仲間を守ろうとする男なんだぞ。相棒の性格を考えりゃ、二人のピンチを知って前に出ないわけがあるわけねーじゃねーか!


 ちくしょう。せめてふらついてさえいなければ……!



 前に進み出た相棒を見て、エンガンはにやりと口を歪めた。

 相棒がサムライだなんて想像もしていねえ顔だ。


 一瞬の油断。


 それがヤツの命取りになった。



「お、お前、まさか……!」



 エンガンが、前に進み出た相棒を見てなにかに気づいた。


 このときやっと、相棒がサムライだと気づいたようだ。

 とっさに体を動かし、相棒を始末しようと動こうとする。


 だが、それはすでに手遅れだった。



「はーっ!」



 気合一閃。


 エンガンの元へ歩く相棒が声を上げた。



 その瞬間、相棒の足元からなにかが爆発したように巨大な力が爆ぜた。



 力の奔流が、相棒の足元から竜巻のように螺旋を描いてふきすさんだように見えた。


 いや、この力の放出が見えたのは、おれっちだけだったのかもしれない。実際には竜巻のような螺旋はあがっていないし、暴れるような力の奔流は草の一つも揺らしていない。



 いわば、見えない一撃。



 それが、相棒から放たれたのだ。




「ぎゃっ、ぎゃああぁぁぁぁ!」



 次の瞬間、エンガンが苦しんでいた。

 両手で頭をおさえ、激しくもだえる。


 勝負は、一瞬で終わっていた。



「なぜここに、なぜここにいぃぃぃ!」



 エンガンは、ここにサムライがいたことが信じられないようだった。


 はっ。どうやらてめぇも、相棒の外面に騙されたタチだな。自分の姿をよくかんがみろってんだ。


 いや、でも少しは同情するぜ。なんせお前は間違いなく不死の体を持っていた。おれっちにはそれがよくわかる。肉体がどれだけ傷つこうと、間違いなく滅びない。そんな人外に足を踏み入れたバケモノだ。



 だが、相棒には、エンガンの不死のからくりなんて関係なかった。



 気合のパワーだけでエンガンの魂そのものを打ち砕いちまったんだからな。これじゃあ、ヤツの不死身も無意味さ。


 相手が悪かった。としか言いようがねぇ。



 妖術の影響も受けてフラフラだってのに、それでも気合だけで外道に堕ちた妖術使いを倒しちまうんだからな。


 相棒は間違いなく、おれっちの知るサムライの中で歴代最強にして最高のサムライだぜ。間違いなくな!



 ……ただ、相手を油断するためとはいえ、おれっちすら必要なかったってのはちと涙を誘うが。



 空中で苦しんだエンガンは、ついに動かなくなった。



 のたうち回ったエンガンは命を吸われた犠牲者と同じように、乾いた陶器のように干からび、力を失って落下した。



 かしゃん。



 とても乾いた音がして、粉々に砕けた体は、そのままさらさらと塵へと帰ってゆく……


 エンガンの力が失われたのと同時に、周囲に浮かんでいた山賊達も落下し、エンガンが倒されたショックでそのまま俺達の前から逃げ出していった。

 相棒が何者か気づいたのだろう。


「き、気合だけであの方を始末するなんて、勝てるか。逃げろー!」

「不死身の親分を雑魚あつかいだなんて、こいつ、サムライだ! 本物だあぁぁぁ!」


 サムライの圧倒的な強さを見たんだ。こいつらはもう、悪事を働く気力などは欠片もわかないだろう。



 人の身でありながら、不死身の妖術師を触れずに倒す存在を眼前で見たのだから。



 エンガンよりこいつらの方が危機意識が高いな。ああ、不死者だからこそ、死への恐ろしさが薄かったから、か……

 おれっちは、エンガンの敗因がなんだったのか気づいた。



 この時、相棒に助けられたリオとマックスもやっと事態が把握できたようだ。


 ただ唖然としていた表情が、生気を帯びて大きく目を見開く。

 この時二人が思ったことは、おれっちにもよくわかったぜ。



((サムライ、すげえぇぇぇぇ!))



 きっとこう思ったに違いねえ。


 あれほどの岩を容易く放り投げ、空さえ浮かぶ不死身の化け物を気合だけで消滅させたんだ。そう思っても不思議はないだろう。


 だがよ、一つだけ修正を加えておくぜ。



 あれはよ、サムライがすげぇんじゃねえ。相棒がすげえぇぇぇのさ。



 二人が事態を把握し、山賊達が逃げ出したあと、相棒の体がふらついた。


 リオとマックスが、だっと駆け出し、倒れそうになる相棒を二人で支える。


 相棒はそのまま、二人の無事を確認するかのように微笑み、再び眠りに落ちていった。



 妖術の方は術者であるエンガンが死んだんだからもう意味はねえだろう。単純に、崖から落ちた影響でまた眠りについただけだ。



 二人は相棒を抱きしめ、そんな体で助けてくれたことの感謝の言葉を浴びせていた。


 相棒。二人の仲を取り持とうとか、わざわざ考えなくてもよかったと思うぜ。そうやって身を挺して二人を守る相棒を見てりゃ、二人はすぐにわだかまりなんてぶっ飛ばしていたよ。


 なんせ二人は、相棒のことが大好きなんだからよ。このおれっちもふくめてな!



 相棒を悲しませたいなんて誰も思わねえさ!



 だから、もう少しだけ待っていろよ。おれっちもふくめて、相棒と肩を並べて歩けるようになれるよう、がんばるからよ!

 おれっちの考えがわかったのか、二人もおれっちを見て、大きくうなずいた。


 二人も、相棒と肩を並べて歩きたいと思ったからだろう。



 マックスが再び相棒をかつぎ、おれっち達は次の街を目指して歩き出した。


 早いとこ、相棒にはごっついマックスの背中より柔らかいベッドを味あわせてやろうぜ!




──ツカサ──




 まるでアゴが背中に当たったかのような大きな衝撃で、俺は目を覚ました。


 寝ぼけ眼であたりを見回すと、近くには地面になぜか大きな岩が突き刺さっていて、さらに俺はマックスの背中におぶされている。しかもマックスはリオをかばうようにして前に立ち、剣を抜いて前に向けていた。


 マックスにかばわれるリオの背中にはオーマがあって、そのオーマは俺の顔の近くでゆらゆらと揺れているのがなんとなくわかった。


 でも、一番驚いたのは、マックスの眼前にいた存在。



 なんと俺達の前には、ぷかぷかと浮かぶ人がいたのだ。



 月明かりを浴びながら、白粉(おしろい)を顔に塗りたくったおっさんが空に浮いているのだ。

 この瞬間、あぁ。これは夢なのかもしれない。という考えが脳裏を走った。


 しかも俺は、あの白粉おじさんを知っている。



 なぜだ。と首をひねる。



 ああそうだ。あの人、崖下に落ちて床に放置された俺を、どこかのベッドに寝かせてくれた人だ。

 なにやらとっても優しく、俺を見てにこにこと微笑んでいたような覚えがある。


 俺の記憶の中にいるそのおじさんは、不気味だけどとっても優しそうに見えた。



「さあ、返しなさい!」


 そんな人が、なにやら怒っている。とんでもない形相で、まるでなにか大切なものが盗まれたかのような表情だ。


 なにか、盗まれたのだろうか……




 ……?




 その時、俺は手の中に違和感があることに気づいた。


 俺は、なにかを握っている。



 ちらりと手を見ると、そこにはビー玉みたいなものがあった。



 月明かりしかない薄暗い中だから詳しい色はわからないが、どこか赤黒い色をしたくすんだビー玉だった。


 なんだ、これ?


 ねっむい頭をなんとかフル動員して、記憶の棚を探してみる。すると、ぼんやりとした記憶がよみがえってきた。


 これは……




 回想。

 オーマが砦で睡眠モードに入ったちょうどその時、ベッドに寝かされていたツカサはむくりと起き上がった。



「……みず」


 彼は寝ぼけ眼をこすりながら、フラフラと薄暗い部屋の中を歩いてゆく。


 明かりは窓からうっすらと差しこむ月明かりだけで、足元もおぼつかない。


 床に置かれたなにかを蹴飛ばし壁に手をついてふらふらうろうろと壁に寄りかかるようそこにそって歩いていった。


 壁を三箇所一定のテンポで押して歩くと、がこんという音を立て、偶然にも隠し扉が開いてしまった。



 寝ぼけた彼は、ふらふらとそこへと足を踏み入れてゆく。



 眠りの妖術にかかり、意識は朦朧としていて、足はふらふらだ。狭い通路の壁に何度もぶつかり、そこを超えるとツカサは一つの隠し部屋に出た。


 そこは一畳ほどの狭い部屋で、その中心には水をたたえる器があり、その器の中心には台があり、そこには一つの杯が置いてあった。



 寝ぼけ眼のツカサは、これで水が飲めるとそれを持ち上げる。



 杯の中には小さな赤黒いビー玉のようなものが入っており、水を飲むのに邪魔だと思ったツカサはそれを取り出し、杯を水で満たして飲み干した。


 ごくごくと喉を鳴らし、唇からあふれたしずくを手の甲でふき取る。


「んまかた」

 うへへと笑い、寝ぼけたままのツカサは杯をきちんとあった場所に戻し、またフラフラとした足取りで元いた場所へ帰っていった。


 うっかり、手にビー玉を握りこんだまま……




 ……思い出した。


 まるでビデオを見ているかのような第三者視点だったけど、俺はあのビー玉みたいのを杯の中に戻した記憶がない!



 つまり、あの親切なおじさんはこれを返せと言っているんだ!



 なんということだ。助けてもらったというのに、俺は盗みを働いてしまっていたなんて!


 ここは夢かもしれないのに、俺はすっごいショックを受けた。このままじゃ俺は、清廉潔白の清い体だと胸を張って言えなくなってしまう!


 というかなんで俺はベッドではなくマックスの背中に?


 なんでこんなところで追い詰められているのだろう? 状況がさっぱりわからない。まあ、夢ならシーンがいきなりとでいても不思議はないから、ある意味その証明なのかもしれないけど。


 でも、夢だからって盗んだままでいいわけがない。むしろ夢だからこそ、しっかりお返ししてごめんなさいしないと!



 俺は眠い頭でそう結論をくだし、マックスの背中を降りてそのビー玉を返しにむかった。



 俺の後ろではみんなの悲鳴のような声が聞こえてきたけど、もう返すったら返すと心に決めて視野が狭くなった俺にはなにを言っているのかさっぱりわからな……いのも当たり前だ。


 今俺、オーマもってねえ。マックスの背中から降りてリオの背負うオーマから離れれば言ってる言葉が理解できないのも当然だった。夢の癖にここはしっかり守るのかよ。


 というか、言葉がわからないということは、「返す」と言っても通じないということだ。



 しかし、素直にこのビー玉を渡せばきっとわかってくれるはずだ。



 少なくともいきなりぶん殴られるということはないだろう。


 ほら、俺が向ったらおじさんもなんかイイ笑顔になったじゃないか。やっぱりこの人、やさしいおっさんなんだよ!

 俺はビー玉を見せようと、歩きながらその手をおじさんの方へと伸ばそうとした。


 でも、それがいけなかった……



 つるっ。



 手を持ち上げようとした瞬間、ビー玉が手からつるりという音を立てたかと思うほど見事に滑り落ちていってしまったのだ。

 眠くてフラフラだとか、崖から落ちて体のいたるところがうまく動かないとかいろんな言い訳はできるけど、落とした事実は変わらない。



 おじさんも一瞬表情が固まってしまったよ。



 俺も、あっと思ったが、それはすでに遅かった。


 おじさんに渡すため歩いていた俺の足。その持ち上げた足の真下に、落ちたそれがするっと入りこみ……



 ぐしゃりっ!



 足の裏に、なにかが見事に潰れた感触が伝わってきた。



 演出的には三回くらい違う角度から同じシーンを繰り返したような気分だ。


 ぐしゃっ。ぐしゃり。ぐしゃぁ! と、それくらい衝撃的な感触だった。



 思わず「はーっ!」と意味不明な声を上げちゃうくらいに。



 な、なんてことをしてしまったんだ俺! 恩を仇で返すとはまさにこのことだ!



「ぎゃあぁぁぁぁ! なぜここに、なぜここにいぃぃぃ!」




 ──それが潰れたのと同時に、エンガンは悲鳴を上げた。


(なぜそれがここにある! 我が不死の核は、明確な意思を持たぬこの世ならざる者しか触れられぬよう封印を施しておいたというのにいぃぃぃ!)


 まさか寝ぼけて頭の働かない異世界人がそこにいたなんて想像もしていなかったエンガンであった。



 不死の源であるエンガンの魂が打ち砕かれた今、彼はもうこの世に存在することはできなくなたっのである……!




 謝ろうと顔を上げると、白塗りの優しいおじさんは頭を抱え悲鳴をあげて苦しんでいた。



 そ、そんなにショックだったのか……!



 そのままおじさんはもだえ苦しみ、まるで石化したかのように固まって地面に落ちて砕けて消えてしまった。


 文字通り消えるほど大切なものになんてことをしてしまったんだ。と後悔しながらも、俺はこの状況は夢に違いないと確信した。


 しかも、おじさんが消えた直後にぼたぼたとよくわからないおっさん達。ちょっと前にみた山賊と同じ格好をしているから、あの時の人たちなんだろう。彼等が突然降ってきて、悲鳴を上げて逃げ出していった。


 眠くて頭が働いていない今の俺だけど、いくら魔法のある世界とはいえ、顔以外は普通で優しいおじさんがあんな目にあって変わりにおじさんが降ってくるなんて夢以外にありえない。


 崖から落ちた俺は、まっことへんちくりんな夢を見ているってもんだぜ。



 くらり。



 あっもう無理。


 眠さがマックスにぶり返してきて、俺はふらりとバランスを崩した。



 リオとマックスが俺のことをひっしと支えてくれた。



 ありがてぇ。持つべきものは仲間ってヤツだな。夢の中だけど、こうして助けてくれると思うとホントありがてぇ。


 俺は安心し、そのまま再び意識を手放した。




 次に目を覚ましたのは目的地としていた宿場のベッドの上だった。


 崖から落ちたというのに怪我らしい怪我もなく、あれから一晩ぐっすりと寝ていたようだけど、起きてみればすっかり元気になっていた。


 俺が目を覚ましたらなにやらリオとマックスが仲良くなっていたけど、俺を助ける時、なにかあったのかもしれない。



 崖から落ちたあとの記憶はあいまいでなにがあったのかはよく覚えていないけど、こうして無事なのだからよしとしよう。



 目を覚ました時、俺を心配そうに覗きこんでいた二人には、ちゃんと「ありがとう」と言ったんだけど、むしろ礼を言うのは自分達の方だと言われてしまった。


 意味わからんぜ。



 まあ、二人がなんか仲良くなったからよしとしようか!




─────




 この日逃げ出したエンガンの手下達は、逃げた先でがたがたと震えながらこう語った。


「あの不死身のエンガンを、ヤツは気合だけで倒しやがった……俺達はあの人が一番恐ろしいと思っていたが、それ以上に恐ろしい化け物を超えた人間がいたんだ……」


「不死身の親分を雑魚あついできるなんて、サムライしかいねぇ。俺達は、手を出しちゃいけないヤツに手を出しちまったんだ……!」


 彼等はガタガタと震えながら、そう語った。



 不死身のエンガン、サムライによって討伐される。



 その噂が国中に流れるのに、そう長い時間はかからなかった。


 こうしてサムライへの畏怖は、また大きく膨らんでゆく……




 おしまい

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