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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
88/88

最終話 さよならイノグランド


────




 なんの前触れもなく、突如として天に開いた大孔。

 天に輝く太陽の光さえ覆い、帝国全土。いや、周辺諸国もふくめ、それを見上げた者達すべてが滅亡の予感を感じて一日。


 再び救われた世界は、いつもどおりの平穏を取り戻していた。


 帝国首都。帝都カイゼマディーナ。

 ただ、ここだけは、いつもどおりの平穏。というわけにはいかなかった。


 再び滅亡の危機から脱した活気というのもあるが、それだけでなく、皇帝が正式に戦争の中止を発令したからだ。


 これにより、帝国は全土で祭りのような状態になっていた。

 皇帝の命令とはいえ、やはり帝国の民も心の底では戦争などしたくはなかったのだ。


 世界が救われたことを理由にし、戦争の回避も一緒に祝っているという状況なのである。


 もちろん戦争を望んでいた者達は不満を持ったが、空に現われた怪物を倒し、帝国はおろか世界を救ったのはかのサムライであると知れば、この中止に文句は言えなかった。

 言って実際に戦争を起こし。正確にはサムライに喧嘩を売って、得るどころか失うものしかないと悟ったからである。


 戦争の準備で召集されていた男達は無事村に帰り、元の生活へと戻り、貿易も再開されるだろう。

 こうして、王国と帝国の間に発生した緊張状態は解消される。


 ただの一滴の血も流すことなく、王国よりの和平特使の説得によって。



 そんなお祭り騒ぎと言って過言でない帝都の中で、二人の男女だけは深く深く沈んでいた。


 その二人は皇帝の宮殿より突き出したバルコニーに手を置き、にぎわう街をぼーっと眺めている。

 目には生気もなく、救われた街を満喫する街の者達とはまったく逆の反応だった。



「世界、また、救ったんだな」


 陽気に酒をくらい、歌を歌う帝国の民を見て、バルコニーに寄りかかっていた一人の少女。リオがつぶやいた。


「ああ。今回は、拙者達もきちんとツカサ殿のお力になれた」


 それに答えたのは、彼女と共にこの帝都へ旅してきた王国特使のマックス。



「やっと、ツカサの隣に立って、一緒に戦えた」


「うむ」



 リオはかつて世界を救った最強のインテリジェンスソード。聖剣ソウラキャリバーに選ばれた聖剣の勇者である。

 今までは魔法の通じぬ相手には無力であったが、リオとの旅を通じ、世界を満たす命の源。マナ(シリョク)を力に変えられるまでリオの潜在能力を引き出すにいたった勇者は、魔法を無効化する一つ上の領域に足を踏み入れ、今回魔法を超越した怪物の体を切り裂き、その闇を破壊してみせた。


 聖剣ソウラキャリバーとその選ばれし者は、魔法の効かぬ闇の軍勢と互角に戦う、サムライと同じ次元にのぼりつめたのである。



「拙者も、ついにツカサ殿のお力になれ、天にも昇る気持ちであった」



 それは、サムライとなったマックスも同じであった。

 砦にいたもの達の力をおのれの特性。『融和』を持って借り、並のサムライ以上の力を発揮し、自称見習いであるにもかかわらず、かつての先人達以上の強さを発揮してみせた。


 二人は力をあわせ、ずっとその背中を追いかけてきた一人のサムライをサポートし、命の炎を使わせず世界を救うという偉業の手助けが出来たと自負を得た。


 ついにその背中に追いつき、隣に並び戦えたと思った。

 世界を救う力になれたと思った!


 やっと、彼の隣に立って不足はないと自信がもてた。



 だというのに、二人の気持ちは重く深く沈んでいる。

 せっかく今回の目的であった戦争の回避もなり、ついでにまた世界も救われたというのに、街の者達と同じく祝う気も騒ぐ気もない。


 理由はわかっている。

 世界が救われ、皇帝から孔が開いた理由を聞き、そのあと一人のサムライが言った言葉が原因だ。


 それが、世界を救った大仕事以上に、この二人をこの絶望の底へと落としていた。



「あれ、本当なのかな……?」


「ツカサ殿が拙者達にあのような嘘を言う理由があるまい。いくら皇帝の心を慰めるためだとしてもな」



「……」



『俺がここにいる。それが理由で、そう遠くない未来、この世界は崩壊します。だから俺がここにいる限り、その星読みは、間違っていないんです』


 衝撃の告白を、リオは思い出す。



 わっ!


 大通りで大道芸人の芸が大成功し、それを見ていた者達が沸いた。

 帝都は平和だ。


 この先にもう一つ、世界の崩壊が待ち受けているなんて誰も知らない。

 この事実を知るのは、そのサムライ。ツカサの仲間である二人と、星読みにて世界が滅ぶと予言した皇帝。そして職に返り咲いた魔法大臣マーリン。ついでに言った当人をふくめた五人だけである。


 ゆえに皇帝の住まう宮殿にて行われている宴に皇帝と魔法大臣は出席している。

 それを楽しんでいるかは別だが、知らぬ者達はこの先もう一つの危機が迫っているなんて夢にも思っていないだろう。


 このことは、公表はされない。

 なぜなら、再び訪れるその危機も、そのサムライの手によって救われることが確約されているからだ。


 ゆえに、むやみに人々の恐怖をあおる必要はないとこの危機は公表されず、聞いた者達の中にしまわれることになっている。



 この先に待つ世界崩壊の危機。

 それは、サムライの手によって避けられる。


 なぜなら……




 ──その崩壊の原因たるサムライは、みずからを消滅させるからだ。




 こうしてまた、人知れず世界は救われる。

 一人の少年が、その身を犠牲にすることで……




──ツカサ──




 さて。なぜ俺がいたら世界が滅びるのか。

 そしてなぜ、俺がいなくなると世界が救われるのか。


 その納得のいく説明をしなくちゃならないな。


 といっても、今までの冒険とザラームな俺との戦いの話を忘れていなければ簡単に納得してもらえる話だ。


 まず、何度もお世話になった誰にも覆せない、絶対のルールのことを思い出してもらいたい。

 あえてまた説明するけど、異世界の同一人物が出会うと、その二人は世界から消滅させられてしまうというアレだ。


 その世界に存在した人はその世界から消え、他の世界のヤツは元の世界に戻される。

 これは世界を作った女神様はおろか、世界を破壊しえた他の世界の俺でさえ逆らえない絶対のルール。


 これが起きるのは、二人の同一人物が存在すると世界に矛盾が生まれ、世界が崩壊する原因になるからだ。

 それを避けるため、世界はその二人を消し飛ばし、安定を図る。


 ここまで説明すれば、なんとなく察しがつくと思う。



 星読みの予言にあった崩壊の未来。

 俺とザラームの出会いによって生まれたそれ。


 皇帝は、その邂逅を最初に見た星読みの未来と勘違いした。


 なぜ皇帝がその二つを同じと思ったか。


 それは、消滅の原因と理由が同じだったからだ。


 でもそれによって世界が終わるのは、ザラームが世界を破壊して終わらせるからじゃない。

 もう一つの未来はもう一人の俺が意図的に世界を破壊する未来ではないのは確実だから。


 なぜなら、この先に起きる世界崩壊の原因は、俺という人物が二人居るから起きる矛盾により、この世界が耐え切られなくなり終わるというものだからだ。


 それと同じことが、遠くない未来起きる。

 つまり、遠くない未来。この世界にもう一人の俺が現われる。


 いや、もっと正確に言うと、この世界にもう一人の俺が『生まれる』んだ。


 そう。本来この世界にいるべきダークシップ襲来で死んでしまったこの世界の俺。

 それがこの世界に再び生まれてくるんだ。



 だから、このまま俺がいれば、俺とその子の存在の矛盾により、世界が終わる。というわけだ。



 世界が健全な状態なら、たとえ同じ人物が二人いても遠く離れていればあまり大きな問題にはならないらしい。

 でも、今このイノグランドは女神様がてんやわんやになるくらいのダメージを受けている。女神不在も重なりダメージがダメージを呼び、世界に孔が開きそうになっているくらいだ。


 そんな中でさらに世界にダメージを与える矛盾の塊が生まれればどうなるか。


 それは、皇帝が見た未来ということで答えが出ている。

 世界の未来は女神様だって把握出来る。


 このままなら、世界の崩壊は避けられない。



 今まで散々お世話になってきたこの絶対のルール。このおかげで、世界がヤバイ。というわけだ。



 実に簡単な理屈である。


 簡単すぎて解決出来ないわけだけど。



 ちなみに、なぜこんな事態になったのか。その理由も判明している。


 本来、俺がこの世界を観光している間はその矛盾が発生しないよう女神様が調整して新しく俺が生まれるのにストップをかけていた。

 世界の方も俺がこの世界にいる間は俺がいるわけだから、新たに俺を生むような真似はしない(生む予定が組まれたりはする。それが星読みに現われたりもする)


 でも、邪壊王によって女神様が封印され、俺もこの世界からいなくなった。


 例え女神様がいなくなろうと、世界はその決められた定めをきっちりかっちり守り、円滑に運営され続ける。

 きちっとしたルールが定められているから、一時的に管理者がいなくても立派に動き続けたというわけだ。


 その運行の中、ストップをかける人もなく、世界にその当人(ザラームの欠片はしょせん欠片)がいないとなれば、その存在が再び生み出されるのも道理。


 結果、俺と女神様がいない間に、この世界の俺は再び産み落とされる運びとなった。



 そう。今、この世界のどこかに、十月十日の流れを待つ、もう一人の俺が育っているのだ。



 その中で女神様は復活し、俺もまたこの世界に呼ばれることになった。

 復活して俺を呼ぶとなって女神様は気づいた。もうこの世界にイノグランドの俺が生まれようとしているのに。


 だからその時、知らされた。


 実のところ、世界を救う手段はもう一つある。

 その生まれてくるイノグランド俺を地上からオサラバさせれば、世界に矛盾は生まれず、世界は崩壊しない。


 そのままのんびりイノグランド観光を続けられる。


 女神様も、俺が望むならそれくらいの『事故』をやる気もあったみたいだ。

 声には出さなかったけど、雰囲気は察せられた。


 でも。でもさ。


 この世界で新しく生まれてくる子を。本来祝福されるべき子を排除して、世界観光を楽しむなんて出来ないだろ?


 世界のさだめに従って正しい手順でこの世界に生まれてくるだけなのに、その子が生まれちゃいけないと否定することなんて俺には出来ない。その子が悪いだなんて俺には言えない。


 むしろこの場合、俺がイノグランドに来たいと言ってやってくる異物になるのだから。



 だから、ちょっとわがままを言わせてもらって、俺はその子が生まれる頃にはイノグランドから去ろうと決めていた。


 女神様も、快く受け入れてくれたよ。



 これが、俺がいるから世界が滅びる原因で、俺がいなくなれば救われる理由でもある。


 さすがにもう一人の俺が生まれるから世界を去るとは言えない。


 下手に知らせると絶対めんどくさいことになるし、その子の存在が悪いような流れになっても困るから。



 一応女神様から俺が去るってことはリオ達に伝えてあったはずだけど、やっぱ俺の口から直接伝えられるのはショックだったみたいだ。

 二人共あれからどこか上の空って感じで帝都にきてはじまった特使歓迎の宴(戦争回避&世界が救われた祝いも兼ねる)に顔も出さず、どこかに行ってしまった。


 俺は二人を探すという口実に、会場から抜け出し今に至るというわけだ。



 さて。二人はどこにいるんじゃろ。

 オーマに案内してもらおっと。




──リオ──




『「このまま俺がこの世界にいれば、その未来は現実のものとなるだろう。だから俺は、そうなる前にこの世界から消えようと思う」』



 わたしは、昨日ツカサが言った言葉を改めて思い出す。


 皇帝が星読みで見たって未来。

 王国に攻めこんで、滅ぼそうとしたその原因。


 戦争の原因になった未来。



 その原因は、すべてツカサにあり、そのツカサがこの世界から消えれば解決する問題だった……


 ツカサがこの世界にいるから、その存在に世界は耐え切れなくなり、この世界は崩壊するんだって。

 だから、ツカサは世界を救うため、この世界から消える。


 そうすれば、崩壊の原因がなくなって世界は救われるから……



 確かにそれが、一番の解決法だろう。


 強すぎる力は、災いしか招かない。

 現に、世界が崩壊するにまで至っている。


 でも。


 でもさ!



「どうしてそれで、ツカサが消えなきゃならないんだよ!」


 わたしは感情のままに、バルコニーを叩いた。


 昨日言われて今までずっと反芻してきたけど、理解は出来ても、納得なんて全然出来なかった。



『「それは、ツカサ殿のお力が強すぎるからですか?」』


 なぜ。という質問はすでに、マックスがした。

 ツカサの告白を聞き、おいらは呆然としていたけど、まだ冷静だったマックスがツカサに聞いてたんだ。


『「違う。俺の強さとはなんの関係もない。俺がここにいる。その事実があるのがいけないんだ。俺の存在がここにあるというだけで、世界は終わってしまうんだよ……」』


 ツカサは申し訳なさそうに首を横に振った。

 ツカサが強大な力を失えば大丈夫かもしれない。


 その、希望を完全に打ち砕く一言だった……



「どうしてツカサのせいで世界が滅びなきゃならないんだ! こんな理不尽、あっていいと思ってんのか!?」


 こんなの理不尽極まりないじゃないか。


 いるだけで世界が滅びる? ツカサのせいで世界が終わる? なんだよそれ。なんだよそのふざけた話は!

 ツカサが何度世界を救ったと思ってんだよ。それに対して、今まで世界はなにをしてくれたっていうんだ。


 故郷を破壊され、記憶を失って、それでも世界を救わなきゃと決意して、十年それだけに費やして。

 そこまでしてダークカイザーを倒して、命を拾って生きて戻ったのに、今度は全然関係ない神様の騒動で命を失うことになった。


 それから女神様の復活と共に戻ってきて。これからだってのに。


 これまでもこんな理不尽にあっているってのに、ツカサは人を、世界を憎むことなく、何度も何度も世界を救ってきたじゃないか。

 大きさの大小も関係なく、個人の命もふくめれば、それこそ数え切れないほどの世界を救ってきたはずだ!



 その代償が、その結果が、これだなんて……っ!


 なんで世界はツカサにだけ、こんなに厳しいんだよ!



「なんでだ。なんでだよ!」


 バルコニーを何度も叩く。


 叩いても。不満を口にしてもどうしようもないことはわかりきっていた。


 だってツカサがいる限り、世界が滅んでしまうから……


 力の有無とかじゃない。ただ、いるだけで終わるっていうんだ。


 力を持って破壊するとか、世界を喰らいつくすとか、そういう自発的なものじゃない。


 ただ、ここにいるだけ。

 それが、いけないことだなんて……っ!



 こんなの。


 こんなの、どうしろっていうんだ!



『リオ……』


「ねえ。ソウラ。女神ルヴィアにお願いすれば、なんとかしてくれないかな?」


『……無理でしょう。ツカサ君を排除するというのなら可能でしょうが、この世界とツカサ君。両方を救うというのは、いくら女神ルヴィアといえども不可能です。可能ならば、ツカサ君はあんなことを言わないでしょうし、皇帝の星読みも滅亡の運命は見ません』


「世界を作った女神様でもダメなのかよ……」


『彼の存在は、創世の理さえ超えているということです……』


 いや、わかってた。

 それが出来るのなら、ツカサだってあんなこと言わない。


 これしか世界を救う方法がないから、ツカサはそうする。

 他に方法があるのなら、ツカサは必ずそれを実行するはずだからだ……!



 時に強くなりすぎた英雄や勇者は心の弱い人々に拒絶され、その国を去るという悲しい物語を聞くけど、これはそんなレベルの話じゃない。

 国ならそこから去って違う場所へ行けばいい。

 その英雄を誰も知らない新しい土地で、静かに暮らせばいい。


 でも、世界そのものから拒絶された英雄は、どこへ行けばいいんだよ……!



「……落ち着くのだ。リオ」


「これが落ち着いていられるか! ツカサが。ツカサが消えちまうんだぞ。もう二度とこの世界に戻ってこないんだ。女神がとか天国とか地獄とかじゃなく、この世界から完全に消えるなんて、そんなの許せるか!」


 ツカサは死ぬんじゃなく消えるんだぞ。

 いなくなって、二度と会えなくなっちゃうんだぞ!


 世界の、ために。

 みんなの、ために!


 これが、落ち着いていられるかよ!!



「許せない気持ちはわかる。理不尽なのもわかる。だが、ツカサ殿がそういう選択をする方だというのは、知っているだろう?」


「知ってるよ。知ってるに決まってるじゃないか。だから、悲しいんじゃないかよ。だから、悔しいんじゃないか!」



 世界と自分なら、ツカサはためらうことなく自分を捨てる人だ。

 もう二度も見てきたことだ。


 二度、後悔してきたことだ。



 ツカサは、自分の幸せなんて願ってない。いや、他の人が幸せになることが自分の幸せと考えるふしさえある。


 だからこそ、ツカサに追いつきたかった。だからこそ、ツカサと肩を並べたかった。



 ツカサを、支えたかった。

 一緒に、肩を並べて、同じ視線で歩ける。


 それがあの日出来たと思ったのに。


 これで、ツカサに普通の幸せを感じてもらえると思ったのに!



「でも、ツカサは自分じゃなくて世界を選んだ。世界を守ることを選んだ。わたし達は結局、ツカサの助けにもならず、ツカサも助けられないんだぞ!」


「……」



 ああ、まただ……


 また、わたしの手をすり抜けて、消えていく。

 あの人は、世界すべてを救って、自分だけを犠牲にして!


 どうしてこの人だけが犠牲にならなきゃいけないんだ。


 何度も何度も世界を救ってきたのに、なんで最後は世界がツカサを否定しなきゃならないんだよ!



「どうしていつも、肝心なところでわたしはツカサの力になれないんだよ……!」



 涙が、あふれた。


 悔しくて、悲しくて。



「……」


「なんで、ツカサがいちゃいけないんだよ。一番世界にいていい人なんじゃないかよ……っ! ツカサが守った世界なのに。なんで世界はツカサを幸せにしてくれないんだ!」



 ツカサに犠牲を強いて、それでまた世界を生きながらえらせて、一体なんになるっていうんだよ!!



「……でも、ツカサの決断もとめられない。だって……」



 わたしは、膝をつく。



「だって。それを否定するには、ツカサが今まで生きてきたすべてを否定しなきゃいけないんだから……」


 世界のために自分を捨ててダークカイザーを倒しに行ったことも。

 命の炎を燃やして邪壊王を倒したことも。


 世界の命運を、すべてツカサに押し付けた。

 ツカサの優しさに、いつもすがってきた。


 それをずっと後悔してきた。


 だから今度こそは、ツカサにすべてを押し付けるんじゃなく、ツカサを支えたくてその背中を追ってきた。

 ツカサの生き方を否定するんじゃなく、ツカサと一緒に生きたかった! ツカサを支えたかった!


 一瞬は出来たと思った……



 でも、結局。それは出来てなかった……



 わたしにはなにも出来ない。

 身代わりになることさえ出来ない。


 なにもしてあげられない。



 だって。この世界は結局。ツカサじゃなきゃ救えないんだから……


 ツカサの犠牲があってはじめて、世界は救われるんだから……



「悔しい。おいら、くやしいよ!」


「……拙者達は、弱いな。本当に、あの方の助けとなれない。ただその背を見送るしか出来ない。本当に、弱いな……」


 何度二人でこの言葉を吐いただろう。

 何度次こそはと誓っただろう。


 毎回毎回思い知らされる。



 ずっとずっと追いかけて。ついに追いついたかと思ったけど、そこに、ツカサの背中はなかった。



 もう、次はない。


 その場所に、ツカサはいない……

 それを、今、わたし達ははっきりと思い知らされる。



 マックスは泣かない。

 わたしみたいに理不尽だと声は上げない。


 マックスは戦士だから、この理不尽の別れをたくさん経験している。

 かつての戦いで多くの仲間を失ったから、その向き合い方を知っている。


 でも、ぎゅっと握ったそのこぶしが、そのつらさを現していた。


 こいつは大人で、戦士だから。人が見ている前では泣けないんだ……

 ぐっと。ただツカサの決断に耐えるしか出来ないんだ。



「リオ、マックス。二人共ここにいたか」


 ツカサが来た。


 今宮殿では宴が行われているはずだけど、そこにツカサが出席しているわけはなかったか。


 床に膝をつき涙を流すわたしを見て、ツカサは申し訳なさそうに眉を下げる。



「悪い。まさかそんなにショックを受けるなんて。女神様に聞いてて、もう納得してるもんだと思ってたんだ……」


「……」


 確かにあの時。

 ツカサをこの世界に呼び戻すお願いをした時、女神サマは言っていた。


『彼をこの世界に呼び戻すことで、より残酷な別れの結末が待っているかもしれませんよ。それでも、いいのですか?』


 ちゃんと、忠告してくれていた。



「確かに、聞いたよ。でも、おいら達ならなんとか出来ると思ってた」

「はい。拙者達ならば。どのような理不尽な結末も覆せると思っておりました。しかし……」


 ツカサと一緒なら、どんなに強い敵も倒せると思ってた。

 ツカサと一緒なら、どんな不可能も可能に出来ると思ってた。


 世界に孔が開こうとした時も。大勢の人が病で苦しんでいた時も。もう一度世界が滅ぼうとした時も。


 今度はわたし達も一緒になって、すべてを覆せると思ってた。


 そんなのなんとか出来ると思ってた!


 でも。でもまさか、そのツカサそのものが世界の敵で、いるだけで世界を滅ぼすことになるなんて予想も想像も出来るわけないじゃないか!


 そりゃツカサは世界を滅ぼす存在を返り討ちにしたよ。

 その気になれば世界を滅ぼせる力があるのかもしれないよ。


 けど私達はツカサはそんなことをしないって知っている。


 世界最強の、世界の守護者だってわかってる!


 知っているからこそ、そんなの思いつくわけないじゃないか!

 世界を救う人が、実は世界を滅ぼす者だなんて!!



 あの時は、こんなにも残酷な結末が待っているなんて思ってもいなかったんだ。

 どんな運命でも、わたし達でなら覆せると思っていたんだ。


「ツカサと一緒なら、どんな不可能なことでもなしとげられると思ってたんだ!」


 でも、そんなことはなかった……



「……そうか。期待させて、悪かったな。でも、俺をそんなに買いかぶらないでくれ。俺は、そんな凄いヤツじゃない」



 違う。

 ツカサはやっぱり凄い人だ。


 いるだけで世界を終わらせるなんて理不尽な運命を背負わされて、それを恨むでなく逆に世界を救おうだなんて誰が思えるんだよ。

 その運命を受け入れて、何度も何度も世界を救い続ける人を凄いと言わずしてなんと言うんだよ!


 そんなツカサが凄くなかったら、誰が凄いって言うんだよ!



「やっぱり、無理してこっちに来ない方がよかったかもな。リオにこんな悲しい顔させるなら、戻ってこない方がよかったかもしれない。でも、俺ももう一度、みんなに会いたかったんだ」


「ツカサ、どのっ……!」

「ヅカサ……っ!」


 その言葉に、とうとうマックスも耐え切れなくなった。



 ……あぁ。


 言わないで。

 そんなこと、言わないで。


 戻ってきたことが過ちだなんて、そんなこと言わないで。

 もう一度わたし達に会いたかったなんて、言わないで!


 どうしてこれから消えてしまう人が、わたし達の心配まで出来るの?


 ツカサにそんな思いをさせたのは、むしろわたし達のせいだというのに。


 もう一度会いたいと願ったのはわたし達。

 行かないでと思っているのもわたし達なんだから!


 戻ってこなければよかったなんて言われたら、余計に悲しくなる。


 もう一度会いたかったなんて言われたら、嬉しくなる……!



「そんなことは、ありません! ツカサ殿が戻ってきてくれて、拙者はとても嬉しかった! 再び会えて、この時間は最高でございました! でも、拙者はまだ、あなたから学びたいことがたくさんあります! ですから、どうかっ!」


「……」


 ついに涙腺を決壊させたマックスを見て、ツカサは首を振った。



「マックス。ありがとう。でも、もうどうにもならないんだ。俺が居るだけで、この世界は滅びる。これは、女神様でさえ覆せない。誰にも覆せない、決定事項なんだ」


「っ!」

「うぅ……」


 改めて口にされると、その事実に押しつぶされそうだ。



 絶対に避けられない。

 それを、思い知らされる。



「それに、俺がマックスに教えることなんて(最初から)ないさ。君はもう立派なサムライになった。世界の守護をたくせる、立派なサムライに。これから先のことは、任せたよ」


 ツカサはどこか悲しそうに。でも、安心したように微笑んだ。


 ……この微笑み、知ってる。


 あの戦い(ザラーム本体)の前、わたし達を見てツカサがどこかほっとして心の引っ掛かりがなくなったように見えた時の笑みだ。

 この安堵は、わたし達が追いついたことだけじゃなく。自分がいなくなっても世界は大丈夫だって確信できたからなんだ……



「ヅカザどのぉ! 拙者は、拙者はぁ……!」


 滂沱の涙を流しながらマックスが膝を突いた。

 嬉しいのと、悲しいの。それがいっぺんに襲ってきたんだろう。


 気持ちはわかる。


 その信頼は、嬉しい。



 でも、そんな言葉欲しくない!



「リオも。強くなった。俺なんかいなくても立派にやっていける」



 ツカサに認めてもらえた。

 これはとても嬉しいことだ。


 マックスと一緒に、ツカサと一緒に戦えたから、ツカサは安心してわたし達に、この世界の未来を託せると思ったんだろう。


 だから、ツカサはこの世界に未練はないんだ……


 ツカサは、わたしが、ツカサの意思を継いで世界を守るって思ってる。


 でもねツカサ……



「だから、リオ……」



「違う。違うよ!」


 わたしは、世界を守りたいから強くなったわけじゃない。

 そんな高尚な信条でツカサと一緒にいたわけじゃないんだ!


 強くなったのは、ツカサの隣にいたかったからなんだ。


 隣に並んでずっと一緒にいて、同じ視線で同じ幸せを感じて欲しかったからなんだ……!



 わたしの動機は、そんなちっぽけなものなんだ。

 世界のためとか民のためとかそんな大きなものじゃない。


 ただ。


 ただ、ツカサと一緒に居たかった。


 ただ、横に並んで歩きたかった。

 一緒に笑っていたかった。



 それだけなんだよ!



「わたしは世界なんてどうでもいい! この世界にツカサがいないのなら、そんなのどうなったってかまわないんだよ!」


 感情のままに口を開く。

 わたしはツカサがいてくれたから、ここまで来れたんだよ。

 ツカサがいなくちゃ、わたし、どこにもいけないよ?


 こんなことを言えば、ツカサを困らせるだけだってわかってる。


 でも。



 でも言わずにはいられなかったんだ!



「わたしはそんな高尚な思いでツカサを取り戻したんじゃない! わたしはただ、ツカサとずっと一緒にいたかった。一緒に歩いて、一緒に笑って、一緒に泣くだけでよかったんだ。だって。だってわたし、ツカサのことが好きだから!! ただ、それだけなんだよ!」



 だからっ。




 消えたりしないで!!




 しん……っ!



「……」

 なんか、音がとまった気がした。

 風の音も、なにもかもが、わたしの言葉と一緒にとまった気がした。



「え? へ?」


 ツカサが珍しく、動揺してた。

 あまり表情を変えないツカサが、口を大きく開け、目をぱちぱちさせている。



「……」



 ……あれ?


 気づく。


 ちょ、ちょっと待て。わたしはいったい今、なに言った。

 ツカサに、なんて言った?


 なんかとんでもないこと口走らなかったー!?



『わたし、ツカサのことが好きだから!』



 思い出して、顔が赤くなって青くなってまた赤くなった。


 こ、このタイミングでなんてこと言っちゃったんだー!




──ツカサ──




「わたしはそんな高尚な思いでツカサを取り戻したんじゃない! わたしはただ、ツカサとずっと一緒にいたかった。一緒に歩いて、一緒に笑って、一緒に泣くだけでよかったんだ。だって。だってわたし、ツカサのことが好きだから!!」



「え? へ?」


 思わずそんな言葉が出た。

 いや、言葉ですらない。声がただ漏れただけだ。


 いや、だってそうだろう。まさかこんなことを言われるとは思ってもいなかったからだ。



 さすがに聞き間違いや空耳なんてしていない。


 これは間違いなくアレだ。

 アレ。


 告白ってヤツだ!


 ライクの方じゃない。前半から通して全部聞いたらそれ以上の意味がこもってるのがよくわかる。


 これ、ガチなヤツだ!



 こっ、告白なんてはじめてされた。

 面とむかって好きなんて、はじめて言われたよ!



 でも。

 でもだ。


 ちょっ、ちょっと待て。

 ちょっと待って欲しい。



 き、気持ちは嬉しい。


 けど……



 俺の気持ち以前に、俺達には未来がない。



 世界の崩壊を避けるため、俺はもう帰ることが決まっているからだ。


 この壊れかけのイノグランドは創世神である女神様が必死に修復している。

 聞いたところによると百年もあれば完全修復してまた俺が二人になっても簡単には壊れなくなるとのことだ。


 つまり、俺がまたこの次イノグランドに召喚可能になるのは百年後ということになる。


 世界の歴史や神様の感覚において百年てのは一瞬にも等しい時間かもしれないけど、一人の人間にすれば一生の時間だ。


 それだけ時間が経てば、今を生きる人はほとんどいない。

 この別れは、今生の別れとなるのは間違いない。


 女神様がいなくなった時、二度と会えないかもと覚悟して別れたから、二度目の別れも十分覚悟は出来ていた。

 さよならがあることを前提にしてこっちに来たというのもある。


 だから俺は、あんまり深く物事に関わろうとしなかったし、そういうことも考えないようにしてきた。



 でも、まさか、こんな可愛いリオが、俺のことを好いていてくれたなんて……っ!



 言ったとおり、今までそんなこと意識もしたことなかった。

 考えたこともなかったからこそ、戸惑う。


 俺は、いったいリオをどう思っている?



 いや、その前に、そんなことを今言われてもどうしようもないよ!



 リオの言葉に答えても答えなくても、俺とリオは一緒になれないんだから!



 なんてタイミングで教えてくれるんですこのやろう。

 告白なんてはじめてされたから嬉しいですぞ。でもどうしろってんですかー!


 今そんなこと言われても、本気で困るー!



 心の中で頭を抱える。




『ならば、我が力を受け継げ』




「っ!?」


 声が、聞こえた。

 この声。知ってる。


 お前、まだ生きてるのかよ。



「ダークカイザー!」


『いかにも』


 気づくとそこは、バルコニーの上じゃなかった。

 どこか見たことのない、真っ暗な空間。


 でも、どこかで見た感じもする。


 そう。たまに女神様と話をする時意識だけ移動する、精神世界みたいなところだ。



 どうやら俺は、そこにひっぱりこまれたらしい。


 そこには闇の中に浮かぶ俺の姿しか見えない。

 肝心の、もう一人の俺の姿は……



『さすがの我も、限界の時がやってきた。じき、我が生み出した無に飲まれ消えるだろう』



 ……どうやら、消えかけで姿形を維持するのも難しいようだ。


 自分の消した世界の無に飲まれて消えると聞いてたけど、えらく長い時間かかったな。

 さすが。と言えばいいんだろうか。



『そこでだ。貴様に、我が力、すべて授けよう』


「な、に?」


『我は貴様。貴様は我。我等の中でも別格の貴様は、我が力を受け継ぐ資格がある。我が力を引き継ぎ、すべてを壊し、新たな世界を生み出すがいい!』



 ダークカイザーの力って、実質的に世界最強にも近い力ってこと!?



『忌まわしきあのルールさえ、お前ならば破壊出来るだろう。そもそもこのようなルールがあるのが悪いのだ。すべての世界を破壊すれば、そのようなルールも消え、すべてはお前の思い通り。さあ、我が力を受け継ぎ、新たなる世界を。新たなる秩序を作る造物主となれ!』


 そりゃ、他の世界がなくなれば、同一人物の邂逅で世界が滅びるってのはなくなるわな。

 ただ、そうするってコトは……



「……それって、この世界も壊せってこと?」


『そうだ。すべてを一度破壊し、新たに作り直す。さすればお前も、あの娘も共に暮らせようぞ! それこそが、お前の望みであろう。我が望みでもあろう!』


「……」


『そもそも望んで当然だろう。お前は何度この世を救った? なのにそれで得たものはなんだ? この世界の管理者はお前に一切の報酬を渡していないではないか。それどころか、世界の安寧のため、お前を切り捨てた。その世界にどんな義理がある! むしろ報酬を要求して当然だろう!』


「っ!」


 確かに、言われてみればその通りだった。



『無理に連れてこられ、帰りたければ我と接触しろ? そのような危険を強制したこの女神に、いつまで義理立てするつもりだ! むしろ、壊して奪ってよいではないか! 我が力があれば、世界のすべてはお前のものだ! 世界のすべては、お前の思うがままだ! お前ならば。我ならば、それができる!』


 それはとても魅力的だ。


 でも……



「アホらし」


『っ!?』



 俺はそう、言い切った。



「ルールを覆すため世界を全部壊して作り直す? そうすればリオが俺の物になる? なにアホなこと言ってんだよ。そうして俺の作った新しい世界に居るリオは、そこに居るイノグランドのリオとはまったく別ものじゃないか」


『なにが違う。お前の理想の女がそこには生まれる。思うがままになる理想の世界がお前のものとなる。それのどこが不満なのだ!』



 不満も不満。大不満だよ。

 このリオとそのリオは全然違うリオじゃないか。世界という単位で見れば確かに全員同じ存在なのかもしれない。でも、個々で見ればやっぱり別人なんだよ。


 そういう他のリオでいいと言うのなら、なおのこと世界を壊す理由はない。

 それでいいというのなら、元の世界でそこにいるリオの同一存在を探せばいい。


 それがなぜわからない?


 その別人で満足しろとお前は言ってるんだぞ!


 まあ、わかるなら世界を壊して回るなんて出来ないわけだけど。


 こいつにとって他人なんて、自分の理想を邪魔する存在でしかないだろうから。



 こいつが求めるのは、自分の都合のいい世界だけ。


 お前はソレでよくても、俺はそれでよくはない。

 そうやって好き勝手作った世界でリオを手に入れたとしても、俺の理想しか詰ってないそのリオは、リオによく似たまったく別の存在だ。


 そうやって自分の都合のいい存在だけで世界を固めるなら、それならお人形遊びをやってるのと変わらない。



 俺はそんなリオも、世界も欲しくない。



 俺が欲しいのは。俺が好きなのは、そんなリオじゃなく、泣いたり笑ったり、簡単には素直にならないあの意地っ張りなリオな……


 ……ん?



 反論しようとして、なんか変なことが頭に浮かんだ。


 俺の心が、はっきりきっぱりわかった。



 それって、つまり……



「ふっ。はは。あはははは」



 そして、思わず笑う。

 その事実に気づき、俺は思わず笑けてしまった。


 なんだよ。なにを悩む必要があったんだ。



『? どうした? 私。この力を受け取る気になったか?』


「いいや。ならない。でも、感謝はするよ。もう一人の俺。お前のおかげで、俺は自分の心がわかった。お前のおかげで、一つ覚悟が出来た」


『ほう。ならば……』


「だから、お前の力はやっぱりいらない。俺達の問題は、俺達だけで解決させてもらう。お前はそのまま自分が消した世界で、自分の理想もかなわないままま、誰にもみとられず乾いてしなびて消えていけばいい」



 俺は思いっきり拳に力を入れた。


 そして振りかぶって、目の前にある闇に殴りかかる。



 ここで純粋な筋力とかそういうのは関係ない。

 ここは精神世界。物理的な接触はない。明確な心の強さが力になる。そんなことが、頭でなく心でわかる。


 だから、明確な否定の心をこめて、俺は俺をぶん殴った!



 ゴッ!!



 暗闇の中、確かな手ごたえが、あった!



『バッ! バカなっ! 我が力を、なぜ不要と思える! 貴様はどの我とも違い、その意思でふるえる力を欠片も持っていないだろうに! なぜ、その力を求めぬ!』


「そうだね。確かに俺はなんの力もないよ。でも、その普通で満足してるんだから、それでいいんだ。これが、俺なんだから! じゃなきゃ、この俺を好きって言ってくれたリオに顔向けできねーだろ」


『っ!』



 闇が渦を巻き、どこかへ吸いこまれて行くのがわかる。



『そう、か……どおりで勝てぬわけだ……貴様は、我等の中で……さい……ぐぼぁぁぁ』


 声と共に、渦が消えた。



 …………


 ……




「ちょ、ちょっと待って。今の、今のなし! なしだから!」


 顔を真っ赤にしてわたわたとしているリオがいる。

 どうやらいつもどおり、時間はまったく進んでいないらしい。


 俺はそうして慌てるリオを見て、思わずほっこりした。



 でも、この決意は、揺るがない。




──マックス──




「ちょ、ちょっと待って。今の、今のなし! なしだから!」


 顔を真っ赤にしてわたわたとしているリオがいる。


 このあまりに唐突で、大胆なリオの告白に、さすがのツカサ殿も目を白黒させて驚いておられた。

 その驚きようは、ご自身がそう想われていたなど考えもしていなかったということであろう。


 万民すべてを愛するお方だからこそ、特定個人を一途に愛するという気持ちには疎いのかもしれない。

 ツカサ殿は、とことん無欲で、おのれに対しては無頓着であらせられるからな。


 実にツカサ殿らしい、驚きようである。


「……」


 しかし、その驚きも一瞬であった。


 わたわたとするリオを尻目に、唖然とした顔から一転、顔を引き締め一瞬静かに目を瞑った。

 それはまるで、ご自分のお心になにかを問いかけたかのような行動であった。


 ふっ。と、ツカサ殿の口元が小さく緩む。


 微笑みの中、ゆっくりと開かれたツカサ殿の目に、迷いは見えなかった。

 優しささえ携えるその瞳の奥には、なにか覚悟のようなものさえ感じたものだ。


 拙者は感じた。


 ツカサ殿は、あの瞬間、なにか、解を得たのだと。



「リオ」

 いまだ自分の言葉にうろたえるリオへ、優しく、諭すかのように声をかけた。


「は、はひっ!」

 なぜかぴんと背筋を伸ばした。



「ありがとう。俺も、自分の気持ちにやっと気づいた。だから、聞いてくれるか?」


「は、はい!」



「リオ。俺も、君のことが好きだ。俺も同じく、ずっと一緒にいたい」


「え?」


「なんとっ!!!」

『なにいぃぃ!?』


 拙者とオーマ殿が思わず声を上げ驚いた。


 その回答は、ある種衝撃であった。

 望んでいたはずの答えだったにもかかわらず、決して返してもらえない答えだったからだ。


 ツカサ殿の慈愛と対極に位置するといっていいそれは、ある種のタブーと思っていたゆえでもあろう。

 ゆえに、誰もがそのお答えに、驚きを隠せない。



「い、一緒にって?」


 おずおずと、リオが聞き返す。


「離れたくないってことさ。無茶を口にしているのはわかっている。でも、この世界で、こうして形あるものを願うのははじめてなんだ。リオ。君がいいと言うのなら、俺と一緒に来てはくれないか?」



 ぽかん。

 と、リオは俺の顔を見ながら口をあけた。


 どういうことか、理解出来てないようだ。



『あ、相棒。ひょっとして、世界を救う方法、なにかあるってのか?』


「いや。世界の崩壊は、俺がここから消える以外に阻止する方法はない」


 ひょっとすると。

 そんな希望も感じたが、そのように都合のいいことはなかった。


 オーマ殿と一緒に、拙者もしょんぼりと肩を落とす。



「消えるのはとめられない。だから、一緒に行こう。このイノグランドとは、他の世界へ!」



「っ!」


 消えるの意味が、変わった!

 消滅を願うのでなく、この世界を去るということに!



「二度とイノグランドには戻って来れないと思う。それでも、リオ。俺と一緒に来てはくれないか?」


「い、いいの?」


 リオが、ぽろぽろと泣き出す。

 だが、この涙は先の悲しみではない。


 むしろ……っ!



「もちろん。まあ、実現出来るかわからないけど」


「いけるの?」


「計画みたいなのはある。というか、思いついた。ただ、今以上に苦労することになるかもしれない」


「か、かまわないよ。かまわない。ツカサと一緒なら、どこにだって行くよ! わたしも一緒に、連れて行って!」



 ぼろぼろと泣きながら、リオはツカサ殿に抱きついた!



「もう、はなさないから!」



 ぎゅっと。それこそ二度と放さない勢いの力でツカサ殿の体を抱きしめる。


 ツカサ殿も、リオの細い体を優しくつつんだ。



 ああ。


 あああ。


 なんということだろう。

 なんと嬉しいことだろう……!


 地位も名誉も金も求めず、ただひたすらにその身をかけて人々を救い続けてきた聖人。


 求めたのは、力なき者達の幸福。

 与えたのは、世界の平穏。


 人々のためならば。

 世界のためならば、その身を消すことさえいとわぬ無敵のサムライ……


 おのれのことなど欠片も省みず、何度も何度も世界を救い続けた無欲の心に、そのお心に欲しいと願うものが生まれた。


 おのれのために、欲しいと思うものが現われた!



 ずっとずっとその背を追い続けて来たたった一人の少女の言葉。


 誰かのためでなく、おのれのために発したその言葉にて、あの方はそのお心を変えられた。

 今までおのれのためなにも求めなかったそのお心に、はじめてその願いが生まれたのだ。


 ゆえにあの方は、生きることを選んだ。


 おのれの身を消し去り、世界の脅威を取り除く方法でなく、遠い遠い、別の世界へ去るという方法で。



 それとて悲しい選択だ。

 だが、そこに悲壮感は欠片もない。


 むしろ最高の選択ではないか。


 だって、ツカサ殿は生きていてくれるのだから!


 世界のためでなく、おのれのために生きようというのだから!!



 これ以上、我等はなにを望めという。


 これほどに嬉しいことなどないだろう!



 世界を救う以上に難しいことを、今、リオはやりとげたのだ!



 いつまでも追い続けたその偉大な背中。


 一度は消えてしまったかと絶望したそのお姿。



 必死に伸ばし続けてきたその手が、ついにその背に届いたのであるっ!



『でもよ、相棒。リオを連れてくってなぁいいが。いったいどうすんだ……?』


「……」

 オーマ殿のお言葉に、拙者はとまった。


 ……た、確かに!


 ツカサ殿はあまりに簡単に言ってのけたが、それはこの国を去るとか、新たな大陸へ渡るとかそんなレベルの話ではない。


 むしろおのれを消滅させるより難しい話。


 一体。

 一体どうするのでござるツカサ殿ー!?



 しかしそれさえ、拙者の杞憂であったと、すぐ知ることとなる……




──ツカサ──




「リオ」


「は、はひっ!」


 なぜかぴんと背筋を伸ばした。



「ありがとう。俺も、自分の気持ちにやっと気づいた。だから、聞いてくれるか?」


「は、はい!」



「リオ。俺も、君のことが好きだ。俺も同じく、ずっと一緒にいたい」


「え?」


「なんとっ!!!」

『なにいぃぃ!?』

 マックスとオーマが驚いた。



「い、一緒にって?」


 おずおずと、リオが聞き返す。


「離れたくないってことさ。無茶を口にしているのはわかっている。でも、この世界で、こうして形あるものを願うのははじめてなんだ。リオ。君がいいと言うのなら、俺と一緒に来てはくれないか?」



 ぽかん。

 と、リオは俺の顔を見ながら口をあけた。


 どういうことか、理解出来てないようだ。



『あ、相棒。ひょっとして、世界を救う方法、なにかあるってのか?』


 おっと、そっちにとられたか。

 でも悪いオーマ。そんな都合のいい方法はないんだ。


「いや。世界の崩壊は、俺がここから消える以外に阻止する方法はない」


 改めて言ったら、オーマにしょんぼりされた。


 悪いな。


 俺は凡人だし、なんの力もない。

 だから、イノグランドを救ってリオと暮らすなんていうことは出来ない。


 でも、リオを地球に連れて帰って、一緒にすごすことなら出来る!



 ……かもしれない。



「消えるのはとめられない。だから、一緒に行こう。このイノグランドとは、他の世界へ!」



「っ!」

 全員がはっとした。


 ちょっと前に破壊を司る俺が異界から召喚されたばかりなのだから、それを思い出して他に世界があるという可能性に気づいたようだ。



「二度とイノグランドには戻って来れないと思う。それでも、リオ。俺と一緒に来てはくれないか?」


 俺は改めて、リオに問う。



「い、いいの?」


「もちろん。まあ、実現出来るかわからないけど」


 俺一人で地球に帰るってのは簡単な話だったけど、リオを連れて行くとなるとそうはいかない。

 でも、一つだけ可能性はある。


 ある人が、生涯をかけて作り上げようとした、ある方法が!

 それが実現出来れば、リオを地球に連れて行くことも可能なはずだ!



「いけるの?」


「計画みたいなのはある。というか、思いついた。ただ、今以上に苦労することになるかもしれない」


「か、かまわないよ。かまわない。ツカサと一緒なら、どこにだって行くよ! わたしも一緒に、連れて行って!」



 ぼろぼろと泣きながら、リオは俺に抱きついてきた!



「もう、はなさないから!」



 ぎゅっと。それこそ二度と放さない勢いの力で俺の体を抱きしめる。


 リオのぬくもりが、体中で感じられる。

 ここに、確かにリオがいる。


 この事実を、ずっとずっと続けるためにも、俺はなんとしてでもこの思い付きを実現しなきゃならない。



 そのためにどうしても力を借りなきゃなりない人がいる。


 それは……



『あ、相棒。リオを連れてくってなぁいいが。いったいどうすんだ……?』


「ああ。簡単な話じゃない。リオをこの世界からさらっていくためには、ある人の力を借りなきゃならない」


『ある人?』



「マリンさん。どうせ近くで見ているんでしょう? オーマに活躍の場を与える前に出てきてはもらえませんか?」


『なに? それならおれっちがサーチしてやりゃ、わざわざ出てこいと……』


「ばれてちゃぁしかたないわね!」


 オーマの言葉を遮って、マリンさんが近くの柱の影からにゅっと出てきた。

 やっぱり予想通り、デバガメしてたか。


『って出てくるのはええよ! せめておれっちに啖呵くらい切らせろ!』


「どうせ出てくるんだから、時間の無駄よ。むーだー」


『んなこたわかってるよ。でも、せっかくのおれっちのでば……』


「で、私になにをさせたいわけ?」


『せめて最後までー!』


「ああ。これです」


『相棒までー!?』


「オーマうっさい。ツカサの邪魔するな」


 ぺちぺちと腰のオーマがリオに叩かれた。

 そして沈黙。


『しくしくしく』


 むしろ悲しみの涙を流してしまったようだ。



「オーマ悪いね。出来る限り早いとこ光明を見出したいから」


『な、ならしゃーねえな』



「それで、どれなの?」


「ああ、これです」


 言っただけで取り出していなかったブツを魔法で中が拡張された袋の中から取り出した。



「こ、これは……」


 それは、一冊の研究ノート。

 かつて地球に帰るため異世界をわたる魔法を研究した一人の男の努力の結晶(第78話参照)


 元の世界へ帰ろうと、一生をかけた男の研究が詰ったそれ。

 未完成のまま朽ちようとした知恵の結晶だけど、それが完成するなら、召喚ではなく世界から世界へ移動することが可能となるかもしれない!


 持ってきたこれは、そのうちマリンさんから連絡があったら渡そうと思ってあの塔から持ってきたこっちの言葉で書かれた研究ノートだ。

 マリンさんほどの魔法使いならきっとこれを見ればその価値がわかると思って持ってきておいたのだ。


 興味を持ったら、研究すべてが残された塔を紹介するつもりだった。


 本当は再会してすぐ渡したかったのだけど、色々あったから今になってしまった。

 でも、ちょうどいいタイミングだ。



「どれ……?」


 それをぺらりとめくった瞬間、マリンさんの目の色がかわった。

 ものすごい勢いでノートをめくってゆく。


 めくってゆく。めくってゆく!



「ツカサ君!」


「は、はい?」


 顔を上げ、くわっとものすごい顔でこっちを見る。



「これ、なにこれ! すごい。すごいわ! どこで手に入れたの!?」


「ちょっと人助けの報酬で。まだ未完成みたいなんですが、実現出来ます?」



「ふっ。ふふふ。この私を誰だと思っているの、世紀の天才。ウルトラグレートマジカルマジで凄いマリンちゃんよ! この基礎理論があれば、ぽぽーんと世界転移の魔法も完成させちゃうわ!」


 おお! さすが天才魔法使い! もうちょっとでとまってた魔法を、見ただけで完成させるなんて!


「ただ、一つ問題が」


「え?」



「これ、ぶっちゃけ実行の理論は完成済みと言っていいわ。実現出来なかったのは、純粋に魔力の出力が足りなかっただけ。これを実現させるには、前にツカサ君から買ったあの魔法触媒。あれを10枚はそろえないと無理ね。私でさえ」


「あっ……」

『ああ。あれは……』


 リオとソウラがなにか心当たりあると声を上げた。


「そ。今もうないから、実現は……」


 どうやら、なにか事情があってなくなっちゃったみたいだ。

 しばらく顔を見ない間に、なにがあったんだろう?(幽閉の事情などツカサはまったく聞いていない気づいていない)


 まあ、なくなってしまったのなら仕方がない。



「ああ。それなら……」



 さっきマリンさんが言った魔法触媒ってのは一円玉のことだ。

 前にマリンさんに売ったヤツは、半年以上前に来た時財布に入っていたやつ。


 あれから何度か地球に帰って、俺の持ち物もリセットされ、ついでにいつかまたこのイノグランドに来た時のためと備えていたものがある。



「念のため、いっぱい用意しておきました」



 とりあえず小銭入れから十枚とり出した。

 マリンさん驚いた。



「なんでそんなにいっぱいあるのー!? 結局これ、なにもかもをあんたが用意しちゃってるじゃない! そんだけあったら私いらなくない? 私全然いらなくない!?」


「いや、マリンさんほど信頼出来る魔法使い、俺知らないんで」


「またまたー。その通りだけど、もー。しょうがないなー。おねーさんがなんとかしちゃうわ!」


 ばんばんと背中を叩かれた。



(魔法は確かに一級品だが、性格に大きく難があると思うがな)

『(相棒もうまいこと言うぜ)』

『(……魔法に関しては、嘘ではありませんね)』



「そこの子達。なにか言ったかしら?」


「いえいえいえ」

『なんでもねーぜ!』

『そう。なんでもありませんよ』


 ぷるぷると、マックス達がものすごい勢いで首を振った。


 なんとなく思ったこと想像出来たけど、口には出さなかった。俺、空気読めるから!



「というわけなので、この魔法を完成させて、リオを外の世界に連れて行けるようにしてもらいたいんです」


「オッケーオッケー。お安い御用よ。しかし、とんでもないこと考えたわね。この世界を救うために、この世界から出て行くなんて」


「まあ、それしか手段ないので」


「でも、外の世界に行くといっても、目標もないとどこに出るのかもわからないわよ。最悪、次元の狭間に落ちて、消滅なんてことも十分にありえるわ」



 そういう恐ろしいこともあるのか。

 確かに当てもなく宇宙に出発するようなレベルの話だしな。


 それで運良く目的地に行けるなんて、天文学的な確率より低い数値になるだろう。

 ゼロではないが、限りなくゼロってヤツだ。


 でも、そういう座標みたいなのには心当たりというか、調べてくれくれそうな人。いや、神様が居る。


 俺の帰る世界を特定してもらえれば、今度はリオをそこに送ってもらえるようになる。



「なら、ちょっと心当たりに連絡してみますね」


 俺は携帯を取り出し、ある神様に電話をはじめる。

 今回はスピーカーにして、全員と話が出来るようにして。



『はい。ツカサ。どうしました?』


 ツーコールしたところで電話がとられた。

 スピーカーにした携帯から声が響く。



「ひゅー」

 マリンさんが口笛を吹いた。


「さすがツカサ君。神殿もなく女神と直接会話出来るなんて、伊達に神様に選ばれてないわね」


 そういえばマリンさんはコレはじめてだっけか。他の人は感謝メール(第70話参照)受け取ったのとか見てるし。



「ルヴィア様。ちょっとお話があります。いいですか?」


『ええ。かまいませんよ』


「俺、ずっと見返りらしい見返りを求めてこなかったと思うんです」


『そうですね。あなたはずっと、無償で戦い続けてくれました』



 まあ、これはなにを貰っても地球に持って帰れないからってのもあるけど。



「でも、今回はちょっと事情が変わって、一つ、見返りをお願いさせて欲しいんです。俺自身、たいしたことしていませんが、少しくらいは貢献したと思ってます。だから、聞いてもらえますか?」


『少、し……?』


 女神様が困惑している。

 確かに、俺って実際ほとんどなにもしていない。


 むしろこの一つ見返りを求めることさえおこがましかったか!?



『(むしろほとんどが相棒の手柄だと思うが)』

『(その謙虚さに女神ルヴィアさえ驚いているわ)』

(あれで貢献していたつもりがないとは、さすがツカサ殿にございます)

(相変わらずだなー。ツカサは)



「ダメ、ですか?」


『そんなことはありません。むしろなんでも言ってかまいません!』



「ならよかった。実は、リオを俺と一緒に連れて行きたいんですけど、そのための知恵を貸してはもらえませんか?」



『連れて? ……そういうことですか。人とはさすがですね。私の想像をはるかに超えた成長をとげる。いいでしょう。この知識、受けとりなさい』


 マリンさんとか、この場にいる人達のことで察したのか、すぐなにが必要なのか理解してくれた。

 さすが、神様。


 携帯から、光の球体。中心に光を持ち、その周囲を小さな光がくるくると回る、太陽系や銀河系を中に収めたような球体が出てきた。


 ひょっとするとあの中心にある光がイノグランドで、周囲を回る光が俺の世界なんだろうか。

 はたまた、イノグランドさえあの小さな光の一つなんだろうか。


 そんなイメージがわく光の集まりが、すいーっとマリンさんのところへ飛んでゆく。



『これで、どこに飛ばせばよいのかわかるでしょう。ただ……』


「ただ?」


『……いえ。どうやら杞憂だったようです』


「?」


『あなたの選んだ伴侶もまた、特別な存在のようです』


 伴侶って、照れる。

 って、そうではなく。


「特別な存在?」


『手元でその子を呼ぼうとしてみてください。答えが出ます』



 手元というと、召喚アプリか。

 ちょうどリオも触っているから、指示通りリオを表示させる。


 ……あれ?


 普通はここでずらっと名前のリストが出てくるんだけど、リオはそのリストがさっぱり出てこなかった。



 これって……



『そう。この子はあとにも先にもここだけにしか居ない、特別な存在なのです。誰かが新たに望もうと、決して生み出すことは出来ない、唯一無二の存在。ですから、どこへ行っても、世界の理を乱す心配はありません』


 おおー。心配事ってそれか。

 確かに、俺の世界にリオが居たら、色々影響出るわけだもんな。


 なら、他の世界に行っても新しく人が一人増えるだけで、同じ存在が二つという矛盾は起こらず世界の崩壊は起こらない。

 行った世界に迷惑をかけることはないのだ。


 なら、他の世界に行っても問題はない。

 影響はない!


 というかリオは聖剣の勇者だけあって、やっぱ特別だったんだな。

 確かに、イノグランド以外の世界にも行った時、大勢の見知った顔にあっても、リオにだけはあったことないわ。


「?」

 俺の手をつかむリオに視線を向けると、俺と視線があった。なにか? というように、小首をかしげる。


 ま、これで大手を振ってリオを連れて行けるんだから、どうでもいいや!

 どうせ地球で別のリオを召喚する必要とかないだろうし!


 ……って、召喚以前にさっき神様が望んでも決して生み出すことの出来ない存在って言ってたよな? それって、万一ダークカイザーの話に乗ってお力貰ってたとしても、別のリオにすら会えなかったってこと?

 マジか。まあ、なんにせよ話に乗らなかったから関係ねーか。



『本当に、これだけでよいのですか? あなたが望むのなら、世界のいかなる知識も、人知を超えた魔法も与えることが可能ですが』


「いや、そういうの貰っても……」


 宝の持ち腐れってヤツだし。

 ダークカイザーの力を断ってこっちを貰うってのもおかしい話だし。


 ちなみに後ろで欲しそうにぴょんぴょんしながら手を上げてる天災さんは無視だ。


 そういうのはご自分で手に入れてください!


『あなたは本当に、欲がありませんね』


 いやいや、俺はこの世界で一番のお宝貰っていくから、最高の欲張りだと思うよ!



『リオ。聞こえますか?』


「は、はい!」


『この世界を出るにあたり、私からささやかな祝福をあなたに与えます。これで新たな世界へわたっても、言葉や環境で困ることはなくなるでしょう。どうか、幸せにおなりなさい。愛しき我が子よ……』



 その言葉と共に、携帯から光は消え、女神様の降臨は終わった。



「? ?? 別になにも変わった気がしないんだけど」


「多分、世界を超えたらわかるんじゃないか?」


 リオが貰った祝福はきっと、俺がオーマを持ってる時のと同じものだと思う。

 これで俺と地球に行っても、言葉で困ることはなくなると思っていいだろう。ありがとう。女神様!



「ふっ。ふふふ。つまりこれは、女神公認! 女神公認で世界を飛び出せるということね! よっしゃ私に任せなさい! この大天才マジ凄い魔法使いマジカルグレートウルトラマリンちゃんが、あなた達を立派に外の世界に送り届けてあげるから!」


「おおー。頼もしい。是非、お願いします!」


「まっかせなさーい!」



 こうして、俺のイノグランドの旅は終わりを告げる。


 いろんなことがあったけど。最後の最後で最高のお宝を持って帰れそうだ!



「リオ、これからいっぱい苦労をさせると思う。それでも、俺についてきてくれるか?」


「もちろんだよ! むしろ、わたしがかける方だよ!」

 そう言いながらも、にぱっと笑いかけられた。


 喜びの、笑顔だ。



「ふつつかものだけど、よろしくね!」



 さあ、行こう。

 俺達の、新しい明日へ!




──エピローグ──




 こうして、王国と帝国との戦争は回避され、イノグランドに再びの平和が戻った。


 歴史上では王国の送った特使によりその回避はなされたとあるが、その裏に邪壊王との決戦で消えたサムライの存在があったことは知られていない。


 しかし、多くの者はその直前に起きた孔よりの怪物や、巨竜の復活の噂、タイタンズフォール誕生と絡め、そこにサムライの影があったと噂する。


 この時代を生きた誰もが、決戦で消えたサムライは帝国にわたり、その地で世直しを進めていたのだろうと夢想したのだ。


 誰も確証はないが、変化してゆく帝国を見て、そう思ったのである。



 こうしてサムライの伝説は、消えることなく続いてゆくのだ……




 ……あの帝都での宴のあと。ほどなくして、ツカサ殿はリオを連れ、この世界を去って行かれた。



 次にまたこの世界へ戻れるとすれば、百年の時がすぎたあとになるだろうと言っておられた。

 それほどの時間がたたぬと、ツカサ殿を許容する力がこの世界にはたまらぬのだろう。


 ゆえに、あの別れはツカサ殿と拙者との今生の別れとなる。


 寂しくないかと問われれば、当然寂しい。


 しかし、ツカサ殿は死ぬわけではない。

 新たな世界で新たな道を歩み、生きて健やかにすごすということを知っている。


 生きている。とそれを知っているだけで、拙者にとっては極上の喜びである。


 この世から消えて世界を救おうとしたあの方のお心を変えたリオには感謝してもしたりないくらいだな。



 ただ、ツカサ殿がもうこの世界に帰ってこぬと、自慢の妹に伝えた時、あの子の悲しみの顔は今も忘れられぬ。

 失恋を知ったあの子は、一度涙を流したのち、共に行った友のことを祝福していた。


 それを見た時、我が妹ながらいい女に成長するであろうと確信したほどにございます。


 ツカサ殿。あの子を放って行ってしまったこと。あとで後悔することなかれにござるぞ!



 ……まあ、いつの間にかあの天災魔女のスポンサーにもなってどこか遠くへ支店を出す計画を立てているとかいう話も風の噂で聞き申したが、きっと聞き間違いにござろう。

 いくらなんでも、危険極まりない外の世界へあの魔女と出航しようなどと……うん。忘れるにござる。


 商売を覚えた妹は、いつの間にやら兄以上の行動力を持ったような気がするにござるよ。

 女の子とは、まっこと恐ろしいものにございますな。



 正直な話をさせて貰えば、そりゃ拙者もツカサ殿と共に行きたかった。


 しかし、拙者はツカサ殿が去られたこの世界を任された。

 その平和を守るのは重要であり、責任重大である。


 それをおろそかにして、ツカサ殿の新たな生活をお邪魔するわけにもいかない。


 ツカサ殿がもうこの世界にいない今、拙者ががんばらずして誰ががんばるというのだ!



 残った拙者は、ツカサ殿の名を汚さぬよう、一生懸命精一杯がんばりますので、ご安心くださいませ!



 あれからけっこうな時間が流れましたが、ツカサ殿のお手を煩わせるほどの大事件も起きず、拙者一人でどうにでもなっている状態にございます。


 ただ、やはりツカサ殿の教え。あの強さには拙者では到達出来そうにありません。

 最強にして無敵。伝説とたたえられるツカサ殿と肩を並べるのは、拙者がこの生涯をかけても不可能と言ってよいでしょう。


 しかし、ご安心めされ!

 きちんと、その後継は見つけましたゆえ!


 ツカサ殿の予見どおり、王国の片隅にその者はおりました。

 王国のはずれ。ユラフニッツの村で生まれたというその子は、ツカサ殿に勝るとも劣らぬ才能を持ってございます。


 向上心にあふれ、いかような技も素直に吸収するだけでなく、器用に応用を重ねるその子は、時にツカサ殿かと思うほどの驚きを拙者に見せてくれます。

 拙者には不可能であったツカサ殿に匹敵するということを、この子ならばかなえてくれるやもしれません。


 この子と、拙者がいれば、この世界も安泰にございます。


 ですので、こちらのことは心配せず、リオと共に幸せになってください!




 ……という手紙が、魔女急便というところから消印なしで俺の家に届けられた。

 文字が日本語というのが、とても嫌な予感を誘う。


 ぴんぽーん。


 ちょうど読み終わったところを見計らったかのように、インターホンが鳴った。



「ツッカサくーん。あっそびーましょー」



 なんか聞いたことのある魔法使いの女の人の声が聞こえたような気がした。

 確か女神様が勝手な異世界への跳躍は禁止したはずだったけど、この人が守るわけないか。今度は物理的にクギをさされても知りませんよ。


 どうやら、嫌な予感は気のせいじゃないらしい。



 イノグランドでの冒険も終わって異世界関連とはオサラバかと思ったけど、どうやらそうもいかないようだ。


 やれやれと腰を上げ、部屋から玄関へむかうことにする。



 途中、リビングでリオと妹が戯れていた。


「わたしだね」

「いいえ私です」


「絶対おい……じゃなく、わたしのが想われてるね」

「そうやってすぐ乱雑者の地が出る人に注ぐ愛なんてたかが知れています。だから、私です」


「そっちはどうがんばったって家族の情はこえられないんだから、わたしに決まってる」


「家族の情こそが最強に決まっているでしょう?」

「なら、そのうち家族にもなるわたしが最強だな」


「ぬぬぬっ」

「むむむっ」


 なにやら白熱しているみたいだけど、廊下に居る分にはなにを話しているのかはよく聞こえない。

 リビングに差し掛かった今、やっと二人の会話が聞けそうだ。


「ツカサの妹が生きてたっていうから嬉しかったのに、なんだこのオテンバ!」

「勝手に殺さないでください! 会っていきなり抱きついてこっちもいい子が来たと思ったのが間違いでした!」


「勘違いしてたんだよ! まさかこっちに居るとは思わなかったんだよ!」


「意味がわかりません!」



 ……


 そういや昔イノグランドで妹は居るけどイノグランドには居ないってな話したことがあった(第31話参照)

 そのせいでリオは彼方のことを死んだと勘違いしていたらしい。


 地球に居るから「この世界にいない」と言ったわけだけど、思い返してみれば確かにあれは紛らわしかった。

 反省である。


 ただ、一見仲悪そうに口論しているようにも見えるけど、実はこの二人はかなり馬が合ってて仲がいいと思うんだけど、どうだろう?

 彼方が感情を表に出してぎゃーぎゃーしてるなんて、かなり心を開かないと無理な気がするし。

 リオの方も、お客様としてカチコチしておらず、かなり家と地球に慣れてきたからこそだし。


 実に楽しそうに話をしているけど、外の件で一応声をかけておかねばなるまい。



「リオ、彼方ー。遊んでるところ悪いけど、ちょっと遊びに行ってくるよー。一緒に来るかー?」


「ま、待ってください兄さん。私も行きます!」

「わたしもー」


 リビングから二人が、わたわたと飛び出してきた。



 俺は二人を伴い、自称天才。他称天災の魔法使いさんが待つ外へ出る。



 ゆっくりと玄関の扉が開く。

 外からの光が、俺達を出迎えてくれた。



 さて。今度はどんな世界が、俺達を待っているのだろう?




──おまけ──




 ある日突然。その社はそこに現われた。

 一晩のうちに突如として現われたそれを見て、多くの人々はそれを女神ルヴィアが建てたのだと信じた。


 さらにその一番奥に祭られるようにして収められたそれを見て、その神殿を多くの者は自発的にサムライ神殿。もしくはサムライ神社と呼ぶようになった。


 そこに収められた御神体。

 それこそ、サムライの使う刀だった。


 女神ルヴィアが建て、そこに祭られた一本の刀。


 人々はそれを、幾度も世界を救った伝説のサムライの刀であると信じ、拝み奉った。



 時に不届き者がそれを持ち出そうとするが、悪しき心で持ち上げたそれは誰にも持ち上げることは出来ず、刀を抜くこともかなわなかった。

 しかし、悪意なく邪心なき者ならばそれを手に持ち、引き抜き手入れをすることが出来た。


 決して敷地の外へは持ち出せないのも手伝って、その刀はやはりサムライの持ち物に違いないと思われた。


 その神威性が知れ渡り、誰もそれを持ち出そうなどとは考えなくなった中。



 時折ふいに、その刀は姿を消すという噂が立った。



 誰も持ち出せるはずのない社から、その刀が忽然と姿を消すのだ。

 誰もそれを見つけることが出来ず、大騒ぎになったかと思えば、不意にその姿が元の場所に戻っているということもあったともいう。


 いつしかその噂は、その刀が姿を消す時、決まってどこかの悪が成敗されているというものに変わる。

 そしてそれは、サムライの新たな伝説の一つとして名を連ねるようになる。


 その噂が真実なのか、ただの伝説なのか。

 その真偽は定かではない。



 きいっ。


 夜。誰もいない社の扉が開いた。

 廊下の光を背中に浴び、その人影が刀の納められた台座へと近づく。



『……おう。相棒。また、おれっちの出番かい?』



 いつの世も、悪が栄えようとするその時。どこからともなくそのサムライは現れ、世界の危機を救ってゆく。



 そんな伝説が、ここにはある……





 サムライトリップ・イノグランド


 おしまい

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― 新着の感想 ―
いやー素晴らしい作品でした ひとつ思ったのですが、闇将軍編が本編に関わりが薄かったので何かしら次に活かせる要素があったらいいなと思いました 例えば闇将軍を倒した後、その世界の神から報酬として一回だけ身…
また、読みに来てしまった。 全体を通して読みやすく、ストーリーも面白い。 ライトノベルとして完成度が高く、笑いあり涙ありの名作だと思います。
[良い点] ふぅ、また読み返してしまったわ
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