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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
86/88

第86話 星読みの皇帝


──ツカサ──




「余が第13代皇帝。アッサミールである。王国よりの特使、マックスよ。よくぞここまでまいった」


 いきなりだけど、俺達は今皇帝陛下と謁見中であります。

 場所はガラウルの街から少し先に進んだ帝都直前にある砦。


 ガラウルの街に異変があった時、いち早くそれを帝都に知らせるために作られたところだ。



 そんなところにこの国の一番偉い人がわざわざやってきて俺達と会ってくれるってのは、子供の俺だって凄いことだってわかる。

 いくらこっちが客分あつかいだからって、普通皇帝がそっちから会いに来るなんてのはありえない。こっちが皇帝の待つ場所に行って謁見してくださいって頼むのが筋ってもんだからだ。


 しかもお城で厳かに。なんてわけじゃなく、砦に到着してそのままの姿。オーマ達さえ持ちこめて皇帝の前に通されるとかマジでとんでもないことだと思う。


 ホント、トンでもねぇことだ。

 それだけ俺達が優遇されているのか、他に目的があるのか。それは俺にはわからない。全然そんなこと考えている精神状態じゃないからだ。


 だって。


 だってさ……



 目の前に急遽用意された玉座に座る豪華な服装で着飾った皇帝陛下。



 この人、女の人だったんだ!


 もう一度言おう。女の人だったんだよ!!



 俺、ずっと男だと思ってたよ。

 でも、確かに男なのか女なのか、そういう話題まったくしてなかった。


 みんな知ってるのを前提で話してるから、皇帝って男? 女? とかそういう話題にさえならなかったもの。

 そもそも皇帝陛下の話なんて普通恐れ多くてそんな口にしないし。


 下手なこと言って不敬罪とかでしょっぴかれちゃうかもだし。



 だから、俺の耳に入ってこなくてもしかたないよね。

 うん。しかたない。


 よし、納得してもらえたはずだ。俺はしかたないと納得したから問題ない。


 つまり俺は悪くない!

 そういうことで。



「……」


 俺が唖然としている間に、謁見はどんどん進んでいた。


 いつの間にかマックスが王様からの手紙をわたし、皇帝がそれに無言で目を通している。



 にしても、この皇帝陛下、若い。

 マックスと同じ、二十代なかばくらいだろうか。下手するとマックスより若いかも。


 まあ、俺日本人以外の人種の正確な年齢はかれるかわからないけど。

 実はすっごい年上かもしれないけど。


 ただ、雰囲気として、なんとなくだけど、若い。


 きりりとして、気が強そうで知的な人だ。


 ここまで案内してくれた大将軍様が聞いてもいないのに教えてくれたけど、あの方(皇帝陛下)はとっても優秀で、特に軍略はまるで未来を垣間見ているかのようなほど正確で、天才的なんだとか。


 聞いてもいないのに教えてくれるとか、あの大将軍様、絶対マックスと同じタイプだね。

 自慢したくてたまらないんだね。


 色々詳しく教えてもらったけど、七割から八割くらいは右耳から左耳でスルーしちゃってた。誇張された自慢で内容がないようだった気がしたから。けど、よく思い出してみれば確かに女の人として説明していた箇所もあったようななかったような気もする。


 とにかく、まとめると若くて美人で優秀なんだとか。



 ちなみに、謁見の間として使われてる砦の最上階には赤いじゅうたんがしかれ、その周囲に大将軍とか他の兵士とかがいる。

 大将軍の処分はこの謁見のあと決まるんだって。

 今は今までどおり、大将軍として動いていいみたい。この先どうなるのかは、俺の関与するところじゃないのでなんとも言えないのが正直なところだ。



「ふむ」

 皇帝が手紙を読み終えた。


「返答は、いかにございます?」


 かしこまったマックスが聞く。



「かわらぬ。余の考えはな。準備が出来次第、我が帝国は王国へ攻め入る」


「なんと!」

 近くに控えていた大将軍も思わず驚きの声を上げた。


 どうやらこの人としても、この謁見で皇帝が考えを改めてくれるのを期待していたらしい。



「せめて、納得のいく理由をお聞かせ願いたい。王国に攻め入る、正当な理由を」


「元々帝国のものであった領土を取り返しに行くだけだが?」


「いいえ。王国は帝国の領土であったことは一度たりともござらん! そのような理由で本当に王国へ侵攻するつもりなのですか!」


「そ、そうです皇帝陛下。それは元々、サムライが王国より消えたゆえの決定でした。ならばこうしてサムライが帰還した今、その計画は無謀にございます! どうか、どうか私の声に今一度耳を傾けてください!」


 大将軍が慌ててマックスの隣へ出て膝を突いて声を上げる。


 このまま戦争になれば、双方が大激突して泥沼になるのは目に見えている。

 そんな戦争を引き起こしてはならないと、この大将軍はあの封鎖騒動を引き起こした。


 ……にしても、色々広がってるサムライの噂ってのは、国をも震え上がらせるほどになってるのか。


 俺基本的になにもしてないから、きっとマックスの活躍に尾ひれがついたんだろうな。

 マックス帝国に来て港でも盗賊王の墓荒らし退治の時もあの誘拐事件の時も悪党退治で大活躍だったし。


 まあ、それでこの皇帝が考えを改めるのならいいことだから、ここはなにも言わないでおこう。


 俺は空気が読める男だからね!



「アスラルーン。お前の気持ち、よくわかった。わかっておる」


「皇帝陛下。さすれば!」


「余とてサムライの強さは十分に承知している」



 すっと皇帝の視線が、マックスの後ろで控えている俺の方をむいた気がした。



「しかるに、その実力を直接は見ておらぬ。ゆえにだ、サムライよ」


「?」


 やっぱ俺、見てるよね。

 気のせいじゃないのよね。


 なんでマックスじゃなく、俺見てるのー!?



「サムライよ、余と勝負せよ。余がその実力をしかと認めたならば、余はこの戦を諦めよう」



「まことにございますか!」


「皇帝陛下!」

「陛下!!」


 マックスと大将軍だけでなく、他の兵士達も表情がぱぁっと明るくなり、歓声の声を上げた。


 ねえ、それって皇帝陛下が負けること望んでるってことにならん?

 気持ちはわかるけど、それっていいの?


 いや、まあ、この心の声、現実逃避なんだけどさ。



 だって、今話の流れからして、俺がこの皇帝陛下と勝負するって話になってない?



「ただし、余が勝ったならば、今度はサムライに余の願いをかなえてもらうぞ?」



 その言い分は当然のような気もする。

 条件を飲むのだから、同じ条件を相手にもつきつける。


 むしろ皇帝がこんな公平でいいのかってくらいの条件だ。


 問題は、俺が勝負の相手に指名されてるってことだけど!



「よろしいでしょう! して、いったいツカサ殿になにを望むのです!?」



 ちょっ、マックスさん。なんで勝手に話し進めちゃってるの!?


 俺やるなんて一言も言ってないよ!

 拒否出来る空気じゃないけど、俺やるとは言ってないよ!


 やらないとも言ってないケド……



「よう言った。余が望むのは……」


 皇帝陛下がにやりと笑った。



「……サムライよ、余の伴侶となれ。我が右腕となり、共に帝国を治めるのだ!」


「……は?」



 思わず、変な声がもれちまったい。




────




「……サムライよ、余の伴侶となれ。我が右腕となり、共に帝国を治めるのだ!」



 この言葉が皇帝アッサミールから飛び出した瞬間、部屋の温度が一、二度上昇したように錯覚したと、大将軍は回想する。


 この場にいたツカサを抜いた全員が、心の中で『そ、その手があったかー!』と膝を叩いた。


 同じ反応だが、立場の違う者達の表情は正反対だった。

 帝国に属する者達は喜びの表情を浮かべ、マックスとリオは、しまった。という表情である。


 サムライの存在をあえて無視し、侵略の意思を途中で折ることもなく、特使をここまで呼び寄せたのには意味があった。

 サムライという強大な力を目の前にし、危険を承知で王国よりの親書にノーを突きつけたのはこれを引き出すためだったのだ!



 この勝負をサムライが受けない。という選択肢は存在しない。


 これを拒絶すれば戦争はもう避けられず、民が無意味に傷つくのは目に見えている。

 この勝負に勝てば、それを綺麗にとめることが出来る。


 その上万一自分サムライが負けたとしても、皇帝の伴侶となれば戦争について意見が出来るようになる。


 戦争そのものをやめさせられる可能性は十分に残されるのだ。



 さらにこの勝負は帝国にとってもまったく損のない提案である。



 邪壊王との戦いで消えたはずのサムライが帰還した今、王国に攻めこむのは無謀極まりない。

 この戦争はやめておくべきというのはどんな愚か者にもわかる当然で簡単な判断だ。


 だが、あえて皇帝はそうせず、それを逆に利用した。


 戦争をやめるのはいつでも出来る。

 しかしこうしてそれを取引のカードとすれば、世界最強の力が帝国のモノととなる材料となった。


 この一手で、無謀極まりない戦争計画が、サムライを手に入れる計略にはやがわりしてしまったのだ。

 今まで味方になる可能性がゼロだった存在に、味方となる可能性が生まれた。


 例えサムライに負けたとしても、それを口実としてこの無謀な戦争をとりやめればいい。

 予定調和だ。


 勝っても負けても帝国に得しか残らない。

 サムライに追い詰められた帝国という状況が、たった一つの条件だけで帝国にまったく損のない、むしろ有利な状況へ変貌してしまった!



(な、なんてお方なのだ……!)


 大将軍は思わず拳を握ってしまった。


 それは、女であり帝国の最高権力者であるからこそ出来る方法。


 サムライを婿にし、その力を得ようともくろむのは王国の貴族にもあったことだ。

 ツカサはまったく自覚も認識もないが、ツカサがやったとされることを考えれば当然の考えだろう。


 しかし、かの王国では貴族同士が牽制しあい、下手をすれば国を割りかねない醜い争いに発展する可能性があるゆえ、それをおおっぴらに実行出来る者は少なかった。


 だが、皇帝であり女帝である彼女ならば、そのようなしがらみを飛び越えサムライを手中に収めても誰も文句は言わない。

 言えない!(言われても無視出来る)



(陛下はこれを狙い、サムライが帝国を自由に闊歩するのを許しておられたのか!)



 さすが、皇帝陛下である!


 短慮に戦争反対を叫んだ自分が恥ずかしくなってしまった大将軍であった。

 だが、この意固地なほど戦争を推し進めるという行為が、皇帝がサムライを望んでいるという思惑を隠す大きなカムフラージュとなった。

 それを考えれば、大将軍の行動も十分帝国のためとなったのかもしれない。



(これが、若くして第13代皇帝にのぼりつめた者の才覚か。拙者も国王も、甘く見ていた!)



 この提案の意図を理解し、マックスはこの智謀に身を振るわせた。

 実質的に、ツカサが選べる選択肢は一つしかない。


 勝負を受け、勝つ以外の道は……!



「勝負を受けるのはかまいませんが、その方法は俺が決めてもいいですか?」



 ヒートアップした簡易謁見の間で、一人冷静にツカサが口を開いた。



「よかろう。ただし、血を流すような方法は避けるがよい。これは、平和のための勝負になるのだからな」


(うまい)

(なんてヤツにござる)


 大将軍とマックスが心の中で喝采と歯軋りをする。


 こう言われては、サムライが最も得意とする殴り合いなどの勝負は提案しづらい。

 武での決着が除かれれば、知略を得意とする皇帝の勝率はぐんと上がる。


 皇帝アッサミールの智謀により、サムライの勝利の可能性もどんどん狭められているのがわかった。



(私の心配は完全に杞憂であった!)


 大将軍アスラルーンは心の中で大喝采を繰り広げながら、ほっと胸をなでおろしていた。


 この場をすべて支配し、手のひらの上で転がしているかのような流れ。

 まるで未来を把握しているかのようなこれは、皇帝の指揮で戦った戦場そのもの。


 こうなればもう、自分達の勝利はゆるぎない。


 大将軍はそう確信する。



(それでも、それでもツカサ殿ならば!)


 マックスは心の中でほぞをかむ。

 状況はかなり悪い。


 寒くもないのに背筋が震えるのを感じていた。

 戦場でもないのに、このような寒気を覚えるのは滅多にない。


 この場はそれほど、あの皇帝アッサミールに掌握されているといってもいい。


 だが、この程度の逆境、ツカサならばいつも跳ね返してきた。


 そもそもツカサはサムライなのだ。どのような状況でも必ず勝つ。



(そうだ。ツカサ殿が負けるはずがない!)



 勝って、戦争をとめ、共に王国へ帰るのだ!



「して、その勝負法は?」


「じゃあ……」




──ツカサ──




「じゃあ、『かくれんぼ』なんてどうですか?」


 どうやら勝負は避けられそうにない。ということで腹をくくり、とりあえず思いついた勝負法を一つあげてみた。

 この世界、これで通じるかな?


「かく」

「れんぼ?」


 俺の提案に、大勢の人が首をひねった。

 日本の子供なら知らない人はいないと思う遊びだけど、異世界で通じるかは不明だ。


 まあ、知らないなら説明するけどさ。



「知らぬ者も多い。説明せよ」


 皇帝陛下は知ってるってことなのかな。

 それとも、知らないけどそう言ってるだけなのかな。


 まあ、それはいいや。



「ルールはシンプルです。隠れる人と見つける人にわかれて、一定数を数えているうちに隠れた人を見つける。それだけの遊びです」


 俺の説明を聞いて、場がざわめいた。

 勝負といえるのかわからない勝負だから、なんじゃそれって反応だ。


「よかろう。ただし、余が見つける側だ。皇帝が逃げ隠れするなどもっての他だからな」


「むっ。ならツカサならいいってのか?」

 皇帝の言葉に、思わずリオが噛みついた。


「サムライがみずから提案した勝負だ。文句はあるまい?」


「俺はかまわないから気にするなリオ」


「……ツカサがそういうならさ」


 しぶしぶとリオは引き下がってくれた。



「じゃあ、俺が隠れる方で。そちらが百数えている間に隠れるんで、数え終わったら探しにきてください。隠れる範囲はこの砦の中だけでいいですね?」


「この国全土でもかまわんぞ?」


「そんな遠くに行く気はないので」


「くくっ。たいした自信だな」


「ええ。探すのは皇帝陛下だけでなくてもかまいませんよ。何人で探してもかまいません」



 ぴくっ。


 ひえっ。


 俺の言葉に眉が動いたかと思ったら、ものすっごい冷たい瞳でにらまれた。

 思わずびくっと震えた気がした。


 怖かった。


 これが、皇帝って椅子に座る人の迫力。

 これくらいやれなきゃダメなんだなぁ。



「よかろう。そこまで自信があるのならば、早々に隠れよ。すぐにでも見つけてくれる」



「その前に、制限時間はどうします? さすがに見つけられるまで続ける。なんてのは勝負にならないので」



 ぴくっ。

 ひえっ。


 俺の言葉に以下同文。


 やっぱ怖いっす皇帝陛下。



「ならばそこに鐘がある」


 すっと指差した先には、砦の真ん中にある塔に設置された鐘楼だった。


「あれは正午の時を知らせる鐘を鳴らす。それが終了の合図だ。今より約二時間だな」


「わかりました。正午ですね。オッケーです。それじゃ、隠れますねー」



 そう言い、俺は部屋の外へ歩き出す。


 正直これ以上あの冷たい目に睨まれたくなかったからだ!

 いろんな意味で変な趣味に目覚めちゃいそうだし。



「ツ、ツカサ!」

「ツカサ殿!」


 リオとマックスが声をかけてきた。


「お願い。負けないで!」

「ござる!」


 二人の応援に、俺は親指をあげて答えた。


 仮にも自分で提案した勝負なんだから、かなり自信あるぜ。俺。



 部屋から出ると、しまる扉の後ろで大将軍が「1!」とカウントをはじめた。

 さすがに皇帝が自分で百数えるとかいうことはしないか。


 しないよな。そりゃ。



 しっかし、まさか結婚しろと言われるとは思ってもみなかった。


 わけがわからない。

 俺と結婚してなんになるというのさ。俺はただの高校生。まだ高校生! 普通の少年で、そんなこと考えたこともないよ。

 明らかに政略結婚の流れだったから、いくら綺麗なお姉さんからの告白でもきゅんともすんともしなかったし。


 まったく冗談が過ぎるぜ。



 まあいい。勝てばよかろうなのだ。


 そうすれば結婚しなくてすむし、戦争の問題も無事解決。

 マックスも役目から解放でまたいつもの観光に戻れるってもんだ。



 ならここは、勝つしかないね!



『残念だったな相棒』


「ん? なにが?」


 廊下を歩いていると腰のオーマが声をかけてきた。


『ヤツが隠れるのを選んでいたなら、おれっちが一瞬で見つけてやったんだがよ』


「確かにね」



 正直それも狙ってた。

 オーマの力を持ってすれば、どこに隠れても一瞬で見つけられるって。


 でも、そうはならなかった。



「とはいえ、隠れるのは隠れるで、ちゃんと考えてあるから大丈夫だ」


『ひゅー。さっすが相棒だぜ』


「つーわけだから、正午までちょーっと姿を消してくるから」


『そう。どこまでもついてくぜ!』


「いや、途中で置いてくけどね」


『なんだってぇ!?』



 驚くオーマを尻目に、俺は適当な部屋へ入っていく。


 さて。それじゃ隠れましょうかね。

 誰も見つけることの出来ない場所に。




──アッサミール──




「74、75」

 大将軍によるカウントが進む。


 サムライは勝つ見こみがあってこの『かくれんぼ』という遊びを選んだのだろうが、残念ながら勝つのは余だ。

 確かにお前は強い。


 殴り合いになれば誰も勝てぬだろう。

 余も王国での活躍や帝国内での所業はしかと耳にしている。


 そして、我が師であるマリンに認められていることもな。



 だが、先生、あなたの言っていた通りにはなりませんよ……



 ……



 余はこの地へおもむく前、我が師。帝国ではマーリンと名乗る元魔法大臣の幽閉される塔へとおもむいた。


 その中身、マリン先生に話を聞くためだ。



「あ゛ー」


 硬く閉ざされていた扉を開き中にはいると、ベッドの上でだらりと脱力してだらしない格好で寝ている先生がいた。

 魔法も使えず、誰も入ってこないとわかっている状況だからこそ、外の目を気にせずだらけられる。そういう気持ちになるのもわからなくもない。


 今彼女は監禁されているという状況であるというのを除けばだが。

 こんな状況でさえ描写も出来ないほどだらしのない格好をしているのだから、この方の神経はなんて図太いのだと感嘆するしかない。


 とはいえ、そんな先生の有様を見せられる弟子の心情も少しは考えてもらいたいものだが……



「暇暇暇ー。あー、暇すぎてスライムになっちゃいそう。このまま新連載、魔法ゲル嬢スライムマリンの連載はじめちゃおうかしら。あ゛ー。でも連載めんどい。二話打ち切りー」


 相変わらずこの人の言っていることは難解だ。

 なにも考えていないだけかもしれないが。


「あ。おおー。ひさしぶりじゃなーい」


 私が見ているのに気づいたというのに、先生はそのままだらだらを続ける。

 少しは気にして欲しいと思うが、言い続けて十年以上経つので改善は期待出来ないだろう。


「やーっときてくれたわねー。あのまま忘れられておばあちゃんになっちゃうかと思ったわー」


「ご安心を。すでに先生はお……」


「あーあー。聞こえなーい。私のボディは常にぴちぴち。いつまでも二十歳だから気持ちもずっと二十歳なんですー。だから関係ないんですー」


「自分で言い出しておいて。まあいいでしょう。あなたを外に出しに来たわけではありませんよ。先生」



「えー。もう飽きたー」



「飽きる飽きないは関係ありません。ですが、返答次第では考えなくもありません」


「するする。出してくれるならなんでもするわ!」


「そう言って出たとたん逃げ出されても困りますがね」


「しないしない。だから出してちょーだいな!」



「では、問いましょう。私にもう一度力を貸してください。王国を、攻め滅ぼすために」


 ぴくっ。

 私の言葉に先生の耳が動き、表情も変わった。


 今までだしなく緩んでいた表情が引き締まり、まじめな顔に変わる。


 どうやらやっと、話を聞く気になってくれたようですね。



「前に幽閉される直前のあの時(第66話)も言ったけど、それは出来ないわ」


「でしょうね。理由は、王国側にはサムライがついているからですか?」


「その通りよ。帝国に勝ち目なんてない。あの子に喧嘩を売って無事だった個人、団体。それどころか神でさえいない。近くで見てきた私が言うのだから間違いないわ。本気で戦争なんてはじめてみなさい。帝国軍すべてがあの子たった一人に全滅させられるわよ」


「……」


「だから、おやめなさい。あの子がこの世にいるうちは、世界を乱すような真似をするのは愚か者のすることよ」


「知っていますよ。その強さ。先日彼に、巨竜がやられました」

 わざわざ説明する必要もないと思うが、ガラウルの街に現れた巨竜ジャガンゾートのことだ。



「巨竜? 巨竜ってあの五百年前の?」


「はい。しかも遺跡から魔石を回収し、さらにそれを先生から回収した魔法触媒すべてを使い最大まで強化した状態の巨竜がです」


「……」

「……」


 私の説明を聞き、先生がぽかんとした顔になった。


「……一応、もう一回スペック言って」


「はい。魔石の魔力を使い、巨竜を死霊邪法で帝国の兵器として復活させ、かつそれを先生から回収した魔法触媒十二枚すべてを使い強化し、サムライにぶつけました」


「い、いや、なんてもんもちだしてんの。この私ですら思わず冷や汗かくような存在生み出してるじゃない。さすがのツカサ君も、これには……」


「結果はサムライにかすり傷一つつけられず、なおかつ一瞬にして無の砂漠の三分の一ほどが消し飛びました。どうやったのかは誰も認識出来ませんでした。先生も、その余波さえ感じなかったでしょう?」


「いやいや、あれよ。私をからかってるって可能性があるわ」


「私がそのような冗談を先生に言うとでも?」


「いわないわねー。私なら言うかもだけど、そっちは言わないわねー。むしろ、残当よね。と納得しちゃってる」



 この一件を聞いただけで、本気でサムライと敵対したいと思う帝国の者はいないだろう。


 民を預かる私とて、こんなのと真正面から戦えなんて口には出来ない。



「……でも、そこまで戦力の差をはっきりと見せられてなお、王国へ攻め入ることを諦めないということは、なにか理由があるってことね? しかも、私くらいにしか話せないような」


「さすが先生。話が早いですね」


「ここで私に聞いてくるってことは、よほど切羽詰っているってことね。いいわ。話してみなさい。モノによっては力を貸すわよ」



「先生も、星読みの力は使えますよね?」


「いきなりね。星読みだけでなく、占い全般は得意よ。だって占いは女の子のたしなみだから!」


 キャハッ。と笑ったが、こういう時は基本スルーだ。



「先生とは違い、私は星読みに特化しています。これならば、先生を超えていると自負しております」


「ツッコミもなにもないとさびしいのだけど、それは否定しないわ。ちなみに星読みってのは空の上にある星を見て占う占いじゃなく、空の星をふくめたその動きすべて。すなわちこの大地に住まうすべてのものの流れを読み、未来を見るってものよ。流れ星が落ちた。不吉だってのとはちょっと違うから勘違いしないようにね!」


「……先生。なぜそんな基本をいきなり?」


「ふっ。なぜか不思議と説明しなきゃいけないと思ったのよ! あとまた未来視かとか言っちゃダメ。最初に占いやった私の弟子なんだからやって当然なの! わかった!」


「よくわかりませんが、わかりました。スルーします」



「……なぜ私の知り合いは私に対してスルースキルをこうも高めてしまっているのだろう。不思議だわ」


 ご自分の胸に手を当てて聞いてみてください。

 きっと理解はしてもらえないのでしょうが。



「しっかし星読み関連かー。そりゃ表には出せないものね。私に相談するのも当然だわ」


 星読み。

 先生が言ったとおり、世界の流れを見てその未来を垣間見るという魔法。

 かつて魔法帝国であった時は、その膨大な魔力によって未来を確定するどころか、未来の改変さえ出来たとさえ言われている。

 が、その結果魔法帝国がどうなったのかというのはすでに知っての通りと思う。


 そういったことがあったからか、マナを多く消費する旧魔法体系に属する星読みなどの占いへのあたりは厳しい。

 私はこの星読みの力を使い皇帝まで上り詰めたが、それを表に出せばこの座を狙う者にたいして隙を与えることにもなりかねない。


 ゆえに、これに関して相談出来るのは現魔法大臣のグネヴィズィールかこのマリン先生くらいしかいない。

 グネヴィズィールはサムライ排除派であるから、今回の件を相談しても得られる答えは一つしかない。


 であるから今回は先生に相談に来たというわけだ。


「先生、まずは、この未来を見てください」


 私は身を正してベッドに座った先生の手をとった。

 私が協力すれば、先生ならば私と同じ光景が見れるはずだからだ。


 ちなみにこの塔の中では魔法が使えないようになっているが、私はそれを無効化する印を身につけている。


「……」

「……」


 私と共に、集中する。



「──!!」



 未来が、見えた。


「うそ、でしょう……?」

「嘘ではありません。サムライがいたとして、この未来は覆せません」


「そんなことは……」


「先生はかつて、サムライの未来を占ったと聞いたことがあります。その結果、どうなりましたか?」


「……」


 先生は黙った。

 私は知っている。先生の占いは覆らなかった。


 その占いは成就し、その上でサムライは帰って来たと聞いている。


 つまり、先生の占いでさえ、未来は覆らない。

 サムライでさえ、その未来は覆せない!


「占いは、はずれるものよ?」


「私は違います。なによりこの未来は一度、起きない未来に変わりました」


「そうなの? なら、私に聞く必要ないじゃない」



「いいえ。その変化は、サムライがこの世界から消えた時から起こりました。この未来が見え、私は王国を滅ぼすため準備を進めて来ました。それでも未来は変わらない。ですが、邪壊王と共にサムライが消えた時、一度未来が変わったのです」


 最初にこの未来が見えたのは女神がお隠れになられたあとからだ。それからこの準備を進めていた。


「……」


「サムライが消え、我等が王国を滅ぼす未来では、世界は滅びなかった。しかし、サムライが再び現れた今、未来はまたこの未来に戻ってしまったのです」


「……つまり、サムライがあんたの侵攻をとめた結果、この未来が起きてしまうということなのね?」


「そうなります」



 だが、我等の力をもってしてもサムライはとめられない。逆にこの侵攻はとめられてしまう。

 その先に待っているものが、途方もない絶望だというのに……



「……」

 先生はあごに手を当て、真剣な顔で考えはじめた。

 見た未来はかなり深刻な話。さすがの先生も真面目に頭を働かせているらしい。



「うん。それでもやっぱり協力は出来ない。いくら未来のためとはいえ、王国を滅ぼすのを前提にした行為に賛成は出来ないわ」


「……つまり、先生は私の星読みより、サムライの可能性を信じるというのですね?」


 先生は、彼ならば、私の星読みを覆せると思っているということですね?



「いいえ。むしろ、逆。あなたの星読みは私を超えているわ。でも、だからこそ、あなたはそれにとらわれてしまっている。その執着は、むしろそれを実現させようとしているようにさえ思えるわ」


「そんなことあるわけないでしょう!」


「ええ。あなたはそんなこと意図していない。でも、運命の流れとはそういうものなの。だから星読みは敬遠されるのよ。ここは、あなた主導ではなく、ツカサ君主導でやってみなさい。素直に話し、協力を求めればきっと力になってくれるわ。あの子には、この世界の運命に流されないなにかがあると思うから」



 ……まただ。

 また、先生はサムライの肩を持つ。



「……いいでしょう。サムライとの協力、考えてみましょう」


「ええ。それがいいわ」



「ですが、それは私の。いや、余のやり方でやらせてもらう!」


 そう。結局はサムライに進軍をとめられなければよいのだ。

 ならば、協力でなく別の方法で従わせればいい!


 あなたの認めたサムライを屈服させ、世界も救う。これで文句はないだろう!



「え? ちょっ!?」


「余に協力しないというのなら、世界が救われるまでここにいるがいい!」



「ちょっ、待ってー!」



 そうして師を置き、余はここへとやって来た。

 サムライを、従えるために!


 ゆえに、この勝負は世界の命運をかけた大勝負ということになる!!



 ……



「99……」


 いよいよ数え終わる。

 余はゆっくりと目を開いた。



「100!」



 最後の数字と共に、玉座から立ち上がった。



「陛下!」

「我等も共に!」



「否。これは余とサムライとの勝負である。他の者は手出し無用! ただし、余のあとについてくるのはいっこうにかまわん!」



「おぉぉぉぉ!」


 真っ赤なじゅうたんを歩く世に続き、大将軍達もついてくる。



 この勝負に他の者は必要ない。


 なぜなら我が星読みを用いれば、サムライの隠れる場所など最初からお見通しだからだ!


 百の時を待つ間、すでにヤツの逃げこむ先は視えていた。

 余にはもう、余に見つかり驚く顔がどのようなものかさえわかっている。


 愚かなサムライよ。


 貴様はこの遊びに自信があったゆえそれを選んだのだろうが、未来を見れる余にとって、これほど有利な勝負はないわ!


 余は迷いなく歩を進める。


 知っている。知っているぞ。

 お前はこの先にある二つの部屋が続く小さな倉庫。


 そこに入った。



 一つ目の扉を開く。


 そこには棚が置かれ、さまざまな荷物と武具が置いてあった。


 そしてここに……



 余は棚の一角に手を伸ばした。



 ここには、サムライが手にしていたインテリジェンスソードが隠してある!



 棚に手をいれ、余はそれを引っ張り出す。


『バッ、バカな。なんでおれっちがここにいるってことが!?』


「すべて見通しておる。貴様をここに残し、ここに隠れているかのように注意を引き偽装して他の場所に隠れたように見せかける。裏の裏をかいたつもりだろうが、無駄なことよ!」


『っ!?』



「余はすべてを見通しておる。サムライは、この先に隠れているのだろう!」


 余の星読みにかかれば、このような思惑関係ない。


 さあ、余が見た未来図どおり、その間抜け面を拝ませてもらおうか!



 なにがサムライだ。

 しょせんは星の運命に縛られた存在ではないか!


 すべては、余の星読みによって正しく救われる。それが今、証明されるのだ!



 余は勢いよく、その扉を開けた!!



 ……しん。



 そこには、誰もいなかった。


「なん、だと……?」



 部屋はほんの小さな物置だった。

 物はなにもない。窓も隠し扉もない。


 そこに、サムライはいない。

 いないどころではない。そこには、なにもない。


 まだ使われていない、四方を継ぎ目もない岩に囲まれ、隠れるところさえない小さな個室だった。


 ここに入ったのは間違いない。

 間違いなく袋のねずみだというのに……



 なのに、いないっ!?



 バカな。余の星読みが外れただと!?

 そんなことあるわけがない。あの刀は星読みどおりそこにあったではないか。ここに入るのもきちんと見えていたではないか。


 そんな、バカな。


 心を集中し、改めて星読みを行う。



「……バカ、な」


 思わず声が漏れた。



 見えない。

 時間内にヤツを見つける未来が。


 それどころか、ヤツが今、この砦のどこにいるのかさえまったく見えない。

 まるで、ヤツだけこの世界から忽然と消えてしまったかのようだ!


 いったいなにが起きている。



 空っぽの部屋と、見えない未来に愕然とし、余はよろよろとあとずさった。



『けけっ。どうやらなにか普通じゃねえもんが見えるみてぇだが、相棒のが一枚も二枚も上手だったみてえだな』


 私の手に握られていた刀が勝ち誇ったように口を開く。



『相棒はよ、おれっちをここに置いた時言ったのさ。「ちょっと本気で隠れるから、終わるまでここにいてくれ」ってよ』


「なに?」


『文字通り、本気で姿を隠したのさ。相棒はきっと、そこにいるはずだぜ。だが、誰にも見えないし、いることさえ感じられない。そこにいるが、そこにいない状態になってんのさ』


 いきなりなにを言っているのだこいつは。


『シリョクを操ることに長けたサムライは、おのれのシリョクだけでなく万物にやどるおのれ以外のシリョクも操れるようになる。自然を自在に操れるようになるってワケさ。それこそ、火山を噴火させたり、嵐を止めたり、はたまた大地を引き裂いたりな』


 ざわっ。

 刀の説明に、周りの者達がざわつく。


「……」


 その逸話については聞いたことがある。

 帝国へ来る前火山を噴火させ我が軍の侵攻を食い止め、やまなかった嵐を吹き飛ばし、さらに巨竜を一瞬で消滅させた。

 それを実現させた力というのが、その『シリョク』というものか。


「その力を使い、この場から消えたというのか?」


『いいや。相棒は使ったんじゃねえ。そのシリョクと一体化したのさ』


 ……なにを言ってるんだこいつは。

 思わずさっきと同じ感想が漏れてしまった。



『これこそが究極のサムライに到達した証。シリョクを操ることを極めたサムライは、世界の理さえ把握出来る。世界と一体化し、おのれのシリョクと他のシリョクも同じくあつかえるのさ。わかりやすく言やぁ、相棒は今、周囲のシリョクと同調し、世界と同じ存在になった』


「つまり、サムライは今そこにいるが、世界と同化しているため見えないということか?」


『まあ、難しいこと抜きにして言やあそうなるな。つっても魔法を使って周囲の景色を自分にはりつけてなんてレベルじゃねえぞ。そこにいるけどそこにいない。あるけどない。相棒が世界であり、世界が相棒であるっつー、認識出来なきゃ触れることも出来ねえ次元にいるってこった』


 こいつの言うことを信じるなら、小部屋の中に火をつけてもなんの意味もないということだろう。


 未来にさえ見えないということは、その運命の流れからさえ抜け出したともとれる。

 運命の流れさえ操れる可能性さえある。


 だとすれば、余の見ている未来は根本から覆る可能性さえありえるだろう。


 魔力も使わず旧魔法帝国以上のことをやってのけるとは、さすがサムライである。


 これが、世界を救ったサムライの実力。

 先生があそこまで認めるわけだ。



 ……これが本当ならば。だが。



『おめーがどんな力を持っているのか、それはおれっちにも大体把握出来てる。それで相棒の居場所がわからねぇってことは、相棒の本気はその力を軽々と上回っているってことだ。だから、もう諦めてギブアップしたらどうだ?』


「ふざけたことを。それを信じろというのか? 適当なことをお前に言わせ、逃げる時間を稼いでいるとしか思えぬ!」


『そう思いたいってーならそう思えばいいぜ。なんでそこまで肩肘張って認めようとしねえのかはわからねえが、どんだけ意地をはっても、相棒にゃ勝てねえんだからな』



 わざわざサムライがこの刀を残し、こう説明させたということは、これを口にさせ、我等を混乱させるという目的の可能性も十分にありえる。

 星読みが通じない今、この言葉が真実かどうかを確かめるすべはない。


 だが、余はここでサムライに負けるわけにはいかないのだ。

 余の肩には、世界の命運がかかっているのだから!



「……確かに、サムライが余より一枚も二枚も上手であるのは認めよう」


 星読みで見た未来がはずされたのは事実だからな。



『おう。ならよ』


「だが、世界と同化しこの世から消えるというのはありえない。しかし、その秘密を解くには、余一人では荷が重いようだ。ゆえに、大将軍よ!」


「はっ!」


 後ろで控える大将軍を呼ぶ。



「力を貸せい!」


「は、はいっ!」


「大将軍以下全員に命ずる。この砦の中に潜むサムライを全員で探し出せ!」


「ははーっ!」

 全員が一斉に声を上げ、余の命令に従い一斉に散って行った。


 刀が言うように、余の力だけで勝てぬというのなら、臣民の力も借りればよい!


 余は、星読みの未来を実現するためならば誇りさえも捨てよう。

 どのような手段を使っても、未来を変えねばならぬのだから!



『ひ、卑怯だぞてめえ!』


 余の手元にある刀が叫ぶ。



「心外だな。人をいくら使ってもかまわぬと言ったのはそちらだろう? 余はサムライの力を認めた。ゆえに、勝つための手段を用いたにすぎん。世界の未来に必要なことは、今、サムライを従えるということなのだ!」


『こ、こいつっ……!』

『(すぐ相棒の強大さを認め、一人じゃかなわねえと判断し、即座に決断しやがった! おれっちの言葉を完全には信じてねえようだが、それでもこの判断が出来るたぁ、こいつの意思は本物だ。そこまでして王国へ攻め入りてえってのか? いったいなにを背負ってやがるってんだ!?)』


 刀が戦慄している。


『(だがよ……)』



『……確かに、相棒が認めていたから卑怯とは言わねえ。だがよ、相手が悪かったな。それでも勝つのは相棒さ。いくら数を集めようが、ここにいるやつ等じゃ誰一人として相棒を見つけられるヤツはいねぇ。この、おれっちをふくめてな』


「……」


 刀の言葉を無視し、砦内の本格的な調査がはじまった。


 戦士が人が潜める場所を片っ端から調べて回る。


 見えなくなっている可能性も加味し、常に魔法使いが周辺をサーチし続けた。



 この場にいる者全員が全員、出来ることをやった。


 誰もが余の言葉を信じ、サムライを探した。

 探して回った。


 なのに。



 なのにだ……っ!



 ゴーン。ゴーン。ゴーン。



 無常にも、正午を知らせる鐘が鳴り響いた。


 それは余が決めた、終了の合図。

 それまでにサムライを見つけられなければ、敗北だと取り決めた約束。


 その時が、ついにやってきてしまった……



 砦にあるものすべてをひっくり返し、魔法も駆使して隅から隅まで探したというのに、サムライの残滓さえ見つけることも出来なかった。

 砦から出てしまったのではと思うほど、気配さえ欠片もつかめず、完全に姿を消してしまっている。


 兵の中には外に出てしまったのではと疑うものさえいた。



 ガチャリ。



「っ!」


 どこかの扉が開く音が聞こえた。



 たまたま近くにいた私は驚き、その方を見る。

 共にいたサムライの仲間も、大将軍もその音に気づき、私と同じところを見る。


 誰もが驚きを隠せない。


 だってそこは……



 カチャッ。



 二つある扉のうち、廊下へ出る方の扉が開いた。


 そこは最初、サムライが入ったと確認しに行った二つの部屋が続く倉庫。

 今そこに、兵は誰もいない。


 だというのに、その扉が、開いたのだ!



 その扉を押し開き、人影が姿を現す。


 それは……



『相棒!』


 変わらず余の手の中に納まる刀が声を上げた。


 そう。


 扉を開けて現れたのは、我々が血眼になって探していたサムライだった。

 サムライ、だった!!


 バカ、な。


 私は愕然とする。

 あの刀が言ったとおり、あの小部屋に本当にいたというのか!?


 あの部屋だって入念に二度三度どころではないほど調べ、さらにルールは見つければいいだけ。死ななければいいという理論で部屋全体に魔法をぶつけあぶりだそうとしたほどだというのに。



 それでも出てこず、ここにはいないという結論になって他を探したというのに、やっぱりあそこにいたというのか!?



 愕然とするのは私だけではない。

 大将軍も、探索に加わった戦士達、魔法使い達全員が信じられないというような顔をしていた。


 当然だ。あのなにもない小部屋に本当にいたなど信じられるものか!



 部屋から顔を出したサムライがそこにいる私達を見て少し驚いた顔を見せた。


 彼としても、まさか私が一人で探さぬとは予想外だったようだ。



 あたりを見回し、私を見つけ、その前にやって来た。


 まるで握手をするよう手を伸ばし……


「俺の、勝ちですね」


 ……そう、小さく微笑んだ。



 この勝負。我等の完敗である……




──ツカサ──




 さて、ネタ晴らしのお時間だ。


 といっても、今回は特になんのひねりもなく、女神様の力を借りて地球に帰ってタイムアップまで時間をつぶしてきたってのが今回の勝利の法則第一号だ。

 二号はない。


 そりゃあ、誰がどれだけ血眼になって俺を探しても見つかるわけがない。

 だってその時、俺はこのイノグランドにいなかったのだから!


 え? 砦から出ているから反則じゃないかって?


 大丈夫。出たなんて誰もわからないから。

 だってこの時俺がどこにいたのかを証明出来る人は誰もいないのだから!


 勝負はかくれんぼ。見つからなかったら勝ちなのだから、見つけられない相手側が悪いのである!


 見つからないのだから、俺がどこに居たのか俺以外誰も証明出来ない。


 つまりはこれは、俺が自分から白状しない限り絶対に判明しない反則技なのだ。

 あ、反則言っちゃった。


 だが、勝てばよかろうなのです!



 そもそもこれで負けたら結婚の上王国と帝国の戦争がはじまっちゃうんだよ。

 その両方を回避するためなら、このくらいの反則やってもバチは当たらないはずだよ。


 きっとそうだよ。女神様だって許してくれる。だって力貸してくれたんだもん(携帯アプリでやれば自動的なんじゃとかそういうのには耳を塞がせていただきます)


 だから、問題ない!


 皇帝からオーマを返してもらってこれにて一件落着!


 万事解決!!



 ということになりたかったんだけど、そういうわけにはいかなかったみたい……




──アッサミール──




 勝敗は喫した。


 砦の中にいる者達は、サムライの凄さをたたえ、それに挑んだ無謀な自分達はよくやったと慰めあっている。

 サムライの仲間も、この勝利に喜び、二人はサムライに飛びついてその勝利の余韻に浸っていた。


 この決着に悔しがる者はいても悔いる者や悲しむ者は一人もいない。

 むしろ誰もが喜んでいると言ってもよかった。


 それも当然だろう。表向きは勝っても負けても帝国に損のない勝負であったのだから。


 人によっては、戦争が確実になくなるサムライ勝利の方を喜んでいるかもしれない。


 皆が納得し、文句もつけない決着。

 誰もがそう思うほどの戦いだった。


 しかし。


 しかしだ。



 心を落ち着かせ、喧騒の中星読みを行う。


 数秒後の未来を読むのと違い、遠い未来を見るのは時間と大きな魔力がかかるが、その間余に話しかけてくるものなどは一人もいなかった。


「……」


 まぶたの裏に、未来の光景が流れる。



 サムライの提案を受け入れ、王国へ侵攻するのをやめた未来。



 その未来の結果は、余が望んだものではなかった……



 この先に待つ未来はたった一つ。


 そこにあったのは、なにもない世界だった。

 広がる『無』



 そう。遠くない未来。このイノグランドは、滅びるのだ。



 王国のどこかに突然生まれた巨大な孔に飲みこまれ、すべてが崩壊してゆく未来。


 それが、私の星読みが伝える、この世界の末路……



 変わらない。

 来る前先生と共に見た未来とまったく変化がない。


 やはり私は正しい。


 これではダメだ。

 このままでは、ダメなのだ……!


 なんとかして未来を変えないと。


 星読みの通り、世界は……



『やはり、サムライは一筋縄ではいきませんでしたか』


『……グネヴィズィールか』


 頭の中に声が響いた。

 魔法大臣、グネヴィズィールからの魔法交信だ。


 この場に姿は現さなかったが、事情は把握しているらしい。



 高い魔力を持つ魔法使いである彼女。そして我が師であるマーリンことマリン先生のみが、この帝国で余の星読みのことを知っている。

 彼女はサムライとの協力ではなく、排除を主張し、何度もそれを実行しようとしてきた。


 しかしそれはことごとく失敗し、余は最後の手段としてサムライの配下にむかえようとしたのである。


『……手は、もうない』


 こうなれば、先生が言ったとおり、サムライにすべてを話し、その結果未来が変わってくれることを願うしかない。

 サムライみずからが動いて変わるというのなら、すでに変わっていなければおかしいのだが……



『最後の最後の手段ではありますが、手はあります』


『っ!?』


『ヤツを、この世から消し飛ばすのです』



 なにを言い出すのかと思えば。

 それをしようとして、かの巨竜さえ無傷で滅ぼされたではないか。


 それが出来ないから、このような事態になったのであろう?



『確かに、巨竜でさえヤツに傷一つつけることはかないませんでした。しかし、そんなヤツに手傷を負わせた存在がいるのです』


『なに?』


『しかもそれは、完全体ではなく、ほんのひとかけら。ならば、その完全体。本体ならば、ヤツを倒せるとは言わずとも、大きなダメージを与えられるかもしれません』



 さすれば、弱ったヤツにとどめをさせると。



『巨竜と違いコントロールは出来ませんが、サムライならば必ず立ち向かうでしょう。これが、正真正銘最後の策になります』


『……』


 その存在の報告は受けている。


 分の悪い賭けだ。


 異界より異物の召喚。

 この世界に属せぬ存在が新たに現われるならば、星読みとてそれが現われねばその先は読めない。


 星読みとは、この世界の流れを読む力だからだ。


 だが、このままでは変わらず未来は暗いまま。



『……よかろう。準備は出来ているのだな?』


『はい。召喚の陣はすでに完成しております。あとは、一言命じていただければ、私の独断にてこれを行わせていただくしょぞんに。これは、魔法大臣の暴走。あとは、その命を持って償わせてください』


『お前の忠義。余は決して忘れぬ』


『なに。私にはサムライを倒したという名誉が残りますゆえ、どれほどの汚名が着せられようと問題はありません』


『……共に、地獄へ落ちようぞ』


『ありがたきお言葉……!』



 その言葉と共に、グネヴィズィールとの交信は終わった。



 もう、手段を選んではいられない。


 サムライは決して王国を滅ぼすことを良しとしないだろう。


 だが、そうしなければ、世界が滅ぶ。

 この世界を崩壊の未来から守るため、我等はサムライを倒さねばならない!




──グネヴィズィール──




 わらわは今、砦の近くにある小さな小屋にいる。

 さすがに、あれだけボコボコにされてサムライの前に出るほど厚顔無恥ではなかった。


 そこですべてが終わるのを待っていたが、砦に放った配下からの報告は、ある意味予想通りと言ってよかった。



 皇帝陛下の星読みさえ効かず、あっさりと勝利するとは、サムライはやはりとんでもない存在だ。


 ならば陛下の星読みが覆ったのかというとそうではない。

 決着後のあのお方のお顔を拝見すれば、結果がどうなったのかよくわかる(勝負が終わったというので魔法で見た)


 未来はいまだ、闇に閉ざされたまま。


 やはり、あのサムライを排除せねば世界は救われないようだ。

 わらわの主張は正しかった。


 しかし、陛下の星読みさえ跳ね除けるあれをどう排除するのか。


 それが問題だ。



 ……やはり、この最後の手段を使うしかないようだ。


 完全体を召喚しても、わらわをもってもコントロールし切れはしないだろうが、その強さは保障ずみ。

 かのダークカイザーに対抗するため召喚されたというのも納得がいく。


 下手をすれば、ヤツを倒す可能性さえありえる存在。



 それを、我が命を持って召喚する!



 ふふっ。まさかこのわらわが世界の未来のために命をかけることになるとはね。

 当初は皇帝を操り、世界を我が手にしようと思っていた。


 だが、皇帝陛下の真意を知り、いかな悪名を背負ってもかまわぬと、ひたむきに世界を救おうとするその姿を見て、わらわは考え方を変えた。

 今はもう、あの方のため、この命を捨ててもよいと考えているほどだ!



 すでに準備していた魔方陣に光を入れる。

 その召喚法は、かつて調査した時に入手済みだ。


 他人の確立した魔法だが、わらわならば完全に使えるだろう。



 さあ、我が呼び声に答えよ。



 破壊を司りし、異界の神よ!!



 陣の完成と共に、我が命が尽きるのがわかる。


 召喚は、成功した。

 あとは、信じるのみ。


 だから、どうか。これをもってサムライを排除し、我等に未来を……




──アッサミール──




 ゴゴゴッ。



 唐突に砦が。いや、砦だけではない。


 世界が、揺れた。


 まるで空に吸い上げられるかのような感覚に襲われ、空が暗くもなった。



 その異変に、誰もがその方向。

 空を見上げる。



 この振動。

 この気配。


 グネヴィズィール。

 最後の手段の召喚に成功したか。



 お前の忠義、余は決して忘れ……



 キンッ!!


 ──!?



 この瞬間、余の視界に、新たな未来が視えた。


 いや、新しくはない。

 この崩壊の未来は、先ほど見たばかりだ。


 見たからこそ、またそれが頭にリフレインする。


 世界に孔が開き、世が滅ぶ未来。

 だが、なにかがおかしい。


 この未来。本来は王国のどこかであるはずなのに、今視える未来の起きている場所は、余がいる砦。


 この場で、世界の崩壊が起こっている……!



 星読みが終わる。

 視界が戻れば、目の前に広がる景色は、今さっき見た星読みでの光景と同じだった。


 今、まさに、ここで起きている光景と!


 すなわち……



 すなわち今が、余が見た崩壊の時!



 召喚と共に、未来が変わったのだ。

 世界の崩壊が、今に早まったのだ!!



 そんな。


 そんなバカな……


 いや。

 違う。


 私は、気づいた。

 気づいてしまった。


 これは崩壊が早まったのではない。

 これこそが、世界崩壊のトリガー。


 世界を滅ぼす基点だった!


 愕然とする。



 世界の崩壊を防ぐ鍵は、サムライではなかった。


 世を滅ぼすのは、世界を守ろうと動いていた我々の意思。



 すべては、我々にあったのだ……っ!!



 空。

 そこに、闇の円が現れた。


 まるで孔のようなその闇。


 その孔の周囲に空気の渦がまく。



 ズズッ。



 その孔の中から、なにかがはいずり現れた。



 ゾッ。

 それが現れた瞬間、体が凍ってしまったかと思った。


 それほどの圧力。

 感じる、この、絶望的な力。



 それはまさに、すべてを終わらせると確信させる終わりの力だった……!



 それを。

 それを私が呼びこんでしまった。


 星読みを実現するために。


 私が、この未来を呼びこんでしまった。



 先生の言うとおり、星読みの結果に固執するあまり、いつの間にか私がこの未来を作る側になってしまっていた。



 世界は、今日、終わる。

 私の星読みどおりに……



 この世界は、無に、還る。




 おしまい

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