第85話 リオネッタと呪いの刀
──リオ──
「うううう。もおぉぉお!」
おいらは今、ガラウルの街にあるどっかの館の部屋で頭を抱えてもだえていた。
ここがどこかはよくわからない。マックス達がいたとこから逃げ出して、ちょっと回復したソウラの力でぴょーんと跳んで適当なところにとびこんだから。
「おいらのばかあぁぁぁ!!」
自己嫌悪中。
もだえている理由は、ツカサの手を煩わせないよう張り切って巨竜を退治しに行ったのに、見事なまでに返り討ちにあって負けてしまったからだ。
ソウラと黄金竜の鎧がなければ間違いなく死んでた。
言い訳のしようもないくらい完璧な負けだった。
バリアを張って周囲を守ってたからしかたないとか、相手に魔法が通用しなかったからとか、そんなレベルじゃない。まさに、完敗。
いくら予想外のあの魔法触媒のプレートがあったからって、もっと戦いようがあったはずなのに。
「もおおぉぉ!!」
思い返してまた部屋の中を転がる。
地獄まで行っていろんな経験してきたってのに、結局大事なとこじゃツカサがいなきゃダメだった。
せっかくやっとツカサの背中に迫ってきたかと思ったのに、あんなの見せられちゃその差なんてどれくらいあるかもわからなくなるじゃないか。
おいら一人でもやれるってところを見てもらいたかったのに!
このままじゃ……
想像開始。
ほわほわー。
「やっぱリオはダメだな。一番の仲間はマックスだ」
「ぷげらにござる」
肩をすくめるツカサ。
おいらをあざ笑うマックス。
「そんなのやだー!」
そんな視線にさらされるのが嫌だから、マックスと一緒に宿には戻らず、ここに逃げこんできたってわけさ。
わけさわあぁぁん!
「ううう……マックスはともかく、ツカサにあわせる顔がないよぅ……」
『あの、多分ツカサ君は気にしていないと思いますよ』
「それはそれでなんかやだー!」
理不尽なのはわかってる。でも、気にもされないのはそれはそれでさびしい。って気持ちもわかってもらえると思う!
『というより、リオ、あなたがそんなに気に病む必要はありません』
「……ソウラ?」
ごろごろ転がるのをやめる。
『悪いのはあなたではなく、かつて倒した相手だからとなめてかかった私の方。黄金竜の鎧を得て強くなったとうぬぼれ、相手の戦力も考えずあなたに行けと言ってしまったのですから……』
「……」
『すべては私の不手際。本来ならこの私が刀身を砕いてわびるべきなのです!』
「いや、それを言ったらあんなの予測出来なかったわけだから。あの魔力触媒の十二個の光。あれ元々マリンが持ってたヤツだし。あんな反則的なの出してこられたらしゃーないって。魔石ってのもあったし」
『ありがとうございますリオ。でも、あなたもそれを言い訳にしたくないから、こうして頭を抱えているんですよね?』
「わかってんじゃん。ソウラだってそう思ってるから、自分の責任だって言ったんだろ」
『はい……』
「つまりはさ、これはおいら達二人の負けなんだよ。どっちも悪いんだ」
『ええ。ですけど、現実を直視しましょう。私達はここで刀身を折るわけにもいきませんし、諦めるわけにもいきません。まだ、やることがあるんですから』
「わかってるよ」
そんなのわかってるさ。
この帝国に来た目的は、王国との戦争を回避すること。
あの巨竜だってそれを阻止しかねないツカサを倒すため魔法大臣てヤツが蘇えらせたってマックスとあそこにいた大将軍達が言ってた。
だから、あれを倒したからって旅は終わりじゃないし、目的はまだ果たせてない。
こんなところで旅をやめるわけにはいかないんだ。
でも、あわせる顔がないのとそれとは話は別。
もうちょっとだけ後悔する時間が欲しいってもんだよ!
「……ツカサはさ、あれに勝ったんだよな」
あれってのはもちろん、巨竜のことだ。
壁にうちつけられてへろへろになってたけど、窓に魔法大臣がかけてたって遠くを見える魔法でおいらも巨竜が迫ってくるところは見えてた。
ツカサもたった一人であの巨竜に立ち向かい……
『ええ。戦いとかそのようなレベルでなく、戦いにすらなっていませんでした』
「ああ。おいら達二人でどうしようもなかったあの状態の相手を、ツカサはあっさり返り討ちにしたんだもんな……」
さすがツカサだ。と喜びたいところだけど、こうまで圧倒的な差を見せつけられると、さらに落ちこんでしまう。
今回のこれが、ダークカイザーを倒して生きて帰って来たツカサ本来の力。
千体の闇人を病の体をおして倒した時も、火山を噴火させた時も、全部余力を残してた。
今回のこれは、封じる必要のない力を使った結果だ。
ちょっと強くなって追いついたかと思ったけど、そんなことは全然なかった。
むしろ強くなったと思ってツカサの強さがわかるようになった方が、より距離があるって実感させられた。
このままじゃ、いつまでたってもツカサには追いつけそうにない。
昔はそんなこと思わなかった。
こう思うのは、おいらが高望みをしはじめたからだろう。
ツカサの後ろについていくんじゃなく、隣で歩きたいなんて思ってしまったから。
だから余計に、自分の無力感にさいなまれる。
「はあ」
『はあ』
二人でため息が出た。
『なんじゃ。せっかくかわいい娘が来たと思ったのに、ずいぶん辛気臭いため息をつくのう』
「っ!」
突然の声。
飛び上がって片膝をついて、その方向にソウラ(ペンダント状態)をむけた。
「……」
でも、そこには誰もいない。
あるのは、展示品と思しき刀だけだ。
……刀?
そういやマックスがこの街に入る前からテンション高くして言ってたっけ。
ひょっとするとここに、本物の刀が残っているかもって。
「この地を守り、サムライは『カミカゼ』を使って亡くなったそうです。そうして街を守った彼は、丁重に葬られた。当然、その遺品もこの墓におさめられている。万一そのサムライの刀が、拙者のサムライソウルのタイプでなく、オーマ殿のような独立型のタイプならば、そのサムライの使っていた刀が残っていて拝見出来るやも! そう思ったらテンションがあがらないわけがないに決まっておるでござろう!!」
なんか早口でめっちゃ力説してた。
正直ここまでテンションあがる理由がおいらにはさっぱりわからなかった。
前に武器の村によった時(第20話参照)も同じようなこと言った気がするけど、武器にこだわるオトコノコの感性って女のわたしにはさっぱりだ。
だから、はいはいと聞き流したけど、マックスの言ってた独立型。
──一応説明しておくが、サムライの刀とは、サムライ自身がその魂の半分を研ぎ出し、刀とする、刀はサムライの魂を体現したタイプと、刀鍛冶の手によって命を吹きこまれた所有者とは別の意思を持った独立型の二種類の作り方がある。
半身を用いた場合、そのサムライが死ねば刀も消えてしまう(受け継ぐ者がいれば別)のに対し、独立型はサムライと刀は別なので当然残る。
というわけなのである──
目の前にある刀が、その独立型の刀なら、おいらにむかって声をかけたのはこの刀でもおかしくないってことになる。
「ひょっとして……」
『ほう。このじじにすぐ目をつけるとは、嬢ちゃんサムライのことを知っておるな?』
「やっぱり。あんた、この街で死んだサムライの刀か」
『いかにも。ワシがサムライと共に戦ったじじじゃ!』
やっぱり、マックスのサムライソウルの半身タイプじゃなく、オーマやトウヤのと同じ自立タイプか。
『ちなみにじゃが、じじってのは名前じゃないからの』
「あ、そうなんだ」
ちょっと紛らわしい。
自分のこと『じじ』とか『ワシ』って呼ぶってことは、けっこうな年なのかな?
『ワシの名は……いや、じじと呼んでくれい」
「え? なんで?」
『まったく知らぬ間柄の方が話せることもあるじゃろ。こんな暗いところでふさぎこんでいては悪循環じゃ。この、名も知らぬじじに話してみぬか? 心にたまったものを吐き出せば、少しは楽になるじゃろうて。今のワシでも、耳を貸すくらいはしてやれるからのう。まあ、刀だけに耳はないが。カカッ』
なんなんだこの爺さん刀は。
でも確かに、知り合いには話しづらかったり相談しづらいこともある。
なにも知らない人の方が話しやすいこともある。
この爺さんの言うことも、一理あるかな。
このままソウラとこの部屋でもだえているより、話してすっきりした方がいいかもしれない。
「……そう、だね。それじゃせっかくだから聞いてもらおうかな」
サムライと旅してきたってんなら、なにかいいアドバイスもらえるかもしれないし!
『うむ。話してみんさい。いったいなにに悩んでおったのかね。若人よ』
「おいらはさ、追いつきたいと思ってる人がいるんだ。トンでもなく、大きな人なんだけど……」
そう前置きをしながら、この『じじ』って刀にツカサのことを話しはじめた。
ツカサがどれだけ凄くて、とんでもないことをしてきたのかを……
……
…………
「……で、この街の外に現れた巨竜をあっさり大地ごと消し飛ばしちまったんだ」
『……ふむ。なにやら外が騒がしいと思うたら、そのようなことが起こっておったのか。一応ダークカイザーが討伐されたのはここに参った者の口から聞いていたが、それ以外にもさまざまなことがあったんじゃな』
ここはこの街を守ったサムライのお墓でもある。
だから、ここをお参りする人がいろいろと口にするのを聞いているらしい。
でもその人達は当事者でもないから、詳しいことは結局よくわからないんだとさ。
『そうか。色々あったんじゃな。うん。外のことはとんとわからんから、驚きの連続じゃ。ちょい待て。今、考えをまとめるでな』
「うん」
『つまり、嬢ちゃんの追いつきたいって少年はサムライで、二度。いや、今回でもう四度目。一つ前はここに来る前の海で理が崩壊しようとしていたのを修復し、しかも最初はあのダークカイザーで、さらに生きて帰ってきた上でその後邪界王を相手に命をかけ世界を救い、その上でかの女神にこの地へ呼び度してもらって完全復活したと……』
「その通り!」
『嬢ちゃん……』
「なに?」
『いくらじじが十年この部屋にいたからって、騙そうとするのは関心せんなぁ』
「……」(おいら)
『……』(ソウラ)
『いくらサムライが自然の事象を操ることが出来るからって、たった一人でじゃ無理ってもんじゃよ。何百人ものサムライが集まってやったことを一人にまとめて話したんじゃろ? 他の英雄の話も混ぜたんじゃろ? そうじゃなきゃ無理じゃわい。いやー、この十年でよくもそんな人数育てたもんじゃな、後進の者達は』
うんうんと、じじは納得したようにうなずいた。うなずく首はないけど。
「……」(おいら)
『……』(ソウラ)
『……』(じじ)
降りる、沈黙。
ツカサ、あんたのやったこと、同じサムライの刀にさえ信じてもらえないレベルのことだったみたいだぜ。
『え? ワシからかってるんじゃないの? 本気なんけ?』
「まあ、信じられないってのもわかるけどさ。マジなんだよ。それくらい途方もない人なんだって」
『いやいや、ないない。むしろあっちゃいかんレベルじゃろ』
『残念ですが、事実です。この聖剣の名に誓ってもかまいませんよ!』
『いや、その名にかけられても、ワシその聖剣の伝説知らんし』
『しょぼーん』
ソウラがしょんぼりした。
まあ、この刀王国来てないんだからソウラのこと知らなくても仕方ないけど。
『い、いいんです。はるか東方からやって来たのですから、知らなくて当然でしょう。気にしてませんよ。全然』
『そっちもワシのこと全然知らんじゃろうから、お互い様じゃな!』
「とにかく、信じなくてもいいけど、それくらい凄い人に追いつきたいってことなんだよ。でも今回その差を思いっきり思い知ったってことだよ!」
『安心せい。嬢ちゃんが嘘を言ってるとは思っておらんよ。目を見ればわかる。まことに現れたんじゃな。救世主と呼べる存在が……』
どこかしんみりと、じじは遠くを見たように見えた。
『しかし、ツカサというサムライか。ワシは聞いたことないのう』
「ダークシップが来た時その攻撃で行方不明になって、そのまま一人で修行したんだってさ。その時から十年。世界を救うためすべてを投げ捨てて努力したんだって」
『……ある種の執念じゃな。たった十年でそこまで至るとは』
「でも、そのせいでツカサはいつも一人なんだ。高いところにいすぎて、共に歩いてる人は誰もいない。だから、おいらは!」
『そのサムライに追いつきたい。ということか』
「そうさ!」
まあ、今ちょっとその差に絶望してたところだけどね。
『カカッ。普通ならば憧れで終わるほどの差。その差を知りながらもまだあがくか。それでも隣に並びたいと願うその気持ち。じじは心をうたれたぞ! ならば、このじじもひと肌脱ぐしかないようじゃな。肌は刀じゃからないが!』
「……その刀だからって、あんたの中で流行ってんの?」
『うむ。持ちネタというヤツじゃ。使っちゃやじゃぞ』
悪いけどもうすでに一回使っちゃったよ。刀だからネタ。
「とにかく、ひと肌脱ぐって、なにかしてくれるの?」
『うーむ。するというか、させるというか。サムライを知っておるなら、ワシ等刀が特別な力を持っていることを知っておるな?』
「ああ」
ツカサの相棒、オーマなら周囲のことを詳しくわかる『把握』って力。
マックスの刀、サムライソウルなら周囲の人の力を借りて集めて自分の力にする『融和』って力とかだ。
同じ刀だから、このじじもなにか特別な力を持っているんだろう。
『ワシの特性を使えば、嬢ちゃんはサムライに一足飛びで近づけるかもしれん』
「ホントに!?」
『ワシは冗談は言っても嘘は言わん。ただし、これを受けても強くなるとは限らん』
「ええ、なんだそれ……」
なら、やる意味ないじゃん。
『サムライとはイコール強さではないからな。じゃが、強くなるきっかけにはなるじゃろうし、やりとげたと自信もつく。失敗からの挫折ならば、成功すれば一転前に進む気になるって寸法じゃ』
んー。確かにそうかも。
いい気分転換になるかもしれないし。
『ただし、失敗すれば、死ぬ』
「……」(おいら)
『……』(ソウラ)
『死ぬ』
「二回も言わなくてもわかるよ!」
『強くなる保障もないというのに、命をかけろというのですか? さすがにそれは、賛同出来かねますよ』
『うむ。確かにその通りじゃ。これは地道にこつこつ積み重ねない。いわば邪道。心に呪いという毒を入れ、強引に力を引き出すという手法じゃからな』
ソウラの言葉に、じじが大きくうなずいたように見えた。
『我が特性は『呪殺』。その名の通り、相手を呪い殺すことしか出来ぬ力よ。それを受け、跳ね除けられたとすれば、すなわち見事サムライの道を開いたということになる』
『聞いてなおさらやらせられません! ほぼデメリットしかないじゃないですか!』
強くならない。ってのはそういう意味か。
よくわからないけど、めちゃくちゃ強引な方法だってのはわかった。
『一足飛びにサムライになる方法だと言ったじゃろ? 邪道にはそれ相応のリスクがつきものってことじゃ』
『そのリスク高すぎるでしょう。リオ、さすがに命をかけるというのはやりすぎです』
『その通りじゃな。やめるのも一つの道である。その若人は逃げはせん。地道にこつこつ正道を積み重ねて行くのも立派な道じゃ』
「いや、ソウラ、じじ。おいら、やるよ」
『リオぉ!?』
無茶なのはわかってる。
でも、正道でツカサに追いつくのは絶対に不可能だ。
十年同じように修行したサムライとだってツカサとの差は天と地ほどもあった。
それ以上に差があるおいらがその差を埋めるには、それこそ命をかけるほどの方法が必要になる。
強くならないかもしれない。でも、強くなるかもしれない!
命のやりとりはもう何回もしてきたじゃないか。
何度も死んだって思ったこともあった。
命が大事だからって逃げ続けていたら、一生ツカサに追いつけない!
今のおいらは、冷静じゃないのかもしれない。
ただ、焦っているだけなのかもしれない。
でも……っ!
『やらずとも、誰も責めぬぞ。これからの世、それほどの力も不要じゃろうからな』
「だとしたらなおさらツカサは孤独のままじゃないか。おいらはそんなツカサの隣にいたい! こうしてじじにあったのもなにかの縁なんだ。おいらはこの運命を、信じる!」
『……はぁ。まったく頑固なんですから』
ソウラが、折れた。
『うむ。その覚悟、ワシはしかと受けとった。さあ、嬢ちゃんよ、ワシを手にとるがいい。さすればその力、瞬く間に嬢ちゃんを蝕むじゃろうからな!』
「その言い方、なんかやだな」
『事実じゃからな。呪いを跳ね除けられねば死じゃ。覚悟せよ』
「……ああっ」
おいらは改めてうなずき、飾ってあったじじを手に取る。
『では、よいな?』
「ああ!」
ぐっと握る。
『リオ、ご武運を』
「ああ。がんばる!」
『怨ッ!』
「っ!」
じじの言葉の直後、おいらは足元からなにかに飲みこまれるような感覚に襲われた。
そのままあたりが、真っ暗に変わる。
そこは……
──ソウラ──
刀を握ったリオの動きが止まった。
きっとじじの呪いを受けたのでしょう。
『……リオ。やる許可はしましたが、いざとなれば私が助けに入りますからね』
言うと甘えになると思い、あの時は口にだしませんでした。
こちらに意識がむいていない今なら、言葉にしても平気でしょう。
『んむ。ワシも嬢ちゃんを死なせるのは本意ではないからの。もうダメかと思ったら、そうしてくれてかまわんよ。幸いぬしは嬢ちゃんの体を動かすすべがある。ワシを放せば、命までは持ってかれんじゃろう』
『でなければ許可しません』
大体の法則は予測出来ていました。
でなければこの刀もあんなこと持ちかけてこなかったでしょうから。
死の覚悟を持ってこの試練ともいえるものに挑戦させる。
それがじじの狙いだったのでしょう。
あとは、リオ。あなた次第です。
……ああ、でも、もどかしい。
でも、私はただのインテリジェンスソード。聖剣として完成された存在。
これ以上の成長はありません。
かわりにレベルアップなんてことは不可能。
だからこそ、もどかしくて不甲斐ない。
世界を守るはずの聖剣なのに、リオ一人守れないなんて……!
ツカサ君。君ならばこの状況、どう切り抜けます?
私はただ、祈るしか出来ません。
リオの、無事を……
──リオ──
気づくと暗闇の中に、おいらは一人でぽつんと立っていた。
まるで闇の中に浮いているようだというのに、しっかりと地に足がついているのを感じるこの感覚。
これ、前にオーマが見せてくれた過去の再現(第41話参照)に似てる気がする。
つまりは、オーマのヤツとこれとは似たような作用ってことなのかな。
ただ、オーマのヤツと全然違うのは、安全地帯になってた白い円がないこと。
いきなりあの過去の再現がはじまっているような感じなことだ。
オーマみたいに優しくない。
おいらはそう思い、一応身構えた。
意味があるかはわからないけど。
ぽうっ。
目の前に誰かが現れた。
暗闇の中だというのに、その姿がはっきりとわかる。
「ツカサ……?」
闇の中いきなり現れたのは、ツカサだった。
『この中で、お嬢の思い描くもっとも強きものに勝つことが出来れば、おぬしはきっと殻を破ることが出来るじゃろう。健闘を祈る!』
あー、だからツカサが出てきたってわけだ。
おいらの思い描くもっとも強い存在といったら当然ツカサしかいないから。
「……」
うんうんと納得したけど、おいらの表情は真顔だった。
だって。だってよ……
「ツカサに追いつきてぇって言ってんのに、そのツカサに勝てってどういうことだコラー!」
おいらの絶叫が、この謎の空間に響いた。
じじからの返答は返ってこなかった。
かわりに来たのは……
ちゃきっ。
ツカサが腰の刀を鞘に入れたままかまえる。
おいおい、マ……
ダッ!!
……ジか、最後まで考えている間なんてなかった。
ツカサの一撃が、おいらにせまる。
これ、かなりまずいかもっ……!
──ツカサ──
抜け道を通って街に戻ると、このガラウルの街はいろんなことで大騒ぎだった。
まず、街が封鎖されていることと街の封鎖が解除されるという情報が交錯している。
封鎖の解除が本当なら、マックスがやってくれたんだろう。
次に騒ぎになっているのは、巨大なドラゴンが街の方に飛んできていたこと。
そしてそれが、忽然と消えて、無の砂漠に巨大な大穴が開いていること。
やっぱあんなドラゴンが空飛んでれば騒ぎになるよな。しかもいきなり消えたんだもん、もっと騒ぎになるよ。
それらのことが入り混じり、どれが本当で嘘なのかわからず、街の人達は混乱してざわざわと浮き足立っている。
「聞いたか? あのいきなり開いた穴のこと」
「ああ。聞いた聞いた。つーか見てきた。あれ、とんでもないぞ」
ぴくっ。
「おい、見たか。あのドラゴン」
「ああ。見た見た。ついでに消えるのも見た」
ぴくぴくっ。
ううっ。街の人達が穴のことやドラゴンのことを話題にするたび、俺の耳は思わず動いて胸が痛む。
気にしないと心に言い聞かせているけど、自分のしでかしたことを気にするなってのがやっぱ無理ってもんだ。
ちゃんと指示された場所に到着してたし、ドラゴンにいたっては俺の声が聞こえていたかも怪しいんだから俺のせいじゃないってのはわかっているけど、それでも気になるものは気になってしまう。
だからそれらの話題をなるべく耳にしないよう、それらのことが聞こえたら意図的に意識をそらし、耳をふさいでそれらの話題をシャットアウトする。
そういう涙ぐましい努力をしながら、俺は皆が待つかもしれない宿を目指す。
「どうやらよ、空に浮かんでいたの、伝説の巨竜だったみたいだぜ」
「街を襲う気だったらしい」
「それから救ったのは、サムライだって俺聞いたぜ」
「あの大穴も、巨竜を倒す余波で生まれたんだとさ。ほんとにサムライはとんでもねぇな」
「十年前も今日も、彼等にはいくら感謝してもたりねぇくらいだな」
「巨竜が倒されたのを見て、大将軍様も篭城を諦めたようだ。帝国の行く末を、そのサムライに託すんだとよ」
「まあ、当然の判断だろう」
「ああ。あんなの見せられちゃな……」
なんかいろんな人がいろんな話題をしているような気がするけど、全部シャットアウトしてるから耳に入ったとしてもまったく認識出来ない。気にならない。
結果がどうなったのかの真実は、宿で二人から聞けばいい。
宿に戻るとすでにマックスがいた。
「ツカサ殿! お帰りなさいませ!」
俺が部屋に入ったとたん、飼い主の留守を待っていた子犬のようにぱぁっと笑顔を見せ、こっちにきた。
「無事、封鎖の話はまとまりました。すぐにでも街は開放され、その上大将軍が皇帝との謁見まで世話してくれるそうです!」
おお。マックス説得に成功したのか。
見つけた抜け道はまったく無駄になったけど、それはそれでよかった。
「これもすべて、あの大穴が開いたおかげにございます」
「……」
びくっ。
思わず心が動いてしまった。
んご。とか。んがっ。とか声が出なかっただけマシか。
そ、そりゃまああんな大穴が突然開いたらなにかと思うよな。封鎖している場合じゃないってことになっても不思議はないよな。
そして当然のごとく、誰がやったのかとか知りたくもなるよな!
「ですのでツカサ殿……」
「悪いなマックス」
どうせあそこにいたのは俺一人。言わなきゃわかんないんだから、このまましらばっくれよう!
「それについて話すつもりはない」
「わ、わかりもうした」
……かなり怪しくて強引だったけど、なんとかしらばっくれることに成功したぞ!
(やはり、あの倒し方では誇る気にもならぬというのですね。世界を救っても驕るどころか反省さえする。なんてお方にござろうか!)
「ツカサ殿。辛いことがあったら、いつでも言ってくだされ、拙者、全力でお力になる所存にございますぞ!」
「え、いきなりなに?」
「なんなら今、全力でツカサ殿を甘やかしますぞ。さあ!」
唐突に両手を広げた。
「い、いや、遠慮します。ごめんなさい」
「なぜに謝るのにございますー!?」
そりゃ謝るよ。いきなり抱きしめたいなんて。なにかのバツゲームに近いじゃん。
せめてかわいい女の子にしてください。
「ところで、リオは?」
このままこの話を続けていると強引に甘えさせられそうな予感がしたので話題を変えることにした。
「ああ。リオは、自分の不甲斐なさに腹を立て、どこかに逃げてしまいました」
「は?」
「あの敗北が、よほどこたえたのでしょう……」
不甲斐なさ?
敗北?
いったいどういうこっちゃと思ったが、自分達のやるべきことがなんだったかを思い出し、納得の答えを得た。
俺は壁からの抜け道を探すこと。
マックスはこの街を封鎖した首謀者達と話をつけて解放すること。
そしてリオは、街を裏で仕切る人と話をつけ、別の抜け道を確保すること。
不甲斐ないってのは、リオがその確保に失敗したってこと。
敗北ってのは、マックスが成功したのに、自分は失敗したってこと。
つまり、マックスに負けたと思ってどっかに行っちゃったってことか……
確かにリオはマックスをライバル視してるから、自分がダメで相手が出来たなんてのは我慢出来なかったんだろう。
リオって結構負けず嫌いだし。
そんなこと気にしなくてもいいのに。
とは思うけど、俺はリオじゃないから当人の悔しさはわからない。
「いかがいたします? 街も開放され、帝都での皇帝との謁見も迫っております。ここは一つ、拙者が探してまいりましょうか?」
『なら、おれっちがちょいと探してみっか』
ふん。とオーマが気合を入れると、すぐ答えが出た。
『お、けっこう近いとこにいんな』
「どこにございます?」
『あれだ。おめーが行きたがってたサムライの墓所。そこに入りこんでやがるぜ』
「なんとっ!」
そういやマックスが行く気満々でその墓の近くに宿をとったんだっけ。
「不届きなヤツめ! 拙者が乗りこんで連れ戻してくれる! ツカサ殿も!」
え? 俺も?
サムライのお墓ってあんまりいい思い出ないんだよなー。
前に行った時はソウシってユのつく自由業になってたサムライにあっちゃったし(第24話参照)
またそんなことがないってことも限らないし。
ぶっちゃけ、あまり行きたくないんだよね。
別に。別にユのつく自由業なんてまったく欠片も怖くないけど、やっぱほら、今日はお墓のある建物も開いてないから、勝手に入ったらいけないと思ってさ。
リオのことは棚に上げておいてちょーだい。
「どうしました?」
返事をためらう俺に、マックスが首をひねる。
いや、これは……
だからといって、行かないって素直に言うわけにもいかない。
ひとまずなにか理由を考えないと。
「いや、俺が行っていいものかと思って」
「っ!」
(確かに、今のリオはツカサ殿には会いたくないはず。押しかけるのはむしろ逆効果やもしれん! こちらの事情でなく、リオの事情を考えておられたのですね!)
「人間誰しも、一人になりたい時はあると思うんだ。だからここは、迎えに行くんじゃなく待っているというのはどうだろう?」
『確かに、おれっち達が行って声をかけても逆効果かもしれねえな』
「心の整理がつくのを待つというわけにございますな?」
「そう」
そう。それ。それそれ!
俺が言いたかったのはそれなんだよ!
これで、お墓に入らなくてすむ!
リオの方はソウラがついてるから、危険なことがあっても返り討ちにしてもらえるだろうし。
「それでは拙者は、その墓の前でリオが出てくるのを待ち構えております! ツカサ殿はここで休んでいてくだされ! あとは拙者にお任せにございます。行くぞ、サムライソウル!」
『御意ッ!』
え、行くの?
そう思ったけど、マックスは俺が止めるまもなく部屋から飛び出してしまった。
「ええー」
『まあ、あれだろうな。隙を見て墓所に入れたらいいなー。なんて思ってたんだろうな』
「あー」
そういや昨日から行きたくてたまらなかったみたいだからなぁ。
なら、ここはとめる理由もないかな。
マックスの方も一人で歩いても大丈夫だろうし。
じゃあ俺は、お言葉に甘えてここでみんなが戻ってくるのを待っていようかな。
今日はもう、ぶっちゃけ疲れたし!
一休み一休み。っと。
──じじ──
いまさら自己紹介するのもなんじゃから、このままワシはじじとして語らせてもらうとしよう。
ワシの特性。呪殺は文字通り相手を呪い殺すもの。
その方法は、相手の心を砕き、その魂を殺し、肉体を死に至らしめるというものじゃ。
念じて飛ばせば遠くから呪い殺すことも出来るし、このように触れたものを直接呪うことも可能である。
もちろん斬ってもよい。むしろ斬った方が呪いの威力も増す。
相手が人ならばワシの特性は無類の強さを発揮し、昔はワシの争奪戦も起きたものじゃが、心を持たぬ相手ではまったく役に立たないという欠点もある。
ゆえに、我が主は十年前、奴等『闇人』を相手に刀の特性なしでの戦いを余儀なくされた。
サムライにとって特性が使えぬというのは大きなハンデであり、ワシの主は他のサムライと合流する前、この地を守り命を落とす結果となった。
これはとても残念なことじゃが、そうしてこの地に残ったワシが、まさか世界を救ったサムライにゆかりのある者と出会うこととなろうとは、世とはわからぬものじゃ。
それゆえ、あの嬢ちゃんには是非ともこの試練を乗り越え、新たな一歩を踏み出してもらいたいものじゃが……
「くっ。かはっ……」
鞘での一撃を腹に受け、嬢ちゃんがうずくまった。
直後、あごにむけ蹴りが飛ぶ。
鈍い音と共に吹き飛ばされ、嬢ちゃんは闇の中を転がった。
蹴りへのガードは出来ているようだが、衝撃は殺しきれていない。
嬢ちゃんは倒れたまま、腕を押さえうずくまる。
威力で言えば間違いなく折れたであろう。
だが、ここでは折れていてもその腕は動く。
むしろ、腕を輪切りにされてもここではその腕は動く。
たとえ腕が落ちたと思っても、切り口そのままに、折れた骨の痛みと殴られた痛みもすべて残り、感じることとなる。
それは脳天から真っ二つにされたとて同じ。
ここでは、痛みに負け、諦めた瞬間が死なのじゃ。
そういう意味では、嬢ちゃんは良く頑張っているといえよう。
ただの娘が、最強と慕うサムライにこれほどの痛みを受けてなお、立ち上がろうとしているのだから。
この地獄のような戦いは、この呪いを跳ね除けるか、呪いを受けた者の心が死ぬまで続くのじゃ……
少女が苦しむ姿を見るのはワシとて心苦しい。
しかし、一度はじめてしまった呪いは、もうとまらぬ。
とまらぬ。が……
おかしい。
ワシはどうにも違和感を隠し切れない。
刀を持っていることから、あの少年は嬢ちゃん達の語ったツカサ少年なんじゃろう。
嬢ちゃんへの攻撃の鋭さを見るに、それ相応の実力を持っているのもわかる。
それでも嬢ちゃんが死んでいないのは、この場が嬢ちゃんを苦しめる場であるからじゃ。
本来なら瞬殺されるような実力差であっても、嬢ちゃんの心が死なぬ限りは終わらぬ。
であるから呪いはあの手この手を使いその対象者を絶望させようとする。
……そうか。
ワシは違和感の正体に気づいた。
先ほど斬っても腕は落ちず痛みのみが残ると言ったように、殴る、蹴るはどちらをやっても十分に有効な呪いじゃ。
だというのに、この呪いは鞘での殴打はあっても、その刀を抜いて嬢ちゃんを斬るということを一切していない。
それは、どういうことじゃ?
呪いとしての特性をかんがみれば、抜かぬという理由はない。
なのに、なぜ抜かぬ?
加減をしている? いや、あれはワシさえ制御出来ぬ呪いの産物。
苦しめるのに有効ならば、なんでもするはずじゃ。
ならばそれは……
もう一つの理由に気づいた。
つまり、あの嬢ちゃんさえ、あの刀を抜いた姿を知らぬということじゃ。
そうならば、呪いが刀を使わぬのも納得がいく。
あれは嬢ちゃんが思い描くもっとも強き者の具現化。
すなわち、嬢ちゃんの思い描けぬ強さは再現出来ない。
刀を使わぬということは、嬢ちゃん本人がその姿をまともに見たことがないということを意味している!
刀を抜いて斬る姿を見たことがなければ、それを抜くイメージもまともに出来ぬのは道理。
なんてことじゃ。
嬢ちゃん達の言っていた戦いは。最強と信じるサムライの強さは、まことであった!
世を何度も滅ぼしかねぬ戦いの中、その少年はほとんど刀を抜かずに勝利してきたのだ。
話の中でまともに抜いたと聞いたのは『闇人』の集団と戦った一度きり。
それは村の宿から遠目に見ていた乱戦であるが故、なにをしていたかよくわからなかったというのもあろう。
それ以外の時は刀さえ抜かず戦いを切り抜けてきたとは、聞きしに勝るサムライであったか!
嬢ちゃんがまた鞘を受けた。
これは、いかん。
これほど強いと嬢ちゃんが想っているとすれば、これを跳ね除けるというのは不可能かもしれん。
闇の中を転がりながらも、嬢ちゃんはゆっくりと立ち上がる。
痛む腕をおさえ、それでも目の前に迫る呪いを見据え。
「痛い。ホント、痛いよ。でも、でもな。おいらは負けない。ツカサだって今までいつも一人で戦ってきたんだから! わたしだって、このくらい一人でなんとかしてみせる!」
『いいやリオ。それは無理だ。お前ももう、わかっているだろう?』
呪いで作られたサムライが口を開いた。
「っ!」
嬢ちゃんの顔色が変わる。
もっとも慕う者から出る言葉は、例え偽者とわかっていても心に響く。
特にここは心の世界。
その言葉は、もっともその者に響くよう生み出されている。
もっとも聞きたくない言葉を、対象に投げかける!
『俺に勝てるなどという幻想は捨てろ。誰なら俺に勝てる? 俺に勝てるのは、俺だけだ。ならばお前は、誰だ?』
「……」
少女はうつむいた。
『そうだ。わかったか? お前は、俺にはなれない』
「──っ!」
うつむいたまま、嬢ちゃんが一歩、二歩とあとずさった。
両肩を小さく震わせる。
「……ふふっ。ははっ。そうだ。そうだよな……」
なにか、諦めたような声。
……これは、いかんな。心がついに折れてしもうたか。
これ以上は危険じゃな。聖剣殿に危険を知らせ、緊急回避してもらわ……
『いえ、待ってください!』
「なにっ!?」
突然の声に、ワシは驚いた。
誰の声かと思えば、聖剣殿。
この世界にいるワシにいったいどうやって声を!?
まさか、ワシに触れる嬢ちゃんを通じて声を送ってきたというのか?
じゃが、それを刀でもサムライでもない聖剣がどうやって。
まさか。ただの剣が進化した?
いや、それとも嬢ちゃんの方が……!?
それこそありえん。
今、あの子は絶望のふちへ……
『いいえ。違います。リオは諦めたのではありません。私には、聞こえました。リオの、声が!』
なん、じゃと……?
「ふふっ。ははは。そうだ。そうだよ。おいらはなにを勘違いしていたんだ! そうさ。おいらがツカサになれるわけがないじゃないか!」
っ? なんじゃ。これは。
諦めの言葉を吐いているというのに、絶望していない。
むしろ、顔を上げたこの顔。
この笑顔。
これは……
……希望!?
「ありがとう。ツカサ。ツカサは敵になっても、おいらに大切なことを教えてくれる。そうだよ。おいらは思い上がってた。ツカサと同じやり方で、ツカサと同じ場所にいけるはずなんてなかった!」
なんじゃ。
なにが起きておる。
後ろ向きの言葉を発しているというのに、どうして嬢ちゃんの足元に光が満ちておるのだ!
「おいらは強くない。ソウラの助けがなけりゃマトモに戦えないってのに、一人でどうにかしようと思ってた。それが、ツカサと同じ道だと思って。でも、違う。そんなこと、ツカサだってしてない!」
嬢ちゃんが手を天にかざす。
「おいらは一人じゃ戦えない。だから、なんでも誰でも力を借りて、追いつく手段なんて選んでられないんだ! ソウラ!」
『聞こえています!』
「助けて!!」
嬢ちゃんのいる地から。手をかかげた天から光があふれた!
その光は嬢ちゃんの手に集まり、その手の中に、一本の光の剣を生み出す。
その姿は、聖剣。
ワシは見たことはない。
じゃが、それこそが聖剣ソウラキャリバーであることがすぐにわかった!
ワシの作り出した世界に、聖剣が介入してきたのだ!
「おいら一人じゃ無理でも、ソウラの力を借りれば。マックスの力だって借りれば、他の人の力を借りればいつか必ず、ツカサに追いつける。おいらは、一人じゃない! だから、待ってて!!」
かかげた剣を、嬢ちゃんが振り下ろす。
その一撃を、ワシの呪いはよけずに受けた。
それはすなわち、嬢ちゃんの心が呪いを跳ね除けたことを意味している。
……見事。じゃ。
一人で勝てぬのなら、他の者の力を借りる。
まさか、そのような手段があるとはな。
振り下ろされた光が、この暗闇を見事に打ち払った。
──リオ──
「っ!」
闇の中、ツカサの形をした呪いにソウラを振り下ろしたと思ったらすべてが光に包まれ、元の部屋に戻って来た。
『見事。おぬし達は我が呪いを打ち払い、この試練を切り抜けることに成功した。まさか、このような手段で呪いを跳ね除けるとはな』
「てへへ」
褒められた。
『しかし、よく思いついたもんじゃ』
「……実はさ、前にツカサが言ってたんだ。自分は、一人で戦っていないって」
『ほう』
「おいら達みんなはダークカイザーさえもたった一人で戦って勝ったもんだと思ってたんだけど、ツカサだけは、そう思ってなかったんだ。おいら達の助けがあったから、戦って勝てたんだって言ってくれたんだ。あんなに強いツカサだって、一人で戦ってるわけじゃない。そう言ってくれた。それを思い出したんだ」
『それだけ強くてなお、他者に支えられると口に出来るのか。そのツカサという若人は、本当にトンでもないサムライじゃのう』
「だろー?」
ツカサが褒められると不思議と嬉しくなる。
『弱さを認めることも、また一つの強さということじゃな。嬢ちゃんの追う男は、途方もない頂におるぞ。それに追いつくのは、本当に骨じゃ。それでも、行くのかね?』
「あったりまえ。おいらはもう、諦めないよ」
『そうか、ならばもう、ワシの言うことはないな。おぬしの導き出したその答え。それもまた、強さじゃ』
「ありがと。でもさ……」
おいらは自分の体を見下ろし、手を握ったり開いたり。ぷらぷらさせたりしてみる。
「……正直、なにか変わったって気がしないんだけど?」
『そりゃそうじゃろ。呪いを跳ね除けたのは嬢ちゃんの力じゃないからの。他力本願してなぜ結果を得れると思う』
「それもそうか」
あはは。とじじと笑いあった。
でも、なんだか不思議と晴れやかだ。
「まあ、ツカサにあわせる顔がないってのは吹き飛んだから、それでいいか」
『うむ。それでよいのじゃ』
おいらとじじは、また笑った。
『いや、短い時間じゃったが、とても充実したひと時じゃったよ。こうして後進に稽古をつけられたことは、ワシにとっても良い時間であった。世界を救ったサムライに、じじの教えが生きるのなら、それは誇れることじゃからな』
「生きるかなー」
うーんと、おいらは首をかしげる。
『そうしておけば、あとでワシが自慢出来るからの!』
「確かに」
それはもう、言ったもん勝ちだね!
「じゃあ、おいらもサムライの刀に稽古つけてもらったって自慢しよ」
『うむ。するがよいするがよい』
マックスあたりはめちゃくちゃ嫉妬するかも。こりゃいい土産話が出来た。
「それじゃ、そろそろおいらツカサのところに戻るよ。ホント、世話になったね」
『気にするな。かわいい娘の笑顔を見れる。それが世で一番の褒美じゃて』
「調子いいこと言って」
笑いながら、刀を展示の台に戻す。
「それじゃ、またね。じじ。仲間連れてお参りにくるかもしれないけど」
『その時起きておったら挨拶くらいはしようかの』
ああ、オーマと同じでじじも寝たりするんだ。
「その時はしゃーないな」
『うむ。しかたない』
「んじゃ、まったねー」
『うむ。また機会があればのー』
扉を出る時手を振って、おいらは外へと出て行った。
『……本当に、ありがとうございました』
出る時ソウラが小さくなにか言ったけど、それはおいらに聞こえなかった。
──じじ──
やれやれ、どうやら聖剣殿の方には気づかれてしまったようじゃな。
嬢ちゃん達は見事ワシの呪いを跳ね除けた。
結果、その呪いはかけた術者へ返ってくるもんなのじゃ。
呪い。などと大仰に名乗るだけあって、威力は格別。ただしその分、使う側のリスクも格別なんじゃ。
とはいえ、全力で殺しにかかったわけでない呪いであるゆえ、ワシもそのまま死ぬというわけではない。
ちっとばかしの時間活動出来なくなってしまうだけじゃ。
封印。もしくは休眠というとわかりやすいかもしれんな。
先ほど嬢ちゃんに言った眠っておるかもというのはそういう意味じゃ。
これからしばし、ワシは誰とも話すことは出来ぬ。
例え死なずとも、こんなことを知ればあの嬢ちゃんは気にやむじゃろう。
じゃから黙っておいた。
どうせ死ぬわけでもなしに、無意味な負担をあの子にかけるわけにもいかんからの。
聖剣殿もそれを察していたゆえ、あそこではなにも言わなかったのじゃろう。
ありがたいことじゃて。
しかし、ワシの呪いを跳ね除け、変化なしか。
あの時変わりなくて当然と言うたが、正確な理由はちと違う。
他力本願で呪いを跳ね除けたからでなく、あの二人はすでに十分な力を有しておったからじゃ。
それをまだ、完全に気づいていなかったゆえ、変わったように感じなかったんじゃろう。
嬢ちゃんはまったく変化を感じられなかったみたいじゃが、あの聖剣殿の方はなにかに気づいたかもしれん。
なんせサムライの刀であるワシの領域に踏みこんで来たのじゃから。
それは聖剣という完成された存在に出来ることではない。
きっと、あの嬢ちゃんと共にあることで出来る、嬢ちゃんの力を引き出した結果の力。
すなわち、嬢ちゃん一人では不可能じゃし、聖剣一つでも不可能ということ。
それはまさに、あの子の言った、一人では出来ぬという言葉そのもの。
一人ではサムライの試練をクリア出来なかったのも当然の話で、他力本願ならばクリア出来たのも当然の話じゃ。
邪道の修行を邪道な方法でクリアする。
邪道の道。それもまた強さといえよう。
すべての力はその使い方次第。
正しきことが常に正義ではなく、邪道が常に悪とはいえない。
邪道にして正道を行く。
聖剣を携えながらもそう歩む。
ほんに、面白い娘じゃ。
そしてその背中を追われるサムライ。
サムライという存在さえ超えた規格外の中の規格外。
一度でよいから、その顔を拝みたかったものじゃな。
ひょっとすると、知った顔じゃったかもしれんし。
もっとも、見ずともどれほどの男かは嫌というほどわかったが。
……さて、しばし眠ろうかの。
なあ、主殿。ワシはおんしと多くの者を殺してきたが、今回やっと、ワシの力で、人を一人、救えましたぞ。
この街を守り、散ったあなたと、同じ場所に立てました……
まあ、立つ足はないのじゃが!
『カカッ』
思わず笑みがこぼれた。
──リオ──
墓から飛び出すと、入り口のところにはなぜかマックスがいた。
「? なんでマックスがここにいんの?」
「オーマ殿のお力だ。出迎えるならツカサ殿の方がよかったかと思ったが、ツカサ殿に慰められるのは嫌だろうと思うてな。かわりに拙者が来た」
「……」
「敗北し、悔しい気持ちはよくわかる。ツカサ殿の視線が怖くなるのもな」
それは確かにそうかもしれない。
マックスだっていつも悔しい思いをしている。
それでもこいつは自分の弱さを認め、逃げずにツカサとむきあっている。
正直、そういうとこは凄いと思う。
「であるから、どうしても泣きたいというのなら、拙者の胸を貸すぞ?」
「バーカ。お前のなんか借りて泣くかよ」
「むっ?」
おいらが軽口を言ってにひひと笑ったのを見て、マックスが面食らった。
あの部屋から逃げ出したおいらの姿とまるで違ったからだろう。
正直じじと会う前だったらそれに甘えていたかもしれない。
でも、遅かったな。おいらはもうそんな気持ち乗り越えたのさ!
「平気なら、よいが……中でなにかあったのか?」
つき物が落ちたようなおいらを見て、マックスは怪訝な表情を浮かべる。
「そいつは教えてやらねー。でも、後ろばっかり見ててもしゃーないって気づいた。前をしっかり見て、今度こそツカサを見失わないよう追って行こうって思っただけさ」
「そうか。ならばよい」
「それじゃ、いこうぜ。いよいよ戦争も近いみたいだし、早くしないととめられなくなっちまうんだろ?」
逃げる前に一応聞いてた。
帝国の大将軍じゃ皇帝は説得出来ないから、マックスに協力を求めていたことを。
このまま面談の手はずを整えようと動こうとしていることを。
「う、うむ。その通りだが……」
? なんだ。妙に歯切れが悪いぞ。
マックスはちらちらと、おいらの後ろを見ている。
ははーん。そういうことか。
街に来た時からあれほど来たいと熱望してたもんな。サムライの墓。
「今日はどんだけ待っても開かねーと思うぜ」
封鎖が解除されるっつっても、もう夕方も近い。ここを管理するヤツとか誰もいなかったから、墓の見学が出来るようになるなんてことはないだろう。勝手に入って好き勝手したおいらが言うんだから間違いない。
「べ、べべべべべ別に拙者なにも思ってござらんよ。拙者なにも思ってござらんよ! なにせ拙者、特使にござるござからな!」
なんだよござるござからなって。
調子が戻ってきたから、おいらの頭もさえる。
からかうネタをぴーんと思いついた。
「ああ、そうだ。おいら中でサムライが使ったって刀と話したぜ」
「なっ!?」
「マックスが言ってた通り、サムライソウルタイプじゃなく、一個の刀だった。いやー。あの刀は……おっと、こんなこと話してる場合じゃねえな」
「ちょっ。いったいどんな。どんな方だったにござる? どんな話をしたにござる!?」
おいらと墓を交互に見て、おろおろと体を動かす。
そのうち顔だけじゃなく上半身ごと交互に見はじめた。
「悪いな。そいつは秘密だ。すげえためになった」
「う、うらやましいにござるー! こ、こうなったら拙者も……」
「いいのかなー。正義のサムライが理由もなく不法侵入なんてー」
「ぐわあぁぁぁ!!」
頭を抱え、マックスは膝をついた。
「拙者、拙者はどうすればあぁぁぁ……」
……そこまでいぢめるつもりはなかったんだけど。悪いことしたかな。
まいっか。
早いとこツカサのとこ戻って、もう大丈夫だってのを見せてやらないと。
待っててツカサ。
すぐ、そこに行くから!
おいらはツカサのところにむかって駆け出した。
おしまい