表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
84/88

第84話 対決、ジャガンゾート!!


────




 巨竜ジャガンゾート。


 今より500年前現れた、世界を喰らう怪物。


 それは、深い深い海の底に生まれた、小さな竜種であったと言われる。

 しかしそれは、いわゆる突然変異の個体であり、食べれば食べるほど強く、大きく変化していった。


 最初は海底を漂うプランクトン。次いで同じくらいの魚。大型の怪魚。その場を喰らいつくすたび上へ上へと移動し、いつしかそれは、島さえ喰らうほどのサイズへと成長する。


 そこに意思はなく、あるのはただ食すという本能のみであった。

 ただただ空腹を満たしたいという欲望だけだった。


 その食欲はとどまることを知らず、島の次は大陸。その次は……と、言葉も届かず、食すというおのれの欲求を満たすことしか考えていないそれを飼いならすことは不可能であり、それはいわば、生きた災害と言っても差し支えはなかった。


 このまま喰らい続けていればいずれ世界を。さらに世の理をも喰らい、外囲の枠をはみ出してその外さえ飛び出すほどの存在と化してもおかしくはない。


 人々に残された手段は、それを駆逐するという方法だけだった。

 世の危機を察した女神ルヴィアは一人の少女を選び、太陽の勇者として聖剣を与えた。


 彼女は竜と心を通わせ、言葉を理解する者の力を借り、黄金竜の助力を得て巨竜と戦った。



 勇者の尽力により巨竜ジャガンゾートは無の砂漠にて討伐され、巨竜は砂に沈み、世界の危機は去ったのである……




──リオ──




『決戦の地に無の砂漠が選ばれたのは、周囲に人がいないというだけでなく、巨竜の主力。力の源と言えるマナが大地にないというのも理由でした。しかしそれが、五百年たって仇となるとは……っ!』


 ジャガンゾート復活を感じ取ったソウラが悔しさをふくませた声を上げる。

 でもそれは仕方ないと思う。


 その時の状況を考えればそれは最善だし、まさ五百年たってその肉体を復活させるヤツがいるなんて想像もしていないって。


「つーか、復活したってどういうことさ。無の砂漠では魔法使えないんだろ?」


『マナがなく、周囲から魔力を得られないというだけで、魔力の供給源が別にあれば使えます』


「あ、そっか」



『復活したというのは正確ではありませんでしたね。正確には復活させられたというのが正しいでしょう。何者かが、巨竜の死骸を巨大な魔力をもって動かしているのです。その動力源はきっと、魔石……!』


「なんだって!?」


 魔石ってヤツは確か、この帝国の前にあった魔法帝国で使われてたトンでもない道具で、周囲のマナってヤツを吸って魔力を蓄えるすっげぇ水晶だったっけ。

 そいつのせいで前の帝国は滅んだってほどのモノを、誰かがどっかから見つけてきたってことか!?



『誰かはわかりませんが、魔石を持ってジャガンゾートを復活させた者がいます。そして、それはこちらにむかってきている。目標はきっと、ここ。この反乱も、私達がここにいるのも、狙われた可能性があります』


「おいおい、マジかよ」


 いろんなことが起こりすぎて混乱しちまうよ。


『いずれにせよ、世界を喰らう巨竜と大地を滅ぼした魔石を同時に使うなど正気の沙汰ではありません。この地どころか大陸さえ滅ぼしたいのですか!』


 そ、それほどまずいことなのかよ。


『リオ、これは世界の危機と言って差し支えはありません。世を守るのは聖剣の使命。空を飛べばツカサ君より早くそこへ行けるはずです。共に、世界を救い、この愚かな目論見を打ち砕きましょう!!』


「それって……」


 ほわほわー。

 想像してみた。


「リオ、凄いな。さすが俺の仲間だ。マックスとは全然違う。お前が一番だ!」

「ぐぬぬぬぬ」


 褒めるツカサ。

 悔しがるマックス。


 ツカサより先に解決出来たなら、こうなっても不思議はない!



「よし、行こう!」



『ちょっとよこしまな気が感じられましたが、いいでしょう。行きましょう!』


「い、いいだろ少しくらい! ほら、行くぜ!」



 おいらはソウラを聖剣に変え、同時に黄金の鎧も展開して空へ飛び上がった。

 魔法の通じない怪物じゃなければ、きっとおいら達でもどうにかなるはず!




──マックス──




「南からだと!? いったいなにがここにむかってきているというのだ!」


「それは……」


 駆けこんで来た兵士が口を開こうとしたその時……




『あー、テステス』


「「っ!?」」


 部屋には拙者をふくめ大将軍のアスラルーンと護衛の戦士三人。駆けこんで来た兵士が一人。そして魔法使いが二人いるが、そのうち一人が持つ水晶から突然声が流れた。


 魔法使いは驚きのあまり持っていたそれを落としそうになるが、お手玉をしたのちなんとかしっかりキャッチし、事なきを得た。


 あれは確か、遠くの同じ水晶と話したり、外へ声を送り出したりするための魔法道具。


 この部屋の者ならば声が出るとわかっているはずだが、あの驚きよう。

 部屋にいる者達も同様に驚いていることから、これは予定にない不意の声ということになる。


『聞こえているかね大将軍』


「この声。魔法大臣か!?」



「なぜこの水晶に!? 大臣と交信出来る水晶と繋がっているはずないのに!」

 それを持つ魔法使いが驚きの声を上げた。



『驚くほどのことでもない。わらわの手にかかればこのような水晶に割りこむことなど容易い。そのようなことより大将軍よ。なんて行動をしてくれた。わらわは皇帝陛下より貴様の起こしたこのくだらぬ反乱の鎮圧を任されたぞ』


「なん、だとっ!?」


『ゆえに、二度は問わぬ。この街と共に、滅べ』



「なにっ!?」

 その言葉は、大将軍アスラルーンだけでなく、他全員を驚かせた。


 降伏勧告ではなく、まったく別の、殲滅を意味する言葉だったからだ。



『おとなしく武装を解除し街を開放せよなどとは言わぬ。むしろ解放などしなくてかまわん。貴様等はわらわの優しき慈悲を無視し、民を道連れに最後まで抵抗を続けるのだからな』


「貴様、なにを言っているのかわかっているのか!」


『わかっているさ。それとも、根絶丁寧に説明してやらぬとわからぬか? 貴様等わらわの抵抗勢力はここで滅ぶのだ。この地にいるサムライとともにな!』


「っ!」

「なん、だと?」


 今度は拙者も声が出た。


 それはつまり、この事態はツカサ殿を倒すため仕組まれた謀略でもあるということ。

 魔法大臣に都合の悪いものを殲滅するのが目的なのだから、降伏さえ許さぬというのも当然だった。


 そしてこう宣言するということは、ヤツは聞いた者を、その目撃者をすべて滅する自信もあるということ。


 これほどの自信。それは並のことではない。

 サムライであれは可能だろうが、魔法大臣はそうではない。街を一つ完全に殲滅するなど、帝国の精鋭でさえ難しいだろう。


 いったいどのような手段を手にしたというのだ。



『ふふっ。本当にご苦労であった。皇帝陛下が説得に来てくれるとでも思い描いていたのだろうが、そのようなことはない。陛下はすでにそのお力によってこの事態も見通していた。わらわの試運転も想定しておられた。あとは貴様等反対派を粛清し、特使もろともサムライを抹殺し、王国へののろしとする!』


「貴様、図ったな!」


『うかつに動いた貴様が悪いのだ!』



「そのようなこと、拙者もツカサ殿も、そしてこのアスラルーン殿も許すわけがなかろう!」


『ふっ。特使殿はまだこの現実が理解出来ぬか。ならば、理解させてやろう。さあ、南の空を見るがいい!』



 思わず、南に広がる窓を見た。



『ここからではまだ砂粒ほどにしか見えないであろうから、わらわが見やすくしてやろう』


 窓の外の空気が収束し、陽炎のように揺らめいた。

 揺らめく空気の先には、物体が拡大されて見える。



「そんなっ。水晶を通じてこの場に魔法を使うなんて! 遠距離からこの場に魔力をどうやって!? どれほどの魔力があれば可能だっていうんです!? そんなの、そんなのありえない! ありえないっ!!」


 魔法使いがあまりのことに悲鳴を上げた。

 それはつまり、ただの魔法使いには信じられぬ非常識かつ不可能な魔法の使い方であった。


 しかし魔法に疎く、ついでに同じように非常識を繰り返したマリン殿の所業を知っている拙者にはあまりぴんとこない。



 遥か先に飛ぶその姿が、はっきりと見えた。


 それは、先ほど駆けこんで来た兵士が伝えたかった様相。



 そこに浮かんでいたのは、漆黒の竜であった。


 巨大な島を思わせるほどの巨体。

 その周囲には、同じ姿だが小さな竜が無数に浮かんでいる。


「あ、あれは……!」

「まさか!」


 見た者全員が声を上げた。


 それは、聖剣ソウラキャリバーの伝説を知っていれば、誰でもその名を思い浮かぶ姿。



「巨竜、ジャガンゾート……」



 誰かが喉を震わせ、その名を口にする。


 ご丁寧にその体と周囲に浮かぶ小さな黒竜のいたるところに帝国の旗がはためいている。

 それこそが今、この竜達は魔法大臣の完全な支配下にあるという証でもあった。



『その通り! 伝説を知っている者もいるね。あれこそ、かつて世界を喰らいかけた巨竜。ジャガンゾート! もちろん、本物だよ!』



 本物。

 疑いたかったが、見た目から感じるその異様なプレッシャーはその否定を否定させた。


 やってくるのは無の砂漠から。

 確かにかつて無の砂漠で倒され、砂に沈んだと聞いたが、それを復活させたというのか!?


 魔法大臣とやらは、それほどの力を持つのか!?


 ツカサ殿一人のために、なんてものを蘇えらせたのだ!



『くくっ。いまさら命乞いをしても無駄だ。そのままこの街ごと焼き払われるが……』



 魔法大臣が得意げに語っている最中、空に光が走った。


 この街から巨竜にむかい、なにかが飛んだのだ。



 きらきらと輝くあの黄金色の輝き。

 拙者はあの輝きの正体を知っている。


 聖剣と黄金竜の鱗によって作られた鎧。


 その加護により飛翔する、勇者の軌跡!



 すなわち、かつてあの巨竜を屠った剣を持つ者が、復活した巨竜にむかい飛んだということだ!



『聖剣、ソウラキャリバー!』


 水晶から苦々しい声が聞こえた。



「どうやらそれがこちらに到着するより早く、決着がついてしまうかもしれんな」

 拙者はにやりと笑った。


『……』

 水晶から答えは返らない。



 かわりに空でいくつもの光がはじけた。



 巨竜の周囲を舞っていた小さなドラゴン達がリオによってなぎ倒されたからだ。


 小さな黒竜達が空に輝く光へ群がる。

 小さな。と言ってもその一匹一匹は並の竜と同じ大きさはあろう。


 だがそれは、まるで火にたかるカゲロウのように触れた瞬間に燃え尽き、地面へと落下してゆく……



 黄金の鎧を得てかつての倍の強さが出せる聖剣に、魔法の通じる過去よりよみがえった程度の巨竜が勝てるわけがない!



「いかなる手段を使ったのかは知らぬが、今の経験をつんだリオと聖剣ならば……!」



 周囲の竜を蹴散らした黄金の鎧を纏ったリオが、剣を構える。

 光り輝く剣を振りかぶり、その頭部へ光の剣が迫った。


 魔法大臣によってだろうか、その前に巨大な魔方陣と共に障壁が生まれたが、その刃によって障壁は打ち砕かれ、その刃が巨竜へ迫った。



 勝った!



 これを見ていた誰もが、聖剣の勝利を確信する。


 だがっ!



 ギィン!!


 巨竜の前に新たに現れた障壁が、その一撃を阻んだ。



「バカな!」


 思わず声が出た。

 聖剣を振るったリオも、兜の下で信じられないといった表情を浮かべているだろう。


 揺れるその瞳が、その驚きを物語っている。



『いやはや。ここで、もう一つの切り札を切ることになるとはな』


 水晶から声がした。


『世界を救う聖剣は伝説どおり、伊達ではなかったな。だが、純粋な力も、今はこちらの方が上だ!』



 巨竜が紡いだ新たな障壁。


 その光が分かれ、十二の輝きとなった。



 その光は、御使いを照らす輪のようにジャガンゾートの頭部へ移動する。

 するとそれに応じるかのように、巨竜から感じられる力が段違いに強まった。



 なん、だ。これは……



 強すぎる。

 段違いのパワーアップだ。


 倍どころではない。

 それこそ、一桁二桁桁が増えたレベルの!



「バカな。なぜ貴様が、それを……」


 誰もが信じられないと目をむく中、拙者は思わず声をあげた。


 わけがわからないと、周囲の者は拙者へ視線をむける。



 拙者は、知っている。

 あの十二枚の輝きを、知っている。


 地獄で何度も世話になった。

 地獄から戻ったあとも、転移の時その力の恩恵にあずかったはずだ。


 魔法の力を、一枚で何十倍に高める小さな金属。


 あの天災マリン殿が持っていた、かつてツカサ殿より譲り受けたという魔法触媒!



「なぜこの魔法触媒が。なぜそれが、ここにある!」


『これを知っているのかい特使殿は。この由来はよくは知らないさ。これは、前任の魔法大臣。マーリンが隠し持っていた魔法触媒だからね。さすが帝国一と呼ばれた魔法使い。魔石の魔力と組み合わせれば、聖剣さえ超える力を発揮する!』



「っ!!」



『たった一枚で魔法の威力を十倍以上に引き上げる究極の魔法触媒。ヤツを塔に幽閉した時わらわが接収した! これと魔石と巨竜があれば、わらわはサムライにだって負けない!』



 すべてが、繋がった……



 あの日マリン殿が急いで旅立ったのは、帝国の異変に気づいたから。

 その前任の魔法大臣、マーリンとはマリン殿に違いない。


 そこで捕らえられ、持ち物を奪われた。


 だから今までこちらに接触がなかった。



 ゆえに、それがそこにある!


 なんということだ。ツカサ殿のもたらした力が、めぐりめぐって我々の敵に回るとは!




『聖剣、おそるるに足らず!!』



 巨竜がその巨大な口を開いた。


 口の前に魔方陣が広がる。



 とっさにソウラ殿が光の壁を展開するのが見えた。


 巨竜より放たれた巨大な光が、黄金の鎧を纏ったリオに直撃する。



 光。爆発。



 ドゴッ!!


 衝撃が訪れる前に、それはここにやってきた。


 一瞬だった。

 拙者達のいる建物の壁を突き破り、黄金の鎧を纏ったリオが飛び込んできたのだ。


 あれだけの距離をこの一瞬で吹き飛ばされるとは、なんという威力だ。



 リオは部屋の壁にうちつけられ、壁には小さなクレーターが出来、黄金の鎧が割れるようにして光に消えた。


 この鎧は聖剣がある限り滅びることはないが、ダメージを肩代わりし、限界が来るとこうして消えてしまう。

 衝撃に壁からはじかれたリオが膝を突き、荒い息をはく。


 ソウラ殿の光の障壁と鎧がすべてのダメージを肩代わりしてくれたおかげで、命に別状はないようだ。


 だが、膝が笑い、動く体力はすでにないように見受けられる。

 この防御に、すべての力を使い果たしたと言っていいだろう。


 これ以上リオは動けない。



 直接的な攻撃を受け、聖剣の障壁も鎧も破壊されたのは地獄からここまでを経て、はじめてのことだ。


 巨竜と魔石とやらの力を持ち、さらにツカサ殿によってもたらされた魔法触媒によって増幅されたその力は、伝説の聖剣の力さえ超えているというのか!


 あまりのことに戦慄する。

 下手をすると、あの巨竜は闇人の力を得た邪壊王に匹敵するのではないか!?



『伝説の聖剣さえ退けた! これならサムライにも勝てる! 新たな帝国の伝説が、今、はじまる。さあ、貴様等、ここでサムライと共に滅びるのを、震えて待つがいい!』


 水晶から勝利を確信する声が聞こえる。

 五百年前世界を救った聖剣を倒したのだ。そう思う気持ちもわからないでもない。



 こいつは今までにない力を持った強敵だ。


 こうなれば、拙者の刀の特性を使い、街の民の力も借り対抗するしかない。


 拙者の刀。和が半身、サムライソウルは他者の力をとりまとめる力がある。

 それを使えばあの竜にも対抗出来るかもしれない。


 あくまで、可能性だが。


 聖剣さえ倒すあの巨竜へ対抗出来るかはわからぬが、それでもやらねばならない。


 問題は、人々に協力を求めている時間があるかどうかだ。


 そのためには、部外者である拙者の言葉ではなく、この街の者達の力を借りるしかない。


 となれば……



「アスラルーンど……」



「あ、あれを!」

 声をかけようとしたが、外の異変に気づいた戦士の声に拙者の声はかき消されてしまった。


 指差すその先へ視線を送れば、誰も出れるはずのない街を覆う壁の外を歩く少年の姿があった。

 まるで巨竜へ立ち向かうよう進むその背中。


 そのお姿、拙者が見まごうはずがない。


 この方こそ……



「ツカサ殿!」



 どうやら見事街の外へ出る抜け道を見つけていたようだ。


 そこでこの事態に気づき、巨竜の元へむかっている。



「な、なにをしているんだ、あの子は……?」


 ツカサ殿の姿を追う戦士が、困惑の声を上げた。


 それも当然だろう。

 ある程度進んだツカサ殿は、自分の存在を示すよう両手を広げ振り回し、ぴょんぴょん飛び跳ねはじめたからだ。


 まるでそれは、自分の存在を迫る巨竜へ訴えているかのような行為。


 巨竜という明らかな脅威にむかってするアピールではない。



 さらになにか訴えるよう声を張り上げているようだが、それはここまで聞こえてこなかった。

 それもそのはずだ。ここは街のほぼ中心。そこからツカサ殿の姿が見えたとしても、声など魔法的手段を使わねば聞きとることは不可能な距離だ。


 なにを言っているのかはわからないが、なにをしようとしているのかはわかった。



「なにをしているとは、簡単なことだ。ツカサ殿は、あえて自分に注意をむくようああして存在をアピールしているのだ」


「なに?」


「あそこにいるのは拙者の師。世を二度救ったサムライその人だ。あの方はすでに、ご自分がターゲットだと気づいている。ゆえに、なんの関係もない街の者に被害が出ぬよう、自分はここだとあえてその身をさらしに現れたのだ!」


「なんとっ!」

「自分が狙われているというのに、あえて身をさらしたというのか!?」


 拙者の言葉を聞いた大将軍アスラルーン、他も驚きを隠せないようだ。


 まあ、当然であろう。

 普通に考えれば、自分がターゲットと知ればまず身を隠す。


 だが、そのような普通、ツカサ殿には当てはまらぬ!



「力なき民のためにあえて一番危険な場所に身を置く。それがツカサ殿というお方にござる!」



「っ! 最初にした行動が、他人のためだなんて」

「これが、サムライ……っ!」


 その姿に、誰もが息を呑んだ。



『……ふ、ふざけおって!』


 歯軋りをするような音と共に、水晶から声がした。


「っ!?」

 魔法大臣が向こう側で激昂している。


 何事だ? と、また水晶へ視線が集まった。



『すぐに引き返せだと? 命を粗末にするなだと!? 貴様は事態がわかっているのか!』



 それは。怒りの声だった。

 どうやらむこうではツカサ殿の声を拾っているようだ。


 その様子から、ツカサ殿は危険に身をさらしながら、相手に降伏勧告までしたらしい。


 そうか。ツカサ殿はかの巨竜とこの魔法大臣にさえ慈悲をかけたか……


 巨竜の体に魔石の力を秘め、さらに究極の魔法触媒により増幅された相手さえ、敵でないと確信している。


 なんというお方にござろう。


 だが、敵にさえ慈悲を与え、降伏のチャンスを与える。

 それこそが、ツカサ殿がツカサ殿たるゆえんだ!



「さらに、相手に降伏勧告まで」

「勝てるというのか、あれに……」



『ふざけるな。ふざけるなよサムライっ! どこまでわらわをコケにすれば気が済む!』



「っ!」

 魔法大臣はツカサ殿の慈悲を挑発だと受け取ったようだ。


 いかん。

 いかんぞ魔法大臣。


 ツカサ殿のそれは挑発などではない。それは最後通告だ。

 ツカサ殿の、優しさなのだ。


 なんと言ったかはわからぬが、ツカサ殿は決して嘘は言わぬ。

 かの邪剣にさえ勝てぬからやめよと申したほど。


 その慈悲を、無駄にしてはならぬ!



『なにがサムライだ。こちらを下に見て余裕を見せるというのなら、その自信を後悔に変えてやる! なにもしないというのなら、一方的に攻撃され、チリ以下に消えるがいい!』



 しかし、せっかくの慈悲もヤツには通じなかった。


 違う。ツカサ殿が相手を下に見るなどあるわけがなかろう。

 純粋にその差が見えているのだ。覆せぬ勝敗が見えているのだ!


「よせ! おとなしく矛を収めれば、最悪の結果だけは避けられる! もう、もうやめるのだ! 勝敗は決している!」


『もうだと!? なにをほざく! まだだ。まだなにもしていない! なにもせずとも負けを認めるなど、なにもかもへの冒涜だと知れ! 高みにいると勘違いしている愚か者よ、今、その足をすくってくれる! 街もろとも滅びてな!』


 ダメだ。拙者の言葉もヤツには届かないっ!


 あえて刀を抜かぬあの方の慈悲を逆手に取り、全力でその一撃を叩きつけるつもりなのだ!

 どいつもこいつもなぜ、ツカサ殿が与えるせっかくのお心を無下にしようとする!


 今が引き返す、唯一のチャンスなのだぞ!!



 魔法大臣の言葉に呼応し、十二のコインが光を発し、それが開いた巨竜の口へと収束する。



 先ほどリオを撃ったそれとは比べ物にならないほどの力を感じる。

 今もてる力すべてをそれにかけたといっていいほどの力の収束だった。


 確かにあれが当たれば、ツカサ殿はおろか背後の街も、下手をすると海をこえた王国まで被害が出るだろう。



『滅べよ、サムライ!』


 巨竜の口から、滅びの光が……



「バカヤロー!」


 ツカサ殿の慟哭とも言える声が聞こえた気がした。




 キンッ!!




 ……光は、瞬かなかった。


 なにも、起きなかった。



 巨竜の口から光は放たれなかった。

 放たれるわけがない。



 その瞬間。巨竜は、跡形もなく消えてしまったのだから……



 音も。

 光も。

 衝撃もなく。


 瞬きをする一瞬より早く、あまりに突然に。



 巨竜のいた場所は、豹変していた……



 光が瞬いたとか、轟音が響いたとか、衝撃があったとか、すべてにおいてわかりやすい事象は欠片も起きなかった。

 なにが起きたのかはわからない。


 わからない。が、なにかが起きた。


 一瞬にして、結果だけがそこにあったのだ。



 ツカサ殿が無念そうに肩を落とす。


 そのツカサ殿の先。その眼前に、巨大な穴があった。



 穴。と呼ぶには、あまりに大きい。あまりに、深い。


 渓谷。谷。いや、大地の裂け目。そう表現しても不思議はないそれが、ツカサ殿の前に生まれていた。


 断崖にえぐれたそれは、ツカサ殿の前から地平線の先にまで続いている。

 その断崖は空にまで続き、はるか上空に見える雲が不自然にかけているのも見えた。


 すなわち、あの一瞬でその一帯すべてが消滅したということを意味している……



「な、なんだこれは……」


 誰かが驚きの声を、やっと絞り出した。


 誰もが起きた事態を理解出来ない。

 当然だ。巨竜が音もなく消え、それどころか大地が大きくえぐれているのだから。


 ざっと見ただけで、無の砂漠の三分の一ほどが消えたように見えるのだから……!



 なにが起きたかわからなかった。


 わかるのは、ツカサ殿があれを引き起こし、大地もろとも巨竜を消し去ったという事実。



 ツカサ殿は、大地ごと、巨竜を断ったのである……っ!



 ゾッ。


 なにが起きたか、理解がやっと追いつき、そのあまりの威力に背筋が震えた。


 知っていたはずなのに。

 それでも、畏怖さえ覚えた。


 拙者はまだ、ツカサ殿の底を、知らない……




──ツカサ──




『ツカサ君、緊急事態です』


 外壁から外に通じる抜け道から街の外に出られることを確認し、街へ戻る途中のことだった。

 携帯がなったので出てみれば、女神様からの第一声はそれだった。


 いったい何事?



『その付近で世界の崩壊がはじまりました。孔が開くのを防ぐため、また世界の修復の手伝いをお願い出来ますか?』


 おおっとそれですか。



 詳しいことは以前の話(第70話)を思い出してもらうとして。


 色々あって大ダメージを受けた世界は女神様の力でギリギリの均衡を保っている。

 その均衡が崩れ、世界に孔が開けば、風船が破裂するように世界はどんどん崩壊していってしまう。


 それを防ぐため、俺を女神様の力の中継点として使い、世界の修復を行おうとしているのだ。



 修復の力を重点的にそそぎこむため、俺はその地点に行くだけの簡単なお仕事。

 俺はそこで立っているだけ。あとは女神様ががんばってくれるってお願いだ。



「わかりました。どこにむかえばいいんです?」



 というか拒絶するという選択肢はほとんどない。

 なんせ孔が開けば世界は崩壊するし、修復に失敗したら孔が開く前にその一帯は女神様によって消滅させられてしまうからだ。


 俺が協力しなければ、先にダメなところを切除して修復するという、外科手術みたいな方法がとられることになる。

 その場合、そこにあったものは生き物だろうが地面だろうがなんだろうが消滅することになる。


 さすがにそれをいいやなんて言えるほど俺は人でなしではないので、そもそも手伝わないなんて選択肢はないのだ。


 関係ない人がどれだけ傷ついてもそりゃあんまり気にならないけど、自分がしなかったから誰か死んだなんてのは寝覚めが悪い。気分が悪い。

 だから、やるのだ。


 そもそもただいるだけで世界を救ったレベルの感謝と充実感が得られるんだから、メリットデメリットをとっても断る理由がないってものだ。



『場所は、その携帯に地図を記しておきました』


 携帯を耳からはなして見下ろしてみると、この周辺の地図が表示されていた。

 おお。見事な地図。ご丁寧に俺がどこにいるのかまで光の点で表示されている。


 しかも、今回表記が日本語! こいつは本当に助かる!



 カチッ。カチッ。カチッ。



 んで、なぜか時刻表示が時刻じゃなくなにかをカウントするみたいに数字が減っている。


 これってひょっとして……



『気づきましたか。その表記はタイムリミットです。それがゼロになるまでに地図に記された地点に行ってもらえなければ……』


 地図を動かしてみると、街の外の荒野か砂漠のところに光点があった。

 街からだとけっこう遠い。


 さらにその光点の前には、なにやら大きく四角でくくった赤い範囲があった。


『……その赤い枠で囲った一帯が消滅します』



「めっちゃ広ぉい!」



 思わず声を上げてしまった。

 俺と女神様のこの会話は時間が進んでいない場合が多いから、オーマに変な目で見られることはないだろうけど、それでもちょっと恥ずかしい。


 この街は枠の範囲に入ってないけど、南にある砂漠がものすごい範囲消えません?

 拡大しても拡大しても全部の範囲なかなか把握出来ない範囲なんですが。


 いや、これでも世界に孔が開くよりましな被害なんだろうけどさ。


 こいつはとんでもねぇ。



『ですから、光点へ急いでください。念のためあなたの安全は確保した場所です。そこに行けば世界の修復がはじまりカウントは停止しますから』


 おお。万一失敗しても俺の安全が確保されているのはいたせりつくせりナリ。

 つまり、カウントが停止する場所に行けばミッションコンプリートということか。


 なら、行くしかない!



『お願いします』


「わかりました!」


 ちょっと安請け合いしすぎたかなと思ったけど、ちょっと走るくらいお安い御用だ!



 女神様との通話を終了させ、俺は携帯を片手に来た道を引き返した。


 ちょうど街の外へ出る道を探しておいてホントよかったよ。いきなり役に立つとは!



『あ、相棒!?』


 おっと、いきなり引き返したから、オーマが驚いちゃったみたいだ。

 やっぱり女神様と話している間は、実質時間が止まっていた感じだったみたい。


「ちょっと急用が出来た。行くぞ」


『お、おう!』

『(さすが相棒だ。どうやらおれっちが言うまでもなく、街にとんでもねぇヤツが迫っていると気づいたんだな!)』



 俺は走った。時に歩いた。

 抜け道を走りぬけ、荒野に突き出た石につまずきかけ、砂に足をとられながら、その地点を目指す。


 けっこうな距離移動したかと思ったけど、大きな問題もなく無事その地点につくことが出来た。


 ふー。無事到着。

 やれやれと一息つく。


 時間的にも十分余裕をもってつけ……



 カチッ。カチッ。



 ……たけど、カウンターがとまってなくない!?


 カチカチカチカチカチ。


 それどころか減る速度あがってない!?



 カカカカカカ!!



 あがってる。あがってるよ。

 いや、減ってる。めっちゃ減ってる!


 ああもうわけわからん。


 なんで、なんでなんでなんで!?

 一秒で十くらい数字が減ってるよ。嘘。なにこれ!?


 俺ちゃんと指定された場所ついたよね。ちゃんときてるよね! 道間違ってないよね! 場所間違ってないよね!!


 地図を見ると、俺のいる場所を示す光点と来てといわれた光点はすでに重なっている。


 それどころか画面の下のところでは『現在修復中』というのが帯になって右から左へ動いている。

 これ、女神様ちゃんと日本語わかって表示してるんですよね。わかってて表示してるんですよね!?


 わかってるとしても、ちゃんと修復してるんですかー!?



 思い出せ。

 女神様はちゃんとあの時カウンターがストップすれば修復が進んでいるって。


 間違いない。言った。聞き間違いしてない。


 なのに、カウンターはとまらない。


 これってつまり、孔が開くの止められてないってこと!?

 修復より早く世界が壊れてるってこと!?



 やばくない?

 これ、マジやばない!?


 なにが起きてんの!? なにか孔を広げる原因があって急速に世界を蝕んでたりしてんの!?

 こっちに近づいて来たりでもしてんの!?


 いったいどういうことなのさー!!



 ダメだ。さっぱりわからない。



 わかるのは、このままだと目の前の一帯がダメージコントロールされちゃうってことだ。



 目の前に広がるのは無の砂漠。

 幸い。と言っていいのかわからないけど、そこに生物はいないはずだからそれだけは安心か……



 ゴゴゴゴゴゴッ!


 ……なんだ?


 空。いや、空気が振動している。

 地面からじゃない。


 これは……



 空!



 見上げると、こちらに迫るどでっかいドラゴンがいるのが見えた。



 でっかー。


 なんてでかさだ。もう目の前を飛んでいるのか、まだ遠くを飛んでいるのか。それさえわからない。対比もない空だからもあってか、遠近感がまったくつかめない。


 唯一わかるのは、こっちにむかってきているのだろうということだけだ。

 なんせ頭がこっちをむいているから。


 こんなでっかいドラゴンもこの世界にいるのか。


 すっげー。



 って見とれてる場合じゃない!


 携帯を見下ろす。



 カーーーーーーーーーッ!!



 もんの凄い速度でカウンターがゼロにむかってるー!


 修復中の文字も激しく点滅して今がんばってますって主張してるけど、全然ですよ女神様。

 このままタイムリミットが来たらあれですよね。緊急回避の大消滅ですよね!?


 改めてドラゴンと地図を確認する。


 距離感はわからないけど、このままの速度じゃ間違いなくあのドラゴンこの赤い枠から抜け出せない。

 間違いなく消滅にまきこまれる!


 確かドラゴンは頭がいい。オーマを通じた俺の言葉も通じるはず。

 前、ちゃんと会話出来たし!(第10話参照)


 なら、ひょっとすると!



「これ以上、来るなー!! ここから、逃げろー!」



 俺は思わず両手を広げ、声を上げた。


 聞こえるかはわからない。


 でも、なにが起きるのかわかっていて、それに目の前でむざむざまきこまれるのをただ見ている。ってわけにはいかなかった。



 頼む。俺の話を聞いてくれ。


 ここから、去ってくれ!


 大急ぎで逃げれば、ドラゴンならひょっとするから!

 せめて横に。縦より横に移動すれば消滅範囲から逃げられるから!


 出来るのはただ、ここから去れと訴えることだけ。



「お願いだ。今すぐここから去ってくれー! このままじゃ、取り返しのつかないことになる!」



 お願いだ。通じてくれ!

 これ以上ここにいちゃダメだー!



『グルルルルル』


 なんかむこうから威嚇しているかのような唸り声が聞こえてきた気がした。


 ひょっとして、挑発している思われてますか?


 むしろドラゴンさん動くモノを獲物とか思ってる?



 唸り声通訳もされてないし、俺の言ってること、まったく通じてない!?



 違う。違うんだよドラゴンさん。


 俺はお前になにかをするつもりはないんだ。

 ただ、ここからさっさと逃げて欲しいだけなんだ。



「命を無駄にして欲しくないんだ! お願いだ、お願いだから!」



 漆黒のドラゴンが、がぱっと口を開いた。


 え?

 なんか、これ、やばくない?


 雰囲気的に、なんか嫌な予感がする。


 でもこれから起こることはもっとやばいんだよ。俺を獲物にするよりもっとやばいんだよ!


 なんでわかってくれないかなー!



 カーーーーーーーーッ!

 カチッ。



 カウンターが、ゼロになった。



 あ。

 ああ。


 あああああ。



 もう、もうっ……!



 間に合わない……



「バカヤロー!」



 なににむかってその言葉を言ったのかはわからない。


 逃げないドラゴンに? 修復出来ない女神様に? 説得も出来なかった自分に?

 誰に投げかけたのかはわからない。


 わかるのは、俺の目の前で起きることだけだ……



 キンッ!!



 瞬きをした次の瞬間、目の前の世界が全然違うものに変わっていた。


 空を飛ぶドラゴンは消え、大地はえぐられ、巨大な断崖が出来ている。


 出来た谷がどれだけ深いのかもわからない。

 底も見えないほどの穴が、地平線のむこうにまで広がっている。


 空には切り取られた雲が残っている。



 携帯には、『切除完了』という赤い文字があらわれ、地図が書き換えられていた……



 世界が崩壊するのを防ぐために、この世界からその範囲すべてが一度消滅させられてしまった。


 でも、こうしなければ世界に孔が開き、もっと広い範囲に被害が出た。


 それこそ、後ろにある街にも。海を隔てた王国にも。



 こうしなければ、もっと被害が出た。

 それは、わかる。


 でも、だからって。目の前にいたものを救えないなんて。こんなの。こんなのっ……!!



「ちくしょう。どうして……っ!」



『相棒……あんたは、本当に優しいな。でも、悪いのは相棒じゃねえ。相棒の言葉をちゃんと耳を貸さなかった、あいつらなんだ……』


「オーマ……」


 オーマ。ありがとう。


 人間てのはホント単純なものだ。

 そう言ってもらえただけで、俺はどこか、ほっとして、心が軽くなってしまった。


 そうだよ。確かにこれ、俺のせいじゃない。


 俺は精一杯やったよ。

 そういうことにして、心の安静を計ろう。そうしよう!


 悪いのは俺じゃなーい!


 よし。責任転嫁完了。

 あとはこの事実から目をそむけて生きていこう。


 人間、忘れることの出来る生き物だからね!



 だから、うらまないでおくれ。どでっかいドラゴンさん……



 しかしなんで、今回はちゃんと修復出来なかったのかなぁ?(女神様もバツが悪いのか、なにも言ってくれなかった)


 もちろんそれは、凡人である俺にはさっぱりわからないことだった。




──マックス──




 タイタンズフォール。

 先ほど生まれたあの巨大な断崖は、のちにそう呼ばれることとなる。


 一晩。いや、一瞬で生まれた無の砂漠を貫く巨大な断崖の谷は、常に砂漠から砂が滝のように滑り落ちる場所となった。

 その砂の流れにまきこまれその断崖の底へ落ちれば、巨人さえ這い出ることは出来ぬと思われたからつけられた名だ。


 底さえ見えぬその深き絶崖。

 それがまさか、たった一人のサムライの手によって作られたとは、のちの世の者は想像だにしていないだろう。



 それを前にし、街の外におられるツカサ殿は、肩を落とし落胆しているように見えた。

 圧倒的な力で巨竜を退けたというのに、えぐった大地の前に立つツカサ殿のお姿は、とても勝利に喜んでいるものではなかった。


 街を救ったというのに、むしろ後悔を伴っているかのようだ。


 ツカサ殿はこの戦いが無意味なものだと最初からわかっていた。

 こうなる結果がわかっていたからこそ、巨竜を動かす魔法大臣にやめろともうした。


 なのにその警告を無視し、大臣はツカサ殿を。いや、街を破壊しようとした。


 せっかくの慈悲を無駄にしたのだから、この結果は当然であろう。


 ツカサ殿はやはり、人間同士の争いなど望んではおられない。

 この無駄な争いに、お心を痛めている……


 圧倒的強さゆえ、はっきりと勝敗がわかってしまう。

 勝つとわかりきった戦いほど虚しいものはない。


 それをどれだけ伝えようとしても、伝わらないのだから悲しいものだ。

 レベルと共にプライドも高いゆえ、魔法大臣はその現実を認められなかったのだから……


 そんな愚か者さえ気をかける。


 ツカサ殿は、本当にお優しいお方だ。


 今すぐ抱きしめ、慰めに行きたい。

 しかしここからあそこへ行くのは容易ではない。


 ツカサ殿が見つけたであろう抜け道の位置は知らないし、街の門はまだ閉ざされたままだ。

 ついでに部屋ではリオがぶっ倒れたままでもあるし。


 まずは、当初の目的どおり、街を開放しなければならないだろう。



「大将軍よ。話を、一番最初に戻そう」


「それ以上言わずともわかっている。この街の閉鎖。すぐにでも解こう」


「うむ!」


 これで、拙者の目的も無事達したというわけだ!


 あとはリオを回収し、ツカサ殿と合流するだけであるな。



「ついでといってはなんだが、もう一つ頼まれてもらえるか?」


「? なにか?」


「皇帝陛下の説得、それも、君達に任せよう」


「なに?」


「正確に言えば、彼に。だがな」



 大将軍アスラルーンのむけた視線の先には、気を取り直し街へ歩き出したツカサ殿の姿があった。



「彼ならば、皇帝陛下のお心を救えるだろう。ただ、一つ言っておく。そう決めたのは、その圧倒的な強さを見たからではない。彼の民を思う心。敵にさえ慈悲をかけるその器。それらを見て、信じるに値すると感じたからだ!」


 ふっ。

 どうやら大将軍も、ツカサ殿の生き様に触れ、触発されたようだな。


 あの方の自分を省みない生き方は、多くの者を魅了し、正しき道へと進ませる。


「認めるしかないと思ったのだ。君達のことを」


「まかされよ。拙者達が必ず、この戦争を止めてみせる!」



 拙者達は、固い握手を交わした。



『ばっ、バカな……なにが、なにが起きた……!』


「っ!」

「なに?」


 アスラルーンと握手を交わしていると、水晶から声が聞こえた。


 この声……


 どうやら、魔法大臣は生きているらしい。

 あの巨竜に乗りこまず、遠距離から動かしていたのだろう。


 やってせいぜい、心を竜に移していたくらいか。


 ゆえに、命だけは助かったということか。



『一瞬。一瞬でだと? 防護障壁も、竜の鱗もなんの意味もなかった。魔石も、あの魔法触媒さえ! すべてが一瞬で消滅した。いったい。いったいなにがあった! なにが起きた! そんなバカなことあってたまるか!』


「愚かな。ツカサ殿の警告通りであろう。実力の差もわからず、おとなしく去らず、それでも攻撃をツカサ殿めがけ。いや、街にめがけ放ったのだ。むしろ貴様もろとも消し飛ばされなかっただけありがたく思え!」


『くっ……!』


「もう、野望は潰えた。おぬしの願いは、ツカサ殿がいる限り成就しない。皇帝を解放し、この地から去れ!」



『……くっ。くははっ。確かにわらわの野望はサムライによって潰えたであろう。しかし。しかしだ。皇帝陛下を解放する? なにを馬鹿なことを。まさか陛下がわらわにお心を操られているとでも思ったのか? そのようなことがあるか!』


「なにっ!?」

「なんだと!?」


 魔法大臣の言葉に、拙者達は驚く。



『わらわはあの方の願いについて動いていたのみ。わらわの野望とあの方の願いが重なったゆえ、王国への侵攻が可能となったのだ! わらわを排斥したからって皇帝陛下が考えを変えるわけではない! 残念だったな、大将軍!』


「では、皇帝陛下はご自分の意思で侵略を考えているというのか!? 本気で!?」


『その通り! だから、いくらお前が説得したところで無意味! あの方のお心はすでに決まっているのだからな!』


「そんな、バカなっ! 皇帝になられたのは、民のことをお考えになった結果でなく、自分の欲望のためというのか!?」


『ならば直接問うてみればいい。といっても大将軍。貴様もすでにわかっていたのだろう? 皇帝陛下の耳に自分の言葉は届かぬと。あの方の意思を曲げられぬと……!』


「……」


 無言となった大将軍。

 それはすなわち、その言葉を肯定していることを意味していた。


 心の奥では認めたくなかったのだろう。


 だが、認めてしまった。



『くくっ。残念だったな特使よ。いくらサムライを連れてこようと、あの方の意思は変わらぬ。サムライといえども、星の行方さえ読むあのお方に、かなうはずがないからだ!』


「そんなことはない! ツカサ殿ならば、必ずその野望をくじき、戦争を回避してみせる!」


『ふふっ。出来るのならやってみるがいいさ。ははっ。ははは。ふははははは』


 そのまま交信は途絶えた。


 どうやら大人しく皇帝の説得に力を貸すなどということはないようだ。

 これにこり、こちらに手を出してくるなどという愚考は控えることを祈りたいところだ。


 せっかく、ツカサ殿がその命を見逃してやったのだから……



 いずれにせよ、王国と帝国との戦争の行方は、拙者達の両肩にかかったようだ。


 これは責任重大にございますな。ツカサ殿!




 おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ