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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
83/88

第83話 ガラウル封鎖事変


──マックス──




「起床ー!」


 夜明けを待たず、拙者はベッドから飛び起きた。

 ベッドから華麗にジャンプ!

 さらに空中でくるりと二回点半ひねり!


 そして華麗に着地。さらにポーズ!


 同時に窓から朝日が差しこみ、拙者のポーズを照らす。



 ふふっ。思わず自画自賛してしまうほどにパーフェクトな起床にございますな!



『……いや、なにやってんだこんな朝っぱらから』


 拙者の起床に反応してか、オーマ殿が声を上げた。

 なぜにどこかあきれたようなお声なのでございます?


「ふふっ。オーマ殿。なぜ拙者がこんなにテンション高いのか、その理由、とっくにご存知にございましょう!」


『いや、テンション高いのは知ってるよ、おれっちはなにやってんだって言ったんだよ』


「ええ。その通りにございます。その通りにございますよ!」


 拙者はうんうんとうなずく。


『いや、聞けよ。ちゃんと耳から脳みそに届けよおれっちの言葉』



「拙者がなぜここまでテンションが高いのか。それはこの街について語らねばなりますまいな」


『いや、だから聞けよ。知ってるって。昨日からなんべん聞いたと思ってんだよ』


「そう。拙者達が今いるこのガラウルの街は、かつてのあの時、かの闇人がこの帝国へも攻め入った時、侵攻の最前線となった街にございます……!」


『……もー全部聞いてやっから好きにしろ』


「もちろんにございます!」


 オーマ殿の許可が出申したので、続きを話すにございますぞ!


「王国に現れたダークシップより放たれた『闇人』の軍勢。周辺を破壊しながらも迫る奴等。ここが抜かれれば帝都は目と鼻の先ゆえ、帝国の者達は必死の抵抗を重ねた!」


『おうおう。聞いた聞いた』


「しかし魔法全盛のその時、魔法の通じぬ奴等の進軍を止めることはかなわず、必死の抵抗もむなしく街が壊滅しようとしたその時。彼はやって来た。そう、サムライが!」


『来たなー』


「彼は諦めかけた人々に叱咤激励を飛ばし、見ず知らずの人とこの地を守るため、その命を燃やし、『闇人』の軍勢を撃退したにございます!」


『しかし、多勢に無勢。数千にもおよんだ奴等を倒すため、この街を、帝国を守るため。そのサムライは最終奥義、『カミカゼ』を使ったらしいな』


「その通りにございます! そうして命を落としたサムライは、英雄としてこの地にて丁重に弔われ、彼を慕う帝国の者達は毎日その墓を詣でているとか!」


『らしいな』


「世界を救うに尽力したサムライの墓があるのは非常に珍しいこと。王国にさえ、こうまで大きく弔われてたサムライの墓はございません!」


『そりゃ大半のサムライはダークシップと運命を共にしたからな。墓がある方が珍しいだろ』


「これをお参りせずに、誰がするというのです!」



『知ってる知ってる。昨日はこの街来るの遅くてその墓所が閉館していたから、おめーすっげぇ落ち込んでたからな』



「そうなのです。帝国に来てまさかサムライの軌跡を味わえるとは思いませんでした! 邪剣の場合は身構える間もなく突然でしたが、今回は違う! 拙者、昨夜は興奮してなかなか寝付けませんでしたにございます!」


『んで、興奮しすぎてこうして朝早くっから起きてるってわけか』


「その通りにございます! 今日はすでに街入りしておりますから、あとは開館を待つのみ! 拙者もう待ちきれません! このまま墓所の前で行列を作りたい気持ちにございますよ!」


『どんだけ待ちきれなくても開館時間はかわんねーし、一人じゃ行列作れねーぞ』


「そんなことはございません。拙者一人で見物人五百人分の熱量がございますから!」


『人数と量を一緒くたにすんなよ……』


 なぜかあきれられてしまいました。不思議にございます。


「ああ、待ちきれない! 拙者この高まる気持ちを胸に、屈伸運動をしたいと思います!」


『なんで屈伸……』



 腕立て伏せも可ぁ!!



『相棒、リオ、どっちでもいいから早く起きてこいつの相手してくれ……』



「ぐー」

「……」


『つーか絶対二人共起きてるだろ。相棒はわっかんねーけど、リオはぜってー起きてるだろ。仕切りのむこうで笑うのこらえてるだろ!』


「オーマ殿、今はまだ夜が明けたばかり。そのような声を出しては迷惑にございますよ」


 三人部屋でリオのところだけ仕切りを立ててございますが、そのむこうにいるリオはおとなしく寝ているにございますよオーマ殿!


『おめーに言われたかねぇよ』



 なにはともあれ、今日は実によき朝にございますな!


 さしこむ朝日を眺め、拙者はその光をまぶしく思い、手でひさしを作った。



 ざわざわ。

 ざわざわざわ。


 ん?


 なにやら窓の外が騒がしい。

 まだ夜があけたばかりで、かつここは二階だというのにその喧騒がわかるということは、宿の軒下の道がかなりの人手ということになる。


 いったい何事かと、窓を開いて下を見た。



 ざわざわ。

 ざわざわざわ。



 宿の前には大通りがある。その大通りから街から外へ出る門まで、馬車や旅人やらの行列が出来ていた。


 この街は守りの外壁に囲まれ、夜明けと共に門が開き、日没と共に門が閉まる決まりとなっている。

 すでに夜は明けたゆえ、門は開いていてしかるべきのはずだが、街から外へ出る門は今だぴくりとも動いていないようだった。


 この街は帝都へむかう街道の中でももっとも大きな道。

 先を急ぐ者や、帝都へ物資を運ぶものなどは夜明けと共に門を通過して行く。


 そのために集まっていた者達が、門が開かぬことに首をかしげ、こうして騒ぎ出したということなのだろう。


 しかし、どのような理由が?

 時に凶悪犯などが街に入りこんだ場合、その街の責任者の命によって門の閉鎖が命じられるということはあるが、そのような凶悪犯が街に入りこめば間違いなく噂になる。

 ならば他の理由ということもあるが、今街の門を閉めるような理由は思い浮かばない。


 あとでなにか発表があるのだろうか?


 だが、このまま門が閉まり続ければ、帝都への物流が滞る。

 特に食料などはこの地が最も生産している地方であるから、このまま物流が滞ることになれば大変なことになるだろう。


 砂漠の多いこの帝国で、大量の食料を生産、流通させるのは難しいのだから。



 念のため窓の下にあふれる開門街の商人に聞いてみたが、待つ当人達もなぜ門が開かないのかわからないとのことだった。

 やはり、発表を待つしかないようだ。


 そう、思った時のことだった……



『聞こえるか? 聞こえるか? ガラウルの者達よ』


 街すべてに響く声が、街の中央から響いた。

 大音量。というわけではない。耳にはっきりと聞こえる男の声。

 これはなんらかの魔法による拡声の法によって流されたものだろう。


 門の前でざわついていた者達。さらに拙者と同じく宿から門の騒動を窓から見ている者達が意識をそちらへむける。

 寝ていた者も、この声になにごとかと目を覚まし、耳を傾けはじめた者もいるだろう。



『私は帝国大将軍アスラルーンである! 君達もうすうすは感じているだろうが、我が帝国は無謀な争いを求め、侵略の準備を進めている。このままでは新たな争いがはじまるだろう!』



 声を上げたのは、街を統べる長ではなく、この帝国の軍を統括する将軍だった。

 王国でいえば騎士団長。そのクラスの男がこの事態に関わっているというのだ。



『このままでは帝国は無謀な侵略戦争へ突入してしまう! 私はそれを阻止するため立ち上がった! 万一戦がはじまればどうなるか、それを皇帝陛下に知ってもらうため、私はこの街を占拠させてもらった!』


 この地を占拠する?

 その意味はすぐにわかった。


 ここは物流の要。この地がおさえられれば、帝都への食料供給などが大幅に制限される。

 そうなれば帝都の民は飢えるしかなくなる。


 それをこの男は戦争前に引き起こそうとしているのだ。


『皇帝陛下が考えを改めてくれるまで、君達はこの地より帝都へむかうことはまかりならん! 帝国の未来のため、君達には不便を強いるが、どうかわかってほしい!』



 そういい終えた直後、門の上に兵が現れ、中にむけ弓を構えた。

 誰も外には出さぬ。文句を言えばそのまま射殺しかね勢いだ。


 これには、不満を口にしようとした商人達も黙るしかない。


 確かにここを封じれば、皇帝の住まう帝都も大きな打撃を受けるだろう。

 特に食料は大打撃だ。


 結果、すぐ物不足となり、多くの民が飢えることとなる。


 その被害を一番最初に受けるのは一般市民。


 彼にしてみればこれは大事の前の小事であり、多少の犠牲はしかたないと考えたことなのだろう。


 戦争を阻止したいという気持ちはわかる。

 だが、このやり方はよくない。


 確かにこの方法を実行してもらい、帝国が弱ったところで拙者が親書を渡せば説得の可能性も大きくなるだろう。

 しかし拙者は思う。


 それでいいのか。と!



『もちろんこれにより、街の主だった施設は閉鎖される。理解して欲しい!』


「……」


 ぴくっ。



 拙者の心は、完全に決まった。

 この手段はやはりよくない。帝都の民を、そしてこの街の者達を不幸にするだけの方法だ。


 それならば、拙者達が親書を持ち、直接皇帝を説得した方が確実である。



 ここは一つ、このようなばかげた反旗を起こす必要はないと、この大将軍アスラルーンに話をつけに行かねばならないだろう!



 拙者は大きくうなずいた。



「マックス」



 ぜんは急げと窓から飛び出そうかと考えた直後、ツカサ殿の寝ているベッドから声がかけられた。


「ツカサ殿、起きておられましたか」


「まあ、そりゃね」


 まるであの魔法の声によって起こされたような態度であるが、ツカサ殿は拙者がオーマ殿と話している時にはすでに起きておいでだったのでしょう。


「お聞きの通りです。この国の大将軍が、皇帝が引き起こそうとしている戦争をとめんがため、この街を占拠しました。このままではこの地も戦場となるでしょうし、帝都の民も品不足にあえぐことになります。拙者、それは我慢なりません。なんのために拙者達がこの国に来たのか。それは王からの親書をわたし、戦争を止めるためにございますから!」


「お、おう」


 拙者にまくし立てられながら、ツカサ殿は返事を返す。


「この親書があれば、皇帝は戦争を思いとどまると思います。この反乱は帝国の者達を苦しませるだけの愚策。よって拙者はこの首謀者と直接話しをし、門を開かせようと考えていますが、ツカサ殿はいかがいたします!?」



「んー。マックスの言いたいことはわかった。でも、マックスがその大将軍様を説得に行って、首を立てに振らせられるとは限らないんじゃない?」


「そんなことはございません。特使としての身分を明かし、その目的を話せば、必ずや協力を得られるでしょう。むしろ大将軍ならばこの封鎖を解くだけでなく、そのまま皇帝との謁見を整えてくれるやもしれませんし!」


「そうかもしれないけど……」


 なんとも歯切れが悪い。

 ツカサ殿はなにが言いたいのだ。



『ったくわっかんねーかな。この反乱の目的が戦争をとめるためだけじゃねえって可能性もあるだろ。それ以外にも、話が通じないヤロウって可能性もある。相棒はな、もっと可能性を考えろって言ってんだよ』


「むう……っ」



「そこまで言うつもりはなかったけど、マックス。戦争をとめるというのがあっちと俺達の目的なら、この街の説得にこだわるんじゃなく、皇帝を説得しに行ってもいいんじゃない?」


「っ!」



 なんとっ!

 確かに、その手もありましたな。


 彼等にどんな目的があろうと、戦争がとめられれば他のことなどは出来ない。


 ですが……



「それとも、この街を先に開放しなきゃならない理由があるのかい?」


「リオっ!?」



 もそもそと、仕切りからリオが頭だけをだしこちらに会話に加わった。



「そ、それは……」


「いずれにせよ、門を開かせるための説得に行くのを否定するつもりはない。でも、それ以外の方法でこの街から出る方法を考えておいた方がいいと思うんだ」


「確かに、おっしゃるとおりにございます……」



 しゅん。となった。


 拙者、民のためと言いながら、その実は自分のためで動いていたことを二人に自覚させられてしまった。


 拙者がこの街の開放にこだわったのは、最終的にはこの街でサムライの墓所に行きたかったからである。

 そのために、いろいろな理由をつけて街を開放させようとした。


 これでは、説得に行っても一方的な要求しか出来ないだろう。



 きっとツカサ殿は拙者のこの視野狭窄を見抜き、行こうとした私を止めてくださったのだ。

 あの方はこう言われているのだ。


 こういう時こそ、大局を見ろ。と!



「わかりもうした。多くの可能性を考え動くのも当然にございますな。拙者は街の解放の説得にむかいますが、ツカサ殿はいかがいたすのです?」


「俺は念のためこの街から脱出出来るルートがないかオーマと探してみるよ。見つからないような道を見つけるのはオーマが適任だし」

『おう。おれっちに任せてくれ!』



 確かに、いざという時の脱出ルートは拙者達だけでなく民を逃がすルートとしても使える。

 さすがツカサ殿。一番に考えるのは、力なき民のこと。


 この配慮。拙者にはなかなか身につかぬことにございますっ!



「ならおいらは、別の経路から街から出られるルートがないか探してみるよ」


「それなら今、ツカサ殿が……」

 探すと言っておられたではないか。


「ツカサの場合は人を使わない道だろ? おいらが探すのは人を使う道さ」


 と、リオはウインクしながら手で金のマークを作った。



「街から出たいヤツはごまんと出る。なら、それを商売にするヤツも必ず出る。そういうのも探しておいて損はないだろ?」


 ああ、そういうことか。

 正規のルートでなく、裏で街から脱出させてくれる者。


 どれだけきつくしめようとしても、人間金を見ればたいていの者は目の色が変わってしまうからな。

 それに目がくらみ、そのようなことをしようとする者が現れるのは確定事項だ。


 しかしそれは……



「え? 大丈夫なの?」

「大丈夫なのか!?」


「なんだよ二人して。おいらだってスラムで生きてきた生え抜きなんだぜ。後ろ暗い奴等との交渉ぐらい出来らあ」



 拙者もツカサ殿も、思わず口にしてしまった。

 リオはぷくーっと頬を膨らます。


 拙者達が心配するのも当然だろう。男装しているとはいえリオは少女。


 下手をすれば……



「ここは、お前の生まれ育った国ではないぞ。一人ではいざという時危険ではないか?」


「大丈夫だよ。その時はこうだからさ」


 ぽんと、手元に聖剣と化したソウラ殿を取り出した。

 それは元は、リオの胸元につけたペンダントだったものだ。


『その通り。そのような危険は私がいる限りありません』


 確かにソウラ殿がいれば安心だ。

 まさか、胸元に最強の剣を持っているとは誰も思わぬだろうしな。



「それによ、場合によっちゃ占拠した奴等とマックスをつないでやらなきゃだしな」


 にしし。と笑った。



「いくらなんでも、それは……ないぞ?」


「一瞬考えたろ」


「そんなことは断じてない。拙者は特使にござるぞ!」


「へいへい。そうしとこうか」



 だが、リオの言うことももっともである。

 そもそも大将軍にとりついでもらえないなんてことは十分にありえるのだ。


 そのために、つなぎをつけてもらえる者とコンタクトをとっておくのはやぶさかではない。

 リオの方向も探しておいてしかるべきだ。


 そんなことにも気づいていなかったとは。


 やはり今、視野が狭くなっていたことを思い知らされる。



「つーか……」


「ん?」



「ぶっちゃけさ、おいらとマックスとツカサでここを占拠した奴等全員ぶっ飛ばした方が早くね?」



「それはダメでござろう」

「いや、さすがにそれは……」


『ばーか』

『リオ、それはやりすぎです』


「全員ダメ出しかよ!」



「当然にござろう。一応彼等もこの帝国のことを考えて動いているのだ。まあ、民に手を出すというのなら別だがな」


 今の段階では一概に悪いと決めつけて行動することは出来ない。

 まずは顔をあわせ、なにが目的なのかを見極めるべきだ。


「武力行使をするのは、最後の手段だ。まずは穏便に行こう」



「へいへい。わかったよ」


 ぶーっと頬を膨らませ、リオは仕切りの下に体をおろした。

 きっと着替えるのだろう。



「では、三人三様、別行動にございますな!」


「一番いいのは、マックスが説得して皇帝との面会の約束をとりつけられることだから、頼んだよ」


「お任せくだされ!」



 というわけで、朝も早くから街を開放するため動き出すこととなったのだった!




──ツカサ──




 朝っぱらからうるさくて目が覚めた。


 そしたら、なんかトンでもないことを耳にした気がする。


 だから、マックスに確認してみたら……



「お聞きの通りです。この国の大将軍が皇帝が引き起こそうとしている戦争をとめんがため、この街を占拠しました。このままではこの地も戦場となるでしょうし、帝都の民も品不足にあえぐことになります。拙者、それは我慢なりません。なんのために拙者達がこの国に来たのか。それは王からの親書をわたし、戦争を止めるためにございますから!」


「お、おう」


 思わず変な声が出てしまった。

 どうやら、寝ぼけた頭で聞いた聞き違いじゃなく、本当のことだったようだ。


 帝国は戦争の準備をしていて、街を占拠した人達はそれをとめようとしている。

 そして、マックスは特使としてその戦争をとめるために親書を携えここまでやってきたというわけだ。


 え? マジ?


 その戦争をとめるのが、マックスが特使として帝国に来た理由? そのために命じられてこっちきたの!?


 マジで?

 マジかー。


 でも確かに冷静になって考えてみれば、それっぽい雰囲気やきな臭い感じはあったような気がする。

 特使って凄い役職の人が送られるってことは、それだけトンでもない事態だってことだよな。

 その特権使って観光できるぜうっひょーとかそんな単純な話じゃないよな。


 まあ、あとからこうして冷静に考えてみれば気づけるってだけで、今までさっぱり気づいてなかったわけだけど!


 だってしょうがないじゃない。俺は元々そんな争いとは無縁の生活をし続けてきたんだから。

 だからしかたないしかたないって!


 というわけで、しかたない。


 よし、全国民が納得して俺の名誉が守られたところで言い訳終わり!



「この親書があれば、皇帝は戦争を思いとどまると思います。この反乱は帝国の者達を苦しませるだけの愚策。よって拙者はこの首謀者と直接話しをし、門を開かせようと考えていますが、ツカサ殿はいかがいたします!?」



 え? いかがするって、いかがしよう。


 マックスの役目は親書を皇帝に届けての戦争の回避。

 でもここで街が封鎖されたままだとそれが出来ないから、それを解除するよう説得に行こうって話だ。


 ついでに、こうして封鎖されたままだと住んでる人達が困るってのもある。


 相手も同じく戦争を回避するため動いている。だから説得出来ると考えているんだろう。


 だがちょっと待って欲しい。

 万一それが失敗してつかまったりしたら……


 俺達、大変なことになるよね?

 痛い目とかあわされるよね?


 そういうの、俺やだなー。


 つまりなにが言いたいかというと。



 そんなとこ、行きたくありません!!



 だから……



「んー。マックスの言いたいことはわかった。でも、マックスがその大将軍様を説得に行って、首を立てに振らせられるとは限らないんじゃない?」


 ひとまず無難なことを言ってみた。



「そんなことはございません。特使としての身分を明かし、その目的を話せば、必ずや協力を得られるでしょう。むしろ大将軍ならばこの封鎖を解くだけでなく、そのまま皇帝との謁見を整えてくれるやもしれませんし!」


「そうかもしれないけど……」


 そういやマックスは色々特権のある特使様なんだった。

 自信満々だけど、相手がその権威にひれ伏すとは限らないし、なにより俺達他国の人だから、余計なことすんなって逆に火に油注いじゃったりする可能性ない?


 そういうことが思わず頭をよぎっちゃうから、どうにかして行きたくないってひっそり主張してる。それがわからないかな!



『ったくわっかんねーかな。この反乱の目的が戦争をとめるためだけじゃねえって可能性もあるだろ。それ以外にも、話が通じないヤロウって可能性もある。相棒はな、もっと可能性を考えろって言ってんだよ』


「むう……っ」



 いや、そこまで深い意味はないんだけどね。

 単純に行くのが不安だから行きたくなってだけだから。


 ビビってるわけじゃないよ。

 ちょーっと、先が見えないから危険じゃない? って言いたかっただけなんだ。


 でも、そういう方向性に持っていくのはありだな。

 いいこと教えてくれた。サンキューオーマ!



「そこまで言うつもりはなかったけど、マックス。戦争をとめるというのがあっちと俺達の目的なら、この街の説得にこだわるんじゃなく、皇帝を説得しに行ってもいいんじゃない?」


「っ!」


 よし。なんかマックスの表情が変わった。

 これは、押せばいけそう!



「それとも、この街を先に開放しなきゃならない理由があるのかい?」


「リオっ!?」



 同じく目を覚ましたらしいリオがこちら側に味方してくれた。

 この流れ、いい。いいぞ!



「そ、それは……」


「いずれにせよ、門を開かせるための説得に行くのを否定するつもりはない。でも、それ以外の方法でこの街から出る方法を考えておいた方がいいと思うんだ」


 目を泳がせたマックスに俺はさらに畳み掛ける。


「確かに、おっしゃるとおりにございます……」



 よし、これでついて来いとか言われない!


 となれば……!



「わかりもうした。多くの可能性を考え動くのも当然にございますな。拙者は街の解放の説得にむかいますが、ツカサ殿はいかがいたすのです?」


「俺は念のためこの街から脱出出来るルートがないかオーマと探してみるよ。見つからないような道を見つけるのはオーマが適任だし」

『おう。おれっちに任せてくれ!』


 そりゃ俺のやることといったら逃げ道を確保する。この一点に決まっているじゃないか。

 そうすれば安心してマックスに事態を任せられるし、俺は安全地帯に逃げられる。


 うん。完璧。安心!



「ならおいらは、別の経路から街から出られるルートがないか探してみるよ」


 俺とマックスの会話がひと段落すると、リオが割って入ってきた。

 それってつまり、俺と一緒に来るってことかい?


「それなら今、ツカサ殿が……」


「ツカサの場合は人を使わない道だろ? おいらが探すのは人を使う道さ」


 え? 違うの? ウインクしながら手で謎のマークを作るリオを見て、愕然とする。

 俺としては一緒に来て欲しかったんだけど。


 ソウラっていうこの世界最強の聖剣と一緒にいたかったんだけど!


 俺の身の安全的な意味で。



「街から出たいヤツはごまんと出る。なら、それを商売にするヤツも必ず出る。そういうのも探しておいて損はないだろ?」


 オーマのやる抜け穴じゃなく、誰かにこっそり通してもらえるか交渉してくるってことか。

 でもそれって……



「え? 大丈夫なの?」

「大丈夫なのか!?」


 俺とマックスが同時に心配の声を上げた。

 それは、俺の身の心配だけじゃなく、リオの身も心配してだ。



「なんだよ二人して。おいらだってスラムで生きてきた生え抜きなんだぜ。後ろ暗い奴等との交渉ぐらい出来らあ」


「ここは、お前の生まれ育った国ではないぞ。一人ではいざという時危険ではないか?」


「大丈夫だよ。その時はこうだからさ」



 仕切りのむこうで、リオは聖剣を手にとった。


『その通り。そのような危険は私がいる限りありません』


 そうだよね。ソウラがいれば問題ないよね。

 その安心、俺も欲しかったよ!


 でも、マックスも納得させられてしまったし、ここはそのルールの抜け穴を探すのを任せるしかない。

 俺の抜け穴探しは見つかるかわからないのだから。


 こうなったらイノグランドに来たころの初志を思い出し、オーマのサーチを頼りにこそこそ逃げ回ってやる!



 リオの口にした物騒なことを苦笑したしなめ、俺達は個別行動をすることになった。


 用事が済み次第ここに戻り、あとは皆の帰りを待つというのが一つの取り決めだ。

 一晩たって戻らない場合は、探しに行く。


 そういう簡単なルールが決められ、俺達はバラバラに宿を出た。




──ツカサ──




 というわけで、二人と別れて一人で行くことになってしまった。


 やべえ。超心細い。いわゆる反乱を起こした人達の本拠地なんて見えた危険を回避しようとしたのに、逆に見知らぬ土地で一人だなんて!

 これならむしろ三人で本拠地に乗りこんだ方がサムライナイトのマックスと聖剣の勇者リオと一緒にいれたから安心だったじゃん!


 なんてこった。なんてこったよ。

 こうなったらオーマの探知能力を最大限に使ってさっさと街から出られるか確認してこの宿に戻って引きこもろう。そうしよう。


 どんなとこでも、最強の防犯は部屋から出ないことなんだから!



「よし、オーマ、早いとこ街からの抜け道を探そう」

『おうよ。おれっちに任せとけ。可能性の高いとこはもう見繕っといた。案内するぜ』


 さすがオーマ! あとは近くに行ってより念入りにサーチすれば出口があるかわかるな!



 俺は宿を出て、オーマの案内で門を通らず街から出るルートを探し歩く。


 街が封鎖されているわけだから、ここを封鎖した人達──まあ、反乱軍としておこう──も警戒しているみたいで、簡単に行き来出来そうな場所には見張りがいたり、すでに封鎖されていたりした。

 ここから帝都にモノを行かせないため門を閉鎖したんだから、ある意味当然の行為だろう。


『あー、ここも地下通路が外に通じてるが、すでに見張りが立っていやがるな』


 マックスをつっこませれば倒して脱出は可能だけど、今は無理だ。

 前のはすでに道は砂で埋まっているというのもあったし、意外に楽じゃないなこれ。



『こうなりゃ、ここを行くしかねえか』



 オーマの案内をうけて四つ目。

 大昔に作られた外壁の隠し通路はさすがにノーマークだった。


 オーマのサーチでやっと発見できた道なんだから当然か。


 外壁に隠されていた秘密の石壁を動かし、開いた入り口へ入る。

 長いこと人が足を踏み入れていなかったことがわかる独特な空気が俺を歓迎してくれた。


 かばんから取り出した懐中電灯のスイッチを入れ、入り口の扉を閉める。


 次は、この道でちゃんと外に出れるかの確認をしなくちゃならない。


 オーマの力で街の外に繋がっているのは確認出来ても、実際に通れるかはまた別の問題だからだ。

 あまりに古い道だと、歩いていたら突然天井が崩れたり、足元に穴が開いたりなど予想不能の事態が起きないとも限らない。


 そんな兆候が感じられたらなら、このルートも失格にしなければならないわけで。また別の道を探さなきゃならないわけだ。


 だから、本当に出られるか確認しておかなきゃならない。

 これで出られるのが確認出来れば、俺の役目は終わり。宿に帰ってだらだらするのみだ!



 懐中電灯のあかりをたよりに、薄く砂と埃の積もった通路を歩きはじめる。



 どうか、何事もなく外に出れますように……!



 あ。ちなみにだけど、いざとなったらソウラの魔法で空を飛んで壁をこえるって手もあるらしい。

 ソウラと鎧の魔力を使えば聖剣の持ち主自身が空を飛べるようになるらしいから、リオの足とかにつかまったり、紐で吊り下げられたりとかで運んでもらうことになるけど。


 ソウラ使って飛ぶ場合は黄金色に輝いてけっこう目立つから、脱走バレバレになるのが欠点で反乱軍鎮圧や他の抜け道実力行使と同じく最終手段なわけだけど。


 今は、安全確実に外へ出るルートを探しているわけだから。



 てってこてってこと秘密の通路を歩く。


 途中砂が積もっていて行くのに難儀したりしたけど、意外にあっさり外へ出ることに成功した。

 最後扉を開ける時機構が砂に詰まってちょっと焦ったけど、なんとか石壁が開いてくれたからよかった。


 外の光を見て、一安心。

 外も確認して、これで大丈夫。


 けっこう時間かかったけど、これで脱出経路は確保出来たかな。



『よっしゃ。これで抜け道が確保出来たな』


「ああ。戻ろう」


 というわけで、これであとは宿に戻ってマックスとリオの結果待ちというわけだ。


 意気揚々と、俺は来た道を引き返す。



 プルプルプル。


 隠し通路を半分くらい戻ったところで携帯が鳴っているのに気づいた。


 おや、珍しい。と思いつつ携帯に出る。

 これにかけてくるのは一柱だけだけど、なんの御用だろう?


「もしもし?」


『──』



 ……え?




──マックス──




「拙者がいの一番に事態を解決し、お疲れになって宿に帰ってきたツカサ殿とリオ殿を満面の笑みえ出迎えて見せましょうからお覚悟なされ!」


 そう啖呵を切って飛び出してはきたものの、朝日が外壁の上まで昇り、さらには中天近くまで来てしまったというのに、拙者はいまだにあの封鎖を宣言した大将軍と面会出来ずにいた。


 当然拙者は王国からの特使であることも伝えた。

 しかしこの自称反乱軍は拙者を特別扱いはしてくれなかった。


「次、八十八番の札を持つ者!」


 それもそのはず。この反乱軍は抗議や激励に訪れた者に整理券を配り、その番号順に大将軍みずからが面会してその話を聞いているのだ。

 金をいくら積もうが、どれほどの権力者であろうが、そして特使であろうが関係ない。その番号順にしか面会しない。


 ある意味それは、すべてを平等にあつかう方法だった。


 もちろん早い番号を金で譲ってもらうなどの裏技はあろうが、拙者個人の手持ちでは太刀打ち出来ぬし、そういった者に特使という肩書きは通用しなかった。


 なんの貴賎もなく人々と接するのはとてもよいことだとは思うが、世の一大事だというのに! と思わず思ってしまうのは、特使という肩書きがあるゆえの傲慢だろう。


 力を持って乗りこむわけにもいかず、拙者はこうしておとなしく待合室にて待っているというわけであった。


「百番の札を持つ者!」


 やっと百番の者が呼ばれた。

 拙者の番号は百二。あの早朝から、よくもこれほどの人数が集まったものだ。


 これからどんどん人も増えるというが、同じ意見の者は代表者を立ててまとめるという形になるらしい。

 拙者の要求は他と被るわけもないゆえ、そのような手段はとらないが。


 しかし、そこまで我慢する必要はないにござるぞ待つ者達よ。

 なぜなら拙者が面会をすれば、この封鎖はたちまち解除されるであろうからな!


「百二番の札を持つ者!」


 ついに来た!


 拙者は番号札を受付にわたし、建物の上層にある面会の部屋へとむかった。

 もちろん、入室前に武器は預けたが、預けたのはいつも腰にあるロングソードだけだ。


 我が半身サムライソウルは万一のため我がうちに戻し、ツバだけを懐に潜ませている。

 我が魂より生成された刃ゆえ出来る、絶対に見つかることのない収納術である!


 おのれの魂から刀を生み出すということの利点はここにござるな。



 部屋には正面の窓際に立つ豪奢な鎧を着た五十がらみの体躯のよい男と、その護衛と思われる黒い鎧を着た戦士が三人。さらに二人の魔法使いがいた。


 一人の魔法使いは両手で水晶を抱えている。何度か見たことがあるが、あれにて他の水晶と交信したり魔法をかけたりするという魔法道具だ。

 朝の声も、あれを使って発動したものかもしれない。


 姿から見て、正面に立つ大男が大将軍であろうか。



「よくぞ来た特使殿。貴公等の噂はかねがね聞いている。せっかく出向いてくれた客人を特別扱いも出来ずすまなかったな。だが、これが俺のやり方なのだ。許せ!」


 わはは。と鎧の男は豪快に笑った。

 この声。朝聞いた覚えがある。やはりこの男が、大将軍アスラルーンか。


「おおっと、面とむかっての自己紹介はまだだな。俺の名はアスラルーン。適当におじさんとでも呼んでくれ。おっさんでもいいぞ」


 そう言い、歯を見せ笑った。


「アスラルーン様。相手は仮にも特使殿ですよ」


「順番飛ばしの特例もしてねえんだから、かたいこと言うな。な?」

 近くの戦士にたしなめられたが、その言葉にため息が出るばかりのようだ。

 これはこれは、なかなかとっつきやすく、御しにくい男だ。


「お前もそう思うだろ? えーっと?」


「さすがにそうは呼べぬにございますよアスラルーン殿。拙者はマックス・マック・マクスウェル。マックスとお呼びいただきかまいませぬ」


「そうかいマックス。こうして会えて嬉しいぜ」

「こちらにもございます」


 拙者達は固い握手を交わし、にっと笑った。



「早速ですが、本題に入らせていただきます」

「おう」


「今すぐ、この街の封鎖を解除していただきたい」


「そいつは出来ねえ相談だな」


 即答であった。

 はっきりきっぱりと断られてしまった。


 まあ、この返答は予測済み。


 開口一番OKを出されていた方が拍子抜けというものである。



「ならば、どうなればこの封鎖を解除していただけるのか?」


「朝言ったとおりだ。皇帝陛下が考えを改め、王国への侵攻をとりやめると決めた時になるな」


 拙者も大将軍も、どちらも固い口調にかわる。

 先ほどとは違い、これは街の、いや、下手をすれば帝国の命運にも関わるからだ。


「それまでこの街を閉鎖し続けると?」


「そうだ。この街と帝都の民には悪いが、こうでもしなければ皇帝陛下の考えは変わらない」


「すでに知っているとは思うが、拙者は王国よりの特使。皇帝の意思を変える親書を携えている。それを運ぶことが出来れば、このようなことは無意味。拙者を、いや、我が主、サムライを信じてはもらえないだろうか?」


「君と共にいるサムライの勇名は帝国にも大きく響いている。世を二度も救った大英雄。百万の兵に匹敵する武力。それを敵に回すことは自殺行為にも等しい。誰もがそう思っている。ある人物を除いてな」


「……それが、皇帝であると?」


「いや、皇帝陛下ではない。あの方は今、正気ではないのだ。魔法大臣の甘言に惑わされ、その野望をかなえる道具とされているのだ」


 魔法大臣。


 すべての黒幕は皇帝ではなくそいつだというのか?


 だとすれば確かに、皇帝へ親書を届けてもなんの意味もない。



「我等とて何度も皇帝陛下へこの戦争の無意味さを進言した。だが、聞く耳を持っていただけない。今の陛下に声が誰かの声が届くというのなら、とうの昔に侵略の意思などなくしておられる」


「だから、この強硬手段に出たと?」


「その通りだ。今の皇帝陛下のお耳に我等の言葉は届かない。ゆえに、我等は魔法大臣が留守の今を狙い、陛下を帝都より引き離すため、そのようなことを引き起こしたのだ!」


 軍をまとめる大将軍たる男がこのような行動に出れば、皇帝も動かざるを得ない。

 皇帝を帝都より引き剥がし、その魔法大臣の魔の手から取り戻そうということか。


「主が間違った道へ進もうとするのなら、その命を賭してでもおとめするのが臣下の役目! 大臣がいない今、この反乱の鎮圧には陛下みずからが当たるに違いない。そこであの方をお救いし、ヤツの邪気をはらったのち、考えを改めてもらう! もちろん君の親書もその時役立つだろう。そのためにむしろ、我等に力を貸してもらえないだろうか?」


 そうきたか。

 まさか逆に勧誘されるとは思ってもみなかった。


 まあ、サムライを味方につけたいと思うのも無理はない。

 それに、彼等の目論見がうまく行くのなら拙者の使命といえる戦争回避もなるであろうから願ったりだ。


 その目論見が、本当にうまくいくならば。だが。



「皇帝が即座に対応し、ここに来ないというのはないのか?」



 彼等の計画は、ここからはじまっている。

 だから、民に余計な痛みはかけないと。


「ないな。そのために大将軍である私が動いたのだから!」


「それは、絶対なのか?」


「絶対である!」



「たいそうな自信だ。仮定の話になるが、一週間、一ヶ月そちらを疲弊する策に出たとしても待つのか?」


 これはいわば篭城戦。

 守るに易いが、援軍のない篭城戦はそのまま持久戦に持ちこまれることが往々にしてある。


 そのような策を皇帝がとらないとも言い切れない。


 そうなれば……



「待つ。我等が健在な限り、戦は起こせない!」


 大将軍ははっきりと言い切った。



「民に痛みを強いても?」


「でなければ、陛下も気づかぬゆえな」


「……」



 その覚悟は立派である。

 しかしそれは、戦争を強行する皇帝と変わらない。


 彼は、その皇帝を妄信しすぎている。言うとおり魔法大臣に心を操られていたとすれば、そう判断しないかもしれないというのに。



「やはり、拙者達はこの封鎖に賛同することは出来ぬ」


「なに?」


「むしろ早くこの封鎖を解除し、我等を皇帝に案内する方が得策と判断した」



「なに?」

「なんだと貴様!」


 怪訝な表情を見せるアスラルーンに対し、共にいた戦士が腰の剣に手をかけた。


 しかしそれ以上は動かない。

 アスラルーンが手でそれを制したからだ。



「サムライの噂はとくと聞いているだろう。そちらの言うとおり、魔法大臣に皇帝が惑わされているというのならば、ツカサ殿との面会がかなえばあの方のお力でその心は解放されるであろう。確実にな」


 そのような呪いにもにたもの、あの方ならば声さえ上げずに解決してくれるほどだ。


「心の解放がなれば、あとは我が親書を持ってすべては解決。このようなことをして人心を惑わす必要はない!」



「それを我等に信じろと?」


「そうだ!」



 そちらが反発するのも良くわかる。

 彼等の反発は、皇帝ならばこの事態に即座に対処するという言葉に拙者が噛み付いたのと同じ。


 それは、どちらも主を信頼しているゆえ出る言葉だ。


 こうなるともう、言葉ではどちらも動かない。



 拙者と大将軍。その間に火花が散った。


 あまりの迫力に、護衛のはずの戦士が思わずあとずさる。


「ま、まさか、大将軍様……!」

「ここで……!?」



「どうやらこの話は平行線のようにござるな」

「そのようだな」



「ならば!」

「よかろう!」



 近くにあった執務机に肘を乗せ、拙者と大将軍が手を握り合う。



「勝った方がその主張を通す。それでよいな!」

「おう!」



「やっちまってください大将軍様!」

「こんなヤツ、一ひねりだ!」


 やっぱりなー! と、興奮した戦士達が、大将軍を応援する。


 力対力のぶつかり合い。

 これが一番、我等にとって手っ取り早い交渉であるっ!!



 ぎしりっ。と机がきしみ、今後の行方を担う腕相撲がはじまった!




──アミラルォット──




 念のため自己紹介しておこう。


 俺の名はアミラルォット。帝国武装商戦団の船長を務めている男だ。

 気軽にルォットー船長と呼ぶように。


 それ以外のことは各自で思い出してもらうことにしよう。



 今回俺は、魔法大臣グネヴィズィール様と共にある場所へとやってきた。


 しゅいん。という音と共に、目の前を覆っていた光が消える。


「ここは……?」


「さすが魔石よ。一瞬でここまで跳べるとは」


 周囲を見渡し困惑する俺を尻目に、グネヴィズィール様はにやりと笑う。

 そこは、見渡す限り砂しかないところだった。


 帝国の半分は砂漠であるから、こういった場所はどこにでもある。

 正直昼間太陽が出ている間ではここがどこなのかはさっぱりわからない。


 きょろきょろとあたりを見回す俺を見て、グネヴィズィール様はふふ。と笑った。



「ルォットー。お前は無の砂漠で死んだモノがどうなるか知っているか?」



「無の砂漠で、ですか?」


「そうだ」



 さらに困惑する俺に、優しくうなずいて見せた。

 それにより、俺は少しだけ冷静さが戻る。


 無の砂漠。

 かつて我等が帝国の前身であった魔法帝国により生まれてしまった、人類の英知と愚かさを象徴すると言われている場所。

 魔法の源と呼ばれる力をすべて吸い尽くしたゆえ、その周辺をまきこんで旧魔法帝国の帝都すべてを砂へと変えた結果がそこだ。


 そうして生まれた無の砂漠。

 ここでそれを話題に出したということは、今立っているこの場は無の砂漠ということになる。


 考えながら、空を見上げた。

 雲ひとつない青空から、地獄のような日差しが降り注いでいる。


 正直砂漠の装備でなく提督としての服装で来たためとんでもなく暑い。暑いでなく熱いと言っていいくらいだ。


 そんな場所で死ねば当然……



「ここで死ねば、この太陽にあぶられ、干からびて行くのでは?」


「惜しいな。確かに、普通に考えればそうなるだろう。だが、ここは普通ではない。ここで死ねば、そのまま砂に飲みこまれ、地底深くに沈んでゆくのだ。太陽の光さえ当たらない、深い深い地の底にな」


「そ、そうだったのですか……」


 俺は海の男なので、砂漠のことはあまり……

 ついでに、帝国に住んでいたとしてもこの無の砂漠にあえて足を踏み入れ、そんなことを確かめようとするものはいない。


「では、砂の底で朽ちてゆくのですね?」


「いいや、それも違う。命の鼓動を失った生も死もない砂は、その死骸を変化させない。この砂漠に沈んだモノは、死んだ時のまま、ずっとその状態で砂に沈むのだ」


「え?」


「マナを失ったこの地は、死骸を骨にする力さえないのだ。まさに無の世界。この意味、わかるか?」


「ま、まさか……っ!」



 にやりと笑い、魔石を持ちあげるグネヴィズィール様。

 その姿を見て、俺は思わず戦慄する。


 この予測が正しければ、この方はなんてことをしようとしているのだ。


 なんてモノを、蘇えらせようとしているのだ……っ!!



「そう。その、まさかだ!」



 あの方が魔石をかかげ、呪文を唱えた瞬間、地の底でナニカがうごめいた。

 砂の大地が盛り上がり、揺れ、砂が流れる。


 地の底から、なにか巨大な物体が這い出ようとしている。


 まさか。まさかと戦慄が自分の体を駆け抜ける。



 このようなことが本当に出来るとは。

 さすがグネヴィズィール様。


 これが、魔石を持った魔法使いの力……!



「さあ、地の底に眠る者よ、我が命に従い蘇えるのだ。我が野望をかなえるため、我の道具として、今一度かりそめの命を持って我が前に姿を現せ!!」



 聞いたことがある。

 死体に魔力を流し、自在に操る魔法があると。


 禁忌の死霊邪法。


 まさか、グネヴィズィール様がその使い手だったとは!



 この復活があの方の目的。

 このために、俺に魔石を探させたということか!


 サムライに対抗するため、なんて対抗策を思いつくのだこのお方は!



 確かにこれならば、サムライに抵抗出来るかもしれない!



「さあ、行こうか」


 グネヴィズィール様の魔法の力で、ふわりとその身が浮かび上がった。



「ですが、一つよろしいですか?」


「なんだ?」


「問題は、これをサムライにむけ使う口実がないということでは?」


 そう。これは直接的な武力。

 それをサムライに対して使う大義名分がない。


 後々王国と戦うのだから、それに組する者を攻撃するのならいいじゃないかと思うだろうが、それを国内で使うことは大きなリスクを伴う。

 下手に帝国内で使えば、悪者になるのはこちらだからだ。


 いくらなんでも、民衆からの支持が失われれば、戦争どころではなくなってしまう。

 下手をすると、帝国、王国連合軍での挟み撃ちを受けるのが我々という流れになっても不思議はない。


 それほどにこれは、強力な力だ!



「ふっ。愚かなことを」



 笑われてしまった。



「わらわが考えなしに帝都をあけるとでも思ったか? これも、計算のうちよ」


「なんとっ!?」


「なんのためにわらわに反目するあの男をあの座にいさせておいたと思う。わらわが帝都を留守にすれば、ヤツならば必ず行動を起こす。帝国を思ってな。ヤツが陛下のため動けば、その鎮圧としょうし、これを動かせる。そこにたまたまサムライ一行がいる。それだけのことよ!」


「そ、そこまで計算しておいででしたか!」


 確かに反乱の鎮圧となれば、十分な大義名分となる。

 たとえ街を消し飛ばしたとしても、街全体がそうだったと言うには十分だ。


 その結果、王国よりの特使が死んだとなれば、それはそのまま戦争のきっかけとなる。

 責任をすべて大将軍に押し付け、あとは戦争にひた走ればよいというわけだ。


 このために、大敵となる方をその地位に残しておいたとは、変わらずこのお方は恐ろしい!



「うむ。そなたはよくこのタイミングで魔石を見つけてくれた。これでわらわの計画が完璧なものとなった。感謝する」


「あ、ありがたきお言葉!」

 まさかお褒めの言葉を得られるとは思わなかった。


 吊り下げられながらも、俺は感謝の言葉に身を震わせる。



「さあ、我が僕よ、飛び上がれ。陛下の。そして、わらわの夢をかなえるために!!」



 あの方の言葉と共に、砂の中からその巨体が姿を現す。

 かつて大地を食らおうとした、世界を滅ぼしかけたその巨大な体躯が……!




──マックス──




「ぬっ、ぬぬぬぬぬぬっ!!」

「うおおおおお!」


 きしむ机。

 拮抗する力と力。


 この男、齢五十を超えているだろうに、拙者と互角とは、大将軍という地位でふんぞり返っているだけの男ではないようだな!



 ビキッ!!


 ついに、その拮抗に終幕の時が訪れた。



 バッガン!



 激しい音と共に、拙者達が肘を置いていた執務机がバラバラになってしまった。


 最初に拙者達のパワーに耐え切れなくなったのは、まさかの机!


 体を固定し、ブレなく力を伝えるため双方机のはしをつかみ、固定してながら力をこめていたのが原因だろう。

 衝撃でバラバラに吹き飛ぶ机の破片。拙者達の手元に残ったのは、つかんでいた机のスミのみだった。


「……」

「……」


 拙者達は顔を見合わせる。



「どうやら、ここは引き分けのようだな」

「そのようにござる。続きは……」



「た、大変です!」

 慌てて一人の男が部屋に飛びこんできた。


 格好からして見張りのようだ。

 肩で息をし、窓の外を指差す。


「き、来ました!」


「ほう。そうか」


 その報告に、大将軍が拙者を見てどこか誇らしげに笑みを浮かべる。


 くっ。

 どうやら大将軍の言っていたことが正しかったようだ。


「まさかこれほど早く鎮圧に動くとは、ここはそちらの……」



「違います。帝都からではありません。南方。無の砂漠の方からです! 見たこともない飛行物体がこちらに!」



「な、なんだと!?」

「なんだと!?」

 拙者達は同時に驚きの声をあげるのだった。




──リオ──




「それじゃ、いざって時頼んだぜ」

「は、はい。お任せください!」


 そう約束を取り付け、おいらはその隠れ家をあとにした。



「意外にてこずっちまったな」

『そうでもないでしょう。慣れない土地で半日ほどです。リオはとても優秀だと思いますよ』


「そうかな。てへへ」


 ソウラに褒められて照れた。


 おいら達はツカサ達とわかれたあと、この土地の裏をとり仕切るヤツとコンタクトを取るため動き出した。

 ちょっと前に盗賊王関連でそれに関わりの深い義賊と知り合っていたから、その義賊仲間とのコンタクト方法も聞いていた。


 いろんな街に潜んでるって話だから、ここにもいるかと思って探してみたら、見事にビンゴ。

 この街にも義賊としてひっそり暮らしているヤツが潜んでいた。


 そいつにコンタクトをとり、今度はそこから街から逃がす手はずを整えられそうなヤツにつなぎをつけてもらってこの街を裏でとりしきるヤツと面会出来た。


 交渉の詳細は省くけど、意外に穏便に済ますことが出来た。

 用心棒のおっさんとかには悪いことしたけどさ。


「さてと、それじゃいったん宿に戻るか」

『そうですね。意外にリオが一番早いかもしれませんよ』


「いや、マックスはともかく、ツカサは朝飯までには終わってたかも」

『さすがにそれは早すぎでしょう。この街からの抜け道は封鎖の際いの一番に警戒されますから、いくらツカサ君とオーマといえども簡単ではないはずですよ』


「そっかな。まあ、一番乗りなら最高だね」


 そうしたらツカサ驚いて褒めてくれるかな。



 意気揚々と、おいらは宿への足を……



『っ! まさか、そんな!』


「うわっ」


 いきなりソウラが声を上げた。



『リオ、大変なことが起こりました。このまま宿に戻っている場合ではなくなったようです』


「え?」



『巨竜、ジャガンゾートが復活しました。しかも、こちらにむかってきています。このままではこの街が、いえ、世界がヤツに喰われかねません!!』




 おしまい

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