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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
82/88

第82話 幻妖界でもう一度


────




 岩と砂の帝国。

 このように呼ばれることもあるこの地も、その大地がすべて岩と砂と土だけで覆われているわけではない。


 場所によっては木々が生い茂り、緑豊かな草原も存在し、根付いた緑が水を蓄えている。


 その地は無の砂漠に近いが、間に山脈が走っており、その山が命なき砂を遮り、さらに海側から吹く湿った風を受け止め、その裾野に雨と緑の恵みを与えている場所だった。

 その地は、帝国でも有数の穀倉地帯でもあり、街道を通じて帝都へ運ばれる食料は巨大な都市を支える帝国臣民の食料庫。

 別の言い方をすれば、帝都の生命線とも言える地方だった。



 その地方に、ツカサ達王国よりの特使一行は足を踏み入れた。

 街道の周囲も砂と荒野でなくなり、緑が溢れ、森を走る道となった。


 日も落ちかけ、今日、彼等はその森の中で野宿となるようである……




──リオ──




 ひゅるるるるる。


 どすん。

「ぐえっ!」



「いてててて」

 衝撃で痛む腰をさする。

 しこたま腰を打った。いたい。


「いったい、いきなりなんだってんだ……」


「そ、それは、こちらの台詞だ……」


「うわっ!」


 尻の下からマックスの声がした。

 思わず飛びのいたら、今までいたおいらの下にマックスが居た。


 マックスの背中をつぶすように、おいらが上に落ちてきたのだ。


 さっきの「ぐえっ」てカエルがつぶれたような声は、マックスのだったのか。



「わ、悪い。そこにいるとは……」


 思わず途中まで謝ってふと思い出す。


 なんでこうなったのかを。



 おいら達は砂漠と荒野を抜け、帝国の胃袋とか言われている穀倉地帯が広がっていたりする砂漠じゃないところへ足を踏み入れた。

 道の周囲には木が生え、緑が生い茂っているようなところだ。


 帝国にもこんなところがあるのかと驚いたけど、多くの人の食料をちゃんとまかなうにはこういうところがなきゃ話にならないわけだから当然あるよな。緑。と思って納得した。


 街道を歩き、今回は夜までに街へ到着出来そうにもなかったから、森の中で野宿をすることになった。


 久しぶりに生命の息吹が感じられる場所だから、森の恵みで腹を満たそうということでおいらとマックスが森の中に入った。

 ちなみに、ツカサは焚き火の準備をしている。火をおこすとき使うのはもちろんあのモザールのほくちだ。


 そうしておいら達は森に入り、食えそうな草やきのこ。ついでに薪を拾っていたら、一緒に探していたマックスがいきなり穴に落ちて、んでこいつがとっさにおいらの手をつかんだ結果、二人共穴に落っこちたのだ!


 それを、思い出した!



「って、そもそもこうなったのマックスのせいじゃん!」



「ち、違うのだ。そりゃ先に拙者が落ちたのだから拙者がつぶされるのには文句は言わぬ。だが、落ちたのは拙者だけのせいではない。いきなり足元がなくなったのにござるよ。それで思わず、近くにあった自分を支えてくれそうなものに手を伸ばし、結果それがお前だったということだ。むしろとっさのこの反応。すばらしいと思わんか!」


「それで落ちてちゃ世話ねえだろ!」


「おぬしがとっさに反応出来ていれば、結果も変わっていた。つまり責任は拙者だけではない!」


「それ、本気で言ってるか?」



「……イイエ。さすがに自分でも無茶があると思っているにござるよ。あの時はなにも考えず、思わずつかんでしまっただけにござる。スミマセン」


「ん。まあ、おいらもとっさにソウラの力発動出来てりゃなんとか耐えられたってのは事実だし、これはもうお互い様だ」

 素直に謝られると調子が狂うぜ。


「そうしよう。そもそも落とし穴でもないのに、なぜあんなところに穴が……ん?」


「ああ。穴があったのに誰も気づかないなんてな……あれ?」



 二人で上を見上げて変な声が出た。


 見上げた先は、森だった。

 それでも生い茂った木々の隙間から空が見える。


 つまり、落ちてきた穴がない。


 おかしいと思い周囲を見回すが、すべって出てきそうな斜面や崖なんかもない。ついでに人が入って出て来れそうなウロのある大樹もなかった。



 おかしい。そう疑問に感じるには十分だった。

 おいら達は一体、どっからここに落ちてきた?



「つーかさ、マックス」

「ああ。この森……」


 周囲を見回していて気づいた。


 この森もなにかおかしい。

 いくらおいら達がこの土地にはじめて来たといっても、ここが帝国にある森と違うってのはわかる。


 さっきまでいた森と、この森は全然違う。

 なんというか、昔聞いたおとぎ話に出てくる、女の子が迷いこんだりしそうなかわいらしいものばっかりがある森だった。


 草が風もないのにうねうね踊っていたり、通り過ぎる鳥が妙に陽気に歌っているように見える。

 そんな、おとぎ話に迷いこんでしまったかのようだ。


「なんだろこれ。夢か?」

「夢だとすれば、この背中の痛みはリアルすぎると思うぞ」


 そういやおいらもけっこう尻が痛い。

 マックスの上に落ちたけど、それでも痛い。



「なら、夢じゃないってことか。ここ」



『どうやらここは、幻妖界のようですね』


「げんようかい?」

「まことにございますかソウラ殿!」


 おいらが首からさげているペンダント兼聖剣のソウラが口を開いた。

 幻妖界ってなんかどっかで聞いたことある気がするけどなんだっけな。


『幻妖界とは妖精など、幻の獣が多くすむ隠れ里のようなところです。どうやら私達は、そこへ通じる妖精の通り道に落ちてしまったようですね』


 ああ、思い出した。

 前にツカサが妖精の蜂蜜(第34話参照)を持ってきた時そこにちょっと行って来たって言ってたのを。


『生命に溢れる森には精霊も多く出入りしますから、たまたまそこに通り道があったんでしょうね。妖精の通り道は音も気配もなく開くと聞きますので、マックス君が気づけなかったのも仕方のないことでしょう』


「へー」

「うむ。ならばしかたがない」


「そういやツカサが妖精の蜂蜜持ってきた時言ってたな。オーマも気づかない穴があったからうっかり落ちたって。それのことかひょっとして!?」


『きっとそうでしょう。あのオーマが気づかなかったのなら、この場の誰もその存在に気づけないでしょう』



 ツカサも落ちた。

 その事実に、おいら達三人は「ならしかたがない」と全員一致で納得した。



「まあ、その幻妖界にきちまったってのはわかったけど、これどうやったら帰れるんだ?」


「そうだな。ここが元いた森でないのなら、早く戻らなくては。待っていればツカサ殿が迎えに来てくれるやもしれぬが、それは申し訳ない」

「確かに。毎回助けてもらうってのはかっこ悪いしな」


 そもそも今、ツカサだって簡単にこの幻妖界に来る手段ないし(簡単に来れる道具は邪壊王との決戦で紛失した)



「むしろ拙者達だけで出来るということを見せるチャンスかもしれぬ!」

「た、確かに!」


 二人で想像中。

 ほわほわー。



 手を煩わせることなく無事帰ってきた!


「さすがリオ! マックスまでついでに助けてやるとは、優しいな!」

「さすがマックス! リオまでついでに助けてやるとは、強くなったな!」



「にゅふふ」

「でゅふふっ」



「よっしゃマックス。さっさと帰るぜ!」

「さあリオよ! 早いところここから脱出するぞ!」



『……二人共』



 なぜかソウラに呆れられてしまった。なぜだ?

 これはおいらにもマックスにもまったくわからない難問だぜ!



『ともかく、脱出するのに異議はありません。ひとまず妖精を探しましょう。彼等に頼めば妖精の道を落ちた場所に開いてくれるでしょうから』


「妖精に会えばいいのか?」


『はい。この時代でも聞く話かはわかりませんが、森に入って迷子になった子が妖精と遊んで帰って来たという話を聞きませんか? あれは、こうして妖精の通り道に落ちて帰って来た子の話なんです。妖精が元の場所に送り届けてくれているのですよ』


 いわゆる神隠しの一つ。

 誘拐や家出とかじゃなく、森や山に入って本当に数日姿を消すってのはこういうパターンでもあるらしい。


 おいらは街で育ったからあまり実感は出来なかったけど、マックスは領内でいくつか聞いたことがあるってうなずいてた。

 つまりその子供と同じように、妖精を探して落ちた場所にその道を開いてもらうってわけか。



「わかった」

「わかりもうした!」


 おいら達は、ソウラの指示のもと妖精を探すため歩き出した。



 ツカサ、待ってて。

 おいら達すぐ戻るから!!




──ツカサ──




 一方そのころ。


「……ぐー」

『zzz』



 焚き火の準備をして二人の帰りを待つ俺は、オーマによりかかってうっかりこっくりこっくりしてしまっていた。


 大丈夫。こっくりこっくり船をこぎかけているだけ。


 火の番しながら寝てたりしてない。

 寝てない。


 寝てないよー。




──マックス──




「困った」

「困ったです」

「困ったのだ」


 拙者達が意思でもありそうな草木をかきわけ森の中を進んでいると、赤、青、緑色の服を着て蝶の羽を持つ小人がくるくる回りながら飛んでいるのが見えた。


「ホントに困った」

「ホント困ったです」

「困ったのだ」


 くるくる。くるくるとなんとも不規則に拙者達の目の前で飛び回っている。



「ソウラ殿。ひょっとして?」


『はい。あれが妖精です。とりあえず彼等に声をかけてみましょう』


「確かに。なにやら困ってるみてえだしな」


 拙者達の頼みを聞く余裕はないかもしれんからな。まずは双方の事情を聞いてからということだろう。


 拙者達に解決出来ることなら、それを解決し、そのお返しに我等も地上へ戻るという方法もとれる。



「もし、そこのお三方?」



「誰なり!?」

「誰です!?」

「誰なのだ!?」


 くるくる回っていた三名が急停止し、拙者達の方を見た。


「あ、あなたは!」

「サムライです!」

「サムライなのだ!」


 拙者を見つけた三名は唐突に色めき立つ。



「サムライさん!」

「サムライさんです! また来てくれたです」

「助けて欲しいのだ!」



「拙者?」

 彼等は拙者に気づくとものすごい勢いで飛んできて、拙者のトレードマークであるこのサムライのちょんまげを真似た頭にすがりついてきた。


「サムライさんー!」

「サムライさんですー!」

「サムライさんなのだー!」


「な、なんぞにござるー!?」

 拙者の頭を泳ぐようにして縦横無尽に移動する彼等を手で追うが、手ごたえはまったくなかった。

 このままでは拙者のチャームポイントがみだれるぅぅ!


「また助けてー」

「お願いですー」

「お助けなのだー」


「い、いったいなんなんにござるー!?」


 わけがわからぬにござるよー!



「どういうことだよ。お前ここくるのはじめてって言ってなかったっけ? なのになんでここの妖精と知り合いなんだ?」

『いえ、幻妖界と地上には物理的なつながりはありません。なので地上のどこからでもこの地にやって来ることが出来ます。ですから会ったなら王国に居た時では?』


「ちょっ、ちょっと待つにござる。そもそもこの妖精達と拙者は初対面。拙者妖精をじかに見るのもはじめてにござるぞ!?」



「忘れてしまったのサムライさん!?」

「薄情な人です」

「人でなしなのだ」


「身に覚えのない誹謗中傷にござるよ!」



『妖精は人の顔を覚えるのが苦手です。人が他の種の個体を正確に見分けるのが難しいように。ひょっとすると誰かと勘違いされているのかもしれませんね』



「ひょっとして……」


 リオがはっとする。

 拙者もはっとした。


 幻妖界は地上ならばどこからでも来れる。

 ならば、かつて王国から来たサムライもこの妖精に会っていて不思議はない。


「どうやら彼等は別のサムライと拙者を勘違いしているようだな」


 それならば身に覚えのない拙者を他のサムライと言うのも納得だ。



「お三方。どうやらそちらの言うサムライは拙者のことではないようにござるぞ?」



「そんなことない」

「刀あるです」

「前とおなじの持ってるのだ」


『本当にこの人が前にあったサムライなのですか?』


「インテリジェンスソード!」

「はじめましてです」

「サムライさん刀持ってるからサムライさんなのだ!」


「刀、だけなの?」

 リオが拙者の頭。三名の妖精を見上げ聞く。


「言われてみれば前と格好違う気がする」

「剣二本も持ってなかったです。こっちの幅広いのなかったです」

「パチモンなのだ?」


「パチモンではござらん! 拙者は立派なサムライにござる!」


「ならサムライだ!」

「サムライです!」

「サムライなのだ!」


「しまったぁぁ!」


「アホな自負見せっから」


 呆れられてしまった。


 だが、仮にも拙者はもうサムライと名乗ってよい存在。

 パチモンと呼ばれるのは心外にござったから。


 ゆえに、仕方ない!



「いや、胸張ってどうするよ。つーか、そのサムライの名前はなんだったんだよ。そのくらい覚えてるだろ?」


「?」

「?」

「なのだ?」


 妖精三人が同時に首をひねった。


「名前だよ名前。ツカサとか言ってなかったか?」


「そんな名前だったような」

「そうだったかもです」

「刀の方はオーマというのは覚えてるのだ」



「オーマ!」

「オーマ!」


 拙者とリオは同時に声を上げた。

 その名は間違いない。


 間違いなくツカサ殿にござる!



「お三方が言うサムライは拙者ではござらん。ござらんが、拙者の知り合いにござる!」


「知り合い!」

「知り合いです!?」

「知り合いなのだ!?」


「うむ。知り合いにござる」


「あのせつはお世話になりました」

「ありがとうです」

「だからまた助けて欲しいのだ」


 三人が拙者の頭の上でぺこりと頭を下げた気がした。



「ともかく、ツカサ殿と知り合いならば話が早い。そちらはなにかお困りの様子」



「はっ! そうだ!」

「そうです!」

「とても困ってるのだ!」


「実は拙者達も困ったことがありもうして。そちらの問題を解決した暁には、拙者達の困りごとにも手を貸してはもらえないだろうか?」


「いや、マックス。簡単に安請け合いすんなよ」

 ちょんちょんと肘でつつかれた。


「なぜだ?」


「解決にすっげぇ時間かかるような問題だったらどうすんだよ」

「はっ!」


 しまった。確かにその通りだ。延々三日間水滴が落ちるのを見ているだけとか言われたら解決に三日かかってしまう。

 カタツムリがどこまで行くのかじっと見ていて欲しいなんていわれても同様。


 これではツカサ殿をいくらお待たせするかわからない!


『一応ここと地上は時間の流れにばらつきがありますから、よほど時間がかからない限りは地上の時間は大して進まないとは思いますよ。それでも何日も経つと大きくずれますが』


 あまり安心とはいえぬ保障にござった。


「お、お三方。すま……」


「お頼みできますか!」

「やったです!」

「実は……」


 ああ、しまった!

 説明されてしまってはもう断れん!



「いざとなったらおいらだけ先に戻ってツカサに説明しとくから、がんばれ」


 拙者にむけ凄くいい笑顔をするなー!



「実は妖精の村が大変なことになっているのだ。今、村の一大事」

「病が流行って大変なのです。みんな元気がなくなって無口になっているのです」

「蜂蜜も効かない。どんどん広がって。このままじゃ村が滅んでしまうかもしれないのだ」


「……っ!」


 そっ。

 想像以上に、事態が重い!!


 妖精の心配事というから、もっとなにかメルヘンチックなものを想像していたが、それとは全然違った!

 存亡の危機とか、全然予想外にござるよ!


 話す妖精も先ほどまでのどこか陽気さをふくんだ空気から一変してずーんと沈んだ雰囲気をかもし出している始末。


 これは、マジでガチで大変な事態でござそうろう。


 聞いたリオとソウラ殿も、その説明に一瞬で気を引き締める。



『ひとまず、妖精の村の様子を見に行きましょう。あまりの事態ならば、先にツカサ君を呼んでくるということになるかもしれません』

「確かに」


「その通りにござるな」

 拙者もうなずく。


 まずは事態の把握を優先せねば。


 万能の霊薬、妖精の蜂蜜さえ効かぬ病。

 この子等の言うとおり、そのような病が妖精の村に蔓延しているなら、拙者達の手におえぬ可能性もある。


 妖精の容態などを見る、状況の把握ならばオーマ殿。状況の解決。現状の打破ならばツカサ殿と、あのお二人は我等の中で最も優れているのだから。


 妖精達の命がかかっているならば、拙者達のちっぽけなプライドなど捨ててよいというものだ!



 事態の切迫性を感じ取った拙者達は、一刻も早く地上に戻りたいという願いの言葉をぐっと飲みこみ、妖精達の村を目指すことにした。


 彼等の案内の元、拙者達は彼等の村へと進む。



「こ、これは……」


 彼等の村へ到着し、村の現状を見た拙者達は思わず絶句した。



 かたん。かたん。

 ぱたん。ぱたん。


 村の入り口や木々の上に、妖精らしき人影がいる。


 それらは無言で手を上げ下げしたり、屈伸運動のようなことをしていた。



「サムライがまた来たー!」

「来たです!」

「来たのだー!」


 赤、青、緑の妖精が、拙者達の到着を村の者達に教える。

 だから、拙者達はツカサ殿とは違うと……まあ、今それを口にするのはやめておこう。


 それより、村の方が問題だからだ。


「……」

「……」


 かたん。ぱたん。

 ぱたん。かたん。


 三名が戻ったというのに、妖精達は相変わらず手を動かすだけ。屈伸運動をするだけだった。


「……やっぱり、みんななにもいわない」

「サムライが来ても喜ばないなんて、おかしいです」

「やっぱりみんな病にかかってるのだ」



 うむ。確かにこれは異常事態だ。

 無言で手だけを動かしている。

 体を動かしている。


 陽気な妖精達とは思えぬその姿。


 これは確かに村の滅亡も覚悟するほどだろう。


 しかし。



 しかしだ。



 拙者達の目の前にいるのは、妖精にはとても見えなかった。


 かたん。かたん。と手を動かすのは、明らかに木を妖精っぽく削って服を着せたパペットだった。

 人形劇などで上から糸を吊るして動かすあれ。


 あれが木の上からぶら下がり、手を動かしたり屈伸するように上下運動している。



「みんな、病気に違いない」

「違いないです」

「困ったのだ……」


 ひょっとすると、なにかの呪いだろうか。

 下手をすると病より大変な事態かもしれない。


 そう思い、近くで両手を上下に動かす妖精を手にとってみた。


 壊さぬよう優しく触れながら、呪いの痕跡がないかを探す。



 ぺろりっ。



 すると、めくれた服の下に、こんな文字があった。


『帝国製』


 これは帝国内で作られたということを現すタグ。

 つまりこれは……


 拙者と同時に、別の妖精を調べていたリオも気づいた。

 拙者とリオは、同時にうなずく。



「ただの人形にござるー!」

「ただの人形だこれー!」



 二人の絶叫が妖精の村に木霊した。




──ツカサ──




 これは、夢だ。

 うん。間違いなく、今俺は夢を見ている。


 確か、こうやって夢とわかって見る夢はなんというんだっけ?


 確か、めいせき。そう。明晰夢めいせきむだ。

 頭脳明晰の明晰。意味は明らかにはっきりしていること。またはそのさま。


 つまり、はっきり夢! 夢ってはっきりわかるってこと!



 そしてなぜ、今俺が、夢を見ているのかはっきりわかるのかというと……



『はい。今日もはじまりましたツカサラジオ。これからきっかり三十分。みっちり楽しんでいってくださいね!』


 自分がラジオパーソナリティを勤めているラジオを聴いているからだ。

 しかも、観覧ブースで。


 なんでラジオ。なんで俺が。わけわからん。さすが夢!



『えー、それでは早速、本日の答えてツカサちゃん。いってみましょう!』


 なんだそのコーナー。


『じゃん! お便り、ペンネームツカサ君からいただきました。ツカサちゃんはじめまして。はいはじめまして』


 はがき送ってるリスナーも俺かよ!



『疑問なんですが、サムライになったマックスと聖剣を持ったリオってガチで戦ったらどっちが勝つの?』


 ここまで俺づくしできたのに質問は俺関係ないんかい!



『おー。意外に真面目な質問だね。ツカサちゃんびっくり』


 真面目。なの?

 というかこの質問なんの意味があるんだ?



『そうだねぇ。まずガチで手段を選ばず倒すなら、リオが聖剣を抜く前に斬るのが早いね。はい。マックスの勝ち』


 質問にあった聖剣を持ったリオって部分いきなり無視した!

 いや、抜いてなくても確かに所有してれば持ってるってなるけど、質問的にそういう意味じゃなくない!?


 そんなの言われなくても誰でもわかるお答えだよ!



『でも、これだと質問の答えにはならないから、僕ちゃん真面目に答えるね。まず前提として、この評価は現状での能力を比較しているということは覚えておいて欲しい』


 つまり、予防線てヤツだな!


『まず剣技。これはマックスのそれと聖剣による加護は現状拮抗していると言っていいだろう。これは双方共に世界最高峰のレベルであるため、その優越を比べるのが非常に難しい。ゆえに、ここは引き分けとしておく』


 引き分けって、聖剣は二度世界救ってるわけだから、それと同等の剣技を持つってマックストンでもないんじゃ?

 さすがサムライの弟子にスカウトされただけはある。それほど凄い才能を持ってるってことか。


『次いで、経験。これはマックスの方が上となる。いくらリオ側に聖剣のフォローがあるとはいえ、剣を振るう時最終判断を下すのはリオ。この点においては幼少から戦場に身を置いてきた彼にはかなわないだろう』


 まあ、これは妥当だろう。

 リオも危険なスラムで育ったとはいえ、戦場にいたことはない。


 対してマックスは世界を滅ぼしかけた『闇人』が襲ってくる以前から戦いの訓練をしてきたエリート中のエリート。

 戦いの経験値はリオと段違いだろう。


『なので、リング上で戦う、一本先取などのルールが定められた大会での戦いなら、マックスがその経験から勝利を収めるだろう』


 これは素直に納得だ。

 剣での勝負なら、マックスが負ける姿は思い浮かばない。



『しかし、ルール無用となると、また結果が変わってくる。純粋な剣だけの戦いならばマックスに軍配が上がるが、聖剣の強みは剣技の加護だけではない。聖剣は多彩な魔法も使えるし、空も飛べる。対してマックスはまだ空も飛べぬし、サムライアーツもまだ未熟』


 説明の中のマックスが一気に劣勢になってきた。


『ルール無用でリオに空を飛ばれ、そこから一方的に攻撃されれば、さすがのマックスも押し切られてしまうだろう』


 押し切られるかー。

 一応マックスも刀からなにか飛ばせなかったっけ?


『飛行が出来ないマックスがその時点で大きく不利なのはいわずもながだが、マックスも竜巻などを起こし空を飛ぶ敵を攻撃出来ないことはない。しかし、それを行うには貯めが長く、前兆もわかりやすい。空を飛んで空間を自在に動くリオをとらえるのは難しい。さらにリオには黄金の鎧。ソウラのバリアなどもあり、それを切り崩す力を引き出す間に、聖剣の攻撃が一方的に振ってくる。現状でマックスに勝ち目は薄いと言わざるを得ないだろう』


 い、意外に真面目に考察してる。


『サムライとしてさらに成長すれば、空も駆けることが出来るようになるし、魔法も切り裂き、さらに気合だけで無効化も可能となるだろうが、それらはまだ、今のマックスには不可能な芸当である』


 いつかは出来るんだ……


『ゆえに、現状での勝負であらば、試合ならマックス。ルール無用ならリオウィズソウラ勝利となるだろう』



 思わず最後までちゃんと聞いてしまった。

 だって真面目に考察してたんだもん!



『ちなみに、ツカサ氏が二人と戦った場合はどのような状況でも全戦全勝なので安心してくださいツカサ君』



 いや、そのちなみにありえねーから!

 俺がマックスと聖剣相手に勝つなんて不可能だから!


 最後の最後に夢だからって適当言うなし!



『では、続いてリクエストのコーナーに参りましょう』


 ダメだー。俺の声聞こえてなーい!!


『今回のリクエストは、今ちまたで大ブレイク中。マックスウィズサムライソウルから、ござそうロック!』



 え? ござ? ロッ?


 スンチャカチャカポン。

 ズンチャッチャ。


 なぜか目の前のラジオコーナーが割れ、下からフジンジ袖って呼ばれるひも状ののれんみたいなのが袖についてる衣装を着たマックスが出てきた。

 なんだろう。伝説的なロックシンガーみたいな衣装だ。どこかで見たことある。エルビースってかんじ?



 すうっ。

 マイクを前に、息を吸う。


 同時に音楽が鳴りはじめた。



「ござっ。ござ。ござそうろう。ござござっ。ござそうろうロック!」


 そんな歌詞を口ずさみながら、マックスが手を上に下に、足でステップを取りながら踊る。



「ござっ。ござ。ござそうろう。ござござっ。ござそうろう」


 凄く楽しそうだ。



「ござござござござござろうろう。YO!」




──リオ──




「洞窟に続いてるね」

「ああ。洞窟だな」


 おいら達は妖精いわく、謎の病の原因を解明するため、その原因と思われる場所を探して村からほど近いところにあった洞窟の前に来ていた。


 おいら達の視線の先には、洞窟の中に伸びる糸。

 あの妖精人形をきこきこ動かしていた糸だ。


 それがずっと伸びて、この奥まで続いているってわけなのさ。



「しっかし、ここまであからさまなのに気づかないって、妖精ってなんなんだ?」

『そういう種族なのです。これを行っている者も、これなら妖精は気づかないと思いやったのでしょうね』


 あいつらマジで人形と自分達の区別もつかないのかよ。

 ……って、そういやオーマも似たようなこと言ってた気がするな。よく覚えてないけど(詳しくは第34話参照)


 よく今まで生きてこれたな。

 この幻妖界にすんでるからこんな能天気なのか、それとも地上じゃ住むのも無理だからここでしか生きられないのか。マリンあたりに質問したら目を輝かせて研究したいとか言い出すかもな。


 まあ、それはいいや。

 今は、目の前の人形問題だ。


「妖精が人形と気づかずこの事態が判明することはない。そう知っている者の犯行ということだな。すくなくとも、呪いや病ではない」


『そうなりますね。これは事件。何者かの意思が介入しているのは間違いないでしょう。それが何者なのかはまだわかりませんが』



 何者か。

 それはまだはっきり確定はしないけど、予想をすることは出来る。


 帝国製の人形。そして、生きていればどんな怪我も癒せる妖精の粉を生み出す羽を持つ妖精の誘拐。

 その効果は人間が作る魔法の霊薬より効果があり、どれだけ金を払ってでも手に入れたいと思う人間も多い。


 さらに、帝国は今戦争の準備を進めているし、幻妖界に偶然迷いこんできたのなら、こんな大掛かりなことは不可能。

 だが、意図的に来るのもとても難しく、ここに自分の意思で来れたというのならそれは相応の技術を持っていなければならない。


 これらのことから導き出せるのは一つだけ。


 戦争のために、妖精の粉を集めているということ!



 どんな傷も治す薬があれば戦いはかなり有利に進められる。

 怪我は兵の士気にも関わってくるってマックスも言っていたし、それがあるとないとじゃ兵士の生死に大きな差が出るだろうからな。


 つまり、帝国がここまで来て妖精を拉致して妖精の粉を集めているって可能性は十分にありえる。

 妖精の粉は妖精の羽にあるリンプンて話しだし、病気を治す蜂蜜と違って、妖精のやる気で作ってもらえないとかいうこともない。


 この奥で妖精の粉の乱獲が行われているなら、なんとかしても阻止しないと。

 でないと、とめられる戦争もとめられなくなるかもしれない!



 とにかく、おいら達が地上に戻るためにも、戦争を回避するためにも、この奥になにがあるのか、ちゃんと確認しなくちゃならない。


 おいら達は糸を追って洞窟へ入った。



「おお、マジで洞窟の中見える」


 警戒しながら洞窟に進んだけど、少し入って驚きの声を上げちゃった。

 洞窟だから中は暗い。

 でも、暗くない。


 いや、やっぱり暗い。


 でも、洞窟の中。壁がどんな形をしているか、天井をはう糸がどこに続いているかも見えるんだ。


 幻妖界ってとこはホント不思議なところだ。

 こうして光がない洞窟の中でも、その中がちゃんと見えるんだから。


「これなら奥になにかが隠れていても、おいら達が入ってきたの明かりでばれたりしないな」

「確かにな。今のところ、相手もそこまで警戒している様子はない。このまま静かに行くぞ」


 マックスに静かにしろと怒られちまった。

 陽気で能天気な妖精達に対して糸や人形は有効だけど、普通に考えればあんなの無意味だ。


 それに対して偽装がまったくされていないってことは、中のヤツはここに妖精目的で侵入者があるってのは警戒していないってことだ。


 なら無駄に騒いで妖精と人形を取り替えたヤツに気づかれるような真似はしたくないってわけだ。



 おいら達は改めて、慎重に糸を追って奥へ進んだ。



 チャンチャカチャカポン。

 チャンチャカチャカポン。


 洞窟の奥から、なにやら軽快な音楽が聞こえてきた。


 おいらとマックスは顔を見合わせる。

 幻妖界の音楽と考えれば納得がいくけど、状況を考えるとなんだか違和感を感じる音楽だった。


 ただ、この音はこの奥から聞こえる。

 つまり、そこになにかがいるのは間違いなかった。


 おいら達は物陰に隠れ、その音がする方をこっそり見た。



 チャンチャカチャカポン。

 チャンチャカチャカポン。



 そこには、音楽にあわせて踊る妖精達がいた。

 なんか、踊り子みたいな衣装を着せられている。


 さらに……



「ほあああああ。ええのう。ええのう。かわええのう。最高じゃぁ」



 それを恍惚の表情で見てよろこぶ、髭のおっさん。

 妖精達と同じく、踊り子の服(女物)を着ている。


 おっさんは妖精と一緒に腰をぐるぐる回しながら踊っていた。



 踊っていた。



「『「へっ、変態だー!」』」


 思わず声が出た。



 当然、おいら達の声を聞き、おっさんの動きが止まる。

 妖精達は、流れる音楽のまま踊り続けている。


 妖精達は正気には見えない。

 明らかに踊らされているんだけど、なぜか嬉しそうだった。



「なんじゃいきなり。ワガハイの至福タイムを邪魔する不届き者は! なんの用かは知らんが、もう少しでイけるからしばし待てい!」


 待てはこっちのセリフだ。


 妖精の村に帝国製の人形があって、しかも今は戦争間近。妖精の粉は生きている者ならどんな怪我もたちどころに治すとんでもない霊薬。

 これだけの状況がそろってれば、普通ここは帝国のヤツが戦争のためにそれを集めに来たって流れだろ。

 少しでも戦争を有利にするため幻妖界にまでやってきたって流れだろ!?


「なのに、なにこのおっさんー!?」



「あふんっ!」


 おいらの叫びがおっさんに響くと、なぜかおっさんの体がビクンと震えた。


 こっちもいきなり声を上げたからびっくり。

 い、いきなりなに!?


 おっさん。ちょっとブルブルと震えて、脱力する。



「ふう。まったく。いきなりじゃな。だが、許そう。なにが聞きたいのかな、お嬢ちゃん」



「な、なんかいきなり冷静になったんだけど、なにこいつ。なんなのこいつ」


 格好が変態のままで真面目な顔されると、逆に反応に困るんだけど!


「マ、マックス」

「拙者に振るな」


「ソウラ」

『私にもふらないでください』


「……」

「……」


 とりあえず、前にツカサに教えてもらったじゃんけんでどっちが聞くか決めた。

 おいらが負けた。


 あとで覚えとけ女神サマ!



『それ、八つ当たりですよね』

 ソウラにつっこまれた気がするけど無視する!



「とりあえず、妖精の村から妖精達を誘拐してたのはあんたか?」


「誘拐というのは正しくないな。お菓子をちらつかせ。ちょいとこちらに来てもらっただけだ」


「立派な誘拐じゃないかよ!」



「招待と言ってもらいたいな!」


 腕を組んできりっとされても格好が変態すぎて全然サマになってねぇ!



「まあいいや。目的は?」


 ひょっとすると、こうした姿はカムフラージュで、妖精の粉をどこかにためこんでいるのかもしれない。

 同時に周囲を見回したけど、粉をためこめるような樽やツボやビンはまったくなかった。



「そりゃ、見ての通りじゃが?」


「見てわかんないから聞いてんだよ!」



「わからんか。ならば教えてやろう。ワガハイは、妖精と共に至福の時をすごすためこの幻妖界へやって来たのじゃ!」


 そう宣言しながら、腰をくいくいと回した。



「……妖精の粉は?」


「そんなもの必要ない! 必要なのは、このラブリーチャーミーな妖精たんだけじゃ!」



 ……おーけーおーけー。

 つまり趣味のために妖精をここにつれてきたって言いたいわけだな。



「なら、なんでそれで帝国製の人形をかわりに置いていったの?」


「そりゃ簡単に手に入る人形じゃから。ワシ、帝国在住の魔法使いじゃし」


「その意味は?」


「他の妖精達も楽しいからこっちへこいという意味じゃ。手招きしとったろ?」



「……」

「……」

『……』



 おいら達は黙った。

 そういや確かに人形はそんな動きしていた気がする。


 だからわかりやすく糸がこの洞窟までひっぱってあったと。


 このおっさんは、そう主張している。



 妖精達はその意図にまったく気づいていなかった。

 まあ、あの能天気さじゃしょうがないか。



 というか、このおっさんの考えも考えだ。


 普通に考えれば、そんなのありえるかと言っちゃう。

 でも、このおっさんのこの格好と発言を考えると、全然否定出来そうになかった。



「じゃが、あの人形を見てこっちに来てくれた妖精は一人もおらんのじゃ。じゃからワガハイは、一人。また一人とここに招待してやったというわけじゃ!」


『い、一体、どうやってこの地へ?』


「そりゃもちろん、妖精たんとお近づきになりたくて、必死に魔法を極めて幻妖界との道を開くことに成功したのじゃ!」


『なんという才能の無駄遣い!』

 それはおいらも思う。


「マジで妖精の粉を手に入れるためじゃないの?」

「もっとかけがえのないモノを手に入れたわい! この、妖精音頭を!」


「マジで?」


「マジじゃ! こうして音楽と共に妖精と踊る。最高にエクスタシーじゃろ?」



「マックス、理解出来る?」

「拙者にふるなと。まあ、人間の性癖には色々あるゆえなあ。こういうのも、まあ、あるにござろう」


「あっても特殊すぎだろ。こんなの予想出来るか」


 予測も想像もしたくないレベルの話だけどよ。



「とにかく、帝国軍とは関係ないのか?」


「ふっ。個人でなにが悪い! 個人だからこそ、妖精と共にこんな至福の時を楽しめるのじゃぞ!」



 どうやらマジで関係ないらしい。

 妖精と戯れたいの一心だけでここまで来たのか。才能の無駄遣いだろ。なんで魔法使いってこう、アレなヤツが多いんだ……?


 どっかの自称天才がくしゃみした予感がするけど、どうでもいい。



「まあいいや。個人で勝手にやってるなら話が早い。妖精を解放して、家に帰れ。二度と来るな」


「解放しろじゃと? 残念じゃが、妖精達は自分達の意思でここに居るんじゃ! なあ!」



「モドリタク、ナイデス」



 踊りながら片言で言われた。


 これ、完全になにかされてるだろ。



「これを見て素直にはいそうですかとは言えなくなったようにござるな」

「そうだな」


 マックスもおいらも、武器に手をかけた。


 さすがに洒落にならない事態になってきた。

 格好はアレだけど、このおっさん、かなり危険だ。



「ほほう。ならば仕方ない。お前達にも最高で至福の時間を与えてやろう。ワガハイの魔法で!」



 カッ!!



「っ!」

「っ!」


 おっさんがそう言った直後、おっさんの体がまばゆいばかりに輝きだした。

 ヤバいと思ったけど、遅かった。



 まぶしさに目を焼かれ、目を瞑ってしまった。

 慌てて目を開く。


 目の前には……



「リオ」



 ツカサが、いた。


「っ!?」


「くくっ。さあ、それはお前達が理想とする願望だ! そのままその幻術にとりこまれ、ワガハイと一緒に踊るようになるがいい! きっと楽しいぞぅ!」


 なに説明してくれちゃってるんだよ。

 タネがばれれば、そんな誘惑にひっかかるわけ……



「リオ、よそ見してないで、俺を見ろよ」


「へ?」


 いつの間にか壁際に追い詰められ、どん。とツカサの手がわたしの顔の横にきた。


 ちょっ。ち、近い。近い近い近い!


「余所見なんてするなよ。俺だけを、見てればいい」


 幻のツカサが、耳元でささやく。


 ちょっ!?

 や、やばい。


 こんなに強引にツカサが迫ってくるなんて、今までなかったし、ありえないことだから。


 幻だってわかってるのに、このツカサの言葉に、抗えない。


 むしろこのままでいいなんて思ってしまう。

 雰囲気に流されてしまう。


 ヤバイ。

 これ、マジでやばいかも!



 このままじゃ、おいらもあの妖精達と同じように、片言で踊らされることになっちまうのかー!?


 そ、それだけは絶対に嫌だ。


「リオ。もう、逃がさないぞ」


 だから、ヤバイってー!!



 このままじゃ流される!



「やっ。堪忍にござるよ」

「いいじゃないかよ。ずっとこうされたかったんだろ?」



「……」


 ヤバイと思ってツカサから視線をはずし、ふと隣を見たら、同じく壁に追い詰められたマックスが居た。



「俺がサムライのことをなんでも教えてやるよ。さあ、ナニから教えて欲しい?」


「あっ。ああっ。こんな。こんな強引に拙者にサムライのワザを教えてくれようとするなんて。拙者、幻とわかっていても抗えないにござるぅ……」


「いくらでも教えてやるよ。一晩中、ビシバシっと厳しくいくぜぇ」


「そんなに教えこまれたら、拙者どうなってしま……」



「同じかよーっ!!」



「……うのー!?」


 思わずソウラの力を発動させ、隣のアホを地面ごとひっくり返した。



「なんでお前とわたしのシチュエーションが同じなんだよ! なんでお前と理想が一緒なんだよー!! これじゃわたしの方がおかしいみたいじゃないか。おかしいだろ。絶対おかしいだろー!」


 あーもー!

 思わず頭をかきむしった。


 マックスと理想が同じレベルとかー!


 しかもあっちのがなんか、なんかあぁぁぁ!!



「バッ、バカな。ワガハイの幻術が……っ!」


 あっ!

 気づくとおっさんが目の前にいた。


 自分の幻術が破られるとは思ってもいなかったようだ。



 そうだ。

 そうだよ。


 全部、こいつが悪い。


 わたしはこの悪夢を見せた張本人をギラリと睨んだ。



「ひえっ」


 おっさんが悲鳴にも似た声を上げる。



「お前が最初っから大人しく妖精を解放していれば、こんなことにはならなかったんだ」


「ま、待つがよいのじゃ。それは、その怒りはワガハイのせいでは……!」


「問答無用なんだよ」


 おいらはペンダントを聖剣にかえ、かまえる。



「ま、待つのじゃ。妖精の幻術もとこう。大人しく帰ろう。二度とここに来ることも考えないようにしよう。じゃから、やめよう。ワガハイを真っ二つにすると、色々怒られるから!」


「安心しなよ」


 にこっと微笑んだ。



「許してくれるのかの?」



「ここ、王国でも帝国でもないから、うっかり事故が起こっても誰も罪に問うヤツなんていないから」


 な?



「ひええぇぇぇ!」


 ぼっこぼこにしてやった。

 まあ、いくら怒り心頭でも、いくらなんでも真っ二つにしたりはしないさ。


 ぼっこぼこにしたけど。

 八つ当たりだけど!


 でもすべての元凶で悪いのはこいつだから!




──ツカサ──




「……」

 オーマに寄りかかっていた体を、むくりと起こした。


 ……すげぇ夢見た。


 なんだこれ。

 ほんと、なんだこれ。


 ツッコミどころがありすぎてツッコミきれなかったよ。なんでロックなのに最後YOなんだYO!


 まあ、夢にそういうこと言ってもしょうがないわけなんだけどさ。

 だって夢なんだから。



 っと。

 気づけばせっかくつけた焚き火が消えかけてる。


 オーマも寝てるから危ないところだったぜ。

 まあ、俺寝てないけどね。目をつぶって精神統一してただけだけどね! ちょっと意識が別のところに行ってたかもだけど寝てないから。いいね?



 がさがさっ。



「あ、お帰り二人共」


 焚き火に薪をくべていたら、二人が戻ってきた。



「どしたの? なんかすごく……」


「ツカサー!」

「ツカサ殿ー!」


「うわっ!?」


 二人にいきなり飛びつかれた。

 左右からもぎゅーっと抱きしめられる。



「やっぱり本物だー。本物が一番だー!」

「やはり本物が一番にござるー! 生ツカサ殿が一番にござるよー!」


 飛びついてきた二人が左右でほお擦りしてくる。

 ホントになんなんじゃい!


『な、なんだぁいきなり!?』

 さすがのオーマもびっくりして飛び起きたみたいだ。



『しばらくそっとしておいてあげてください。悪い夢を見たんです』


 ソウラが説明してくれた。


 森の奥でなにがあったの?

 まあ、俺もさっき悪夢みたいの見たから、そういう気持ちが湧き上がったりする気持ちもわからないでもない。


 なにがあったのかはわからないけど、俺に抱きついてすむならそれでよしとしよう。


「なんだかよくわからないけど、二人が無事でなによりだよ」


 俺はひとまずされるがまま。二人に体を預けてやれやれと二人の頭に手を回して撫でてやるくらいしか出来なかった。



 この後俺達は、山の恵みで作ったおいしいご飯を食べて寝ることにした。

 嫌なことはぐっすり寝て忘れるのが一番だから!


 ちなみに俺とオーマは、なぜかぱっちり目が覚めていたので、その日の火の番をすることになったそうな。




 おしまい

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