第81話 サムライと破壊の欠片
──魔法大臣 グネヴィズィール──
遺跡の自爆の後、衝撃の収まった観測地から報告を受けた。
まさか、あの自爆をもってさえ破壊が出来ぬとはな。
いくら魔石のない遺跡だからといって、その魔力は相当であったろうに。
それでも無傷であったのはなにか理由があったのかもしれん。
一度サムライを支配したというだけはある。
さらに偶然であろうが、遺跡の自爆にまきこまれた者がいるとの報告があった。
なんと運のない者かと同情したが、それらは生きて動いていると聞き、わらわも驚きを隠せなかった。
そいつらは邪剣を回収していったというのだ。
しかし、風体を聞いて納得する。
まさかサムライが、あの罪を被った男と知り合いになっていたとは。
サムライならば、あの自爆から無傷で生き残ったのもうなずける。
『い、いかがいたしましょう?』
観測地にいた配下がわらわに指示をあおぐ。
わらわもいかがすると思案した。
だが、冷静に考えてみるとこれは好都合ではないか?
遺跡の自爆でさえ破壊出来なかったあれに対してとれる手段はもう封印しかない。
問題は、その準備が整うまでの間、ヤツが目覚め、人の体を奪いまた暴れだす可能性があるのも事実。
しかし、そこにサムライがいてくれるのなら安心だ。
万が一が起こっても、ヤツがなんとかしてくれる。
そもそもの問題として、奴等がアレを回収した目的は邪剣の破壊かもしれない。
あのサムライならば、邪剣の破壊も可能だろう。
仮にもヤツは、二度世界を救ったほどの者なのだから。
それなら手間も省けるというもの。
とはいえ、わざわざ持って帰ったのだから、それとは目的が違うのだろう。
あの剣士がいるということは、その冤罪を晴らすためだろうか?
ならば確かに、あの剣が必要となるな。
むかった方向も事件のあった街であるのも考慮し、その捜査関係者に手を回す指示を出しておいた。
そちらに接触するならば、封印の手はずが進めやすくなるからだ。
サムライの協力で帝国の危機を排除出来るのならば、ついでに冤罪も解決するのもやぶさかではない。
ここまでの予測は当たった。
事件のあった街に邪剣は持ちこまれ、再調査の結果封印されることが決まった。
わらわの計画通りにことが進む。
サムライさえも我が手のうちで踊る。
これほど甘美なひと時はあろうか。
……ま、あ。これはあちらもわらわの思惑を感じながら乗っているのだろうが。
双方の思惑がうまい具合に重なり、利用しあう形になっただけであろうが。
あのサムライが邪剣を葬り去ろうとした者がいると知っていて、その動きに気づかぬわけがない。
だが、だからこそ、サムライがこちらの思惑に乗って動いているというのはわらわの精神を高揚させるのだが!
あのサムライが我が思惑で動いているというこの超越感。
これはたまらぬ。
さあ、サムライよ。あとは邪剣が暴れださぬよう監視しておるがいい!
我が思惑通り、封印されるその時まで!
『大変です!』
わらわが悦に入っていると、唐突に通信が入った。
緊急通信である。
「いかがした?」
聞けば、トラブルがあり邪剣が動きだし、一人の男の体が奪われたとのことだった。
やはり、万が一とは起こるもの。
だが、こういう時のためにあのサムライがいる!
我のために、その力を振るってもらおうか、サムライ!
『大変です!』
もう一つ緊急通信が入った。
しかも、同じ街から。
今度はなんぞ?
同じ報告ならばいらぬぞ。
『一大事にございます! 現在サムライ、記憶喪失! 記憶だけでなくその力、技、すべてを忘れてしまった模様!』
「なっ!?」
平時に聞けば飛び上がって喜んだ報告だろう。
だが、今は違う。
今は、サムライの力が必要な事態なのだ。
こんな大事な時に、なぜ!
「あ」
……思いあたる。
あの遺跡の自爆! あの自爆にまきこまれサムライ一行は無事だったと聞いたが、あれで生き残れる方がおかしいのだ!
つまり、サムライがなんとかした結果生き残った。
その結果、サムライは……っ!
それ以外に、記憶を失う原因は、ない!
なんてことだと、わらわの視界が一瞬真っ白になる。
このままでは暴れだした邪剣に多くの被害者を出てしまう。
サムライの息の根を止めてくれる確率はぐんと上がったが、サムライの力なしでこの一件を解決するには街をいくつも犠牲にする覚悟が必要となるだろう。
目的のため必要ならばわらわも決断をするが、そうなれば戦争どころではなくなってしまう!
なんてことが最悪のタイミングで起きる!
すべてわらわの自業自得かもしれないが、それはそれ。しばらく棚上げだ。
今は、邪剣対策をせねばならぬ。
対策のため、現状を把握せねばと、配下達に状況を観察し、邪剣の戦力を分析するよう指示を出した。
サムライが頼りにならぬ今、被害を最小に収めつつ、アレを破壊せねばならぬのだから!
そして、新たにもたらされた報告で、わらわはまた、驚愕させられることとなる……
──ツカサ──
現状を確認しよう。
俺、記憶を取り戻した。記憶を失っていた間のこともちゃんと覚えていて、俺は完全無欠の状態である。
周囲の状況。
完全復活をとげた邪剣が俺の目の前にいて、そいつはやる気満々である。
ついでに俺の後ろにはマックスが。ちょっとはなれたところにリオと意識を失ったラシードさんがいる。さらに離れたところに、機関員などがことの成り行きを固唾を呑んで見守っている。
誰がどう見ても、この状況はマックスを助けに入った俺対邪剣様という構図である。
逃げ場はありません。
逃げたところでしかし回りこまれるでしょう。
間違いなく真っ二つでゲームオーバーです。
下手に動くのはとても危険な状態なのです。
ねえねえ女神様。今俺大ピンチです。
どうかお助け願えませんか?
……
願えませんね。
だって女神様との連絡は毎回携帯をもってしていたんですもの。
それで連絡した以外でまともに会話したことないんだから、こうして念じて通じるわけないっての!
ポケットに手を入れれば携帯に手が届くけど、さっき言ったとおり下手に刺激すればなにが起きるかわからないって状況で動けるわけがない。
というか、こんなとんでもない存在ににらまれて動けるわけがないっての!
逃げられないし戦えもしない。どうしよう。俺、マジどうしよう!
こんなバケモノ、記憶が戻ったからって勝てるわけないじゃん。
そもそも記憶があったからって関係ないし!
『……貴様は』
はい?
『貴様は、なんだ?』
「え? 俺?」
『そうだ。貴様だ。貴様は、なんだ?』
なんだ? とは、なんだ?
俺が何者かって意味なら、普通の高校生ですけどですよ?
種族のことなら、俺は人間。ってヤツですことよ?
それとも、ちょっと前まで記憶を失っていたから、雰囲気とかたたずまいが急に変わってそのあたりの異変を聞きたいってこと?
もうちょっと詳しく説明してくれないと、ちょっと意味がわからないっす。
でも、これは大きなとっかかりかもしれない。
マックスと戦っていた時は知性の欠片もなかったけど、完全復活してからのこいつは知性が感じられるほど流暢に話している。
こうしてあっちから話しかけてきてくれたということは、話が通じるかもしれないということだ。
会話をして時間が稼げるかもってことだ!
時間が稼げれば、誰か他の人が解決策を思いついてくれるかもしれないし、マックスやソウラが回復すればこの状況を打破してくれる可能性もある。
なによりうまく説得することが出来れば和解の道なんてのもあるかもしれない!
……まあ、最後のはかなり期待をこめたもので望みは薄いかもしれないけど、可能性はゼロじゃない。
つまり、俺の華麗なトーク術を駆使し、話を伸ばして伸ばして大きく引き伸ばすことが出来れば、なにか解決の糸口が見つかるかもしれないってことだ!
俺がこの先生き残るには、これしか手段はないだろう。
やってやる。やってやるぞ!
「……相手になんだ。と聞くなら、まず自分がなにかを語るべきじゃ?」
『……よかろう』
よっしゃー! これで少し時間が稼げる。この調子でどんどん話を長引かせて、一発逆転の方法を誰かが思いつくのを待とう。
ひょっとすると俺のピンチに女神様が気づいてくれるかもしれないし!
さあ、伸ばせ伸ばせ。ゆっくり自分がなんなのか語るんだ!
『我は、ザラーム。その、欠片なり。次は、貴様の番ぞ』
「……」
『……』
そ。
そんだけえぇぇぇ!?
もっと、もっといっぱい話そうよ。もっと主張することあるっしょ。自分のこと。自分がなんなのかとか。欠片ってなんなのかとか。
好物とか、好きな人のこととか趣味とかさ。いっぱいいっぱい、自分がなにかって話すことあるっしょ!
嫌いなもの。苦手な食べ物でもいいよ。トマトが食べられないとか親近感が沸いていいんじゃないかな?
そういうのないかな。
一つくらいあるでしょ?
あるでしょー!!
自分はすでに自分というものがどういうのかわかってるからって、それで相手もわかってくれると思うなよ!
もっと具体的に話せー!
……とは、大声で言えないけど。こっちが怒って相手に逆ギレされたらこっちが終わっちゃうし。
下手に刺激するのは危険だって、俺知ってるんだから。
こうなったら俺の自己紹介を見てみろ。
バリバリ話して時間かせいでやるんだから。
「俺は、ツカサ。あえて言うなら、サムライだ」
……
はい。ごめんなさい。
自分がなにかとか、そんな流暢に語れるほど俺の口は柔らかくないよ。華麗なトーク術とか嘘だよ。ああ嘘だよ。華麗で流暢に会話出来るんなら、たまに黙ったまま突っ立ってるとかしないよ。悪かったな! 認めよう。俺はやっぱり口下手だと!
「……」
『……』
ヤバい。やばいよ。会話が終わっちゃうよ。
終わっちゃったらなにが起きるかわからないよ。
こうなったら、こっちから延々話続けて話を伸ばすしかない。
話が長く続かなくても短い話をたくさんすれば場をつなげるはず。いくら俺が口下手でも、マシンガンのように一杯話せば話は長くなるってもんだよ!
なにか、話題。そうだ、天気。まずは天気の話からいこう!
『……貴様』
っ!?
俺から話題を振る前に、あっちから声をかけてきた。
これはひょっとしてまだ会話出来るってことですか!? 時間が稼げるってことですか!?
なら、大歓迎ですよ!
『改めて、問う。貴様、この世の者か?』
はい?
『貴様は我と同じ。そう。我と同等の存在なのか?』
なん、だって……?
改めた問いに、俺の大歓迎気分は吹き飛んだ。
全員、ザラームってヤツの言葉の意味がわからず首をひねったことだろう。
誰も、その質問の意味を理解出来なかっただろう。
この、俺を除いては。
この質問を聞いた瞬間、俺の中でいろんなことが繋がった。
マックスさえ倒すあのパワー。
ソウラが言っていた、魔法は通じず、ダークカイザーに匹敵する気配がするという言葉。
さらにあの邪剣はどこかの魔法使いが『闇人』に対抗するため異界の怪物を呼び出して作り出したものだと機関の人とマックス達が話しているのを記憶喪失中に聞いた。
とどめに、当人から出た「お前は俺?」という疑問!
これらを総合すると、一つの仮説が浮かび上がる
すなわち、目の前の邪剣ことザラームの欠片は、イコールもう一人の俺。異世界から呼ばれた俺と同じ存在であると!
なぜダークカイザーに匹敵する存在がここにいるのかも理解出来た。
ダークカイザーに対抗出来るのは、同じダークカイザーだからだ。
俺に対抗しようとふさわしい存在を探せば、そりゃ出てくるのはやっぱり俺になるってわけだ!
その召喚者が知ってか知らずかは俺にはわからないけど、その存在に対抗するのに一番いいのは、別世界の同一人物をぶつけることだからな。
なんせ、出会って触れれば双方消える。
強さも強大さも関係ない、一番楽な対処法なんだから。
なるほど。そう答えが繋がれば、なぜわざわざ俺に質問をしてきたのかも納得がいく。
目の前に自分と同じ存在がいるんだから、そりゃお前は何者かと問いたくもなる。
さらにこの問いのおかげで、もう一つわかることがあった。
それは、こいつはあの絶対のルールを把握していないということ。
世界を生み出した女神様も、世界を破壊するダークカイザーも抗えない、異世界の同一人物が出会えば双方が消滅するという絶対のルール。
これを理解していれば、目の前に異世界の同一人物が存在しているという危険性がどれほどのことか理解出来るはずだ。
下手に触れれば双方消滅してしまうのだから、とても悠長に話なんてしていられない。
知っているなら疑惑のうちに抹殺されているレベルのルールなんだから!
となれば、一転ただの高校生の俺にも勝ち筋が見えてきた。
あの邪剣に触れることさえ出来れば、俺はこの大変危険な状態から生還出来る。
生き残れるというわけだ!
ならっ……!
「そこまで見抜いたのなら、話は早い。ならば、この戦いは、これ以上争うのは、無意味だ」
『なに?』
「なぜなら俺は、戦う気なんてないからだ。勝敗は、見えている」
俺は、腰にオーマをさしたまま、両手を広げた。
もう、話を伸ばす必要はない。戦う必要もない!
なぜなら……
『結果が見えているとでもいうのか?』
「そうだね。ある意味そうだ。その気なら、一振りで(俺が死んじゃう方向で)終わる。だから、提案がある」
『提案、だと?』
「降伏しよう」
……俺は、全面降伏するからだ!
これが、俺の策。
相手は体を奪う邪剣。
ならば、俺の体を差し出して、その剣に触れさせて貰う!
そうすれば、即絶対のルールが発動し、この事態は万事解決。万々歳ということになる!
一時的に俺も地球に帰ってしまうかもしれないけど、その時はまた女神様に呼んでもらえばいいだけの話。
触れてしまえば俺の勝ちなんだから、結果についてはどうでもいいことだ!
ただ、刃で斬られるのだけは避けたい。
真っ二つになって戻る前に死んだらゲームオーバーなんだから!
「そうすれば、もうここで戦う理由はなくなる。どうだろうか?」
『……』
お願い。乗ってきて!
新しい体に乗り換えるってのはそっちにも損はない提案じゃない。
俺が気になるってんなら、ちょっとは考えて見てくれてもいいとは思うんだ!
男の体が、ゆっくりと動きはじめた。
邪剣を自分の体に隠すよう、背中に背負うように動かしたのだ。
俺の言葉に、なにか思うところがあってくれたか?
なら、もう一押し!
そのまま、その剣を俺にわたしておくれ!
「だからここは、その身を俺に……」
キンッ!
なにか、耳鳴りみたいな音が聞こえた。
「……ゆだね……て?」
話していた途中、いきなり目の前に剣を振り下ろした格好の男が現れた。
っ!?
あまりに急に、長い間目をつぶって相手を見なかったらこうなったかのように。
漫画でコマとコマの間を描写されず、いきなり俺の目の前に邪剣を持った男の人が接近したみたいに。
まるで、一瞬で瞬間移動してきたみたいに、目の前に邪剣を振り下ろし、地面に切っ先をうずめた男が現れたのだ。
え、ちょっと待って。なにが起きたの?
いったいなにが起きたの?
さっぱりわからない。
でも、状況から見ると……
これ、ひょっとしてさ。
ひょっとしただけどさ。
反応が追いつかなかったけど、なにが起きたのかはなんとなくわかってきた。
俺が知覚出来なかっただけで、気づいていないだけで、俺、真っ二つにされたりしちゃったのかな!?
動いたら、なんか奇声あげて半分になっちゃったりする!? 俺はもう死んでいる状態!?
ああ、それに気づいたら、なんか体が軽くなった気が。
ほら、ふわーって、なんか引っ張られるような浮遊感を……
ふわー。
……って、この感覚、俺知ってる!
死んだとか斬られたとかじゃなく、異世界から元の世界に帰される時感じたあの浮遊感だ!
でも、俺全然戻る気配ない。むしろ、即効浮遊感もなくなった。
これは別のところ(第45話)で感じたことがある。
てことは、つまり……
俺は改めて、視線を目の前で剣を振り下ろした状態でいる男の人にむけた。
『バ、カな……』
男がぷるぷると肩を震わせ、ふらふらとあとずさった。
地面から剣が抜ける。
いや、抜けない。
だってその手に握られた剣は、切っ先がなかったからだ。
地面も斬ってたんじゃない。そこに剣先はなかったんだ。
『いったい、なにが。なにが起きたというのだ……!』
折れたようになっている切っ先は光に包まれている。
やっぱりこの剣、元の世界にリターンさせられてる!
『そんな、バカなっ!』
横に振られた。
当然、その速度に俺が反応出来るわけがない!
スカッ!
でも、俺は斬れなかった。
薄くなった刃は、俺を通過してしまう。
振り切った剣からも、なんの余波も出ない。
これも、知ってる現象だ。
元の世界に戻される存在は、もう他に干渉することは出来ない。何度か経験していることだ。
やっぱり。
俺は改めて確信する。
やっぱりこいつ、別世界の俺だった!
ただ、言った通り本当に欠片なんだ。
完全体の俺と欠片の俺とじゃ、その世界から消滅するのはその欠片の存在分だけ。なので、俺が元の世界に戻るのはその欠片分だけということになる。
斬られたと思って斬られていないのも、俺に触れた瞬間あっちの強制帰還がはじまったからだ。
俺と欠片とではその存在の総量が圧倒的に違うから、少ない方の消える速度が早い。だから、俺が痛みを感じる前に触れたところから元の世界に戻され、そのまま切っ先が消えたか折れたかして、俺は斬れなかったということなんだろう。
つまり万一邪剣がダークカイザーと戦ったとしても、撃退することは出来なかっただろう。
ただ、同量だったらどうなったか。それは考えただけで恐ろしい。
消えて戻るのが先だったのか。それとも刃が俺を……
……いや、これ以上考えるのはやめよう。
『貴様、我に、なにを……っ!? 我が、我が消える!?』
「……わからないなら、それまでだよ」
思わずつぶやいた。
むしろ、わかるわけないだろうけどね!
『貴様は、本当に、なんな……!?』
言い切る前に、別の世界の俺。ザラームの欠片は光と共にこの世界から消滅した。
この反応。やっぱりザラームな俺は、異世界の同一人物同士が出会うと世界から排除されるって絶対のルールをまったく知らなかったみたいだ。
そりゃ、知ってたら俺がなんなのかと怪しんだあと直接斬りかかってはこないわな。
余波飛ばしとかの遠距離攻撃で安全に抹殺してくるよな。
ホント、危なかった。
いきなり問答無用で斬りかかってきてくれたのがむしろ幸いだった。
このルールを把握されてなくてホント良かった。
狙った過程とはちょーっと。ほんのちょっとばっかし違ったけど、結果オーライ。
いや、むしろこの程度の誤差なら狙い通り? 触れ合ったのは事実だし。そうなるよう話の流れを作ったのも事実! うん、俺がここに残ったんだから狙い通り。俺の勝ち。結果がすべて!
俺の手のひらの上で全部が転がされたってことで!
……はい。わかってます。ホントわかってますよ。運がよかっただけだって。
今回はマジラッキーで命を拾ったって。
いやはや、今回はマジでやばかった。前もってわかってりゃ対処のしようもあったけど、いきなりじゃどうしようもねえ。
斬られたと思う暇さえなかったから、恐怖さえ感じる暇もなかったし、気づけば終わってたし。ホント、色々幸運だったよ。
俺はほっと胸をなでおろした。
助かって。本当によかった……
──ザラーム──
っ!
我と同じ気配を持つマガイモノを一刀両断にせんと渾身の力で振り下ろした瞬間、我は信じられないものを見た。
マガイモノに触れた瞬間、我が身が音もなく折れ、そこから光となって消えていたのだ。
我が、光で分解されてゆく!
『いったい、なにが。なにが起きたというのだ……!』
光がどんどんと我が身を浸食してゆく。
我が、分解されてゆく。
この感覚。まさか、我はこの世界から強制的に追い出されるとでもいうのか!?
『そんな、バカなっ!』
起きている事態を受け入れられず、我はまだ目の前に立つマガイモノめがけて我が身をふるった。
迫る我が身に、ヤツは一切反応しない。
共に、滅べ……っ!
スカッ!!
我が身は、空を切った。
あり、えんっ……!
ヤツの体を我が身はすり抜けた。
我はすでに、この世界のモノに干渉出来なくなっているというのか!?
ヤツは身動き一つしなかった。
動けなかったのではない。
動く必要がないと知っていたのだ!
これは、偶然ではない。
我はヤツにしてやられたのだ!
そう悟るのに、時間はかからなかった。
「この戦いは、これ以上争うのは、無意味だ」
「なぜなら俺は、戦う気なんてないからだ。勝敗は、見えている」
「その気なら、一振りで(戦いは)終わる。だから、提案がある」
「降伏しよう」
「そうすれば、もうここで戦う理由はなくなる。どうだろうか?」
我に命ずる数々の言葉。
我はこれを、挑発ととらえた。
破壊の化身たる我になにをほざくと。
だが、その言葉は挑発などではなかった!
一振りで終わると宣言したあの言葉は偽りではなかった。
すべてが、事実。
ヤツは本気で、この未来が見えていた……っ!
『貴様、我に、なにを……っ!? 我が、我が消える!?』
「……わからないなら、それまでだよ」
おの、れっ……!
なにがこの身に起きているのかわからない。
唯一わかるのは、ヤツの言ったとおりだったということだけだ。
勝敗はすでに決している。
その言葉どおりに……っ!
我と同じ気配を持つこいつは、一体何者だったのだ。
欠片とはいえ、我を容易く手玉にとるなど……っ!
『貴様は、本当に、なんな……!?』
これ以上我が身から声は出なかった。
光に飲まれ、我は消えてゆく。
この世界よりはじき出されてゆく。
おのれ。
覚えておけもう一人の我よ。
もう、次はこのような失態は犯さぬ。
次、あいまみえることがあらば、必ず貴様も、この世界も滅ぼしてくれる。
必ず。
必ずだ!
我の意識は、そのまま光に消えた……
──リオーマックスソウラ──
完全復活をした邪剣を見て、我々が最初に感じたのは、かつてオーマ殿に見せていただいたことのあるかのダークカイザー。あれを思い起こさせる禍々しい気配であった。
拙者はこの地にまた、ダークカイザーが現れたのかと錯覚したほどです。
ダークカイザーが率いる『闇人』に対抗するためこの地の魔法使いが呼び出したと聞いたが、それがまさかダークカイザーに匹敵する神域の怪物だったとは!
ヤツの完全な気配を感じ取った今、サムライがなぜカミカゼさえもちいてあれを封印しようとしたのか理解出来ます。
たとえ欠片であったとしても、それ一つでこの帝国一つが滅ぼされかねない存在であるから!
であるから拙者も、ソウラ殿も、オーマ殿も、記憶を失ったツカサ殿ではこの邪剣に勝てぬと思った。
拙者達だけでどうにかしようと思った。
こうなったらつけ刃でも拙者がカミカゼを起こし、もう一度こいつを……と考えたが、間一髪のところであの方は帰ってきた。
ツカサ殿。拙者を守るために。この感動、拙者は一生忘れないにございますっ!
完全復活したヤツの気配を感じ、私は愕然とした。
それはかつてオーマの力で見たことのある、世界を滅ぼしかけた怪物と同じ気配。
それと同等であるとすれば、魔法を源とした聖剣の力はヤツに一切通じない。
神域に到達した存在と同等ならば、魔法をすべて無効化出来てもまったく不思議はないのだから!
リオがどうにかしようと立ち上がろうとしますが、それを必死になだめとめる。
『無理ですリオ。今のあなたは、体力を使い切ってしまっています! それに、ヤツには、今の私ではダメージを与えられません……っ!』
「え? それって、まさか……」
『そうです。サムライが、命をかけたわけです。この感覚。この気配。ヤツはダークカイザーにも匹敵する存在。サムライと同じく、一つ上の次元に立つ怪物なんです! 今の私達では、傷一つつけられません!』
「魔法が通じない。サムライじゃなきゃ相手にならないってことかよ!」
それでもリオは、街を守るためダークカイザーに匹敵する存在に立ち向かおうとしました。
いくらサムライに追いつこうと必死に努力をしている最中とはいえ、まだ私達はその領域に達していないのも事実。
これはただの無謀。蛮勇でしかありません。
そうしてリオを押しとどめた結果。もう一人無茶をする少年。
記憶喪失のツカサ君がマックス君のところへ駆けつけるのをとめられませんでした。
このままでは大変と思ったけれど、私達の予測を超えて、彼は帰ってきた。
この土壇場でそれが出来るなんて、あなたは本当に、ヒーローなのですね。
ヤツが完全復活した時、おいら達はまだなんとか出来ると思っていた。
ソウラの力を使えば、まだ戦えると思ってた。
でも、ソウラからそれがどれほどの存在かを知らされ、それはかなり難しいということを思い知らされた。
確かにヤツがダークカイザーと同じなら、魔法が源の聖剣であるソウラと今のおいらに勝ち目はない。
だからって、はい。諦めますで諦められるかよ!
このままじゃ街が滅ぶかもしれないって時に、勝てないから戦わないなんて出来るわけないだろ。
ツカサが戦えないんだから、おいらとマックスがどうにかするしかないだろ!
勝てないかもしれないってのを理由にして戦わないのは、サムライのやることじゃないだろ!
そう思っても、体は簡単についてこなかった。
マックスを助けるため動こうとしても、足がついてこない。
歯を食いしばり、それでも前に進もうとしたその時。
ツカサが、動いていた。
動けないわたしを守るように、あの人は駆け出していた。
記憶を失い、力を失ってもなお、あの人はその誇りを失っていなかった。
傷ついたマックスの前に出て、足を震わせながらも怪物の前に立ちはだかる。
でも、記憶を失ったツカサじゃ勝ち目なんかない。
いくらなんでも無謀だ。
そう思い、最後の力を振り絞ってわたしも突撃しようとした。
その、時……っ!
がたがたと足を震わせているツカサから、突然力が抜けた。
恐怖にこわばった顔から力が抜け、威風堂々と立つ姿に変わった姿を見て、わたし達はすぐにわかった。
「ツカサが」
「ツカサ殿が」
『ツカサ君が』
『相棒が』
帰ってきたっ! と!
「……思い、出したっ!」
力強いその言葉に、わたし達の絶望の空気は吹き飛ばされ、希望の息吹に満たされたのがわかった。
おいら達は確信する。
ツカサの勝利はゆるぎない。と!
『貴様は、なんだ?』
記憶を取り戻した相棒に、邪剣のヤロウが口を開いた。
まさかヤツも、相棒の正体が気になるってのか!?
確かに記憶が戻り、焦りや力みもなくなって雰囲気は変わったが、相棒の気配はただの少年のままだ。
おれっちでもその身に秘められたパワーは察知できねぇってのに、こいつはその隠した力を鋭敏に嗅ぎ取ったってのか?
その身の内に秘めた、ダークカイザーにも匹敵する神域の気配を、感じ取ったってのか?
だとすりゃあ、こいつはやっぱり油断出来ねえ存在だ。
こいつはマジで、ダークカイザーに匹敵する!
下手するとここでもう一度、相棒はカミカゼを使わなきゃならなくなるかもしれねえ。
この回答は、けっこう重要かもしれねぇぜ。下手すりゃ、一気に戦闘開始だ。
相棒、あんた、どう答……
「……相手になんだ。と聞くなら、まず自分がなにかを語るべきじゃ?」
って、相棒ぉ!?
確かにそいつはそうかもしれねぇが、そいつをこの場であっさり口に出来るあんたは相変わらずとんでもねぇな。
おれっち思わず声を上げるかと思っちまったぜ。
『……よかろう』
そしてこいつも、それに応じるのかよ。
どっちもこっちもおれっち達の想像を超えてるぜ……
『我は、ザラーム。その、欠片なり。次は、貴様の番ぞ』
「俺は、ツカサ。あえて言うなら、サムライだ」
簡潔な自己紹介が二つ。
ツカサ殿との戦いがはじまるかと固唾を飲んで見守っていれば、少々拍子抜けと言えるでしょう。
だが、これでわかるのは、相手と会話が出来る。
交渉が可能かもしれないということにござる。
これは、とても大きなこと。
『改めて、問う。貴様、この世の者か? 貴様は我と同じ。そう。我と同等の存在なのか?』
ザラームと名乗った邪剣がさらに質問を重ねてきた。
その質問を聞いた瞬間、やはりかと、拙者達は戦慄することになった。
やはりこの邪剣。ツカサ殿が隠す真の力を見抜いている。
自分と同格の存在ではないかと疑っている!
完全に隠蔽されたツカサ殿の力に気づくとは、こいつは今までになかった恐ろしい敵に違いない!
ツカサ殿。どうか油断を……
「そこまで見抜いたのなら、話は早い。ならば、この戦いは、これ以上争うのは、無意味だ」
『なに?』
「なぜなら俺は、戦う気なんてないからだ。勝敗は、見えている」
『(貴様が勝つという)結果が見えているとでもいうのか?』
「そうだね。ある意味そうだ。その気なら、一振りで(お前は)終わる。だから、提案がある」
『提案だと?』
「降伏しよう」
油断どころの話ではなかったぁ!!
そのやりとりに、拙者達は戦慄を覚えざるをえない。
背筋が凍る恐怖も、偉大と思う尊敬の念も飛び越え、もう、意味がわからないレベルである。
なんとあの方は、この邪剣に降伏を迫ったのだ!
腰のオーマ殿から手を離し、両手を広げ、それでも勝つと言い切った。
争うことさえ無意味だと邪剣を諭した。
これは、油断から来るお言葉などではない。
完全復活したツカサ殿には、見えているのだ。
自身の勝利が。
この戦いの、結末が。
それが、どれほど意味のないことなのかを。
ツカサ殿は言葉が通じるのならばそれが伝わるかもしれないと、必死に伝えようとしている。
あの少しの会話で、やりとりで、ツカサ殿は相手の強さを完全に見切ったのだ。
同じ位にいるのなら、互いの力量差が見切れるとツカサ殿は思ったのであろう。
ゆえに、ツカサ殿は、この戦いの無意味さを説いた……っ!
我々には予測もつかなかった展開だ。
まさか、降伏を勧めるとは。
あとは、ツカサ殿のこの慈悲に、邪剣がどう出るか……
『……』
男は、闇のように輝く刀身となった邪剣を担ぐように背負った。
刀身の輝きも、闇人が使うダークソードにどこか似ている気もする。
ダークソードと違うのは、直刀ではなく、刀のように湾曲した形であるということか。
これは、みずからを使う男が湾刀を使う剣士だからなのか、こいつがそういうものなのかまではわからない。
だが、その心をえぐるような輝きから、その刃はいかなるものも切り裂くであろうと用意に想像が出来た。
拙者でもソウラ殿でも、下手に受けようとすればその瞬間真っ二つとなるだろう。
それほどのモノだとわかった……っ!
それを背負うようにして構えた。
最も勢いと速度の乗る大上段からの振り下ろし。
それは、いかなる防御の上からも切り裂くという意思の表れ。
回避などもさせぬという、一撃必殺の構えだった。
やはり、ツカサ殿の慈悲は伝わっていない。
真実を口にし、命を無駄にするなとはっきりと伝えているが、それはきちんと心に響いていないようだ。
ヤツにとってそれは、挑発としか受け止められないのだろう。
確かにそうともとれる。だが、ツカサ殿はそのような安い挑発をするお方ではない!
ツカサ殿の言うことは真実であると口にしたかったが、今の拙者は口さえ動かす余裕さえなかった。
ただ、見ているしか出来ない……
「だからここは、その身を俺に……」
ジャッ!!
ツカサ殿が話す途中、ヤツは問答無用で斬りかかった。
──は、はやいっ!!
まるで光が走ったと錯覚するような速度。
圧倒的な速度。聖剣である私をもってして、その動きを追うのでやっとだった。
もし相手がリオだったら、防御が間に合わなかったかもしれません。
それほどの、速度。
この場でそれを認識出来たのは、私以外にはサムライのマックス君とオーマくらいでしょうか。
今のリオでは、私が体を動かさねば反応さえ出来ないのは間違いありません……
ツカサ君を真っ二つにするほどの勢いで襲い掛かる邪剣。
だというのに、ツカサ君は反応しません。
微動だに動かず、その視線はじっと前。迫る邪剣を見つめているだけです。
それはまるで、反応出来ていないかのようでした……
思わず危ない! と声をかけそうになりましたが、その前に邪剣の一撃はツカサ君に到達してしまいました。
キンッ!!
その瞬間、私は信じられない光景を見る。
きっとこれは、私だけでなく、オーマ、マックス君、リオ全員にとって予想も、想像もしていなかった光景です。
邪剣の刀身がツカサ君の脳天に当たったかと思った瞬間。そんな音を立て、その剣が折れたのですから……!
真っ二つになったそれは、くるくると宙を舞い、折れた場所から光になって消えてゆきます。
『っ!!?』
それは、剣を振るった邪剣にとっても同じようでした。
振り切ったままの姿で、ぴくりとも動きません。
ツカサ君を前に、驚きで固まってしまったのです。
『バ、カな……』
信じられんと、震えた声が上がりました。
操る男の肩がふるえています。それほどの動揺が剣の方に走っているということでしょう。
ふらふらとしながら、邪剣は一歩あとずさる。
『いったい、なにが。なにが起きたというのだ……!』
見ると、刀身から先が光に浸食され、消えて行きます。
あとでオーマに聞いたところ、かつてダークカイザーを倒した時と同じと聞きました。
まさに、サムライの光によって消滅させられている証拠ということです。
その時と唯一違うのは、敵だけが一方的に消えたこと。
どうやら、本当にあの剣は欠片程度の存在だったようです。
『そんな、バカなっ!』
後ずさりながら、邪剣は自身を真横にふるう。
それはまだ、十分ツカサ君に命中する間合い。
だというのに、ツカサ君はピクリとも動きません。
スカッ!
ツカサ君の体を、邪剣が通り抜けたっ!?
場にいた全員が目を見張ります。
なにが起きたかわからない。
ツカサ君は動いていない。かわしていない。
だというのに、ツカサ君の体は傷ついていなかった。
まるで、邪剣がすり抜けたかのように……!
これで私は、一つの確信を得た。
彼等は、この場でだけではなく、時間も空間も跨ぎ、すべての次元を超越した攻防をおこなっている!
ここにいながら、ここにいない。
まさに次元の違う戦いをしているのだから、私にも。下手をするとオーマにさえ知覚出来ないのも当然のこと。
頭に直撃を受けて無事というのはありえない。
だが、そこに命中する前に見えない攻防があったのなら納得もいく!
ならば、ツカサ君は攻撃をじっと見ていたのでなく、なにか行動をしていた。
聞いたことがある。
サムライは武器を持たずとも、無手にて相手の武器を無効化する方法を持っていると。
シラハドリと呼ばれるその技を極めれば、素手で相手の武器を受けとめ、折ることも可能とさえ聞く。
あの瞬間、時間と空間の狭間でそれを行っていたのなら、邪剣が折れたのも納得がいく。
今攻撃が当たらなかったのも同様だ。
時間も空間も支配しているのなら、動かなくともかわすことが可能だ。
彼は世界さえ修復出来るほどの存在。世界と一体化し、場から一瞬消えることさえ可能なのかもしれない!
相手を倒すなんてレベルじゃない。この世界から消し飛ばす次元の戦い。
これが、世界を滅ぼす者と守る者の戦い!
なんという子なんだろう。
まさに、次元が、違うっ……!
かつて見た邪壊王との戦いの時は、命を燃やすしか戦うすべがなかったと聞いた。
それしか力が残されていなかったから。
だが、一度消滅し、再び現われた彼はその力も取り戻した。
私の知らない。全盛期のツカサ君。
これが、ダークカイザーをたった一人で屠った、最強とうたわれるサムライの、真の強さ!
『貴様、我に、なにを……っ!? 我が、我が消える!?』
「……わからないなら、それまでだよ」
どこか悲しそうに、彼は言った。
相手さえ、なにをされたかわからなかった!?
あの攻防は、彼だけが次元が違ったというの!?
あの怪物の、さらに上の次元に立っていたというの!?
慈悲を、かけるわけだわ。
これほどの差が、相手との間にあるのだから……
『貴様は、本当に、なんな……!?』
言い切る前に、邪剣は光に飲まれ、消滅していった。
邪剣同様、私も驚きを隠せない。
結局、なにかしたというのはわかったけれど、彼がなにをしたのかはまったくわからない。
それがわかるのは、きっと彼だけなのだろう。やられた相手すらわからないとは、本当にトンでもない子だわ……
「……」
戦いは、終わった。
勝ったのは、宣言したとおり、ツカサだ。
たった一撃で。あの邪悪な剣を滅してしまった。
邪剣が消えるのを見届けると、ツカサは小さなため息をついた。
どうしたんだろう。
勝ったというのに、ツカサは全然嬉しそうじゃない。
どこか、複雑そうな顔をしている。
強敵を倒して街を救ったんだから、素直に喜べばいいのに。
どうしたんだろうと思いつつ、おいらはツカサに駆け寄った。
「ツカサ、やったね」
「……いや、俺はなにも出来なかったよ。なんの役にも立たなかった」
おいらの言葉にそう答え、しょんぼりする。
その言葉に、おいらだけでなく、後ろで倒れるマックスも、ソウラもオーマも驚いた雰囲気を見せた。
衝撃。ってレベルじゃなかったからだ。
役に立たなかった?
いったいなにを言っているのか、最初わからなかった。
でも、ツカサの言っていたことを思い出せば、なにをしたかったかすぐにわかった!
そうだよ。ツカサは最初から勝って当然と思っていたんだ。
だから、ツカサはあの怪物を倒すじゃなく、降伏させようと思っていた。
ツカサはきっと、命を持たぬ剣だとしても、きちんと罪を償わせたかったんだろう。
前にマティナの街の誘拐犯を街の人達にゆだねたように(第76話参照)
そのために戦いは無意味だと諭していた。
でも、ツカサの言葉はあの邪剣には響かなかった。
あの怪物の心を動かせなかったのを、ツカサは嘆いているんだ!
なんて人なんだ。おいら達は街を滅ぼしかねない敵を倒したという最高の結果を出したと思っていたのに、ツカサはそんな次元で物事を見ていなかった!
ただ敵を倒せばいい。勝てばいい。そんな次元を超越した視点で物事を見てたんだ。
あいつとは話が出来た。
なら、あいつから無差別殺人事件のことも聞けたはず。
それが可能なら、無差別殺人事件を完全に解明することが出来る。
ひょっとすると、まだ誰も知らない被害者がいたかもしれない。
他にも加害者とされてしまった人がいたかもしれない。
邪剣が完全に滅んだことで、そういう謎は永遠に解明されなくなってしまった!
ツカサはそれが出来なくなって、自分のことを責めているんだ。
なんて人なんだ。
あれをあんな簡単に倒すのだけでも十分凄いことだってのに、ツカサはそれ以上のことをやってのけようとしていたなんて。
やっぱりツカサは格が違う。
でも、あの様子じゃ説得は無理だったと思うよ。
ツカサだろうと誰の言葉だろうと、結局聞く耳なんて持ってなかったように見えたもん。
自分が一番強い。そう思って揺ぎ無いヤツだった。
どんなに慈悲をかけたって、それに従わないんだから仕方がないさ。
ツカサがもっと早く記憶を取り戻していたりすれば話は変わったかもしれないけど、過ぎた過去を言っても仕方のないこと。
むしろあのタイミングでみんなを救えたんだから、それを誇りに思おうよ!
「ツカサ、役に立たなかったなんて言わないでよ。ツカサのおかげで、みんな助かったんだから」
「……」
ね? とわたしが笑ったら、ツカサも一瞬驚いた顔を見せた。
「……そうだな。なにが起きたとしても、助かったのは事実か。みんなが助かったんだから、それでいいとしよう。ありがとな」
「おいらに礼を言う必要なんてないさ」
おいらとツカサは、思わず笑いあった。
よかった。ツカサに笑顔が戻ったよ!
(そうだよな。ラッキーでも生き残ったんだからそれでいいじゃないか。結果がすべて! 生きててよかった!)
「あっ」
「ん?」
気づいた。
ツカサの額に一筋の血が流れていることを。
「血が出てるよ」
「え? どこ?」
額と髪の間に一筋だけで眉でとまっちゃったからわからないみたいだ。
「おいらが見てあげるからしゃがんで」
「悪いな。ここにかすってたのか」
見てあげると皮一枚。髪の毛一本分程度の、ほんの少しだけあいつに斬られてたみたいだ。
布でぬぐってあげたら、もう血も出ていなかった。
そういや、ツカサが他人をかばう以外で怪我するなんてはじめて見たかも……
決戦は当然相棒の勝利で終わった。
相棒はあの邪剣ヤロウを改心させられなかったのが心残りだったみてえだが、さすがにダークカイザーに匹敵するだけの相手の心を変えるってのは相棒でも無茶な話だったみてえだ。
勝って当然ではあったが、一つおれっちも予想外のことがあった。
まさか相棒が、他人をかばう以外で血を流すなんてな……
相棒が身を削って敵を倒したのは、ダークカイザーと邪壊王の二人。どっちも怪我ではなく、命を懸けるレベルだった。
それ以外の敵を相手に、相棒が一対一で傷を負わされたってのは覚えがねえ。
それはすなわち、あの欠片邪剣ヤロウがそれほどの存在であったことを示している。
ヤツ自身はここに呼ばれた欠片だって言っていた。
あれでひと欠片。
もしすべてのあいつがこっちに現れていたのなら、ダークカイザー級の災害となっていた可能性は否定出来ねえ。
相棒がその力すべてを倒しにかからなきゃならねぇほどの……
……いや、ヤツはもういない。
こんな心配する必要はねぇ。
そう思ったにもかかわらず、その嫌な予感は、おれっちの中に小さくくすぶり続ける……
──ラシード──
邪剣暴走の一件からしばらく。
俺も回復魔法と霊薬の治療を受け無事回復し、彼等の出発に立ち会っていた。
邪剣が人の体を操り大暴れしたせいで、俺の冤罪は完全に晴れ、あの禍々しさとその強大さから友の株が下がるようなことはなかった。
むしろあれをよくぞ封印したものだと、逆に評価が上がったくらいだ。
同時に心配されていたもう一人の偉大なサムライ、ツカサの記憶喪失問題も無事片付き、彼等も憂いなくこの地を旅立てることになった。
彼は今、俺の命を狙った三人組に感謝の言葉をもらっている最中だ。
邪剣に体を奪われた男も後遺症などは残らなかった。
ああいった場合、体の中に力の残滓が残り、体の一部が使えなくなったり精神に異常をきたしたりなどの後遺症があったりすることもあるそうだが、そんな心配欠片もないほど完璧に邪剣の力は消滅し、あの通り元気だ。
「本当に本当にありがとうー!」
ぎゅーっと抱きしめ、ツカサは困惑している。
あれほどの闇を欠片も残すことなくすべて払う。
彼は噂に勝るサムライであった。
俺も、この街も、どれだけ感謝すればいいかわからない。
ありがとう。サムライ一行よ。
君達のおかげで、俺も、彼等も、そして今までの被害にあった者も救われる。
『ラシード』
「っ!」
『先に、天国で待っているぜ』
懐かしい男の声が聞こえた気がした。
空には綺麗な青空が広がっている。
旅立つには、いい日だ。
「またな、親友」
その空に向け、俺は小さく呟いた。
いつになるかはわからないが、そっちでのんびり待っていろ。
これにて一件落着である!
──魔法大臣 グネヴィズィール──
すべてが終わったと報告を受けた。
サムライがぎりぎりのところで記憶を取り戻し、邪剣を滅したと聞いた時、安堵と共に驚きを隠せなかった。
本当になんてヤツだ。
かつてサムライ一人が命をとして封印するのがやっとだった怪物を、かすり傷一つで完全に消滅させてしまうなんて。
伊達に、その十倍の人数で封じることとなったダークカイザーを一人で屠ってはいない。
改めて、とんでもない存在が帝国を闊歩しているのだと戦慄する。
知れば知るほどとんでもないヤツだと思い知る。
噂で聞いていたよりはるかに強力で強大な武力だ。
通常誇張され、話が大きく盛られるはずの噂の方が現実より大人しく伝えられていたなんて、サムライとは本当に規格外なのだと呆れるしかない。
このまま皇帝陛下への謁見がかなえば、陛下のご意見さえ曲げかねない勢いだ。
それは困る。
本当に困る。
さすがにあの方のお心が変わるとは思わないが、絶対にないと言い切れないのが恐ろしい。
わらわが思う陛下へご意思を揺るがすのだから、その危険性がどれほどか、焦りさえ覚える。
しかしヤツを止める手立ては今のところない。
いっそヤツを無視して戦を進めるという手もあるが、王国とサムライとで挟み撃ちにあう可能性がとても大きくなる。
下手をするとヤツに同調し義賊を気取る奴等やヤツに世話になった者達がサムライの側につく可能性さえある。
そうなれば、戦争どころでもなくなってしまう。
今回の一件を解決してくれたのは感謝するが、それはそれ。これはこれ。
これ以上帝都に近づかれるのはどうにかしたいところだ。
ううむ。
頭をひねるが、足止めして時間は稼げれど、サムライの進撃を止める手立ては思いつかなかった。
足止めといっても何度も使える手はなく、ただの時間稼ぎにしかならない……
いっそこのまま……
一瞬諦めの境地へたどりつきかけたその時。
『グネヴィズィール様!』
緊急通信が鳴り響いた。
「……ルォットーか」
新たな密命を授け、野に放った男からの通信だった。
諦めかけていたわらわは、その結果に期待はしていなかった。
しかし……
『見つけました。魔石です!』
「っ!?」
その結果を聞いた瞬間、諦めは吹き飛んだ。
「本当か!?」
『はい!』
水晶に映し出されたそれを確認し、わらわの口元が緩むのを感じる。
くくっ。よくやった。
これでわらわは新たなステージへと進める!
これがあれば、サムライに対抗出来る!
『ルォットーよ』
「はっ!」
『無の砂漠へむかうぞ』
「はっ! ……は?」
わらわの言ったことが理解出来なかったようだ。
まあ、仕方がない。無の砂漠。正式名称ナニム砂漠は文字通り、なにもない砂漠と思われているからな。
旧魔法帝国の生み出した魔力の源マナがすべてつきた命も宿らぬ死の砂が支配する砂漠。
文字通り、なにもない砂漠だ。
だが、それは違う。
あの地にはわらわの希望が埋まっている!
かつて聖剣により倒された大地を食らう竜。
巨竜と呼ばれたその死骸がそのまま眠っているのだから!
わらわはその魔石を使い、その死骸を巨大な兵器へと変える!
かつて世界を滅ぼしかけた魔石と巨竜。この二つをその手におさめれば、サムライも、世界も、すべて我が物と出来る力が手に入るだろう!
「くくっ。ふはは。はははははは!」
暗闇の中、わらわは高笑いをあげた。
彼女とサムライの最後の戦いは、近い。
おしまい