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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
8/88

第08話 サムライと弟子入り志願


────




 その一撃は、まさにサムライの一撃であった。



 ゴォッと周囲のものを巻きあげ生まれた一陣の旋風は、一瞬にして巨大な竜巻へと変わり、目の前に迫る巨大な闇の軍勢をなぎ払う。


 平原を埋め尽くす『闇人』の軍勢が、一太刀振るわれ生まれた巨大な竜巻によってなぎ払われ、まるで神話の一節であるかのように割れていった。



 ここは、レクレリアン平原。



 マクスウェル領の中にある広大な平原において、マクスウェル騎士団とダークシップより舞い降りた『闇人』との一戦が行われている場所だ。


 戦況はマクスウェル騎士団劣勢の状態であった。むしろ、壊滅と言っても過言ではない。


 騎士団の誰もが、この戦いに勝利はないと確信していた。



 この時代の戦は、範囲攻撃魔法全盛の時代であった。



 後方に控えた魔法使い達によって作り出される巨大な魔法によって敵集団に大ダメージを与え、勝利をもぎとる。前線に立つ騎士達は敵軍の魔法詠唱を阻止し、完成を遅らせる役目と、敵の騎士による魔法使いへの攻撃を阻止するという妨害と盾の意味でしかなかった。


 一部の騎士は盾として使われることに不満を持っていたが、範囲魔法による強力な殲滅力にはかなわず、口をつむぐしかなかった。



 そんな中、ダークシップは現れた。



 漆黒の闇を背負い現れたその空飛ぶ船は、なにも語らず、イノグランドの国々へ襲い掛かり、大地を血で染めた。


 各領の騎士団は次々と兵を繰り出し、『闇人』へ反撃を開始した。



 しかし、その時全盛だった魔法時代は、一瞬にして終わりを告げる。



 なんとダークシップと『闇人』に、一切の魔法が通じなかったのだ。どんなに強力な範囲魔法を撃ちこもうと、魔法によって鍛えられた聖剣を振るおうと、ヤツ等に一切のダメージを与えることができなかったのだ。


 唯一敵を倒せた武器は、魔力を欠片も宿していない、ただ鉄を打って固めたという最もシンプルなつくりの鉄の剣であり、『闇人』に有効な攻撃法は、最も原始的な力まかせに殴るというものだった。


 これにより、魔法は騎士達の補助というかつての姿へと立場を戻し、戦いのあり方も変わった。



 復権した騎士達の中でもっとも期待されたのはマクスウェル騎士団だった。



 彼等はこの魔法全盛の時代の中、圧倒的な速さと強さで盾となる敵騎士団を崩し、相手魔法使い集団の詠唱を阻止し勝利するという、味方魔法使いの呪文完成を待たずして勝利を可能にするという、ダークシップが現れずとも時代を変えた可能性のある騎士団であった。


 しかし、その騎士団を持ってしても、ダークシップの軍勢は打ち破れなかった。


 後にレクレリアンの決戦と呼ばれるその闘いで、マクスウェル騎士団は壊滅的な打撃を受けたのである。



 魔法も効かず、正面からの力比べでも勝てない。



 圧倒的な『闇人』の強さを前に、剣は折れ、心さえも折れかけ、マクスウェル騎士団はじりじりと敗走をはじめる。


 誰もが、人類はあの闇の軍勢に勝てないと思ったその時。




 ──彼等は、現れた。




 何者かのときの声があがる。


 きらりと太陽の光がその美しい刃に反射し、光を放った。



 巨大な竜巻が『闇人』の軍勢を襲ったあと、見たこともない曲刀を振り上げ、その戦闘集団はその割れた『闇人』の軍勢へと突撃してゆく。


 その数は十。どう数えても二十には満たない。



 しかし彼等がその手に持つ刃。KATANAと呼ばれる芸術品のような武器を振るうたび、地ははじけ、天よりいかずちが舞い、空気が破裂する。



 巨大な氷柱や火柱が上がり、まるで魔法のような攻撃がその戦場で繰り広げられていった。


 しかし、彼の隣にいた魔法使いはその光景を腰を抜かして見ている。



 あれほどの魔法を使うためには、基本呪文の詠唱からはじまり、魔力を集める陣を生成し、そして大勢の魔法使いによる儀式によって完成する。


 それによってやっと巨大な火柱をあげる大火球を放てるようになるが、そのような大魔法を放ったところで、『闇人』には一切通用しない。


 それほど大変な発動で、それほど無意味な一撃だというのに、その場に現れた集団はたったの一振りでそれ同等。いや、それ以上の威力の神秘を発動させ、なおかつ『闇人』にダメージを与えていた。



 それはすなわち、その力は『魔力』で作られた一撃ではないということを意味していた。人語を解す武器の一撃も、魔法とは違う理によって生み出された、『魔力』を使わず、人の身のみで放つ人知を超えた一撃だったのだ。


 場にいる者達は信じられなかった。



 しかし、ダークシップより舞い降りた『闇人』達も負けてはいない。



 のちに『ダークナイト』と呼ばれる闇の鎧を纏った騎士がサムライに対抗するよう姿を現した。闇の騎士はその手に握る闇の剣を振り上げ、戦闘集団の放った竜巻に、同じような竜巻をぶつけ相殺する。


 火柱には氷をぶつけ、氷柱を叩き割り『闇人』が這い出てきた。



 なんということだ。と彼は愕然とした。



 誰かは知らないが、援軍に来てくれたというのに、『闇人』にはかなわないのかと、絶望の表情を浮かべる。


 しかし、その戦闘集団は、そう思った彼の想像を超えていた。


 相殺されるようにぶつけられた竜巻が膨れ上がり、『闇人』の放ったそれをかき消した。


 火柱はさらに火勢をあげ、氷などものともせず蒸発させ、氷柱から現れた『闇人』は動くたびその体がぼろぼろと崩れてゆく。



 勢いの増した火柱と竜巻が融合し、ついには戦場に巨大な火炎旋風がまきおこった。



 すべての『闇人』はのみこまれ、塵へと帰ってゆく……


 マクスウェル騎士団の者達は、それをただ呆然と見ているしかできなかった。



 圧倒的強さを見せた戦闘集団。




 彼等の名を、サムライと言った……




「大丈夫か坊主?」

 怪我をし、へたりこんでいた一人の少年にサムライが声をかける。


 それが、彼とサムライの出会いであった。



「……」


 十年後。その彼はあの日を思い出すようにある場所に立っていた。



 彼がその日、それを目撃したのは偶然だった。



 しかしそれは、まさに天の配剤あったに違いないと彼は思う。


 彼はその時、小高い丘の上に立っていた。



 見下ろす先には、一つの宿場。ガランという名の宿場町がある。

 そこは今、宿場を取り仕切る一家と一家の縄張り争いの抗争の真っ最中であった。


 宿場の門の前で待ち構える大勢の男達と、そこへたった一人で攻めてきた若い男。そんな戦いの構図だった。



 彼はガラン宿場を仕切るガラント一家にツインアックスのナイゼン兄弟がついたことも知っていた。ここにいたのも、その兄弟の腕前がどのようなものなのかを見てみようかという野次馬根性的なものもあった。


 それゆえ、彼はナイゼン兄弟の戦いを見るため、丘の上で足をとめたのだ。



 たった一人でやってきた無謀な襲撃者に、ナイゼン兄弟のツインアックス同時攻撃が迫る。


(一本の斧での同時攻撃だけでなく、手斧での二刀同時攻撃を隠していたか)


 迫る兄弟の動きを見て、彼は即座にその目的を見破った。しかし、そのコンビネーションに戦慄を覚える。ただでさえ厄介な同時攻撃に飛び道具まで加わるのだ。自分をもってしても破るのは至難の業だと流れる冷や汗を拭った。


 たった一人で攻めこんできたあの若者は、確実に負けるだろう。


 彼はそう確信した。



 しかし……




 ゴォ!




 ……勝敗は、予想とは違った。


 少年が剣を抜き、一振りしたその瞬間、場に巨大な竜巻が生まれたのだ。



 それがナイゼン兄弟はおろか、ガラント一家までを飲みこみ、ガラン宿場の門まで破壊する。



 それは、一瞬の出来事だった。


 たった一振りの攻撃で、その戦闘は終わった。いや、戦闘などという言葉を使うに値しない。戦いですらなかった……


 丘から見下ろす彼の瞳が揺れる。



 体がぶるぶると震えるが、それは恐怖ではなく歓喜であった。



「みつ、けた……」



 懐をあさり、彼はそれを取り出す。


 それは、刀に装着する、いわゆるツバと呼ばれるものだった。



 彼はそれをぎゅっと握り締め、走り去る少年の姿をじっと見据える。



「ついに、サムライを見つけたぞ!」



 彼は場から走り去るその背中をじっと見ながら、歓喜の声とともに唇を大きく吊り上げた。




──ツカサ──




 俺とリオは小さな街道道を歩いていた。


 この前宿場同士の喧嘩に巻きこまれて大街道から別の街道に入ったが、その街道から大街道の方へ戻りながら西を目指し進んでいるのだ。


 最初はこのままこの小さな街道をこっそり進んで行こうと思ったけど、噂で聞いたところ、あのヨークスの人達は無事喧嘩に勝ったらしいので、こそこそと逃げずに大きな街道を歩けると思ったからだ。というかなんだよ。俺がいなくても勝てるんだからサムライに頼るなよ。ビビッて逃げてちょっと存した気分じゃないか。



 ま、それはいいとして。



 勝ったと聞いたので、俺もほっとひと安心して街道を堂々と歩けるわけだ。


 今日の空は快晴。のどかでうららかな陽気とのんびりと歩いて移動するにはちょうどいい天気だった。

 こういう日ほどいいことがあればいいんだけど、経験上あんまりそういう覚えはない。いや、曇りの日も雨の日も雪の日もよくないことはよく起こるけどさ!



「待たれい。あいや待たれい!」



 背中に、そんな言葉がぶつかってきた。


 本当にこんな言葉を言っているのだろうかと思うほど古風な言い回しの言葉だった。


 一瞬視線をオーマに落としたけど、俺の視線に気づいてなにか反応を返す様子はない。どうやらオーマもリオも俺と同じく少し面食らっているようだ。ここから、後ろから聞こえる言葉が変な誤訳をされ俺の耳に届いているというわけでもないらしい。

 この世界に生きる二人もびっくりするほどの言葉遣いのようだ。


 嫌な予感がするので、ひとまず無視することにした。



「待って。待ってくだされサムライ殿!」



 嫌な予感、当たる。


 どたどたと追ってくるそれは、明確な固有名詞を口にした。リオの視線が俺を見る。見ないで!


 いやいや。ひょっとすると他にサムライと呼ばれる人がいるかもしれないじゃないか。ほら、俺達のはるか先を同じ方向に歩いてゆく小さな人影。この人はアレに声をかけているんだよ。そうに違いない! きっとそうだ!



 だからちらちらと俺を見るんじゃないリオ!



 俺は歩く足を速めた。


 リオもそれについて俺の隣を歩く。



「お、ま、ち、く、だ、さ。れー!」



 すると一言ずつ力をこめ、後ろから追ってきた人はその速度を加速させ、ものすごい勢いで俺達の前に躍り出た。

 俺達は思わず足をとめてしまった。



 それは、その人が両手を大きく開いて俺達の前に立ちふさがったからだけではない。



 目の前に現れた男の姿が異様だったからだ。


 それは、金髪碧眼のリーゼントのをした二十代半ばの男だった。



 顔はとっても整っており、きりりとした眉毛に切れ長の目。そしてとても印象的な下まつげをした筋肉質な青年。

 身長は百八十を超えたくらいで、肩幅はがっしりとしていて、胸板も厚いとっても健康的な剣士だった。


 これだけを言えば、ものすごい好青年のように思えるだろう。


 しかし、その格好は羽織に袴。しかも羽織の下の上半身は裸でお腹にサラシを巻いているだけという格好なのだ。


 しかもリーゼントの頭には刀のツバを加工して眼帯にしたと思われるモノがついていた。目にではなく、おでこに……


 それは頭を防御するためのハチガネと間違えてつけているのだろうか? それとも刀のツバをおでこに張るのがこの世界のサムライの装備なのだろうか? 聞きたいが、聞きたくない。願わくば前者であることを。


 腰にささっている剣も、刀ではなくロングソードで、なんというか、サムライのコスプレをしようとして失敗してしまった外国人。というような格好だった。



「……」

 いろんな意味でスゴい格好をしたサムライもどきを見て、俺は思わず身を固めてしまった。目が点。というより、真顔でそれを凝視するしかできないレベルの思考停止である。



「なに、あれ?」

 俺の隣にいるリオも愕然としてそんな言葉しか漏らせない。



『お、おれっちも、知らねー種類のサムライだな……』


 オーマも愕然としていた。よかった。これがこの世界の正しいサムライの姿だ。と太鼓判を押されなくて。俺は心の中でほっとする。



 やっぱりあのデコ眼帯は正しいサムライの姿ではないようだ。よかった……



 心の中は妙に冷静だが、動くことはできない。なにかに睨まれた両生類のようになってしまった気分である。


 そのサムライもどきは、俺達の前に立つと、両手を大きく広げ、まるで全屈するように両手ごと体をさげた。



「なにとぞ、なにとぞ拙者の話を聞いてくだされ!」

「……」

 これは、あれかな。土下座かな? 土下座のつもりなのかな?


 それともこういう頭の下げ方なのかな?


「なにとぞ、なにとぞー!」

 サムライもどきの青年はぺこぺこと何度も大げさに頭を下げる。



 つんつん。


 俺がうつろな目をしていると、リオが俺の手を肘でついてきた。ちらりとそっちに視線を向けると、どうすんの? というような、まるで助けを求めるような視線を向けられてしまった。



 どうすんの。と言われてもなぁ……



「と、とりあえず、なんです?」

 ひとまず、話をと言っているので聞いてあげることにしよう。場合によっては走って逃げるけど、この距離ではマズイ。だから、時間を稼ぎつつちょっとずつ距離をとるんだ。


「ああっ、サムライ殿!」


「な、なんすか?」

 じりっと一歩下がろうとしたら、首だけをぐりっと俺の方に向けて大声を上げてきた。俺は思わずびくっとしてしまったよ。


「拙者に対して敬語など要りませぬ! どうかいつものお言葉でどうぞお願いします!」


「は、はい。わかりま……わかった。それで、用は?」



「はっ! なにとぞ、なにとぞ拙者をサムライ殿の弟子に加えてください!」

 サムライもどきの金髪さんは、もう一度俺に深々と頭を下げた。



「ええーっ!?」

『なんだってー!?』


 リオとオーマが驚きの声を上げた。



「悪いんだけど、俺弟子とかとっていないから」

 俺は即答した。



 本物のサムライでもない俺に弟子入りなんて馬鹿なことを言っちゃいけない。はなからありえない話なので、俺はその否定がするっと口から出た。



「な、なんとっ……!」

「そ、そうだぜ! ツカサに弟子入りなんて百年早いってもんだ!」


 俺とリオの言葉に、全屈していたサムライもどきの人はがっくりと肩を落とし、手を地面につけてしまった。この人、筋肉質だけどやわらけぇ。



『いや、相棒の弟子になりたいたぁ、なかなかお目が高いやつだな。それに、そのデコに張ったツバ。そいつは本物の刀についていたヤツだぜ』


「わ、わかるのですか! さすがサムライ殿の相棒! それこそがサムライの証と呼ばれる存在だけあります!」


『うへへ、そうか? おれっちやっぱ相棒の最高の相棒か?』


「その通りです!」



「こいつちょろすぎだろ」

 褒められて喜んだオーマにリオが呆れている。


 俺はため息をつくしかできない。



「これはですね。十年前、私がヤツ等の侵攻により殺されかけたところでサムライ殿に助けられ、その時いただいた一品なのです! あの頃より私は、いや拙者はサムライに憧れ、修行を続けてきたのです!」

 おでこのツバに触れながら、頭をさげる青年はどこか懐かしそうに語った。


 ああ。この人にとってそのサムライはヒーローなのだということがよく伝わってきた。



『ほほう。だからサムライにあこがれたってのか。そりゃ当然だな。うんうん』


 俺も、オーマの言葉にうなずく。



 でも、それを聞いたら余計に弟子になんてするわけにはいかなくなった。



「どれだけオーマや俺を褒めても、俺は弟子をとれるような上等な存在じゃないよ。だから、弟子なんて駄目だ」



「そ、そんなぁ……」

 サムライもどきの人はへなへなとへたりこんでしまった。やっと土下座っぽい姿になる。


 そもそもこの人はサムライとして弟子になりたいと言っているのだろうけど、俺はそもそもサムライじゃないし、剣術だってやったことなんてない。そんな俺が教えられることなんて欠片もないんだからどうしようもない。



 下手に期待させてもしかたがないので、俺はこうしてきっぱりとお断りした。



『かー。でも相棒がそういうんだからしかたねぇな。相棒はまだ若い。確かに弟子を取るのは早いって主張もわかるぜ』



「そんなっ! 例え若くとも、あの一撃は私の、いや拙者の目に焼きついておりまする! あの一撃、感服いたしました!」



 へたりこんでいたサムライもどきさんが俺にすがりついてきた。わしゃわしゃと言うような音がする格好でやってくるその姿はサムライというより虫のように見えた。もしくは、大型犬か。


 足元にまとわりつかれながら俺は首をひねってしまった。人の目に焼きつくようなことはやった覚えなんてないんだけど。


 心当たりを探して記憶の棚を探るけど、まったく心当たりはない。


 これはしかたがない。聞かぬは一生の恥とも言うし、下手に悩むより聞いた方が早いだろう。



「え、えーっと、悪いんだけど、どの一撃?」



「な、なんとっ……!」

 なんかスゴイショックを受けた。背後に雷が落ちたかのような驚きようだった。


 手を放し体をのけぞらせ、ぷるぷると肩を震わせている。


「わ……」

「わ?」



「わかりました先生! 私はまだ弟子に足りえないということですね! ならば、ならばせめて先生と同行させてください! ともに歩み、先生の業を見て学ばせてください!」



 すでに膝を突いた状態で頭を下げてきた。この状態は、もう立派な土下座である。


 ここまでくると、さすがに哀れになってきた。



「んー。わかった。いいよ」


「ツカサー!?」


「よいのですねー!」


 わりとあっさりと答えた俺にリオがガビーン驚いて、サムライもどきのニーさんは飛び上がって喜んだ。



「ただし、俺からはなにも学べない。そう感じたらすぐにどこかへ行ってもいいから」

「なっ!?」


 なんかすっごい驚かれた。



 一緒にいればすぐ俺は素人だって気づかれて無駄な時間はとらせないと思ったんだけど、なんでそんなに驚くの?


 俺が首をひねっていると、くいと引っ張られてリオが耳打ちしてきた。



「い、いいのかよ?」


「いいんじゃないかな? 格好はこうだけど、悪い人じゃなさそうだし」


「そりゃ、悪いヤツじゃないかもしれないけど、いろいろアレだろ、これ……」

 ちらりと、飛び跳ねて喜ぶコスプレサムライへ視線を送る。


 まあまあリオ。言いたいことはわかるけど、俺から学ぶべきものはなにもないとわかればすぐに去っていくだろうし、こんな強そうな人が一緒に旅をしてくれるんだから色々心強いじゃないか。



『けけっ。相棒が独り占めできなくなる嫉妬か嬢ちゃん?』



「じょ、嬢ちゃん言うな。そんなんじゃねえ。信用ならねえって言ってんだ!」


『相棒が信用するって言ってんのにか?』


「んぐっ……! そ、そんなこと言ってんじゃねえよ! ちげーよ!」


『けけけっ』


 完全にオーマにあしらわれているなあ。



「でも、ありがとな。心配してくれて」


「そ、そんなんじゃねえ! おいらは単純にツカサと二人でってなに言わすー!」


『言ったのお前じゃねーかー!』

 すぱーんとオーマの柄頭がはたかれた。


 いいノリツッコミだ。


 俺はくすくすと笑って親指を立てた。


「い、今のはわすれろ!」


 ぺしぺしと俺の後頭部も叩かれた。俺の上着の裾をひっぱって後ろから背伸びをしてぺしぺしするさまはなかなかかわいいもんだ。どこか、妹を思い出す。

 リオとわいわいしていると、いつの間にか喜び終えたコスプレサムライさんが身を正していた。


 俺とリオがそっちを向くと、両手を後ろに組んでぴんと背を伸ばし、頭を下げる。



「拙者の名はマックス! マックス・マック・マクスウェルと申します! コントゴモヨロシクでごさるますよ!」


 なんか使い慣れない武士語を無理に使おうとしてへんな語尾になってる。


 雰囲気からだけど、この人イイとこの坊ちゃん見たいな雰囲気があるなぁ。



「マ、マクスウェル!?」


 リオがまた驚いた。



 君今日驚いてばっかりだね。



「まくすうぇる?」

「マクスウェルって言ったらあれだよ。この国の大貴族の一つだよ! なんでそんなとこの坊ちゃんがこんなところにいるんだよ!」



「ふっ。わた……拙者はサムライとなるため、家を捨ててきたのだ! であるから、マクスウェル家と拙者はもう無関係なのでござるある!」



「へー」

 胸をばばんとはったサムライもどき。もといマックスが堂々と言い放った。


 家を捨てたというか、家に捨てられてなきゃいいけど……



「まあ。弟子の件はともかくとして、しばらくはよろしく。えーっと?」


「マックス。マックスとお呼びください! 先生!」


「先生はやめて欲しいなぁ。マックス」


「では、師匠!」


「それもやめてほしいなあ」

 この人、ぐいぐいくる。俺の手をつかんで顔を近づけてくる。やめて欲しい。


「ならはどう呼べばよいのです!」


「ツカサ。でいいかな」


「わかり申したツカサ殿!」


 どの、か。まあいいか。



 俺はそれでいいとうなずき、マックスと固くない握手をかわした。向こうは全力で握ってきたけど。ぶんぶんと体も振り回され、いたい。


 こうして、俺の三人目の仲間。マックスが旅の仲間に加わり、俺達は西を目指して再び歩き出した。




──マックス──




 わた……拙者の名はマックス・マック・マクスウェル。


 この国の北方大半を領地とするマクスウェル家の次男であり、十年前のかの日までは天才剣士などどおだてられ、天狗になっていたこともある男だ。


 だが、十年前のダークシップ襲来により、その天狗になった鼻っ柱は簡単にへし折られることになった。


 襲来した『闇人』を退治してくれようと意気揚々と出陣したまではよかったが、惨敗をきっし、命もここまでかと絶望を覚悟するにいたった。



 その際、颯爽と光の柱を生み出し現れたサムライに命を助けられ、私の命は助かった。



 一振りで竜巻を生み、地を割り、いかずちを落とす。無敵であった『闇人』をばったばったとなぎ払うその姿はまさにサムライであり。私はその戦う背中にあこがれた!


 怪我をして動けぬ私を安全な場所に送り届けてくれたサムライへ、私は弟子になりたいと願ったが、かのサムライは優しく首を横に振った。



「ただし、戻ってきたら考えなくもない」


 そう言い、私に刀のツバを残し去っていった。



 あれほど強いのだ。間違いなくサムライは戻ると信じ、私は傷を癒していた。



 そして、『闇人』との決戦が起こり、サムライ達の『カミカゼ』によりダークシップは墜落。この国に平和が戻った。

 しかし、私にこのツバを渡したサムライは帰ってこなかった。



 伝説と謳われたサムライは歴史の表舞台から再び姿を消し、十年の月日が流れた。



 私はサムライに憧れ、必死に見よう見まねで訓練を重ねた。


 十分に強くなったと自負をもったころ、十年の月日を経てサムライ殿は再来した!

 光の柱が生まれ、数多くの悪党どもを退治し西にある墜落したダークシップへ向うサムライ殿。それはまさに十年前の再来であり、その情報を聞いた時、私の胸は高鳴った。



 しかし、がっかりする準備もあった。



 サムライの偽者はこの十年数多く出ている。


 拙者もそうだが、サムライの格好をしてその名をかたる者は大勢いたからだ。


 それらはすべてまがいものだった。


 サムライの証とはわりと簡単に立てられる。



 ある二つの条件を満たせば本物と言われているからだ。



 それは、喋る刀とその実力だ。


 そのどちらも備えていなければ、サムライであるとは言えない。



 喋る刀。インテリジェンスソードを持つものはまれにいたが、肝心のサムライの実力を持ったものは一人としていなかった。



 決戦の終わった十年前はそういう偽者も多かったが、徐々に名乗るものは少なくなり、今に至っている。


 そのような理由から、噂のサムライも、その偽者なのではないかという疑問が私の胸を襲う。



 しかし、その疑惑を一蹴する光景を私は目の当たりにする。



 ガラント一家とツインアックス、ナイゼン兄弟との戦い。

 私はあの一戦を丘の上から目撃したのだ。


 ナイゼン兄弟のツインアックス。


 噂には聞いていたが、あの兄弟のツインアックス同時攻撃は私といえどもたやすく敗れる一撃ではないとすぐわかった。


 対したあのサムライ殿は、いかにも素人然とした普通の少年のように見えた。



 やはり偽者か。私はその時がくりとしたのを覚えている。



 それが、大きな勘違いだとすぐに思い知らされることになるが。



 サムライ殿が刀を一振りした直後、その場に巨大な竜巻が巻き起こった。



 竜巻に巻きこまれ、吹き飛んでゆくナイゼン兄弟とガラント一家。

 ツインアックスの同時攻撃をああもたやすくほふり、挙句一家を一瞬にして破って見せた。


 あんな破り方、サムライにしかできない。



 たった一振りで生まれた巨大な竜巻。



 あれこそまさに、私の知るサムライの一撃であった。



 あれから十年修行してもまったく会得できなかった一撃を、十年前の私と同じ年頃のサムライは完全に会得している。

 あれだけで、彼と私の差がどれほどあるのかありありとわかった。


 嫉妬をするような気はまったくおこらなかった。むしろ、あの少年に尊敬の念さえ生まれた。あれこそが、サムライ。彼こそが、本物!


 ゆえに私は、彼に弟子入りすることを誓ったのである!



 拙者は即座に走り出し、サムライ殿。いや、先生の後を追った。


 なんとかして追いつき、サムライ最上級の礼と聞いた『ドゲザ』を敢行する。



 必死に頭をさげたのだが……



「俺は弟子をとれるような上等な存在じゃないよ。だから、弟子なんて駄目だ」



 申し訳なさそうに言われてしまった。


 確かに、先生は私がサムライに憧れた時の年齢とほとんど変わらない若さだ。



 しかし、その強さは十年前に見たサムライに匹敵する。



 ぜひとも、ぜひともと食い下がろうとしたが、その中で私は自分の勘違いをさらに知ることとなった。


 おべっかのため褒めた先日の一撃。

 あの竜巻を放った鋭き一閃。


「そんなっ! 例え若くとも、あの一撃は私の、いや拙者の目に焼きついておりまする! あの一撃、感服いたしました!」


 この言葉に返ってきた言葉に、私は衝撃を受ける。



「え、えーっと、悪いんだけど、どの一撃?」



 とても申し訳ないように言われてしまった。


 拙者のうけた衝撃は、とても言葉では言い表せない。地面が崩壊してその底へ落下していくような、天空からいかずちで身をうたれたような。もうとんでもない衝撃であった。



 拙者がアレほどすごいと感じたあの一撃は、師匠にとって記憶にとどめておくまでもないレベルの一撃だったのだ!



 今日何歩歩いてきたのか。空を何度見上げたのか。普通はそんなもの意識して覚えていない。先生の顔は、そんな顔をしていた。



 あの人にとって、歴史にも残ろうあの一撃は、そんなレベルの一撃だったのである!



 これはとんでもないことだ。私は自分のレベルの足りなさを大きく実感した。


 これでは弟子と認めてもらえないのも当然である。


 あの一撃をあれほどありがたっているなんて、先生から見ればお菓子をもらった子供のようにしか見えないことだろう……!



 私は恥じた。だが、恥を忍んで同行を申し出た。



 足手まといでしかないかもしれないが、先生について行き、今度こそサムライがなんたるかを、その技を見て学びたいと感じたのだ。


 同行は、許可してもらえた。これは前回ではかなわなかったことだ。怪我を除いても、少なくとも私は十年前よりは確実に強くなってはいるという証である! 少しだけ、自信が戻ってきた。



 同行さえできれば、先生をよく観察し、サムライの業を学ぶことができる。そうすればきっと、いつか弟子にしてもらえる可能性も生まれるだろう!



 しかし……



「ただし、俺からはなにも学べない。そう感じたらすぐにどこかへ行ってもいいから」

「なっ!?」



 ……先生は、とても厳しいお方であった。



 それはつまり、技を見るだけでは私には学べないと言いたいのですか!?


 サムライの道とはそんなにも厳しいものなのかと心が折れかけたが、これで折れてしまってはそれで終わりだ。なんとか心を保ち、私は大きくうなずく。


 なんと、なんと厳しいお方だ。ですがそうはいきませんよ。私はあなたの技を見て学び、立派なサムライとなるのですから!


 私が先生のもとを離れる時は、サムライを諦めたときだろう。


 十年憧れ、やっと見えた光なのだから、そんなことは決してありえないが!



 私は新しく見えたサムライの道に期待を膨らませ、ツカサ殿の旅についてゆく!



 立派なサムライとなるために!




──ツカサ──




 新たな仲間。マックスという頼りになりそうな剣士を加え、俺達は道を進む。


 マックスはなにやら嬉しそうに俺の聞いたこともない歌をノリノリで歌いながら先頭を歩いている。


 俺とリオはその後ろを歩いて進んでいた。


 ちなみにオーマはマックスの歌にあわせて歌っている。


 オーマは弟子推進派みたいだから、弟子になりたいマックスのことは気に入っているようだ。


 気分よく歌っているマックスの後ろを歩いていると、突然ぴたりとマックスの足が止まった。


 俺とリオも、それに釣られて足を止めた。



 どうしたのだろう。と前を見る。



 今俺達は、うっそうとした森の中をただひたすらに走っている街道道を歩いているのだけど、緩やかにカーブしたその道の先に、五人の男達が立っているのが目に入った。


「へっへっへ」

「ひっひっひ」

 なにやら笑いながら俺達を見ている。格好はいかにも山賊というような風体だった。


 彼等は俺達の方。というかマックスを見て一瞬驚いたけど、むしろにやにやを強くして俺達を見ていた。



 ああ、コスプレ野郎と思われたんだね。



 でも、マックスは自信満々で男達の方へと歩いてゆく。五人程度に負けるわけないって感じだ。


「そこにいられると邪魔だが、どいてはくれぬか?」

 マックスが立ちふさがる五人に少し語尾を強くしながら言う。



「そいつはできねぇなあ。ここを通りたけりゃ有り金全部わたしな。通行料ってヤツだ」



 男達はにたにたと笑いながら、武器を手のひらで叩く。


 いやはや。日本でも裏路地とか小さな人目につかない路地を歩けばよろしくない人に絡まれるなんて状況におちいることもあるけど、こっちはレベルが違うぜ。


 ナイフを取り出して脅すとかじゃない。本当に人を殺せる武器を持って脅してくるんだから。さすが腰に剣をぶらさげて旅するような世界だ。ホント嫌になる。さっさとおうちに帰りたい。


 本当に念のためマックスに同行を許可しておいてよかったぜ。


 山賊達の真ん中にいた男が一歩前に出てくいっと手を前に出した。

 きっとここに通行料を出せという意味なんだろう。


 こっちからも一歩前に出たマックスが堂々と胸を張る。



「断る。このようなところで通行料を払う言われはない。それに、やめておけ。こちらにはサムライがいる」



「さ、む、ら、い?」

 マックスの言葉に、男達はにやにやと笑った。



 マックスを見て、顔を見合わせてくすくすと笑っている。



 ああ、やっぱり異世界でもあの格好は浮いてるんだ。まあ、ファンタジー世界に和服風の人がいれば浮くか。制服の俺の方がまだマシな服装だもんな。


「今サムライが再来したって噂だからってそんな格好をすればビビルとでも思ったのか? だとすればアホのきわみってヤツだぜ」


「まったくだぜ。大体なんだその格好は。ぎゃはははは。せめて刀くらいは用意しろよ!」


「ああ。そのとおりだぜ。ぎゃはは!」


 マックスの姿を見て、その腰にあるのが単なる西洋剣であるのを目ざとく見つけた男達はぎゃははと笑った。


 でも、マックスはそんなことを言われても平然としている。



 むしろにやりと笑ったくらいだ。



「ふっ、おろかな男達だ。拙者は確かにサムライではない。だが、本物のサムライがいるのは事実! 拙者ではなく、こちらのお方がな!」


「え?」

 大きく手を振って、堂々と立っていた場所から一歩どき、俺の方へ手を大きく振った。


 全員の視線が、俺の方へと一斉に集まる。



『カカカッ。なんでぇ。わざわざそんなに自己紹介しろってか。いいだろう。最近巷を騒がす天下無双のサムライたぁここにいる相棒のことよ!』


 腰の刀。オーマが勝手に揺れ、自己紹介をしてくれた。



 なんてことをしてくれる!



「なっ、イ、インテリジェンスソード。その剣の形。まさか本当に……!?」

「ほ、本物のサムライかっ!?」

「う、うろたえるな!」


 男達は一斉に武器。剣と斧を構えた。


 マックスは俺の横に戻ったまま剣を抜く様子はない。むしろ俺を見る視線は『さあ、あなたのサムライの力を見せてください』と言わんばかりの表情だ。


 同じように俺の隣にいるリオも、俺の方を見て小さくため息をついている。むしろ五人に哀れみの視線を向けているレベルだ。


 圧倒的に余裕そうな俺達の姿に、目の前の五人は一瞬ひるんだようだ。



 でも、それでも逃げ出そうとはしない。



 なんてこった。サムライの威光ってヤツがまったく通じていない。


 こうなったら、しかたがない!



 俺は覚悟を決めた。



「わかった。逃げるよ!」



 だっと二人の手をとって駆け出した。


「ちょっ!?」

「わ、わかったよツカサ!」


 リオは俺の言葉に同意してくれて、マックスは驚いているようだ。


 強引に引っ張ったからマックスはバランスを崩し、倒れないため足を動かし続けなければいかず、俺について走るしかできなくなった。


 リオは俺のあとに続き走り出す。



 このままマックスに愛想をつかされるかもしれないけど、その時はその時だ。むしろこんなことされるくらいなら一緒じゃなくていい。



「ちっ、畜生! ばれていたか!」

「なんてこった!」


 駆け出した俺達の背中にそんな声が響いてきた。どういうことかはわからないが、このまま俺は逃げさせてもらうぜ。いざとなったらマックスを置いていくし!


 ばははーい。




──マックス──




「わかった。逃げるよ!」


 山賊どもが武器を抜いた瞬間、先生は私の手を引き走り出した。



 なぜ!? と私が思うのもつかの間。私は手を引っ張られバランスを崩され、先生の後を追って走らねばならなくなってしまった。


 なぜこの程度の男達から逃げるのかと混乱していると、驚くことが起きる。



「ちっ、畜生! ばれていたか!」

「なんてこった!」

「おい、失敗だ!」


 男達のあわてた声とともに左右の茂みがゆれ、そこから合計五人の山賊どもが姿を現したのだ。



 ヤツ等は息を殺し、気配を殺してあの場に隠れていた。その気配の殺し方は見事であり、その(わざ)からヤツ等は狩人から山賊に転向したものなのだと私は気づいた。


 狩人は獲物を刈るため自然と一体化するほど気配を消せるようになるものがいると聞くからな。



 そうか、ヤツ等がサムライである先生を見て余裕だったのも、これが理由だったのか……!



 あのままあの場で戦っていれば、間違いなく茂みから姿を現した彼等に奇襲を受けていただろう。


 不意打ちの上挟み撃ちというのは、いくらサムライといえどもすべてに対処できるかわからない。少なくとも私ならばあの人数に気づけていなければ厳しい。


 先生ならあの五人程度に負けないと考えていた私は間違いなく油断し、戦いを見逃さぬよう先生の動きに集中していたのは間違いない。



 そうなっていたならば一大事だっただろう。



 先生だけがこの場にいるというのならば問題はなかっただろう。サムライである先生一人ならば、あの場で戦っても楽勝なのは間違いない。だが、気づかず不意を打たれた我々はどうなる? 人質にされ先生の足を引っ張った可能性も、殺されていた可能性も十分にありえた。


 だから先生は、奇襲の挟み撃ちを避けるために戦いの場を移そうとしたのだ!



 逃げるとわざわざ言ったのも、伏兵に気づいていると悟らせないための一言。



 むしろあの一言で、自信満々に言った私との行動の齟齬によって山賊どもは面食らい、反応が一瞬遅れたと言っても過言ではない!


 先生は自分への嘲笑など気にも留めず、まず我々の安全を考えていたのだ!



 考えれば考えるほど、先生の一挙手一投足はなんらかの思惑があったことがわかる。



 私の勝手な行動をも利用し、場から離れる最適な行動をとっていたのだから。


 やっぱり先生はスゴイ人だ。



 武力だけではなく、その思慮遠謀は私の想像もつかない場所にある。



 敵の伏兵にも気づかず、相手を挑発していい気になっていた私はなんと愚かなことか。先生の力をヤツ等に見せびらかしてやろうなんて思っていた少し前の自分を殴ってやりたい。先生の力量も洞察力も、ヤツ等の小手先の計略も見破れないなんて、サムライに出会えて浮かれて油断していたとしか言いようがない!


 なんという失態だ。このまま先生のお手を煩わせるなんて、もう完全に弟子失格である!



 私は即座に決断した。



 先生に引かれた手を振り払い、足を止める。


 そして剣を引き抜きながら、追い迫る山賊達に向って振り返った。



 せめて、ヤツ等程度は私が倒してくれる!



 このようなことをしても私の愚かな行動は消えない。

 だが、それでも、ほんの少しでも汚名を返上するために考えられるのはこれしかなかった!



「我こそは天下に再来した無双のサムライの一番弟子マックスである! これ以上進むというのならば、拙者が相手になろうぞ!」



 そう高らかに宣言し、拙者は山賊どもを相手にするため立ちふさがった。


 先ほどの山賊どもとは逆の構図だ。



「はっ、偽者のサムライがこの人数に勝てるかよ!」

「まずはこいつからやっちまえー!」

 二人が同時に拙者へと斬りかかってきた。


 ふん。所詮は奇襲を考えねば勝てぬと思う無頼者。この程度の腕で拙者に勝とうなど百年早い!



 拙者は剣をふるい、飛び掛ってきた一人を吹き飛ばし、もう一人を体を回転させその腹にまわし蹴りをたたきつけた。


 叩きつけられた山賊はもう一人道を走る男にぶつかり、その男をまきこみながら地面を転がった。



「不意打ちも挟み撃ちも見破られた今、その程度の腕で先生と戦おうなど、百万年早いわー!」


 拙者は吼えた。


 拙者の気迫に押され、走りかかろうとしていたヤツ等は足を止める。



「ぬおおおおー!」


 そのままヤツ等に向かい、拙者は飛び掛っていった。




──ツカサ──




 いつの間にか、マックスと山賊達の戦いがはじまっていた。


 正直言わせてもらえば、戦う気があるのなら最初から戦って欲しかった。というのが本音である。


 そうすれば無駄に逃げるなんて無様なまねをしなくてすんだというのに……



 しかも、マックス、なんて強さだ。



 目の前ではじまったマックス対山賊の戦いを見て、俺は思わず感嘆の息を吐いた。


 なんてすごいんだ。マックスは本当に強かった。



 たった一人だというのに、迫る十人の山賊達を次から次へとばったばったとなぎ倒してゆく。



 道幅があまり広くなく、数の有利がうまく働かない場所。というのを差し引いたとしても、マックスは圧倒的だった。たった一人で十人もいる山賊をものともしない。まるで時代劇で雑魚をばったばったと切り倒すヒーローを見ているかのようだ。


 こんなに強いんだから、俺に弟子入りなんてする必要は欠片もないように感じられる。


 でも、このマックスがサムライに弟子入りしたいってことは、本物のサムライってのは本当にスゴイんだな。と彼の闘いの姿を通じて俺は思った。




『(さすがの相棒もため息をついてらぁ。そりゃあ、あの待ち伏せに気づけず、相棒が場を動かしてやっと状況を悟って点数稼ぎのために戦いはじめたんだからため息も出るか。独学でサムライを目指していたにしちゃあ確かに強ええが、まだまだだなあの坊ちゃん……)』


 やれやれと、オーマはそんなことを思った。


 ちなみにだが、オーマは周囲に人の反応があることをナビ機能によって把握していたが、ツカサならば気づいているに違いないと思いあえて言わなかった。当然気づいてマックスとリオの二人の安全を考慮して逃げたと思っている。




 戦いはあっという間だった。

 相手は十人もいたというのに、マックスはそれを全員叩きのめしてしまった。


 倒れた山賊達の中心にマックスが立ち、剣をしまい、こちらにむかって歩いてきた。


 全員ぴくぴくと痙攣しているので、どうやら生きてはいるようだ。



 こういう場合、一体どう声をかけてあげればいいのだろう。ご苦労様? お疲れ様? ありがとう? そもそもお疲れ様が目上の人に使う言葉だっけ? いや、ご苦労様が上から目線で『偉いぞ、よくがんばったな』とかいうニュアンスがあったはずだ。ならば……あれ? この場合俺が師匠側だからご苦労様でいいのか? いかん。わけがわからなくなってきた。


 ねぎらいの言葉を言えばいいのか礼を言えばいいのかはたまた別の言葉をかけるべきかで頭を悩ませていると、なぜか向こうがすごい勢いで頭をさげてきた。



「申し訳ありませんでした!」



 すごい勢いで謝られた。意味がわからない。


 意味がわからないからどう声をかけていいかもわからない。


 でも、頭を下げたマックスは明らかに俺に声をかけられるのを待っている。



「……」


 どうしよう。


 なにを言えばいいのかわからず頭を悩ませていたら、マックスのデコに張り付いている刀のツバが見えた。



 ぴんときた!



 これでなんとなく誤魔化そう!


 俺はすっとそこに手を伸ばした。




──マックス──




 拙者は山賊どもを成敗してすぐ、先生に頭を下げた。


 先生は剣の腕だけでなく、それ周囲への観察力、注意力も私以上であり、並でないこともわかった。



 そんな先生を試すかのように力が見たいだなんて、なんて愚かだったのだろうか!



 もう拙者はこのまま破門されてしまってもよいくらいだ。


 まだ入門も許されていないが……



 このまま足手まといだからついてくるなと言われるのも覚悟している。


 私は敵の奇襲に気づけなかったというどうしようもない無能を晒してしまったのだから。



 しかし先生は……



 すっ。



 頭を下げた拙者の頭を両手で優しく挟むようにして触れ、私の顔をあげさせる。


 じっと、私の目を見つめた。


 まっすぐな瞳に目をそらしたくなるが、ここで先生の目をそらせばそれこそ顔向けができなくなると感じ、なんとか踏みとどまった。


 先生はそんな私をにこりと微笑み、私の額につけた刀のツバに手を伸ばし、それを私の左目に移動させた。


「??」


 私は一体なにをしているのかと疑問符をあげることしかできない。



 わけがわからないという顔をしている私に、微笑んだままの先生が口を開いた。



「これが、正しい位置だ。ただし、見づらかったらはずしなさい」



 そう言い、先生は私の顔から手を放した。


 そのまますたすたと当初進んでいた方向へと歩き出す。



 私はこの瞬間、感涙にむせび泣いてしまった。



 これの正しい装着法を教えてくれた。それはすなわち、指導にも等しい!

 先生は、私を見捨てたわけではなかった。できの悪い生徒としてでも気にかけてくれたのだ!


 最低でも、このまま同行することは許してくれたということだろう!


 しかもこれをこうして装着するということは、片目を閉じているということに等しい。それはつまり、片目を閉じていたとしても今と同じ動きができるようになれ。相手の気配をしっかりと感じ取り、今回のような事態には陥るなというメッセージであると拙者は悟った!


 それが実現でき、目で見ずとも敵を感じ取ることができるようになれば拙者はもっと強くなれるということですね! わかりました!



 不詳マックス。あなたの出したこの修業を立派に乗り越えて見せましょう!



 私はさらに強くなることを誓い、先生のあとを追うのだった。


 むしろ、先生から学ぶことは無数にあります!




──ツカサ──




 ふいー。なんとか機嫌が直ったらしい。


 これで一安心だ。



 しっかし、十人相手に無双しちゃうんだから心強いな。これで安心して旅ができるってもんだよ!


 まるで犬のようについてきたマックスを見て、俺は旅の安全が確保されたことによりほっとした。



『やっぱ相棒は優しいな』



 オーマがどこか呆れたように言ってきた。

 優しい? 一体なぜ……ああ、おでこのツバの間違いか。


「そんなことはないさ。あのままじゃかわいそうだろう?」


 異世界だからそんな格好の間違いなんて誰も気づかないかもしれないけど、やっぱりちゃんとした場所につけていた方がいいと思うし。

 そしたらなぜかため息をつかれちまったい。


 なしてや。



「ツカサ殿! ツカサ殿ー!」



 ぱたぱたと、本当に尻尾を振っているかのようにマックスが俺の周りをうろちょろしはじめた。

 さすがにこうまでされるとうっとうしい。


 くるくる回るのを捕まえて前を歩くよう押し出した。



(やはり、死角からでは動きがとらえられない! この見えない視界からの攻撃を感じ取れということですね!)



「はいっ!」


 そしたらマックスはすっごく嬉しそうに前を歩き、歌を歌いはじめた。


 せっかくだから、俺もその歌歌わせてもらおうかな。

 もう街道を歩いている間ずっと歌っているので、サビくらいは覚えた。なので俺もそこにあわせて歌ってみる。



 そしたらマックス張り切っちゃって余計に声を張り上げちゃったよ。さすがにボリュームでかいよ。



 まあ、これなら熊とかはよってこないだろうからいいかな。



「……」


 そして、俺達の後ろでリオがぷくーっと頬を膨らませて不機嫌になっていたことに、その時の俺は気づかなかったんだ。




 おしまい

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