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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
79/88

第79話 サムライを殺した男


──ツカサ──




 あいも変わらず、俺達は特使として皇帝に手紙を届けるべく、帝都を目指し荒野の街道を進んでいる。



「追い詰めたぞ!」

「ここで会ったが十年目。ここで、貴様をっ!」



「なんだ?」


 歩く先でざわざわとなにやら物騒な声が聞こえてきた。

 街道から外れた場所で、ターバンにマントをつけた男が三人の男に囲まれているのが見えた。


 男達は腰にさしたナイフや湾刀を引き抜き、殺気立って男を睨んでいる。


 砂漠の国で腰にナイフをつけている人は珍しくないけど、刃の長い湾刀を持っている人は珍しい。

 湾刀は刀と同じく反った刃を持つ剣だ。


 この国では、いわゆる戦士が持つ武器であり、一般の人や商人なんかは持っていない。


 それは明らかに身を守るためではなく、その人を殺すために持ち出したと言える代物だった。



 囲まれているターバンとマントをしている人もそれらしきものを腰にさげているように見えるが、それを抜くそぶりは見せていないようだった。


「なんだ? 強盗か? 盗賊か? それとも山賊か?」


 リオの疑問ももっともだ。


 街から一歩外に出れば、山賊、盗賊が出るのは王国でも帝国でも同じ。


 もしそうで囲まれているというのなら、助けに行かなきゃならないだろう。

 マックスが!



「……あの男、かなりの腕前にございますな」


「なら、おいら達が助けに入るまでもないってことか?」


『いや、囲まれたあの状態で武器にも手にかけてねぇってのは解せねえ。いくら強くとも、相棒じゃねえんだから、本気で斬りかかられたら死ぬぞ』

「確かにその通りにございますな。相手もそれなりの手だれ。あの男、殺されるつもりにござるか?」


 達人の会話である。

 俺なんてこの状態を見てもさっぱりわからんてのに。


 盗賊や山賊の類であるなら、割って入った方がいいだろう。


「っ! 待ってくれ、旅の者よ!」


 俺達が判断をくだす前に、俺達に気づいた囲む男達が声をあげた。



「手出しは無用に願いたい! この男は賞金首。ある街で十五人もの罪なき人々を殺めた極悪人だ!」


「なんだと!? 本当にござるか!?」



「……否定はせん」


 ターバンの男に確認の声を送ると、男は否定しなかった。



 否定しないということは認めたも同然ということ。

 となると、悪いのはあの人で、こっちの三人は賞金稼ぎということになる。


 ならばむしろ、俺達はターバンの人を捕まえるべくこの三人に手を貸すべきなのかもしれない。

 賞金首ということだから、三人を無視してあの人を捕まえて賞金独り占め! という選択肢もあるけど。



「納得してもらえたのなら、手出し無用! 我等の目的は賞金ではない! 金が欲しいのならばあとでその首を持っていけ! 我等は殺された者の仇をうちに来たのだ!」

「そうだ。だからお願いだ。十年追い続けてきたこのチャンスの邪魔をしないでくれ!」

「娘の、仇っ! 覚悟しろ、ラシード・マシード!」



 最後に叫んだ人が、ラシードって呼ばれた人に斬りかかった。


 おぉう。なんつー迫力。

 三人の背中に、鬼が見えた気がした。


 この世界、あだ討ちのルールとかどうなってるんだっけ。社会によっては認められている場合もあるからなぁ。

 まあ、こんな覚悟を見せられたら、手出しも口出しも出来るわけ……



 ギィン!!


 二人の間に、マックスが割って入った。

 男の剣をロングソードで受け止める。



「い、いや、待ってくれお三方!」

「ああ。今、ラシードって言わなかったか!? だとしたら、待ってくれ!」



 ……ない、わけじゃないみたいだ。

 マックスに続いてリオも間に入り、待ったをかける。



「待てと言われて待てるわけがあるか! 我等は事件から十年。ヤツに賞金がかけられる前からずっと追い続けてきたのだ! この恨み、晴らさでおくべきか!」


「ちょっと。ほんのちょっと確認したいことがあるんだ。その人、ひょっとしてサムライも殺してないか!?」


「ああ。そうだ。こいつと共に戦い、『闇人』から一つの郡を守り通してくれた英雄を、こいつは卑怯にもだましうちしたのだ!」


 リオの質問に俺も驚く。


 サムライを殺しただって!? それってこの世界だととんでもないことじゃないか!?

 そんな人、たった三人で相手出来るわけ!?


 それを知っているならむしろ、こっちが手助けしないとと思っても不思議はない。


 だからリオ達は慌てて確認したってわけか。


 それなら慌てるのも当然だ。

 相手はサムライも倒すかもしれないトンでもない実力者かもしれないんだから。



 ……でも、そんな賞金首の話、俺聞いたことないぞ。

 リオ達はいつ、どこで、そんなの知ったんだ?



「やっぱり。あのラシードだ」

「うむ。まさかこんなところで会えるとはな」


 マックスとリオは納得したようにうなずきあった。


 え? どゆこと?

 賞金首として知ってるだけじゃなく、君等あのラシードさんのこと知ってるの?


 ますますわからなくなってきた!



「悪いけど、事情が変わったみたいだ。本来なら応援したいところだけど、あんた等にそのラシードを殺させるわけにはいかなくなった」


 はいぃ?

 リオの言葉に俺は耳を疑う。


 耳を疑ったのは俺だけじゃない。あだ討ちと言った三人もそうだ。



「なんだと!? まさかお前達も、この男の仲間だというのか!?」


「いいや違う」

「うむ。味方でも仲間でもない。だが、これだけは言える。その男は、無差別殺人を犯した犯人ではないと!」



 な、なんだってー!?



「な、なんだってー!?」

「なんだとー!?」

「バカを言うな。こいつ以外に犯人はいない!」


 驚く俺と同じく、三人も驚きの声を上げた。

 三人の驚き度は、俺以上だ。


 だって、確信しているってレベルであのラシードって人を追ってきただろうから。



「こいつが、サムライが倒れたところにいて、その武器を奪うのは目撃されている!」

「状況から見てサムライを殺したのはこいつ以外にない。そして、こいつが街から逃げてから、無差別殺人は起きなくなったんだぞ!」

「そうだそうだ。やっていないというのなら、なぜ否定しないのだ!」


 三人が口々にリオとマックスに声を荒げる。



「言いたいことはわかる。その人とサムライが親友だったってのも知ってる。あんたらは、その友情の隙を突いて、そのラシードが殺したって思ってんだろ?」


「その通りだ。無差別殺人を追っていたあの方の追求を恐れたこいつが、発覚前にサムライを殺した。それ以外、ありえない!」


「いいや。それは違う」

「その通りにござる。ラシードが逃げたのは事情があったのだ。親友で英雄のサムライの名と名誉に傷をつけないためという理由がな」


「? それは、どういうことだ?」



「なぜなら、無差別殺人の真犯人は、サムライが命をとして封印した邪剣だからだ! サムライから奪った武器。それこそが、その事件の真犯人なのだ!」



「っ!」


 マックスの言葉に大きく反応したのは、ラシードと呼ばれたおじさんの方だった。

 今までマックス達の言葉など完全に無視していたというのに、真犯人のことが出た瞬間、思わず反応してしまったのだ。


 この、反応……


「人の体を奪い、その体を使って凶行を重ねていた邪悪なる魔剣。サムライは途中その邪剣を回収したが、そのサムライさえ体を乗っ取られ、幾度かの殺人を犯すこととなってしまった!」


 その衝撃の説明に、場にいた全員は驚きを隠せない。

 伝説のサムライの体を奪うだなんて、そんなのありえないと思っていたからだ。


 でも、名誉を傷つけないためというのも納得がいく。

 サムライの体が奪われたというのを世に知らせないため、ラシードさんが逃げたとすれば、一応のつじつまもあるからだ。


「サムライの体で幾度かの凶行を重ねたのち、現れた親友、ラシードの声でそのサムライはなんとか意識を取り戻し、みずからの命をもって邪剣を封じることに成功したのだそうだ」

「この封印でサムライは命を失い、ラシードは殺人を実行しちまったサムライの名誉を守るため、一人その街から逃げ出したんだってよ」


「な、なぜお前達がソレを知っている!」


 まるで当事者として見て聞いたかのように話す二人に、ラシードさんは声を荒げた。

 それは、二人の言っていることが真実であり、慌てて事実を否定しているようにも見えた。


 その反応から、俺も、囲んでいた三人も、ひょっとするとと思ってしまう。


 でも、なんでそんなことを君等は知っているのだに?



「おいら達は聞いたんだよ。事件の当事者の一人。その邪剣を封印したっていうサムライから、じかにね!」


「な、んだ、と!?」



「死んだヤツからどうして聞けるのかって顔だね。おいら達はね、ある事情があって生きたまま地獄へ行く機会があったのさ!」

「その通りにござる。拙者達は会ったのだ。地獄で、そのサムライとな!」



 地獄だってー!?

 そういえば、女神様を復活させるために一度地獄に行って来たって言ってたっけ。


 なら、俺がまったく知らないのも当然の話。

 なんせ俺がこっちにいない時に起こった話なんだから。


 俺の疑問は氷解した。

 でも、俺以外の人の疑問と謎はさらに増えたようだ。


 その一つが……



「バカな! あいつが地獄にいるだと!? そんなわけがあるか! あいつは、多くの街と郡を救った英雄だぞ!」


 地獄という単語を聞き、一番憤ったのはラシードさんだった。

 あいつ。というのはきっと、話題のサムライのことなんだろう。


「操られていたとしても、罪なき人を殺めたのは事実だって言ってたよ。それと一緒に、あんたのことも心配してた」

「サムライの心配は大当たりだったようだな。彼は心配していたよ。自分の名誉のためにその罪を被ってはいないかと。地獄のサムライ殿は、今、そなたにこのような逃亡生活をおくらせることを、望んでおらぬ」


「自分の名誉なんて気にせず真相を解明し、まっとうに生きて欲しいって言ってたぜ」



「う、嘘だ。そんなの、嘘だ!」



「嘘ではない。なにより彼は、そなたのその後が心配が後悔となり、地獄に縛りつけられている。他の加害者が許され、新たな旅立ちを迎える中、彼だけはまだ、地獄で苦しんでいるのだ。そなたが彼を思ってしている行動は、逆に彼を地獄に縛りつける結果となっているのだぞ!」


「な……っ!?」

 ラシードさんは黙りこんでしまった。



「いきなりのことに混乱し、信じられぬのも無理はない。だが、ここで死ぬことはまかりならんと認識してもらおう!」

「ああ。そういうことさ。つーわけだから、あんた等も一度手をひいて、そういう方向性で再調査しておくれよ」



 黙ってしまったラシードさんを尻目に、マックスとリオは、囲む三人へ視線をむけた。



「ふざっ、ふざけるなー!」

「誰がそんなたわ言信じるか!」

「そうだそうだ。俺達の憎しみを、間違いだったなんて、そんなのありえていいはずがない!」



「気持ちはわかるぜ。でも、取り返しのつかないことをしてからじゃ遅いんだ。どうしてもってんなら……」


 リオがソウラを引き抜き、黄金の鎧を身に纏った。

 マックスも、ロングソードだけでなく腰のサムライソウルを引き抜く。



「おいら達が相手になる!」



 その迫力は、憎しみの鬼と化した三人さえ、思わずひるませるほどのものだった。

 相手からすれば二人は完全に他人。しかも、言ってることはたわ言と言ってもいい。


 なのに、ラシードさんの無実を信じ、前に立った。


 その圧倒的な自信に、思わずひるんでしまったのだ。



 ちなみに俺は、事態がまだよく把握できないので、傍観しているままだ。



「ぐっ。くっ。くそっ! 覚えとけ!」

 二人の迫力に怖気づいた三人は、そのままぴゅーっと逃げていった。


 自棄になって殴りかかってきたりしないでよかったと、二人は胸をなでおろした。



「……余計なことを」


「余計なことは大いに承知。しかし、死なれては困るのだ」

「まあ、地獄に直接謝りに行って、あの人をより深い地獄に落としたいのならそうすりゃいいさ」


「そのようなことは望んでいない! なにより、俺とて信じたわけではない!」


「だろうな。だが、案ずるな。こういう時のため、彼から秘密を聞いている。おぬしを納得させられるだけの秘密をな」


「なに?」


 マックスがラシードさんに近づき、その耳元でなにかをささやいた。



「っ!」

「これを聞いたのは同じ男の拙者だけだ。これでも、彼と直接話したことを信じられぬか?」


「……その秘密を言われたのなら、信じるしかないな」



 一瞬で納得してもらえたあぁぁ!?


 いったい。いったいどんな男の秘密を聞いてきたの? そのサムライの人とラシードさんしか知らないレベルの秘密ってことなの!?


 すっごく気になる。気になるけど、教えてはもらえないだろうなぁ。



 それはさておき。



「ええとじゃあ、その地獄にいたサムライの願いをかなえるため、ひとまずこの人の冤罪を晴らすってことでいいのかな?」


「はい。寄り道になってしまいますが、よろしいですか?」

「一応、地獄で世話になったんだ」


「拙者も、少しサムライとしての心得を教えていただきましたし」


「そーなの?」

『ああ。少しだけ世話になったな』


「なら、やらないわけにはいかないね。この前は俺の事情で寄り道もしたし」


 この前ってのは、イノグランドにやってきた異邦人の所へ行った時の話だ。



「というわけだラシード殿。よろしいな?」


「ああ。あいつにそう願われたのなら、反対する理由はない」


 ラシードさんもうなずく。



「しかしまさか、会えるととは思ってもいなかった」

「心のすみにとどめておいて正解であった」



「それで、どうすんだ? さっきの奴等からして、かなり恨み買ってるから、簡単に犯人じゃないなんて言って信じてもらえねえだろ」


 そりゃそうだ。ラシードさんには秘密の暴露って奥の手があったけど、彼を犯人だと思っている人にはまったく関係のない話。

 犯人らしく振舞っちゃってるから、それが凝り固まってる。


 それを解きほぐすのはそう簡単なことじゃないだろう。



「まずはその封印されし邪剣をどこか実力のある機関で調べてもらうべきですな。それが人の体を操る邪剣とわかれば、冤罪を晴らす第一歩になるでしょう」


『そうなれば、事件に再捜査のメスが入るでしょう。あとは、正式な沙汰が降りるのを待つばかりでしょう』

『そうなったら、おれっち達の出番はねえな』



「……そして、俺の汚名はそそがれ、あいつの名声は地に落ちるというわけだ。サムライなのに、武器に体を奪われた男として」


「彼はそれにこだわってはいない。死者に名誉など必要ないからだ」

「むしろあんたに罪をかぶせていることの方が重石になってんだぜ」


「わかっている。俺は、独りよがりな考えであいつを苦しめていたのだな……」


 ふう。とラシードさんはため息をついた。



「とりあえず、その邪剣を調べてもらうのが第一歩ってこったな」

「ラシード殿。その邪剣はいずこに? その腰のものがそうか?」


 俺達の視線が、ラシードさんの腰にある湾刀に注がれた。


「いや、これはただのなまくらだ。あの時俺はあいつからその剣を預かり、二度と人の手に渡らぬよう封印に適した場所を探して旅を続けてきた。ちょうど先日、その封印に適した生きた遺跡を見つけ、その奥に封印してきたところだ」


「なんとっ!」


「その封印の場所と入り方はいまや俺しか知らない。俺がこの世から消えれば、誰の手にも渡らぬ。そう考えていた……」


「ああ、だからさっき、抵抗する気もなく突っ立ってたのか」


 そういうことか。と俺達はリオの言葉にうなずき、納得する。



「そういうことだ。それで彼等の溜飲もおり、すべては終わると思っていた。だが、そうではなかったのだな……」


「うむ。その通りにござる。むしろ、ラシード殿は生きねばならぬ!」



「じゃあ、その封印した遺跡に行って、証拠となるその邪剣を回収するのが当面の目標かな?」

「そうなるね」


「ああ。ならばそこまで案内しよう」



 当面の目標が決定した。


 俺達はその邪剣を回収するため、ラシードさんがそれを封印したという遺跡へむかう!



 しっかし、この世界でトンでもない存在代表のサムライの体を奪うとか、これまたぶっ飛んだブツがあったもんだよ。

 いったいどんな来歴があって作られたものなのか。おにーさんちょっと気になっちゃうね。




──魔法大臣 グネヴィズィール──




 十年前、世界のあらゆる場所を破壊しながら進む『闇人』の襲撃は、この帝国にまでおよんだ。

 ダークシップより出撃した『闇人』の軍勢が帝国領内に侵入し、侵入された郡に大きな被害が出た。


 その戦いの最中、三名のサムライがこの地に現れ、帝国の民を守るため戦った。


 戦いは熾烈を極め、うち二名は命を落とし、残った一名はこの地から『闇人』を撃退した後、ダークシップを目指し王国へむかった(合流出来たかはわからない)

 彼等のおかげで、帝国の被害は最小で済み、帝国内においてもサムライは英雄としてあつかわれる要因となった。


 命を落とした二人のうち、一人の死因ははっきりとしていたが、もう一人はいまいちはっきりとしていない。

 病を押して戦い、その結果命を失う結果になったとか、『闇人』との戦いが原因の傷でなくなったとさまざまな説も出ているが、どれも確かな証拠はない。


 その理由不明の死があるからだろうか。


 この帝国にはサムライを殺した男がいる。

 そう、まことしやかに語られる噂が流れるようになったのは……



 しかし、そういうサムライ関連の噂は多い。


 俺はサムライと勝負をして勝っただの、俺はサムライに認められた。サムライと友達だ。

 そう豪語し、他人に認められたいと思う者は多くいる。


 王国で口にする者に比べれば圧倒的に少ないだろうが、サムライが帝国を闊歩しはじめた今、その数も急増しているのも事実だ。


 だが、そうして豪語する者の言葉が本当だったのは一度もない。

 仮にもサムライを間近で見た私が言うのだ。間違いない。


 本物と出会っていれば、まず間違いなく自分が知りあいだなどと口には出来ない。

 自分のサムライ体験を他人に話せば、そのあまりの荒唐無稽さから、噂話ではなく頭の正常さを疑われるレベルになるからだ。


 つまり、それを口にするということは、むしろサムライを知らない者としか言いようがない。

 ゆえに、その噂も同じように出鱈目だ。



 ……そう言いたいところだったが、この噂だけは少々趣が違った。



 こういう噂は、えてして自分の手柄としてその本人が口にするものだが、この噂だけは他人がそう言っているのだ。

 その者の箔をつけるため、他人に噂を流させるという手段もあるが、これは違う。


 言われた男に名声はなく、無差別殺人犯として追われているのだから。


 サムライもその無差別殺人の被害者としてふくまれ、その男は、一部界隈でサムライを殺した男と呼ばれている。


 こんなの、誰も信じない与太話。都市伝説としか思えないだろう。



 しかし、サムライを殺したというのは気になった。

 本人がそれを口にしていないというのも珍しい。


 これだけは本物かもしれない。

 そう勘も働き、サムライを排除するなんらかのヒントが得られればとも思い、この一件を調べさせることにした。


 正直そこまで期待していたわけではない。

 対サムライ用に多くの草(間者)を放った中の一つでしかない。



 だというのに、得た結果はとんでもないものだった……



 帝国の調査力を持ってすれば、今まで曖昧に流されていた噂話もすぐに形となった。


 そのサムライを殺したと言われる男の名はラシード・マシード。

 サムライと共に『闇人』と共に戦い、一時は英雄とさえ呼ばれた男。


 現在はそのサムライをふくめた十五人を殺害した賞金首として帝国内全土に指名手配されている。

 この男が事件の街から逃げ出した直後からその事件が沈静化しているゆえ、その犯人に間違いないと目されているが、物的証拠は存在しない。


 ここまでが、一般的に知られていることだが、わらわの草を持ってすれば、真相は明らかとなった。



 そのサムライを殺したのは、その噂の元となった無差別連続殺人の容疑をかけられた男ではない。



 サムライの死は、いうなれば自死と言って差し支えのないものだった。

 命をすべて使い奇跡を起こす。かのダークカイザーさえ封じた力。この帝国を守り、死んだもう一人のサムライの死因でもあるそれ。


 そのサムライも、それを使い、ある剣を封じたのが死の原因であったことが判明したのだ。



 その剣こそが、人の体を操り、無差別殺人を引き起こしていた邪剣。


 それは、『闇人』に対抗するためイノグランドの外にある異界より召喚された破壊の神。ザラームと呼ばれる存在の角を加工して生み出された剣。

 それが、すべての原因だった。


 それは元々、帝国にいた魔法使いが世界を救おうとして作り出した救世の剣。


 しかしあまりの強大さに、魔法使いは完成と同時にその精神を蝕まれ、狂ってしまったようだ。

 そこまで理路整然としていた魔法研究の資料も、その完成と共に、それ以後の資料はとても読めたものではなくなってしまう。


 そして、その魔法使いは最初に起きたラシード発の無差別殺人とは別の無差別殺人を、引き起こす(ラシードのところとは別の街で)

 彼は、最初の犯人にして、後の被害者でもある。


 五人の被害者を出したところで、魔法使いは心だけでなく体も崩壊をはじめ、邪剣は別の市民の体を奪い、次の街へと移動した。


 これから邪剣は『闇人』の恐怖にゆれる二つの街を渡り歩き、ついにサムライと対峙することとなった。

 他二つの街で起きた事件は、『闇人』闘争に紛れ、今まで人のせいだとは思われていなかったようだ。


 今回我々の調査で、そのすべてが一つにつながり、最初の被害者、邪剣製作者までたどり着き、我等は真相を得た。



 わらわがとんでもないと思ったのは、その邪剣はサムライの身さえ乗っ取った可能性が高いということ。

 事件中なんらかの理由で意識を取り戻したサムライが、命をとしてこれを封印し、今に繋がったというのが判明した。


 報告書を読み終え、すべてを把握したわらわは、思わず頭を抱えることになった。



 サムライの体さえ奪い、その命をとして封印しなければならないほどの邪剣。

 確かにこれなら、十分サムライに対抗出来るだろう。


 しかしこれは、人の手に余る代物だ。


 サムライの施した封印を解き、サムライを倒したところで、その後サムライ以上の敵を生み出しては本末転倒。

 交渉も出来ぬ怪物を世に放つなど愚の骨頂でしかない。


 いくらサムライが我が野望の大きな障害であったとしても、それを排除するため国の根幹を揺るがすのは本意ではない。

 サムライを倒したのち、それを倒すのにどれほどの被害を覚悟せねばならなくなるか。


 それはあまりに分の悪い賭けだった。



 ならば、それは利用することは出来ない。


 むしろ早めにその邪剣を破壊せねばならない。

 それは、サムライ以上に危険な存在となりえるからだ。


 調査の副産物で、その剣を持ちサムライの犯した罪さえ被り逃げ続ける男の目的も判明した。


 その男は、その邪剣を完全に封印出来る場所を探しているらしい。


 目的がわかれば、我等の目的のために誘導するのは容易い。

 わらわは占い師に扮し、その者に邪剣を封印するのに適した場所があると、ある遺跡を紹介した。


 そこは、わらわが管理する生きた遺跡。

 すでに発掘は終わり、使い道もない場所だ。


 そこに邪剣とをおさめさせ、遺跡を自爆させることで、その邪剣を完全にこの世から消滅させる計画を立てた。

 いかな邪剣といえど、生きた遺跡の爆発に巻きこまれ無事でいられるわけはない。


 遺跡の自爆装置。

 使い道などないと思っていたが、こんなところで使えるとはね。


 わらわの巧みな誘導をもって、邪剣は見事その遺跡におさめられ、準備はすべて整った。



 あとは、自爆準備完了の報告を待ち、わらわが自爆を命じればすべてが完了する。



 ちなみにだが、その剣を封印しようと動いていたヤツになにかをしてやる予定はない。

 このような事実、世に出し無意味に混乱させる理由はわらわにないからだ。


 自分で好き好んで罪を被ったのだから、それでのたれ死んでも本望だろう。



『処理の準備、整いました』



「ご苦労。そなたらが離れて一刻後、遺跡の自爆を行う。観測地へ急ぎなさい」


『はっ!』



 あとは、時が来るのを待つばかり。

 さあ、滅ぶがいい。世に害をなす邪悪な欠片よ!



 わらわはその命を下す水晶を握り、にやりと笑うのだった。




──ツカサ──




 俺達はラシードさんの案内のもと街道をはずれ、その邪剣を封印した遺跡を目指し移動した。


「あの大岩に遺跡が隠されている」


 指差した先には、巨大な一枚岩。

 前にあった盗賊王の遺跡が隠れていたのに似た岩だった。


 きっと同じタイプの遺跡で、あの内部を削って部屋とか作ってあるんだろう。



「あの中に俺は邪剣を隠した。そこに見える岩壁が入り口になっていて、そこが封印の扉となっている。そこに合言葉を……」


 と、目の前にある岩壁を指差した。

 ここも、あの盗賊王の墓と同じ。合言葉も必要ってんだから、同じ作り方した遺跡なのかな。


「合言葉を言えば開くのだが。合言葉は……」


「……」

「……」

「……」

『……』

『……』


「合言葉はな……」


 って、何回合言葉って言葉を繰り返すのさ!?


「ひょっとして、忘れちまったとか?」

「それでは入れんではないか」


「しかたがないだろう。下手に覚えていれば万が一ということもありえる。だから覚えないようにしていたのだ。確か……」


 ラシードさんがこめかみに指を当てながら、必死に記憶の奥底を探しているようだ。

 あまりに必死に集中したためか、ラシードさんはそのまま立ち止まってしまった。


 マックスとリオも、それにあわせて立ち止まった。


 ラシードさんは、うーんうーんと考えこんでいる。



「……なあオーマ。お前の力で合言葉わからない?」


『近づいてみねえとなんとも言えねえな。前と同じなら、なんとかなる……か?』


「なら、ちょっと行ってみようか」

『そうだな。そっちのが早ええかもしんねえし』


 というわけで、必死に記憶の棚の中を探して回るラシードさんとそれを見守る二人を尻目に、俺は一足先に遺跡の入り口の前に立った。



『ほう。確かに扉があるな。こいつはなかなかやる遺跡じゃねえか。おれっちでも扉より先になにがあるか見通せねえ。この扉、かなりの力がこめられて立派な結界を張ってやがんぜ。こりゃ、ここで封印すんのも納得の場所だ。いいとこ選んだもんだぜ』


 へー。そりゃすげえ。

 完全に隠蔽しているなら、おヤバい邪剣も封印にばっちりってことか。


 ほんとに生きてる遺跡なんだな。



 となると前回みたいな『開けゴマ』なんてわかりやすい合言葉もないだろうし、オーマの解析待ちか、ラシードさんの思い出し待ちか。



『うーむ。うむむむむむ……』


 うなるオーマ。

 こりゃ、時間がかかりそうだな。


 俺になにか出来ることないかなー。と思いつつ、遺跡の収まった巨石に触れるべく手を伸ばした。



 ぷす~っ。



 ……


 手を伸ばした瞬間、俺の体からそんな音が漏れた。

 具体的に言うと、下半身から。

 正確に言うと、お尻のあたりから。


 つまるところは、まあ、あれだ。



 おならだ……



 ちょっと気を抜いて体を伸ばしたせいか、うっかり音も出ないレベルで空気が漏れてしまったのだよ。

 うっかり。ホントうっかり。


 気を抜いたらうっかり空気くらい出るよね。人間だもの!



 ってやっべえぇぇぇぇ!


 音はほぼなかったけど、ここに近づかれたら確実に俺から空気が漏れたとわかってしまう。


 なぜってほら、お臭い様があるから。


 幸いオーマには鼻がないので意図してサーチされなければ問題ないし、今は目の前の扉の方に集中しているから気づいていないしこっちをサーチもしていない。

 だが、鼻のある生物が来たらそうはいかない。


 ここに来れば、間違いなく俺がスカしたヤツだとバレるっ!


 さすがの俺でもそこまで恥は捨てていない。誰かが来て「あっ」なんて気づかれて、さらに気を使われちゃったりしたら死にたくなっちゃうよ。

 もちろん。気づかれて「おならした?」なんて言われても同じ!


 そんなことになれば俺の誇りとかいろんなモノが粉々に砕け散り、俺は二度とこのイノグランドに来ようとは思わなくなるだろう!


 それだけは、それだけは避けなければいけない!


 幸い立ち止まった三人とは距離がある。このまま三人が立ち止まったままなら、このお臭い様は霧散し、証拠も消滅。俺がやらかした事実を知る人は誰も……



「そうだ、これだ!」



 ラシードさんがナイスなタイミングで記憶の扉を開けた。


 ぐっとガッツポーズをした気配が後ろから感じられ、三人がこっちへ動きはじめたのがわかった。



 なんてタイミングで思い出してくれてんのさー!



 やばい。ここ屋外だけど、まだもうちょっと。あとほんの少しだけ時間が足りない。

 もうちょっと待ってくれれば全部なかったことになるから、もうちょっとだけ待って欲しいのさー!


 でも、そんな事情知らない彼等は足を止めるわけがない。


 このままやってこられたら、俺のイノグランド人生が終わってしまう……っ!


 こ、こうなったら!



「みんな、動くな!」



 声に出して、動きを止めるという苦肉の策。


 しかしこれで足がとまってもらえれば、時間が稼げてお臭い様が察知されることはない!


 だから、みんなこっちに来んな!


 ほんの少し。ほんの少しの時間でいいから立ち止まっていておくれ!



 なんでこんなことを。と理由を聞かれたら、そう。今(臭いで)危険だったから!

 そう言おう。なにがどう危険だったのかは言わない。


 それできっとごまかせる。ごまかせ……るといいな!



 いきなり変なこと言ったって変な目で見られるかもしれないけど、スカしたヤツだと思われるよりはずっといい。



 あとはこのまま少し時間を稼げれば……



 カッ!



 だるまさんが転んだのごとく言葉を発しながら振り返っていたその時、後ろ。遺跡の扉となる岩壁の方からとんでもない光があふれたような感じがした。


 ものすごい光と風のようなものが横を通り抜け、最後にものすごい轟音が響いた気がする。


 気がする。というのも、正直なにが起きたかさっぱりわからなかったからだ。



 ほんの一瞬の出来事。



 音と光に驚いてまた扉の方へ振り返ってみても、そこにはしっかりと立つ岩壁があった。


 さっきと変わりなく平然と立ち続ける岩壁。

 でも、周囲の状況はさっきとは一変していた。


 俺の目の前にある、封印の扉と呼ばれる岩壁を残し、目の前にあった大岩が綺麗さっぱりに消えていたからだ。



 なにが起きたのかさっぱりわからない。


 いったいなにが起きたのかと、目の前の扉にちょんと触れてみると、その衝撃でその岩壁もぼろりと崩れていった。


 つついたところからヒビが広がり、そこに殺到するように、扉の岩が崩れてゆく。


 がらがらと崩れるその隙間から、その先の光景が見えた。



 目の前に広がるのは、消えた大岩。出来たクレーター。

 その有様から、遺跡が爆発で吹っ飛んだというのだけはわかった。



 そして、なにが起きて扉がぼろぼろと崩れるようになったのか、事態が理解出来た。


 遺跡の内部から広がった大爆発。

 大岩を吹き飛ばすほどのそれを、この封印の扉が全部防いでくれたのだ。


 目の前の有様を見れば、コレがなければ俺は間違いなく死んでいただろう。

 オーマがこの扉すげえ力を持ってるって言ってたけど、マジトンでもない扉だったんだな。コレ。


 入り口。門だからこそ、極力頑丈に作られていたのかな。


 いやー。運が良かった。これは助かった。扉よ、あ……



 がらがらがらっ。

 ごんっ!



 ……たまに、崩れていた扉の一部が降ってきた。


 そりゃ中心部にむかって崩れてきてるんだから、立ち居地悪けりゃその欠片が俺の方にもくるわな……

 崩れそうな建物に、不用意に近づくといけませんよってお手本みたいな展開じゃね?



 くわんくわんと目を回しながら、俺はそんなことを思った。


 あ。これ、打ち所、やばい。かも。

 俺の意識は、そこからちょっと曖昧だ……




──マックス──




「ううむ。なんだったか。なんだったかなぁ……」


 ラシード殿が頭をひねって必死に遺跡の扉を開ける合言葉を思い出そうとしている。

 最初に来た時はメモを持って開け、それ以後は忘れようと努力していただけあってなかなか頭の中から出てこないようだ。


 当初の考えではそこに封印し、自分が死ねばもう二度と邪剣は表に出ないと考えていたわけにござるから、それを覆してもう一度というのは想定外もいいところ。


 なかなか思い出せなくても不思議はないにござらん。

 とはいえ、なんとかして思い出してもらわねば、ラシード殿の冤罪も晴らすこともかなわず、地獄で世話になったサムライ殿もその後悔が消えることはなくなってしまう。


 どうにかして思い出してはもらえぬものかと、拙者とリオはラシード殿を見て祈る。



「そうだ、これだ!」



 ラシード殿がぽんと手を叩き、ぐっとこぶしを握った。

 どうやら、思い出したようだ。


 ならばあとは扉を開けるのみ。


 遺跡の奥へはラシード殿がすでに一度踏破した道。


 扉さえ開けば、当初の目的は達成したも同然にござる……!



 拙者達は三人で大きくうなずき、扉の方へと歩こうと……



「みんな、動くな!」



 ……した瞬間、ツカサ殿が拙者達を制するよう手を上げ、声を荒げた。

 鬼気迫ると言っていいほどの気迫に、拙者達三人は思わず足を止める。



 刹那。



 カッ!!



 遺跡からまばゆい光があふれた。


 あまりの光に、まぶたの裏さえ視界が白に染まる。

 完全に視界を失った直後、風と、振動。そして、轟音が鳴り響いたのが感じられた。


 一瞬の出来事。

 轟音が鳴り響びき、遺跡の方から風が流れたのが感じられた直後、場に沈黙が訪れた。


 光に焼かれた視界が戻り、拙者達はやっと目を開いた。



 まだちかちかする視界の中、あたりを見回す。

 足元には砂塵が舞い、あたりにはもうもうと土煙があがっているのが見えた。


「な、なにが、起きた……?」


『わかりません。突然、強大なエネルギーが遺跡に膨れ上がったのだけは感じられました……』


 ソウラ殿でさえ、あの瞬間なにが起きたのか正確には把握出来ていない。

 それは、それほど唐突で、突然に起きたことということである。



「あ、あそこ!」



 リオが前を指差す。


 そこには、土煙の中立つツカサ殿の姿があった。



 事態が把握出来ず混乱する拙者達の前で、ツカサ殿がふらりと動いた。

 こちらに振り向くのかと思えば、そうではなかった。


 ツカサ殿の体から力が抜け、膝から崩れ落ちるように倒れこんでしまったのだ。


「ツッ、ツカサ殿ぉ!」

「ツカサー!?」


 力なく倒れてゆくツカサ殿を見て、拙者達は大慌てでツカサ殿に駆け寄る。


 そのまま倒れ落ちるすんでのところで、なんとか地面に倒れるのだけは防げた。

 拙者とリオのダブルヘッドスライディングにてなんとかツカサ殿を背中にお乗せすることに成功したのだ!


 体勢を建て直し、ツカサ殿を改めて抱えなおす。



「ツカサ殿。ツカサ殿ー!?」

「ツカサ、ツカサー!」


 拙者もリオも、大慌てである。息、息はしている? している。うん。してる。はず。



『おいおい、あわてんな。安心しろよ。相棒はただ、気を失ってるだけだ』


 拙者達が慌てていると、オーマ殿が声を発した。



「オーマ、いったいなにが起きたんだよ。おいら達にはさっぱりだ!」

「オーマ殿。ツカサ殿は、いったいどうしたにござる!? 今、この事態はどういうことにござる!?」


『あわてんなって。おれっちもあの瞬間、あまりのエネルギーにちと感覚がぶっとんで意識を飛ばしちまったが、なにが起きたかは把握している。つーか、そろそろ土煙も晴れてきたころだろ。あたりを見回した方がなにが起きたのかわかりやすいと思うぜ』


「あたりを……?」

「見回す……?」


「とんでもないことになっているぞ、二人共……」


 唖然とした声を上げたのは、ラシード殿だった。


 その視線の先。

 遺跡のあった方へ拙者達も視線を動かす。


「なっ!?」


 思わず声を上げてしまった。



 簡単に言えば、遺跡が吹き飛んでいた。


 遺跡のあった大岩の場所に大きなクレーターが出来、なにもかもがなくなっていたのだ。

 この砂塵と土煙は、それが崩壊したため起きた副産物だったのである。


 遺跡が大爆発した結果が、この有様というわけだ……!



 だが、遺跡が完全に消滅するほどの爆発。

 だというのに、我々は完全に無傷。せいぜい土煙を浴びた程度の被害しかない。


 だからこそ、拙者達はこれほどの爆発が起きたなど想像も出来なかったのだ。



「お、おい、マックス!」


「なんだ!?」


「反対。つーか。足元見ろ!」


「反対、足元?」



 リオの言葉に、クレーターへむけていた視線をぐるりと回転させる。



「なっ!?」


 見て、驚きと共に納得がいった。


 なぜ拙者達が爆発を理解出来なかったのか。

 なぜ、拙者達が無傷なのか。


 風が吹き、砂塵と土煙が吹き飛ばされあらわとなった地面。


 そこに、答えがあった。



 ツカサ殿が立っていた場所を起点に、無傷の地面が扇状に広がっていたのだ。


 まるでそこで、爆発の威力を遮るなにかがあったかのように。

 その爆発を遮り、拙者達のいた場所の盾となった存在。それこそ、ツカサ殿しかありえなかった!


 あの時、動くなと言った理由も納得である。


 ツカサ殿とほぼ一直線となっていたあの状態。

 そこから下手に横へ動かれれば、この盾の範囲から逸脱し、爆発の光と波に飲まれることとなったからだ……


 ツカサ殿があの時声をかけてくださらねば、我等はどうなっていたことか。

 考えただけで恐ろしい。



『相棒は、おれっちが遺跡の中でなにか起きるのを把握するより前に異変に気づき、お前等に警告した。完全に内部の様子を封じたあの状況であの異変を感じ取ったんだ。相変わらずとんでもねぇお方だぜ……』


 オーマ殿ですら探知出来ず、ソウラ殿もバリアを張る暇さえなかった唐突巨大な爆発。それをあの方は見抜き、拙者達を守るため盾となった……!


 その大地の破壊はその破壊の威力を物語っており、その無事な大地は、ツカサ殿がそこですべての破壊を食い止めたことを意味していた!

 今、こうして気を失っているのは、その代償!


 拙者達を守るため、する必要のない力を出したせいだ……っ!


「ツカサ殿。あなたは……」

「気絶するほど無茶するなんてよ……」


「おのれの身を削ってでも仲間を助ける。この子もやはり、サムライなのだな……」



 リオの膝に頭を乗せることとなったツカサ殿の寝顔を見て、ラシードが感慨深くつぶやいた。



「しかしなぜ、遺跡が爆発したのでござろう?」


『どうやら、帝国の側にも邪剣のヤバさに気づいているヤツもいたようだな』


「どういうことさオーマ」


『この封印に適した場所ってヤツが出来すぎていると思ってな。むしろ、あの邪剣を葬り去るためにあつらえたような場所だ。こいつは間違いなく、そこに邪剣を収めて、消滅させるための場所だ』


「なんとっ!」

「なんだと!?」


 拙者と一緒にラシード殿も驚いた。

 どうやら、彼もその事実を知らなかったようだ。


 すなわち、拙者達をわざとここに連れてきたわけではないということである。



『だから、そいつの冤罪もこれをやったヤツを探し出せれば晴らせるかもしれねえな。そいつらも、邪剣のことを知っている。まあ、知らせてないってことは相手にもされていないんだろうがよ』


「俺は別に冤罪が晴れなくともかまわんさ。これは、自業自得だがな。まあ、あいつには悪いが、疑いを晴らす邪剣が失われてしまった今……」


『おっと、早とちりすんな。誰も邪剣が破壊されたなんて言ってねえぜ』



「は?」

「は?」


 拙者と共に、また二人で驚いてしまった。


 まさかとは思うが……



『残念だが、相手も見通しが甘かったとしか言いようがねえ。肝心の邪剣は無事だぜ。クレーターの底を見てみろ』



 拙者とラシードでクレーターのふちへ行き、煙の晴れたその底を見た。

 するとそこには、刀にも似た湾刀が鈍い光を反射し、存在を示しているのが見えた。



『伊達にサムライの封印を受けてねぇってこったな。それとも、魔法は通じねえってことか? なんにせよ、こいつは事件が解決したら本気で海の底なんかに沈めるのを考えた方がいいかもな』


『火山の底でもいいかもしれませんね』



 いずれにせよ、人の手に渡らぬ場所へ封じるのが一番ということにございますな。

 サムライが命をかけねばならぬほどの存在ゆえ、当然かもしれません。


「なにはともあれ、これにて冤罪を晴らす第一歩が踏み出せるというわけにござるな!」

「ああ。そうだな」


 とんでもない事態に巻きこまれたが、無事目的のモノが手に入るのだからひとまずよしとしよう。



「うっ。う……」

「ツカサ!」

 リオの膝の上で、ツカサ殿が目を覚ました。



「ツカサ!」

「ツカサ殿!」

『相棒!』

『ツカサ君!』


「……」

 目を開いたツカサ殿は、ぼーっと空を見上げた。



「意識は大丈夫にございますか?」

「な、なんとか……」


 頭をふりながら、体を持ち上げる。


「ここは……?」



「遺跡の前にございます」

「そうだよ。あの扉の前さ。ツカサのおかげで、おいら達は全員無事だよ!」


「……?」


 ツカサ殿がきょとんとし、拙者達を交互に見回した。

 なにやら、様子が……


「君達は、誰です?」


「はい?」



「そして、僕は、誰?」



「ええ?」

「えええええー!?」


 全員の絶叫が、場に響いた。




 おしまい

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