第78話 ウィザードリターンホームグラウンド
──リオ──
「ここか」
「やっとついたー」
目の前には、ものすごい高さの塔。
おいら達は、砂漠のど真ん中に立つこの塔の前にやってきた。
ここは、かなり昔から偏屈で人嫌いな魔法使いが住み着いているところらしい。
たった一人でこの塔にこもってずっとなにかの魔法の研究をしている。おいら達がよくイメージする、怪しい魔法使いの代名詞みたいな人なんだそうな。
近くの街でその噂話を聞いて、魔法使いの名前を確認したら、ツカサがここに行こうと言い出した。
なんでも、あの盗賊王の墓に入った時、この怪しい魔法使いを気にかけて欲しいって手紙がそこにあったのだそうだ。
ツカサがあの時座って読んでいた手紙。そこに書いてあったんだって。
どうやら先代盗賊王はツカサと同郷。つまりはサムライの国の出身者だったみたい。
なら、この国で伝説なんて言われる義賊やってても不思議じゃないや。
まったく。自分の利益になる盗賊王の地位はあっさりと捨てちまったのに、なんの得もない死人のお願いは聞くんだから。
ホント、律儀な人だぜ。
だからおいら達は、ツカサの言葉に従い、こうして街道から外れてここまで来たってわけさ。
道中、いくつも人を寄せ付けないよう追い返すための魔法の仕掛けがあったけど、そいつらはみんなツカサの先見で難なく回避してきたから、おいら達はそう難しいこともなくここまでやってこれた。
ただ、来るまでにたくさんの仕掛けがあったから、これを仕掛けたのは噂どおり、ホント人嫌いなんだってのがよくわかった。
塔について、まず目に入ったのは巨大な入り口。
マックス二つ分くらいありそうな巨大な扉が塔にはついていた。
いたってのは、この入り口の扉、朽ちて外側に倒れちまってるんだ。
入り口からちょっと中をのぞいてみたけど、人がここを出入りしている気配はまったくなかった。
「……なんか、嫌な予感がするんだけど」
なんせ今はアリガマが死んで五十年はたっている。盗賊王と同じ時代に生きて、大往生したアリガマの死から五十年てことは、その魔法使いが生きているとしても百歳を軽く超えているってことだ。
マリンとか規格外の魔法使いもいるけど、普通の魔法使いはあそこまで化け物じゃない。
寿命は普通の人間と同じだって聞いてる。
つまり……
「やっぱ、もう死んでるんじゃね?」
『可能性は大いにありますね。周囲から少量のマナを集め、自立型の魔法を設置したものの、仕掛けた本人はすでに世にいない。なんてのは十分にありえます』
「なんか、主が死んだ魔法屋敷みたいなことになってんな。それ」
『魔法帝国の遺産もその類ですね』
いずれにせよ、入り口がこれじゃ塔の主が死んでても不思議はない。
「まあ、いずれにせよ生死の確認はしておきたい。もし亡くなっているなら、弔ってあげるのもやぶさかじゃないし」
確かに、塔の中で骸骨になっていたりするのを放置ってのも後味悪いしな。
ここまで来ちまったんだから、そのあたりもきちっと確かめとかないと。
おいら達は倒れた扉を乗り越え、塔の中へ入る。
塔は、ど真ん中が丸ごと吹き抜けになった螺旋状の階段が階層を貫いているようなつくりだった。
見上げると、階層ごとに螺旋階段とつながるため突き出した階層ごとの廊下以外遮る物はなく、最上階か天井までその階段はずっと続いていた。
ぐるぐるぐるぐると、何階層あるんだってへきへきする高さだった。
もしこれ、一番上まで一つずつ部屋を見ていくことになるなんてなったら骨だよ。
ソウラを使って楽しても、いったいどれくらいの時間がかかるんだ。
上を見て、思わずうへえ。と思った。
「おーい。誰かいないかー?」
とりあえず、声をかけてみた。
塔の中を荒らすことが目的じゃないから、これでむこうから出てきてもらえると正直ありがたい。
かー。かー。かー。かー。
吹き抜けの回廊においらの声が響くだけで、なんの反応も返ってこない。
マジかよ。いないよー。とか返って来てくれれば楽だったのに。このままじゃこの塔全部を……って。
気づいた。
そもそも、ここには探索専門の力を持ったオーマがいる。そのオーマに、この塔に誰かいないか探してもらえばいいじゃん!
おいらはそう思い、オーマを持つツカサの方を振り返ろうと……
『やれやれ。見たところ魔道に身を落としてもいない旅の者が、この塔になに用じゃ。ここに貴様等の望むような金目の物はなければ、客人をもてなす気のいい老人もおらぬというのに……』
「っ!」
一階の奥から声がした!
ずん。ずんっ。
なにか重い物が歩く足音が床を揺らす。
灯りは今、入り口からさしこむ外の光のみ。
その中に、奥の一番大きな部屋から、ぬう。と岩の塊みたいな人型が出てきた。
高い敷居をくぐってくるんだから、塔の入り口と同じくらいのサイズはあるんじゃないか?
おいらこれ、知ってる。
魔法使いが作って雑用に使う魔法人形。ゴレムってヤツだ。
前(二十六話)にマリンにつきあわされて王立魔法研究所に行った時見せてもらった。
あの時色々教わったから、これがあの天災マリンのには劣るけど、かなりの出来だってのもわかる。
ただ、マリン以下ならおいら達の相手じゃない。
ツカサが出るまでもなく、ソウラを持ったおいらでもマックスでも楽勝だろう。
……戦うのが目的じゃないからこんな推測意味はないけどさ。
『……塔の中に一つ、弱々しい生体反応がある。そいつがこれを動かしているみてえだな』
ゴレムを見て、オーマがそうつぶやいた。
『どうやら、なにか目的があってここに来たようじゃな。だが、ワシには用はない。去れ! さもなくば、力づくでここから追い出すこととなる!』
ゴレムが構えをとった。
おいおい。いくら人嫌いだからって、いきなりすぎんだろ。
「待ってください。勝手に入ったのは悪いと思っています。でも、せめて、話を聞いてください」
おいらとゴレムの間にツカサがわりこんだ。
「俺達はオーゾラ・イサムという人を探しているだけなんです。その確認が出来ればすぐに去ります。あなたは、オーゾラさんですか?」
『……だとしたら?』
警戒は解かれない。
そりゃそうだ。人嫌いなヤツが、いきなり自分を探しに来たヤツにそうですなんて答えるとは思えない。
「アリガさんに、オーゾラさんのことを頼まれました。あなたがオーゾラさんなら、話があります」
『っ! アリガじゃと!?』
ツカサはなぜか、盗賊王アリガマのことを、そこで区切る。
でもそれのおかげか、このゴレムはツカサの言葉に大きく反応した。
ゴレムの表情はかわらないけど、それを動かすむこうのヤツの表情が大きく動いたのはわかった。
『ふん。おかしなことを言う。ヤツはとうの昔に死んだはずだ』
「はい。死んでもう五十年になるとか。でも、その墓に手紙が残されていました。アリガさんと同じく、ここに来てしまった人がいるから気にかけて欲しいと」
『……あいつ、死んでもなお、ワシのことを気にかけておったか。いつまでも、おせっかいなヤツじゃ』
どこか懐かしそうに、ゴレムの奥で誰かが笑う。
『そしてお前も、物好きなヤツよ。わざわざそんな手紙に従い、ここまでやって来るとはな』
「そりゃ来ますよ。だって、数少ない同胞の一人なんですから」
『なんっ、じゃと……っ!?』
その驚きは、ゴレムを通じてさえ手にとるようにわかった。
アリガマとツカサは同郷の人間。そのアリガマが気にかけたオーゾラもアリガマと同郷。なら、ツカサも同胞ってのは当然の話だ。
つまるところ、サムライの国の元住人。
そのサムライの国は、十年前ダークシップの襲撃で海の藻屑と化し、生き残りはほとんどいないって聞いてる。
なら、たとえ昔国を捨ててこちらに流れてきていた者だとしても、同胞が生きているというのなら、そりゃ会いに来るさ。
「だから、直接会って話は出来ませんか? 色々積もる話もあるので」
『……』
ツカサの提案に、少しの沈黙が返ってきた。
ゴレムがあごに手を当てて考えている。
そういうのも制御しきれないくらい、考えに没頭しているってことなんだろう。
『……よかろう。ただし、来るのはお前だけだ。武器はここに置いていけ』
「わかりました。ありがとうございます」
『な、に?』
「? なにか?」
相手が驚いたことに、ツカサはむしろ不思議そうだった。
いやいやツカサ。相手はツカサのこと全然信用してないんだぜ。だから武器を置いてけって言った。
それを躊躇なく了承してしかもありがとうまで口にするんだから、そりゃ面食らうさ。
ツカサにしてみりゃオーマなくても脅威はないに等しいんだろうけど、普通は魔法使い相手に武器なしで行くなんて正気の沙汰じゃないんだからさ。
「じゃ、リオ、オーマを頼む」
「任せて」
ツカサもうなずき、オーマをおいらに預け、ゴレムが道をあけた奥の部屋へ消えていった。
──ツカサ──
ゴレムに通され、俺は奥の部屋へ進んだ。
俺が入ると壁の隠し扉が開き、上に進む階段が現れた。
塔の中を走るあの螺旋階段はダミーなのか。
なにも知らないと延々あの塔を登らされるってわけね。
ぽうっ。
俺が部屋につくと、階段をのぼる時と同じく淡いオレンジ色のあかりがついた。
いわゆる、電球のあかりと表現すると色がわかりやすい気もする。
部屋は、隠し部屋というより、普通に広い部屋だった。
いわゆる魔法研究をする机や本棚も置いてあり、二十畳くらいありそうな大きさだ。
広さで言えば、この部屋一つで生活するのに十分事足りる。
塔は確かに大きいけど、どんな工夫をすればこんな大きな部屋隠せるのだろう。あ、魔法か。
部屋を見回すと、机の脇にベッドがあって、そこに一人の老人が寝ていた。
「あなたが王空勲さんですか?」
「……日本語。君もやはり、有賀と同じく日本から来たのか?」
俺が声をかけると、老人はもぞりと小さく体を動かし、日本語で返事を返してきた。
このナチュラルな発音。やはりこの人も、日本から来た異邦人のようだ。
まあ、同じ世界の日本とは限らないけど。
「はい。そうです」
とはいえ、他の世界の別の日本かもなんて言い出すとただ面倒なだけなので、ここは同じ日本としてひとまとめにして素直にうなずいておいた。
「ふふっ。まさか、この年になってもうひとりの同胞と出会えるとはな。ああ、この格好のままですまぬな。もう、体はまともに動かぬのだ。あとは、このまま死を待つのみじゃろう……」
その言葉には、安堵がふくまれているように感じた。
今までずっと、気を張って生きてきたのだろう。同郷というのがわかり、そのバリアが解けたようにも見える。
近づくと、ベッドで横になる老人はやせこけ、覇気もなかった。
その姿は、素人の俺が見てもわかるほど衰弱していた。
もう長くない。その言葉を事実と受け取らせるだけの説得力は、十分にあった……
「して。魔法研究も中途半端に終わり、ここで朽ち果てるさだめの老いぼれに話とは?」
「あなたは、有賀さんとは意見の違いから、袂をわかったようですね」
「うむ」
彼はどこか過去を懐かしむよう、目を瞑った。
まるで、こうすればその時のことをすぐ思い出せるように。
「ワシ等はこの帝国で出会い、同郷出身ということで馬が合った。しかしヤツは日本に帰ることを諦め、この国で生きることを決めた。反してワシは、日本が諦められず、なんとか帰る方法を求めた……」
「……」
「その結果、ヤツは伝説の大盗賊。盗賊王とまでなり大往生。一方ワシは帰る手段を結局見つけることは出来ず、魔道に身を費やしただけで、家にも帰れず、このまま消え行くだけだ……」
ふふ。と、王空さんは自嘲する。
「いや、最後の最後に、有賀は君をつかわしてくれたか。ワシの最後の時に、元の世界の匂いのする君をよこしてくれた。ふふっ。なにもかもが、裏目。ワシとあいつ、どうしてこうなった。ワシもあの時、帰ることを諦め、ヤツの義賊の手伝いをしていればよかったのか……?」
「……いいえ。違います。帰りたくて、諦めなかったのなら、その選択は決して間違っていません」
「……?」
「あなたが諦めず、元の世界に戻ろうとしたから、必死に戻ろうとして、どうにかしようとしてここまで生きていたから、俺とあなたは出会えた。まだ生きているから、有賀さんとは違い、元いた日本に帰れる。あなたの願いは、かなう!」
「なっ!?」
「俺は、この世界から帰る方法を知っています。あなたは、帰れるんです」
「なんっ、じゃと!?」
王空さんが思わず体を起こそうとした。
でも、力が入りきらず、逆にベッドから転げ落ちそうになってしまう。
俺はあわててその体をおさえる。
「無理をしないでください。興奮する気持ちはわかりますけど」
抑えて抑えてと、俺は肩を叩き、またベッドに寝かせた。
「ほ、ほんとう、なのか?」
興奮して、ぜいぜいと、息を切らせながらも、俺に問う。
「本当です」
俺は大きく力強くうなずいた。
俺が元の世界に帰る方法というのはもう何度か説明されているとは思うけど、念のためまた説明しておこう。
この多次元世界の中で、創世の神様にも覆すことの出来ない唯一絶対のルール。
それが、同じ存在は同時に同じ世界には存在出来ない。という法則。
万一同じ世界でその者同士が出会えば、その者はその世界からはじき出されてしまうというものだ。
存在しないはずの同じ存在がそこにあるということは、世界の法則を大きく狂わせ、その世界そのものを崩壊させてしまう。ゆえに、それを防ぐためその原因双方が世界から排除されるというのが排除の理由だ。
元々その世界にいた者はそのまま消滅し死んでしまうが、外の世界から来た者は、強制的に元の世界に戻らされる。
これは、世界を破壊するほどに強い存在でも抗うことの出来ない、絶対のルール。
だが、これを利用すれば、外の世界から来た者達は自動的に元の世界に帰れるというある種裏技的な使い方も可能なのである。
このイノグランド創世の女神、ルヴィア様はこちらの世界に誰かを呼ぶことしか出来ないので、この裏技を使って元の世界とこの世界を行ったりきたりさせることが可能になったというわけだ。
ここに来る前、俺は女神様にある確認もとった。
それは、俺以外の人間も召喚出来るのかということだ。
今までの経験上、女神様の力でこの世界に呼ばれたのは俺しかいないから、念のための確認だった。
すると、俺じゃない人間の召喚も可能なのだという。それどころか対象を指定しないランダム召喚も可能らしい。
まあ、ランダムは今関係ないけど、戻したい人も呼べるというわけだ!
とはいえ、狙って召喚したい場合、召喚したい人を確認するため、女神様と通信出来るこの携帯で触れ、対象を確認しなければならないけど。
まあ、携帯で触れるだけじゃなく、女神様の神殿に連れて行ってもいいし、女神様の声が聞こえる巫女やすごい神官とかが触れてもいいらしい。
早い話、女神様にこの人だって知らせられれば、召喚に対応出来るようになるってわけだ。
だから俺は、この人に直接会いたいと提案した!
ちなみに、このリターンの件は前に王国のサイモン領であった黒須さんにも手紙で伝えてある。
帰れますけどどうします。と一応聞いたけど、返って来た答えはここに家族が出来たから帰らないという予想通りの返事だった。
「……ふっ。ははっ。そうか。本当か。そこまで力強く言われてしまったら、信じるしかないな。日本で死ねるのなら、後悔はない!」
死ぬ? この方法で戻ると……
ああ、そっか。そもそもそれ説明してない。
俺の場合、この方法で元の世界に戻ると記憶と記録を残して来た時そのままに戻ることになるから、元の世界の時間は動かない。
この人の場合もそれと同じなら、戻ってすぐ大往生。なんてことはないはずだけど……
俺以外の人間が元の世界に戻った場合どうなるのか。それはデータがなくてわからない。というのが本音だ。
ひょっとするとこの人の場合はこのまま戻り、そのまま……なんてことも十分にありえる。
だから、その確証もないのに、この世界にやってきた時に戻りますよ。なんて希望は口に出来ない。
元の世界に戻って、時間も戻っていたらラッキー。と思ってもらうしかないだろう。
ただ、願わくば元の世界で失った時間をやり直させてあげたいと、俺は願う。
「なら、やらせてもらっていいですか?」
「ああ。どうせあとは死を待つ身。いつでもやってくれ」
さすが死期を悟った人の胆力はすごい。
疑いながらもこの希望を受け入れている。
小さな希望だというのに、それでも弱った体に覇気がみなぎってきているようにも見えた。
これで元の時間で日本に戻ったら、この経験を糧になんかとんでもないことしそうだこの人。
俺はそんなことを思いながら、携帯を取り出し、召喚アプリを起動させてその画面を王空さんの手のひらに当てた。
これで、あとは女神様が別の世界のこの人を召喚してくれるだけで万事OK。
「……」
俺の場合は発動後即座に別の世界の俺が画面から飛び出してきてリターンとなるけど、今回はちょっと違った。
やっぱりはじめての人だと時間がかかるのか、いち。に。さん。と数えて待つくらいの間があった。
いやまあ、それだけの時間だから、知らない人には十分早い待ち時間かもしれないけど。
カッ!!
手のひらに当てた携帯の画面が光った。
「っぅ!」
王空さんが小さくうめく。
飛び出した別世界のもう一人がそこにぶつかったからだ。
うん。やっぱ当たると痛いよね。飛び出してくるんだもん。
携帯を手から離すと、王空さんの左手が光り輝いているのがわかった。
この現象、知ってる。
こうして体が光り、世界に干渉できなくなること。それは、この世界から追い出される前兆の現象だ。
あとは待てば、勝手に元の世界に吹っ飛ばされる。
「こ、こいつは……っ!」
手の輝きに、王空さんも驚く。
「成功しました。じき、元の世界に戻ります」
「……どうやら、本当のようじゃな」
その異変に気づいた王空さんも、納得したようにうなずいた。
すげえ。なにが起きて、どうなるのかわかるんすか。
確かにどっかに引っ張られるような感覚はあるけど、それが元の世界とか俺さっぱり確信出来なかったよ。言われてなけりゃおろおろしてたの間違いなかったよ?
「くくっ。なんでも試して、諦めないものじゃな。人生なにが幸いするか、わからんものじゃ」
消え行く自分を確認し、くつくつと楽しそうに笑った。
「そうじゃ。少年。名を聞かせてくれ」
「あ、そういえば言ってませんでしたね。俺は、ツカサです。カタナシ、ツカサ」
「ツカサ?」
「はい」
(その名、こんなこもりきりで使い魔を里に出すしか外との繋がりのない自分でも聞いたことがある。生ける伝説。二度世界を救った最強の救世主。入り口でのあの話す刀。そうか。君が……っ!)
「……そうか。ありがとう、ツカサ。君のことは。この恩は、例え日本に戻っても忘れん」
「いやいや、礼なんていりませんよ」
ちょっと大げさに手を振った。
だって俺は、なにもしていないんだから!
元の世界に戻ろうと、今まで必死に生きてきたのは王空さんの力だし、その王空さんを気にかけて、ここに来るよう願ったのは有賀さんの気遣い。そして、元の世界に戻れるってのは女神様の力のおかげ。
俺はそれをちょっとつなげただけ。観光のついでに寄っただけのようなもんで、お礼なんてされる理由は欠片もない。
「これが実ったのは、王空さんの執念と、有賀さんの生き様のおかげみたいなもんなんですから」
「──っ!」
(……な、なんて子じゃ。ここまで来て、なにも求めておらぬとは。ただ、有賀の願いを聞き、ワシのためにここまで来たというのか。なんと謙虚な。ますます気に入った……っ!)
「ならば、この塔に残る、ワシの研究成果をもらって欲しい。この世界でワシの生きた痕跡。ワシより才能がある者が見れば、なにかの役にも立つじゃろう。この中のもの、好きに持っていってくれ」
ああ、確かにその通りか。
そう言われたら、こりゃ断れないね。
「わかりました。ここは責任を持って、俺が」
「ならばもう、悔いはない……」
王空さんの体が、光に溶けて消えてゆく。
「ありがとう。また、会えるとよいな……」
「ええ。俺もいつか帰るので、縁があったらまた会いましょう」
王空さんは最初に見せた孤独な老人とは違い、どこか穏やかに笑い、光の中に消えていった。
この先、元の世界に戻ってあの人がどうなるのか。それは神様でもない俺にはわからない。
でも、無事元の時間軸に戻って、失った時間を謳歌して欲しいと思う。
ちなみに、携帯から出てきた別の世界の王空さんは、綺麗な蝶だった。
キラキラと輝きながら部屋を横切り、幻想的に消えていった。
こっちの王空さんもいきなり異世界に呼んだりしてごめんなさい。そして、ありがとう。
……にしても、なんて綺麗な蝶なんだ。別世界だとミミズとかカナブンとか、ダークカイザーや闇将軍なんかが飛び出してくる俺とは大違いだな。
なにはともあれ。
これにて一件落着!
なんもしてないけど、なんか一仕事終えた気分になった俺は、心に満足感を感じなながら皆のもとへと戻るのだった。
──リオ──
ツカサが一人奥へむかうと、ゴレムがその入り口の前に立ち、おいら達に立ちふさがるよう腕を組んだ。
それは、そこを絶対に通さないという意思表示のようにも見える。
別においら達は無理やりそこを通ったりするつもりはないけど、あっちはそんなのわからないから仕方ないことなのかな。
あっちは動かない。おいら達も動かない。
だからかなぜか、おいら達はそのゴレムと塔のエントランスでにらみあうことになった。
「……」
『……』
にらみあうことしばし。
『なんっ、じゃと!?』
「っ!?」
びくっ!
いきなりゴレムから上がった声に、おいらもマックスも思わず武器に手をかけそうになった。
でも、あがったのは声だけで、ゴレムは腕を組んだまま動いてはいない。
急に奇声が出ただけって感じだ。
「な、なに今の」
「なんでござろう?」
『ど、どうやらむこうであまりに衝撃的なことが起きて、うっかりこちらにも術者の声が漏れてしまったようですね』
『みてーだな。相棒、むこうでどんなトンでもねぇことやったんだ?』
ソウラとオーマがそんなことを分析してくれた。
わかるのはそこまで。この疑問を解決するには、ツカサが戻ってきてくれないといけないだろう。
「正直なにやったのって聞いても、たいしたことしてないって返ってくる気がする」
「そうだな。どれに驚かれたのかすらご理解なされていない可能性もある。トンでもないことを平然とやってしまうお方にござるからなぁ」
つまりは、戻ってきても答えはわからない可能性が高いってことだ。
おいらとマックスは、やれやれとあきれるしかなかった。
「……」
「……」
そこからは、ゴレムとのにらみ合いじゃなく、一方的な観察だった。
目の前の岩の塊は、もうおいら達に注意は払っていない。その意識は完全に別のところにむいている。
「……」
「……」
まあ、動きはまったくないから観察してもしゃーないんだけどね。
岩の塊がどーんと入り口を塞いでるだけで。
『……あっ』
あ。またなにか言い出した。
『ありが、とう……』
そう、感謝の言葉を告げるのと同時に、ゴレムの体から力が抜け、崩れてゆく。
ぼろぼろと崩れ、そこに残るのは、ただのごろごろとした岩になった。
『どうやら、こいつの主は亡くなったみてーだな。弱々しかった反応が、ついに消えた……』
「そっか」
オーマの一言に、おいら達は思わず祈りをささげた。
『相棒は、なんとか間に合ったみてえだ。人嫌いってヤツが、こうして最後に感謝していけたんだからよ……』
「まことにござるな」
どんな事情があったのかはわからない。
でも、あの最後の一言で、あの魔法使いが救われたってのはわかった。
崩れて露になった部屋の入り口から、ツカサが出てきた。
ツカサはおいら達を見て、どこか満足げに微笑んだ。
その姿を見て、おいらは思わずツカサに駆け寄ってしまった。
こっちも笑顔になり、オーマを手渡す。
「サンキュ。なんとかあの人の望みをかなえることが出来たよ」
「みたいだね。ゴレムが崩れる前に教えてくれたよ」
なんでこっちも知ってるのか疑問に思うだろうから、ついでに説明もしておいた。
おいらの説明に、ツカサは崩れたゴレムの岩を見てうなずく。
「そっか。なら話が早いな。なら、この塔に残された研究成果も好きにしていいってのは聞いた?」
「いえ。それは初耳にございますな」
「そっか。なら、お礼としてもらったんだけど、どうしようね」
「魔法の研究成果をもらったっつわれてもなぁ」
「拙者達は魔法に関しては門外漢にございますからなあ」
「ソウラは?」
『私の場合は自分に備わった力でしか魔法は使えませんから、新たな研究と言われてもどうしようもありませんね』
「だよな」
そもそもソウラは聖剣として完成された存在だし。
『情報はあってもいいが、おれっちにも不要なもんだなぁ』
「まあ、そうなっちゃうよな」
ツカサも苦笑する。
「なら、マリンさんに譲渡しておこうか。ダメなら、アーリマンさん?」
「正直アーリマンの爺さんのが安全だと思うぜ」
ツカサの提案に、おいらはそれはどうかと疑問をていした。
なんせあのマリンだ。確かにその研究に喜ぶかもしれないけど、どう考えてもいい結果にはならないとわかる。
だってあいつ、天災だから。
それなら王立魔法研究所の所長であるアーリマンの爺さんに預けた方が安心だろう。
「まあ、確かに」
ツカサも納得してくれた。
「しかし、ここは帝国。王国の魔法研究所の最高責任者がその財産を容易く回収出来る場所でもないにござるよ」
「ああ、そっか」
マックスの言葉に、ツカサはやれやらと頭をかいた。
アーリマンの爺さんは王国で最高権力を持つ魔法使いだ。
だから、国のあれこれとか権利がどーたらとかで、帝国の魔法研究を勝手に持って帰ったりすると問題になったりするらしい。
国とか権利とか、このあたりはホントめんどくせえよな。
かといって、おいら達じゃどれを持って帰ればいいのかもわからない。
さすがに塔丸ごとは魔法の袋にゃ入らないし(研究が本だけとは限らないから、塔ごと調査してもらうべきってオーマとソウラが言ってた)
「しかたがありません。あのマリンで妥協しましょう。ヤツなら帝国でやらかしても問題ないでしょうし」
「ま、そーだな」
「なら、そうしよう」
どうせもうやらかしてるだろ。という投げやりなマックスの言葉に、おいらも同調し、ツカサもうなずいた。
「つーかあの天災どこ行っちまったんだ? あれからまったく音沙汰ないけど」
『そういやどうしたんだろうな』
温泉であわてて出発してからなんの連絡もない。
まあ、元々一緒に旅してたわけじゃないから、連絡とか来なくても不思議じゃないわけだけど。
「なに。どうせどこかに閉じこもりきりになり、なにか怪しげなことをしてるにござるよ」
「まあ、いつものことか」
散々ないいような気もするけど、それは日ごろの行いってヤツだ。
とりあえず、アーリマンの爺さんあたりに連絡とれないか手紙とか送っとくべきかな?
塔のことはそんな結論に落ち着き、隠し扉を綺麗に閉じたおいら達は、元の街道へ戻るのだった。
──マリン──
一方そのころ。
「へっくち」
急なくしゃみに、私は鼻をすすった。
うー。
誰か私の噂でもしてるのかしら。
私は相変わらず、魔法を封じる塔の中に幽閉され続けていた。
あー、暇。
もーそろそろ出してくれないかしら。
ダメ?
返事もないからダメみたい。
このまま私を閉じ込めておくというのならこっちにも考えがあるわよ。
この誰も居ないところでとっても重要な秘密語っちゃうんだから。
いいの?
実は私、王家の血筋に連なる者だって衝撃の事実を語っちゃうわよ!
こんなところでこんなとんでもない事実を語らせたくなかったら、今すぐ私を出しなさい!
出しなさーい!
……
うん。まあ、ダメなの知ってた。
だからどうしたって話よね。
連なる者ったってもう二百年くらい前の話だし。
心は二十歳だから二百年とか関係ないし!
ないないなーい。
……ひま。
暇ー。
もーベッドでごろごろするの飽きたー。
誰かなんとかしてー!
空虚な望みが、塔の中に木霊した。
でも、私はこの時知らなかった。
私の知らないところで、あの子の将来を左右する大事な研究が発見されていたなんて……
私はまだ、知らなかった。
────
この日、王空グループ総帥。王空勲氏が百二十三年の生を終えた。
二十二歳となったその日に雷の直撃を受け、奇跡的に生還して一世紀。
人の倍は人生経験があると豪語した看板に偽りなく、まるで魔法か仙術かと思わせるような先見と手腕を用いて、たった一代で自身の会社を名だたる王空グループへとのしあげた男。
その生きた伝説の時代が、ついに終焉の時をむかえたのである。
会社を興し、丸一世紀座り続けたその総裁の座からベッドに移り、その遺言を書にしたためさせたのち、彼は眠るようにして亡くなった。
それはまさに大往生であり、実年齢の半分以下の歳に見えるといわれた姿に浮かぶ死に顔は、とても満足げであったと伝えられている。
現代の魔法使いと呼ばれた時代の寵児が、ついに眠りについた。
そうなり次に注目されるのは、その後継。
百を超えてなお平然と執務をこなし、死期を悟り病院のベッドで横になるまで座り続けたその座。
王空グループという、表の社会にも裏の社会にも大きな影響を持つ巨大なグループを束ねる総裁の椅子に、いったい誰が納まるのか。
そしてその莫大な遺産を、誰が継ぐのか。
それに注目が集まらないわけがなかった。
葬式も終わり、一族が再度集まったその席で、死の直前に書かれたその遺言書が紐解かれる。
ちなみにだが、彼の直系といえる子は息子が二人いたが、その二人共すでに亡くなっている。
双方八十を超えての天寿であり、当人はその息子達より若々しく見えたというのだから、氏の怪物ぶりもわかるといえよう。
現在、彼の姉の孫が二人。その息子の子。つまり彼の孫の合計六人が、血の繋がった一族ということになる。
もちろん、その家族とその子等(ひ孫など)もいるので、総数はもっともっと多くなる。
勲氏直筆の封がとかれ、遺言書が取り出される。
これにてグループの新たな未来が決まる。
あるものは諦めたように肩を落とし、あるものは自分のことだと襟を正した。
目を通した弁護士の口が動く。
その内容に、場に集まった誰もが驚きを隠すことは出来なかった。
『我が遺産と総裁の座。そのすべてをカタナシツカサに譲る。今のグループがあるのは彼のおかげ。彼を探し、我が後継とすれば、世界さえ制するであろう。我が子等よ。更なる発展を、頼むぞ』
「「誰っ!!?」」
場にいた誰もが声を上げた。
それは、一族のいの字もかすらない、全然まったく欠片も聞いたことのない者の名前だったからだ。
「その少年の似顔絵はこちらになります。年齢は多少前後している可能性があるそうですが、それらはこちらのコンピューターで予想図を作っておきました」
「だから誰っ!?」
弁護士がぴらりと出した似顔絵を見て、全員が叫ぶ。
当然のように、誰もその顔を見たことがなかった。
「皆様に心当たりはないようですね。ならば、捜索方法に指定はありませんでしたので、この遺言を公開し、この名の者を……」
「いや、それはただ混乱を招くだけだ。ここは一つ穏便に、秘密裏に探すべきであろう。幸いにして総裁がおらずともしばらく問題はないはずだからな」
「そうそう」
「そうそうそう」
「その通り!」
誰かが言ったことに、一族のほぼ全員が同意した。
公表すれば王空グループ総帥の座を狙い、自称カタナシツカサが押し寄せるのは明白なので、当然といえば当然だろう。
当然本音はまったく別のところにあるわけだが。
「それでは、非公開での調査を開始いたします。来年の総会には新総帥が挨拶出来るよう努力いたしますので」
「そ、それは楽しみだ」
多くの者が、その言葉に笑顔を引きつらせながら、弁護士の言葉に答えた。
こうして遺言状の開封は終わり、一族は大きな混乱をきたした。
その名の少年はいったい誰なのか。なんなのか。
場にいた面々は互いにけん制し、秘密裏に調査をはじめる。
見つけ出し、新総帥に取り入ろうとする者。
黙って経過を見守る者。
そして……
(誰も彼もわかっていない)
その遺言を聞き、直系第一子の長男。すなわち、孫は思う。
なぜ、爺さんが選んだ人を認められない。
妖怪とさえ言われたあの爺さんがこれだと選んだ後継者だぞ。
血の繋がった者ではなく、こいつだと直接指名した。
それはつまり、あの爺さんと同じ怪物だと思わないのか?
想像出来ないのか?
「……」
まあ、私には関係ない。
自分達は、あの人ほど優秀ではない。その器ではない。自分はそれを重々に承知している。
むしろ、あの怪物が今までワンマンで回してきたグループを任されたりせず安堵したほどだ。
皆、目先の金と総裁という王の座に目がくらんでいる。
もし自分がそこに座った時の重圧など考えていないのだろう。
(……人の欲だけは、本当に途方もないな)
祖父の背中をきちんと見て育った者は、その総裁がどれほどの怪物であったか。本当の魔法使いであったことを理解している。
ゆえに、自分がそれを継ぐことは無理だと理解していた。
だから、あのような遺言を残されても納得が出来た。
むしろ、祖父の選んだ人間ならば間違いないとさえ思った。
しかしそれでも、分不相応な椅子を望む者があとを絶たない。
カタナシツカサがいなくなれば、その遺言に意味はなくなり、自分が総裁になれる。
取り入ろうとするでなく、見守ろうとするでない。
たとえひと時でもおのれの尻で総裁の椅子に座りたい。
そう思う者が一族の中に現れたとしても、なんら不思議はないのだ……
「この男を、殺してもらいたい」
接触したアロハシャツの男に、彼は似顔絵を見せた。
「名は、カタナシツカサ。漢字まではわからん」
「片梨、士……っ!」
しかしアロハの男は、その名を聞き、似顔絵を見た瞬間に大きく目を見開き、信じられんというような顔をした。
「? どうした?」
「だんな、どうしてこいつを?」
恐る恐る、男は聞く。
「事情は聞かぬ約束だろう? なにも聞かず、ターゲットを抹殺する。それがお前達の売りのはずだ」
彼は、金と権力を最大限に使い、今最もホットで要望にあう殺し屋集団を探したのだから。
でなければ、こうして直接それと会おうとは思わない。
「いや、そうなんですがね。無理に聞く気はさらさらございません。ただ、ちょーっと驚きましてね。まあ、こんなご依頼をするのも仕方がない。裏でもその深部。闇の中まで浸らなければ知るはずもないコトですから」
「意味がわからんな。お前達は、こいつを知っているということか?」
「ええ。知っておりますよ」
「知っているのか! なら話は早い!」
「ホント。だんなは運がいい」
「そうだな。間違いなく殺してくれ!」
「ふふっ。そして、運が悪い。こいつをターゲットにするなんて」
アロハの男は、くつくつと笑う。
その笑いを見て、依頼者の男は怪訝な表情を浮かべた。
「いったいどういうことだ」
「だんなは金があるから、いきなりあたしにコンタクトがとれた。こいつは大変ラッキーだ。無駄金を出さず、あんたの命も助かる」
「だからどういうことだ!」
自分だけわかったように語るアロハの男に、男は不愉快を隠し切れない。
「おおっと、お怒りなさるな。世の中には手を出しちゃいけない存在ってのがいるんですよ。だんなのダンナとか、サムライとかね」
「侍? なにを言っている。侍など、この時代もういないじゃないか」
「ご存じない。でしょうねぇ。知っていれば、間違いなく片梨士のことを知っておいででしょうから」
「だからなんだ。侍とか、闇とか! 私が聞きたいのは、殺せるか殺せないかだ!」
「なら、はっきりお言いしましょう。だんなの言うこの少年が、あたしの言う片梨士と同じなら、悪いことは言いません。やめときなさい。こいつを殺すのは、不可能だ」
今までへらへらしていたアロハの男が真顔になり、きっぱりと言った。
言い切った!
その迫力に、男は思わず一歩あとずさる。
「ど、どういうことだ?」
「言ったでしょう。世の中には手を出しちゃいけない存在がいるって。いるんですよ。世の中には人知を超えた存在ってヤツが。片梨士も、そういう存在の一人です。しかもこいつは、その中でも飛び切りの存在。だんなのダンナを超えたバケモノもバケモノってヤツでさぁ」
「なん、だと……? そんなたわごとを、信じろと?」
「別に信じなくてもかまいませんぜ。むしろ、信じられなくて当然てヤツでさ。あんたは、そういうことを知らない層で生きてるんですから。そいつは幸せなことですぜ?」
「……」
「だから、悪いことは言いません。こいつを殺すのは諦めなさい。少なくとも、ウチじゃ請け負えませんぜ」
「なんだと!? 貴様のところで無理なら、他にいないじゃないか!」
「請け負える存在がいないってコトですよ。今までだんなのような方がいなかったとでもお思いで? すでにいくつかの組織がそいつを狙ったんですよ。結果は、どれも失敗。それどころか、今その組織の奴等でまともに生活出来てるヤツはいやしません。闇の中でも、特段アンタッチャブルな怪物なんですよ」
「なっ、な……」
アロハに言われたが、男はとても信じられなかった。
とてもじゃないが、自分の生きている世界の話とは思えない。
だが、裏をさらにもぐった闇の修羅場さえ知るこの男の声が震えているのだから、とても嘘とは思えなかった。
「てえわけです。その考えは、改め、別の方法を考えた方がいいと思いますよ。再起不能になりたいと言うなら別ですがね」
「……」
「事情は聞かねぇと申しましたが、だんなの事情は聞かずとも知っております。だんなのダンナは慧眼ですよ。闇でひっそりとうごめくアレに目をつけたんですからね。さすが、伝説の魔法使い」
「貴様等が役に立たないことはわかった」
「そうですねぇ。触らぬ神にたたりナシ。このご依頼はお受けできません」
「だが、この少年のことを知ってはいるのだろう? ならば、その素性を教えてくれ。そうしてくれれば、私も諦めよう」
「……サービスですぜだんな。今後ともごひいきをお願いしてくれるってことで、特別に」
「ああ。機会があればな」
「お教えしますが、目に見える情報には決して騙されないようたのんます。ヤツは千里眼どころか因果の先まで見えてるなんて話もあるくらいですから。正直、こう話すだけでもウチがつぶされる可能性さえあるんですから」
「……肝に、命じよう」
そうしてアロハの男は、片梨士の素性を彼に伝え、そそくさと逃げるようにその場から去っていった。
残された男は愕然とする。
(あの昼行灯の兄が言ったことは事実だというのか! せっかくここまで我慢してきたというのに、あの椅子を諦めろというのか!)
男は、現実が受け入れられず、愕然とする。
だが、あれほど諦めろといわれたのに、それでも諦めきれない。
人間とは、そういうものである。
(だが、奴等の力なしに暗殺など出来るわけがない。だからといって、兄のようにグループを諦められるわけもない。なにか、なにかあの少年を排除する方法はないものか!)
「っ!」
その時、男はひらめいた。
(いっそ、その少年を手中に収めればよいのではないか!)
素性を知り、片梨士はまだ若いことを知った。
世には摂政、関白、丞相など、最高権力者を補佐する者も存在し、実質的に権力を握ることもしばしばある!
総裁の座にその少年が座り、その少年をいのままに操れれば、それはその椅子に座ったも同じ!
ならばあとは、その少年にいうことを聞かせるのみ。
(まさか、跡取りにもならず価値もないと思っていた娘に意味が出ようとはな!)
娘を嫁がせ、その父が権力を握る。
それは、大昔の時代から使われてきた古典的手法。
しかし、それは結局、男と女。野心を持つ父がいる限り、いつまでも使われ続ける定石だ。
こうして、初めて父に必要とされた娘がある少年の前に姿を現し、新たな話がはじまることになるが、それはイノグランドとはまた別の物語。
おしまい