表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
76/88

第76話 モザールが繋ぐ姉弟の絆


──ツカサ──




 ちょっと寄り道もしたけど、荒野を歩き続け、俺達はマティナという街に到着した。

 砂漠を目前にし、それを大きな防壁で守るいわゆる城塞都市である。


 もちろんこの壁は、砂漠側だけじゃなく、街全体を囲っている。

 これは砂除けという理由だけじゃなく、侵略から街を守るという役目もあった名残らしい。


 なにかこの街を襲う敵がいるの? と問えば、今はもういない。と答えが返ってきた。

 この防壁が出来たのは、魔法帝国が滅び、遠征で諸外国を侵略していた将軍達がこの地に戻ってきてかららしい。


 つまり、その将軍達が、自分が新たな帝国の支配者となるべく争ったから、その結果こうした防壁に守られた街がいくつも作られた。というわけだ。

 この時期は魔法帝国崩壊により、魔法、および魔法の道具の信頼性が著しく低下していた時期でもあるから、人の力での殴りあいがメインとなった。


 そうなると、人の侵入を防ぐのは壁が一番ということで、こういう岩を積み上げる形に落ち着くというわけらしい。



 それからもう五百年以上の年月がたち、それでもまだ防壁に囲まれた都市は生きているのだから、石造りの建物ってのはすごいんだとつくづく思う。

 まあ、木材が簡単に手に入らないお国柄ってのもあるんだろうけどね。



 街道の一大拠点であるこのマティナってところは、周辺の村々からその特産品を売りにくる人達も多いらしく、それを買う人売る人でとても活気のある都市だった。

 何百年も人が過ごしているのだから、この街には収まらず、外に人があふれ、周辺には多くの村が存在しているらしい。


 誰もいない荒野を歩いてきて、門の前に入場待ちの人がずらりといたのには大きく驚いたもんだ。



 街の大通りも雑多で人であふれていた。


 簡単なテントを作った出店のようなもの。

 肩から籠をさげて売り歩く売り子スタイルの人。


 それらの人達が、王国で見たことないもの。元いた地球でも見たことないものを手に、通りを歩く人達にむけ売っている。


 いうなれば、砂漠のバザールといったところか。



「モザール。モザールはいかがですかー?」


「っ!」


 そのバザールを横切る中、それが目に入った瞬間、俺は思わず足を止めてしまった。



「? ツカサ?」

「ツカサ殿?」



 もともとここを通り過ぎて、今日の宿を探そうと言っていたところでの停止だから、二人も疑問に思って当然だろう。

 二人も俺が足を止め、むけた視線の先を見る。


 俺の視線の先には、二人の少年少女がいた。

 俺とリオよりさらに若い、このあたりで商売するには若すぎる二人。


 きっと兄妹なのだろう。十を少し超えただろう少年の腰に、その女の子はひっしと抱きついている。

 兄と思しき少年は、首から籠をさげ、商品の名前と思しき「モザール」という名を連呼し、通りを歩く大人に呼びかけている。


 場所が悪いのか、ここでは子供という面は配慮されないのか、通りを歩く人達にはまったく相手されていないようだ。


 そう考えると、ここに子供がいるのはおかしい。や、子供になにをやらせているんだとか感じる人もいるのかもしれない。

 だが、俺が感じたのはそんなことじゃない。


 俺が思わず足を止めたのは、その二人に対してなにかを思ったからじゃない。


 俺の注目を引いたのは、少年の籠にのったその商品。

 少年が「モザール」と言うその品物。


 それに、思わず目を奪われたからだ!



 そこにあったのは、丸くて白い、たんぽぽの綿毛をでかくしたような代物。

 わたあめのわただけ。白い猫がまるまっているかのようなそれ。


 ここまで例えれば、なぜ俺がそれに興味をもったのかおわかりいただけただろう。


 もう何度も何度も話題にしているのだから、俺の趣味嗜好は理解していただけているだろう。



 そう。こんなモフりがいのありそうな代物、撫でリストの俺が見逃せるわけがないじゃないか!!



 いったいなんなんだこれは、綿? いや、綿には見えない。

 きっと地球にはない、この異世界イノグランド特有の代物だ。


 触ったらどんな感触があるのか。

 どんななで心地なのか。


 俺の好奇心は、大きく刺激されてしまった!


「……」


「ツカサ、どこに?」

「なにかお買い物ですかな?」


 俺は二人になにも言わず、俺は思わずその少年のもとへ近づいてしまった。



「それ、どういうものなんだ?」



 さすがに袋にも入っていない売り物。それを店主の目の前で鷲づかみ! なんてするわけにもいかない。

 だから最初は、いったいどんな物なのか聞いてみる。


 そしてそこから触れてもいいかの許可をもらい、触れる。


 そのためのさわりとして、商品の説明を求めた。興味を示せば許可も得やすくなる。完璧じゃないか。さわりたいだけに。なんつって!


 おっと、テンションが高くなりすぎてしまったな。

 だが、おかげで対面販売だというのに、臆せず声をかけられている。


 人間、興味のあることならなんでも行動的になるとは言ったもんだぜ。

 ついでに、話しかける相手が少年というのも大きい。自分より年下なら、臆することないからな。


 興味があるというだけでなく、自分より弱いと思うものには強気で出られる。人間とは浅ましい生き物だよ。いや、俺はすごく強いから、誰にも臆せず話しかけられるけどね。それとこれとは無縁だけどね!



「なんだいにーちゃん。モザールの草知らねーの?」


「ああ。知らないな」

 草なのかこれ!

 いや、たんぽぽと同じようなものと考えれば、ある意味納得も出来る。


「だから、これがどういうものなのか教えてもらえないか? 物がわからないと、買うに買えないからな」


「おいらも、こいつは知らねーな」

「あー、拙者はなんとなく。王国ではめったに使わぬ代物にござりますな」


 俺の肩越しに二人がのぞきこみ、おのおのの感想を述べた。


「しゃーないな。なら説明してやるよ」

 ふふん。と鼻を鳴らし、少年は籠の中の商品を説明しはじめた。



 簡単に説明すると、これは火をおこす時、最初の火種を作るのに使われる『ほくち』に相当するものらしい。

 ほくち。漢字では『火口』と書き、意味は火をつけるところとか点火するところという意味だ。


 火打石や、木と木をこすり合わせて出来た小さな火にくべて火を大きくしていく時そこにくべるアレのことだ。

 わからなかったらあとは自分で調べてほしい。



 モザールの草。

 それが、この少年が売るほくちとして使われる物の名前だ。


 地球に同じものがあるかはわからないが、これはこの一帯にのみ生息する、荒野に生きる植物である。

 少ない水分で育ち、タンポポやネギの花のよう茎のてっぺんに白い花を咲かせ、しばらくするとそれがでかい綿毛のようなものをつけるらしい。


 そのふわふわとした実をもぎ取り、乾燥させたものがその籠にある物体となる。


 見ての通り、もこもこふわふわの外見だから、綿や糸にも使えないかと試行錯誤した時期もあったみたいだけど、うまくまとまらずぼろぼろ崩れてしまったらしく、最終的には日常生活に必須となるほくちとして利用することに落ち着いたんだそうな。



「へー」

 説明を聞き、納得の声を上げた。


 ガスもまだ普及していない。魔法があるとはいえ、そのお値段は庶民にしてみれば目玉が飛び出るほどのお値段で、気軽に火を起こす道具なんてまだない。

 ならば、こういう火をおこすための道具ってのは必須だよな。


 ほくち箱に入ってるほくちの使い方はこっちの世界で何度も見てきたし。


 まあ、それはどうでもいいんだ。

 重要なのは……



「ずいぶん大きいけど、これ、このまま火をつけるのか?」


「違うよ。これを揉んでばらすんだ。そうすると小さくなって、火もつきやすくなるんだよ。でも、崩れやすくもなるから、使わない時はそのままにしておくのさ」


「へー」


 ほほう。

 俺は心の中で小さくガッツポーズをとった。


 揉んだら小さくなるというのは少々不安だが、一つ買って揉んでみるのになんの不都合もないからだ!

 むしろ今、俺がやりたいこととばっちり合致してるじゃあーりませんか。



「じゃあ、一つもらおうか」


「はいよー」



 少年が俺の手に、モザールの草を乗せてくれた。



「ちょっと試していいかな?」


「うん。やってみないとどんなのかわかんないだろうしね。やってみて、こいつはいいと思ったらもっと買ってよ」


 にひひと少年は笑った。

 商売上手なお子様だ。だが、俺が求めているものでなければ、次はないぞ……!



 乗せられたそれを、両手で挟む。


 そして、揉んでみた。



「……っ!」



 こ、これはっ!


 揉み解してみたら、大変な衝撃を受けた。


 なにこれしゅごい。


 両手で挟んだ際に感じるほのかな弾力。両手に感じるもふっとした手触り。それでいて指をすり抜ける滑らかな産毛のような感触。

 こんな手触りなかなか味わえない。俺がモフった中でも五指に入るレベルですばらしい!

 生き物を除外すれば、間違いなく今までで二番目の代物だ。


 こいつは、すげえ。


 ただ、その極楽は長く続かない。

 揉めば揉むほど小さくなってゆき、最初に感じた衝撃を感じるほどの手触りも、滑らかな感触もすぐになくなり、ぼろぼろに崩れてしまった。

 手の中に残るのは、小さくまとまった、楽園の残骸。


 短い。短すぎる。撫でリストマイスターの俺だからこのすばらしい感触を堪能出来たが、興味もないものはただほぐしやすい毛玉にしか感じないだろう。

 こんな一瞬なのだから、娯楽として楽しむにはかなりの量が必要となる。

 この元楽園も、それなりの量があればその手触りを楽しめるかもしれないけど、それもこの量じゃダメだ。


 もったいない。なんともったいないことか……っ!



「普通はそんなにまとまらないで、もっとばらばらになるんだけど、それに火をつけて使うんだ」


 悪かったね。うまくほぐせないで。

 どうせ俺は不器用ですよー。


 でも、でもな……っ!



「どうだいにーちゃん。せっかくだから、もっと買う気に……」



「ああ。全部もらおうか」


「なっ……なぁ!?」


「ええっ!?」

「なんですとぉ!?」



 俺の言葉に、少年だけでなくリオもマックスも驚いた。


 まあ、驚くのも無理はない。

 籠一杯の火口をここで買う理由はないからな。



 だが、俺にはある!

 籠一杯のもふもふ草(俺命名)があれば、十分に満足出来るモフりが出来るからだ!


 しかも使ったあとはちゃんと火口として使えるのだから、なおお得じゃないか!


 決して無駄にはしない。その上ほぐす仕事と称してこんなこと出来るんだから、最高じゃないか!



 俺はなにか言いたげな背後の二人に手を上げ、しばらく黙っているよう指示した。

 俺の心が心意気が届いたのか、そのまま二人はこの推移を見守ってくれるようだ。



「ぜ、全部って、この籠の中のを?」


「籠以外にもあるなら、あるだけもってこい!」


 俺はいっこうにかまわん!



「荷のことなら心配するな。全部収納出来る」

 なんせなんでも入る魔法の袋があるからな!



「い、いや、今あるのはここにあるので全部だよ。もっと欲しいなら、一回家に帰らなきゃ……」


「ほほう。どれくらい?」


「え? 小屋いっぱいだけど?」



 小屋、いっぱいだと!?



「それはどのくらいの量に?」


「ええと、あの倉庫くらいかな?」


 指差された場所には、けっこう大きめな倉庫が建っていた。


 つまり、あの倉庫いっぱいにもふもふ草があるってことか!? なんて量だ。あれだけあれば、夢のもふもふプールも実現可能なのでは!?


 もふもふの中で泳ぐ。それは生き物相手では決して実現しない幻のパラダイス。


 だが、ただの草ならそんな心配しなくていい。

 思いっきりそこにダイブして、全身でそれを堪能出来る。それはまさに、もふもふの新境地ではないか!?


 こ、これはいっちょ試してみるしかない。試してみるしかねぇ!



「わかった。それも全部いただこう。その小屋まで今すぐ案内してもらおうか!」


「えっ? ちょっ、ちょっと待ってよにーちゃん。いきなりそれは無理だよ」



「なんだ、遠いのか?」


「村までは一日もかからないとこだけど……」


「なら、早く行こう!」



 今日いけるならなおいい。寄り道の時間は短い方がいいからな。

 楽しむのは長いほうがいいけど!



「そうじゃなくて、ボク達やることあるから、まだ家には帰れないんだ」


『なんだ、出稼ぎにきたんじゃねーのか。ひょっとして、家出か?』


「違うよ。ボク等、ねーちゃんを探しにきたんだ。三日前にこれを売りにこの街に来たはずなんだけど、いつまで待っても帰ってこないから……」

 少年の言葉に、後ろの妹と思しき女の子が、その腰にぎゅっと抱きついた。

 どうやら姉を心配しているようだ。



「村のみんなは、こんな村、もう嫌になったから都会に行って、帰ってくるのが嫌になったのかもしれないなんて言うし」


 村の特産品と言えるモザールの草にてなんとか生活を成り立たせているようだけど、ほくちは日用品だけあってとても安い。

 そんな生活に不満があっても不思議はないらしい。


「ねーちゃん、父ちゃんがいなくなってからずっとボク等を育ててくれて。もう、そんな生活、嫌になっちゃったのかな。ボク等捨てられちゃったのかな……」


 少年の瞳に涙が浮かんだ。


 家族がいなくなった不安。家族に捨てられたかも知らないという不安。

 いろんな気持ちが混ざり合って、ぐちゃぐちゃになってるんだろう。


 なんとかして見つけたい。そう覚悟してここにやってきた。


 だから帰らない。そういうことか。


 なら……っ!



「なら、そのお姉さんが見つかれば、すぐにでも帰れるんだな?」


「う、うん」


 目的が達成されれば、あとはおうちに帰る。当然のことだ!



 俺は、少年と視線をあわせるよう腰を下ろし、頭を撫でた。

 少年が一瞬びくりと震えたが、頭を撫でたら、涙は止まった。



「オーマ。聞いてたな?」



 少年の頭を撫でるのをやめ、俺は立ち上がる。



『ああ。でも……』


「でも。だが。は聞きたくない。聞きたいのは、出来るか、やれるかだ」


『っ!』


 オーマ、すべては君にかかっているんだ。だから、出来ないとかはやめてくれ。

 この場で他人を探せるのは、オーマの力しかない。本人ではないけど、家族ならひょっとしてと思い、声をかけた。


 だから、どうか、出来ると言ってくれ!


 このお……れじゃなく、この二人のために!



『……ああ。そうだな。姉弟なら反応が似ているはずだ。ちょうどここに二人もサンプルがある。なら、このおれっちに任せろ! 街にいる限り、いや、街の外にいたって必ず見つけてみせるぜ!』


 さすがオーマ、頼りになる!


「サンキュー。オーマ」


『相棒にやれって言われたんだ。やってやるに決まってるぜ! ただよ、この街全部を一度にってのはさすがに無理だ。全部を探れるよう、歩き回ってもらうから覚悟してもらうぜ!』


「それくらいお安い御用だ。と、いうわけだ二人共。お姉さんはすぐに見つけて、家に帰してやるからな」


「ほ、本当?」

「ほんと?」


「ああ。俺達に任せておけ!」


 そして、小屋いっぱいのもふもふ草は俺のものだ!

 ぬふっ。ぬふふふふふっ。


 こうして俺達は、二人の姉を探すことになった。



 探して歩き回るついでに、自己紹介もしておかないとなー。




──マックス──




 到着したマティナの街は、実に雑多で人があふれかえっている商業の街であった。


 近隣周囲の村からやってきた出稼ぎの者であふれ、さまざまなものが売り買いされている。

 拙者達は今日の宿を決めようと、市場となった大通りを通過しようとしていた。


 そこにもあふれかえる人々。

 あまりに雑多な人ごみ。拙者でさえ圧倒される商人達の声。


 そんな中、ツカサ殿はある地点で足を止めた。


 視線の先にあったのは、一組の兄妹と思われる二人。

 子供を使って物乞いをするという情に訴えるやり方の通用しない場所で、小さな少年少女がここにいるというのは拙者でも違和感を感じた。


 しかし、それ以上の疑問は感じなかった。気にも留めはしなかった。


 この場にいた他の者も同様だろう。

 大人に混じって出稼ぎに来た。大変だが、商売は商売。


 皆、そう思っていたはずだ。



 ……一人のお方を除いて。



「……」


「ツカサ、どこに?」

「なにかお買い物ですかな?」


 その二人に気づいたツカサ殿は、迷うことなくその二人のもとへと近づいてゆく。


「それ、どういうものなんだ?」


 そして、籠の上にある商品がなんなのか、少年に問うた。



 興味を持ってくれたツカサ殿に少年は笑顔を見せ、それの説明をはじめた。


 モザールの草。

 この説明をもう一度する必要はないだろう。


 ツカサ殿はそれを一つ少年から買い付け、手で握った。


 ほくちとして使える状態にまで試して、ツカサ殿はなにか納得したようにうなずいた。

 まるで、すべてを理解したかのように。


「どうだいにーちゃん。せっかくだから、もっと買う気に……」



「ああ。全部もらおうか」



「なっ……なぁ!?」


「ええっ!?」

「なんですとぉ!?」



 ツカサ殿の宣言に、少年だけでなく拙者達も声を上げてしまった。


 驚く拙者達を、ツカサ殿は手で制する。

 その背中は、なにか考えがある。そうおっしゃっておられるように見えた。


 つまり、アレを本気で欲しいと思って口にした言葉ではないのだろう。

 あくまで建前。


 ならば拙者達は、それを信じ、事態を見守るしかない!



 ツカサ殿はさらに、もっと在庫があるならそれも買うと言い出した。


 しかしそれ以上の品はここになく、家に帰らねばないとのことだった。

 ならば家に行こうと言えば、少年達は帰れないと口にする。


 当然、拙者達はなぜか問うた。



 結果、大変なことがわかった。


 この少年と少女の姉が、この街で行方不明だというのだ。



「ねーちゃん、父ちゃんがいなくなってからずっとボク等を育ててくれて。もう、そんな生活、嫌になっちゃったのかな。ボク等捨てられちゃったのかな……」


 少年の顔に、はじめて不安の色が見えた。


 今まで気丈に耐えてきたのだろう。しかし、ツカサ殿の巧みな誘導で、それを崩されてしまった。

 それゆえ、思わずぽろりと出てしまったのだろう。


 ツカサ殿はこれを見抜いて、少年に話しかけたというのか……!



 ツカサ殿が強引に倉庫のものまで買うと言った意図がやっとわかった。

 普通に話を聞き、これを聞き出そうとしても、初対面の者が善意を前面に押し出して信頼を得るというのは難しい。


 しかし、相手に断りたいと思わせれば話は別だ。


 一方的に欲望をぶつけてきた相手なのだから、自分の方はこんな問題を抱えている。だから、出来ないと、相手を折れさせるための発言が出来るようになる。

 普通ならば遠慮するような発言だが、失礼な相手に遠慮する必要などはない。


 そんな状況を、ツカサ殿はあえて作ったのである!


 だが、ツカサ殿の目的は、その問題を口に出させること。これが真の目的であるのだから、そこで折れるどころか、むしろ食いつくというもの!


 なんと見事な誘導術であろうか。



 しかし、なぜゆえここまで性急に。そのことを聞き出すのなら、もっとじっくり時間をかけ、信頼を得てからでも……


 などと思ったところで、場の空気が変わった。



「オーマ、聞いてたな」



 少年の頭を撫で、立ち上がったツカサ殿の雰囲気が、今までとまるで違う。



『ああ。でも……』


「でも。だが。は聞きたくない。聞きたいのは、出来るか、やれるかだ」


『っ!』



 その言葉の端々に、その背中に、なにかに憤るような、怒りを必死に抑えるような、苛立ちのようなものが感じられたのだ。


 オーマ殿への探索の命も、ツカサ殿にしては珍しい、どこか無茶な要求であった。



 これは尋常な事態ではない……っ!


 それを見た拙者達は、この場でなにか、拙者達では考えのおよばぬ事態が進行しているのだと理解した。

 ツカサ殿だけが見抜けるなんらかの異変。


 それが、起きていると!



 なにが起きているのか、拙者達にはさっぱりわからない。

 だが、ツカサ殿が憤るほどのなにかが、ここで起きている!


 この人探しは、ただの人探しではない……!



 そしてそれは、程なくして拙者達にも理解がおよぶような形で明らかとなる。


 行方不明となった姉の居場所が、判明するということで……




──ツカサ──




 オーマを頼りに街を練り歩く。


『……おっ。見つけたぜ』


 その場所は、わりと簡単に見つかった。

 まあ、偶然だろう。最初にまっすぐ壁にむかって行ったら、その突き当たりのところがたまたまそうだったのだから。


 だが、ついてる!

 これで念願のもふもふプールが!



『見つけた。が、こいつはなんかおかしいな』



 ……とはいかないみたいだった。



「なにがおかしいんだよ?」

 リオが聞く。


『目の前にでっけー屋敷が見えるだろ?』

「ああ。とんでもなくでっけー屋敷だな。街の隅っこの一角全部なんじゃねーか? こんなでっかい屋敷、そうとうアコギなマネやってなきゃ無理に決まってるくらいのな」


 リオ、それは偏見だと思うよ。


『言いがかりはよくねえぜ。と言いてえが、そいつは言いがかりとも言い切れねえな。その屋敷の地下。そこにそのお嬢ちゃんはいるみてーだぜ。しかも、同じ部屋に何人もいる。それどころか、同じように数人入れられた部屋がいくつもある』


「え? それってまるで……」


『ああ。まるで牢屋だ。ぼうず。おめーの姉ちゃんはなんか悪いことでもしたのか?』


「してない。するわけないよ!」


 オーマの言葉に、マッシャ少年が怒りで返した。

 ちなみに探索のため移動している最中、オーマとかの自己紹介もした。もちろんこの子の名前も聞いている。お兄ちゃんの方がマッシャで、妹の方がリッシャだ。



「しかし、なにかの間違いというのもある。ここが官憲の類が関わる館なら、地下に牢があっても当然だ。そこになんらかの理由で。というのも捨てきれんにござる」


「まあ、確かめるのが先か」


 マックスの言葉にリオは周囲を見回し、すぐ近くにいた物乞いにコインを渡して聞いてきた。



「マルディンって奴の屋敷だってよ。官憲とは関係なく、この街を動かしてる顔役の一人だってさ」


「マルディン!?」


 その名を聞いて、マッシャ少年が驚きの声を上げた。



「知ってるのか?」


「知ってるもなにも、うちの村にも視察ってヤツに来たことある、大人は清廉潔白で周辺の村のことも考えてくれる、いい人だって言ってた人だよ」


 それを聞いたリオが、うへえ。という顔をした。

 マックスも同様に、苦笑している。



「見事なまでに怪しさ爆発だな。裏でなにやってるかわかったもんじゃねえ」

「視察に来たことがあるということは、姉のことを知っていても不思議はないのでござるな」



 清廉潔白かどうかはまだ断定出来ないけど、一つわかることはある。

 それは、ここが警察関係の建物ではないということだ。


 牢屋のように人をとじこめているのはどこかおかしい。


 それだけは、はっきりとした。



 まだお姉さんが自分の意思でそこにいる可能性は捨てきれないけど、こいつはかなり、アレの可能性が高いんじゃないかね?



「……」



 見つけて即再会。そして帰ってみんなハッピーかと思ったら、なんかめんどくさいことになってきたぞ。


 見つけたって聞いたから、俺はもう小屋でもふざぶ堪能気分だったってのに!



 って。


 いけないいけない。

 状況からして、お姉さんが大変な時だってのに、俺は自分のことばかり。こんな個人的なことでイライラしている場合じゃないじゃないか。


 むしろ、いる場所がわかったんだから、さっさと合流して三人まとめて村へゴーすればいいじゃないか!


 俺にはオーマだけじゃなく、マックスとリオ。さらにソウラまでついているんだから!



「マックス、リオ」


「は、はい!」

「なんだいツカサ!」



「二人とも、力を貸して欲しい。このままだと俺は、自分を抑えきれなくなりそうだ」


 このままじゃ俺、早く行きたいのが我慢できなくて、誰かに当り散らしちゃうかもしれないからな!

 だから、頼むよ。二人共!



「も、もちろんにございます!」

「当然だよ。屋敷の中なら、任せてよ!」


 二人共快諾してくれた。


 ありがとう二人共。俺一人じゃ、こんなのどうしようもないからな!



「では、まずは中に入らねばなりませんな」


「おいらがこのくらいの壁、ぴょんと飛び越えちまうけど?」


「それではオーマ殿と離れ、姉がどこにいるのかわからず探索することになるだろう」


「おいらがオーマもってきゃいいじゃん。どうせ入れてくれって言っても簡単には入れてくれるようなとこじゃねえだろ」


「ふっ。リオよ。今の拙者の立場を考えれば、正々堂々、真正面からこの館に入ることも可能だとわからんか!」


「……あっ」


「そう。街の顔役であり清廉潔白というのなら、王国よりの特使を接待せずしてどうするというのだ!」


 マックスが胸をはり、ばばーんと宣言した。




──マックス──




 オーマ殿のお力で、わりとあっさり姉の居場所はわかった。


 ツカサ殿もそちらの方にいると予感があったのだろうか。本当に、あっさりとだ。



 しかし、その彼女がいるところは、牢屋など普通あるはずのない商人宅の地下だった。


 行方不明。

 地下にいる。


 なのに、一日かからず行ける場所にいる家族への連絡はない。


 これだけそろえば、いくら清廉潔白な人間としても、かなり怪しいといわざる終えないだろう。



「……」



 ぞわっ!


「っ!」

「っっ!?」


 状況が明らかになってきたところで、ツカサ殿の背中からあふれる苛立ちがさらに強くなったのを感じた。


 思わず、拙者もリオもぞっとする。


 やはり、ツカサ殿は最初からこの状況を予測していたのだ。

 当たって欲しくなかったこの状況に、その苛立ちがその背からあふれてしまったのだ……!


 まだ確定ではないが、なぜツカサ殿がこれほどの怒りを身にたぎらせるのか、その理由が理解出来た。


 お怒りになって当然だ。



 誘拐、幽閉。人を人と思わぬその所業が、ツカサ殿の逆鱗に触れぬわけがない! 見逃せるわけがない!



 このまま、屋敷ごと真っ二つにして悪を断罪して不思議はないほどツカサ殿はお怒りであらせられる!



「マックス、リオ」


「は、はい!」

「なんだいツカサ!」


 ツカサ殿がゆっくりと、拙者達を振り向く。



「二人とも、力を貸して欲しい。このままだと俺は、自分を抑えきれなくなりそうだ」



 っ!?


 一瞬、信じられなかった。

 ツカサ殿ならば、お一人で屋敷に乗りこみ、悪党どもを断罪することが可能である。


 それをなぜ、しないのかと!


 だが、言葉を反芻し、その意味が理解出来た時、拙者はなんと愚かなことを考えていたのだと自分を恥じることになる。



 ツカサ殿は、外にあふれそうになる怒りをその身に抱きながら、それをぐっと押さえこんだ理由。

 それは、さまざまな可能性を考えた上での、最も理性的な判断だった。


 ツカサ殿は、わかっていたのだ。

 今、あの方ご自身が手を出せば、なにをしてしまうのかを。


 それは、ただ怒りにまかせた断罪。

 ただの、私刑。


 いずれしっかり罪を償わせるにしても、地獄を見せるにしても、感情のままそれを行うことを、ツカサ殿は良しとしなかった。



 これはある意味、奴等への慈悲と言ってもいいだろう。



 みずからの力を理解し、それを抑える理性をお持ちだから、ここはあえて、拙者達に任せてくれた。


 感情で動くだけではない。この理性と礼節を兼ね備えた存在。



 これこそが、真のサムライ!



 拙者はまだまだ未熟であると、ツカサ殿を見るたび思い知らされる……っ!

 お怒りでこの屋敷ごと消し炭にしてしまえばいいと考えてしまった自分が恥ずかしいっ!



 ならば。


 ならばならば。拙者はその期待にこたえねばならない!



「も、もちろんにございます!」

「当然だよ。屋敷の中なら、任せてよ!」



 拙者とリオが同時に返事を返した。

 どうやら、リオにもツカサ殿の言葉の意味が理解できたようだ。


 ならばリオよ、ここは拙者とお前で、共同戦線と行こうか!



 拙者は、屋敷に入るだけでなく、拙者がその屋敷にその目的もリオに説明することにした。




──マルディン──




 私の名はマルディン。

 このバザールで栄えるマティナの街をまとめる六人の顔役の一人だ。


 帝国の統治形態は独特で、土地や街ごとにより議会制、区長制、領主制とさまざまだ。

 これは、魔法帝国が滅び、残されたそれぞれの街や郡が新たな帝国の覇権を争った名残であり、統治をスムーズに運ぶため初代皇帝がとった懐柔策の一つでもあった。


 一見一部においては民衆による統治を認めているようにも見えるし、一方では昔ながらの血族を大事にしているともいえる。

 しかし実際は、皇帝がその気になればその頭はすぐに挿げ替えられる。


 この帝国は、街や土地以外に郡という単位の地方区分が存在する。

 その郡を守護し、取り締まる郡代という役職。それは、皇帝によって直接選ばれるのだ。


 それはいわば皇帝直属。

 当然、より広い地を収める者の方が偉い。


 街々はその郡代に監視され、郡代の意。すなわち皇帝の意にそぐわぬ者は郡代の力によって排除されるのである。


 この統治方式で帝国が破綻しないのも、その中枢となる皇帝が絶大な権力を握っているからだ。

 この平等は、あくまで建前なのである。


 結局、帝国の権力はその皇帝の元に集約し、この地はやはり皇帝という絶対の権力者に支配されている。


 その地を統治する者はそれを身にしみてわかっており、帝国からの視線に常に怯えながら、街を統治しているのであった。

 だが、逆に言えば、絶大な権力を握る皇帝に目をつけられることがなければ、その権力者の椅子は安泰という意味でもあった。



 このマティスの街は、民衆によって選ばれた六人の顔役によって運営されている。


 その中でも私は、格段に清廉潔白。真面目でマトモな商人と人々に噂され、尊敬と敬意の念をむけられている存在だ。

 この地をおさめる郡代はおろか、皇帝陛下にさえ目をつけられるような存在ではないと自負している。



 ……だが、それはあくまで表の顔。


 裏ではうら若き乙女をさらい、売り払う人身売買の元締めなのだ!


 周辺をよくするためという名目でよくよその村へと視察へ行き、村の者の話を聞いている。

 もちろんこれは、商品の質を見定めに行っているためだ!


 視察に行き、周囲を気にかけることで表の顔の評判があがり、裏の顔にも役立てる。私はなんと優秀なのだろうな!



 そうして選ばれた商品が買出し、出稼ぎでこの街にやってきた時、ちょっとこちらへ寄るよう声をかけるだけで、愚かな娘はころりと騙される。

 あとはこの屋敷の近くにある、なぜか人気がなくなる道で捕らえるだけだ。


 これで犯行場所はわからないし、誰からも信頼される私は決して疑われない。


 彼女達は自分達がどこの誰に狙われ、どうしてそこにいるのかさえ理解出来ないだろう。

 地下に拘束され、自分の状況を理解した彼女達が見せる絶望の瞳。


 私はそれを見るため、この人身売買を行っていると言ってもいい!


 あぁ、うら若き乙女が絶望し、さめざめと泣くその姿。それこそが、女神の生み出した最高の芸術。そうは思わないか……っ!



 今まで、この裏事業はとても順調であった。

 しかし今、少しだけ心配なことが一つだけある。


 それは、世を救ったと言われるサムライが帝国に降り立ち、この国の世直しをはじめたというのだ。


 おかげで、取引先にのいくつかがその噂を恐れ、廃業を決めた。


 そう。私は心配している。

 そんなくだらぬ噂のせいで、この後の注文が減らないかということを……っ!



 サムライに私が成敗される心配?

 そんな心配など欠片もしていない。


 私の事業が誰かに暴かれる。そんなことはあるわけがないからだ。


 隠し扉に守られた地下室は館の図面を完全に把握されぬ限り不可能だし、そこで行われる商品の梱包が済めば清廉潔白な我が館からの馬車を止める手立てはない。


 そうして運び出しが終われば、もう誰も証拠をつかむことはかなわない。


 街の外へ売り払ってしまえば、なおのこと。

 行き先は知っているが、売った先が摘発されたところで、私に繋がる証拠は一切残していない。


 娘達は誰が自分をさらったのかわからないし、どこでさらわれたのかも定かでさえない。


 この私を捕まえたければ、私の王国であるこの館を摘発するしかない。

 清廉潔白である私の屋敷に手入れを出来るものなど、皇帝でさえ不可能だがな!



 明日もまた、商品の出荷が待っている。

 若い娘を八人。


 明日の朝一に運び出し、大儲けとなるだろう。


 南方のお得意様は、お盛んなことだ。

 また無意味に金庫に金が増えてしまうよ。


 笑いが止まらぬねな。


 ぬふはははは。



「マルディン様」

「いかがした?」


 明日の栄光を笑っていると、部下が部屋をノックした。

 聞くに、王国よりの特使が我が屋敷におもむいてきたというのだ。


 そういえば、聞いたな。

 きな臭くなってきた帝国に送られたという平和の特使が上陸したということを。


 商売柄、戦争はあまり歓迎していない。

 戦争は合法的に人身売買を可能にしてしまい、高い金を払って娘を手に入れるという必要性をなくしてしまうから。


 となれば、平和の特使とやらを応援するのは悪い判断ではないだろう。

 まあ、そもそも清廉潔白を売りとする私がその訪問を断るのは不自然。


 むしろここで特使を華麗に接待し、王国側へもコネを作るチャンス!


 平和に寄与した豪族の一人となれば、減った注文を倍にする機会ともなろう!


 ならば、あわないという選択肢などあろうはずもない!



 即座に許可を出し、特使を応接間に通した。

 そして、驚いた。


 なにに驚いたって? それは、その特使の格好だ。

 マックスと名乗ったその青年の格好は、今まで出会ってきた王国の者達とはかけ離れた格好をしていたからだ。


 暑い砂漠の熱気にやられたのだろうか? スカートのようにすその広がったズボンを履き、上半身は裸。そこに上着をまとっているだけといういでたち。


 最近の王国ではこのような格好がはやっているのか?

 ここしばらく海が荒れてまともに交易できなかったと聞いたが、その間になにかあったのだろうか?



 あまりに普通の特使という姿とかけ離れていたため、行き先を不安に思ったが、現れた金髪リーゼントの態度と礼儀は、一国を代表するにふさわしい態度だった。

 礼節をわきまえ、言動も丁寧。

 なのになぜ、こんな格好できたのか。


 王国人の考えることは、私にはわからない……



 だが、この姿の意味。

 それを知らなかった自分の無知さを、私は後で後悔することとなる。


 言い訳をさせてもらえば、この国の人間は、サムライのカタナという武器の輝きは知っているが、その姿がどのようなものだったのか、よくわかっていない。

 かの『闇人』を倒したサムライの姿を実際に見ることの出来たものはほとんどいないからだ。


 さらに場に現れた特使は私にあうためその武器さえ持っていなかった。

 仲間に預け客室においてきたというのだから、なおのことわかるわけがない。


 ゆえに、私がその姿をした特使をそうだと気づかなかったとしても誰も責められはしないだろう。



 もしこの時、特使の姿格好の意味を知り、王国から来たものということで伝説と結び付けられていたのなら、私の行動はもっと違うものになっていただろう。


 ……いや、違うな。

 例えわかっていたとしても、私の自信は崩れなかった。


 なぜなら、いくら伝説のサムライといえども、私の屋敷の隠し扉を発見出来るとは思っていなかったし、地下室にいる娘達を助け出せるとは考えてもいなかったのだから。



 しかしそれは、もう、後の祭りである……




──リオ──




 マックスの特使という立場を使い、おいら達はマルディンってヤツの屋敷に入った。

 おいら達は従者ってことで客室。マックスは特使なわけだから、そのマルディンと面会するため応接間に通された。


 マックスは腰のロングソードをマッシャに預け(こいつは武器を預かる従者ってことでつれてきた)、応接間に行ったけど、特使一行は特権としてこういう場所でも武器は預けなくていいってのがあるらしい。

 だから、ツカサの腰にあるオーマは今もツカサの腰にある。おいらの場合は、ソウラがペンダントになってるから、そもそも関係ない。


 つーわけで、おいら達は計画通り、地下に姉ちゃんがいるって屋敷に潜入することに成功した。



 あとはオーマが見つけたって姉ちゃんのいる地下室に行ってなんでここにいるのかを確かめればいいわけだ。

 予想通りのことが起きてりゃ、それ相応の行動をするまで。


 万一違って、実は普通に女中奉公してただけなんてだったとしても、あの二人に事情を聞かせ、おいら達はなにごともなかったように帰るだけ。

 そういう計画だ。



「さて、行くか」

 客間に通され、中に他の奴等がいなくなってすぐ、ツカサがそう言い放った。


『警備の奴等の動き。そして地下への道案内はおれっちにまかせとけ!』


 こういう時、オーマの力は本当に役立つ。

 オーマは自分の能力が戦いじゃ使えないとか言うけど、そんなことはないと思うんだよな。


 破壊力とかそういうのは結局ツカサの一撃にはかなわないんだから、こういう方向は正解なんだと思うんだ。

 だからこそ、ツカサはオーマを自分の刀に選んだんだろうし。


 とは思うけど、言うとなんか調子に乗るだろうから言わないおいらだった。



 オーマの指示と案内で、おいら達は迷うことなく、そして見張りに見つかることなく館の中を進んでいく。



『ここだな』


 倉庫の一角に、それはあった。

 倉庫の中に入り、自然に見えるほど偽装された隠し扉。


 おいらがぱっと見てもそこに扉があるかなんてわからない。オーマだからこそ見つけられた、秘密の入り口だ。


 ここに来るまで、けっこう厳重な警備もしてた。そして、この隠し扉。

 奥に踏みこめば踏みこむほど、怪しさは増し、黒へ色を濃くしていく。


 この地下。こいつは間違いなく……



『しかし、このあたりにゃ思ったほど警備がいねぇな。こっから先が一番重要だってのに』


「おかしくないさ。ここを下手に厳しくすりゃ、ここになにかあるよと教えてるようなもんだろ。これを作ったヤツはそれを警戒して、普通に来る分には不思議じゃない倉庫に隠し扉を作って、あえて警備を置かないようにしてんだよ」


『あー、そういう考えもあるか』



 オーマじゃなきゃこの地下室も把握出来ないだろうからな。

 これを作って運用してるやつは、かなり用心深いヤツだよ。


 ともかく、オーマの指示とおいらの技術を持って、おいら達はこの隠し扉を開けた。


 伸びるのは、地下への階段。

 聞こえるのは、誰かがすすり泣く声……



 地下に降りて、おいら達は答えを得た。

 予測どおりの答えさ。


 人攫い。監禁。人身売買。


 最低の行為が、そこにあった。



 ツカサが憤ってたのもよくわかる。

 こんなことが起きていると予測出来てちゃ、機嫌が悪くなって当然だ。


 こんな外道、許せるわけがねえ!



 地下室に警備の奴等はいなかった。

 まあ、そういう怪しいのがいないのをオーマが調べて見計らって来たんだから当然だけど。


 おいら達が地上から来たのを見て、八人いた女の人はその警備や看守みたいのが来たのかと思って怯えの色を見せたけど、マッシャ達と姉ちゃんの再会を見たら、おいら達が助けに来た者だと気づいてくれたらしい。


 今まで絶望していた顔に生気が戻り、みんな助けを求めてきた。



 当然さ。

 助けてと言われちゃ、助けないわけにはいかないよな!



「ツカサ」


「ん?」


「おいらに任せるって言ったんだから、最後まで任せてくれよ」


「もちろんだよ。遠慮なくやってくれ」


 許可は、完全にもらった。

 まあ、ここにいるみんなを外に逃がすだけなんだから、おいらにも出来る簡単なお仕事だけどよ。



「ふふっ。任せて」


 それでも、ツカサになにかを任されるってのはうれしいもんさ。



 ツカサの許可をもらったおいらは、ソウラを聖剣の姿に変えた。


 悠長に鍵開けなんてしてる時間はない。牢屋の鍵をぶっ壊し、そこからとらわれた女の人達を助け出していく。



 この時、泣いて喜ぶ人から聞いたんだけど、この人達は明日の朝一にはここから連れ出されていたんだってよ。

 この後夜遅くにゃ薬をかがされ、なにかに入れられ街の外へと運ばれ、その先どうなるのかわからなかったんだってさ。


 薬もまだかがされていない今が、最後のチャンスだった。

 間一髪この状態で阻止出来たのも、あの時少年の異変に気づいて、急いで探しはじめたツカサのおかげだ。


 あと一日遅れていたら、この再会さえなかったんだからな。


 ツカサがあれほど急かした理由もよくわかった。

 ツカサには、時間がない予感がなにかあったんだね。



 八人全員を牢屋から解放し、おいら達は外へ出た。

 ここからは大仕事だ。


 ここで人攫いなんて悪事が行われていたことを隠蔽なんて出来ないように、派手にやる!

 大勢の人が見て、言い逃れも出来なくて、ここを支配してるヤツだからって言い逃れなんて出来ないように!


 だから、この屋敷と街を隔てる壁をぶっ壊す!


 そうすりゃ、街の人達の目にとまり、ここでなにかあったと気づく。


 そこから八人が逃げ出せば、あとはこの街の奴等の出番だ。

 隠蔽も出来ないこの事件の解決に動き出さなきゃならねえ。


 もっとも、それが出来ないってんなら、この街はサムライの怒りに触れることになるけどよ。

 ツカサの怒りを知りたいってんなら、隠蔽してみるといいぜ。


「ソウラ」

『ええ。任せなさい』


 おいらはソウラを振り上げ、屋敷の外壁にむかって思いっきりぶっぱなした!




──マックス──




 どぉんっ!


 マルディンと話をしていると、その敷地の中でなにかが吹き飛んだような音が聞こえた。

 次いで衝撃、振動。窓の外には、白煙。


 マルディンも、何事かと立ち上がり、外を見た。



 外を見れば、屋敷を囲む壁が崩れ、それを見て集まる野次馬や、そこから外へ出てゆく女の姿が見える。



 その中に、拙者と共に屋敷に入った少年の姿もあった。

 つまり、これは当初の予測通りのことが起きていたということを意味している。


 しかも、外へ逃げる女は少年と手をつなぐ者だけではない。幾人もの姿が、崩れた壁から外へと脱出している。



「た、大変です!」

 部屋にマルディンの部下が飛びこんでくる。

 慌ててマルディンに近づき、なにかを耳打ちした。


「なんだとっ!?」


 拙者はそれを確認し、ゆっくりと椅子から立ち上がった。



「どうやら、その慌てよう。貴様も外の騒ぎと関係あるようだな。あの兄妹の姉だけでなく、多くの娘もさらったその首領。それが貴様か!」


「な、なんのことか……」


「拙者の耳のよさをなめるな。耳打ちの言葉、すべて聞かせてもらった。八人の娘が逃げ、このままでは終わりだと言ったではないか」


「ぐっ……っ!」


 拙者の言葉に、ぐうの音も出ない。



「くっ。おのれっ。なにが起きた。なぜこうなった! なにもなければ、明日には全員ここにはいなかったというのに!」


 そういうことか。

 ツカサ殿が急いだのも、それを心配してのことだったのだな。


「なぜだ。なぜ、あの娘達が逃げている。どうしてあの地下への隠し扉がわかった。いや、それ以前になぜ娘の誘拐が私の仕業だとわかった。偽装は完璧だったはずだ。痕跡も消した。私を疑う者もいない。そもそもなぜ、村娘の誘拐に気づいた! 村から街に来て、そのまま都会に出て行ったと考えるだろう! なぜだ。なぜ!」



 マルディンは、なぜ。なぜ。なぜを連呼する。

 それほどこれは信じられない事態なのだろう。


 だが、拙者にしてみればそれは不思議でもなんでもない。



「それを見抜いたのが誰か、教えてやろう。最初に気づいたのは、我が師にして、生ける伝説。世を二度救ったサムライ。ツカサ殿だ!」


「なぁっ!?」


「貴様は悪事の痕跡を消したと言ったな。いいや、お前はなにも消せていない!」


 拙者はマルディンを指差す。



「どれだけ必死に隠そうとしても、ツカサ殿の瞳はいかなる悪も見逃さぬのだ! 貴様は確かに自分の周囲は綺麗にしたのだろう。だが、娘がいなくなり、悲しみの涙を流す家族の情までは消せない。人々を不安に誘うその空気までは消せはしないのだ!」


「ぬ、うぅ……!」


「姉を思い、決死の想いでこの街にやってきた弟妹。その者の訴える瞳を、見えぬ涙を、ツカサ殿は見逃さなかった! 力なき人々の声なき叫びを、不穏に感じる人々の心の声を! あの方は、一目見ただけでそれに気づいた。それが、今の結果に繋がった。貴様がどれほど隠したと思っていても、その悪事の結果は消すことなど出来ぬと知れ!」



「なっ、なんだそれは。なぜそんなことでわかる。それでなぜ、わかる! 人がそんな神がかったこと出来るものか! そんなの、そいつは、化け物じゃないか!」



「化け物ではない。化け物などであるものか。化け物なら、人の心などわからぬ。むしろあの方は誰よりも優しいからこそ、人の心がわかるからこそ、お前に苦しめられた子供達の姿が見えた。あの方はあの子達に救いの手を差し伸べることが出来た!」


 そう。ツカサ殿はあれほど強いというのに、力なき弱き者と同じ立場に立ち、その心をおもんばかることの出来るお方なのだ。

 誰よりも強く、誰よりも優しいからこそ、あの方はすべての人に救いの手を差し伸べる。


 例えその身が、滅びることになろうとも!


「貴様には、わかるまい。あの方が、お前の悪行にどれほどの怒りを感じていたか。それでいて、貴様にどれほどの慈悲を与えたのかも!」



 ツカサ殿は、即座に誘拐の可能性に気づき、その悪行に怒りを燃やした。


 本来なら、誘拐が判明した時点で、貴様を消し炭以下にしたかったはずだ。

 その気になれば、それを簡単に実行出来たはずだ。


 だが、あの方はそれをせず、その怒りを無秩序に爆発させるのをぐっとこらえた。


 それは、やりすぎてしまうからだけではない。

 感情にまかせ、こいつを地獄に送れば、以前にさらわれた者の行方もわからなくなる。


 あの時点ですでに、ツカサ殿はその可能性さえ考慮していたのだ。


 一方的に断罪するのでなく、証拠を表に出し、人の社会で裁くことを選んだのだ。

 きちんとした司法のもと悪を裁き、ここに正義がきちんとあると世に。民に示すために!



 それは、この男に悔い改め、おのれのしたことを後悔する機会を与えたことにもなる。

 ツカサ殿はいつもそうだ。いかなる者にも、平等にチャンスを与える。


 あの方は、こんなクズにさえ慈悲を与えたのである……!



 これこそが、あの方が化け物でない証。

 あの方が、どこまでもお優しいという証明っ!



 しかし。


 しかしだ。



 そのようなお心、貴様はまったく理解しないのだろう。

 警備隊がやってこないのをチャンスとし、そのまま逃亡を図るだろう。



「であるから拙者はここにいる。ツカサ殿の慈悲を無駄にさせぬため、貴様にまっとうな裁きを与えさせるため、貴様をここで、捕縛させてもらう!」


 これが、拙者に出来る、貴様へのせめてもの慈悲だ!



「なにが捕縛だ。なにが慈悲だ! こんなところで終わってたまるか。私は逃げる。なにがなんでも逃げてみせる! おい、お前も一蓮托生だ。このままこいつを始末し、そのまま逃げるぞ」


「は、はい!」


 唖然としていた部下に指示を出し、部下は慌てて懐からナイフを取り出した。


「ヤツは今、武器を持っていない。このままやってしまえ!」



 部下が拙者に迫る。

 しかし、拙者はそいつを鼻で笑う。


 確かに今、ここに武器はない。


 武器はない、が……



 我が魂ならば、ある!



 拙者はみずからの胸に手をかざす。


 すると、拙者の胸から光があふれ、そこより一本の刀身が姿を現した。

 手の中には、むき出しとなったナカゴ(柄の中にある部分)に通す、ツバある。


 かしゃり。と音を立て、刀身にツバをしっかりとおさめれば、なかごが柄に覆われ、拙者の刀。サムライソウルが完成するのだ!



「ぶっ、武器があらわれたぁ!?」



 部下の男が驚きの声を発し、思わず足を止めた。

 刀とナイフでは、そのリーチが圧倒的に違うからだ。間合いに入る前に刀を構えられては、足を止めざるを得ないだろう。



 安心しろ。命までは奪わぬ。

 貴様等はこれから、死にたいと願っても死ねぬ懺悔と後悔の折の中で一生を過ごすのだからな!


 拙者は刃を返し、そのまま部下を、そしてマルディンを殴り伏せた。




──ソウラ──




 捕らえられていた娘達を解放し、屋敷の中に残っていたマックス君とも合流した。


 崩れた壁から七人の被害者の訴えを聞いて動いた警備隊が突入しているのが見えます。


 中に入って人攫いの一団を確保しようとしたら驚くでしょうね。

 その犯人のほとんどが謎の新人サムライに気絶させられたあとなんですから。


 ここまでお膳立てしてあれば、この人攫いの一団にはきちんとした裁きが下されるでしょう。

 万一それが行われないのなら、この街は、その根本からやり直さなければならなくなるわ。


 でも、ツカサ君はそうはならないと思っているみたい。

 もう任せても大丈夫。


 そう、確信しているんだわ。



 なぜ私がそう言うのかって?


 だって、ツカサ君はもう、この街から出てゆこうとしているんだから。


 彼は再会した兄妹とその姉をこれから村へ送り届けようとしているわ。

 被害者の証言は七人分もあれば大丈夫だろうと言ってね。


 理由は、彼との付き合いがあまり長くない私でもわかる。



「……ねえ、どうして私達を、助けてくれたの?」



 でも、理由のわからない当人は、当然聞くでしょうね。


 さらわれた女性を助ける大きなきっかけを作り、その悪事を暴くのに一役買ったというのに、誰にも知らせず、誰にも気づかれず去ろうとしているんだから。



「俺はただ、早くそちらの家にある小屋いっぱいのこれを買わせてもらうためにやっただけだですよ。お姉さんを助けた結果になったのは、たまたまです」


 彼はけろりと言い切った。



 それを聞いて私達は呆れることしか出来ない。


 本当にこの子は……



 誰もがそれは、ただの建前としか思っていなかった。

 だってそうでしょう。


 それを買うために、あれほど必死になる必要はどこにもないのだから。

 あれほど、憤る理由はないのだから……


 リオ達より付き合いの短い私にだって、本音は姉達を助けるためだったというのがわかる。


 でもこの子は、いつもどおりその主張を曲げず、押し通すのでしょうね。


 恩着せがましいことは一言も言わず、ただ、自分のために彼女を救い出したと。


 本当に、無欲な子。

 真に清廉潔白というのは、子のこのことを言うのかもしれないわ。



 だからこそ、この子は世界を救えた……



 ただ、こうも思う。

 ツカサ君は、誰よりも貪欲であると。


 自分のことではなく、他人を幸せにするという一点において。ね。



「さあ、行こうか。これ以上ここにいる理由もないし」


 ツカサ君の言葉に、姉の方があきらめたようにため息をついた。

 どうやら答えはそれ以外返ってこないと悟ったようですね。


 あの弟と同じく、この娘も聡い子だわ。

 だからこそ、人攫いに狙われたのかもしれないけど。



 こうして私達は、いつもどおり誰の目にもとまらぬよう、その喧騒覚めやらぬ街から去るだった。




 ──農村から都会への若者流出。ただの家出。


 そう思われていた村から若者が去ってゆく事態は、実は誘拐事件であったことが先日発覚した。

 発覚の発端は、幸運にも監禁現場から命からがらに逃げ出した被害者が、崩れた壁を乗り越え周囲に助けを求めたからだった。


 その訴えにより即座に警備隊による突入が行われ、この一件は明るみとなった。


 マティナの街はじまって以来の大事件。

 この事件は無事解決となったが、残された謎は多い。


 突然崩れた屋敷の壁。

 すでに壊滅していたという誘拐一味。


 そして、消えた八人目の被害者。



 誘拐され、街の外に売られた者達の行方は逮捕された首謀者マルディンの証言や押収された資料により判明したが、これらの謎はいまだ解けていない。


 さまざまな証言の中にはサムライがそこにいたというものもあり、その解決は帝国にやってきたサムライによるものだ。という噂もある。

 しかし、サムライがそこにいたという証拠はなく、それは噂の範囲を超えることはないだろう。


 ただ、この事件で唯一はっきりしていることがある。



 それは、これ以後街を歩くのに、不安を覚えなくていいということだ……




 おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ