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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
73/88

第73話 サムライ掌握計画!


──ツカサ──




「オー、みんなトモダチ。よく来てくださいましたネー」


 帝国に到着していきなり事件を解決し、かつリオの知り合いの乗った船を見送ったその夜。


 改めて区長の館にやって来た俺達を、区長その人が出迎えてくれた。



 昼間手伝った事件と、キャプテン・エルダートのお宝のお礼として、豪勢な夕飯を用意してくれたんだそうな。


 お偉いさんとのお食事なんかは基本武器持ちこみ禁止だから、翻訳機であるオーマは持ちこめないというのもしょっちゅうだ。

 だから、基本的にご遠慮させてもらうわけだけど、今回はマックスとリオ大活躍のお礼ということだから、マックスの相棒である刀のサムライソウル。さらに勇者の証である聖剣ソウラキャリバーのソウラも同席ってことで、おまけの俺とオーマもこの席に同席させてもらえるってワケだ。


 いいこと(お宝持ってきたり)してちゃんと見返りがもらえるのはいいもんだね!

 今回俺、なにもしてないからなおさらに!


 まあ、毎回なにもしてないけ……って、これ昼間(前話)も言ったな!


 ともかく、俺は主賓ではないしこういうところの食事会のルールもよくわからないから、壁の華になって目立たないように楽しむからいいのさ。



「よっ」

 会場に入ると、もう一人知った顔がいた。


 帝国の商船団をまとめていた、船長さんだ。


「こちらも、島の件で助けてもらった礼をさせてもらいに来た」


 この街についた時お礼も言えなかったので、あの時の礼もかねて、区長と共にこの席を設けてくれたんだとか。

 そのおかげもあって、さらに豪華な催しだから期待していいと言われてしまった。


 これは、期待するしかないね!



「デハまずはー」


 席に通され、船長さんとの再会に友好を深めていると、区長さんが声をあげた。


 ぱっと明かりが消える。

 そして、会場に作られたステージがライトアップされた。

 凄い演出だ。たいまつやランプじゃなく、魔法でやってるのかな。


 どうやら食事だけじゃなく、歓迎のショーもあるんだってさ。


 なんか、本格的だね。

 そういやマックスは王国からの特使だった。そりゃ当然のあつかいか。



 舞台がライトアップされたことで、灯りが生まれ、暗くなったこちらのテーブルも手元がなんとか見えるくらいになった。

 隣の人の顔まではよく見えないけど、テーブルになにかが置かれたらわかる程度には明るい。


 その証拠に、暗くなったのと同じくらいの時に、さりげなく俺達の前に飲み物の入った杯が置かれるのが見えた。


 食事はまだ運ばれてくる気配はない。隣の人の顔も見えない暗さということは、ステージに集中しろってことでもあるんだろう。

 考えられてるね。



 ~♪


 音楽が流れはじめ、ステージに一人の人が姿を現した。



 むむぅっ!



 現れた人を見て、俺は思わず唸り声をあげそうになった。


 知った顔が出てきたわけじゃない。

 予想外のパフォーマーが出てきたわけじゃない。


 出てきたのは、いわゆる踊り子さんというヤツだった。


 砂漠の国という場所柄を考えれば、出てきて驚く人選じゃぁない。

 日本ならお座敷の席で芸妓さんが出てきたくらい、当然の人選だろう。



 問題は、そこじゃあない。

 俺が思わず声をあげそうになったその理由。それは……



 それは、その踊り子さんが、ちょっとエッチな格好だったからだ!



 ひらひらでスケスケな羽衣みたいな布で体を覆っただけで、ちょっと動けば大事なところも見えちゃいそうな、必要最低限な場所しか隠れてない衣装なんだから、お若いボクちゃんが思わずむふうと声をあげそうになっても誰も責めることは出来ないと思うのです。

 思うのです!


 こんな大人の会場に慣れていない青少年には、海水浴の水着より刺激がお強すぎるってもんなんです!



 なんて歓迎をしてくれるんだ区長さん。

 これがこの国の最大限のもてなしだってのか!


 こんなの。


 こんなの、ありがとうございますって言うしかないじゃないか!

 ありがとうございますっ!



 ちらりと感謝の視線を区長さんに送ったけど、顔の方は暗くて見えなかった。

 でも、区長さんも鼻の下を伸ばして喜んでいるのはわかった。

 なんせ、喜びの拍手までしているからね。


 ……ただ自分が見たいだけな気もしてきたネ。

 この催しを。


 しかし、大人ってスゲェ。あんなおおっぴらにスケベ心表に出せるんだから。



「ねえ、ツカサ」



 びっくーっ!

 隣のリオから声をかけられ、思わずびっくり体を震わせてしまった。


 声が、ちょっと不機嫌な気がする。

 いや、顔が見えないから気のせいかもしれないけど、不機嫌な気がする!


 ついでにジト目で睨まれている気もする!



 やっぱり女の子としたら、こういう男の欲望丸出しなステージって嫌悪感ありありなんだろうか?

 それを見てうへへとスケベ心を丸出しにする男の子は軽蔑するもんだろうか?


 うん。普通軽蔑する。



 もちろん俺は男の子。エッチなことに興味はあるけど身近な女の子に嫌われたり軽蔑されたりはしたくない。


『ツカサ、サイテー』


 とかマジのトーンで言われたりでもしたらもう地球に帰ってこっちに来たくないと駄々をこねるレベルで落ちこむ自信がある!


 エッチな気持ちを前に出して事態を茶化せるほど俺はまだ大人じゃない。


 だから俺は……っ!



「どうした、リオ?」

 俺は、平静を装って言葉を返した!


 幸いこちら側は明かりが落とされたことで薄暗く、見ている方向はわかっても表情までははっきりわからないはずだ。

 区長のように態度と声に出さなければばれたりしないはず!



「あ、ううん。なんでもない。やっぱいいや」



 セーフ!


 軽蔑ルートは見事回避したようだ!

 さすが俺!

 クールには評定がある俺だ!


 だが、これで調子に乗ってうっかり表情にでも出せば台無し。ここは気を引き締めていこう。


 クールで自然体で平静な状態を保ち、踊り子さんを見るしかない。

 幸い薄暗くて視線はわからないはず。見ててもバレないはず。


 ん? なら見なけりゃいいって?


 それが出来れば苦労しません。

 ここで見ないなんて選択肢、あるわけないじゃないですか。


 これは……



 これは、そう。芸術だから!



 芸術で、ダンスで、ショーだから、見なきゃ逆にひつれいってヤツになる。そう。相手にひつれいです。そういうことだから、目をそらしちゃいけない。

 ボク、そう、思うヨ。


 これは芸術。あくまでダンス。

 態度はクールに。ギラギラじろじろ見ない。


 そういう目で見ていれば、まったく問題はない!

 やましい気持ちなんてないんだから。


 そうですよね師父!



 俺は遠くに見えた見たこともない謎の先生にこの悟りの心得を伝え、心を鎮め、ひらひらした羽衣のような布を振って踊りだす踊り子さんの踊りに集中するのだった。




────




「どうした、リオ?」


「あ、ううん。なんでもない。やっぱいいや」



(出てきた踊り子のねーちゃん綺麗だね。なんて言おうと思ったけど、ツカサは興味なさそうだからいいや)


 ツカサが心の中であたふたしているのを知らず、リオは興味なさそうなツカサの返答を聞き、そう思った。


 治安の悪い、いわゆる悪所でも育ってきたリオにしてみれば、そーいう人達をそーいう目で見るのは慣れっこなので、全然気にも留めていなかった。

 自分で衣装を着て踊れと言われれば全力で拒否しただろうが、この芸を否定する理由にはならない。


 なので気にせず布の食いこみやVゾーンのことなどを話すことも出来たが、ツカサにそれはまったく伝わらなかったようだ。

 もちろん、ツカサからリオの心情も、伝わってはいないのでお互い様だが……




『(……私としては男の子が見栄を張って興味ないような態度をとっているように見えますがね)』


 リオとツカサのやり取りを聞き、リオの胸元にペンダントとしているソウラはそう思う。

 ソウラの見立てどおりなら、あれほど強いツカサにも年相応な面があるということであり、微笑ましいと思える一幕でもあった。


 実力がありすぎてなんでもかんでも超越してるように思えてしまったが、意外な弱点もあったものだと、ソウラは一人うなずく。


『(とはいえ、それが致命的な弱点になるか。と問われれば、浮つかない分逆に大丈夫だろうってことになるわけですがね)』


 むしろ、警戒心があって隙がなくなり手強くなる。

 ソウラはそう結論づけるのだった。




『(相棒は意外にうぶだからなぁ)』


 同じように、やりとりを観察していたオーマも思う。


『(相棒が前にうっかりリオの着替え見ちまった時も慌てていたし、普段見せない混乱した姿も見せてた)』


 懐かしむよう、昔(第11話)のことを思い出す。


『(そういうところは、意外にふつーの男児なんだよな。相棒も。まあ、トシを考えりゃ当然か)』


 にっしっしと、オーマは心の中で笑った。




(さすがツカサ殿。あのようなハレンチな踊り子が出てきても、まったく動じませんか)


 リオの声を聞き、マックスもそちらに意識を向けたが、ツカサの返答を聞き、マックスもそのように思った。


(色香にも迷わぬ心。それもまた、ツカサ殿の強さの秘密にございますな!)


 そう、一人で感心する。

 ちなみにマックスは、サムライを探す十年の旅の途中、色々悪所もまわっているゆえ、これくらいの色香は慣れていた。

 思わず反応してしまうのは、うぶな少年かスケベを前面に出せるおっさんかくらいだろう。



(むしろ拙者は、ステージよりこの杯の中身の方が気になる。拙者の鼻が感じるこの匂い。これが記憶と間違いがなければ、この中には……っ!)




──アミラルォット──




 改めて自己紹介しよう。


 俺の名はアミラルォット。

 そう。先日(第71話)の島でサムライ殿に命を救われた船団の長だ。


 ルォットー船長と呼んでくれ。


 今回の食事会。街の騒動を治めたことへの感謝だけでなく、俺の船団を救ってくれた礼も兼ねている。

 港に入ったところでバタバタして礼を言うことも出来なかったからな。



 今は、食事がはじまる前に、ショーとしてスポットライトを浴びた舞台で一人の踊り子がその美しい舞を主賓であるサムライ一行に披露しているところだ。


 我等が目の前で華麗な舞を疲労する踊り子。実はこの方こそ、我等が帝国を実質的に仕切っている魔法大臣。グネヴィズィール様である。

 時が時ならば控えおろうと言いたいところだが、今はそのような時ではない。


 魔法大臣ともなるこの方が何故、このようなことをしているのか。


 それに関しては、改めて説明せねばなるまいな。

 少しだけ、俺が港に戻ってからの話につきあってもらおうか。



 それは、俺が港に戻り、帰還の一報をこの街の通信魔法水晶にて報告した時のことだ……



「よく戻りました。ルォットー」

「これはグネヴィズィール様!」


 その声に俺は驚き、水晶を前にして膝をつき頭をたれた。


 この方は俺を東方の海へ派遣した張本人。

 いわば、直属の上司たる、グネヴィズィール様だった。


 まさか、いの一番にこの方のお言葉を聞けるとは思わず、俺は思わず身を震わせてしまった。



「して、東方の地はいかようであった?」


「はい」

 俺は報告のため頭を上げる。


 俺が海に出た目的の一つとして、東方の現状を調べるというものがあった。

 十年前、ダークシップが地に落とされ、世界情勢が落ち着いた後にも行われている。


 その時の結果は、東方のほとんどがダークシップと『闇人』によって滅ぼされていたという有様だった。


 かつてあった大国も、人の力では超えられそうもない巨山もすべて消し飛び、海の藻屑と化していたという。

 今回、あれから約十年がたち、どれほどの復興がなされていたかの調査に向かったが、その時の結果と大きな変化はなかった。


 当然といえば当然の話だ。

 そこには再建する者も、する場所さえないのだから……



「……改めてあの地の状況を見てきますと、十年前のあの時、この地にもサムライが現れなければと思うとぞっといたします」


 かつて存在していた大陸さえ消し飛ばす力。

 王国同様、ダークシップから降りた『闇人』に襲われた帝国が今こうして存在するのも、それを押し戻したサムライのおかげでもあった。


 彼等が命をかけ、この地を守ってくれたからこそ、その被害は最小ですみ、こうして十年の時をかけ、力を蓄えることも出来、再び野望にむかってまい進することができるようにもなったのだ。



「そうか……」


 俺の調査結果を聞き、あの方はどこか残念そうに。だが、にやりと笑うように答えを返した。


「ならば、東方へ兵をむかわせる必要はないということだな?」


「はい。現状、あちらに征服すべき場所はありません」


 あの方の言葉に、俺はうなずいた。



 そう。この遠征は、あの方の野望をかなえるための下準備でもあった。


 表向きは探索だが、真の目的は征服のための戦力調査でもあったのだ。

 征服すべき地がないのだから、そちらへむかう必要もない。


 そういう結論だった。



「報告は以上になります。そして……」


 俺は、懐から魔法のかかった袋をとりだし、その中身となるビンを床に置いた。


 水晶を通じてそれを見たあの方が、「ほう」と声をあげる。



「あなたの命じたこの霊薬。見事手に入れてまいりました!」



 俺が海に出た表向きの理由は東方の調査である。

 しかし、真の目的はこの霊薬を手に入れることであった。


 十年前の調査のおりその存在が確認されたが、実際に持ち帰ることの出来なかったこの一品。

 あの方の大望をかなえる必需品。


 俺はそれを、手に入れてきたのだ……!



「さすが我が忠実なる僕。だがなルォットー。我はもう、目的の地位は手に入れていまったのだよ」


「なんですって!? 魔法大臣の地位をですか!?」


「うむ」



 百年その地位にい続けたといわれるかのマーリンを退け、その地位に座られるとは。さすが我が主!


 俺が海に出ている間に、事態は大きく進んでいた。あの方は大望の一歩を踏み出し、手に入れてきたこれは、不要の品となってしまったようだ。



「ならば計画は?」


「なりました。帝国は戦争の準備を整えつつあります」


 ああ、だからか。と、一つ納得する。

 街で王国から来たよそ者が暴れていると聞いたが、なぜそんなことになったのかと疑問に思ったが、戦争のため兵を集めていれば、この街の警備も通常より手薄になってしまう。



「なんと! それはよき知らせ。しかし、それでは、この霊薬も無駄になりましたか」


 あの方はすでに、この帝国を好きに動かせる地位を手にしてしまったのだから。



「ふふっ。そんなことはない。そんなことはないぞルォットー。お前は本当によい仕事をしてくれた。お前が手に入れたそれで、我が大望はより完璧なものとなる」

「そう、なのですか?」


「うむ」


 思わず首を捻ってしまった。


 あの方が魔法大臣になったことは喜ばしいことだが、あの方の望み。帝国による世界統一は新たに現れた伝説のサムライにより、岩礁に乗り上げたと言っても過言ではない状態だ。


 俺は実際に見たのだから、そのサムライがどれほどトンでもないか知っている。

 あの少年は、この世を救ったと言うに相応しい、正真正銘の英雄だ。


 病さえ跳ね除けた彼ならば、本当に世界を救い、帝国の軍勢さえ軽々と退けたとしても少しも不思議はない。


 噂で聞くより実物の方がとんでもなかったというのも恐ろしい話だ。



 その彼がこの地に存在しながら、その大望が完璧なものになるなど……



 そこで、思わず視線を下げた俺の視界に、あの方に差し出したビンが入った。



「……あっ」



 ああっ!



「あああーっ!」



 そうか、その手が!



「気づいたようだな。そう。敵として倒すのが困難なのならば、味方に引き入れればよい! それが、お前のおかげで可能となった!」


「ははーっ。ありがたきお言葉!」



 深々と頭を下げる。


 当初の予定で、これは皇帝に使う予定であった。

 そうして、あの方は魔法大臣の地位を得る。


 しかし、魔法大臣の地位を得た今、それを皇帝に使う必要はない。


 ならばかわりに、これをサムライに使えばいい!



 この、伝説の霊薬。飲んだ直後、ひと目見た者に心が奪われる、魅了の薬。



 究極の惚れ薬をっ!!



 ここまで説明すれば、なぜあの方がこのステージで踊っているのかも理解出来るだろう。

 テーブル周辺をあえて暗くし、舞台のみを明るくしている理由も理解出来るだろう!


 俺としてはむしろ、魔法大臣にもなったというのに踊り子に扮してこのようなことをなさるあの方の方が驚きだが。

 はっ! そうか。任務を成功させた俺へのご褒美というのも兼ねているのだな。ならば納得。役得っ!



(なにやらわらわに羨望の眼差しを向ける部下がいるが、わらわが本気でダンスを習ったわけがあるわけないだろう。魔法によって体を動かしているだけだ。ついでにスタイルの方も魅了に問題ない程度にいじっているわけだが、これは秘密だ!)



 あの方の深い考えは我にはわからぬが、この場は喉が渇くほどに暑くしてあり、あの方の踊りは熱を感じるほどに情熱的だ。


 この状況で、魅了の霊薬を入れられた飲み物を口にしないわけがない!



 悪いなサムライ殿。

 まさかこれを、命の恩人である君に使うことになるとはな。


 助けられた恩義は忘れないが、俺はこの帝国の将軍なのだ。あの方からの勅命に逆らうわけにはいかぬのだ。

 よって、区長に命じ、今回の食事会を開催してもらった。


 俺の船を救ってくれたこと。区長に宝を持ってきたこと。さらにこの街の平穏を保ってくれたこと。これら全ての礼として、この食事会を開催するのは、なんの疑問も抱かぬだろう。



 あとは君がその杯に口をつければ、我等が帝国は最強の味方を得る!



 サムライの手が動き、杯を握るそぶりを見せたのがわかった。


 きたっ。

 あとは、口をつけるだけだ。


 一口でも飲もうものなら、最初に見た人に魅了されるという惚れ薬。

 忠義の騎士と呼ばれた伝説の英雄の心さえ狂わせ、国の崩壊のきっかけを作ったの伝説の品。



 杯をその口に運ぶ。


 はこ……



 ぴたっ!



 一瞬、その手が止まった。


「っ!?」

 同時に、俺も思わず息をのんでしまった。


 まさか、霊薬が入れてあるのに気づいた!?

 いや、ありえない。


 霊薬に匂いはないゆえその香りで気づけるはずがない。

 味は確かめるわけにもいかないから、果汁と混ぜてある。


 魔法で作られた異物ではないゆえ、いかなサムライやその従者といえども、その存在に気づけるわけがない。



 すんすん。


「へえ」


 なんだ。


 その行為に、俺はほっと胸をなでおろした。


 気づいたわけではない。

 むしろ香りを楽しんでいるだけだ。



 良い香りだろう。

 当然だ。この地の最上級の果物を搾り、滅多に手に入らぬ天然の氷でキンキンに冷やした特性ジュースだからな!



 隣の従者(少女)はすでに口をつけたぞ。

 次はお前だ。



 さあ、飲め。

 自然という器から零れ落ちた、不自然の奇跡と言っても過言ではない、人の心を狂わせる悪魔のしずくを。


 ためらうな。



 飲め。


 飲めっ。



 飲めー!



 くいっ。


 サムライ殿が、それに口をつけた。



 飲んだっ!!


 その視線の先にいるのは、ステージの上で踊る踊り子。

 すなわちあのお方!


 こくこくと動く喉を見て、俺は確信した。


 これで、あの方の大望も叶うッ!!



 俺は心の中で天を仰ぎ、拳を握る。

 天から光が舞い降りた気さえしてきた。その先には、微笑むあのお方が!



「さあ、そこのアナタ。私と一緒に踊りましょう」


 あの方がサムライ殿をステージに誘う。


 おっと、天にいる女神は現実にも存在した。

 今微笑みをむけているのは俺ではないが、その笑顔は間違いなく、地上に舞い降りた女神!


 完璧な流れだ。

 観客をステージに誘い、共に踊るのはいわばサービス。


 なんら不自然なことはない。



 これで薬が効いたか確かめられる。


 これなら、誰も疑わない。


 ヤツはもう、あの方の言いなり。

 舞台にあがり、踊るしか……


「え、やです」


 ぴたり。と、主どころか俺の動きも止まった。



 ……へ?



 今、サムライ殿は、なんと?



「お、踊ってはいただけませんか?」


「すみません。踊ったりするのは苦手で。かわりに、マックス、お願いできるかな?」


「お任せあれにございます!」



 サムライ殿の言葉に、弟子のマックス殿が勢いよく立ち上がった!

 ステージに上がり、あの方と共に踊りはじめる。



 きょ、拒否した挙句、別のことを……っ!

 これは、間違いない。


 サムライ殿に、霊薬が効いていない!


 なぜだ。間違いなく飲んだというのに、あの方を見たというのに、なぜあの方の言葉に逆らえる!



 飲んだ時、間違いなく視線はあの方にむいていた。

 今は隣の顔もはっきりと見えぬ薄暗さ。ちょっと視線を外したとしても、はっきり姿が見えるのはあのお方以外にない!



 なのに、あの方のお言葉を拒絶した!!?



 まさか入れ間違えた!?


 いや、俺は間違いなく、サムライが使うという杯にあの霊薬を入れた。

 それを持っていく給仕の者。さらに区長にも確認したのだから間違いない。


 サムライ殿はこの地でもすでに悪党一味を討伐し、街の平穏を守っている上、会場となるこの区長の館に何度も出入りしている。

 今回のスタッフはそのサムライ達を同じく何度も見ているのだからサムライの顔を間違えるはずがない!


 そのサムライが使う杯に俺が直々に入れたのだから、入れ間違いはありえない。


 さらに俺は念には念を入れ、区長からも料理を運ぶ給仕に「それはこの街を救ったサムライ殿に必ず飲ませるように」と念を押させた。

 これはなにも知らぬ区長から知らぬ給仕へ命じることにより、悪意を消し、サムライになにか混入されたということを疑われないようにするためだ。


 ここまでしたのだから、この地を救ったサムライに霊薬入りの飲み物がわたらないわけがない!



 となると、残された可能性は一つ……!



 かのサムライには、伝説の霊薬さえ通用しなかった!!



 愕然とする。


 まさか、かの霊薬さえサムライには効かぬというのか!?


 死の病を退けたのと同じく、霊薬の効果さえ、こともなげに跳ね除けたと!?



 俺は、この事実に愕然としながら、どこか納得している自分がいることに気づいた。


 むしろ、こうなることを望んでいたとさえ思える。



 伝説さえ跳ね除ける。

 それこそ、無敵にして最強と謳われるサムライに相応しいあり方だ。


 俺は心の奥で、こうなることを望んでいたのかもしれない。

 こうなるだろうと、心の奥底で思っていたのかもしれない。


 そう思えば、あの時、俺があの方の策を即座に察することが出来なかったのも納得がいく。

 心の奥底では、この伝説さえサムライには通用しないと思っていたからだ……



 ただ、問題なのは彼があの霊薬が杯に入っていたかに気づいたかどうかだ。

 不自然に動きを止めたあの動き。


 だが、踊りを見つめる彼の態度からは、こちらへの敵意はまったく感じられなかった。


 気づかなかった? ならば、一度杯を観察するように止めた動きはなんだったのか……


 本当に、ただ香りを楽しんだだけ?

 気づかなかった?

 それとも気づいて放置した?


 わからない。

 その真意、まるで読めない……



 俺達のことなど、とるに足らぬということなのか?

 それとも、皇帝にこんなことがあったと、交渉の材料にするつもりなのか?



 いずれにせよ、サムライは特使を連れ、帝国の元へとむかう。

 皇帝との面会が叶えば、あの方の野望も終焉をむかえるだろう。



 それをどうするのか。

 その判断は、この俺には出来ない。


 あとの判断は、あの方に任せるしかない。

 俺は、忠誠を誓うあの方と共に進むだけなのだから。


 例えその先が、地獄だったとしてもだ……




──ツカサ──




 音楽と共に踊り子さんが踊る。

 ひらひらと揺れる布。チラチラと見える、見えそうで見えないいろんなところ。


 やっぱり大事なところは隠れているんだけど、それでも思わず昂らずにはいら……いられるけどね!


 全然平気。

 内部に熱がたまっている気がするけど、きっと気のせい!


 でも、一般的に見て、俺以外の若い人だときっと昂ぶっちゃうね。

 俺が言うんだから間違いない。


 いけません。見せられませんよ。けしからん。ハレンチですと怒られるくらいにいけません。

 これを歓迎の宴に持ってくるなんて、なんて世界。



 けしからんですね。


 俺は決してそれを見て興奮したりはしません。芸術だから、問題ない。


 ちょっと体が熱いなー。と思うのは、この部屋の中が暑いから。

 そのせいで、ちょっと喉が渇いているだけです。


 断じて興奮した体を冷まそうとか、そういう邪な気持ちはありません。いいですね?


 不思議と暑くなってきたので、テーブルに置かれた杯に手を伸ばす。

 暑くなって喉が渇くのを見越して飲み物だけ用意しておくとは、これがここのオモテナシというヤツですか。


 この手馴れた感じ。こうやっていつも客をもてなしているんですね。



 なんて素敵な世界なんですか……!



 ……うん。



 誰も、悪くない。

 そう。なぜこんなに暑いと感じるのか。


 これはきっと、今の人類には決して解き明かせない謎なんです。


 とりあえず俺は、喉が渇いたからこの杯の飲み物を飲むぞ!

 暑いから飲むだけ。


 それ以外に深い理由は欠片もない!



 ……ん?



 杯を口元に近づけ、その匂いをかいで気づいた。

 暗くて気づかなかったけど、これ、水じゃない。


 なにかの実を搾った果汁ジュースだ!


 なんだろう。どこかでかいだことのある匂いだけど、メジャーじゃない気がする。


 レモン? いや……



 これは……



 ザクロ! ザクロジュースか!



 それに気づき、俺はそれを口に運ぶ。


 ちょっと酸味が強いかな?

 でも、中々に美味しい。


 ザクロジュースって飲んだことなかったけど、けっこういけるじゃん!

 これは、次の料理も期待出来そうだな。


 くぴくぴと、ステージを見ながら俺はそれを喉に流しこんでいく。

 喉が渇くのは仕方がない。だって砂漠の国で、乾燥してて喉が渇くから! 暑いのはそれ以外に理由はないから!



 音楽が一瞬止まる。


 何事かと思い、意識を舞台に向けなおした。


 すると……



「さあ、そこのアナタ。私と一緒に踊りましょう」



 俺の方を見て、踊り子さんがすっと手を伸ばしてきた。



「え、やです」



 思わず口に出たのは、お断りの言葉だった。


 いや、だって、いきなりステージに上がれなんて言われても、練習もなしに踊れなんて、俺には無理な話ってもんですよ。

 ちゃんと練習してたって、覚悟をする時間がもらえなきゃイエスと言えないレベルなのに。


 なのに、いきなり誘われたりすれば、そりゃノーと言う。

 あまりに唐突な不意打ちだったから、言葉さえ敬語なしの最短お断りの文言になっても仕方のないことだ。


 俺はそうなる。俺じゃない人だって、きっとそうなる。


 うん。だから、仕方ない。

 仕方ないよ。


 だから、こんな気まずい空気になったのは、俺のせいじゃない。俺のせいじゃないよ!



 ……ない……よ、ね?



「お、踊ってはいただけませんか?」


 もう一回来た!?

 こ、こうなったら……!



「すみません。踊ったりするのは苦手で。かわりに、マックス、お願い出来るかな?」


「お任せあれにございます!」



 あとは任せたマックスー!


 困った時のマックス頼み。


 ありがとう。君みたいな俺の一声に乗ってくれる人がいてくれて、本当に助かります!

 あとで頭撫でてあげるから。


 なにか言うこと一つ聞いてあげるから!



 俺のかわりにマックスが立ち上がり、踊りは再開された。

 マックスもここの踊りの経験はない(貴族の踊りは当然出来る)みたいだけど、俺の一声で堂々と踊りだすのは本気で凄いと思う。


 これが、本物のサムライってヤツのハートか。俺にはとてもマネできねぇぜ。


 ふー。コレで万事解決。


 次はじまった食事会で船長が微妙な雰囲気になっていたのを無視すれば!


 区長さんが必死に場を盛り上げようとしていたけど、船長さんなにか覚悟を決めたような表情して全然楽しそうじゃなかったのを無視すれば!



 お、俺、悪くない。


 悪いのは、そう。踊り子さん無視してマックスがはじめた俺をたたえる踊りのせい。

 きっとそう!



 ……空気は微妙になっちゃったけど、食事はとっても美味しかったです。

 まる。


 小学生以下の感想でしめる俺であった。



 ぐわあぁぁ。

 絶対空気読めない男だって思われたああぁん。


 これ、あとで恥をかいてもいいからステージに上がっておけばよかったって寝る前とかに思い出してベッドでごろごろするー!


 ノリよくああいうのに参加出来る人、すげぇぇぇ!



 俺はその夜、ベッドの上でこの一件を思い出してゴロゴロするのだった。


 ゴロゴロ。




──マックス──




 踊りがはじまる前。

 このテーブルに杯が置かれた時から、拙者はこれがなんなのかに気づいた。


 これは、いかん。


 この杯には決して手は出せぬ。


 拙者はそう、確信する。



 なぜなら。



 なぜならこの杯の中には……



 拙者の苦手な、ザクロが入っていたからだ!!



 なぜ、ザクロが!

 いや、ザクロは確かにその種の多さなどから豊穣を現し、子孫繁栄などの繁栄のシンボルとして使われるゆえ、こういった席に出されても不思議はないものだが!


 だが、拙者は、ザクロだけは。


 ザクロだけはどうしてもダメなのだ!



 幼少の頃見た、地面に落ちて潰れたザクロ。

 あれが血が滴った生首のように見え、それ以来ザクロだけは生理的に苦手になってしまったのだ!


 実際の血や死骸などはなんら問題はない。なのに、ザクロだけはその匂いをかぐだけで気持ち悪くなってしまう。


 幼少のみぎりにすりこまれた謎の恐怖心は、まことに厄介なものにござる!



 拙者はテーブルに置かれたザクロジュースのおかげで目の前でのショーはさっぱり頭には入らず、吐き気との戦いを必死に繰り広げることとなった。


 そんな中、拙者に救いの手が舞い降りた……



「かわりに、マックス、お願いできるかな?」


「お任せあれにございます!」



 拙者の状況を察してくれたのか、ご自身のかわりに拙者を指名してくれたのだ!


 拙者は勢いよく立ち上がり、ステージへむかう。



 感謝いたしますツカサ殿!

 あのまま席にいれば、拙者どうなっていたかさっぱりわかりません!


 ツカサ殿のおかげでリバースに至る前にあの場から逃げ出すことができ、さらにツカサ殿をたたえる踊りまで披露出来るとは、最高の前座にございましたっ!


 食前のショーが終わり、再び部屋に明かりがともると、テーブルの上には新たな料理が並べられ、ザクロジュースの入った杯は片付けられていた。


 拙者はそれを見て、ほっと胸をなでおろす。



 こうして祝いの食事会ははじまり、以後大きな問題は起こらず、席はつつがなく終わるのだった……




──魔法大臣 グネヴィズィール──




「くそっ! なんてこと!」


 控え室に戻り、鏡を前にして頭を抱える。


 わらわがここまでやったというのに、伝説の霊薬さえあのサムライには通じなかったなんて!


 ヤツの杯に霊薬が入っていなかったという可能性もゼロではないが、そんな希望を持ち、むしろ飲んでいなかったと安心する方が危険だ。


 ここはむしろ、飲んだ上で通じなかったと考えた方がいい。



 ヤツは疑いようもなく、二度世界を救った本物の救世主なのだから。


 あまたの悪党を屠り、この地までやって来た、過去のいかなる英雄より強大なサムライ。



 やはり、他人の作り出した伝説に頼ろうとしたわらわの考えが浅はかであった。


 やるならば、みずからの魔力をこめたコトですべきだったのだ。


 こちらに引き入れることが出来ぬというのなら、貴様はわらわの敵だ。

 特使と共に皇帝陛下とお会いする前に、なにがなんでも始末せねばならない。


 このままでは、皇帝陛下の目指す世界もかなわなくなってしまう。

 わらわの野望もかなわなくなってしまう。



 ここまできて、それを諦めてなるものか!



 待っていろサムライ。

 どのような手段をもってしても、必ず始末してくれる!



 わらわは決意を新たにし、一路研究室のある帝都へ転移するのだった。



 サムライを必ず抹殺出来る。神さえ屠る方法を探すために……っ!




──ツカサ──




 翌朝。

 旅立ちの準備を終えた俺は、区長の館のエントランスへむかっていた。


 マックスが特使として歓迎されただけあって凄い待遇だった。

 マックスとリオががんばって街の治安を守ったおかげでもある。


 俺が下手ななことせず逃げるようなことにならなければ、こんなイイ生活が出来るって証でもある。



 いやー。

 ほんといい待遇だった。


 昨日はホント、いいモノ見たなー。


 色々トラウマになりそうなこともあったけど、青少年にはちょっと刺激がお強いショーが見れた。

 一緒に踊って欲しいと言われたのはとんだハプニングだったけど、それを加味して総合的に判断すれば、大きなプラスだっただろう。


 大人ってあんな素敵なショーを接待で見れたりするのか。そう思うと大人になるのも悪くないね!


 心の記憶棚にしっかり記録して、まぶたの奥で何度も再生できるようしっかり刻んでおこう。



 おっと。思い出したら顔がにやけちまう。


 こんなの表に出したらなに思われるかわからない。クールでクールにクールしないと!



 エントランスに出る前、顔をしゅっと引き締める。



 エントランスにはこれからむかう目的地である帝都へのルートを確認するため、先に行ったマックスが待っているはずだから。


「あ、ツカサ殿ー。こちら、準備完了にございますぞー!」

「ツカサー。こっちもいつでも行けるよー」


 どうやら俺が一番遅かったらしい。


 手をふる二人に、俺も手をふりかえした。



 俺達は合流し、区長の家を出る。



 さあ、いよいよ帝国漫遊。

 これからどんな観光が俺を待ち受けてるんだろうな。



 異世界だから危険はあるかもしれないけど、二人がいればきっと大丈夫。


 だから俺は安心して、わくわくしていられるってもんだ。



 てーわけで、俺達の、帝国漫遊。はじまりはじまりー。




 おしまい

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