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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
71/88

第71話 南の島のお宝騒動


──ツカサ──




「島だー!」

「島ー!!」


 そろそろくどくなってきた到着の文言で口火をきり、俺とリオは絶海の孤島にある小さな村の桟橋に降り立った。


 見回してみれば、見事なまでに南の島である。


 浜辺の近くにはヤシの木が生え、村から奥に見えるのはうっそうと生い茂る密林。それは見事に熱帯の代物だし、そこに住んでいる生物もザ、南国。南の島! という様相をしているのがわかった。


 島の中央には巨大なカルデラを持つ山がそびえ、小さく煙を上げているのが見える。


 青い海に白い砂浜も持ち、一生に一度は足を踏み入れてみたい絶海の孤島百選とかに選ばれていそうな島だった。



 そんな場所なのだから、リゾート地、海、南の島と来てしまえば、思わずテンションも上がり、声も上がるというものだ。


「てかさ」

「ん?」


「なんかまだ、地面が揺れてる気がするんだけど」


「あー」


 桟橋に立って南の島の感動を一緒に味わったリオが、首を捻った。

 リオの疑問に、俺は納得の声をあげる。


 俺も修学旅行とかでフェリーに乗った時、それ味わったことがあるよ。

 船から下りたのに、まだ頭が船に居た時の感覚を引きずっているから感じる、いわゆる錯覚だ。


「乗りなれないと、なることあるみたいだな。頭が混乱しているだけだから、すぐよくなるはずだ」


「そっかー」



「ふっふっふ。甘いようだなリオは」


「誰だ!」



 後ろから威勢のいい声が響き、ノリのいいリオがそれに乗って振り返る。

 せっかくだから、俺もそれに習ってみた。


 そこに居たのは、腕組をしてふんぞり返るマックスだった。


「足元が揺れない! フラフラしない! 地に足のついた拙者は、この通り完全復活したというに!」


 ふふーんと、リオの弱音を聞きつけさらにふんぞり返る。

 船の中じゃしんなりしてたリーゼントも完全に復活しているのがわかった。


「あー、はいはい。すごいな。よかったな」


「なんかおざなりではないかー!?」


「いや、島に近づくにつれどんどん顔色もよくなってきてんだもん。もう心配するわけねーよ」


 そう。この島に近づくにつれ、マックスの船酔いも収まってきていたのを俺達は把握していた。

 元々沖の波が苦手であっただけで、マックス本人湖や川で船に乗りなれている。


 おかに近づけば調子も戻ってくるのも当然なわけで、船が係留され固定されたとなれば、復活も時間の問題だからだ。



「まあでも、復活してくれてよかったよ。せっかく島に来たんだし」


「ツカサ殿だけにござる。拙者を心配してくれるのは!」


 いや、心配してたのは俺だけじゃないと思うよ。

 リオだって本心は心配してたし、こうして復活したのを見てほっとしてるのわかるし。



「はいはい、用心棒のダンナ方、桟橋のど真ん中でたちどまらねぇでくだせえ」


「おっと、これはもうしわけないにござる」

「確かに」


 後ろから木箱を担いだ船員に注意され、俺達は桟橋のはしにどいた。



「俺達もキャプテンもまだしばらくこうしてやることあるんで、村にある酒場で先に一休みしていておくんなせえ」


「拙者達も手伝うが?」


「いやいや、嵐を消し飛ばしてくれた恩人にそこまでさせられねえってもんですよ。手伝わせたら俺達キャプテンに叱られちまいます。どうぞ遠慮なく、一足先に息抜きを楽しんでいてくだせえや」


 そう言い、船員の人達は行ってしまった。


 彼等がこの南の島に来た目的。それはこの島へ荷物の輸送と、島民への健康診断なんだそうな。

 定期的にこの島に荷物を届け、この島の特産品を持ち帰る。


 自給自足は可能だそうだけど、医者がいないので、医者船長がきてくれないと困るのだとか。ゆえに、医者船長も危険を犯してまでこの島に来ようとしていたらしい。


 すごい、医者スピリットに溢れた船長だ。


 なので、荷物の積み下ろしと積み上げ。さらに島民の健康診断が終わらないと、休むに休めないのだそうな。

 ついたばかりだというのに、ご苦労なことだ。


 マックス提案のお手伝いはすでに断られたので、その間、俺達は自由行動ということ。

 荷の積み上げおろしも健康診断も一日仕事ということなので、出港ももちろん明日以降は確実。


 すなわち、今日一日は俺達だけで、この島を堪能するということになる。


 時間は、まだお昼前。

 まだまだ余裕がある。


「むう」


「とりあえず、腹ごしらえするためにも、言われた酒場に行ってみようか」


「そうですな。彼等の言葉に甘えましょう」


「んじゃ、決まり!」



 俺達はうなずき、酒場を目指して桟橋を歩き出した。

 場所もすでに教えてもらってある。


 浜辺を行ったすぐのところにある、でかい平屋の建物だそうな。

 丸太を組み合わせて作られた、いかにも南国の建物。


 それがすぐ目に入り、そこが目的地の酒場だとすぐにわかった。



 その隣には村の広場があり、そこに島民が大勢集まっている。

 中心には白いテントらしきものが建っており、どうやらそこが、医者船長の健康診断所のようだ。


 もの凄いにぎわっている。

 島民全員が来ているんじゃないかってくらい、そこにだけ人だかりが凄かった。



「実際、島民全員の健康診断すると聞きましたから、あの場に全員集まっている可能性はありますな」


「やっぱりか」


 マックスの言葉に、俺もうなずく。



「なあなあ」



 広場を見ていた俺達に、リオが声をかける。

 振り返ると、あっちあっちと、船の影になっていた入り江の方を指差した。


「あれは……」


 リオの指差した先には、一隻の帆船が浮かんでいた。

 浮かんではいるが、浮かんでいるのが不思議なくらいボロボロな船だった。


 二本あるマストは両方とも折れ、ところどころ壁がはげた船体は斜めになっている。



「難破。まではギリギリしていないようにございますな。あの状態から見て、無謀にも先日の嵐に挑み、命からがらこの島へ逃げてきたということでしょうか。それとも、船だけが流れ着いたか……」


「実は怪物に襲われたとか?」


『損傷の具合から見て、嵐だな。怪物相手なら、船体に怪物の痕跡が残ってるはずだ』


「確かに、壁の損傷はあれど、爪や吸盤のあとは見られませんな」


 なんかさらっとマックスがとんでもないこと言った!

 その言い方だと、この世界には船も沈ませかねない怪物が平気で海を闊歩しているってことになるぞ!


 いやまあ、ユニコーンもドラゴンもいるファンタジー世界なワケなんだから、デカいタコとかイカとか恐竜みたいのが居ても不思議はないんだけどさ。



「やっぱ、あの嵐を抜けるってのはかなり無茶だったんだな」


 嵐にやられたと結論づけられ、リオがやっぱりかとため息にも似た息をはいた。


 あそこに浮かんでいるのは乗ってきた船とほぼ同じサイズ。嵐を消さず、あのまま突き進んでいたとすれば、同じ目にあったとしても不思議じゃない。


「そうだな。嵐、消しといて正解だったな」

「そうだね。いくらソウラの傘があったとしても、やばかったかもね」


「なんにせよ、無事到着出来てよかったよ」


 あそこで浮いてる船には悪いが、そう思ってしまった。



 そんなことを話しつつ、俺達は酒場へ到着した。

 ここは、島唯一の宿屋でもあるらしい。


 船員達の積み下ろしが終わったあと、仕事終わりの祝いで大盛況になる(船員証言)とのことだった。


「つーかさ、島民全員が健康診断受けてるんなら、ここを切り盛りしてるやつもいないんじゃね?」


「……はっ!」


 リオの言葉に、マックスが気づいた! というような顔をした。

 ふっ。俺は気づいていたよ。最初から。ホント。ホントに。


「やあ、らっしゃい。君達のことは聞いているよ。なにか、食べるかい?」


 と、思ったら、カウンターのところに一人のおっさんがいた。

 ここのマスターだった。


 上半身裸に薄いベストのようなものを羽織り、下はハーフパンツにサンダルというラフな格好をしているが、ここを切り盛りする立派な店主らしい。

 さすが南の島。これぞ南の島の住人という格好だ!


 ちなみに俺達も、船から降りる時にはすでに南国仕様の格好だったのでヨロシク!



「診察は夜までかかりますからね。ならその待ち時間を有効に使わせてもらうってワケです」


 何故いるのかと問うたら、今夜の宴会の仕込などをしているからだそうな。

 診察は夜、船長が来た時に受けるので、それまで船員達をもてなす準備などをするため、広場には行かずこうして準備をしているとのことだった。


 確かに、病院の待合室で延々と待つことになるのなら、その間なにかしておいた方がはるかに効率がいい。



「それで、あんたらのことももてなして欲しいと言われたワケよ。一足先に、なにか食うかい? 飲むかい?」



 とりあえず、腹ごしらえすることになった。

 ひさしぶりに、保存食と魚以外の新鮮な食べ物があるのだ。それを食べなくてどうするというわけだ。


 

 もぐもぐっと食べて、食後ー。



『しっかし、やることねえから暇だなー』

「酒飲んで待ってるわけにもいかねーし、どーするー?」


 ちょっと早い昼食も食べ終わり、俺達は酒場でぐでーっとしていた。

 孤島見物に行こうにも、島民全員が診察待ちで仕事がお休みなのでガイドを頼むことさえ出来ない。


 船員は船員で船の荷降ろしに忙しく、俺達と遊んでいる暇もない。


 海水浴はちょっと前にリゾート地でやってきちゃって二番煎じだし、俺達酒を飲む趣味がないから、そうやってドンちゃん騒ぎも出来ない。

 ※俺地球で未成年、リオ酒の味わからない、マックス前後不覚にならないよう酒は飲まない。


 なので、やることもなくぐでーっとしているしかなかった。



『まー、あれだ。島の見晴らしのいいトコだとかなら、おれっちでも案内出来るかもしれねえぜ』


「マジ!?」

 テーブルでぐでーっとしていたリオが顔を上げる。



『おうよ。島をちょーっとばっかしサーチして地形を把握すりゃ、見晴らしのいいトコなんてバッチリわかるってわけよ』


「おおー」

「それは頼もしい。なら、お願いしようか」


 そうして把握してもらえば、島を適当に散歩しても帰ってこれるということでもある。


 これなら、ガイドがおらずとも島の中を歩き回ることが出来る!



『おうよ任せとけ相棒! ただ、ちょっとばかし時間かかるぜ。島全体だからよ』


「時間はあるから急がなくていいぞ」

『なるはやでやらせてやってやんよ!』


 いや、だから急がんでいいって。


 ともかく、オーマがむーんむーんと島をサーチしている間はやっぱり暇なわけだ。



「そうだ、マスターよ」


「なにかな?」


 マックスが呼ぶと、厨房の方からひょっこり顔を出した。


「この地にはなにか、いわくある場所や、伝承の残る場所などはないか? そのような場所があれば、教えて欲しいのだが」


「いわくや伝承、ねえ……」


 ふむ。とアゴに手をあてマスターが考える。


 そうかマックス。それはいい考えだ。

 オーマが調べられるのは地形だけ。その地形にどんな名前があるのか。どんな由来があったりするのか。それは島の人だけに伝わっている話。

 それはいくら調べても、オーマにはサーチ出来ない!!



「山の上にのぼりゃ、いい景色だとか、そういうのじゃないんだね?」


「そういうのでなく。ここに近づいてはならないとか、そういうヤツにござる」


「そういったところはないかねぇ。ああ、伝承というか、伝説なら、この島に一つあるよ」


「伝説?」

「なにが違うんだい?」


 俺が首を捻り、リオが疑問を口にする。

 ここはあえて、伝説と伝承の言葉としての意味については言及しない。



「ま、噂話とも言うね。この島にはね、伝説の海賊。キャプテン・エルダートに関わる伝説があるんだよ」



「キャプテン・エルダート!?」


 マックスがたいそう驚いた。


「キャプテン?」

「えるだーと?」


『どなたですか?』


 俺とリオ。そしてソウラが頭の上に疑問符を浮かべた。

 肩書きからすると、伝説の海賊なんだろうけど!



「キャプテン・エルダート! 彼は百五十年前、海を渡り歩いた伝説の海賊にございます! 世界を一周したなんて話もあり、その冒険譚はいくつもの吟遊詩人に語られてきました。その伝説の一つが、ここに!」


「おー」


 こういう時代に世界一周とか凄いことだ。そんな伝説の人物なら、いたるところに伝説も残しているだろう。



「それで、その伝説とは!?」


 マックスが興奮気味に、マスターに聞いた。



「まぁ、よくある話ですよ。大海賊。キャプテン・エルダートの財宝がこの島に隠されているって伝説です」


「あー」

「お宝!?」


 マックスの声が小さくなり、かわりにリオの声が大きくなった。

 俺の気分も、どちらかといえばマックスよりだ。


 心の中で、あー。と声をあげる。


 財宝伝説ってのは、このイノグランドにもあるんだなぁ。ってのが正直な気持ちである。



「ここにお宝があるってのかい!?」


「いや、リオ、食いつきすぎにござろう。金ならば使い切れないほどあるというのに」

 マックスが呆れる。



「それはそれ、これはこれだろ! お前男の子の癖に、お宝にロマン感じないのかよ!?」


 あー、確かに、宝探しはロマンがある。

 そこに価値があろうとなかろうと、宝箱を開けるってのは格別なことだしな。



「とはいえ、キャプテン・エルダートの財宝伝説など、それこそいたるところにある伝説だ。この島だけでなく、あのサウスナンナの街にさえある。拙者が聞いたことあるだけでも、十二、三あるのだから、そこまで興奮してもしかたないぞ」


「なんだよ。マジで噂レベルかよ」


 リオ、がっくり。

 確かにがっかりだ。


「一応、その伝説を信じた富豪がそのたからを探すため、魔法使いを五百人ほど雇って島全体を探させた。なんて話もあるけどね」


「五百人!?」

 その人数を聞いて、リオが驚く。


「戦争でもはじめるつもりにござるか、その富豪」


「島全体にサーチの魔法をかけまくったんだが、結局なにも見つからず、そのまま破産したって話だよ。ははは」


「いや、笑いごとじゃねえ。笑えるけどよ」

「うむ。自業自得だが、なんとも……」


『お金目当てで破産していたら、世話ありませんね』


 全員が呆れ、なんと言っていいものかと複雑な表情を浮かべていた。



「つまり、お宝はないってことか」

 やれやれと、リオが諦めたように肩をすくめた。



『いいや。あるぜ。それがお宝かどうかはわからねぇがな』


「え? どういうことだよオーマ」


 リオが諦めようとした時、オーマが声をあげた。



『島全体をサーチした結果、見つけたぜ。この島に、巧妙に隠された、魔法の遺跡をよ!』


「マジかー!?」


『おう。マジもマジだ! 生半可な魔法使いじゃ五千人束になっても気づけねぇような代物が、ここにある! そこにそいつのお宝があるかどうかはわからねぇが、なにかあるのは間違いねえ!』


『魔法で隠された遺跡。となると、滅びた魔法帝国のものかもしれません』


 魔法帝国!? そんなものまでこの世界あったのか!(ツカサは魔法帝国のこと結局聞いてない)

 しかも滅んでるとか、夢にまで見たリアル遺跡探索じゃないか。こんなの地球じゃ経験出来ないよ。ビバ異世界! 宝探しだけじゃなく遺跡探索まで出来るなんて、来てみてよかったイノグランド!


「そこにお宝があるかもしれない……!」


「なら、行ってみるか」

 絶景もいいけど、それはこの世界だと色んなところで見られる。だが、遺跡はそうもいかない!


「ツカサも行く気だ。こりゃ、行くしかないよマックス!」


「ツカサ殿が行くというのなら、拙者も反対する理由はござらんな」

『御意ッ!』


『なら、決まりですね』


『じゃあ、おれっちが案内するぜ。皆、相棒についてこい!』


「「おー!」」



 オーマの案内の元、俺達はその遺跡を目指すことにした。




──ツカサ──




 オーマの案内で、その遺跡があるっていう山の麓のところについた。

 そこは、なんというか、山の斜面だった。


 フタに使えそうな大きな岩さえない、南国の草が生い茂ったただの斜面。


「オーマ、ホントにここなの?」

 リオがそこを指差す。


『ああ。中々強力な魔法でカムフラージュされてやがるが、おれっちの目は誤魔化せねえぜ』


『魔法ですか。ならば、解いてみましょう。リオ、私を』


「あいよっ!」

 リオが元気よく声をあげ、ペンダントを外し、ソウラを聖剣の姿に戻す。

 そして、それを天高くかかげた。



『光よ、偽りの影を照らし、真実の姿を暴き出しなさい!』



 ソウラの言葉と共に光が瞬いた。

 周囲に光が満ちると、光の中に斜面にはなかった入り口のような人工物の影がうつし出されたのが見えた。


 こいつは……!


 光が消えると、そこにあった斜面と植物を押しのけ、今までなかった入り口がぽっかりと口を開いていた。



『ほーれ、おれっちの言った通りだろ』

『空間を歪め、入り口を隠していましたか。これは、かなり高度な魔法ですね。数を集めれば見つけられるというものではありません』


「へー。それを解除するなんて、すげーなソウラ」

「うむ。さすがソウラ殿にござる」


『いやいや、おれっち! 今褒めるべきはおれっち!!』


「え? そうかな?」

「そうでござるか?」


『おめーら、わざとやってやがんな!』


「あははは。ごめんごめん」

「少し調子にのりもうした。申し訳ございません」


『んー、許す!』


「ははは」


 許しちゃうのかよ。それで思わず俺もつられて笑い、あとは俺につられ、全員が笑った。



 ひと段落し、改めて入り口を見た。

 つるりと磨かれた光も反射しそうな白い石がアーチ状に積まれ、山の下へと続いている。


 魔法のおかげなのか、同じ材質の床に埃も積もっていなかった。



「やはりこれは、滅びた魔法帝国の遺跡にござるな」

「だからって、中に宝がないとも限らないだろ。海賊の宝がなくとも、その帝国のお宝があるかもしれないからな! ほら、みんな行こうぜ!」


 リオはやる気満々だ。



「そうだな。宝がなくとも魔法帝国の遺跡に挑戦出来るチャンスなど逃す理由はない! 行きましょう、ツカサ殿!」

 マックスも!


 遺跡に入るのは不安もあったけど、この二人のやる気とオーマの探知能力。さらにソウラの光のバリアなんかがあるから、きっとなんとかなるだろう。

 むしろ、このチャンスを逃す方がもったいない!



 だから俺もうなずき、二人と一緒にその遺跡へ足を踏み入れた……!



 ……正直に結論から言おう。


 この遺跡は、俺が期待した遺跡ではなかった! と!!


 一体どんな罠が待ち受けているのか。マックスとリオがどう攻略する(他力本願)のかと、ワクワクしていたけど、結果は拍子抜けだった。



 遺跡に足を踏み入れて感じたのは、すげぇ綺麗だってことだった。

 天井も床も、真っ白に磨かれた岩のようなもので覆われ、その一枚一枚は全部均等の大きさ。継ぎ目さえ等間隔に並んでおり、高い技術によって岩が加工されているのがわかった。


 しかも、天井部分にはなにもないというのにうっすらと光り輝き、足元まで照らしてくれて、わざわざこっちであかりを用意する必要もないときたもんだ。


 そこは、遺跡。というより、美術館とか博物館。もしくは整えられたビルの廊下(地下)を思わせた。


 思わずそのつるりとした壁をさわり、つつーっとつなぎ目をなぞる。

 継ぎ目があるってのに、触った感じじゃ継ぎ目を感じられなかった。なにか接着剤のようなものでつけているというのでなく、ただ石と石を置いているだけっぽいのに、まるで元々一枚の壁だったかのようにぴったりとくっついている。


 正直言うと、元の世界の建築物より凄い。

 紙一枚通らない石積みの壁なんてレベルじゃない。


 滅びた魔法帝国ってのは、どえらい技術を持ってたんだな。

 むしろ、さすが魔法?



 真っ白い通路を進むと、今度はだだっ広い、ただ柱が立っているだけの部屋に出た。


 例えるなら、大災害に備えて地下に作られた地下の貯水槽。その小さいバージョン。もしくは、つくりかけで中がまだ仕切られてもおらず、ただ柱だけがあるビルの一角。


 そこには、壁と柱以外なにもなかった。むしろ、その綺麗で白いだけのそれらだけというのは、とても寂しく感じられる。


「こいつは……」

『どうやらここは、未完成のようですね。作成の目的はわかりませんが、途中で魔法帝国が滅びてしまった。だから、製作を中断し、今に至ったのでしょう』


 ああ、だからか。

 寂しいのも納得する。本当なら、もっと色々装飾なんかがあるんだろう。



 そう。これが、期待はずれと感じた理由の一つ。

 未完成ならば、そこを守る罠とか財宝とかは期待出来ないってことになる。


 ただ、残念。期待はずれ。と思いつつも、どこかほっとする俺が居たのも事実。

 命の危険もある罠満載のダンジョンよりは、安全に歩ける綺麗なビルの方が安心出来るけどさ。ただ、ほら、最初に期待してたのと大きく違うから、ね。



 まあ、ここは意識を切り替えよう。むしろ作りかけの遺跡なんてそう見れるものじゃないから! 作りかけで放置されたピラミッドとか、凄い発見だよ。そういうことだよこれ!

 なので、とりあえず奥まで見物することになった。


 するすると同じような作りの通路と部屋を進み、オーマの言う一番奥の部屋に到着する。


 本当に変わりない。全部真っ白の壁と柱しかない遺跡だった。

 閉じこめられでもしたら、狂ってしまうんじゃないかと思うほどに。



 一番奥の部屋にだけ、変化があった。


 そこは、柱のないちょっと狭い部屋。

 その中央には、でーんと宝箱があった。


 この宝箱だけ、素材が明らかに違う。

 この遺跡のものでなく、外から運ばれてきたもののようだった。



『こいつだけ、今から百五十年ほど前に作られたモンだな。どうやら、マジで海賊のお宝、あったみてーだ』



「おおー!」

「おー」


 リオが拳を握り、俺も思わず声をあげてしまった。


「伝説は本当であったか」

『これで納得がいったわ。どうやら、その海賊の誰かが、遺跡に詳しかったのね』


 ソウラが納得したような声をあげた。

 ああ、ひょっとして、放置されたのにこの遺跡が隠れてたことのことか。


 海賊がお宝を隠すのに使ったのなら、見えないようにされてても不思議ないからな。



「まあ、そういうのはどうでもいいさ。そんなことより、お宝だよ、お宝!」


『リオ、不用意に近づいてはいけません。どこに罠があるかわかりませんからね』


「っと」


 確かにそうだ。遺跡に罠はなかったけど、財宝が隠された宝箱には罠が仕掛けられているかもしれない。



『ああ、安心しろよ。宝箱に罠はねえ。鍵がかかってるみたいだがな』


「鍵かー。おいらであけられるかな」

「いざとなれば破壊するしかなかろう」


「マックスが抱えて持って帰るって手もあるな」

「それは最後の手段だな」


 罠はないとわかり、マックスとリオが宝箱の処遇を考える。

 鍵開けなんて俺にゃ無理な話だから、二人にまかせよう。


 となると、俺は暇なわけだ。

 暇だと思うと、気になることが出てくる。


 ふと、足元を見ると、靴のつま先がちょっと曲がっていた。

 なんだろう、この小さな歪み。


 今まで全然気にならなかったのに、やることがなくなった途端に気になってくる。

 人間て、不思議だ。


 こつこつ。

 つま先を床にぶつけ、その歪みを直そうとする。


 上手くいかない。


 下向きだからだろうか。なら、壁にむかって。


 こつこつ。


 こっちのがわかりやすいか。


 よいしょっと!



 うん。歪み直った。


 満足して振り返ると……


「……」

「……」


 唖然と、リオとマックスが俺の方を見てた。


「……」


 なんでこっち見てんの君達?

 集中してるから勝手やってたのに、なんで見てんの?


 床とか壁蹴ってる姿見られたとしたら、凄い恥ずかしいよ?


 答えは、開いた宝箱にあった。

 ああ、フタが開いたから、こっちに報告しようとしたら、一心不乱に壁を蹴る俺が居たと。


 ……なんて恥ずかしいっ!



『相棒……』


 オーマにまで呆れられてしまった!



「宝箱、あいたな。中身はなに?」


 ここで俺は、何事もなかったかのように宝箱のことを話題にした!

 変な行動なんてまったく気にしてないかのように。そんな行動、なかったかのように!


 そう、こうしてなかったことにする。これが、一番!


 今まで色々学んできた俺は、こういう時あたふたするより、こうするのがベストだと考える!


「そ、そうだね。まずはお宝だね!」

「そうでござるな。むしろ驚くようなことでもありません!」


 マックス、そういうの言わないの!



 俺は気にしてないという体を装って、宝箱をのぞきこんだ。




──オーマ──




 ──先に思い出しておいてもらおう。ツカサは厳重に秘匿されていたエンガン(第9話参照)の隠し部屋へあっさり侵入した実績があることを!



 かー。あいっかわらず、相棒はとんでもねぇや。


 いくら作りかけの遺跡だからといって、この規模のダンジョンを半日かからず攻略しちまうんだからよ。

 むしろ、つくりかけだったからこそ厄介だった。はずなんだけどな。


 なんぜ罠は全部存在していて、あとから宝箱を置いたヤツ。ま、多分伝説の海賊ってヤツなんだろうが、そいつらがキッチリ起動させてやがったんだから。


 だってのに、相棒は入り口入って最初の通路から、そんな罠無意味だって位に速効で解除して回っちまったんだからよ。

 おれっちが罠の解析する前に、壁に触れて解除のスリットに手を触れているんだからホントとんでもねえお人だよ。


 罠満載の遺跡だってわかってるはずなのに、まるで無防備に足を踏み入れ、時に床を順番どおりに踏まねば扉が閉まる通路を歩ききり、つり天井の落ちてくる部屋は入ってすぐに罠のある場所を特定し、そこは踏むなと指摘さえしてくれた。

 転がってくる岩の罠も、触れたら真っ二つになる見えない刃の罠も、風の罠も火の罠もあれもこれも、ぜーんぶあっさり回避だ。


 リオとマックスは、冷や汗を流しながら、相棒のあとをついてくるしかできねぇ。

 それくらい、この罠はとんでもねえモンばっかりだった。


 でも、おれっち達は相棒の先導の元ずんずん奥へと進み、ついには一番奥のお宝の部屋に到着したってわけだ。

 普通一部屋通過するのにスゲェ時間かかるってのに、相棒の手にかかりゃ普通に通り過ぎるのとかわらねぇんだからよ。


 いや、おれっちが本気出しゃ、相棒の倍くらいの時間で切り抜けられるぜ。決しておれっちが手を抜いてるわけじゃあねえのは察してくれよ?


 そして最後の部屋。宝箱が収められた部屋も、相棒はあっさり解放しちまった。



 宝に罠はなかったが、複雑な鍵がかかっていた。

 おれっちも解析していたし、リオもマックスもそれをあけようと宝箱に集中したが、相棒は違った。


 床と壁の方に集中したんだ。

 おれっちも、宝箱に意識が行ってて最初気づかなかった。


 その箱を開ける鍵は、箱の方にはねえってことに!

 この宝箱の鍵は、この部屋の仕掛けと連動してかけられていたものだったのさ。


 ここの罠を起動させておける知識のヤツが居たんだから、こうして宝箱と部屋を連動させられたんだろう。

 むしろこの宝箱の鍵のおかげで、罠は海賊達が起動させたって証明されたようなもんだ。


 それを相棒は、おれっちが解析する前に、あっさりと見抜いちまった……



 相棒はなにかを探るように床をつま先でつつき、なにかに気づいたかと思えば、今度は壁を蹴りはじめた。

 こつこつと何度か蹴り、確信を持って大きく蹴飛ばすと、その衝撃で宝箱がぱっかりと開いちまった。


 リオもマックスも、鍵穴を探して宝箱を探していたが、手も触れずにぱかーんと開いてびっくりしていたぜ。


 誰がやったのかと思い、即相棒だと気づいてそっちへふりむいた。



 相棒はむしろ、驚いているあいつらを見て驚いているようだった。


 なんで不思議がるのって顔するなよ相棒。

 あんたの出来て当然は、常人にゃ難しいんだって。


『相棒……』


 おれっちも呆れるしか出来ねぇぜ。



「宝箱、あいたな。中身はなに?」


 相棒も、おれっち達に気を使ったのか、なにもなかったかのような態度をしてくれた。



「そ、そうだね。まずはお宝だね!」

「そうでござるな。むしろ驚くようなことでもありません!」


 二人も察したのか、なにもなかったように振舞いはじめた。

 マックスの言うとおり、驚くようなことじゃあねーんだからよ。


 ここに到達した過程を考えりゃ、当然の結果なんだからな。

 遺跡のダンジョンを半日かからず攻略なんて、外で言っても信じてもらえねぇレベルの話なんだし。


 ともかく、宝箱はあいた。



 問題の、伝説の海賊のお宝ってヤツと対面だ!


 どれどれ?



 宝箱の中身は、ほとんどがガラクタだった。

 酒場の店主が言ってたエルダートとかいう海賊のサインが入った私物とか、錆びたナイフとかが入ってやがった。


 子供が描いたような宝の地図とか、人形とかも入っていたから、間違いなくエルダートとかいうヤツの私物だな。

 そりゃ、本人にはお宝かもしれねぇが、他人からしたらほぼガラクタだ。

 ぶっちゃけゴミと言ってもいいレベルのモンだろう。


「なんだぁ……」

 それを見て、リオががくりと肩を落とす。


 そりゃそうだ。金目のモンなんて錆びたナイフとか欠けた皿とかしかねえんだから。



「いやいや、侮ってはならんぞリオ。伝説の海賊エルダートの私物と考えれば、歴史的価値ははかりしれん。学者、もしくはマニアを見つければ、高値で買ってくれるだろう」


「あー、確かに、どっかに欲しがる奴等はいるか」


 それを探すのはかなりの手間だけどな。



「まあいいや。そのあたりはあの船長達に任せちまお。おいら達よりそれのマニアとか知ってるだろうから」


「確かにな。ひょっとすると、船員の中にいるやもしれん」


「つーか、今おいら達を喜ばすお宝はねーのかよ」


 また、リオが宝箱の中をごそごそとあさる。



「お、ダイヤ!?」

 リオが宝箱の中から黄色いダイヤを見つけ出した。


「いや、ガラス球か……」

 ダイヤがもっとも綺麗な形に栄えるという形にカットされたそれを光にかざし、即座にその真贋を見抜いたリオは、ため息をついた。

 確かにそいつは、本物のダイヤじゃねぇな。


 だがよ……


『リオ、それ、お宝だぞ』


「え? マジで!?」


『なんかの魔法がかかってる。今おれっちが調べてやる……』


『それは、犠牲のダイヤモンドですね』


 おれっちの調査の前に、ソウラのヤツが知識を披露しやがった。


「名前からして不吉な名前だな」

「だなー」


 その名を聞いて、相棒とリオが顔を見あわせる。


「犠牲のダイヤモンド!」


 あ、マックスの方は知ってるみてぇだな。


「知ってるのかマックス?」

「知ってんの?」


「うむ。確かにそれは魔法の代物だが、決してお宝と呼べるものではない」


「えー」


「これは、範囲内の病を使用者一人に集めるという品物だ。いかなる病も肩代わりすることが出来、たった一人を犠牲に、疫病から大きな街を救ったという伝承がある」


「あー、そういう」


「船という密閉空間において疫病が蔓延するということは致命的な事態だ。下手をすれば全滅の可能性すらある。それを回避するため、犠牲を最小限にとどめるため、エルダートがそれを持っていたとしてもおかしくはない」


 そーいやマックスもかつて騎士団に所属していたからな。病の蔓延は団の存続にも関わる。なら、それを回避する代物を知っていて不思議はねえ。

 こいつが私物に入ってたってことは、仲間を助けるため、自分を犠牲にする気概があったってことか。


 ここにそれがあるだけで、そいつがどれだけの人物だったかわかるってもんだ。



『まあ、魔法の品物だから、然るべきトコへ持ってきゃそれなりの値はつくだろうさ』


「んー、でもコレだけ売るってのもなんかなー」


「まあ、ひとまず全部任せちゃえばいいんじゃないか? それも一応歴史的な価値もあるし」


「そっかー。ならしゃーねーな。とりあえず、宝箱ごと持ってかえろうぜ。マックス、頼んだ!」


「拙者がか!」



 結局あーだこーだ言い合って、マックスが担いで帰ることになったとさ。




──ツカサ──




 遺跡から出ても、まだ日は十分に高かった。


 これじゃまだ診察も荷の積み下ろしも終わってないかもとか話しながら、俺達は一度村に戻る。



 ずーん。



 村に戻ってみると、全体の雰囲気が、この擬音で表現出来るような重苦しい雰囲気だった。

 荷降ろしは終わったのか、船員も村の中央に集まり、島民全員と一緒に深く沈んでいるように見えた。


 一瞬診察が終わってないのかと思ったけど、そうではないようだ。

 まるで、なにかとんでもない事実気づいて絶望して唖然としているかのような空気だった。


「なんだ?」

「なにかあったのかな?」


 リオと俺が首を捻る。


「なにか暗い話題があったのかもしれませんね。ならば拙者にお任せを! この大発見を公表することにより、皆の指揮を上げて見せましょう!」

『御意!』


 やる気を見せたマックスが宝箱を高々とかかげ、沈む島民達にむけ大きく口を開いた。



「聞け、皆の者よ! 拙者達はこの島に伝わるという、伝説の海賊、キャプテン・エルダートの宝を見つけた。これが、その宝箱だー!」


 ぱぱーんと、さらに高くかかげる。



 しーん。



 島民の反応は、芳しくなかった。

 誰もまったく欠片もマックスの方を見さえしない。


 伝説の海賊というくらいなのだから、船員くらいも反応してくれてもいいものなのに。


 あまりの無反応さに、マックスも困惑する。


 おろおろとしながら、宝箱を脇に抱え箱の中に手を入れ……



「た、確かに中身はお宝と呼べぬかもしれんが、歴史的な価値はある! どのような男であったか、それがわかるのは大きいはずだ!」


 宝箱からお宝未満のエルダートの私物をとりだし、高くかかげた。



 しーん。



 それでもまったくの無反応だった。

 焦る、マックス。



「こ、こうなったら、その中には魔法の品があったのだ!」


 マックスがついに切り札を切った。



「見よ! 船乗りならば間違いなく知っているだろう。犠牲のダイヤモンドだ!」



 ざわっ!


 ついに反応が生まれた。


 どうやら、その魔法の品物の名は、船員だけでなく島民も知っているようだ。


 名を聞いたとたんに、全員が一斉にマックスの方をむき、その手にかかげられたダイヤを見て、そこを凝視している。

 今まで絶望の淵に沈んでいた彼等の目も、一転希望に輝いているものに変わったのがわかった。


「おおお、それが本物ならば、ワシ等は……」


「はい。それがあれば、皆助かります!」


 村長の言葉に、医者船長も喜びの声をあげた。



「ど、どういうことなのだ?」

「さあ、おいらに聞かれても……」


 突然ざわめきだった島民を見て、マックスもリオも、もちろん俺も困惑する。

 万一俺が平然としているように見えたとすれば、それはワケがわからなくてぼーぜんとしていただけだ!



「ああそうか。説明もまだでしたね。まずはなにが起きているのか、そこから説明しましょう……」


 我を取り戻した医者船長が、今この状況がどうして起きたのか、説明をはじめた。



 簡単に説明すれば、この島に致死率七割を超える悪夢のような疫病が蔓延している。という話だった。


 この病は、かつて医者船長が医者を目指すきっかけにもなった病。

 硬血病とも呼ばれ、体の中に流れる血がかたまって死に至るというトンでもない病だ。


 それが、少し前に流れ着いたあのボロボロになった船。あの船の乗組員を発端とし、彼等と交流のあった島民すべてに蔓延してしまったというのだ!


「全員が? そうは見えぬが……」


「まだ、発症していないだけです」


 そう言うと、説明のため医者船長は海水とヤシグリというこの世界の南国に生息する果物の果汁を混ぜ、紙に塗った。

 ちなみにこのヤシグリ。ウニとかいがぐりに形が似ている。でも、ヤシの木に似た木になるという果物だ。


 ……そういやこれ、旅の途中どっかの食堂で食べたことあったかも。記憶違いかな?



「この紙は、その硬血病にかかっているのかを簡単に調べられるものです。これを患者の疑いのある人に舐めてもらい、その色が紫に変われば、陽性となります」


 溶液を塗った紙をくわえやすい長方形に切り、近くにいた一見元気そうな島の若者にくわえさせた。


 すると、みるみるうちにその紙。しみこんだ溶液の色が透明から紫に変わる!


「この調査に疑いがあるのなら、患者の方にもやってもらいましょう」


 もっとも重症者は体がかたまって動けないので、こっちから出向いて確かめることになるようだが。



「いや、十分にござる。それで調査し、島民全員に蔓延しているのが判明したのだな?」


「はい」



 いつも通り診察をはじめようとした時、先に船の者を診察してはもらえないかと、島民の好意を受けて診察した結果、硬血病が発症していることがわかり、さらに全員を調べた結果、すでに島民全体に広がっていることがわかったとのことだった。


 今はまだ潜伏期間で、自覚症状のある人も少ないけど、その内は発症し、血がかたまって心臓が止まり、死んでしまうのだという。

 例え助かったとしても、血がかたまったことにより、多くの後遺症、障害を残すという、恐ろしい病だった。


 一応対処の薬はあるというけど、肝心の薬がこの場にはない。


 正確に言うと、俺達が乗ってきた船に特効薬となる薬は積んであった。

 長い潜伏期間と感染力を持つ厄介な病な上、医者船長が医術を学ぶきっかけになったものでもあるのだから、あの船には人数分以上の薬は積んであった。


 しかし、あの大嵐をこえるにあたって揺れに揺れまくった船の中で薬箱はひっくり返り、同じくひっくり返った他の薬と混ざって使い物にならなくなってしまったそうだ。

 その薬の原料はバミラと呼ばれる砂漠に住む毒蛇であり、この島にはいない。


 そして行って戻ってくる間に、薬では対処できない段階に入ってしまうのだという。


 薬があると希望の光を浴びせてからやっぱりなかったと大きく裏切られることになった状況。その衝撃たるや。そりゃ、あんな絶望が目に見えるかのような空気にもなるわ。



「なるほど。ならば、皆ああも沈みはするし、全滅の憂き目を回避出来る可能性が出れば、沸き立ちもするか」

 マックスがうなずく。


 確かに理由を聞けば、納得の反応だ。


 この魔法の品物を使えばみんな助かるのだから、沸き立つのも当然だろう。



「だからマックスさん。僕にそれを!」


 犠牲のダイヤモンドをかかげるマックスに、医者船長が手を伸ばす。


「待つのだ先生。あんた、それを受け取れば、迷わず使うつもりじゃろう? 自分を犠牲にして、ワシ等もあの帝国の者達も救おうと考えておる!」


 手を伸ばす医者船長に、島民の長である村長が声をあげた。



「……」


 その言葉に、医者船長の動きも止まる。


「図星のようじゃな」



「キャプテン! 本気なんですか!?」

「全員の病魔なんて引き受けたら、絶対助からないんですよ! 七割を百人分! そんなの、絶対!」



「……僕は、医者です。患者を助けるために、さらにあの病に一矢報えるというのなら、丁度いいことじゃないですか」



「いいや、君が命を捨てることはまかりならん。君は未来ある若者。もっと多くの人を救ってもらわねばならん。そのような役目、この老いぼれで十分じゃ!」


「村長!?」


 今度は島民が驚いた。


「なにを言うんですか。僕は医者ですよ!」

「ワシはこの島の長じゃ!」


 どちらも、譲る気は、ない。



「いや、待ってもらおうか」


 譲らぬ戦いを繰り広げる広場に、杖を突いた一人の男が現れた。

 左足を引きずるように歩いている。


 着飾ったその船乗りの服装から、浮かぶ船に乗るえらい人というのはわかった。


「船長! 動けば病の進行か早くなると言ったでしょう!」

「こんな時に寝ていられるかよ。この病を運んできたのは俺の船だ。なら、犠牲になるってんなら、俺がなって責任をとるべきだろうが!」


 帝国の船の船長だった。

 引きずった左足は、その病の影響ってことかな?



「いいや僕が!」

「いいやワシじゃ!」

「ダメだ俺だ!」


 商船の船長まで加わって、喧々囂々とした俺が犠牲になる会議がはじまってしまった。



「なあ、ツカサ。妖精の蜂蜜、とってこれないか? そうすりゃさ……」


 騒動を見たリオが、俺にひそひそと話しかけてきた。


 蜂蜜? そういや妖精の粉と呼ばれる羽の鱗粉は怪我を癒すって言われてたっけ。蜂蜜にもそんな感じで病を癒すって効果あったりするのか?

 それなら、一人に病気を集めてその人が妖精の蜂蜜を飲めば万事解決ってヤツだな。


 さすがリオ、冴えてる。


 でも、問題が一つあるんだ……


「リオ、今はもう、とりに行きたくてもとりにいけないんだ」


「へ?」


 前(第34話)にもらった妖精達にもらった蜂蜜は、もちろん食べつくしてもうない。

 それはリオも知っている。


 でも、俺はリオに蜂蜜はいつでもとりにいけると言ってあった。

 彼女はそのことを言って来たんだろう。


「な、なぜ?」


「実は妖精達のいるところへ行くには、ある枝が必要なんだ。でも、あれ邪壊王と戦った時、使ってなくしたんだよ。リオはあのあと、あの枝見つけたり拾ったりしたか?」


「あ、あれか……」


 邪壊王との決戦の時、その枝を使って云々したのはここでは説明しないので(第45話を見て)思い出すように。


「見てないね……」

『あっ! あん時確かに持ってたな、でも、おれっち気づかなかったぜ』


「なら、あの騒動の中で消滅したんだろうな」


 俺はあの時、一度この世界から元の世界へ帰った。

 その際、俺は持っていた物は記憶と記録以外リセットされてしまうから、一緒に枝も消えてしまったのだろう。


「だから、もらいに行きたくてももう、行けないんだ」


「そっか……」

『なんてこった……』


 だから、一人に集めてその人に蜂蜜を飲ませて万事解決。という解決法は、出来ないんだ。


 その残酷な現実を知り、リオがしょんぼりとしてしまう。



 犠牲が最小で済むとはいえ、あの魔法の宝石を使っても、一人は犠牲を出さなきゃならない。

 リオはそれが悲しいのだろう。


 絶対に一人は助からない。

 なのにそれを知りながら、自分の命をかえりみず手を伸ばそうとする人達もいる。


 みんな、ホントにいい人達だ。

 他人のために命を投げ出せるなんて、凄い人だよ。俺にはとても出来ない。


 そんな凄い人達を死なせちゃいけない。凡人の俺にも、それくらいはわかる。



 だから俺は、声をあげなきゃいけない。


 全員が助かる方法が、誰も死なせず、病だけ消し去る方法があると知っているから!



「マックス!」



 犠牲会議をしている人達の迫力に圧倒され、どうしようと頭を悩ませるマックスに声をかけた。


「それ、俺によこせ!」


「っ!」


「ええっ!?」

「なんじゃと!?」

「なっ!?」


 他、場に居た全員が驚いた。



「マックス。俺を、信じろ」


「っ! は、はい!!」


 俺の言葉に従い、マックスはその魔法宝石を俺に投げてよこした。

 ナイスコントロール。俺が手を動かすまでもなく、すぽりと俺の手におさまった。


 ダイヤから視線を外すと、全員の視線が俺に集まっているのに気づいた。


 じっ……!


 んぐっ。視線の圧力に、ちょっと怯む。

 みんな命が掛かっているんだから、ある意味当然かもしれない。


 でもここで怯んでしまったら、みんなを救えない。それを阻止するために、俺は今立ち上がったんだ!


 意を決し、手にしたダイヤを天にかかげる。



「これは、俺が使う!」


 余裕がなさすぎて敬語は出なかったが、まあ、ご愛嬌だろう。



 ざわっ!



 場が、ざわめいた。

 当然ながら、持って帰るとかそういう意味でとられたんじゃない。


 俺が犠牲になるって意味でちゃんと受け取ってもらえた。



「無茶だツカサ君。いくら君だって……」


「そうじゃ。なぜさらに若いおんしが!」

「誰だか知らないが、君にはまったく関係のないことだ! ひっこんでいろ!」


 医者船長と、村長、そして俺をまったく知らない帝国の人が声をあげる。

 いろんな人の命がかかっているせいか、ものすごい迫力だ。


 意を決した俺は、そんなのには怯まない。怖いけど怯まない!



「関係ある! なぜなら、俺なら死なない。俺が死ななければ、犠牲は出ない! だから、俺が使う。俺なら出来る。なら、それをしない理由はないだろう!」



「~~っ!?」


 リオとマックスを除いた全員が、驚きを通り越して息をのんだ。


 誰もが望む、ベストな答えがそこにあったからだ。



「は、話を聞いていたのかお前は! 死亡率七割の病気だぞ。それを全員分。百人超の病を身に受け、生き残れる可能性は1もない。ゼロと言ってもいい!」


 商船船長の口調がさらに荒くなった。それくらい無謀な挑戦だと言いたいようだ。

 確かに、普通の人間なら間違いなく死ぬだろう。俺も、普通に死ぬと思う。


 でも、俺はちょっと違うんだ。

 それをまるごとリセットすることが出来るちょっと選ばれた人だから!


 とはいえ、それを説明しても理解はしてもらえないだろう。そっちを説明するより、ここでならもっと説得力のある説得法がある!



「マックス!」


「は、はい!」


「説明を任せる。俺なら、絶対に大丈夫だって根拠を、皆に説明し、説得してくれ。今回は特別だ。どれだけ言っても、止めない!」


 そう。ただの子供が言っても説得力はまったくないだろうが、例のサムライなら、話は違う。

 それをマックスに説明させ、伝説のサムライ様の御威光にあやかる。


 それが俺の説得法だった!



「お任せあれえぇぇぇ!!」



 マックスがものすごい勢いでジャンプして、空中二回転半捻りして俺の前に降り立った。


 すげぇやる気だ。今までこういう自慢ごとは否定してきたから、それを大いに口に出来るってのは滅多にないことだからな。その分、マックスのやる気もマックスってわけか。



「聞いて驚け見て転べ。この方を。そう。このお方をどなたと心得る! このお方こそ、先ごろ二度世界を救った、無敵の救世主! 伝説のサムライにして究極の我が師匠! 拙者の師匠なり! この方が出来ると申しておるのだ。それが出来ぬわけなかろうー!」


 さらりと師匠と弟子ってのを強調したね? しっかり強調したね?



「先ごろ海域を荒らしまわったあの嵐。それを止めたのはこの方! それはすでに、同船した者達も見ている。この方の手にかかれば、百人の病を身に受け、それを駆逐するのも造作もないこと! それは、世を二度救うことに比べれば、容易いことに違いなかろう!」


『その通りだぜテメェら!』


 ついでにオーマのフォローも入った。


「なにより、ツカサ殿以外に絶対生きて戻れると断言し、実行出来る自信があるのならば前に出るがいい! この方は、絶対に死なないと口にし、それを実行する。この方以外にソレが出来るというなら、生きて戻れる自信があるならな!」



 しーん。

 マックスの熱弁に、全員が黙った。


 どちらかというと、ぽかーんと表現した方が正しいのかもしれないけど。


 ともかく、反論はなかった。

 異論がないのだから、この一軒は俺にまかされたと解釈していいだろう!



「さて、オーマ、どこでこれ使えば、全員救える? ここで使って平気か?」


『あ、おう。ちょっと待ってくれ相棒。あの浮かんだ船の中にも患者がいるみてえだから、ベストポジションをちと計算するぜ』



 こうして俺は、犠牲のダイヤモンドを使うのに最も相応しい場所に、移動する。




──アミラルォット──




 俺は帝国武装商船団船長アミラルォット。

 ルォットー船長と呼んでくれ。


 俺は、伝説の邪壊王の魔の手から世界が救われたあのあとすぐ、ある使命を帯びて帝国から出港した。

 多くの船員を失うことになったが、なんとかその使命を果たし、帰路についた。


 しかし、使命のため上陸した島で船員が病をもらい、あげく大嵐に捕まり、あの島に漂着することとなった。


 道中船医が死に、詳しい診断が出来なかったため、硬血病を、皆疲れて体がこわばっているだけだと思い、重く受け止めなかった。

 使命も終わり、あとは帝国へ帰るだけという慢心もあったのだろう。


 結果、俺達だけでなく、世話になった島の者達にまでこの病をうつしてしまっていた。


 たまたまその島にやって来た医者に指摘され、島の者もまきこんだ挙句、使命も完全に果たせないのかと絶望させられかけたが、一発逆転のチャンスが舞い降りた。



 犠牲のダイヤモンド。

 眉唾物の伝説と思っていたが、まさか本物を目の当たりにする時が来るなんてな。


 病を蔓延させてしまった原因たる船の船長として、せめて責任を果たそうとしたが、そこに自称サムライを名乗る少年が現われた。


 彼は自分ならば死なず、全員を助けられると豪語し、その犠牲の権利を無理矢理もぎとってしまった。


 少年の言ったことが実現出来るならば、それが一番だ。

 だが、世の中はそんなに甘くはない。


 死亡率が七割もあるこの病の犠牲者をたった一人に出来るというだけでも奇跡だというのに、さらにその犠牲者を完全にゼロにするなんて……


 俺は、無理だと思った。

 だが、止めなかった。


 正直な話をさせてもらえば、助かった。と思ったからだ。


 責任をとるため立候補したが、本心では死にたいとは思っていなかったからだ。

 誰だって死にたくはない……


 その中で、絶対成功するなどと声をあげれば、それにすがりたくなってもおかしくはないだろう。



 儀式に最適と選ばれた場所は、桟橋近くの漁具を置く小さな小屋だった。

 そこならば、港に漂ううちの船と、島にいる住人達を同時に範囲におさめられるそうだ。


 そこに収められた漁具をすべて外に出し、中で犠牲のダイヤモンドを破壊して発動させるのだという。


 わざわざ小屋に入ってやる必要はないようだが、万が一のことがあった場合、扉をきちんと閉めておけばそれ以上被害が広がらないという処置からだった。


 あの少年の仲間である二人は「ツカサなら絶対大丈夫だから必要ない!」と言っていたが、「みんな不安なんだから仕方ないさ」と当人がいさめていたのが印象的だった。


 その謙虚さ。ひょっとすると絶対に成功するという言葉は、他の者を諦めさせるためのハッタリだったのかもしれないと頭をよぎった。

 だが、実際絶対に成功する保証はなく、根拠は世界を救ったサムライだからというものなのだから、あの二人以外が不安に思うのも当然だろう。


 ゆえに、蔓延する可能性を放置したまま外にいさせるというのも心象的に悪い。

 一時的にでも隔離するというのは妥当な判断と言えるだろう。


 このまま生きて帰ってくればよし。万一ダメだった場合は、あの小屋を焼却すればよし。


 それ以上のことは、俺達には出来ない。

 ただ、このまま死なれるのは寝覚めも悪い。


 だからどうか、あの言葉に偽りはあってないでくれ。俺達に出来ることは、そうして祈ることだけだった。



 準備の整った少年が、空になった小屋の入り口に手にした刀を立てかけ、ドアを開け入っていった。


 これから、この島で最も緊張した時間がはじまる。



 しん。と空気が張り詰める。

 誰も言葉を発することはない。風と波の音と、ときおり誰かが息をのむ音だけが響く。



 カッ!!



 唐突に、小屋から光が溢れた。


 俺達の視界が一瞬真っ白に染まる。

 目が慣れれば、俺達は光の球体の中に包みこまれていた。


 例の小屋。正確に言えば犠牲のダイヤモンドを発動させただろうあの少年を中心に、港の広場にいる島民と、船に残る俺の部下達をふくめ、島にいる者全員がこの光に包まれているのがわかった。


 不思議と、暖かい……

 動かず、激痛を発する左足の違和感が和らぎ、まるで母に抱かれているような心地よさを感じる。



 すうっ。


 広がった光が、小さくなっているのが感じられた。

 どうやら、基点となる小屋へと集束しているらしい。


「な、治った!」


 光が集まり、その光の範囲から外に出た者が、驚きの声をあげる。


 俺の体も、光が通過し、外に放り出された瞬間、今まで感じていた体の痛みと硬直感がすっと消えたのがわかった。

 かたまっていた左足も、一瞬にして自由が戻り、簡単に折り曲げすることが可能になった。


 足の先に、血が通ったのがわかる。



 ……治った。



 そう確信する。

 これが、犠牲のダイヤモンドの力。


 なんて凄い代物なんだ。



 あまりの効果に驚くのと同時に、俺の意識は自然と少年の入る小屋の方へむいてしまった。


 犠牲のダイヤモンドの効果に間違いはなかった。

 我々は、癒された。


 それはつまり、その代償として、この場の病はすべてあの少年のもとへと集まっているということになる。


 体の中に石をつめこまれたかのような痛みと、それによって生まれる圧迫感。

 自分ひとりでも死にたくなるほど苦しかったあの病が、たった一人の少年のもとの圧縮されようとしているのだ。


 その苦しみがどれほどのものになるのか、正直想像もつかない。


 一言、チープな言葉で表現するなら、地獄だろう。

 そして間違いなく、俺では耐え切る自信はない。病で死ぬ前に、発狂するかもしれない。


 自分以外の者の病が集まったらどうなると想像し、最低でもそんなことしか考えられなかった。


 やはり、少年一人に背負わせたのは、いけなかったのではないか?

 今さら、罪悪感が押し寄せてきた。



 すっ。

 光がすべて小屋の中に集束し、消えた……



 しんっ……



 再び、沈黙の帳が舞い落ちた。


 皆の病がすべて消え、癒された。

 だが、誰も素直に喜びの声をあげることは出来ない。


 誰もが、思ったのだ。

 これだけの病を圧縮され、身に宿せば、どうなるのか。


 そんなの、絶対に不可能だと、誰もが感じてしまったのだ。



 この奇跡の裏で、未来ある一人の少年が……



「あー、死ぬかと思った」



「……普通に出てきたー!?」


 あまりに無防備かつ普通に出てきたため、ビックリして思わず声をあげてしまった。

 だって、あまりに何事もなく、死ぬかと思った様相を一片の欠片も感じさせることもなく出てきたんだぞ。驚かない方がおかしいってモンだろう。


 というか、船にはもうまともに動けず、あとは心臓が止まるだけという者もいたんだぞ。

 俺のを引き受けたとしても、あんな軽やかに動けるわけがない。足がかたまっていたんだぞ。


 なのに、なのにこいつは、病のやの字も感じさせず小屋から出てきやがった!



 これで声も出さず、驚愕もせずにいられるかってんだ。



 少年は入り口横に立てかけておいた自分の刀に手を伸ばし、腰にさしなおした。


 入った時とまるでかわりない。むしろ服の汚れやしわなんかが消えてこざっぱりとしたようにも見える。

 本当に、あの中で犠牲のダイヤモンドを発動させたのかと思うほどだ。


 だが、あそこには彼以外誰も入らなかった。相棒とされる刀さえ、外に置いていたのだから。

 荷物はすべて外に出したし、隠れる場所もない。そもそも犠牲のダイヤモンドは発動のため破壊が必要だが、無理矢理壊したとしても、それを実行した者でなく、壊す意思を示したものに降りかかる、ある種の呪いの品でもある。


 自分の意思を持って使わねばならぬ、究極の自己犠牲を体現した品物のはずだ。


 つまり、彼があの中で犠牲のダイヤモンドを発動させたのは間違いない!

 なのに、少年は本当に、生きて帰って来た!


 念のため、先の検査も行われたが、結果は白。完全な健康体。真っ白だった。



 なんてことだ。彼はこの場で発生していた病魔を完全に浄化してしまった!


 そんなことが出来る人間が、本当にいるだなんて!

 本当に、奇跡を起こしやがった!



 これが、本物。

 二度世界を救った、生ける伝説!


 眉唾物の噂もいくつか帝国で耳にしたが、あれは実は本当のことも混じっていたかもしれない。

 思わずそう思ってしまうほど、目の前で起きたことは信じられない事態だった。


 あまりのことに震えてくる。

 当然だ。俺達は今、本物の伝説を目の当たりにした。


 伝説の、生き証人になってしまったのだから。



 あのマックスという剣士が言っていたことは嘘ではなかった。

 たった百人の人間を救うのは、世界を救うより容易い。


 理屈はわかる。

 普通は信じられない。


 だが、こんな平然とした姿を見せられては、信じないわけがない!



 こうして、硬血病の騒ぎは判明からほどなくして終息を見せた。


 はじまるのは、祭りのような宴。

 飲んで歌って大騒ぎの、島を挙げての大宴会だった。



 俺も、船の部下も、一度船の修理はやめ、この宴会に参加する。

 船の方は最低限の修理さえ行えば、あとは例のサムライの乗る船に引っ張ってもらえることに決まったからだ。


 なにからなにまで、あの少年には頭があがらないな。



 俺は船員達と酒を飲み交わし、無事帝国へ帰れることに、感謝の念を送った。



 だが、俺はこの時、気づいていなかった。

 この奇跡を起こした存在。その存在が、どれほど我が帝国にとって脅威であるかということを。


 長い航海に出て、国の実情を知らぬ俺は、そのことにまだ、気づいていなかった……




──ツカサ──




 あー、死ぬかと思った。


 ネタ晴らしをするまでもなく、俺が生きて小屋から出てきた理由はもう察してもらえていると思うけど、一応説明はしておこう。

 犠牲のダイヤモンドを発動させて、みんなの病を肩代わりしたら地球に帰って全部リセットしてきたってのが俺が生きて小屋から出れた理由だよ!


 でも、正直やって後悔した。

 カッコつけて全員助けるって意気ごんで、魔法宝石床に叩きつけて割って発動したまではよかったんだけど、人の病が体に加算されるたび、体が痛くなって息が苦しくなって喉がからからを通り越して焼けてるみたいだったし、頭はくらくらして目玉はしぼんで目は霞むし、全身ピリピリして間接は張り詰めるしで、マジで死ぬかと思った。


 そりゃ、あの人数分の病が俺に集まってきたんだから、その位なるよなって、終わったあと思う。

 この見通しの甘さ。伊達に凡人やってねえぜって感じだった。


 危うく体がピクリとも動かなくなって、アプリを発動出来ずに死んでしまうかと思ったけど、タイマーでもう一人の俺召喚アプリが起動しておくようにしておいたから、九死に一生を得たって感じだ。

 自分に自信がなく、保険をかけといて正解だったぜ。


 なんとか死ぬ前に地球に戻れて、改めて女神様に連絡してイノグランドに戻ってくることが出来た。


 女神様に連絡したら、事情を把握してたのか、『もうこんな無茶するんじゃありませんよ』と怒られちった。

 まあ、下手すりゃ死んでたんだから、怒られて当然か。


 タイムリミットが来る前に自分でリミってたら世話ないもんな。


 安心してください女神様。俺ももう、二度とこんな痛くて死ぬかと思うようなことやらないって誓うよ。というか、二度も経験したくない。


 ほんの十秒くらい体験しただけだけど、本物のヒーローはああいう辛さも耐えて人助けとかしてるんだから、すげぇよな。俺には絶対無理。無理っちゃ。


 いやー、無事生きてイノグランドに戻ってこれてよかった。見通し甘くて、ホントに危なかった。



 でも、今回の一件で犠牲になる人がいなかったってんだから、この痛みを我慢したかいは少しくらいあったかな。

 ちょっとだけ俺も、人を助けたって胸を張ってもいいよね!


 そう思うと、気分がいいぜ。いつも俺はなにもせず、事態から逃げ回ってるだけだからな。

 たまにはこういういい気分も、悪くない。



 悪くないけど、あくまで他力ありきの力で成功した功績だから、素直に喜べないのも正直なところ。


 だから、みんなが凄い凄いと言うと、ちょっぴり罪悪感がこみ上げてきてみんなと一緒に喜べないのが悲しいところだ。

 かといって、全部素直に言ってこの気分のいい状況を覆そうとも出来ない。


 だって、みんなにちやほやされるのは気分がいいんだもんっ!



 俺はこのジレンマにさいなまれ、直接ちやほやされるのはむずがゆいから、俺を褒めるみんなを遠くから眺めるという解決法をとった。

 サムライスゲーという盛り上がりを、闇に包まれた砂浜から聞く。


 うん。直接言われない分には気にならない!



 みんな喜び、どんちゃん騒ぎをしているのを、俺は一歩引いて、眺めるのだった。



「こんなところにいた」



 なぬっ!? 後ろから声をかけられた。

 おかしい。オーマには俺を褒めに来る人が来たら教えてケロと言っておいたのに……


 ……って、リオか。


 振り返って人影を確認すると、そこにいたのはリオだった。

 リオは俺を褒めには来ないから、そりゃオーマも警告してくれないわな。



「みんな探してたよ」


「ちやほやされるのはもうお腹一杯」


「相変わらずだね。まあ、ここ海のど真ん中だから、いつも通りさっさと旅立つってわけにもいかないもんな」


 やれやれと、リオも呆れたように肩をすくめた。


 まあ、今回やらかしてはいないから、慌てて逃げるなんてする必要もないしな。

 今回は怒られるってビクビクしなくていい分、気は楽か。



 座っている俺の横に、リオがちょこんと座る。

 帽子を押さえ、俺と同じ方向を見た。


 視線の先には、生存の喜びをかみ締める商船団の船員と腕相撲をしているマックスの姿があった。



「みんな、喜んでるね。さすが、ツカサだよ」


「いや、俺は……」

「大したことしてない。だろ?」


「そのとーり」


「流石にもう、何度も聞いたからね」


 どうやら俺の啓蒙活動が実ったみたいで、リオも俺が大したことない男だとやっと理解してくれたようだ。

 だから、これから無茶な期待はするんじゃないぞ!


「本当に凄いのは、あの魔法の宝石の方だよ」


 あれがなければ、異世界行ったり来たリセットの術はなんの意味もなかったわけだからな。


「ホントに、ツカサは……」


 はあ。と呆れられてしまった。

 なぜゆえに!?



「まあいいや。おいらもツカサを探してたのはさ、あの遺跡で見つけた犠牲のダイヤモンド以外のお宝のことを話そうと思ったからなんだ」


「ああ、あの宝箱に入ってた私物らしきものか」


「そう。あの病気持ってきた船の船長がさ、帝国の方にその海賊のことを調べてる研究者の心当たりがあるんだってさ。そこに持っていけば、なにかあるかもしれないって言ってたんだよ」


「あー、確かに、調べている人が見れば、なにか歴史的な発見に繋がるかもしれないな」


「そゆこと。なにも知らないヤツに売るより、ずっと金にもなるだろうから、譲るならそっちのがいいだろうって。だから、帝国行ったらついでに行ってみようぜ」


「まあ、反対する理由もないな」


 宝箱の中身はけっこうな量あったけど、こっちには重量軽減と内部拡大がかけられた魔法の袋があるから、どれだけがさばっても持ち運びに不便はないからな。



 ごろん。と砂浜に寝転がる。


 空を見上げれは、そこにあるのは満点の星空だった。

 地球とはまったく違う星座図。といっても、地球の星座図も素で見たらさっぱりだけど。わかるのはせいぜい北極星と北斗七星くらいかな。


 一緒に、リオも砂浜に転がり、俺と同じく夜空を見上げた。


「夜空も、きれーだね」

「ああ、綺麗だな」


「おいら、星座の名前とかさっぱりだけど」

「奇遇だな。俺もだ」



『ならしかたがありませんね。僭越ながら、私が星座の説明を……』



「ぐー」

「くー」


 ソウラがなにか言った気がするけど、俺もリオも、そのまま眠りに落ちていってしまった。

 今日はいろいろあって、精神的にも肉体的にも疲れたからな!(俺は一度帰ったから精神的な疲れのみ)



『聖剣である私がオチに使われるなんてー!』

『けけけ。たまにはいいじゃねえか』


 なんて声も聞こえた気がするけど、そのまま朝までぐっすりだった。

 ここが南国で助かったぜ。浜辺で寝ても、なんの問題もないんだから!




──リオ──




 宴会がはじまってすぐ、案の定ツカサの姿が会場から見えなくなった。

 探してみると、宴会の明かりも届かない砂浜で一人、病魔から解放されて喜びに溢れる島民や船員達の姿を見ていた。


 この宴の主役は全員を救ったツカサのはずなのに、一人外れて宴を見るその顔は、なぜかとても満ち足りているように見えた。


「みんな探してたよ」


「ちやほやされるのはもうお腹一杯」


 返答を聞いたら、やっぱりな答えが返ってきた。


 ツカサは大勢に囲まれて褒められるのがホント苦手だ。

 世界を救った式典からさえ逃げ出しちまうくらいなんだから、今回だってホントはさっさといなくなってしまいたいに違いない。


 こんな意外な弱点、世の悪党が聞いたらどんな顔するだろうな。



 ツカサの隣に座って、ツカサの見ているところを見る。


 そこには、生存の喜びをかみしめるみんなの姿があった。

 ツカサはそれを見ていたから、満ち足りたような表情をしていたのだろう。


 他人の幸せを喜べる。それだけでも、ツカサは凄い人だよ。



「みんな、喜んでるね。さすが、ツカサだよ」


「いや、俺は……」

「大したことしてない。だろ?」


「そのとーり」



 そして、褒められるのが苦手な理由の一つがこれ。


 ツカサ本人は、世では奇跡の一幕なんて言われてることを、全然大したことないことだって思ってるから。

 ツカサ本人からしてみれば、児戯にも等しいのに、他の人は大げさに褒め称える。


 そりゃ、逆に恥ずかしくなって苦手にもなるってもんだ。



 むしろツカサは、あの病魔を一つに集めた魔法の宝石の方が凄いと褒めていた。


 おいらは、なんだかなぁ。と思う。

 あれは、その使用者をまさに犠牲にするためのものだ。

 その絶対の目的を軽々と覆したツカサが、それを凄いと言うのは、なんか違うんじゃないかと思っちゃうからだ。


 いや、確かに凄いけどさ。範囲内全員の病魔を一人に集めるとか、とんでもないのはわかるけどさ。

 それが集めた百人を超える病魔を、容易く浄化するツカサのがもっと凄いと思うんだけど、ツカサはそうは思わないんだなぁ。


 どんな英雄だって、女と病には勝てないってことわざがあるくらいなのに、ツカサはそれさえ覆しちゃってるんだよ?


 だからおいらが呆れても、まったく不思議はないと思う。



 でもまあ、自分には難しいことを素直に認めて褒められるその器の大きさは、ツカサのいいところか。


 そう考えると、仕方がないとも思えた。



 呆れてたら話も進まないから、話題を変えて伝えようと思って探していた理由を伝えた。

 お宝じゃないガラクタがお宝に変わるかもしれないんだから、ここは行くのは譲れないよ!



 話が終わったら、ツカサはごろんと砂浜に転がった。


 おいらも真似して転がると、満点の星空が夜空に輝いていた。



 綺麗だなー。と思って見てたら遺跡探索の疲れが出たのか、眠くなってきちゃった。

 砂浜は不思議とあったかくて、気持ちがよかったからか、そのままおいらは、意識がなくなっちまった。



 次に目が覚めたら、朝で、しかもツカサの腕を枕にして寝てた!



「くぉ#$*ぴょ@っ!!??」


 真横にツカサの顔があって、びっくりして言葉にならない声をあげ飛び起きた。


 状態を確認して、昨日のあのまま寝ちゃったのかと理解した。

 べ、別に、やましいことはない。


 でも、なんか得した気分だった。


 えへへ。



『うふふ』

『へへへ』


 あとで二つのインテリジェンスソードにチョップしておいた。


 なんかおいらとツカサを見る船員達の目が生暖かかった気がするけど、気にしないっ!




──ツカサ──




 朝起きたら、なぜか俺が男色家だという噂が流れていた。


 たった一晩で評価が英雄からそれ以外にクラスチェンジするなんて、一体なにが起きた。

 しかもなんか英雄より評価が高い気がするのはなんでだ。


 船乗りにはソレが多いからか? だとしたらとんだ風評被害だぞ。


 こんな評価ありがたくもない。



 でも原因不明だから、それを覆す方法もわからない。



 なんてことだ。人を救った結果がこれとか、世の中はどれだけ理不尽なんだ。



 このお尻がむずむずする視線から早く脱出するため、船の出発を急がせた。

 もうちょっと島を探検したかった気もするけど、お尻には変えられない。


 荷の積み下ろしも昨日のうちに終わっていたようだから、そのまま出発が可能だった。


 ここはぐっと我慢して出発し、早くこの視線からオサラバしなくては!



 港に浮かんでいるだけだった帝国の商船を後ろに係留し、船は出発する。



 次はいよいよ、帝国。

 一体、どんなところなんだろうなぁ。


 諸国漫遊。観光気分の俺は、まだ見ぬ新たな土地に、うきうきとしていたのだった。


 実は戦争が迫っていたなんて、欠片も想像せずに……




 おしまい

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