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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
70/88

第70話 理のテンペスト


──ツカサ──




 俺達は今、船に乗って沖に出ている。


 二本のマストを持った帆船で、オールを出して漕いで進むことも可能な船だ。

 けっこう大きな船で、船員は何十人といる。


 帝国方面へむかう海域では嵐のおかげで沈没事故が続発しているはずだけど、それでもかまわないと船を出した、命知らず達だ。


 この船の最終目的地は、帝国。


 でも、最初の目的地は帝国じゃない。

 なんでも南にむかったところにある小島に、どうしても届けなければならない荷物があるらしく、その島を経由して。というのが船のルートだ。

 俺達はその命知らずの人達に便乗させてもらい、こうしてその船に乗っているというわけだ。


 待遇としては、お客さん兼用心棒。一網打尽作戦の立役者であるマックスもいたから、そういう役割も求められているというわけだ。


 わけなんだけど……



「う~。うう゛~」


 その一人で百人力の強さを持ち、万一海賊が現れたとしても全然平気なマックスさんは、船室のベッドの上で病気の獣のように唸っているのでした。


 簡単に言えば、船酔いです。

 まさかの、船酔いで完全にグロッキーなのさ!


 これじゃまったく用心棒として役に立たないじゃないか。

 まあ、俺達には最終兵器のソウラウィズリオがいるから海賊が来てもなんとかなるだろうけど。


 もっとも、沈没事故が多発している今の状況で海賊が出るとかないだろうけどね。



「ったく、だらしねえな」


 一緒に居るリオが、呆れたようにマックスの頭をぺちぺち叩く。

 今、トレードマークのリーゼントは完全にオフ状態だ。へんにゃりと力なく垂れ下がっている。


「せ、拙者も、意外であった……沖とは、こんなにも……うぷっ!」


 口を押さえ、近くにおいてある木製バケツを手にとる。

 なんとか今回は我慢したが、むしろもう出る物がないと言った方が正しいのかもしれない。


 こんなこともあろうかと、カバンに酔い止めは入れてあったのだが、それを服用する段階になってマックスは……


「拙者、湖、川での舟遊びで慣れておりますゆえ!」


 ……と、断ってきた。


 なんて自信なんだと思ったけど、結果はコレである。

 見事なまでのフラグ回収で、思わず拍手を送りたくなったくらいだ。



「ツカサにいいトコ見せようとカッコつけた結果がこれなんだから、どうしようもねえな」


「ぐうの音も、出ぬ……」


 バケツを抱えこみ、リオに言われるがままだ。


 確かに、カッコつけて人によいと認められたいのはわかる。

 でも、失敗して酔いに見舞われたら、カッコ悪くなっちゃうよね。


「無念なり……」


 一応ぐだぐだになってから飲ませたけど、症状はいっこうに改善しなかった。

 やっぱ、酔う前に飲まないと、こういうのはダメね。


 まあ、船酔いは体質でもあるから、近海で酔わない人も、沖に出ると波長があわなくて酔うとか聞いたこともあるし。マックスもこのタイプみたいだし(マックス海で船に乗ったことはあるが、沖に出るのははじめて)

 ついでに薬も、効かない人とかいるから、これ以上は手の施しようがない。



 やれやれと、リオが肩をすくめた。


「こんなことなら、無理言ってでも部屋わけてもらうんだったぜ」



 今俺達三人は、船室にいる。


 急なお話だったから、男女で別の部屋というわけにはならなかったようだ。

 ま、野宿する時とか宿に泊まる時も同じとこで寝てるから今さらなんだけどな。二部屋取るのは金の無駄だってリオの方針もあるし(今回とは関係ないけど)


 ついでに、食料とかはリオにわたした重量軽減と内部拡大の魔法の袋に迷惑にならない分積んであるので問題ない。



 つーか、まだ問題の海域にもついてなくて、帝国の方にむかうにつれ、その沈没事故を引き起こしている嵐の影響で波は高く、荒れてくるって話なんだけど……


 ……マックス、途中で死なないよな?

 いや、船酔いで死んだとか聞いたことないけどさ。



「うう~、ツカサ殿ー。拙者のことなど気にせず、先に進んでくだされ~」


 へろへろと、天井に手をあげ、そんなことを口にしている。


 いや、そう言われても、船が進んでいる間は、置いてくこととか出来ないからね。



「お加減はいかがですか?」



 そんな惨状の船室に、一人の男が入ってきた。


 屈強な船員達が多い中、それとは正反対の、どこかひょろっとしたなまっちょろいお兄さんだった。

 とても船乗りには見えない。でも、この人がこの船の船長さんだ。


 この船の命知らずなで屈強な船員全員、この人の一存で、帰れる保証もないこの航海を決めたらしいから、驚きってもんだ。


 その理由の一つに、この人が医者だということがある。

 みんなこの人に助けられ、その行為に感銘し、ついてきているのだとか。


 船長が医者というだけあって、船員達の体調管理は万全で、屈強で元気な船乗りが、さらに元気になって動き回っているというのだから、この船の暑苦しさは他の二割り増しとか三割り増しとか。


 島に行く理由も、その医者関係って話だけど、詳しいことはよく知らない。

 ま、それは、島に到着すればわかるだろ。


 そんな船長なわけだから、具合を悪くしたマックスの診察に来たってワケだ。



 ベッドでグロッキーなマックスをぱぱっと診察。



 まあ、船酔いだから、特効薬なんてないし、処置することもほとんどないわけだけど。

 一応船酔いを軽減させるという薬草を煎じたお茶を飲ませ、あとは寝るか、甲板から遠くを眺めるとか、そんな基本的な対処法しかないようだった。


 ある意味の特効薬は、船をおりることなわけだけど、それは目的地につかない限り叶わないので、結局は我慢するしかないわけだ。



 なので、まだ海もそんなに荒れていないということで、ひとまず甲板に出て風に当たることとなった。



「マックス、肩貸そうか?」


「よ、よいのですかー!?」


「いや、ここは医者の僕に任せて」



 船長が買って出てくれたので、譲ることにした。

 だって、医者が患者を任せてと言ったら譲るしかないっすよ。


 決して、支えられなさそうとかそんなことはない!


「ツカサ殿ぉー」


「情けない声出すなって」



 なぜか同情したような、うししっと笑うような複雑な声でリオがマックスの背中をぽんぽんと叩いてた。


 なんなんだ一体。




──リオ──




 甲板に出てきた。マックスは船の欄干にとりつき、そのまま遠くを見ている。


 正直、なんでそんなに気分悪くなるのかおいらにゃわからん。

 このへんは完全に体質だって医者船長が言ってたな。


 もちろん、慣れれば船酔いもしなくなってくるとも。


 だから、マックスは対処法の一つってことで、遠くを見てなんとか酔いをおさめるよう努力してる。

 あとは、医者船長に任せておけばいいだろ。


 素人のおいら達にはなんも出来ないわけだし。



 つーわけで、平気なおいらとツカサは、海の旅ってのを満喫すべく、船の先頭に移動して外を見回した。



「海だなー」

「海だー!」


 海水浴の時もやった気がするけど、また大海原めがけて声をあげてみた。


 今回はあの時とは違い、海の風が気持ちいい。

 雲ひとつない青空に、どこを見渡しても海っていう水溜りしかない光景に、おいらは思わず「おおー」って声をあげちまった。



 これが、海!

 これが、波!

 これが、空!


 あと……

 あとー。



「……なんもねえんだな」


 ただ、白波を切って進むだけで、周りの景色になんの変化もないから、すぐ飽きた。



「まあ、海だもんな」


『飽きたか』

『飽きましたね』


 ツカサをふくめ、オーマ、ソウラが納得したようにうなずいた。


 だってずっと同じ風景なんだもん。

 陸歩ってる時は進むごとに景色は変わってたけど、こっちは全然だ。


 あるのはせいぜい、雲の変化くらい。でもそれは陸でもある変化だ。



「全然変わんねーんだから、つまんねーよ」

「確かになー」


 ツカサも、おいらの隣で頬杖をついて、水平線てやつを見てる。

 あれが、海と空の境界線かー。


 それだけだなー。


 せめてこう、じぐざぐに動いておいらを楽しませてくんないかな。



『この、変わらぬ風情を楽しむ。ってのも、また海のいいところだぜ』

 オーマが言った。


 悪いけど、おいら走り回ってた方が楽しい子供だから、わっかんねーや。


 ツカサと同じく、船の欄干で頬杖をつく。


「つーまーんなーいー」



「魚が泳いでいるのが見えたりすれば、また変わるんだろうけどな」


「そんなの影も形も見えないよ」


『例の海域に近づいていますからね。嵐があれば海の中もかき回されます。魚だってそれを嫌がり、遠ざかっているでしょうから、ここで見えないとなると、この先期待は出来ないでしょうね』



 マジかよー。

 じゃあ、このままずっと、太陽が東から西へ動いてくのを見てるくらいしかやることないってのか?



「まあ、変化する空がないわけでもないからなあ」


「え? どこどこ?」


 ツカサが指差した方を、見る。


 それは、船の進行方向。

 その水平線のところに、巨大な暗雲が見えた。

 その真っ黒な雲が、渦を巻いて動いているのが見える。


 こっから見ても、そこでとんでもない嵐が発生しているのがわかった。


「あれが、例の遭難ポイント……」


 そりゃ、あんなとこにつっこみゃ転覆横転して海の藻屑にもなるさ。



「あれ、ずっとあそこにあるって聞いたけど、見て普通の嵐にも見えねえや。ひょっとして、帝国がツカサを来させないためなんかしてんのか?」


『いや、この嵐自体は結構前からみてえだから、相棒とは関係ねえんじゃねえか?』


「そ、それに、帝国の船も沈んでいると聞く。偽装の可能性も否定出来んが……」

『ぎょ、うぷっ……』


 同意しようとしたマックスの片割れ、サムライソウルも同意しようとして、口をつぐんだ。


 刀も、船酔いするんだな。


「サムライソウル、無理するな。無理に口を開かなくてよい」

『ぎょ、御意……』


 マックスもサムライソウルもヘロヘロなんだから、無理して話題に入ってくんなよ。

 無理すんな。と、ツカサと一緒に背中をさすってやった。


 ツカサがやるのも許可したのは、特別だかんな。



「そもそもさ、あれ、自然の嵐じゃねーんだろ?」


 だからおいらは、帝国の仕業かも。って思ったわけなんだから。



『いや、それがよ……』

『ここからでは正直、なんとも言えません』


『おれっちの分析じゃ、あれは自然災害の可能性が高けえ』



「マジ?」


 ツカサがマックスの背中をさする中、おいらは驚いて顔を上げた。



『こういうの分析すんのはおれっちのが得意だからな。この場からだと、いろんな要因が重なって出来た、長期の台風みてえなもんだ。台風ってお前に言ってもわかんねえだろうが、嵐と同じだ。海水温が高く、風は嵐にむかってふいている。その関係で、発達してここにとどまってる。それだけの話だ』


『むしろ、あのサイズの嵐を人が生み出したとすれば、それは尋常なレベルの存在ではありません。マリンならば、あの規模の嵐を引き起こすことは可能かもしれませんが、それを長い時間維持するというのは不可能です。魔力があっても、不眠不休で精神が持たないでしょう』


「へー。なら、自然の嵐なのか?」


『それはまだ、断言は出来ねえな。この位置からわかる情報だとそうだが、もう少し近づけば、またなにかに気づくかもしれねえ』


『力の高い者ほど、その存在を隠すのが上手くなりますからね。その発見、探索においては、私よりオーマの方が優れていますし』


『へへっ。その通りだぜ』


「ふーん」

 やっぱ、オーマのそっちの力は、聖剣であるソウラも認めるところなのか。


『自然の嵐。なら私の力を持ってすれば霧散させることが可能です。なのでむしろ、何者かの意図がない方が簡単ですね』


「そりゃ確かにそうだけどよ」


 確かにそれで解決出来るなら、それでいいんだけどよ。



『ですから、このままいけるところまで嵐に入ってもらいましょう。近づいて、私がこの嵐を消し飛ばします!』


「で、できるのでござ?」


 マックスが無理してまた会話に参加してきた。



『はい。近づいて何者かの意図が感じられない限りは、私とリオだけで十分です。だから、あなたも安心してお休みなさい』


『そうだぜマックス』


「りょ、了解に……」


「あー、こりゃ船室に居た方がまだましか」



 やれやれと、ツカサがため息をついた。



「じゃあ、なにか変化がない限りは、頼んだよ。ソウラ、リオ」


『ええ』

「まかせとけ!」


 ツカサの言葉に、ソウラとおいらとうなずいた。



 たまにはツカサにも休んでもらわないとね!




──ツカサ──




 航海は順調に進む。


 順調ではあるけど、進むにつれて波は荒れ、風は吹き荒みはじめた。

 嵐にむかって突き進んでいるのだから、当然といえば当然だが。


 そしてついに、船は嵐の中へと入った。


 今までとは比べ物にならないほど波が荒くなり、空には暗雲。激しい風雨が吹きつける。

 幸いなのは、雷が鳴り響いていないってことだろうか。深い意味はないが。


 これは本当に、幸いだった。深い意味はないが。

 ほら、船員とかが雷撃たれなくてすむし。そういう意味。



 波がうねり、状況が刻一刻と酷くなる。

 波の荒さも酷くなり、素人の俺達では操船の役には立たない。ゆえに、操舵は専門家に任せ、俺達はひとまず船室に戻った。


 ギィッ。ギイッ。っと、波と雨にさらされ、船がきしむ音が聞こえる。


 その上その音にあわせ、船体が左右へ大きく揺れる。



「ぬうおお。ぐおおお……!」


 船が揺れるたび、マックスが死にそうな声をあげている。

 これだけ酷い揺れだと、流石の俺も酔ってしまいそうだ。


 そもそも、普通の船ならこんな嵐があれば避けるもんだろうし、運悪く飲みこまれたら碇を下ろして通り過ぎるのを待つもんらしいし。


 こうして嵐の中につっこんでいくなんて、普通に考えれば自殺願望があるとしか思えない暴挙だった。


 だが、俺達はこの嵐を抜け、目的の場所へ行かねばならない。

 なにより、出来るのならこの嵐を止め、多発する沈没事故に終止符を打ちたい。


 そのためにも……



『これ以上船を進ませるのは危険ですね』


『そうだな。ここまで近づいても、おれっちの探知に変化はなし。どうやらこいつは、ただの異常気象が引き起こした大嵐のようだな』


『女神ルヴィアが封印されていた影響でしょう。悪意ある者の仕業でないなら、私だけで十分。リオ、あの嵐を払いますから、力を貸してください』


「ああ! おいらに任せとけよ!」


 状況を把握し、ソウラがリオに声をかける。


 どうやら、はじまるようだ。



「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。今回はおいらとソウラに任せてね」


「もちろんだ。がんばれ」


「き、期待しておるぞぅ~」

『ぎょー』


 ヘロヘロのマックスとサムライソウルが律儀に声をかける。


「おう。任せとけ!」


 そう言い、聖剣ソウラキャリバーと化したソウラを手にし、リオは甲板の方へ走っていった。

 ちなみに、ソウラの力があれば、船を光のバリアで覆うことが出来るから、雨風は無視出来るらしい(海面から浮くわけじゃないから、揺れは緩和出来ないらしい)


 さて、あとは成功を待つばかりかー。

 ソウラがいれば、沈没はなさそうだし、成功しても失敗しても、この船は目的地につけるのは間違いない。


 その間、どうすべかー。と、ベッドで寝息を立てはじめたマックスのタオルを取り替えながら思う。

 少し苦しそうだが、船酔いで一番いいのは寝てやり過ごすこと。だから、無理に起こしたりはしない。


 このままぐっすりと眠って、体調を回復させるといい。



「さて、どうしようか」

『……』


 どう暇潰そうか。と、今度はオーマに声をかけたが、返事はなかった。


 なにか、どこか気になることでもあるらしく、集中している。


 どうしたんだろう……?

 なんて思ったその時。



 プルプルプル。



 上着の懐で、携帯が揺れているのに気づいた。


 ここは異世界イノグランド。基地局も中継局も存在しないこの世界では、当然携帯のアンテナは立たない。ネットや電話機能を活用して異世界で大活躍なんてことはさっぱり出来ない代物だった。

 ただ、この電話には一つ例外があって、たった一人の神様だけは、この携帯に電話をかけることが出来る。


 それが、女神ルヴィア様。


 この世界の創造主であり、世界を破壊の魔の手から守るため、俺をこの世界に呼んだ女神様だ。

 今は、俺をこの世界に呼ぶことになった原因。さらに別の異世界の俺。ダークカイザーが大きく傷つけたイノグランドの修復にかかりきりだったはずなんだけど……


 このタイミングで、一体何用かしらん。



 ちょうど暇だったのもあって、俺は電話に出た。



「はい。ツカサです。なんですか、ルヴィア様」


『はい。忙しい今、こうして声をかけもうしわけありませんね』


 いえいえ。そんなことはありません。ソウラとリオは必死で、マックスもヘロヘロだけど、俺だけはお暇ですから。


『のんびりと近況を報告しあいたいところですが、そちらは一刻を争う事態となっていますから、早々に本題にはいらせてもらいます』

「はあ」


 確かに早いとこ嵐をどうにかしないとマックスが大変なコトになるような状況だけど、そんな急いだりする必要はないと思いますが……

 どこか切迫したような女神様の言動と裏腹に、俺はのんびりゆったりしていた。


 だって今、俺に出来ることなんてなにもないんだから!


 ちなみに俺と女神様の電話、会話してるようだけど実際には口で話していない。

 この携帯を通じて、俺は女神様と直接やりとりしているからだ。


 だから、携帯を懐にしまえば、もうどこか虚空を見上げる怪しい人になるだけで、独り言を言ってる怪しい人にはならないのだ!

 結局怪しいじゃねえかと、ツッコミをお願いします。


 あと、長々会話しているように見えて、この脳内直接対談は一瞬の出来事だったなんてこともあるらしい。

 ほら、女神ルヴィアの神殿でダークカイザー退治を頼まれた時(第27話)、けっこう長々話していたかと思ったら、一瞬で帰ってきてたあの時と同じ感じ。


 なんてことがあるので、俺は怪しくない。証明完了だ!


 それはさておき。


 続いて出た女神様の本題に、俺は飛びあがって驚きそうになった。



『今、あなた達が遭遇している嵐。この嵐は、自然によって引き起こされた嵐ですが、自然の嵐ではありません』


「……」


『ソウラがそれを鎮めようとしているようですが、このままでは、それをおさめることは出来ません』


 ……意味がとんとわかりません女神様。自然によって引き起こされたのに自然の嵐じゃないって、聖剣でも無理だとか。凡人の俺にもちゃんと理解出来るよう、順立てて説明してくださいお願いします。


「と、とりあえず、ええと……」


 なにから聞き返せばいいのか、さっぱりにごわす。


『順を追って説明しますから、なんとかついてきてください』

「が、がんばります」



『この世界は、ダークカイザーの侵攻により、大きなダメージを負ったことは知っていますね?』


 そこから説明しなおしますか!? 自分の世界を破壊してこの世界にやって来たもう一人の俺、ダークカイザーがその勢力を使い、世界の半分くらいを海に沈めたってヤツですよね!

 流石の俺でも、これくらいは覚えてます。


『そして私が、失われた大地を復活させるため、世界に力を満たし、修復を行っています』


 はい。ダークカイザーが居なくなった今、その修復が最優先てことですよね。


『しかし、ダークカイザーによって与えられ、私が不在だったことによる世界のダメージは時に深刻であり、一部の場所では私が満たす修復の力を上回る速度で崩壊が進んでいるところもあるのです……』


 んん……?

 なんか、嫌な予感してきたぞ。


『このまま私の力を上回り、崩壊が進めば、世界に孔が開き、その一帯は修復不能の、なにも存在しない場所と化すでしょう。それどころか、その孔は崩壊を広め、世界の破壊を加速させかねません』


 んー。それは、大変だ。とっても大変だ。

 それって、どの場所なんだろうなー。


 ……まあ、とぼけてもしゃーないか。



「つまり、それが、ここで起きようとしているんですね?」


『そういうことです。理解が早くて助かります』


 いや、こんなにわかりやすく説明してもらえれば流石の俺でもわかりますよ!



『この嵐は、その孔が開く前兆現象です。世界の理が乱れ、壊れかけているからこそ起きた、自然発生であり不自然な嵐なのです。世の根源が崩壊しようとしているのですから、さすがのソウラといえどもこの嵐を止めることは不可能です』


 んー。根源とかよくわからないけど、そもそもの原因。孔が開くってのをとりのぞかないとこの嵐も止められないってことか。

 多分。ざっくりいうと。きっと。


「つまり、この嵐はただの予兆で、真に止めなければならないのは、その世界の根幹の崩壊ということですね?」


『はい』


「それで、それはどうすれば止められるんです?」


 結局のところ、これを聞かねばはじまらない。

 俺に今、この場所で連絡をとってきたということは、俺になにか出来ることがあるということだから!



『正直な話、あなたにしてもらうことはありません。なにも』


「……」

 なんだろう。思わず真顔で固まってしまった。


 そりゃ、俺なんの力もない一般人だし、役に立たないってのはよーくわかってる。

 だからこそ、そんな俺にもこの世界に対してなにか出来ることがあると思ったのに……


 ちょっぴりしょんぼりしてしまう。


「なら、なぜ俺に、そんなことをお話になられたのです?」



『あなたがなにかをする必要はありません。ツカサ。あなたはここに居てくれるだけでよいのです』


「はーどん?」


 なんかダークカイザーを倒せと言われた時と同じような置いてけぼり感を感じているぞう。

 どういうことなんだぞう?


『この現象は、私の修復の力を上回る速度で崩壊が進んでいるゆえと説明しましたね』


「はい」


『ならば、その崩壊を超える修復の力を注ぎこめば、その孔の発生は防げるというということなのです!』


「確かに、そうなれば世界の理も直って、嵐もおさまるはず! ……って、それなんで最初にやらないんです?」


『やらないのでなく、出来ないのです。この場に、私の力の中継点となる神殿はありませんし、神殿の女神像もまだ修復の途中の段階。私は今、修復の力を自在に注ぎこむことが出来ないのです』


 全体に均等に力を送るのは出来るけど、ピンポイントに力は送れないってことか。

 神様も色々不便なんだなあ。


『そこで、今私と唯一つながりのあるあなたを通じ、あなたを中継点として修復の力をその地点に流しこみます。だから、あなたはそこに居るだけでよいのです』


「ああ、そういう」


 俺はただの、通り道でしかないわけだ。

 もっと正確に言うと、中継点というのは俺でなく、今話している携帯らしい。これが神殿の女神像と同じ役割をして、女神様はこの世界に力を発揮出来るということらしい。


 ならむしろ大歓迎。楽でいいや!


「ところで……」


『なんです?』


「その修復が間に合わなかったら、どうなっちゃうんです?」


 一応。一応聞いとかないと。一応ね。



『安心してください。万一修復が間に合わない場合、孔が開く前に、その一帯を世界から切り離し、消滅させたのち、そこを再構築させます』


「……」


『再生には他に傷ついた世界と同じくらいの時間が掛かりますが、被害を最小限にとどめ、それ以上世界を崩壊させないためには必要なことです』


「さらに、念のため聞きますけど、どのくらいの範囲が、巻きこまれたり、巻き添えにあったりします?」


『非常に申し上げにくいのですが、今、この嵐の範囲が一度消滅します』


 今居るー!

 俺達そこにいるうぅぅぅ!!


 逃がしてもらえないんですか!? 巻き添えですか? ダメージコントロールのための尊い犠牲ですか!?



「というか、直すのは中継点使わないとダメなのに、壊すのはエライあっさり行えるんですね。とんでもない範囲ですけど」


『孔の影響を取り除くには最低でもソレくらいの範囲を切除しなければならないのです。それと、破壊と再生なら、やはり破壊の方が容易く行えるのですよ……』


「……ああ、なんか、納得です」


 創るのって凄く時間かかるし、大変だけど、壊すのって一瞬で済むものね……

 ちなみに、一つ補足しておくと、それ、ダークカイザー相手にやってないわけがないってさ。



『それとその心配はありません。今なら崩壊より早く、修復が完了しますから』


 ああ、ならよかった。


「それを聞いて、安心しました」



『修復が完了すれば、嵐を吹き飛ばせるようになります。放置しても消えますが、数日はかかるでしょうから』


 なら、ソウラに吹き飛ばしてもらおう。


 にしても……



「疑問が一つあるんですが。世界の一部が崩壊しそうなほど大変なことが起きているというのに、オーマもソウラも、なにも気づかないもんなんですか?」


『無理もありません。これは、あの子達の能力を超えています。地上でも異変が起きていますが、その原因は、世界の深層に存在する、世界の根源。根幹となる理の部分。そこは、地上を離れ、世界を管理する視点に立てねば、気づけない場所なのです……』


 なんか、凄い領域の話なんだな。

 俺にはどう凄いのかさっぱりなんだけど。



『他に質問がなければ、修復を開始したいと思います。修復後、嵐を吹き飛ばしたいのなら、ソウラにそうするよう、指示を与えに行ってあげてください』


「あ、今疑問がもう一つ」


『なんですか?』


「ソウラって、女神様に捧げられた剣じゃありませんでしたっけ? そっちにコンタクトはとれないんですか?」


『ええ。だからこそ、ソウラは私の言葉を伝え聞くことは出来ません。あの子は、私が作り出した剣ではなく、私に捧げられた剣。私にイザということがあったとしても、太陽の力を得て、敵を倒す、この世界を守る剣なのです』


 ああ、そういえば、女神様が封印されたあとも、ソレが原因で弱体化したりとかいうことはなかったっけ。


『あの子は私とは切り離された独立した存在であり、私の力を必要としない反面、私と密に会話する力はないのです。なので、あの子を中継点にすることは、出来ないのですよ』


 なるほどー。

 これもまた、一長一短。出来ることと出来ないことがはっきりしてるんだな。



 こうして、疑問もなくなった俺は、女神様の世界修復のお手伝いをすることになった。

 なったっつっても、ここに居るだけなんだけど。


 携帯をしまうと、時間はほとんどたっていなかった。


 それじゃとりあえず、リオのところへ行って、ソウラに嵐を吹き飛ばしてもらおうかね。




──オーマ──




 リオとソウラが甲板にむかい部屋を出て行った。


『……』


 この嵐は間違いなく、自然が引き起こした嵐だ。

 なのに、なにか違和感を感じる。


 どこかおかしいと思っているのに、それがなんなのかさっぱりわからねぇ状態だ。


 改めて嵐の方へ意識をむけるが、これだけ近づいて分析ところでも、あれは誰かが意図して作ったものではなく、自然に生まれた嵐でしかないということしかわからなかった。

 誰かが魔法を使ったわけでもねえ。サムライの技でもねえ。

 世界のルールに従い、きちんと起きている嵐だってのに、なぜかおかしいと感じる。


 なのに、おかしくない。


 くっそ、なんだこれ。

 違和感がないのに違和感があって、むずむずするぜ。



「オーマ。オーマ」


『あっ』


 相棒に何度か呼ばれていることに気づいた。

 それほどあっちに集中していたってことか。


 のわりに、なにもわからなかったに等しいんだから、情けねえもんだぜ。

 むしろ、この違和感はおれっちの勘違いだったって可能性も十分にあり得る。


 そんなことを思いながら、おれっちは相棒の方へ意識を戻す。



 すると、どこか神妙な顔つきをした相棒が、そこにいた。



『ど、どうした相棒?』


「困ったことになった。このままだと、ソウラはこれを鎮めることが出来ない」


『っ!?』


 な、なに言ってんだよ相棒。

 自然に出来た嵐なら、太陽の力を得る聖剣なら、その光を得るため、曇天をどかし、太陽の光を降り注がせることが出来る力を有している。


 それが出来ねえってのは、この嵐は誰かがなんらかの目的を持って発生させているってことになるんだぜ!

 そいつはかの邪壊王クラスでなきゃどうしようもねえレベルだ。


 そんなレベルのヤツがなにかしてるってんなら、おれっちどころかソウラだってなにか気づくはず……


 それがないんだから、やっぱりこの嵐におかしな力は働いてねぇってことになる。



 だが、相棒は出来ないと言っている。


 ソウラの失敗が予見出来る。

 つまり相棒は、おれっちにもわからないこの嵐の秘密を、おれっちにも探知出来ねぇその本質を、完全に見切っているってことか!?

 

 相棒の言葉に、背筋はねぇが、ぞわっと震えた気がするぜ。



「そこで、相談」



 相談? ここで相談だって?

 おれっちの勘違いじゃなかったこの異常事態。

 ひょっとして相棒でも、この解決が困難だってのか?


 そうだとしたら、このただの大嵐が、世界の命運にも関わるレベルのトンでもない事件だってコトになるぞ!


 一体、なにをおれっちに相談するってんだ……!?



「わからないよう隠れてどうにかするのと、知らせて堂々と助けるの、どっちがいいと思う?」



『……』

 おれっちに口があったら、間違いなくあんぐりと開いていただろうぜ。


 たはは。

 その相談を聞いて、おれっちは呆れるを通り越して、逆に安堵しちまった。


 だって、聖剣でさえ解決出来ねえ事態が起っているってのに、相棒の心配は、助けられたソウラのヤツの体面や気持ちの方なんだからよ。


 相棒にとって、この一件の解決なんて気に留めるほどのことでもなんでもねぇんだから、マジで恐れ入るぜ。

 トンでもねぇコトが起きてるかもしれねえってのに、なんの心配もなくなっちまったよ。



 でも、この時おれっちは、相棒のあまりの余裕に事態を小さく見てた。

 この後コトの真相が明らかになり、なにが起きようとしていたのかを知った時、この相棒の余裕はトンでもねぇ余裕だったと気づき、愕然とさせられることになる。

 この事態を、あれほどの余裕で解決出来るなんて、相棒よぉ。あんた天界に行って、さらに強くなって帰って来たなんてこと、ねぇよな?



 それはさておき。


 相棒が言ってるのは、ソウラに知らせず手助けしてやるか、ソウラに失敗するとわからせて手助けするかのどっちがいいかってことだ。


 確かに、任せろと大見得切って失敗していたらバツが悪いし、出来ずに逃げ帰ってきたなんて事態になりゃ、恥ずかしくてあの岩に戻りたくもなるだろうぜ。


 そのために、相棒が力をどう貸すか。

 正直、どっちでもいい。というのが本音だぜ。


 あいつだって、自分が解決出来ない事態だったと知れば、素直に相棒に感謝するだろうし、ふてくされもしめえ。

 それでも相棒はその体面を気にするってんだから、優しいもんだぜ。


 さて、どうしたもんか。

 せっかく相棒がおれっちを頼ってくれたんだから、きちんと考えてやらねぇとならねえな。


 この場合、つまり、どう助けられたらあいつがより無様かって話だな。


 秘密裏に助けてやりゃあ、あいつはこれがトンでもねぇ事態だったと気づかず自然の嵐を蹴散らしたと、真実に気づかず胸を張ることになる。

 そんなことになりゃあ、真実を知るおれっち達は、あいつをこれから生暖かい目でしか見れなくなる。


 堂々と助けりゃ、任せろといった手前、達成出来なかったと恥をかき、己の無力さをかみ締めることになる。


 おれっちの視点から見りゃ、前者。黙って助けた方が無残だな。



 なにも知らず、己の力で解決出来たとか言い出したら、腹はねえけど腹を抱えて笑っちまうぜ。

 己の無力さを知ることもなく、成長することもねぇんだから、それもまた拍車をかけるぜ。


 気づいたら気づいたで、後者のことまでついてくるんだから、一粒で二度美味しい。



 となりゃ、おれっちがオススメするのは、これしかねぇ……!!




──ソウラ──




 甲板に出ると、雨が横からふきつけているほどの暴風となっていました。

 下手をすると波だけでなくこの風での転覆もありえそうなほどの風。


「かわりましょう。これから先は、僕が」

「お願いします、キャプテン!」


 先ほどマックスを診ていた船長が、操舵手から舵を変わっているところに出くわした。



「あの医者船長で大丈夫なのか?」

「おうよ。大丈夫に決まってんだろ。キャプテン舐めんな」


 ポツリと呟いたリオの言葉に、近くでロープを引いていた船員が噛み付いた。


「キャプテンはな、医者として体の血の流れを見るのが得意なだけじゃなく、風や水の流れも読める、生粋の船乗りなのよ。体の方は、ガキの頃船で蔓延した病気の後遺症で弱っちまって力仕事は苦手だが、操舵は別だ!」


「お、おう」


 船員にまくし立てられ、リオが押されています。

 それだけ、この船の乗組員に彼が愛されている証拠ということですね。


「それもあって、キャプテンは医術を習ったわけだが、こういう大事な時は、ああして柱に体をくくりつけて操舵をするのさ。見てな。あいつの倍は、キャプテンのが腕は上だぜ」


「おらぁ! サボってんじゃねえ! 右から波が来るぞ。衝撃に備えろ!」

「へ、へい!」


 まるで性格が変わったかのような声で、船長が指示を飛ばした。

 リオに話しかけていた船員も飛び上がり、慌ててロープを持ち直した。


 ついでに、リオも次に迫る波に備え、近くのロープを掴んだ。


 今までの操舵手より早い判断で指示が飛び、舵が右に切られる。


 船は波にむかい、右斜めに切り上げながら、その波を乗り越えた。

 見事な判断だ。



 波がひと段落ついたところで、私は自身の力を一つ発動させた。

 薄い光の膜が、船の周りに貼られる。


 これは、光の傘。


『船長! 私の力で、風と雨を軽減しました。船と触れる波はいかんともしがたいものがありますから、操舵の方、よろしく頼みます!』


「おう。そいつは助かる。あとは任せろや!」


 全体を覆えないのは、ここが海だから。そんなことをしたら水は入ってこなくなるが、前にも進めずむしろ沈んでいってしまうから。



「舵を握った途端、性格が豹変しやがった」

 そんな船長を見たリオが、驚きの声をあげた。


『むしろあれが、船乗りの彼なのでしょう』



「さあ、いくぜおめぇら! このままこの嵐、突っ切ってやろうじゃねえか!」


「おおー!!」


 弱まった雨と風の中、船員達の声が響く。


 威勢がよろしい。

 でも、この嵐は私が吹き飛ばさせてもらいます!



 私達は船の先端部分に到着し、嵐の中心へ意識をむけた。

 距離そのものはまだまだある。


 でも、嵐の中に入った今なら、問題はない!



『いきますよ、リオ』


「ああっ!」


 私の掛け声と共に、聖剣となった私を両手で握ったリオは、大上段に振りかぶるよう、私をかかげた。


 直後、刀身が小さな太陽と錯覚するかのように光り輝き、天へ届かんばかりの巨大な光の剣を生み出した!


 もちろん、光の傘を突き抜けるが、あれは私の力の産物なので、この光の邪魔はしない。



「いっけえぇぇぇ!!」



 リオの気合の入った声と共に、私達はその光の剣を、嵐の中心めがけて振り下ろす!


 刀身から放たれた光が暗雲へと突き刺さり、それを真っ二つに裂いて行く。


 これで嵐は霧散し、青空が……っ!?



 びたっ!



 ……振り下ろした剣が、止まった!!


「っ!?」

『!?』


 光の剣が嵐を切り裂けず、暗雲に飲みこまれ、からめとられたかのように動かなくなったのだ!


 バカな!

 ありえない!!


 コレはただの自然災害のはず。なのに、なぜ私の力がおよばない!?

 太陽から得た私の力を持ってすれば、太陽を呼ぶため、天を青空に変えることが出来るはずなのに!


 それが出来ないということ。


 それすなわち、この場の理に、なにか異変が起きているということに他ならない!



 この嵐、ただの嵐なんかじゃない!



「なんだよ、これ……!」


『いいからリオ、全力で、この嵐を切り払うことに集中して!』


「あ、ああっ……!」


 リオがさらに、両手に力をこめた。


 でも、私はピクリとも動かない。動けない……!



 ざぶんっ。

 うねる海面に、したから突き上げるような衝撃を受けた。


 雨風は防げていても、海面の変化は防げない!



「キャプテン、このままじゃあ!」


「情けねえ声出すんじゃねえ!」



 いけない。このままでは船が……!


 なのに、どうして!

 いくら力を振り絞っても、この嵐を切り裂くことが出来ないの!!



「大丈夫」


 ふわりと。

 私の手を握るリオの手に、誰かの手がそえられた。


 それは……



『おう。状況がさっぱりわからねぇと思うが、ちと手伝いに来たぜ。この一件、お前等にゃ荷が重すぎるようだ』



 ……オーマを携えた、ツカサ君だった!

 リオを後ろから抱き支えるよう、ツカサ君が手を回し、彼女の手を握ったのだ!



「少しだけ、待てば……」


『っ!』



 するりっ。


 ツカサ君が言った瞬間から、私の光を押しとどめる光の力が緩むのが感じられた。

 徐々にその抵抗が弱くなり、消えていくのがわかる。


 これなら……!



『リオ、今です!』


「うん!」


 私を握る両の手に力をこめ、リオはそのまま聖剣を振り下ろした!



 カッ!!



 暗雲が真っ二つに裂け、曇天ははじけ、その上にあった青空が姿を現した!



『でき、た……!』


 降り注ぐ柔らかい太陽の光を感じ、私はその成功をかみ締める。


 同時に、波のおさまった海を見て、船員達がわっと大歓声を上げた。



 誰が見てもわかる。

 幾多の船をのみこんだ嵐が、鎮められたのだから……!



「やったー!」


 リオも、ぴょんぴょんと飛びはね、その成功を喜ぶ。


「ただ、結局ツカサの力借りなきゃならなかったのが残念だけどな」



『ま、そいつはしゃーねえ。今回の一件、お前等だけじゃ解決出来ない事態だったよーだからな』


「そうなの?」


『ああ』



『その口調からして、オーマもなにが起きていたのか理解していないということですね』


『ぎくりんっ』


『探知で活躍出来ないオーマ。嵐も吹き飛ばせない聖剣。ははっ。同じですね私達』


『おめーの自虐におれっちまでまきこむなぁ!』


『いいじゃないですか。役に立たない剣同士。すこし傷を舐めあいましょうよ』


『へっ。おれっちはもう慣れてっから、気にしてねーのさ!』


『それはそれで、悲しいものがありますね……』


『言うなよ……』



 言ってて余計に傷ついてきましたから、もう止めましょう。



 とりあえず、この嵐が解決したのは事実。


 でも、ここで一体なにが起きていたの?

 聖剣である私も、刀であるオーマもわからなかったこの事態。


 それをなぜ、彼はわかったの?

 そして彼は、なにをしたの?



「ねえ、ツカサ。ここで一体、なにが起きてたんだい?」


 私達全員の視線がツカサ君にむき、リオが代表して、その疑問を口にした。



 ツカサ君はやれやれと、頭をかき。

 頭の中を整理するようにして、口を開いた。


「ええっと確か、世界の理に、孔が開こうとしていたんだよ。で、それを直した」



『っ!?』

『っぅう!?』


 私とオーマ。どちらも声が出ないほど驚愕する。

 でもそれは、驚愕するでは済まされないほど大きな事態で、まさに世界の危機だったとも言える緊急事態だった。


 まさか、世界の根幹を成す深層の理が崩壊しようとしていたなんて。


 ツカサ君の言うことに疑う余地はない。



 世界のルールに異常がないのに、異常な嵐が発生する。



 それこそが、世界の理が崩壊しようとしていた証に他ならないからだ。


 その原因は、蓄積された世界のダメージと、女神不在による世界再生停止の影響でしょうね。

 そのおかげで、この場の理が、世の根源から崩れ去ろうとした。


 理のほころびが原因なら、私にあの嵐がおさめられなかったのも当然と言える。


 地上に存在する私達は、領域の隔たりを超え、世界の最奥にある領域に干渉など出来ないからだ。


 私もオーマも、その領域に干渉する力は、ない。

 狂った理に触れることも出来ないのだから、修復も不可能。あの嵐をおさめられる道理さえあるわけがない。



 この世の者で、それが出来るとすれば、魔法を極め、真理の扉を開け放ち、世界の根源までたどりついた、神域に足を踏み入れた魔法使いか、女神のような世の理を管理する側に属する存在か、その向こう側と交信出来る、大神官や巫女くらいだろう。


 もっとも、世の魔法使いでその位に到達した存在は、私の知る限り一人しか居ない。

 しかしその者は、すでに天界に召し上げられた。


 あのアーリマンでさえ、真理の扉に到達していても、その扉の奥にまでは至っていない。

 それは、弟子のマリンとて同じだ。


 女神ならば理も修復することは容易いが、この場にその力を顕現させる神殿は存在しない。


 唯一の解決法は、女神と交信出来る大神官か巫女をこの場に連れてきて、大勢の神官と共に擬似神殿を作り出し、女神に祈りを捧げ、その力をこの場に顕現させ癒しの奇跡を起こすことだっただろう。



 起きていた事態に、私だけでなくオーマまで愕然としている。

 して当然だわ。


 世界の理に孔が開くというというのは、それほど危険なことなのだから。



 でも、愕然とするのはそれだけじゃない。


 そんな事態を、あの子はこともなげに解決してしまった。

 人ならば、命がけの大仕事となるはずなのに、彼はなんの疲労もなく、むしろ余裕しゃくしゃくで!


 私達はこの二つの事実に、愕然とさせられてしまったのだ!



 オーマ、さっき傷を舐めあいましょうなんて言ってごめんなさい。

 これ、私達の領分を超えた、次元の違う異常事態だったわ。


 むしろこれをこんなあっさり解決するツカサ君の方が異常事態だわよ。



 そういえば、地獄へ行く前、オーマから聞いたわ。


 奥義を極めたサムライは、心を無にし、自然と一体化することにより、己の力だけでなく、自然の力さえ自在にコントロールすることが出来ると!

 サムライが刀を振り竜巻を起こし、炎を生み出すのもその応用なんだとか。


 自然の力を自在に操る。


 その究極とはつまり、世と一体化し、私達にも知覚出来ない根源の力。理さえ自在に操るということ!


 それが可能ならば、ツカサ君一人で、世界を修復することが出来る!



『オーマ、まさか』

『ああ。そのまさかさ』


 私の問いに、オーマが力強くうなずいた。


 ツカサ君はやはり、その力を使い、世界の根源に触れ、世の理を修復したというのね!


 ならば、私にも知覚出来ない異常事態を察知し、解決出来たのも納得だわ。



『相棒はやっぱ、とんでもねぇぜ』(武士の情けで助けに行く方を勧めたが、それ以前の問題だったぜ、こりゃ)

『ええ。伊達に二度、世界を救ってないわ』


 下手すればこれで、三度目の世界救済になるわよ。

 ひょっとして、すでに何度か同じことしていたのかもしれないわね。


 私達が、気づかなかっただけで……



「よくわかんねーけど、ツカサが助けてくれたってことか。ありがと」



「俺は別に(立ってただけだから)、大したことしてないけどな」



 リオの言葉に、ツカサ君がどこか困惑したように答えた。


 その態度は、本当に自分は大したことをやったとは思っていないという態度だった。


 いやいや、多分ツカサ君が認識していないだけで、やったのはとんでもないことなのよ。

 それを大変と認識せずやってのけたなんて、ツカサ君、あなたは一体、どの領域まで足を踏み入れているの?



 船内に嵐が消滅した喜びが轟く中、私は目の前に居る救世主に、思わず畏れさえ抱いてしまうのだった……




──ツカサ──




 ふいー。世界の修復も無事終わり、嵐も霧散してあとは最初の目的地を目指すのみとなった。


 船員達が喜び、オーマとソウラがなんか難しい話をしている中、俺の携帯に女神様から感謝を伝えるメールが来た。

 といっても、メールを開いたところで書いてあるのはイノグランドの言葉でだから、俺はまったく読めないんだけど。


『めっ、女神さんから感謝の手紙がきやがったーっ!!』


 オーマが驚いて、ペンダントに戻ったソウラも飛び上がったかと思うくらい驚いてた。


 ただの協力感謝のメールだと思うんだけど、詳しい文面は読めないからわからない。



 ただ、そのメールに添付されていたのか、女神様直々の言葉が俺の頭の中に響いた。

 どうやら、文字の読めない俺に、テレパシーメールの方も用意していてくれたようだ。


 むしろ、こっちが本命?


 修復が無事終わったけど、他にも修復せねばならない場所もあり、忙しいからこの形式なんだそうな。

 だから、一方的で、俺から質問を返すことは出来ないらしい。


 やっぱりこういうところは結構な数あるらしく、残りは女神様の神殿を通じて、信者の人を通じて修復してゆくんだそうな。

 今はまだ神殿の女神像が完全復活していないから、作業は遅いけど、それでも信心深い人には言葉は届くから、そういう人に神託を預け、その場所へ行き、さっきの俺と同じことをやるんだって。


 生き物の生活に影響のあるところは優先的にやりたいと言ってたけど、中々神託も降ろせなくて大変なんだそうな。

 女神様も、大変だ。


 ちなみに、世界に孔が開くのはけっこう先の話らしく、今回は俺がたまたま近くを通ったから、それを利用させてもらったそうな。

 まあ、ここ海の上だから、神殿の人に声かけても来るの大変だしね。


 なので、手がたりず、俺が近くにいた場合また力を貸して欲しいとのことだった。



 返事してもあっちには聞こえないけど、その時があったらまた協力しようと思う。

 俺はこの世界の住人じゃないけど、この世界は好きだから。



 そして最後は、協力ありがとうございました。で締めくくり、このテレパシーメールは終わった。



 んー。ただいただけで、なにもしてないのに感謝されるなんて、気分がいい!


 これならまた、協力したいもんだね!

 なんの力もない俺でも、なんかしたって達成感あるし!



 これにて一件落着!


 次はこの船の目的地、絶海の孤島を経由して、帝国へ行くだけだ!


 まあ、その経由地である孤島も楽しみなんだけどね。

 なんせ今度は、南の島だから!


 マックスはなんたら特使で大変かもしれないけど、関係ない俺はあくまで観光気分。


 楽しみだなー。



 もちろん、俺は、この先帝国でなにが待ち構えているのか、知る由もないのであった……




──リオ──




 ツカサの助けがあって、なんとかあの嵐を鎮めることに成功した。


 今回こそは、ツカサに休んで欲しかったけど、ダメだった。



 ……ううん。そうじゃない。

 ツカサに休んで欲しかったってのは、建前だ。


 ホントはただ、わたしがツカサにいいとこを見せたかっただけだ。


 船酔いでグロッキーになったマックスと同じで、おいらもツカサにカッコいいところが見せたかっただけなんだ。

 それで、マックスと同じで、自爆した。



 ホント、自分が情けない。



 オーマとソウラは、今回相手が悪かった。ツカサ以外には解決出来なかったとは言ってくれたけど、おいらはそれで、納得しちゃいけないと思う。


 そりゃ、事態はオーマもソウラも手が出せず、あげく女神サマに褒められるほどの事態だったみたいだけどさ。


 それで、ならしゃーねーや。おいらにゃ無理だったと言い出したら、二度とツカサに追いつけないと思うから。

 だから、ツカサがやってくれたんだからなんとかなった。じゃなく、自分に何故出来なかったのかと、その不甲斐なさを恥じようと思う。


 ツカサを追いかけて、半年地獄まで行く大冒険をして、少しは成長出来たかと思ったけど、ツカサの背中はまだまだ果てしなく遠い。

 その背中に一歩でも追いつくため。いつか隣に並んで一緒に戦うため。今回の一件は、今後の糧にしなきゃならないんだ!


 じゃなきゃ、一生ツカサに追いつけない!



 海に出て、浮ついた気分が吹っ飛んだ。



 だからまずは、帝国行って、戦争止めないとな!

 ツカサの背中に追いつく前に、戦争なんかはじまっちまったら大変だ!


 気持ちを改め、おいらはそう誓うのだった!




 おしまい

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