第69話 スイカ割りには士の奥義が宿る
──???──
「親書を持った特使が、サンスナンナに到着したと?」
『はい』
遠距離通信を可能とする遠見の水晶を用いて、わらわはサンスナンナに潜入させた草から報告を受けた。
キングソウラからの親書を陛下が目にしたとしても、その考えは変わらぬとは思うが、それを放置しておくのも気分が悪い。
なにより、陛下の考えが変わる可能性もゼロではない……
「ふむ」
『いかがなさいましょう? サンスナンナの混乱はその特使の活躍によって鎮圧されてしまいました。まだ、海上の沈没問題がありますから、容易く帝国にはこれないとは思いますが……』
無理にちょっかいをかけてやぶ蛇になっても仕方がない。
草はそう言いたいのだろう。
「いや、ここはその実力を見ておきたい。賞金首を一掃するほどの実力。本物のサムライであるなら、それは帝国の脅威ともなりえる」
そうでないなら、戦争のきっかけとして活躍してもらおう。
『はっ。了解いたしました』
通信先の男が、頭を下げた。
『では、一斉捕縛を切り抜けた賞金首を扇動し、その特使にぶつけてみようと思います。これならば、我等が関わったなど、わかるはずがありませんから』
「よしなに。わらわも直接その力を確認する。よいな」
『はっ!』
さて、その存在は、我等帝国の脅威となるか、それともとるにたらない路傍の石か。はたまた利用価値のある愚か者か。一つ、確かめさせてもらおうか。
──ツカサ──
「うーみー!」
俺は両手を高々とあげ、足も広げて体でX字を描くよう砂浜に立ち、その場の名前を呼んだ。
今日、俺達は孤児院のみんなとサンスナンナの砂浜に海水浴にやってきていた。
街に群がっていた賞金首達が一掃されたのはいいけど、例の大嵐のおかげで、まだ帝国行きの船は出せる状態じゃぁない。
それでも海に出ようとする命知らずがもちろんおり、アマンダさんからの紹介で、俺達もその船に乗せてもらう約束もとりつけることが出来た。
ただ、いきなり出港は叶わない。
出港準備も全力で進んでいるが、その準備に俺達が出来ることはなく、ただ待つばかりというわけで、俺達はその待ち時間の間に、こうして海にやってきたというわけだ。
賞金首達が一掃されたとはいえ、まだ一日で観光客も戻ってきていないこの砂浜は、俺達の貸切、プライベートビーチのような状態だった。
沖では大嵐が発生中みたいだけど、その影響はこっちにない。
太陽の光を反射してキラキラ光っているかと思うほどに白い砂浜。
透明度が高く、綺麗としかいいようのない海!
絵に描いたようなリゾートビーチが今、この場に居る俺達だけのものなんだから、テンションも上がらないわけがない!
そして、なにより……っ!
「……」
そわっ。
そわそわっ。
実は今、砂浜には俺一人しかいない。
他の女性陣は、まだ水着に着替えているからだ。
男は海パンをはけば出陣OK。ほいっと砂浜に出てこれるわけだけど、女の人はそうもいかないから。
ちなみにだけど、この世界、俺達地球の人間が普通に水着と思い浮かべるような水着が普通にある。
なんか、昔コレで泳ぐとよいぞと流行らせた人がいたらしい。
そのおかげで、いろんな種類の水着があるんだろうな。
……
間違いなくその人、どっかの世界からやって来た現代人だね。
名前とかは残されていないみたいだけど、その人の情熱のおかげで、ここに素敵な布地があってくれる。
それは、感謝せねばならないだろう。
そう。俺は、その人に、敬意と尊敬を表する!
そうした事実を知り。浜辺に居るのは俺一人。
海を見て感動するのもひと段落して、一息ついたら思わずそわそわしてしまうのも仕方のないことだろう。
だろう!!?
いや、別に邪な気持ちはないよ。ほら、そう。感動は、やはり他の人とわかちあってこそ。そういうことだから、勘違いしないでよね!
まあ、一応俺の手元にはオーマがいるから一人じゃないけどさ。
海パンにベルトはないから、手で持っててちょっと不便だなー。なんて思ってるけどさ。
なぜ水着を作った人は、刀を吊るすベルトを作ってくれなかったんだ!(理不尽)
なんでこんなことを考えているのかと言えば、そんなことでも考えていないとそわそわが止まらなくなってしまうからだ!
「お待たせいたしました!」
待っていたのはこちらです!
到着したその子の姿を確認し、目に焼き付けるため、俺はそういうことには興味はないという態度を全開にしつつ、最速で、でも急がず、騒がず、振り返るのだった!
「お待たせいたしました、ツカサ殿!」
そこにいたのは、トサカのようにそそりたった金髪リーゼントをばらし、流れるような艶やかさの髪をたなびかせ、均整の取れた上半身を太陽の下にさらす、ふんどしを締めた一人の男児だった。
そう。マックスだ。
背後にはなぜか、荒波が見える。
「マックス、か……」
「なぜ拙者を見て、そんなにがっくりするのです!?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ」
勝手に期待して、勝手にがっかりしただけなんだから。
男の子だもん。仕方ないじゃない!
「まあ、それはさておき、マックス」
「なんにござるか?」
「ふむ」
アゴに手をあて、マックスの姿をじっと見る。
やっぱりこいつ、いい体してる。
男の俺が見ても、思わずそう思ってしまうほど、均整がとれた、鍛え抜かれた体をしていた。
いつもはコスプレ外人ヨロシク上半身裸の上に羽織を羽織ってて胸板はよく見えたけど、さらしに隠れた腹筋は綺麗に六つに割れてるし、腕や太もももかっちかちだ。
リーゼントをおろして、そのストレートの質感の髪をさらりと流し、その長い下まつげをつけたお目目で流し目されたら、メロメロになっちまう女の人も多いだろうに。
これが、この国随一の剣士。
すっげぇな。
「あ、あの、ツカサ殿?」
マックスがなぜか困惑する。
俺はただ、興味のままにぺたぺたとマックスの腹筋や二の腕を触っているだけだというのに。
「ダメ、かな?」
「いいえっ! ツカサ殿にならいくらでも!」
すかさず豹変。
さすが、マックス。
これでこの体を隅々まで……
「……なにやってんだ、二人して」
「はっ!」
しらーっとしたリオの声に、俺も冷静に帰った。
俺は今、なんてことを!
浜辺の魔力に当てられ、意味のわからないことをやってしまった……!
「あっ……」
マックスも、俺が手をはなしたのを名残惜しそうにするんじゃない!
違うんだセニョール。これは、誤解なんだ!
そう訴えるため、俺は慌てて振り返った。
そこには……
「なにかあったのかい?」
……リオと一緒にビーチに出てきた、アマンダさんもいた。
二十歳半ばのおねーさんであり、脱がなくても出るトコ出てひっこむところがひっこんでるのがわかる見事で魅惑なスタイルの持ち主!
印象的な赤い髪に陶磁器を思わせる白い肌。そして水着は、それとは対照的な黒いビキニ!
惜しげもなく大胆に露出されたその長い手足は、まさにビーチに立つべきモデルさんと言っても過言じゃなかった!
なんとも、素晴らしい。これが、異世界か……
とりあえず、脳内メモリーに保護かけて記録しておかなくちゃ。
そしてその隣には、呆れてるリオがいた。
リオの水着も、上下に別れたビキニタイプの水着だった。
アマンダさんとは違い、成長途中のその上半身のところには、綺麗なフリルがあしらわれている。
淡い水色の中にフリルの白が揺れ、見たものの清涼感を増幅させていた。
もちろん頭にいつもの帽子はなく、運動の邪魔にならないよう纏められた髪に、装飾状態となったソウラが髪飾りとして鎮座しているのが見えた。
隣にいるアマンダさんがあまりに暴力的な色気を発しているから、年相応か少し劣るくらいのその姿に、むしろ安堵と安心を覚えるほどだ。
大と小。白と黒。
双方が双方のよさを高め、見るものを魅了してくる。
「ありがたやありがたや」
「なんでいきなり拝んでんの!? どうしちゃったんだよツカサ!」
はっ! いかん。また、浜辺の魔力にあてられてしまった!
だが、言い訳するのも忘れ、思わず拝みはじめてしまったとしても、誰も責められないと思う。
だって、浜辺の魔力だもん。しょうがないよ。
「リオ。俺は、この世界の美しさに感動していたところなのさ。今、この瞬間にここに居られる感謝を。こうして、お前達に触れられる、喜びを……」
だから、素直にその事実を認めた。
認めつつ、リオの頭を軽く撫でる。
「ひゃっ」
「この世界は、本当に美しいと思わないか……?」
「ツカサ殿。だから拙者を……」
「ツカサ、そんなこと思ってたんだ……」
よし。なんかソレっぽい言葉を並べてみたが、どうにか納得してもらえたようだ!
「さあ、みんなそろったところで、遊ぼうか! マックス!」
「はいっ! ツカサ殿!」
──リオ──
着替えて出てきたら、ツカサの様子がおかしかった。
マックスの体をぺたぺたと触ったかと思えば、こっちを見てなんかありがたがってる。
どうしたのかと聞けば、答えは簡単だった。
ツカサは今、この美しい場所で、おいら達に触れられる距離にいることが嬉しいだけだった。
この美しい世界を守って、そこをおいら達と見られるというのが嬉しくて、夢じゃないようにと、触って確認していたんだ。
大丈夫だよツカサ。
この儚げで美しい砂浜は、本物だよ。
おいら達も、ちゃんとここに、いるよ。
おいら達が同意すると、ツカサも大きくうなずいた。
さあ、遊ぼう!
だから、今日は、このまま楽しもうよ!
頭。撫でられちゃった。えへへ。
──ツカサ──
「うみだー!」
「これが海ー!」
気を取り直して改めて、リオと並んで声をあげてみた。
目の前に広がるのは、空と海との境界線とも言える、水平線まではっきり見える、広大な海。
俺とリオの目の前に広がるのは、寄せては返す波と、その水をすべて抱える巨大な水溜りだけだ。
「遠くから見た時はただの青い水溜りだったけど、こうして近くで見ると、なんていうか、凄いね!」
「ああ。これが、海だ!」
リオと顔を見合わせ、うなずく。
うむ。やっぱり海を前にするとテンションが上がっちゃうね。
リオの方も、あまりの感動のためか、凄いとしか言えない状態になってるし。
「海だー!」
そのままのテンションで、リオは波打ち際に走っていった。
彼女の足元に、寄せた波が押し寄せる。
「うわぁ、ひっぱられる! なんだこれー!」
あはははー。と、笑いながら、ばしゃばしゃと波を蹴飛ばす。
それは、海を見てはしゃぐ、子供そのものだった。
まさに、初体験の興奮というものである。
俺かい? 俺は、もう大人だから、ゆっくりとその現場の方へむかうのさ。
『そんなにはしゃがなくても、海は逃げませんよ』
「逃げてる。逃げてるよソウラ!」
引く波を見て、それを追いかける。
「わああぁぁ」
寄せた波にまかれ、転んでごろごろと転がってこっちに戻ってきた。
『おいおい、大丈夫かよ』
オーマが呆れたように声をあげた。
がばっと立ち上がり、頭をぷるぷると振った。
そして、目をキラキラさせ、笑顔を見せる。
「すごいよツカサ。しょっぱい。この水しょっぱいよ! 聞いてた通りだ。すごい!」
触って感じて味をみて、海という存在に感動している。
潮風の香りがしていたから、やはりと思ったけど、やっぱりこっちの海も塩辛なのか。
ま、『海』だからな。
「波だー!」
そしてまた、逃げる波を追いかけ、リオは波打ち際へ走っていった。
「おおはしゃぎにございますな」
「リオは、海はじめてみたいだからな」
遅れてやってきて、かつ少し呆れ気味のマックスが声をかけてきた。
「では、拙者達はいかがなさいます? そうだツカサ殿。遠泳。軽い遠泳はいかがでしょう!」
「……」
Oh。テンション高かったのはリオだけではなかったか。
むしろ全員高い。まあ、当然と言えるけど。
「ほら、ツカサ殿、あそこに小島が見えます。あそこまで、いかがですか!」
指差した先にあるのは、入り江の先にある小島だった。
なにがあるってわけでもないが、一ついえるのは、遠い。
滅茶苦茶遠い。軽くキロ単位ある遠さだ。
マックス。そこへ軽く行こうとか、お前その筋肉で泳ぎも得意なのかよ。
一応俺も人並みには泳げるけど、波のある海でそんな遠くまで泳ぐのはちょっと無理だよ。
んなの到着する前に体力つきるってーの。
出来るのはせいぜい近くを潜水して魚と戯れるくらいだ。
「いや、さすがにあんな距離、泳ぎたくないかな」
なので、素直に、拒否!
「そうですね。ツカサ殿なら泳ぐより歩いた方が早いですものね」
いや、歩けねーよ? なに言ってんのマックスさん?
『そうだぜマックス。歩くなんてなに言ってんだ』
そうだ、オーマ。言ってやれ言ってやれ。
そんなの無理だってな!
『ったく。自分を過小評価しすぎだ。今のお前なら、流石の相棒も走らざるをえねえぞ!』
「なんとっ! そうでございましたか!」
『はっはっはっはっは』
「あっはっはっはっは」
……いや、なに言ってんのこの子達。
「なにバカな話してんだよ」
あ、リオが帰って来た。
波際で転げまわって、少し頭が冷えたのかな?
「そんなことより、おいらは大変なことに気づいたんだ」
「なになに?」
このままオーマとマックスの話を続けさせていると、マジで水の上を走らされかねないのでリオの話に乗っかることにした。
「おいら、泳げない!」
ばばーんと腰に手をあて、声高らかに宣言した。
なんでそんな嬉しそうなの?
みんなテンション高くなりすぎてわけわかんなくなってんな。
今、きっと俺が一番冷静だぜ。
「だから遠泳とかされたらおいらついてけないから、困るよ!」
「なんとっ!」
マックスが、リオの告白を聞いて驚いた。
「おいらはお前みたいに山ん中走り回って、そのまま川に飛びこむ生活とかしてないからね。泳げるわけないってわけさ!」
えっへん!
なぜか、背後にそんな文字が見えた気がする。
でも、泳げないのもしかたがないか。
リオの生きてきたところは治安が悪かったし、身を守るため男装さえしていた。
そんなところで生活していたリオが、ばしゃばしゃ水に入って泳ぐ練習出来るわけがない。
むしろ、泳げなくて当然と言ってもいいだろう。
「ふむ……」
俺は、ちょっとだけ考える。
「なら、俺が教えてやるよ」
「なっ!?」
マックス驚く!
水泳はそこそこ出来るし、基礎は授業でもやった。なら、それをそのまま実践すればいい。
「いいの?」
なにを遠慮する必要がある。
俺とリオの間柄じゃないか。
むしろ、俺が人に教えられるなんて滅多にないことだよ!
だから、ちょっとばかし教師気分を味あわせておくれ。
「なに。人間元々浮くように出来てんだから、泳げるようになるさ。リオは運動神経悪くないから、きっとすぐ出来る」
なにより、リオに泳ぎを教えていれば、小島に行こうとか言われなくて済むからな!
今日は、のんびりきゃっきゃうふふと海水浴がしたいんだ、俺は!
「ツ、ツカサ殿。拙者も実は、水泳は苦手で!」
『マックス。気持ちはわかるが、遠泳言ってたヤツにゃ、それ通じねえだろ』
「ぐはあっ! 拙者のばかー!」
挙手して迫ったマックスが、ちょっと呆れたオーマに一刀両断され、頭を抱えてのけぞった。
うん。さすがにこのタイミングで泳げないは、無茶あるね。
「ううっ、拙者もツカサ殿に、手取り足取りきゃっきゃうふふと教えてもらいたかった……」
浜辺に膝をつき、頭をがっくりしてしまった。
「さすがに、泳げるのなら、俺の指導は必要ないだろうからな。悪いな。マックス」
「よいのです。よいのですツカサ殿。かわりに拙者は、お昼にツカサ殿が満足出来るよう海へ潜りますから!」
しゃきーんと立ち上がると、マックスはどこからともなくモリと網を取り出した。
「この海の幸を楽しみにしておいで下さい! これは、リオには出来ぬことですからなっ!」
「なっ!?」
今度はリオが驚いた。
「くっくっく。泳げぬ貴様にこれをすることは不可能! 今を勝ち誇っていても、しばらく後にはツカサ殿の笑顔は拙者のもの! 最終的に勝つのは拙者なのだ!」
「なっ、なんてこったぁ!」
いや、勝ちとか負けとかないからね?
「それではツカサ殿、行ってまいります!」
マックスはそのままもの凄い勢いで海に飛びこみ、そのまま海の中へ消えていった。
はやっ! 滅茶苦茶はやっ!!
「くっそー。さあツカサ、早く泳ぎを教えておくれよ! そしておいらも、潜って魚捕まえるんだ!」
リオがそう息巻くけど、流石にそれは無理じゃないかな。
やってみないとわからないけど、いきなり泳げるのは難しいんじゃないかな。
まあ、教えるけどさ。
『一応、泳げるようになるわけではないけど……』
ソウラが断りを入れつつ、口を開いた。
『私の力を使えば、海の中でも自由に動けるようになりますよ。泳ぐ。というより、水の中を飛ぶというのが正しいけど』
おおー。聖剣、便利。
人力ではなく聖剣力で他動力を得られるとは。
「んー。ソウラの申し出はありがたいけど、ひとまずおいらの力で泳げるようになりたいから」
『わかりました。でも、溺れそうになったら私を頼ってくださいね』
確かに、救命道具がわりに沈むのを防いでくれるととてもありがたい。
「わかった。ソウラ、ありがとな」
『いいんですよ。泳げるようになるといいですね』
「ああ!」
アマンダさんに教えてもらった、岩場の方の、波が穏やかでリオの腹くらいまでの深さのところへやってきた。
オーマに紐をつけ、背中に背負う。
これで、両手は自由だ。
水の中で目を開けることは出来るみたいだから、まずは浮くことを教えようと思う。
水面に寝転がるようにして浮かんでもらおう。
地球と同じ海水なら、塩水だからプールや川より浮きやすいと思うけど。
背中をささえ、浮かんでもらうことに挑戦してもらう。
寝転がってもらって背中を支えるよう手を添えているが、どうにも力が入ってしまい、下半身の方がどうしても沈んでしまうようだ。
「リオ。力を抜いて……」
「って、言うけどよ……」
(ちょっ、ちょっと待ってよ! いくら水に沈まないようにだからって、ツカサにお姫様だっこみたいな格好で支えられて、力抜くなんて出来るわけないだろ! 逆に緊張してガチガチだよ今!)
どうしても、力が入ってしまい、上手く脱力出来ず、どうしても沈んでいってしまう。
「足が……」
「ひゃっ!」
沈んでると触ろうとしたら、リオが変な声をあげた。
「ご、ごめん。変なトコ触っちまったか?」
「い、いや。そういうわけじゃないんだ。もうちょっと、どうにかなんないかな?」
「んー。なら、俺の手に捕まってうつぶせになって浮かぶのを覚えようか。一緒に息継ぎも」
「そ、そうだな。そっちのがいい」
「はーい、じゃあ、俺の手に捕まって、力を抜いて伸びてー」
「お、おう」
「だから、力抜いて」
手を引いて、浮くことを教える。
浮かぶことはけっこう早くできたけど、今度は息継ぎが上手くいかなかった。
限界まで顔をつけてなくてもいいんだぞー。
やっぱりプールで教えるのと、自然の海で教えるのじゃ全然勝手が違うらしい。
運動神経のいいリオでも、いきなり泳げるようにはならなかった。
しばらくリオの手を引き、ばしゃばしゃと泳ぐ練習をしたが、泳げるようになる前に、マックスが海中から戻り、お昼の用意が出来たと呼ばれてしまった。
「どうやら、ここまでみたいだな」
「ううー。泳ぐってけっこう難しい」
「まあ、しかたないな。でも、リオならもう少し練習すれば泳げるようになるだろ」
「でも、このままおいらばかり相手にしていたら、ツカサ海に入れないじゃん」
「別に泳ぐだけが海水浴だけじゃないさ。浜辺でだって色々遊べるからな」
「そうなの?」
「ああ。詳しくは、メシ食ってからな」
「うん!」
──ツカサ──
お昼。浜辺。とくればー!
そう。バーベキュー! 略すとBBQ! ばべきゅー!
外で焼いて食べるだけのシンプル調理は、異世界でも海水浴やハイキング定番の料理のようだ。
そもそも野外調理はマックスの実家の別荘の方で体験済みなんだから、あって当然と言うべきだよな!
というか、こんなシンプルな調理だというのに、浜辺だと凄く楽しみってのは不思議だね。魔力だね!
マックスがとってきた海産物が、所狭しと並べられ、じゅうじゅうといい音を立てて焼かれている。
もちろん、焼かれるだけがバーベキューじゃない。
ぐつぐつと煮立った鍋に、様々なモノが入り、いい匂いをかもし出していた。
さらに、調理待ちの食材が、所狭しと並べられている。しかも、海産物だけでなく、肉や野菜も!
トンでもない量の食材だ。
食べ盛り名孤児院の子達もいるから、この量は納得だけど、これ、マックス一人の漁でとれないだろ。
「昨日の一網打尽をうけ、早速近海で漁をしてきたものが居るそうです。その者達からも、昨日の礼としてわけてもらいました」
「ちなみに、あたしがとってきたのもあるよ。マックスの倍くらいあるのがあたしね!」
「へー、マックスこれだけなんだー」
「しかたなかろう。拙者とて海に潜るのは久しぶりなのだから!」
「いや、これだけでも十分だと思うよ」
リオにからかわれ、マックスがしゅんとするが、俺のフォローで即行復活した。
さすが、マックス!
だって、マックスだってカゴ一杯にとってきているんだから。
ともかく、この量の謎も立派に解けた。
一網打尽がなって、治安が戻ったから、小さな小船で近隣に出るのが可能になったわけか。
だから、その立役者と言えるマックスとアマンダさんにお礼を持ってきた。そういうことかね。
「というわけです。ツカサ殿。十分に焼けましたので、お食べ下さい! オススメは、ここの食材でございます!」
つまりそこが、マックスがとってきたのを焼いてる場所ということか。
なら、そこからとってあげるのが優しさってヤツか。
皿とフォークを手に、その示された場所へ、視線を移す。
「おおっ」
思わず、唸ってしまった。
うおー! カニだ。カニさんがいるー!
カニさんが、美味しそうな匂いをあげて、俺を誘っていた。
カニミソ、カニの足。その見事な香ばしさが、俺の鼻腔をくすぐる。
これはまさしく、正真正銘、俺も知る、カニさんだった!
ご無沙汰しております。異世界でも会えるとは思いませんでした。師匠!
しかもその隣には、海老が! 海老の大将までいるじゃありませんか! しかも、デカイ! 圧倒的にデカイ! 説明不要なほどに!
うまー。
他には、地球じゃ見たことのない白身の魚もいたり、ぐつぐつ煮てある鍋の中にはアワビも居たりと、さすが産地直送。海の幸というのは伊達じゃないというラインナップが目白押しだった。
「はー、食べた食べた」
「ふー。お腹一杯」
「ご満足いただき、恐悦至極にござります」
片付けも終わり、ビーチパラソルの下、ウッドチェアに座りながらお腹をぽんぽんと撫でる。
隣にはリオとマックスが、同じように満足げな顔で座っている。
「さて、腹も満たされたことだし、今度はなにして遊ぶんだい?」
アマンダさん、他孤児院の子達もわらわらと集まってきた。
午前中は個別で遊んでいたけど、今度はビーチでみんなで。ということらしい。
こちらとしても、リオと浜辺で遊ぶ約束をしていたので、丁度いい誘いだ。
問題は、なにをして遊ぶか。ということだ。
「はいっ! 拙者! 今度こそ拙者が、拙者に妙案があります!」
なにしようかとなった時、真っ先に手を上げたのはマックスだった。
ふむ。マックスか。
色々不安だけど、こちらでの砂浜遊びとはどんなものか気にもなるから、とりあえず聞いてみることにした。
「どんな?」
「はい! やはり、砂浜といえば、この走りにくい砂場! これを利用した追いかけっこが今、拙者の中のトレンドにございます!」
「……」
「砂に足をとられ、足腰を鍛えつつ、さらに楽しめるという、とても素敵な遊戯になるとは思いませんか!?」
……うん。やっぱりマックスはマックスだった。
「そう。理想はこんな感じにございます!」
ほわほわーん。
以下、マックスの妄想。
ツカサ殿が、砂浜を走る。
「ははははは。さあ、捕まえてみろよー」
逃げるツカサ殿を追い、走る拙者。
ぐんぐんと差をつめ、ついにその背中へ……
「捕まえ……っ!」
しゅんっ。
背に触れた瞬間、ツカサ殿が、消えた!?
「残像だ」
拙者の背後から、ツカサ殿の声が!
そう。ツカサ殿は一瞬にして、拙者の背後へ回られたのだ!
「砂浜の上でも平地と変わらず動く。これが出来ずしてなんとする! 今から、特訓だ!」
「はい! 師匠!」
砂浜を走る二人。並びあって剣を素振りする二人。
飛び散る汗。
夕日の海岸。
そして、必殺技!
「最高ではありませんか!」
『いや、なんだよそれ』
妄想が終わり、オーマが代表してツッコミを入れてくれた。
ホントに、なんだよぞれ。
『今のお前なら……』
「いや、それもういいよ!」
『ええー』
危うくオーマの修正が入るところだった。
違うよ。ツッコミどころはそこじゃないよ。
つーかマックスが望んでるのただの追いかけっこじゃなかった! 遠泳の時と同じく、無理だから! そんなの無茶だからね?
いや、なんでそんな期待した目でこっち見てんの? 出来ないから。やらないじゃなくて、出来ないから!
ついでにフンドシ姿のマックスに追いかけられたり追いかけたりするのなんて、なにが悲しくてそんなことしなきゃなんないの!?
「ったく。遠泳の時と同じく、アホなこと言ってんな。それじゃ遊びにならねぇだろ」
再びリオがくちばしを挟んできてくれた。
そうだ。お願い。今のリオは、俺を救いに来てくれた天使様に見えるよ!
「大体、砂浜を走るなんて……」
ほわほわーん。
以下、リオの妄想。
※リオの脳内のみに流れてます
「あははははー。さあ、俺を捕まえてごらんー」
白い砂浜を、ツカサが逃げる。
それを追いかける、わたし。
「あははは」
「あははははー」
とか?
「あははははー。待て待てー」
黄昏時の夕暮れ。ツカサが逃げる私を追いかけてくる。
易々とわたしを捕まえ、背中に手を回しわたしを斜めに倒す。
そして……
とか!
「……けっこう、悪くないんじゃない?」
リオが真顔で、言ってきた。
リオさんなんですとー!?
「いや、むしろ、いい。浜辺なら、おいらも走れるし!」
「うむ。そうであろう。ですから、さあ! ツカサ殿!」
「さあ、ツカサ!」
え? 砂浜追いかけっこ決定なの?
さすがにそれは、遠泳同様嫌だってばよ?
「……なにやってんだいあんたら。それじゃあたしらが参加出来ないじゃないか」
やれやれと、アマンダさんがため息をついた。
そ、そうだ。それって完全な個人遊戯。みんなで遊ぶことなんて出来ないじゃないか!
「むう」
「ならば、そちらにはこれを超える妙案があるというのだな!」
そーだそーだと、マックスの言葉にリオが追従した。
いや、それ以上の妙案はめっちゃ一杯あると思うよ。
「なにか、あります?」
俺は、浜辺で追いかけっこ以外ならなんでもいいんだけど。
「そうだね。最近賞金稼ぎ仲間の中でで流行ってるのがあるよ」
ほほう。どんなのですかな?
「まず、ボールを用意する」
ビーチパラソル近くにあった、荷物置き場から、アマンダさんが一つボールを取り出した。
バスケ、サッカーあたりに使われそうなサイズのボールだ。
といっても、手作りのボールのため、ちょっと歪んでる上、けっこう硬い。
「で、チームに別れる」
ほうほう。なら、ビーチバレーかな。サッカーかな?
「んで、相手にぶつける。キャッチ出来ず、地面に落ちれば、そいつは失格。先に全滅した方が負けってヤツさ」
陣地なしのドッジボールだったー!
「触れていいのはボールだけ。直接攻撃はもちろん禁止さ。ボールを上手く叩き落すのはありだけどね」
「ほう。足場の悪いところで、敵の攻撃をかわす訓練にもなる。なかなか面白い趣向のゲームだな。賞金稼ぎの中で流行るわけだ。是非、ツカサ殿と一戦したいものにござるな」
マックスがなんか感心している。
感心しているが、俺はお前とそんなのやりたくないぞ。
顔面にボールがめりこむ未来しか見えないからな。
「だが……」
マックスが、アマンダを見てにやりと笑う。
「それは、賞金稼ぎのゲーム。我等は楽しめても、孤児院の子供達にはきつかろう!」
「くっ!」
マックスの指摘に、アマンダさんがしまったという表情を浮かべ、顔をゆがめた。
どうやら、図星だったらしい。
ナイスだマックス! おかげでこんな痛そうなゲーム、やらずに済む!
ごめんよマックス。やりたいと言い出すと勝手に思ってて!
「これでは拙者達と変わらぬな!」
「そこまで言うなら、全てを満たす遊びがあるんだろうね!」
「もちろんだとも!」
「それはなんだい!」
「それはツカサ殿が考えてくださる! さあ、ツカサ殿。我等に叡智をお授け下さい!」
って、そこで俺にふるかあぁぁぁ!!
じーっ。
う゛っ。
否定の反応が出来なかったせいか、みなの視線が、俺に注がれる。
やめて。そんな期待の視線、みんなでむけんといて……
でも、どうする? 下手なことを言ってノーを突きつけられたら、陣地なしドッジか浜辺ダッシュとかやらされかなねいぞ。
それを避けるためにも、皆の期待に答えられるような浜辺の遊びを届けなくては。だが、どんな遊びなら、みんな満足出来る!?
っ!
皆の視線から逃げるようにしてそらした場所で、俺はそれを見つけた。
まさか、ここにもこれがあったなんて!
露天に並べられた売り物の中に、それはあった。
緑の皮に、黒い稲妻模様の憎いヤツ!
それを叩いて砕いていただきますをする、日本の海水浴の定番遊戯!
そう、スイカ割りだ!
水着が広がっているからスイカ割りもすでにある可能性も捨てきれないが、海に来てキミがいるならやらない理由はない!
「なら、スイカ割りをしよう」
「スイカ割り? なんだいそりゃ?」
どうやらスイカ割りはこの世界ではまったくメジャーじゃないらしい。
水着の人は、水着にしか興味がなかったのか、はたまた日本の方とは関係ない人だったのか、もしくは突然変異のイノグランド人だったのかもしれない。
それはさておき。
俺は、スイカ割りのルールを皆に説明する。
スイカ割り。
用意したスイカを地面に置き、目隠しをしてくるくる回って平衡感覚を狂わせた挑戦者が周囲の声だけを頼りに、手にした棒で割るという遊びである。
周囲の者は、ふらふら歩くその挑戦者に指示を出すことが出来るが、その指示は事実でなくてもかまわない!
それで見事にスイカが割れれば、スイカ割りは成功という遊びである。
起源の諸説は色々あり、海の神様にスイカを捧げる、海運の儀式だとか、有名武将が場を盛り上げるためにはじめただとか、色々あるが、詳しいことは、俺は知らない。
「なんと……」
「……」
マックスもアマンダさんも、なんか絶句したような感じだった。
……やばい、ドン引きされたか!?
「なかなか、やるじゃない……!」
アマンダさんが、感心したようにうなずいた。
よし、通った!
「目隠しをしてさらに方向感覚を狂わせることで素人も玄人も関係ない常態にし、さらに見ている周囲は正直に、デタラメに指示を出せることにより、挑戦者を惑わせ、参加するだけで楽しめる。挑戦者も挑戦者で、目標の気配を探る力量や、周囲の声から正しい情報を拾う観察力が試される。なるほど。賞金稼ぎのあたしでも、素人の子供達どちらもいける。これは、認めるしかないようね」
「その通り。この遊び、実に奥が深い。ただの遊びとして楽しむもよし。周囲の気配を探る訓練として挑むもよし。まさに我等が望む、砂場遊戯にございます! サムライは、このようなことを遊びとしているのですか!?」
いや、それは深読みしすぎなんじゃないかな。
提案した人はそんなこと全然考えてないよ?
「スイカでやる理由だけがわからないけど、今の状況にはベストマッチした遊びだわね」
ああ、何故スイカなのか。それは俺にもわかりません。
そういえば、なぜスイカなんだろう。
夏の風物詩だからかな?
疑問はともかく、孤児院の子達も十分参加できるということで、スイカ割りに決定した。
露天のおじさんからスイカを一つ買い、シートを敷いてその上にスイカを置く。
一番手は、見本ということで、やり方を知ってる俺が勤めることになった。
なぜか用意してあった木剣を手にし、電池切れ(昼寝タイムに入った)オーマをパラソル下の椅子に立てかけ、目隠しをしてその場でくるくると回る。
くるくる回りながら、なぜただの棒じゃなく、木剣がすでに用意してあったと思ったが、それを聞いても予想通りの答えしか返ってこない上やぶ蛇になりそうなのでやめておいた。
砂浜で稽古とか、絶対にお断りだ。
くるくるくるっと規定回数回転し終え、木剣を正眼に構える!
さあ、見せてあげよう、異世界人に、スイカ割りという恒例行事を!
くくっ。悪いなみんな。
こう見えて俺はスイカ割りはわりと得意なんだ。
妹の彼方には、「兄さんのスイカ割りは、見ていてハラハラさせられます」と褒められたことあるくらいだし!
いきなり割って、二つ目のスイカを用意させてもらうが、悪く思うなよ!
いかな嘘指示も、見事に見破り、スイカを割らせてもらうっ!!
「%&=@**#$!」
「@@&&%$#!」
って、なに言ってんのかさっぱりわからーん!
そりゃそうだ。翻訳機であるオーマ手放してたら言葉わかるわけねーじゃん!
公平性を示すため手放したけど、そもそも手放しちゃいけないの忘れてた!
なんたる初歩的なミスを!
「#$%&$%@@!」
「:*;#$・・!!」
ダメだ。誰の声かすらわからない。
暗闇の中、感覚は鋭くなっているんだろうけど、さっぱりだ。
みんな好き勝手言っているみたいで、たくさんの声が重なって、声を聞き分けることさえ出来なかった。
しかも、頼りのオーマはぐっすり寝ちまってるからまったく頼りに出来ない!
せめて、マックスやリオの声が聞き取れれば、その声の雰囲気から状態を類推することもかのうだったかもしれないけど、まったくもってさっぱりだった。
「**+@¥;@ー!!」
「#$%&&++!!!」
つーか、ここぞとばかりに大騒ぎしてる奴がいる。それくらい騒がしい。
このままでは、指示がまったくわからない。
だからといって、見本となるべき俺がいきなりこの場で木剣を振って終わりにしたり、指示がわからないからやめとか言い出したり出来るわけがない。
せめて、数歩は歩いて見物人を楽しませて空振りするくらいのエンターテイメント性は見せないと。
「*@@##$!!」
「#$$%%$@*&!!」
相変わらず、周囲はとても騒がしい。
言葉もさっぱりわからない。
だが、俺は慌てない!
なぜなら、たかが言葉がわからないだけだからだ!
慌てず、騒がず、周囲を、気配を探る!
きゅぴーん!
感じた! スイカは、俺の右斜め前にある!
そう、俺の鋭い勘が、告げている!
こっちの方向にあると!
この方向さえわかれば、あとは距離。その距離も、きっちり数えてある。ここからスイカまでの距離は、歩いて十五歩分!
まさか、俺がここまでちゃんと計算しているとは誰も思うまい!
バランス感覚だって俺は自信がある。なにせ俺、道路の白線目を瞑っても歩けるから!
あとは歩数をあわせ、振り下ろすだけ。
一歩、よたり。
二歩、ふらり。
三歩、ぐらり……
……ちょっとフラフラしている気がするが、きっと気のせいだ。
きっちり、まっすぐ進んでいるはず。だっ!
四歩。
ご……
こけっ!
……っほ!
砂に足をとられてつんのめりそうになったけど、大丈夫。なんとか踏みとどまったよ!
転んでないから、セーフ!
数歩ずれたが、問題ない。修正可能。
えっと、八歩!
九歩。
十歩。
十一!
十二。
十三。
十四!
じゅう、ごっ!
ちょっとハプニングがあったり、少々。ほんの少しふらついた気もするけど、俺の勘と計算が正しければ、俺の足元にスイカがあるはずだ。
しんっ……!
いつの間にか、周囲の喧騒が消えていた。
さっきまで、まるで耳元近くで大声を上げているような声も聞こえていたが、それもさっぱり聞こえなくなった。
指示がない。
それはつまり、これ以上指示する必要がないってことだ。
「¥#*@&%-!」
誰かがなにかを言った。
きっと、そこだー。とか、振り下ろせ。という指示なのだろう!
俺は勝利を確信し、木剣を大上段に振りかぶって……
……振り下ろした!!
ぼすっ!!
「……」
手ごたえ、ナシッ!!
「はずしたか」
うん。まあ、やっぱちゃんと指示聞こえなきゃ無理だよね。
勘とかなんとか、歩数とか、見えない聞こえないじゃさっぱりだよ。
まあ、あれだ。いきなり一番手がスイカを割っちゃったら興ざめってことで。
そう。俺は空気を読んだのさ!
……まあ、言い訳だけどね。
失敗は失敗として受け入れ、目隠しを外そうとする。
「%、%$&&&ー!!」
「%&&&&-!」
俺が改めて動くと、観客の時も動きだしたようだ。
大歓声(?)があがり、大騒ぎをして俺の周囲を走り回っている雰囲気が伝わってくる。
おいおい、失敗でそんなに盛り上がってくれなくてもいいんだぜ。
目隠しを外すと、観客たる孤児院の子達が歓声を上げているのが目に入った。
すでに走り回ってはいないが、こんなにスイカ割りが盛り上がるとは思わなかったぜ。
ちなみに、スイカは俺が木剣を振り下ろしたところとはまったく全然反対方向のところに鎮座しておりました。
……最初のきゅぴーんの部分から外してたのね。
自分のダメさにため息が出そうになるが、盛り上がってるから結果オーライってことで、よしとした。
よってきたマックスに木剣をわたし、肩を叩いて親指を立て、挑戦者チェンジの意思を伝え、俺はオーマのいる椅子へ引っこんだ。
「さっすがツカサだね」
「俺はこういうもんだというのを伝えただけだよ。あとは、受け手次第さ」
というわけだから、リオもスイカ割り楽しめ!
──アマンダ──
昨日の一件で感じた違和感。
誰もが偶然の崩落だと疑わないが、あたしだけがなにかの引っ掛かりを感じていた。
そもそも、あのマックスが、噂に聞くサムライの弟子であり、あの武闘大会優勝者本人であるとしたら、ソレと一緒に居る少年は、王都決戦において忽然と姿を消した、あのサムライということになる。
この仮説が、あたしの中で、あの崩落と結びつき、違和感を生じさせているのだ。
こんなことなら、あの時対邪壊王の戦場で、なにがなんでもサムライの姿、拝んどくんだったよ。そんなことを思うが、後の祭りだ。
あたしはその違和感を払拭するため、浜辺でこっそりあの子のことを観察していたけど、はっきり言ってあたしの勘は外れていたとしか言いようがない。
確かに、あの子はサムライの条件の一つとも言える、喋る剣、インテリジェンスソードを持っている。
でも、肝心のあの子が、そのサムライの条件とは一つも当てはまらなかった。
誰もが噂する圧倒的強さはあの子からは欠片も感じないし、その動きは素人の少年そのもの。
こんな子が、あの生ける伝説なわけがない。
あたしは逆に、それを確信してしまう。
でも、バーベキューも終わり、皆であの子の提案したスイカ割りをはじめようとしたその時、あたしの見立ては大きく間違っていたことを、思い知らされることになるのだった……
あの子が手本を見せるため一番となり、目隠しをして木剣を握ったその時。奴等は現れた。
「おう。ここにいたのか。マックス」
十数人のチンピラを引き連れ、先頭に居た男がマックスを睨んだ。
先頭の男。こいつの顔手配書で見覚えがある。
昨日の一網打尽で運良く捕まらなかった賞金首の一人だ。
他の男達も、安い高いに関わらず、賞金がかけられた顔だった。
せっかくあの一網打尽を逃れ、命を拾ったというのに、なぜわざわざ?
そう思ったが、答えは賞金首当人が教えてくれた。
「俺達はじき、捕まるだろう。だがな、その前に、仲間の仇はとらせてもらうぜ!」
肩に剣を構え、男はマックスを勢いよく指差した。
あたしはそういうことかと納得する。
一網打尽から逃れたと言っても、包囲網はすでに狭まっている。
捕まるのも時間の問題だから、せめて一太刀と、昨日の立役者、マックスにお礼参りをしに来たというわけね。
なんとも愚かなものね。
でも、嫌なタイミングでやってきてくれたものだわ。
武器はパラソルの下に用意してあるとはいえ、防具もないし、ウチの子達もいる。
まあ、このタイミングに仕掛けるのも納得がいくけれど、それはあたし達の逆鱗に触れるってことに気づかないのかしら。
「拙者が狙いか。ふん。二十人にも満たぬチンピラを集めたところで、拙者達の相手になると思ったのなら、愚かとしか言いようがないな」
「うるせえ! その鼻っ柱、叩き折ってやる! てめえら、やっちまえ!」
「おおー!」
あたしはパラソルの支柱近くに立てかけてあったウィップソードを手に取り、マックスはスイカ割りのために持ち出した木剣を手に、子供達の前に出た!
迫るチンピラ達にむかい、剣を構える。
あたしのかわいい後輩達に指一本たりとも触れさせはしないよ!
剣の腹で、迫ってきた賞金首の一人をぶっ飛ばす!
同時に、マックスとリオも迫った賞金首をぶっ飛ばした。
驚いたのはリオ。髪飾りが剣になっていて、あたしにも劣らない動きのキレで賞金首をぶっ飛ばしている。
これが、あの子の本当の実力!? 全然見抜けなかった。今まで隠してきたっていうの!?
驚きは隠せないけれど、これならリオの心配をする必要はない。
あたしも、子供達を守ることに集中でき……って!
もう一人賞金首をぶっ飛ばした直後、その先に驚きの存在がいるのが目に入った。
戦場となったビーチのど真ん中。
そこに、目隠しをしたままの木剣を構えたツカサ君がいた!
この騒ぎに気づいていないかのように、ふらふらとビーチを歩いている。
なにやってんのよあの子ー!!
そういえば、奴等が喋っている裏で、彼がくるくる回っているのが見えたような気がする。
あれから、スイカ割りをそのまま続けていたというの!?
マックスにあの子をどうにかしないとと注意したい。
でも、それを口にすれば、賞金首達はあの子を人質に出来ることに気づいてしまう。
わざわざ自分の弱点をさらすなんて出来るわけがなかった。
「ツカサ殿なら案ずることはない!」
あたしの視線に気づいたのか、賞金首をまた一人ぶっ飛ばしながら、マックスが口を開いた。
「いや、問題あるでしょ!」
大問題じゃない。目隠ししたまま放置だなんて、人質にしてくださいと言わんばかりなんだから!
「問題ない。大体、周囲でこんなに騒いでいるというのに、目隠しを外さぬ理由。それは、この状態でも余裕だからだ!」
「なにわけのわかんないこと言ってるんだい! 目隠しして戦えるなんてそれこそサムライじゃなけれ……」
自分で口にして、それの違和感に気づいた。
あのリオも、一流の賞金稼ぎと変わらぬ戦いが出来るほどの戦士だった。
なら、彼だって同じじゃ……?
そう、感じたからだ。
まさか、本当に……?
あたしが疑問の立ち、迷っている間に、事態は進んでしまった。
そう。マックスが手強いと感じた奴等が、あの子の存在に気づいてしまったのだ。
「くそっ。なんだこの強さ。おい、こうなったらそこでふらふらしているガキを人質にしろ!」
「ああ。動くんじゃねえ! さもないと、こいつの命がねえぞ!」
ふらふらとビーチを歩くツカサ君を、剣で指差した。
その光景を見て、マックスとリオの二人の動きが一度止まる。
「そうだ。それでいい。うごくんじゃごばぁ!!」
にやりと笑って近づこうとした賞金首が、二人の一撃にぶっ飛ばされた。
無防備に近づいて倒れた男を見て、二人はにっと笑う。
「なっ!?」
場の、全員が驚いた。
「な、なに考えてやがる!」
「自由に動いているが、目隠ししたガキぶっとばすのなんて朝飯前だぞ!」
奴等が動揺する。
当たり前だ。ふらふら歩く、前も見えない少年。今は捕まえておらずとも、そんな子を殺すの朝飯前だ。あれでは人質同然。
なのに、この二人はそんなの関係ないと暴れまわっているのだから!
「てめぇら、こいつが、こいつがどうなってもいいってのか!?」
「ふっ。愚かなのはそちらだ。やれるものならやってみるがいい。その方こそ、世を救ったサムライその人なるぞ。この方は言っている。貴様等ごとき、これで十分だと!」
そう誇らしげにいいながら、また一人ぶっ飛ばした。
「よく考えてみろ。今、この状況で目隠しを外さぬ理由がない。この方は、あえて目隠しを外さず。お前達を相手してやろうとしているのだ!」
確かに、こんな状況でスイカ割りなんて続けられるわけがない。
罵声怒号が聞こえているのに、目隠しを外して敵を見ないなんてありえない!
「ふっ。ふざけやがって!」
ツカサ君に剣をつきつけていた男が激昂する。
男はふらふらと歩くツカサ君を追いかけ、走って加速をつけた勢いも乗せ、その背中めがけ、剣を思いっきり振り下ろした!
フルスイング!
その勢い。その威力。
目隠しをして平衡感覚まで狂ってふらふら歩くただの少年では、かわせるわけがない!
「ツ、ツカサ君!」
色んな仮説とか、そんな姿を見せられては吹き飛んでしまった。
あたしは思わず、声をあげた。
全力で振り下ろされたその剣は……
すかっ!!
……ふらりとバランスを崩したツカサ君の体を避け、空を切った。
──バカなっ!!
見ていた全員が驚く。
完全に見えていないというのに、彼は背後からの一撃を、体をふらつかせて回避してしまったからだ!
なに、あの、動き……
目標を外した男はバランスを崩し、そのまま砂浜に転がる。
勢いをつけすぎたのだ。
にやけ顔が一転、驚愕の表情に変わった。
「ふっ、ふざけやがって!」
ツカサ君が進んだ先にいた賞金首が、慌てて攻撃にうつった。
ゆらりっ。
ふらりっ。
スカッ!!
だがそれも、当たらない。
ツカサ君は突然ぐらりと体を傾がせ、横に倒れこむような動きを見せた。
それは、前も見えず、ぐるぐる回って方向感覚を失った結果バランスを崩し、倒れるのを必死にこらえたかのような動き。
そのおかげで、上半身は大きく傾き、頭を狙っての一撃とは、全然違う場所を通過する!
「なっ。なんなんだこいつは!」
目隠しをして前も見えず、平衡感覚も失っているというのに、奴等の攻撃は、その体をとらえることが出来なかった!
ふらふらと足元もおぼつかないというのに、その彼を捕まえられない。
切りかかっても左右にふらつき攻撃をかわし、二人同時に襲い掛かっても、まるで転ぶように加速してかわしてしまう。
前を塞ごうとしても、するりと揺らいで方向を変えかわしてしまう。
奴等の攻撃が見えているそぶりはない。だが、ふらりふらりとまるで酔っ払ったかのようなおぼつかぬ足取りに、意図せぬ急な方向転換。
次どこへ進むかもわからぬ予測不能のその動きに、取り囲んで有利であるはずの男達は、逆に彼に翻弄されてしまっていた!
すかっ。
するりっ。
どれだけ攻撃しようと、どれだけ捕まえようとしても、それはツカサ君の体にかすりもしない。
彼が感じるのは、せいぜい近くをすぎさる砂浜の風くらいだろう。
目隠しをし、平衡感覚さえ狂っているというのに、なんなんだ、あの子は……!
「な、なんなんだい、あの子。まさか、本当に……?」
「き、聞いたことがある」
攻撃の機会がつかめず、手斧を構えたまま遠巻きに見ているしか出来ない男が口を開いた。
別の賞金首がナイフを投げ、かわされた挙句仲間に命中させたということもあり、その手斧を投げることさえ出来ない男が。
口元が震えている。
それだけ、動揺しているという証でもあった。
「東方には、酒をかっくらい、まるで酔ったかのように動き、相手を翻弄しながら戦う技があると……!」
愕然としながら、それを口にする。
「ヤツは、酔うどころか視線まで隠し、その動きを完全に予測させないようにしている。自分の視界を塞ぎながら、こんなこと出来るなんて。こんなの、こんなの出来るのは、ヤツのいうとおり、サムライしかいねぇ!」
カタカタと、手斧を持つ手も震えていた。
いつの間にか、誰もツカサ君に斬りかかる者はいなくなっていた。
遠巻きに見て、武器を構えるだけしか出来ていない。
当然だろう。その攻撃が、一切当たる気がしないのだから……
「な、なんで……!?」
気づくと、ツカサ君はある男にむかって歩を進めていた。
それは、あたし達にスイカを提供した、あの露天の果物売り。
やしの木の裏に隠れていたそいつの元へ、ツカサ君はむかって歩いていたのだ。
ぴたり。
男の目の前で、ツカサ君は足を止めた。
「ちょっ、ちょっ……」
慌てて逃げようとするが、男は砂に足をとられ、そのまま尻餅をついてしまった。
そのせいか、手元から砂浜になにか丸いものが落ちる。
ツカサ君が、ゆっくりとその木剣を振り上げる。
「や、やめろ!」
思わずだろう。最初先頭に居た賞金首が思わず声をあげた。
同時に、数人の賞金首も動揺したのがわかった。
その反応。その動揺。
止めろと口にした男は、はっと我にかえり、やばい。という表情を浮かべた。
だが、もう遅い。
奴等が一般人をまきこむことに、ためらうことはありえない。むしろ、人質として活用する、道具としか思っていないレベルだ。
なのに、なんの関係もないスイカ売りに対し、止めろというまでの動揺を見せた。
それはつまり、この男が、この賞金首達の仲間であることを暗に示している!
しかもこの反応。
これは、こいつが捕まっては困る。倒されてはいけないということ。つまりは、報酬をくれるレベルの。この襲撃を指示するレベルの存在!
成功したあとの逃げる算段なども、この男が引き受けているのだろう。
でなければ、これほどの動揺はない!
まさかと思う。
誰も仲間とは思っていなかった男が、この一件の黒幕だったというの!?
この露天商は、この街の者だ。そんな彼が、なぜ!?
なにより、ツカサ君はいつ、こいつが黒幕だと気づいたの!?
あまりのことに、ツカサ君の行動を止められる者は一人としていなかった。
ぼすっ!!
尻餅をついていたスイカ売りの股の間に、木剣が振り下ろされた。
小さく、砂が爆ぜる。
しんっ……!
場が、再び沈黙に包まれた。
「ハインズシィターカ」
その沈黙の中、小さいが、よく響く呟きは、場に居る全員に聞こえた。
ゾッ!
その忠告の意味が理解出来た瞬間、あたしの背筋に恐怖が走った。
あたしはこの言葉の対象ではない。
だというのに、これだ。
その本当の対象だった奴等は、この慈悲に、どれほどの恐怖を感じただろうか……?
『ハインズシィターカ』
昨日も説明したが、この街でよく使われる、いわゆるスラングだ。
ハインズとは、ハインの複数形であり、目のことをさし、シィは、開く。そして、ターカは殺す。という意味だ。
意味合いとしては、目を開いてそこに居たら、殺す。転じて次、見つけ次第殺す。という脅しの文句のことである。
門の前など、目立つところに描かれ、立場をわからせる時、よく使われる。
いわば、狩りの宣言でもあるが、逆に言うと、目の前から即座に消えれば見逃すという意味でもあり、そういう意味で、この忠告は慈悲でもある。
彼がこの言葉を口にしたということは、次視界に入れば殺すという宣言も同じ。
そして彼は、今、目隠しをしている。
その、意味は、容易に想像出来た……!
この目隠しをはずした時、彼の目の前にいただどうなるか……っ!
ツカサ君が、その目隠しを外そうと、動き出した。
ゆっくりとだが、正確に、その手は目隠しへと動いて行く……
もう誰も、彼がサムライでないという疑いは持っていなかった。
目隠しをして軽々と彼等をあしらったのだ。その枷を外し、本気で狩りをはじめたその時、一体どうなってしまうのか……
容易く想像出来るその結末に、場に居た戦士は、背筋を凍らせる。
「にっ、にげろおぉぉぉ!」
「にげろおぉー!」
「嫌だ。死にたくなーい!」
「ごめんなさい。ごめんなさーい!」
脱兎のごとく。
この言葉が相応しいほどに早く、場に現れた男達はこの場から居なくなってしまった。
露天の、スイカ売りの男もふくめて。
目隠しを外した彼は、周囲に誰も居ないのを確認すると、もう、全て終わったと言わんばかりに木剣をマックスに返し、パラソル下の椅子に動いた。
探す必要もない。
もう終わった。
その姿は、それを体言していた。
確かに、あんな慈悲をかけられたら、二度と悪さをする気にもならないでしょうね。
むしろ彼等は今頃自首している。
そんな気さえするわ。
だって、本当に次出会ったら、結末は想像通りなのだろうから。
彼は目隠しをして顔を見ていなかっただろうって?
そんなことを言う当人が居たら、愚かとしか言いようがないわね。
だって彼は、最初から見えている必要性は、なかったのだから。
その気になれば、すぐにでも有限実行出来る能力を有している。
それを示しての、あのお慈悲なのだから……
彼等はこれからずっと、あの言葉とツカサ君の存在に怯えて生きることになるだろう。
きっと二度と悪事は働けない。
なにかしようとすれば、耳に今の言葉とこの悪夢が甦るから……
なんて恐ろしい子なの。一度たりとも相手を攻撃せず、相手の悪の心だけを折った……!
これが、世界を救ったサムライの、真の実力。
……認めないといけないみたいね。この子が、本物だということを。
──リオ──
あのあと、賞金首を追っ払ったおいら達は、何事もなかったように海水浴を再開した。
ツカサの脅しで奴等は全部逃げちまったし、これ以後くることはありえないとわかりきってたからだ。
だから、そのまま続きに突入したってわけ。
あの露天のヤツが荷物全部おいてったから、あれは迷惑料ということで全部いただき、スイカ割りも、その他果物の味も堪能させてもらった。
でも、一体どうしてあいつら、マックスを襲ってきたんだろうな。
ひょっとして、帝国に特使が来られちゃ困るって輩からの刺客だったりして?
ま、おいらにはさっぱり。
ツカサはなにか、気づいているのかもしれないけどよ。
「ところで、ツカサ君はいつ、あの露天商が黒幕だと気づいたのかしら?」
浜辺で遊んで休憩していたら、アマンダに聞かれた。
ああ。それは確かに疑問に思うよな。おいら達はもういつものことだから慣れたもんだけど、知らねーやつから見たら、ホントさっぱりだし。
いや、おいら達もさっぱりだけどさ。今でも。
「さあ? ツカサの観察力は、おいら達には理解出来ない領域に到達しているレベルだから、考えるだけ無駄だぜ。壁のむこうで起きてることがわかる。ってのが納得できなきゃ、考えない方がいいとおいらは思う」
「……それは、考えるの止めた方がいいかもね」
「ツカサだからって納得しとくのが一番さ」
「ホント、とんでもない子なのね」
「お、ついにツカサが本物だって信じたか」
「そりゃ信じるしかないじゃないか。あんなの目の当たりにされたらさ」
それもそうだ。
あれを見てまだサムライじゃないと主張出来るヤツが居たら見てみたいもんだよ。
まあ、ツカサ本人が意外と主張する可能性あるのが笑えるもんだけど。
「そういえば、詳しくは聞いてなかったけど、なんで帝国に行こうとしているんだい? あんた等が本物のサムライご一行というのなら、ただの観光ってわけじゃないんだろ?」
「そういや言ってなかったっけ? おいら達は、戦争をとめに行くのさ」
「なん、だって……?」
戦争って言葉に、さすがのアマンダも驚いたみたいだ。
「ちょっと前にも平原から帝国が攻めこもうとしていたのさ。そうならないように、親書ってヤツを届けるよう、マックスが頼まれたんだよ」
「いやはや、サムライと知らなきゃ与太話にしか思えない話だね。でも、知ったあとなら、頼まれて当然と思っちまうよ」
やれやれと、アマンダも肩をすくめた。
「でも、あんたらなら、出来るかもしれないね」
「出来るに決まってら。だって、おいらとツカサが一緒に行くんだぜ!」
「あははっ。確かにそうだね。リオ。この国の平和、頼んだよ」
「ああ。任せとけよ」
おいらとアマンダはにっと笑いあい、拳をぶつけあわせた。
「おーい、リオー。棒倒しやらないかー?」
「くおおぉぉ! ツカサ殿、もう一度、もう一度おぉぉ!」
ツカサが砂浜から声をかけてきた。その近くでは、マックスがのた打ち回ってる。
棒倒し? なんだいそれ。
おいらはアマンダと別れ、ツカサ達の元へと駆けつけた。
こうしておいら達は、一日海を堪能する。
海水浴。
初めてだったけど、すっごく楽しかったな。
帝国にいくまでの短い休みだったけど、すっごい有意義だったと、おいらは思う。
次はいよいよ、帝国!
……といいたいところだけど、その前に嵐の海を無事突破しなきゃな。
──???──
ブンッ!!
「っっ!!」
ブツッ!
振り下ろされた木剣により、草との魔法通信が途絶えた。
同時に、覗きこんでいた遠見の水晶球が粉々に砕ける。
それは、サンスナンナ側にあった子機が割り砕かれたという証。
遠見の水晶が割れた瞬間、わらわは思わずその場から飛びのいてしまった。
一瞬、迫る木剣から、わらわそのものが襲われたかと思ってしまったから。
まさか、草が狙われるとは思わなかった。
ヤツは一体、いつから監視に気づいていた?
ひょっとして、スイカを割るということの真の意味は、同じ球体をした遠見の水晶を割る。すなわち、その時点から見ているのに気づいていたという警告であった……?
だとすれば、その観察力、恐ろしいと言わざるをえない。
なるほど。これが、世の救世主。かの『闇人』の王、ダークカイザーを倒し、地上すべての命を奪うと宣言した邪壊王を屠った最強にして無敵のサムライか。
特使がマックスというサムライの弟子と聞いた時、まさかと思っていたが、ヤツは、邪壊王と共に消えたはずではなかったのか!?
いや、今そんなことを嘆いても仕方がない。
サムライ。
なんと恐ろしい存在か。
だが、その恐ろしさは嫌というほど味わったが。その力を探ることは叶わなかった。
目隠しをして、無力を悟らせる、諭すような戦い方。
完全にヤツは、わらわの存在さえ見越して力を隠した。それでいて、最大限の恐怖を場にいた者達に植え付けた!
これほどの存在が親書を携えた特使と共にやって来る。
その存在が公にされ、我が陛下と会談するならば、戦争を止められる。というのも十分あり得る説得力だ。
だからキングソウラは、あのマックスという男に親書を託したのだな……!
わらわはその思惑を読み取り、むしろにやりと口元をゆがめた。
くくっ。だが、墓穴を掘ったなキングソウラ!
むしろ、わらわの存在に気づき、帝国へ来なければと確信したのは誤りだ!
この一件を受け、奴等は最短距離で帝国を目指そうと考えるだろう。
なれば、サンスナンナより海に出る。
そうして海に出たのなら、奴等は間違いなく、あの海域を通る。
全てをのみこむ絶望の嵐が待ち受ける、魔の海域となったあの場所を!
我等が魔法兵団さえ手に負えず、自然におさまるのを待つしかない、あの絶望の海域を!
あの大嵐は、我等帝国が仕掛けた工作ではない。
意思ある者が意図して生み出せるような災害ではないからだ。
いわば、すべての災害を超越した、災厄と言ってもいいだろう。
そんなこともわからず、力に自惚れ乗りこんでゆくというのだから、それを止めてやる理由は我等にはない!
いくらサムライといえども、自然の法則が狂ったと言っても過言ではないあの場所を抜けられるはずもない!
ならば、特使マックスと共に、海の藻屑へと化すのは間違いない!
サムライも特使もいなくなったとなれば、陛下の覇道を止められる者は誰も居なくなる。
そうなれば、我が帝国の勝利は揺ぎ無い!
さあ、サムライ。
そのまま進むがいい。
そして、海の中へ消え去るがいい!
ふふっ。ははは。はーっはっはっはっは!
しかし、わらわは知る。
全てを超越した災厄と呼べる事象でさえ、世界を救った伝説のサムライの歩みは止められぬいうことを……
真のサムライの恐ろしさを知るのは、これからだということを!
じき、知ることとなる……
おしまい




