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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
67/88

第67話 魔女の呪いと心からの愛


──リオ──




 帝国が戦争をおっぱじめようとしている。

 それを止めるため、マックスは王様から特命を授かり、その親書を届けるため、帝国へむかうことになった。


 なんでマックスが。と思ったけど、マックスが行けばツカサもついてく。そうしてツカサが帝国で世直しを行えば、帝国の奴等もツカサの凄さを思い知り、戦争を諦める。そういうことだろう。


 ツカサも、それを理解してるからマックスについていくと言い出した。


 ツカサがその気になれば、帝国軍を壊滅させるのは簡単なことだけど、それをやって、帝国に残る家族を悲しませるのはツカサもよしとはしないだろうからね。

 ツカサが協力するのも当然の話さ。



「それで、どういうルートで帝国を目指すんだ?」


 この前いたグラフストン平原から行ければすぐなんだけど、噴火があって平原が分断されちまったから、今あそこは通ってはいけない。

 まあ、平原が無事でも反対側にも帝国の砦があるから通れなかっただろうけどさ。


「ふむ。今ならやはり、海からが一番早いだろうな」


「海!? おいら海に行くのは初めてだよ。話には聞いたことあるけど、塩辛いんだろ?」


「うむ。実際近くで見てみると驚くだろう」



 こうしておいら達は、グラフストン地方から港町のある南東のグラスナンナ領へむかうことになったんだ。




──マックス──




 拙者達は今、グラスナンナ領にある港町サンスナンナを目指し歩いている。


 グラスナンナ領に入り、そこを治める領主のいるグラスナンナの街に到着しようとしていた。

 そこからさらに南へ徒歩で二日。馬車で一日進めば、当面の目的地。海。港町サンスナンナに到着するというわけだ。


 このグラスナンナの街は、港町から運ばれる品を、王都や各領へ運ぶための中継地点である。

 ゆえに、港へむかう品や港からの品。王都からの品や王都へむかう品。さらに他領への品など、多くの品物が行き交う交易都市でもある。


 これにより、領土の広さに対し、この地の経済力は驚異的と言っていい大きさであった。


 様々な物が集まる街でもあるので、物を探すならばここに来た方がよいとも言われるが、今の拙者達にとってただ通過するだけの街でしかない。

 日も高いということで、ここで馬車に乗り、そのまま南のサンスナンナ方面へむかう予定だ。



「にしてもさ……」



 石畳の街道を歩くリオが、ぽつりと呟くように口を開いた。



「なんか、違和感感じねーか?」

「そうだな。拙者も感じる」


 リオの言葉に、拙者も同意する。


「俺は、むしろ安心を覚えるけどなぁ」


 ツカサ殿は、違うようだ。



「つーか、なんでこんなにサムライの格好した奴等がいるんだよ! ニセモノ、増えすぎだろ」


 この違和感の正体は、すぐにわかった。


 グラスナンナへむかう旅人の格好が、なぜかほとんどサムライ風だからだ。

 確かに、二度も世界を救ったツカサ殿はサムライなのだから、人々に広く尊敬されているのはわかる。


 拙者達が地獄へむかう前でも、サムライの名を語る者が酒場に一人二人姿を見るかどうかだったというのに、たった半年で商人ふくめた旅人までもがサムライの格好をはじめるものだろうか?


 これはなにか、この半年で拙者達の知らないなにかが起きたのか、それともなにか理由があるかのどちらかだろう。



「グラスナンナから王都を目指す奴等の格好は普通だな」


『確かにそうですね。グラスナンナでなにか特別な催しでもあるのでしょうか?』


『まーた、サムライをダシにした祭りでもあるんじゃねえか?』


 リオ、ソウラ殿。オーマ殿が状況を見て推測を述べる。


 オーマ殿のまたというのは、サムランイの街で行われたサムライ祭りのことにございましょう(第21話参照)



「グランナンナでそのような祭りがあるのは初耳にござるな。ですが、ダークカイザーや邪壊王が倒され、その祝いの祭りを開催しようとしている可能性はなきにしもあらずにあります」


 サムランイの祭りも、ダークシップを封じた一年後にサムライをからめ開催された祭りにござるから、それと同じような祭りがこの街で開催されようとしていても不思議はありません。


「このグラスナンナの領主は金になるのなら魔女にも取引を持ちかけると言われるごうつく領主ですから、金になると思ってのならやるでしょうね」


『そりゃ間違いなくやるだろ。サムライの名を使えば、金にならねぇわけがねえ』

「だよなー」


 オーマ殿とリオが大きくうなずいた。


『ごうつく。評判はあまりよろしくないんですね』


「世のすべては金で回っていると信じている男です。金で解決できないことはない。それが口癖でしたね」



 拙者も領主の息子ゆえ、同じ領主という間柄で顔をあわせたことがある。

 なんというか、こういう男もいるのかと思うほどの男でした。


 もっとも、唯一の救いは悪事を働いて金を稼ぐほどの悪党ではないということ。



「表面上はいまのところ、まっとうに金を稼いでいるのが逆に感心するところではありますね」


「いや、ぜってー裏でなにか悪いことやってるだろ」


「今のところ、噂はあれど、明確な証拠はない。だからこそ、魔女と取引しているなどとも言われるわけだが」



「ま、おいらにゃかんけーねーこった。金が大事ってのは同意するけどよ。金でなんでも出来るってのはノーだけどな」

「うむ」


 リオの言うとおりである。

 金で動かぬ人を、拙者達は知っている。


 むしろ、二度世界を救ったツカサ殿のことを聞き、そんなことにも気づかないのかと呆れるばかりである。



「まあ、お祭りにせよ違うにせよ、行ってみればわかるだろ」


「ツカサ殿の言うとおりにございますな!」

『御意っ!』


 ツカサ殿のお言葉で、すべてが決まりました。

 拙者の分身、刀のサムライソウルと共に、大きくうなずき申した!




──リオ──




 わいわい、がやがや、ざわざわ。



「うわぁ」


 街の門をくぐった瞬間、おいらは思わず声をあげちまった。


 街の中は、サムライの格好をしたやつ、してないやつでごった返していた。

 この人数。ダークカイザーを倒したあと王都で行われた祭りと同じくらいの密集度だ。


 雰囲気としては、間違いなくこの街は、祭りの雰囲気に包まれている。


 なんかでかいことが起きようとしているって雰囲気がはっきりとわかる空気だ。



「ああ、参加者なら、そっちにいってはならん! その流れから出ぬよう、そのまままっすぐ進め!」


 入って歩いていると、流れをコントロールしている衛兵に怒られた。

 おいら達の目的地はこの街ではないので、乗合馬車の乗り場へむかい、出発時間を調べようと流れから出ようとしてのことだ。


 祭りとは関係ないのになんで? と思ったが、すぐおいら達の視線はマックスに集まった。


 いかにもなサムライの格好。

 サムライとなにか関係のある状況なら、こいつを見たら間違いなくその参加者だと勘違いされる風貌だった。


「ほら、立ち止まらないで! 行って行って!」


「ちょっ、いや、拙者達は……」


「その格好しているんだからわかってますよ。会場はあちらです。流れに逆らわないで下さい!」



「やれやれ。ここは流れに逆らわない方がいいみたいだな」


 ツカサが早々に諦めた。


 その気になりゃ、この流れに逆らうのはそりゃ楽勝だけど、それをやったらドミノを倒すように人が倒れたり、転んだりして大混乱を引き起こすの間違いない。

 だから、ツカサはそんなことしないですむよう、流れが終わると思われる会場へむかうことにしたのだ。


 人の流れはすさまじく、おいら達はサムライの格好をした奴等の流れに乗って街の中心部へと進むのだった。



 ついたのは、広場。しかも、なにやら大きな。とっても大きな屋敷の前の広場だった。


 建物からは広場にむかって大きなバルコニーが突き出している。

 その建物を囲うように白い壁が延々と続き、門から見える中の敷地は、マックスの実家。マクスウェル領の領主宅なみに広い。


 でも、あそこはだだっ広い草原の中に立っている館だったけど、こっちは街中だ。

 街中であの広さを実現しているんだから、とんでもないと言えた。



 さすがのおいらでも、ここが誰の屋敷かは想像出来る。

 むしろ、違っていたらこの街のお金持ちはどんだけいるんだってなる。



「領主様の、おなーりー!」



 おいら達がそこに到着し、身動きもとれず呆然としていると、そんな声が広場に響いた。

 同時に、無駄に豪華っぽいファンファーレを鳴らす劇団が音楽を鳴らしはじめる。


 無駄にせり出したバルコニーの窓が開いて、そこから人が姿を現した。


 うん。やっぱおいらの想像は間違ってなかった。

 この屋敷は、領主の館だ。



 結局祭りなのかなんなのかもわからないまま、おいら達はその開始に立ち会うことになっちまったようだ。



 バルコニーに出てきた男を見て、おいらは少し驚いた。



 ごうつく領主と言っていたから、真ん丸く太ったヤツかと思ったけど、そうじゃなかった。

 精悍そうな、体格のいいおっさんだった。


 金の掛かった服は着ているが、そこまで悪趣味じゃない。

 見てくれだけを見れば、趣味のいい金持ちにしか見えなかった。



 ただ、それをすべて台無しにするものがあった。



 その手に抱えられた生き物。


 最初猫を抱えているのかと思ったら、それも違った。


 そいつは、とんでもなく不細工だった。

 なんだあれ。猫か? 狸か? それさえわからない、毛むくじゃらな獣。


 触れるのもためらうような、地獄でもあんな生き物見たことないってレベルの醜さだ。


 きっと珍しい生き物なんだろうな。

 金持ちの感性ってのは、おいらにはよくわかんねーや。


 領主はバルコニーの端に到着すると、まずはその不気味な生き物を見せびらかすようかかげた。



 しーん。

 さすがの観衆も、それを見て一瞬言葉を失う。



 領主は皆が黙り、自分に注目したのを感じると、満足したようにうなずき、それを床に降ろし、両手を大きく広げた。


 そいつは、そそくさと領主の足元を走り、館の中へ消えてゆく。


 これはむしろ、自分に注目させ、黙らせるために利用したって考えた方がいい気がしてきた。


 こいつは意外に、策士かもしれない。



「ようこそおいでくださった、世を救ったサムライ殿よ!」


「おおおおおおー!」


 両手を広げ、歓迎の挨拶を述べただけで、うってかわって広場のサムライもどき達は大きな歓声をあげる。



「本日は、我が娘の婿を決めるための大事なパーティーとなる! このパーティーに参加する資格は、己こそが世界を救ったと自称、他称するサムライのみ! それを満たすもののみが、その門をくぐることが出来るのだ!」


「おおおおおおおー!!」


「見事に我が娘に見初められた者は、我が後継者として、我が家にむかえいれる。それは、このパーティーを告知した時宣言したとおりだ!」



「おおおぉぉぉ!!」



 今、一番の歓声があがった。



「あー」

「あー」

『あー』

『あー』


 この宣言を聞いたおいら達は、なんでこんなにサムライもどきが集まってるのか理解した。

 そりゃ、偽サムライがわわらわと集まるわ。


 この王国有数の領主の跡取りとして玉の輿に乗れるんだから。



「武をアピールしたいものには武を。知をアピールしたいものには知をアピール出来る場をそれぞれ用意した。他にも音楽、芸術、己の得意とするものをアピールし、見事我が娘のハートを射抜くのは誰か! その気のあるサムライは、我が屋敷へ来るがいい!」


 その宣言と共に、館の入り口となる門が開いていった。


 参加者たるサムライもどき達が、一斉にその中へなだれこんでいく。



「いやー、楽しみだな。俺、今日のために一芸を磨いてきた。これで、一目ぼれさせる!」

「ひひっ。俺だって、見ろよこの鍛え抜かれた知性を! この輝く頭脳で、俺はなる、領主に!」


 どうやら、アピールしてるところをその娘さんや領主が回って、お婿さんを見つける流れらしい。


「つーか、俺の嫁はどんな姿をしてるんだろうな」

「俺は、ものすげぇ美女って聞いたぜ」

「俺は、ものすげぇ不細工って聞いた」


「誰か見たヤツいねぇのかよ」

「関係ねぇ。どうせ会ったこともない娘なんだ!」


「おらおら、早く行け! お前等は婿にゃなれねえんだからよ!」



 おいら達は、熱狂する婿候補達をあきれた顔で見送る。



「つまりは、大げさな婿探しってことかよ」


「そういうことになるな」

『いわゆる玉の輿ってヤツか。そりゃ気合も入るだろーぜ』


 おいらの言葉に、マックスとオーマが返事を返す。



「ったく。なにかと思えばよ。こんな決め方、なに考えてんだか」


「いや、だが、これで娘の希望にそった婿が来るというのなら、かなりマシな方だろう」


「マシ? こんな無茶苦茶なのがマシなの?」


「ああ。領主レベルになると、時に顔も見たことのない者と縁談が組まれるのも珍しくはない。それどころか、十も二十も年の離れた婚姻というのだってありえるのだぞ」


 いわゆる、政略結婚。

 特に女は、家の都合で嫁に出されることが多い。


 自分の好きな相手と結婚出来るというのはかなり稀な話なんだってよ。


「だから、領主の娘が自分で婿を選べる。というだけでも幸せともいえる」


「へー」


 貴族は貴族で大変なんだな。



「娘のためにこのような大掛かりな催しをするとは、拙者は彼のことを誤解していたかもしれん」


「そうかもなー」


 娘のためにそんなことしてるなら、意外にごうつくってのはマックスの勘違いなのかも。



「でも、なんでサムライなんだろうな。これだけの金持ちなら、サムライなんて限定しなくても人は集まるだろうに」

「それは、集めようと思った領主に聞かんとわからんな」

「それもそうか」


 単に今流行だから、その名前を使って人をさらに呼んだって可能性もあるし。



「まあ、今の拙者達にこの催しは関係のないことだ」

「そうだな。祭りですらねーし。金や嫁なんて、なおさら関係ない」


『いや、嫁に関してはマックスはちったぁ気にしたらどうだ? おめーももういい年だろ? それとも、十年旅してた間に、誰か待ってる奴でも見つけたんか?』


「残念ですが、旅先にてそういう出会いはありませんでしたな」


『なら、マクスウェル領じゃどーだい? いわゆる、帰りを待つ幼馴染とかよ』


「マクスウェル領にいる幼馴染は男だけにござるよ。大体拙者は、剣一筋ゆえ!」


『なんだ、つまんねーな。まあ、嫁って話じゃ、相棒もそろそろ考えてもいい頃だとは思うけどよ』


「確かに、ダークカイザーも消えたのですから、ツカサ殿は落ち着いてもいいかもしれませんね」


「っ!」


 マックスとオーマのたわいない会話に、おいらは思わず反応してしまった。

 確かに、ツカサも年は16と聞いているし、早けりゃお嫁さんもらっていてもおかしくはない。


 でも、今帝国の侵攻が心配なんだから、そんなことにうつつを抜かしている暇は……



「……そうだな。このパーティー、参加しようか」


「へ?」

『は?』

「え?」


 ツカサが、ぽつりと言った。


 聞こえたけど、頭の理解が追いつかなかった。



「だから、出るんだよ。このパーティー!」



「ええー!?」


 聞き間違いじゃなかったー!



「つっ、ツカ。ツカサ。え? お嫁さん、欲しいの?」


『マジか。マジかよ相棒!』


「ツカサ殿! そ、それならこの領主の娘でなく、もっとほかに、ほら、えええっと!」

『別、別にっ! おられるん!』


『あらあら』


 みんな、混乱している。



「あ、いや。嫁探しには興味ないよ。あるのは、他のだ」


「じゃ、じゃじゃあ、お金!? いや、お金は婿にならないとダメか。じゃあなに!?」



 思わずもの凄い勢いで詰め寄っちまった。

 でも、ほら、しかたないことだろ。


 今、帝国と戦争になるかもしれないって大事な時なんだからさ。そんなことしてる暇ないってわけじゃん! じゃん!!



「そうだな。あえて言うなら、呪い。かな? これは……」


 詰め寄られたツカサは、焦る様子もなく、どこか遠く。領主の館の方を見て、そう呟いた。



「のろ、い?」



 そのいい方は、おいら達とはまったく違う、別のなにかが見ているかのようだ。


 その言葉の意味はまったく理解できなかったけど、ツカサが結婚目当てやパーティーを楽しむために行こうって言い出したんじゃないことだけは理解出来た。


 間違いなくそれは、自分のためじゃなく、人のためだ!


 前にも同じようなことがあったのを思い出す。あの時は、闘技場にいた数万人の人の命が危機にさらされていた。

 大なり小なりの差はあっても、きっと、今回も同じに違いない!



「あ、行くのは別に、俺だけでもいいんだ。リオ達はここで待っててくれても……」



「いいえツカサ殿! 参りましょう! 今すぐ参りましょう!」

「そうだぜツカサ。パーティーに出たいってんなら出るしかないだろ!」


 おいらとマックスは、ちらりと視線をぶつけ、うなずいた。


 どっちも、ツカサの意図を悟ったからだ。



 確かに今のツカサなら、おいら達の力なんて必要ないのかもしれない。

 でも、だからって、ここで置いていかれるわけにもいかない!


 もう、あの時(第39話)みたいな間抜けはさらしたくないから!



「わかった。なら、行こうか」



 ツカサは、先頭を切って歩き出した。

 なにかに急ぐように。


 確実に、ツカサは自分のやることを見据えている!



 おいらもツカサを追い、入場の門をくぐ……



「あ、君。ダメだよ。参加資格ちゃんと読んだ?」


「へ?」



 ……ろうとしたら、門番に止められて、ぽいっと敷地の外につまみ出されてしまった。


 マックスはそんなおいらを尻目に、門の中に入っていく。



「なんでー!?」


「なんでって、君、サムライじゃないじゃない」

 門番が、おいらをみてバツ印を作る。


「あっ!」


 そ、そうだった!

 ツカサは刀あるし、マックスはそもそもサムライのコスプレしてる。

 でもおいらは、サムライらしいものなんも持ってなかったんだ!



「リオー、悪いけど、先に行ってるからなー」


「ツカサ殿はお急ぎだ。悪いが、先に行かせてもらう。ここは、拙者に任せておくがいい!」


 マックスのヤツが、おいらを見てにやりと笑う。

 ツカサについていける優越感。それを思いっきり表に出しやがった!


「あ、あんのやろおぉぉぉ!!」


 絶対気づいてて言わなかったなマックスのやろう!


 って、こんなところで頭を抱えている場合じゃねえ。なんとかしてここに入らないと。

 こうなったら、なんでもいいからサムライと認めさせる品を持ってこなくちゃ!


 羽織でも、刀モドキでもいいから!


 おいらは慌てて、それらを手に入れるため広場から店目指して走り出した!



 このままじゃおいら、完全に蚊帳の外だよ!




──ツカサ──




 俺は、リオを置いて先にパーティー会場の方へ入らせてもらった。


 悪いなリオ。俺には今、どうしてもやらなきゃならないことがあるんだ。



 そのやるべきこと。それはもちろん、領主様の婿になるとか、パーティーの料理を貪り食いたいとか、騒ぎたいとかそういうことじゃない。


 俺は、なんとしてでも近づかなければならない相手を見つけてしまったのだ。

 なにがなんでも。どうしても近づかなきゃならない。


 そのために、興味もないこのパーティーに潜入した。



 あの、バルコニーでさらされた、とても醜い毛むくじゃらの動物に触れるために!



 人の手で抱えられるようなサイズにまとまりながら、なんだかとっても不恰好で醜い、見たもの全てを一瞬ひかせるほどの容貌をしたあの狸みたいな猫みたいなあの獣!


 誰もが顔をしかめるほど醜い動物だが、俺は、俺だけは別のところに着眼していた。



 あの、毛むくじゃらな体!


 あれを、モフってみたい!



 もう何度も話題に上げてきたが、俺は毛並みのいい動物をモフモフと触るのが好きだ。

 大好きだ!


 そんな俺が、見たことも触ったこともない獣に出会ったのだ。それを撫でたいと思ってなにが悪い!


 見たことないのもまあ、当然だろう。きっと地球にいない、イノグランドにだけいる生き物なのだ。

 こっちにしかいないというなら、ユニコーンがいた。


 あれは結局馬と同じさわり心地だったが、今回のアレはどうだ? どんな手触り、毛ざわり、感触、モフり度なのか俺でもさっぱり予測がつかない!


 ならばこれは、触って、触れて、撫でて、モフってみるしかないじゃないか!



 確かにあの獣は醜い。

 だが、毛ざわりは意外にいいかもしれない。いや、逆にたわしのように硬い毛質かもしれない。さわり心地はカピバラ? いや、ダメだ。実際に触ってみないとわからない!


 そのまったく想像もつかないさわり心地が、俺の好奇心をかきたてる!


 これは、撫でリストを名乗る者としては、絶対に撫でねばならないと、俺の心が叫びまくっている!



 そう。これはある種、呪いのようなものなのだ。


 仲間に変な疑いをかけられても、思わず触れに行ってしまう。


 未知の毛並みにその欲求が逆らえない。避けられない、我慢できない、愚かな道。この手から感じる感触のためだけ進むということ。これはまさに、呪いと言っても過言ではないだろう!



 ……まあ、ぶっちゃけちょっとカッコつけただけなんだけど。

 呪いなんて言い方、ファンタジー世界なら言っても許されるかな。と思って!


 正直にあの獣モフりたいって口にするのが恥ずかしかっただけなんだ。

 ただ単に撫で回してみたいってのが理由なんだ!


 だってあの子、領主様の腕の中じゃおとなしくしてたし。きっと俺でもかまれずモフれるだろうし!!



 だからむしろ、あそこでリオが脱落してくれたのは俺としてはラッキー。


 モフっている姿を、リオには見られなくなるから。

 前にもあった(第14話)から自覚しているが、モフっている時の姿は本当にアレだ。指差されてしっ、見ちゃいけませんってレベルでアレだ。


 だから、なるべく撫でている姿は人に見られないよう気をつけている。


 時々我慢できなくて道端でやっちゃうけど、今日は違う。なるべく人払いをして、万全をつくすつもりだ!


 オーマの前ではすでに色々モフっている。だが、マックスの前ではまだ。


 なので、ここはマックスも引き剥がす!



「マックス」


「はい。なんでしょう!」


 門から入り、俺はあの獣がいるだろう館の方を目指す。



「領主のいる館に入りたいんだけど、マックス、お前は領主の人と会うことは可能か?」


「可能。だと思いますが……」


「なら、俺を連れて屋敷に入り、領主を少しだけひきつけていてくれ」



 その間に俺は、屋敷の中にいるあの子をモフってくるから!



「わ、わかりもうした! 拙者、その役目、引き受けました!」


「頼んだ」



 よしっ、完璧! マックスを領主のところに行かせ、ついでに俺から引き剥がす。

 万一あの獣が領主と一緒にいたとしても、マックスと面会していればそこから引き剥がすことが出来る!


 あとは、屋敷の中にいるだろうあの子をオーマのサーチ能力を使って見つけて、堪能するだけ!


 完璧。完璧じゃないか!



「これはこれは、マックス様。どうぞ、こちらへ」


 顔パスで、領主の館に入れた。さっすが領主の次男! こういう時の権力って大事よね!



「それでオーマ。一人探してもらいたい人がいるんだけど」

 ここで一人というのは、もちろんあの子のことだ。撫でリストは、対象を時に人のようにあつかう。

 それは、敬意をこめてのことだ!


『そういうことかよ相棒。あんたも、物好きだねぇ』


「そいつは言わない約束だそれで、どこにいるかわかるか?」


『ああ。どうやら、屋敷の中をうろついているみてーだぜ。あっちの廊下だ』


「そっか。なら、ナビを頼むぜ」


『おう。任せとけ!』



 こうして俺は、あの毛むくじゃらの醜い獣ちゃんのところへ一人むかうのだ!


 さあ、あとは、その未知なる毛を堪能するだけ。



 一体どんなものなのか。近づくだけで、ワクワクしてしまうぜ!




──グラスナンナ卿──




 人。人。人。

 見おろす限りにあふれる人を見て、私は勝利を確信し、にやりと口元を緩める。


 どうだ、魔女よ。私が一言かけただけで、こんなにも娘を愛してくれる者が集まったぞ!

 これだけの数がいれば、貴様のかけた呪いなど、いかようにもなろう!


 これが、金の力。

 金さえあれば、どうにでもなるのだ!


 呪いを解いたら、次は貴様の番だ。


 武をアピールするため集まった者達は、自称サムライを名乗る力自慢ばかり。

 魔女討伐に賞金をかければ、間違いなく貴様を追いかけ、狩りつくすだろう。


 金があれば、このようなことも容易い!


 貴様はもう、詰んだも同然なのだ!



 見ていろよ魔女。貴様には絶対、娘は渡さんぞ。絶対にだ!




──魔女──




 ふん。本当に、愚かでバカな男。


 そんな方法でどれだけ人を集めたところで、この呪いを解けるわけがないというのに。

 どうせ、ダメだったとわかれば、この集めた奴等を使い、あたしを殺そうと考えているんだろうけど、殺したからって呪いは解けはしないさ。むしろ、より強い呪いとなってあの娘を苦しめる!


 あんた、呪いってモンがどんなに恐ろしいものなのか、知らないようだね。



 悪いのは、全部あんただよ。

 その金しか見えていないその精神。そんなのだから、あんたは娘を救えない。そんな自分中心の考えだから、娘を苦しめる!


 だからあたしがもらってやろうって言ってるのに、それを跳ね除けた。


 すべては、あんたが悪い!


 美しく成長した娘を、あたしによこさない、あんたが!!




──ツカサ──




 見つけた。


 オーマの示したとおり、その子は部屋の中でペット用のベッドと思しき丸まれるサイズのクッションみたいなところで寝ていた。


 くくっ。なんて好都合。

 部屋にこっそり侵入したから、見つかれば、間違いなく通報、お縄に掛かるような状況だけど、幸いにしてこの部屋に人はいなかった。


 さらに、その床に敷き詰められた絨毯は足音さえ立たないふかふか仕様。

 これなら俺がどれだけ走ってこの子に近づいたとしても、外に音はまったく漏れない!


 どうやら天は俺に味方しているようだ!


 この好機、逃すわけにはいかない!



 俺はしゅばっと音がしそうなほどの早さ(あくまで俺の中で)でその子に接近する。


 ふふっ。見れば見るほど醜い獣だ。

 この歪な毛玉。この手触りは、一体いかほどのものか。


 たわしのように硬いのか、それともこう見えて、ふわっふわなのか。想像は膨らむが、触らねば確認は出来ない。


 俺は、心を鎮め、指先に神経を集中し、寝息を立てるその子にむかって手を伸ばす。



『あ、相棒。こいつ……』

「オーマ、黙って」


 オーマがなにか言いたそうだったが、俺はぴしゃりと遮った。

 こんないいところで、声をかけてくれないでくれたまえ。


 そりゃ、オーマから見れば、こんな撫で心地も悪そうなのに執着してどうすると言いたかったのだろう。

 でも、それとこれとは別なんだ。


 未知なるモノだからこそ、撫でにゆく。

 触ってみることに、体験することに意味があるんだ!


 なまこや蛸を食べた先人達と同じ。


 誰かが挑戦せねば、その真の味はわからぬもの!



 それがわからないのなら、黙っていなさい!



 俺の雰囲気が伝わったのか、オーマはそのまま黙った。

 よしよし。これで、今度こそ、改めて!



 もふっ……



 こっ、これは……!


 意外!

 意外に、撫で心地がいい!


 毛質は確かに硬いが、硬すぎず、柔らかすぎず。むしろ、この体の大きさに対してこの毛の硬さは丁度いい!


 一見すると柔らかそうな見た目に反し、触れてみるとごわごわしているこの硬さ。


 まるでたわしにでも触れているかのようで、たまにふわりと不意に柔らかい。

 硬い中に突然現れる柔らかさは、海中の岩の上を歩いていたら、突然柔らかいナニカを踏んでしまった感触にも似ている。


 ざらっ。

 よい。よいと思っていたら、手触りが変わった。


 今度はなんだ。これは、想像以上。

 想像以上の、気持ちの悪さだ!


 背筋が、ぞわっとくる。そんな不意打ち。


 良いから悪いへ急転直下。


 柔らかいにも限度があるだろう。

 ふわふわもこもことはまた違った感触。


 そんなものが、たわしの中に突然現れる。 


 よいもあるしわろしもある。


 こんな体験、触れてみなければわからない。

 毛の長さは不ぞろい。しかも千差万別の硬さ。



 不意に変わるこの手触り。多くの者は、この撫で心地を心地よいなどとは思わないだろう。


 しかし、触れるたび違った発見があるこの多様性。


 とはいえ、滑るようなシルクの肌触りはなく、柔らかく、埋もれるような手触りもない。

 あくまで独特な、ここにしかない個性。


 確かにこれはこれで、味があり、奥深いさわり心地がある。しかし、多くの者はいきなり変化するさわり心地の多様性を嫌がるだろう。



 だが、俺は違う。


 これはこれで、悪くない。


 いや、あえて言おう。



 俺は、君のような子も、愛せると!!

 この気持ち。これは、愛であると!



 悪くない。悪くない!


 この地球では味わえなかった不思議な手触り。むしろ悪くない!!



 むにむにと、俺は夢中になってこの子の体を撫で回す。


 悪路をあえて走るスポーツがある。俺は、今、その人達の気持ちがよくわかる!

 甘い、しょっぱいを繰り返して食べる人の気持ちも!


 この不規則な刺激を楽しむこと。


 俺は今、撫でリストとして、新たな扉を開いたと断言出来る!


 こんな愛で方も、いいじゃないか!




 ぱあぁぁぁぁっ!!




「っ!?」


 無言で堪能していると、いきなりこの子が光を放った。


 な、なんぞぉ!?



 光って浮かび上がり、その光は徐々に大きさを変えてゆく。

 猫くらいの小さな獣から、光る人型に変化をはじめたのだ。


 それが立ち上がり、あっちへふらふら。



 がしゃん。


 部屋にあった壷が!



 こっちへふらふら。



 がしょんっ!


 壁にかけてあった絵画が!



 ごとっ。


 ついでにびっくりして立ち上がった俺が、後ろにあった像を!



 いろんなものが床に落ちて、見事に壊れた。


 や、やべぇ。

 勝手に人の部屋に入って、変なことしてペットはおろか調度品までぶっ壊してしまった。


 やべえ。やべえよ。


 小市民である俺は、一気に罪悪感に襲われる。



 うん。よし。

 即座に俺は心に決めた。




 逃げよう!!




 そう、選ぶのはいつもの選択肢!

 俺は基本、これ以外選ばない!!


 えっへん。



「オーマ、マックスとリオの位置を。ここから出発するぞ!」


『お、おう!』


 有無を言わせずオーマに指示し、俺はこの部屋から逃げ出した!

 悪いのは、悪いのは全部、急に人型になったあの光なんですー!


 さっさとこの場からいなくなり、俺は全部の責任をあの子に押し付けることに決めた。


 最低だと思うなら最低と言えばいい!


 見てるヤツがいたらの話だがな!



 すったこらさっさー。




──マックス──




「こちらになります。マックス様」


 拙者は執事に案内され、領主、グラスナンナ卿の居る部屋へ通された。


「おお、マックス君。ひさしいな。君と会うのももう十年、いや、もっとか。あんな小さかった子が、今は世を救ったといわれるサムライの一行の一人というのだから、驚くものだ」


「はは。私はただ、共に居ただけです。私の手柄など、欠片もありませんよ」



 ひさしぶりの再会に、拙者と卿は固い握手をかわした。



「急な面会に応じていただき、感謝します」


「いや、こちらこそ、君が来てくれて、今日の催しを考えて正解だった。まさか、本物が来てくれるとはな」


「それが、サムライを集った理由ですか?」


「うむ。それもある。少しでも人が集まり、なおかつ本物が一人でもくればいいかと思ったのだよ」


 やはり、サムライを呼ぶ確率を少しでも上げるためであったか。



「しかし、わざわざそこまでする必要はなかったようだ」


 卿は、にやりと笑った。



「それは、どういう?」


「ふふっ。まずは、これを見てもらおう!」


 卿は、部屋のカーテンを勢いよく開いた。

 外の様子が明らかになる。


 ここからは、会場に設置されたステージがよく見えた。

 用意された会場では、武をアピールする武闘大会。知をアピールするクイズ大会。さらに一芸をアピールする芸能大会など、五つのアピール会場で、卿の娘にアピールしているのが見えた。


 はて。このステージと通路の置き方。まるで魔法陣のようだ。

 拙者は魔法は門外漢なので、見当違いなことを思っているかもしれないが。



「これを拙者に見せ、なんとするのです?」


「ふふっ。実はだね。私の娘は今、魔女により呪いをかけられ、醜き姿へと変えられてしまったのだ!」


「なんとっ!」


 娘とはもちろん、このパーティーの主役である婿を探す娘のことだ。


 卿の言葉で、拙者はツカサ殿の行動の真意がかちりとはまった気がした。


 ツカサ殿がこの館を見て呪いと口にしたのは、そういうことだったのか!


 ツカサ殿は、気づいていたのだ。

 ここに、呪われた娘が居るということに!


 だからあの方は、その子を救いに、ここにきた……!



 それはわかった。しかし、卿はなぜ、こんなにも自信満々でいる?


 サムライを求めたのならば、娘を助けるため、もっと気を揉んでいても不思議はないのだが……



「魔女のヤツは、私の娘が欲しいと言いおった。私がそれを断ると、ヤツは娘に呪いをかけ、醜き姿へと変えた! 娘の姿は、心からの愛を与えねば元に戻らぬと言い放ちおったのだ! 娘を愛し、戻せるのは自分だけだとな!」


 それはまさに呪い。

 女神ルヴィアを救う時と同じように、条件を満たさねば解けぬ、古の呪術だ。



「だから、私は集めた!」


「お金によって、自分は雇われました」


 卿の後ろに控えていた魔法使いが前に出た。


 魔法使いの説明によれば、やはり、あのステージの下には魔法陣が隠れているのだという。


 集めた者達をステージという名の陣に集め、その気持ちを魔法の触媒とする。

 そうして呪いに愛をぶつけ、解呪しようというのだ!


「これで、完璧です」

「これだけの数が娘に愛を示せば、このような呪い、解けないわけがない!」


 拙者は思わず、眩暈を覚えた。


 ダメだこの男。昔とちっとも変わっていない。

 本当に、金だけでなんでも解決できると思っている。


 呪いというものを舐めている!


 金の力で集めた愛など、心からの愛なわけないではないか!


 その愛は、別のものにむいている愛! そんなもので、呪いが解けるわけがない!



 邪壊王の残した呪いと戦った拙者だからわかる。この方法は、間違いなく失敗すると!


 そして、下手に呪いを刺激すれば、呪いはさらに悪化する可能性さえある!



「さあ、はじめようぞ!」


「はい!」


 テンションの上がった卿は、後ろに控えた魔法使いに指示を出した。

 魔法使いは、杖を掲げ、解呪の魔法を発動させる。


 いかん。

 その力技は……!


 拙者が止めようと手を伸ばしたが、間に合わなかった。



 魔法陣となった各アピールステージの床が輝き、その光は道を通ってこの屋敷へと注がれた。

 直後、まばゆい光がこの部屋を照らす!


「くっ!」


 光に目が焼かれ、思わず目を手でガードする。

 光が収まり、改めて部屋を見回すと……


「とぅるるるる」

「ばるるるるぅ……」


 醜い獣に変わり、どこかもの悲しそうな声をあげるグラスナンナ卿と魔法使いの姿があった……


「どるっ。どるぅ……」

「ばるっ、ばるっ」



「な、なんてことだ!」


 慌てて外を見る。外のアピール場にいる者達は、先ほどと変わらず、アピール合戦に明け暮れていた。

 どうやら呪いにちょっかいをかけ、更なる呪いを受けたのは、この二人のみのようだ。


 少しだけ、安心する。


 しかし、あの獣の姿。これは、会場が開く前、卿がバルコニーで見せびらかしたあの獣の姿。

 皆をドン引きさせたあれが、呪いで変えられた娘だったらしい。


 そうか。ツカサ殿は、あの時呪いに気づかれたのですね。



 しかし、誰もが思わず息をのむほどの醜さ。

 あれを、愛す。


 ツカサ殿といえども、そんなこと出来るのだろうか?

 なんという呪いをかけたのだ。その魔女は!



「愚かなものね」


「っ!」


 振り返ると、部屋の中心に浮かぶ女が居た。



「貴様、魔女!」

 突然現れた女に、卿が声をあげる。


 これが、卿の娘に呪いをかけた魔女。

 なんと妖艶で、禍々しい。まさに魔女と呼ぶに相応しい女……って、ん? 拙者は今、なにか、違和感を覚えた。



「素直にあなたの娘を私によこせば、こんなことにもならなかったというのに」


「だから言った! 百万ゴルドよこせば、やると!」


「金で子を売るな! だいたいそんな金、あるわけないだろ!」


「ふん。愛しているというのなら、このくらい用意して見せるのがスジだろう!」


「愛なら、愛ならある! あたしが、気に入ったというね!」



 ……どっちもどっちな口論だ。

 片方は金。片方は脅迫しての呪い。娘の気持ちなど欠片も考えていない。これでは、まきこまれた娘の方がたまったものではない。



「ふん。大体、娘も元に戻せぬ偽りの愛しか持たぬ者がなにをほざく。下手な解呪をもって自身も呪いを受けて。戻りたいなら娘の呪いを解くことだな。解けるのはあたしだけ。あの子を心から愛してるのは、あたしだけだ!」


「くっ……! なぜだ。なぜ、私の愛が届かない。なぜ、私が獣の姿に! ……って、ん?」

 拳を握った卿が、言葉を途中でなにかに気づいた。


「ん?」

 魔女。


「あれ?」

 拙者。


 全員が、その事実に気づく。



「呪い、解けてるー!」(魔女)


「まことだー!!」(拙者)

「ホントだー!!」(卿)


 なんの脈絡もなく、すでにグラスナンナ卿と魔法使いは元の姿に戻っていた。

 あまりに唐突で、前兆もなかったため、今まで気づくのが遅れてしまった。


 拙者が感じていた違和感。それが、これだったのだ!



「バ、バカな。一体、なぜ!? こいつらの呪いが解けたということは、あの子の呪いも解けた!? あたし以外に、一体誰が! あの子を、誰が愛したというの!?」



 誰がやったか。拙者にはすぐ答えがわかった。

 こんなことが出来るのは、世に一人しかいないからだ。


 やったのは間違いなく、あのお方。

 こうも容易く魔女の呪いを解いてしまえるのは、ツカサ殿以外にありえない!


 一体どうやったのかは剣一筋で術に関しては門外漢の拙者にはわからない。

 だが、ツカサ殿が解いたというのは確信している!


 さすがにこの魔女が邪壊王よりは劣るとしても、呪いの手ごわさは身を持って知っている。その呪いを、ツカサ殿はこの短時間で解いてしまった。


 力の戻ったツカサ殿は、まさに、次元が違うっ!


 完全復活のツカサ殿の凄さをかみ締めつつ、拙者は魔女にむかい、事の真相を話すため、口を開いた。



「誰が解呪したかなど、簡単な話だ。貴様の呪いを解いたのは、ツカサ殿。名を知らずとも、その偉業は知っておろう。二度、世界を救った、無敵のサムライ。今や生ける伝説となったあの方だ!」


「なっ、なんですって……!?」


「解けた事実に疑いはあるまい! 呪いに触れたこの二人が元に戻ったのだからな!」


「そんな、バカな……! あのサムライは、消えたんじゃなかったのか! 伝説は、幻になったんじゃ……!」


 苦しむそぶりを見せた魔女の姿が、さらさらと崩れはじめたのがわかった。

 どうやら、あの呪いは、魔女渾身の呪いだったらしい。


 命をかけての呪いが解かれたことで、魔女自身の命も消えることとなったようだ……


「あたし以外に、解けることのない呪いだったってのに……。まさか、それが……しかも、呪われた姿しか見たこともないヤツに解かれるなんて……!」


 魔女が、消えてゆく。

 だが、その顔は、どこか満足そうでもあった。



「ふふっ。でも、あの獣となったあの娘を愛せる者がいたなんて……人間も、捨てたものじゃないね……」


 そう言い残し、彼女は塵となって消えてしまった。



「魔女が、消えた。倒したのか? 私の対策ではまったく歯が立たなかった呪いを、魔女を。私の金で解決出来なかったというのに、どうして! いや、待て。そうか。そいつの狙いは、私の金か!」


「は?」


 魔女が消えたのを呆然と見ていた卿が、突然そんなことを言い出した。


「そうだ。金目当てだから、魔女を倒せたのだ! そのために、呪いを解いた。私に、礼金をせびるために! そうに違いない! 絶対そうだ!」


 卿はそう叫び、部屋から飛び出していった。


「あ」

「あっ」


 部屋を出た廊下で、卿とツカサ殿はばったりと顔をあわせた。


 二人で顔を見合わせ、どちらも立ち止まる。



『おう。マックス。用件は済んだ。行くぞ』

 オーマ殿が拙者に声をかける。



「イ、インテリジェンスソード! そして、マックス君と知り合い! そうか。貴様か! 貴様が伝説の! ならば、私になにをのぞ……」


「おっと、すみません。俺、急いでるんで! じゃっ!」



 ツカサ殿は卿の言葉を遮り、その顔の前に手をしゅたっとあげ、そのまま来た廊下を戻っていった。

 きっと、別のルートで外へ出るつもりなのだろう。


 卿は、卿に欠片も興味を示さず去ってゆくツカサ殿の背中を、ただ呆然として見送るしか出来なかった。

 先ほど卿は、「私になにを望む。金か、娘か、名誉か」とでも続けたかったのだろう。


 だが、ツカサ殿から出たのは、拙者への伝言だけ。報酬のホの字さえ。それどころか、感謝を求める言葉さえなかった。

 当たり前だ。ツカサ殿は、そのようなもの、求めていないのだから。


 拙者からすると、実にツカサ殿らしい。といういつも通りの行動だが、卿からすると信じられない光景だったのだろう。


 金はおろか、感謝さえ求めず去ってゆくあの方の行動は、金だけを信じてきた卿には理解不能のはずだ。



「グラスナンナ卿。あの方は、金のために呪いと戦ったのではありません」


「なら、なんのためだというのだ!」



「それは、あなたと、その娘のためです」



「娘と……私の?」



 拙者の言葉に、卿は信じられないと目をむいた。



「そうです。あなたは、知るべきだ。金では決して手に入らないものがあることを。金のためではなく、人を救いたいという優しき心で動く方が、世にはいるということを……」


「……」


「ご自分がなぜ、愛する娘を救えず、あの方が救えたのか。その理由を、少し頭を冷やして考えてみてください」


「ふぐぅ……」

 拙者の言葉に、卿は膝をついた。


 ふかふかの絨毯に両手をつき、わなわなと肩を震わせる。


 卿よ。あなたはもう、気づいているのですね。いや、元から、知っていたのですね。ご自分が、間違っていることを。

 でも、認められなかった。認める勇気が、なかった……


 これ以上、拙者の出来ることはない。

 あとは、卿自身の問題だ。


 拙者はそれを確認すると、その場から離れることにした。



 急がねば。このままでは、ツカサ殿に置いていかれてしまうからな。




 ──ちなみにだが、ツカサが言葉を遮って逃げ出したのは、調度品を壊した罪悪感からである。

 発覚すれば間違いなく怒られると思い、気づかれる前にさっさと逃げ出したいと必死だったからに他ならない。


 それ以外に、深い意味なんてまーったくないのだが、なぜか深い意味が出来てしまうのが、ツカサのツカサたるゆえんなのだった。




──リオ──




 おいらは大急ぎで近くの小間物屋で刀(抜けない木刀)と羽織の出来損ないがセットになったサムライ仮装セットなるものを買い、さっき追い出された門をくぐった。


『……っ! こ、これは……!』


 門をくぐり、近くの屋敷に近づいたところで、ソウラがなにかに気づいた。



「どした?」


『はい。彼が呪いという言葉を口にした意味がわかりました。この館の中に、呪いをかけられた者が居ます』


「なんだって!?」


 おいらは一度足を止め、その屋敷。さっき領主が顔を出した屋敷を見上げる。



『でも、どうしてツカサ君はこの呪いのことをわかったの? 私でも、ここまで近づかなければわからなかったというのに……!』


 あとでマックスに言われて知ることになるんだけど、この時グラスナンナの領主様が呪いを解呪しようとして、呪いがパワーアップしたからソウラも気づいたらしいんだ。

 ついでに、呪いをかけられていたのは、バルコニーで持ち上げられてた不細工な毛玉で、アレを見てツカサは呪いに気づいたってことを知るんだ。



「気づいたのは、ツカサだから。が理由かな」


 おいらはそうとしか答えようがない。


 見えないものさえ、いや、未来さえ見えているのかもしれないと思うほど、ツカサの観察眼はトンでもないから。



『私達でさえここまで近づいてやっと気づいたというのに、この観察力。彼の最も恐ろしいのは、ここかもしれませんね』


 誰よりも早く世の危機を察し、救うための最善手が打てる。


 それも、ツカサの凄さのいったんてことか。



「それより、その呪いはどういうもんなんだよ。女神サマがかかってたのよりトンでもないのか?」


『流石にあれ以上の呪いは今の世にはありません。ですが、この執念の力、劣るとはいえ、かなり強力なものでしょう』


「マジか」


『この呪いの強さからみて、いくらサムライといえども、正攻法以外で呪いを解くのは難しいと思うわ。無理に呪いを解こうとすれば、ルヴィア様の呪いのように、下手すれば消滅さえありえます……』



 呪いを解くってのは簡単なことじゃない。

 実際に女神サマにかかっていた石化の呪いを解いたことのあるおいら達は、その大変さをよく知っていた。


『この波動の強さからみて、マリンを加えた私達でも数ヶ月は準備を要するでしょう』


 邪壊王の時は半年かかったわけだから、その半分の期間でも十分にスゲェ呪いだ。


 ツカサはそんな呪いに、たった一人で挑みに行っちまったってことか!?



『ですから、早く合流しに行きましょう。いくらツカサ君といえども、一筋縄じゃいか……なく、なかったみたい……』


「は?」


 突然ソウラの口調が尻すぼみに弱くなった。



『……呪い、解呪、されました』


「は?」

 あまりの弱々しい声に、おいらの耳でも聞き取れなかった。



『ツカサ君が、呪い、解いちゃいました……』


「……あ、うん」


 なんとなく、そうなる気はしてた。



『う、うそ。嘘でしょ。こんな強力な呪いを、こんなにあっさり解いてしまうなんて。正解がわかっていないと絶対無理ですよ。無理なんですよ……!』


 まだツカサの無茶苦茶をあんまり目の当たりにしたことないソウラの動揺が激しい。


 おいらはダークカイザーと戦う前の、全盛期のツカサを知っているから、正直そこまで驚きはなかった。



「相変わらず、トンでもない人だなあ……」


 素直に、そんな感想しか出てこない。


 ツカサはきっと、最初から、自分ひとりで一瞬で終わるとわかっていたんだ。


 だから、おいら達はここにいていいって言ったんだ。

 だから、おいらを待たずに行ってしまったんだ。


 ツカサがいれば、女神サマ復活に半年もかからなかったんだろうなぁ。なんて見当違いなことを思ってしまうほどだった。



『はあ。なんなんですか、あの子は』


「あの子って、ツカサのこと?」


『そうです。ツカサ君を見ていると、私どんどん聖剣としての自信がなくなっていきます。私はなんのために、ルヴィア様から世界を任されたのでしょう……』


「あー、その無力感。そいつはオーマも通ってた道だな。自分は本当に必要なのかって。でもよ、ソウラはまだマシだと思うぜ。だって、オーマと違って、ソウラはおいらに絶対必要だからよ。おいらはソウラがいないと戦えない。これでも、頼りにしてるんだぜ?」


『リオ……』


「おいらの言葉じゃ自信にはならないだろうけどさ、おいらはソウラのおかげでなんとかツカサについていけるんだ。だから、自分は頼りにならないとか、そんなこと思わないでおくれよ」


『そう、ですね。ごめんなさい。リオ。あなたのおかげで、私は自分の役目を思い出せました。私は聖剣ソウラキャリバー。聖剣の勇者を導き、共にあるもの! 今の勇者はリオ、あなたです。そのあなたをサポートせず、なにが聖剣ですか!』


「その意気だ! これからも、頼むよ!」


『任せてください!』


 おいらは胸元にあるソウラを、ぴんとはじいた。



「あ。リオ。ちょうどいい。今からこの街、出るぞ!」


 館の入り口から、扉を蹴飛ばさん勢いでツカサが出てきた。



「あ、うん。わかったよ!」



 ツカサについて、おいらも走り出す。


 やっぱり、ツカサの目的はあの呪いを解呪することだったみたいだ。


 つまりは、全部終わった。

 だから、この街にはもう用はない。


 呪いを解いてきたってことは、間違いなく騒ぎになるから、ツカサはいつも通り居なくなるってわけなんだね。



「まってくだされー!」


 少し遅れて、マックスが出てきた。

 おいらと並走する。


 ツカサはけっこう先を走ってる。


 せっかくだから、なにがあったのか、聞くことにする。



 マックスが、ことと次第を簡潔に説明してくれた。



 あの婿探しをしてる領主の娘が魔女に呪いをかけられてたのかよ。


 それを聞き、さらにぴんとくるものがあった。



 このままいたら、間違いなくその娘との婚約話になる。


 それに気づくと、マックスもその通りだと小さくうなずいたのがわかった。

 今回ばかりは、ツカサをさっさとこの街から連れ出すのはおいらにもマックスにも利がある。


 わざわざここで、強敵に餌をやる必要はない。


 マックスもそれに気づいているから、ツカサをひきとめようとしない。

 素直に、この街から出るのをお手伝いしているってわけだ。



 こうしておいら達は、乗合馬車に乗り、この街をあとにする。



 あとで聞いた話だけど、あの領主は世界を救ったサムライを婿にむかえると宣言し、集まった人達全員を失格にしたそうな。

 そして、本物のサムライ。つまりは、ツカサを探しはじめたらしい。


 おいら達の勘はばっちり当たってわけだ。




──オーマ──




 館に入って、すぐわかったぜ。

 相棒が、なにを目指しているのかな。


 確かに、相棒が言ったとおり、『呪い』だった。


 この屋敷の中に、何者かに呪われたヤツがいたんだ。



 相棒の要望どおり、そいつの元に連れて行く。



 だが、近づいてみて、わかった。


 この呪い、とんでもねぇ。


 あの女神を封じていた邪壊王にはとどかねぇが、その執念はハンパねえものを感じた。

 下手な覚悟で解呪しようとすれば、同じ目にあいかねねぇほどだ。


 女神の時と同じく、きちんとした解呪法をとらねぇと、絶対に解けないとわかるほどの、禍々しい呪いがかけられていたんだからよ。


 呪いってヤツが手ごわいのは、おれっち達は邪壊王のヤツで経験済みだ。

 慎重に触れなきゃならねぇ。


 だってのに、相棒はそいつを見つけた瞬間、ためらうことなく近づき、それに手を伸ばしたんだ。



『あ、相棒。こいつ……』

「オーマ、黙って」


 こいつはやべぇ。そう告げようとしたが、相棒の有無を言わさぬ言葉で黙らされた。


 この雰囲気、相棒、マジでやる気なのか!?

 たった一人で、いきなりこの呪いに挑むつもりなのか!?


 相棒は一瞬集中したかと思えば、そのまま優しい手つきでその呪いをかけられ、毛むくじゃらの怪物となった被害者を撫で回しはじめた。


 時に優しく、時に柔らかく。

 これが、解呪の条件?

 なにをしているのか。おれっちにもわからねぇ。


 ただ、撫で回しているようにしか見えなかった。



 だってのに……




 ぱあぁぁぁぁっ!!




 相棒が触れただけで、呪いは、消えうせちまったんだ……!


 光が呪いを受けたヤツを包み、ゆっくりとその姿を人の形へと戻して行く。


 それは、信じられねぇ光景だった。



 相棒は、ぱっと見ただけでその呪いの条件を理解し、触れただけでそれを解除しちまったんだから。


 相変わらず、鮮やか過ぎてなにをしたのかさっぱりわからねぇ。



 わかるのは、呪いが完璧に解かれたって結果だけだ。


 後遺症一つも残らねぇだろうほどにな。



 あの短時間で、どうやって条件を満たしたのかもわからねぇ。

 あとからマックスに聞いた条件によれば、この呪いは心からの愛を与えた時解けるという。


 なら、相棒は、このトンでもねぇ醜さの獣と化した嬢ちゃんを愛したってのか?

 だが相棒がしたのは、ちょちょいと触れて撫でまわしただけ。


 これが愛だってんなら、誰にだって解呪出来たはず。


 それとも相棒はすべての命を愛している博愛主義者で慈愛にあふれているから、それでOKだったってことか?



 二度も自分を犠牲にして世界を救った相棒だから、その溢れんばかりの愛が呪いを打ち破ったって可能性は否定出来ねぇ。


 だが、相棒のことだから、そんな条件さえ無視して、呪いそのものを消し飛ばしちまった可能性も十分あり得る。

 その難易度は、解呪の条件を普通に満たすより、何百倍も難しく、おれっち達が必至に解除した女神の封印さえ超えるほどだ。


 力を完全に取り戻した相棒なら、ただ触れているように見えて、そんなことを軽々とやりとげちまってもおかしくはねぇ。


 それをやった可能性はゼロじゃねぇし、愛なんて不確かなことよりよっぽど可能性が高ぇだろう。



 あとで相棒がいねぇ時、ソウラに自慢してやったらあいつ絶句していたぜ。

 どうやら、相棒の解呪はあいつの想像を超えてたみてぇだ。



「オーマ、マックスとリオの位置を。ここから出発するぞ!」


『お、おう!』



 解呪も終わり、嬢ちゃんが元に戻りはじめたらもうこれだ。


 あまりの鮮やかさに惚れ惚れする暇さえなく、仕事が終わったらグッバイしちまうんだからな。

 せめてこの被害者の娘にくらいは顔を見せてやってもいいかもしれねぇのに。



 まあ、あんま長居していると、今度はマックスが届けなきゃならねえ親書の配達に支障が出てくるからしかたねぇけどさ。


 マックスとリオを途中で回収する。

 どうやら今回はあの二人も『呪い』の意味を理解してたみてぇだ。


 ここに用はないってことを理解し、あっさりついてきやがった。



 あの二人も、前よりかは成長してるってことだな。

 ま、今回は相棒のヒントもわかりやすかったってことだけどよ。




──グラスナンナ卿──




「お父様」


 廊下で愕然としていた私の前に、元の姿に戻った娘が姿を現した。



「おお、おおお……」



 顔をあげ、その姿を見て安堵する。

 本当に、呪いが解けた。


 娘は本当に、亡き妻によく似ている。早逝した妻の分も。と、この子には不自由させないよう私は努力してきたつもりだった。

 だが、それはすべて、間違いであったと気づかされた……


 そうだ。私は知っていたではないか。

 妻の心は、金などでは買えなかったということを……


「やっと、わかってくれたのですね?」

 娘が、そっと私の手を握ってくれた。



「ああ。ああ! やっと、わかった。私は、間違っていた!」


「お金だけがすべてではないと、やっとわかってくれたのですね?」


「そうだ。なんでも金で与えるのは愛ではない! だから、頼む。私にやり直すチャンスをくれ。お願いだ!」


「もちろんです。あの方は、そのために私を救ってくださったのでしょうから。もう一度、やり直しましょう。今のお父様なら、心から、家族を愛せます」


「ああ。ああ!」


 私は娘の手を取り、涙を流した。


 私は、金で決して手に入らぬモノがあると知った。

 この年で、私は人として一つ、成長することが出来たのだ……



 こうして、グラスナンナ領主家族を襲った魔女の呪い事件は、人知れず終わりを告げた。



「それで、お父様、一つお願いがあるのですが……」


「うむ。言ってみなさい。金で解決出来ることも、出来ないことも、どちらもなんでもかなえてみせよう!」


 ただ、今回のお前の願い、かなえるのはちーっとばっかし難しそうだ。

 なんせ彼は、金では手に入らない部類に入るからな……




──魔女──




 あたしは、消える。

 渾身の呪いを破られ、塵になって消える。


 だが、悔いはない。


 だって、あの姿と化した獣さえ愛する存在がいるとわかったから。

 そんなことはありえないと、全てを否定するためにかけた呪い。


 それが、覆されたから。



 呪われた姿とわかっていても、あのような醜き獣を愛する者が現れるなんて……



 ありえないと思う。

 だが、ありえた。


 あの醜き姿は、私を現した姿でもある。


 つまりは、私だって、誰かに愛してもらえたはずなのだ……


 あぁ。私は、人間を信じるべきだった。

 気に入った人間を無理に愛させるのでなく、私を受け入れてくれる人間を探すべきだった……



 塵になりながら、私は涙を流す。


 この涙は、嬉し涙だろうか? 悲しみの涙だろうか?


 今となっては、そのどちらでもいい……



 ありがとう。サムライ。

 君は、あの二人の親子だけでなく、私という獣さえ救ってくれたのだ……


 世を救う伝説に、誤りはなかったようだ。



 まさか魔女とさげすまれたこのあたしが、感謝の念を覚えながら消えられるとは思わなかったよ。


 サムライよ。

 君の旅に、幸運を……



 あたしは満足し、そのまま闇の中へと消えていった……




 おしまい

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