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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
66/88

第66話 温泉と耳かきと王国特使


──マリン──




 世紀の大魔法使い、マジカルオジカルマリンちゃんだいふっかーつ!


 宿で部屋とって夜までぐっすりお眠りしたら頭はっきり、気分すっきりと最高の状態だわよ。



 寝てる間なんかどったらばったらどっかんぼっかんしてた気もするけど、地獄帰りで疲れていた私にはさっぱりわからなかったわ。


 今も外、なにやら騒がしいわね。


 でも、私はそれを確認しに行く気はない!



 なぜなら、ツカサ君を復活させるという大仕事を終えてきたあとで、まだ完全じゃないから!



 さて、一つ質問よ。


 みんな、火山と言えばなにを思い浮かべるかしら?



 噴火? 溶岩? マグマ? 毒ガス? 色々想像出来るわよね。


 でも、火山にて忘れてはならない要素が一つ。



 地の底で熱せられ、地表に沸いてきた温水の溜まり場。



 そう、温泉っ!



 火山も近いだけあって、この村には天然の温泉が山ほどあるわ。

 家々には掘ってわいた温泉をそのままかけ流しにしているところもあるとか。


 隣の帝国領にも近く、その土地の多くは山から流れ出た溶岩に覆われた不毛の土地。

 そのグラフストン地方唯一の長所。


 それが、湧き出る温泉!



 私がヘロヘロになって叩いた宿も、村唯一の存在だけど、露天風呂までそろえた憩いの宿なの!



 ぐっすりと眠って気分は最高だけど、体の奥底に渦巻く疲れはまだまだ残っているわ。


 それを取り除き、完全完璧正真正銘の美少女魔法使いマリンちゃんに戻るには、温泉ですべてをとろけらせるのが必要ってわけなのよ。


 一応、地獄に行っての汚れや寝汗なんかは魔法でどうにかして清潔さは保っているけど、精神的な汚れってのはまだまだ落ちてないわ。


 この汚れが落ちなければ、とてもじゃないけど周囲のことに注意をむける余裕なんてないわけよ。


 つまり、だから……えーっと、色々理由つけようと思ったけど、めんどくなっちゃった!



 私は今、温泉に入りたいの。はい、終わり!


 ツカサ君の方はあの二人がいるからどうにでもなるでしょ。

 もう夜だし。きっと合流してこの宿で休んでるわよ。


 はい。そーいうわけだから。



 温泉、行くわよー!



 自前の桶を取り出し、準備は万端。


 さあ、温泉に行くわよー。さばーん。ざぶーんと!




──マリン──




 イン、温泉!



 はぁーん。とろけるぅー。


 露天風呂。まるでプールかと思うほど広い温泉は私一人の貸切だった。

 そりゃそうよね。なんでかしらないけど、お客はさっぱり。今日のお客は私ご一行のみなんだから。


 空には輝きを増した星々が輝き、月明かりが大の字に浮かぶ私の体を照らしている。


 ちなみに、この大の字ってのはみんなにわかりやすいようにの表現よ。大って文字を私が知ってるわけじゃないわ。訳したらわかりやすいようにって、私の気遣い。気が効く私、さすがよねー。



 あー、泳げるほどの広さあるってさいこー。


 お風呂、大好きー。



 ぷっかぷっかと湯船に浮かびながら、そんなことを思う。



 魔法使いって魔法の研究で一度研究室にこもると中々外に出なくて、お風呂に入るのも億劫とかいうイメージあるみたいだけど、私は違うわ。


 きっちりお風呂に入って体だけじゃなく頭も休ませる。

 そうすることでリフレッシュし、行き詰まって袋小路に入りこんだ思考をリセットするわけよ。


 ずっと同じ場所でぐるぐる思考を回らせていても、いいアイディアは浮かばないからね。

 ほら、お風呂とかトイレにこもってみると、なぜかぴんっ! とひらめくアレよ!


 そういうこともするから、私はきっちりお風呂に入るわけ。


 そう。出来るオンナは違うの!



 まあ、アイディアがぴーんとひらめいても、すっきりして戻ってみると忘れてることがあったりするけど。

 人間てアレよねー。不思議よねー。



「あ~、よいよいっ」


 地獄に行ってからゆっくりお風呂にも入っていられなかったし、ツカサ君も見事帰って来たし。今日くらいはホントのんびりしてもバチはあたらないわよね。


 星空を肴に、鼻歌を歌う。



「……なにしてんの、マリン?」


 優雅(自称)に湯船に浸かっていたら、リオちゃんが呆れたように私を見おろしていた。

 視界に入る、私をさげすむように見おろす視線。


 それ、イイわねっ!



「なにって、見ての通り、優雅にお風呂に決まっているじゃない」


「おいらには日干しになったカエルが漂ってるように見えるけどな」


「酷いわ! この綺麗に広がった髪と、体にまとわりつき、見事に見えちゃいけないところは見せない際どい演出。それがわからないのかしら!」


「いや、意味わかんねーよ。湯船に入るなら髪纏めろよ。あとで面倒だろ」



 正論を言われてしまったわ。



「むー。この良さがわからないなんて。これで男の子はいちころなのに! サービスシーンなのよ、今!」


「いや、誰も見てねーだろ」


「そうね。見てたら間違いなく地獄見せるわ」


「なんだその理不尽。見せるためなのに見たら死ねとか、なにがしたいんだよ」


「リオちゃんが見てるじゃない? うっふん」


「おいらに見せてどーする。ほら、入るから、邪魔」



 タオルで前を隠したリオちゃんの方についーっと流れていったら、邪魔言われたわ。


 でも、いいの、この見上げる絶妙なアングル。

 ここから、リオちゃんが隠すタオルの下をみあげ……



「邪魔だって言ってんだろ」



 頭を手で押されて、そのまま岸から離されてしまった。


 せめて、せめて足でやって。そうすれば色々見えるから。新世界の扉、見えるから!



『とりあえずリオ、私を彼女に渡して湯船の底に沈めてしまいましょう』


「そーすっか」



「じょじょ、じょーだん。じょーだんよ! 流石に聖剣を重石にされたらいくら私でも潰れるわ!」



 アップにしたリオちゃんの髪の所から、聖剣様のお言葉が聞こえた。

 ペンダントトップと化したそれが、髪留めとしてくっついてるのね。


 おさらいとして言っとくけど、聖剣ソウラキャリバーは選ばれし者以外が持つととんでもなく重いの。

 それはペンダントの状態でも同じ。


 色々魔法で机に置かれた場合は重力を軽減出来るように(私が!)調節したけど、聖剣様の意思でオンオフが可能なため、ぽん。とお腹に置かれでもしたら、体力のない私はそのまま湯船の藻屑と化してしまう。


 今魔法補助の道具(魔法の杖など)なにももってないから、聖剣の抵抗を打ち破れないだろうから、なにも出来ずに沈むしかできないわけで。


 さすがにそれは、避けたい。


 誰よ聖剣ちゃんを小さくして持ち運べるようにした天才は!

 ほんと、困っちゃうわね。天才は。


 天才だから!



『ならば、ルールをお守りなさい』


「はーい」



 立ち上がり、濡れた髪を魔法でちょちょいとまとめ、それを湯船の横に置いておいたタオルでくるむ。

 魔法の杖がなくとも、これくらいならちょちょいと可能なのだわ。



 体にからみついた髪もなくなり、私の体を水滴がいくつも流れ、私のナイスヴァディが月明かりの下であらわになった。


 ポーズをとって。



「どんっ!」



 無意味に声をあげて、リオちゃんに見せつける!



「いや、なにやってんの?」


「んー。自慢、かしら?」



 リオちゃんの視線が、私のお胸からお腹、腰へ移動する。

 リオちゃんの目が、死んだ!



「サイッテ-だな。相変わらず!」


「ぬっほっほ。女の子にそんなこと言われるなんて、最高ね」



「この自由さ、完全復活してやがる」


 リオちゃんがまた呆れた。


 ふっふーん。しっかり寝たからね。

 温泉にも入ってるから、もう完全復活と言っても過言ではないわ!



『本当に、自由ですね。いつか討伐令を出されても知りませんよ』


「気をつけまーす」



 実は何度か出されてるというのは秘密よ!



 湯船に入ったリオちゃんのお隣へ移動する。



 ちゃぷんと湯船に入ると、お胸がぷかーっと浮かんだ。


 はー。楽。

 お風呂が好きなのって、この重さから解放されるからかもしれないわー。



「そういや、おいらの母さんも風呂に入った時浮かんでたな」



 どこか懐かしそうに、リオちゃんは空を見た。


 でも、空にはいないのよね。彼女。

 なんせ地獄で会ったし。


 確かに、あのお母さまは美人でナイスバディだったわね。アレでおとーちゃんをたぶ……



『マリン?』



 ……ら、かしたわけじゃないわね。聖剣様、鋭すぎないかしら。やっぱ剣だから、そっちも鋭いのかしら。

 いけない。あんまり変なこと考えていると、ここで討伐令出ちゃって真っ二つにされかねない。


 このお話は終わり。はい、ふぁい、終わり!


『よろしい』


 ゆるされた!



 ぱぱーんと、私は天にいる女神様に感謝する。

 別に私女神信徒じゃないけど。


 どうでもいいけど、さっきから怒られてばっかりだから、ソウラちゃんのこと聖剣様としか呼べなくてびっくり。

 いや、自業自得だけどね。てへっ。



「……」


 お隣では自分のお胸と私のお胸を見比べて、自分のをふにふにしてるリオちゃんがいた。

 私のどーん! と、リオちゃんのちょーん。の差を感じ、どこか不思議そうにむーっと唇を突き出している。


 ちなみにどーんとちょーんと表現してあるのがなんなのかは、まあ、察しなさい!



 なんでしょうね。女の子のこういうところ見てると、たぎってくるわ! あ、ごめんなさい。聖剣様、言わなくてもいいです。自重します。



 とりあえず、お母さまは私に負けないくらいだったから、娘のリオちゃんもその位に成長する可能性は十分にあるわ。

 まだまだこれから伸びるはずだし、希望は捨てる必要はないわ。


 なんなら、誰かに育ててもらってもいいわけだし。


 例えば、私とか! 私とか! ツカサ君とか、私とか!!



「リオちゃん」


「んー?」



「揉むと、イイって聞いたわよ」



「……」


「だから、洗いっこしないかしら?」


「目的がわかりやすすぎる!」


「大丈夫。変なことしないわ。リオちゃんの体を隅から隅まで撫で回させてくれればいいから!」


「前半と後半で言ってることが明らかに違うだろ!」


「ダメ?」


「今の発言でオーケーが出ると思ってる方がおかしい。このアホ」


「ぐへへー」


「せめていつもの、てへ。で誤魔化せよ」


「てへー」



 ぴゅーっと、手を組みあわせ、お湯を私の顔に吹きつけた。



「おせーよ」


 そう言い、リオちゃんは笑った。

 えっへっへー。こうしておふざけするのも、帰って来たからよねー。



「やったわねー」


 私も同じように……



 すかっ。



 手を組み、水を吹こうとするが、出たのは空気だけだった。



 すかっ、ぶすっ。すくぅ。


 水交じりの変な音しかでない。



「……」

「……」


「ていっ!」


 最終奥義。水で手ですくってバシャッとかけるのよ!



 リオちゃんのお顔が温泉水まみれ。



「やったなっ!」

「やったわっ!」


 ばしゃばしゃと、二人で温泉のお湯を掛け合う。



 こんな風におふざけしあえるのも、ツカサ君が無事戻って来たおかげね。


 あの日、彼を見送った時はどうなるかと思ったけど、こうしてリオちゃんとまた笑い会える日が来るとは思わなかったわ。



「おおー、ここが露天風呂かー」



 タイミングよく、その張本人が隣の男湯に入ってきたようだわ。




──マックス──




「おおー。温泉。これだけ広いのは凄いな」


 ツカサ殿が宿の露天風呂を見て、感心している。


 拙者達は今、今日の宿となるグラフストンの村にある宿屋にて一息ついていた。



 宿の外では、ツカサ殿が引き起こした噴火により割れた平原のあれこれでてんやわんやとなっているマイク達グラフストン警備隊がいるが、拙者達はそちらにノータッチとなった。


 噴火の検分、その他に関わらず、宿にてのんびりと夕食をとって風呂という流れになったのは、平原が割れたのは自然の噴火であるという正式見解を出すためだ。


 下手にツカサ殿が前に出なければ、余計な疑いをかけられることもない。

 もっとも、ツカサ殿がここにいたと言っても、コレを引き起こした証拠など欠片もないが。


 唯一、サムライを知り、ツカサ殿を知るものだけが、ああ、きっと彼が……と確信にも似た感想を抱くのみであろう。



 これらのことから、拙者達のやるべきことは、のんびりと宿で過ごし、今日までの疲れを癒す。というのが拙者達の役割だ。



『辺鄙な村のわりにゃ、エラク広いな』


「ここは時に警備隊の宿舎として使われることがありますからな。それ相応の広さもござるのです」

『御意』


 ツカサ殿の手にあるオーマ殿の疑問に、拙者とその手にある拙者の愛刀、サムライソウルが答えを返した。

 通常の武器ならば風呂。しかも温泉に持ちこめばその刀身に大きなダメージを残す結果となる。


 しかし、サムライの持つ刀は、そのような普通に当てはまらず、むしろ温泉に浸かることで切れ味が増したりもするのだそうだ。


 オーマ殿曰く。


『ふっ。このおれっちをそんじょそこらのなまくら刀と一緒にしちゃいけねえぜ。温泉や塩水に浸かったくらいで錆びちまうような、ヤワな鍛え方なんざしてねえってもんだ。むしろ汚れも落ちて、切れ味も増すってもんよ』


 とのことだ。

 拙者のサムライソウルも拙者の体調一つで切れ味が変わったりもするので、彼等を普通の武器と同じに考えてはならぬのだろう。


 これは、聖剣ソウラキャリバーも同じにござる。


 魔剣聖剣の類は宿ったその魔力により自己修復などが行われるゆえ風呂に入れても大丈夫なわけですが、サムライの刀も同じというわけにござる。

 むしろ生き物に近いというのが拙者の感想ですが(拙者のサムライソウルなんて拙者の半身ですし)


「まあ、共に温泉を楽しめるというのだから、むしろ良いことだ(そうすりゃ、風呂でも話出来るからな。居てもらった方が助かる)」


 とツカサ殿はおおらかにおっしゃっていたのが印象的にござった。



「今回は拙者達で貸切も同然ですので、広くも感じますが、隊が来るとむしろ狭いほどですよ」


「へー。そうなのか」


 昼間(前話で)リオに説明しましたが、拙者もここの防衛任務に騎士団と共に来たことがありますゆえ!



「そういうわけがありますから、この宿の露天風呂は男湯の方が広いのです。隊の男女比を考えれば、圧倒的に男児の方が多くなりますからね」


『今のおれっち達にゃあんま関係ねー話だな』


「豆知識ってヤツだね」



「というわけにござるから、ツカサ殿、お背中を流させてください!」


「え? なにがというわけ? どういうわけ?」


「お気になさらず! これは、拙者のいた隊の伝統みたいなものにござる。ここにきたら、他者の背中を流す。そういう伝統に!」


 今、拙者が作った伝統にござるが!


『せっかくだから、洗わせてやったらろうだ、相棒』


「まあ、背中なら別に拒む理由もないからいいけどさ」


 やれやれと、オーマ殿の説得に従い、ツカサ殿は呆れながらもそのお背中を拙者に預けてくださった。

 ツカサ殿の柔肌を流せる。光栄の極みにございます!


「んじゃ俺は、オーマのことでも洗ってやろうか」

『マジか。優しく頼むぜ』


「まかせとけ」



 拙者達は並び、ツカサ殿が持っていた香りのする石鹸をタオルで泡立て、そのお背中を柔らかタッチで流させてもらう。


 ツカサ殿はツカサ殿で、オーマ殿のツバや鞘を洗っている。


『おお、お゛お゛お゛~~』

 オーマ殿から、言葉にならない言葉があがった。

 なんと、ツカサ殿のてくにっくは、刀のオーマ殿まで唸らせるというのか……!


 そんな、オーマ殿を洗う、ツカサ殿のお背中。

 その何気ないお姿を見て、拙者はどこか感慨にふける。


 邪壊王を自分達の手で倒し、ツカサ殿の手を煩わせないなどと考えた、拙者達の愚かな行動によりツカサ殿が消え去り半年余り。

 その背中をまたこうして見ることが叶うとは、夢のようにござる……!



「ん? どしたの?」



 思わず手が止まってしまった拙者に、ツカサ殿が疑問の声をあげる。



「いえ。ツカサ殿と再び触れ合えるこの喜びに、感動しておりまして。ツカサ殿が消え、女神殿に復活を願い申しましたが、ツカサ殿は拙者達の醜態に呆れ、あのまま異界(天界)ですごすかもしれないと、このお姿を見るまで、不安で不安で、たまりませんでしたから!」


 こうして背中に触れられる。

 この安心感は、触れている今だからこそ味わえる。


「そっか。あっち(地球)のことも女神様から聞いたのか」


「はい。争いのない、平和な世界だとか……」


「だからか」


 ツカサ殿が、どこか納得したようにうなずいた。

 拙者達の不安を、わかってくれたかのように。



(そっか。女神様は俺が弱いということだけじゃなく、異世界から来たってことも伝えたのか。ホント、全部説明してあるんだな。みんな、それを理解して、その上でもう一度俺に会いたいとか、覚悟の上で俺を呼んでくれたんだな。嬉しいこと言ってくれるじゃないか)



「確かに、あっちもいい世界だよ。でも、こっちにはマックス達がいるだろ?」


「それは、どういう……?」


「俺だって、マックス達がいるから、この世界に戻ってくる気になったし、あの時も無茶出来たってことさ」


「???」


 拙者達がいたから。というのは感激する部分なのでしょうが、あの時も無茶出来たというのが理解出来ません。

 拙者達がいたから出来た無茶など、ツカサ殿にあるわけが……


 直後、隣の女湯で聞き耳を立てていたリオ達と共に、ツカサ殿の発した言葉に、拙者達は信じられない思いをする。



「マックス達ならきっと、女神様をどうにか復活させてくれると信じていたから、俺はあの時、この世界からいなくなるって行動が出来たんだ」


「へ?」



 ツカサ殿の言葉に、拙者は固まってしまった。


 一瞬、ツカサ殿の言葉がなにを意味しているのか、さっぱり理解出来ませんでした。


 マリンに残した女神を復活させよというあの言葉は、てっきり拙者達に残した希望。道しるべだとばかりに思っていました。

 あの言葉があったからこそ、拙者達は絶望せず、今日という日を迎えられました。


 だが。


 だがっ……!



 あれの真の意味は、拙者達ならやりとげてくれるという、ツカサ殿の信頼の言葉であった……!?



 だからツカサ殿は、あの時平然と命をかけられた。


 拙者等が、必ずこの世界に呼び戻してくれると信じていたから!



 あの日あのような愚考をしてしまった拙者達だというのに、ツカサ殿はご自分の命を預けてくれたというのですか?

 そこまでの信頼が拙者達にあったから、あの時ツカサ殿はあの選択が出来たというのですか!?



「だからむしろ、感謝するのは俺の方さ。また、俺をこの世界に呼んでくれてありがとう。マックス、リオ、オーマ。それに、サムライソウル。あ、あと、マリンさん」



「おろろーん!」


「っ!?」



「感謝など、感謝の言葉をのべるのはむしろ拙者達の方! あの日、あの時、どれほど後悔したか! なぜ素直にツカサ殿に助力を頼まず、自分達だけで解決しようとしたか、なのに、なのにあなたはっ! そんな拙者達を信頼してくれたっ! それだけで。それだけで拙者はもう!」



 自分の命を他者に託す。

 そのような決断、容易く出来るわけもない。しかも、自分より劣る者達に!


 それでも、ツカサ殿は信じてくれた。

 拙者達に、あの愚考を償うというチャンスを与えてくれた。


 世界を救うだけでなく、自分も、拙者達も救える方法を、ツカサ殿は選んでいたのですね!



 思い出す。

 最後の別れの言葉を。


 あの方は、ツカサ殿は、拙者達に向け、「また会おう」と言っていたことを。



 つまり、ツカサ殿は最初から、死ぬ気などなかった!


 最初からここに戻るつもりで、すべてを拙者達に託していたのだあぁぁぁ!



 なんと、なんという、器の大きなお方なのだ……!

 ツカサ殿は拙者達のはるか前を歩きながら、時に立ち止まり、手さえ差し伸べてくださっている!


 このような言葉をいただけるとは、感謝、感激、大感動にございます!



「え? なに? なにが? なんで?」



 さすがのツカサ殿も、拙者が泣き出すとは思ってもいなかったのでしょう。

 でも、これは仕方のないことなのです。


 ここで泣かずにいられるわけがない。


 だって、これほど嬉しいことなどないのだから!



「拙者、ツカサ殿について行こうと思ったことを、これほど誇りに思ったことはありません! どうか、どうかこれからも、不肖な拙者達を、よろしくお願いいたします!」


「お、おう……」



 困惑するツカサ殿の言葉を聞き、拙者はさらに感無量となりもうした。


 もう、感涙にむせび泣きながら、ツカサ殿の背中を隅から隅までぴかぴかにお流しさせていただくしだいにございます!


 この行動には少々ツカサ殿もひいておられましたが、その分ぴっかぴかにいたしますから!



 そして同時に、拙者は密かに誓う。

 次こそは、あのような失態を犯さず、しっかりとツカサ殿の隣に立ち、共に世界を救えるよう強くなろうと。


 拙者はそう、心に誓う。



 次こそは、共に! と!!




──マリン──




「おろろーん!」


 男湯で、大の大人が一人、男泣きをはじめたわ。

 ったく。いきなりなにを話しはじめるのかと思えば、男の子ってのはなんてこう、おばかなのかしら。



 でも、泣きたくなる気持ちはわからなくもないわ。


 これほど帰ってきてくれてよかった。と、苦労してよかった。と思える人は貴重だもの。


 神の御業と勘違いするほどのことを容易く実現させてしまう実力。

 それでいて自分以外の者も信頼し、その身を任せることが出来る器。


 これだけのモノがそろっているのだもの。彼に魅了され、彼を王と仰ぎたい者は多くいるはずよ。



 彼に野望がないことだけが、幸いだわ。



 彼がその気になれば、建国王初代キングソウラ以来の大国を築くことになるでしょうね。下手すれば、世界を統一出来る。

 でも、彼はそんなことはしない。実際にそれをやろうとすれば、多くの血が流れることになる。

 せっかく得た平和を、乱すことになる。


 彼は、そうして民が傷つくことをよしとはしないだろう。



 だから、影から力なき人々を守る。



 そうすることで、多くの為政者はよき政治をしようと心がける。

 悪党は、彼の噂を聞くだけで震え上がる。



 せっかくのカリスマがもったいない気がするけど、彼は本当に、権力者の味方ではなく、民の味方なのだわ……



「うう……」


 気づけば、私の隣で、リオちゃんも目元を手で拭っていた。


「あら」


「な、泣いてねぇよ。温泉のお湯に濡れてるだけだよ! さっきマリンとばしゃばしゃやってたせい!」



 そうしておきましょうか。


 最後の最後でやらかしたと思ってたのに、実はちゃんと信頼されていたってわかったら、そりゃ嬉しいわよね。



「そういう、マリンだって!」


「なんのことかしらー」


 私の方はもちろん、あれよ。あくびが出ちゃっただけ。まだまだお疲れなの。わかる?



 そういうことだから、温泉シーンは、もう、おわりっ!!




──マリン──




 あー、いいお湯だった。


 ほこほこに火照った体に冷たい水を流しこんでほっと一息。


 感動のお話とかもあって、リオちゃん他は先にギブアップしちゃっても、私はさらに入ってとろけるかと思うほどのんびりさせてもらったわ。

 やっぱり疲れた体にお風呂は効くわねー。温泉ならさらに倍率ドン! これでまた、ぐっすり眠れそうだわ。



 部屋に戻ろうと、廊下を歩いていると……



「なあ、いいだろツカサ。おいら、あの時のことが忘れられないんだ」


「なんだよ、会って早々我慢出来ないのか?」



「っ!!??!?!?!?!?」



 そんな声がツカサ君の部屋から聞こえてきたら、思わず私も足をとめちゃうってもんよ。


 なっ、なっ、のっ!?


 リオちゃん、あまりに気分が高まっちゃって、ついにツカサ君を誘惑しちゃったの!?

 さっきまで感動の信頼関係とかで涙まで流してたのに、いきなり今度は別の涙流しちゃうの!?


 いや、リオちゃんあの時のことって言ったわよね。あの時って、あの時ってことは、前にもあったってこととととと!!?


 い、いつの間に、あの子達こんな関係になっちゃってたの!?


 あ、いや、落ち着きなさいマリン。



 きっとあれよ。私の勘違い。そうにちが……



「もう待ちきれないんだよ。そいつをおいらの穴に入れて、奥までこすりつけておくれよ!」


「まったく。しかたないな。いくぞ」


「んんっ!」



 部屋の中から、リオちゃんの艶かしい声が聞こえてきた。


 決定的瞬間ー!!



 ちょっとこんな時間からなにやっちゃってんの若人。

 いや、もう日も落ちたからやっちゃってててもおかしくないけど。ないけどさ!


 なんてうらやま、いや、けしからん!


 どんなけしからんことをしているのか、お姉さんがチェックしないといけないわね。


 後学のため……でなく、お姉さんとして変なやり方してたら注意してあげなきゃいけないから。


 そう、お姉さんだからしかたないの。しかたないったらしかたないの。



 ドキドキしながら、扉の隙間からその部屋の中をのぞきこんでみる……



「ふわあぁぁ……やっぱ、気持ちイィ。この、耳かきってのは……」


「気に入ったようでなによりだよ」


 そこには、膝枕されて、頭を撫でられているリオちゃんがいた。



 ずだーん!


 なんか思ってたのと違ったー!



 思わず扉を開けて部屋に転がりこんでしまった。



「ママママママ、マリンっ!?」


「はーい、危ないから動かないのー」


「はふぅ……」


 驚いたリオちゃんが、ツカサ君が手を動かすだけで一瞬にしておとなしくなり、それどころか恍惚の表情さえ浮かべた。


 しかも動かしたのは、頭を撫でるためそえられている左手じゃなく、右手の方。


 いや、違うっ!



 私は、気づいた。



 膝枕をして、左手で頭を撫でているんじゃない。左手で、頭の動きを抑えているんだわ!


 本命は、小さく動かした右手の方!



 その右手に注目してみると、なにか細長い棒のようなものを持っていた。

 さらにその棒は、リオちゃんの頭の方に降りて……



 ……リオちゃんの頭に、突き刺さってる!?



 うそぉ! と、驚きながらもさらに注目すると、それは頭に刺さっているのでなく、耳の穴に入っていた。


 ああ、びっくりした。刺さってたわけじゃないのね。

 穴に入れてってのは、その穴ね……



 ……って、そこに棒突っ込んで平気なのむしろ!?



 それが小さく動かされるたび、リオちゃんは「あっ」「んっ」と、小さな吐息をあげている。

 なんなの。それ、痛くないの? 気持ちいいの? なにんなのそれー!?


 そういえばさっき、聞きなれない単語が聞こえてきた。


『耳かき』


 そう、それは、こういう意味なのね!



「ちょっ、ツカサ、やめっ。マリンが、見てる……っ」


 恥ずかしそうに、リオちゃんがいやいやと手を動かすが、ツカサ君はやめない。


「中途半端なところでやめたら、逆に気分悪いだろ?」


「そ、そうだけど……さっ、んんっ!」



 そのやり取りから、私は目が離せなかった。


 いつの間にかその行為を凝視しながら、セイザして魅入ってしまっている。

 男の子に膝枕されて、耳に棒を突っ込まれて恍惚の表情を浮かべる少女。……なんか、凄いっ!



「はい、おしまい」



 反対側の耳までたっぷりと蹂躙され、リオちゃんの耳かきは終了した。


 終わって、リオちゃんは耳に手をあて、息も絶え絶えの青色吐息になっている。



「はい、先生!」


 びしっと、私は手をあげ、ベッドに腰掛ける先生(ツカサ君)に質問の許可を求める。


「はい、なんでしょう」



「今のは、なんなんですか!?」



「まあ、簡単に言えば、耳の中を掃除したってことかな?」


 ツカサ君が、鉤爪のようになった棒を持ち上げ、ペン回しのようにくるりと回した。

 え? 返しみたいのがついてるわよ。それを、耳の穴にいれるの?


 そんなの頭の中に入れて大丈夫なの?


 私は驚きを隠せない。

 頭のおかしい魔法使いだって、物理的に頭にそんなものつっこむとか、そんなイカレたことやらないわよ。


 サムライって頭おかしいと思ってたけど、本気で頭おかしかったのね。



「ふっ、ふふふふふ」


 へろへろになってベッドにへたりこんでいたリオちゃんが、体を起こす。



「なんだかわからないってんなら、マリンも体験してみればいいさ。そしておいらの受けた屈辱と、この病みつきになるカイカンを、味わえばいい!」


「え゛?」


 ぐわっと言われて、流石の私も顔が引きつった。



 それって、私の頭に、あの細長い返しのついた棒を入れろと?


 ちょっと待ちなさい。私博識だから知ってるんだけど、古の大国にはミイラを作る文化があったんだって。

 そのミイラを作る時、腐敗しやすい内臓はみんな取り出されて、一ヶ所に集められたんですってよ。


 もちろん、頭の中に詰まっている脳も同じく。


 その時、脳をほじくり出した道具。

 それとツカサ君が持ってる棒の形状がよく似ているんですけど!


 まさか、脳みそを直接くちゅくちゅするから、気持ちいいと錯覚しちゃったりするの?


 サムライの神秘なの!?


 それを、私に体験しろと!?



「おやおやー。天下の大魔法使い様が、怖いってのかー?」


 顔を引きつらせた私を見逃さず、リオがぷぷぷっと煽ってきた。



「くっ、でもね、私の体はほら、基本魔法で清潔になってるから、耳の中を掃除する必要なんてないのよ!」



「へー。怖いんだー」


「んなわけないでしょ。全然怖くないわよ。処女かけたっていいわ!」



「なら、決まりだな。ツカサ、いっちょ頼むぜ!」


「なら、こちらにどうぞー」


 ツカサ君が、自分の膝をぽんぽんと叩いた。



「え゛?」



 リオちゃんに背中を押され、私はされるがまま、ぽすんと、ツカサ君の膝の上に頭を乗せてしまった。


 頭を乗せて感じる、ツカサ君の成長途中のしなやかな太ももの筋肉。

 柔らかくもあり、そして硬い、不思議な感触。


 座るベッドの硬さとあいまって、実に丁度いい塩梅だった。

 しかも、風呂上りのツカサ君から感じられる不思議な香り。


 これは、前にマックス君が自慢していた、いい匂いのする石鹸の香りというヤツかしら。


 なんとも柔らかく、フローラルでかぐわしい匂い。

 これで頭を撫でられているとか。ある意味これだけで至福なんじゃないかしら!



「じゃあ、いきますよー」



 って、しまった!


 あまりに久方ぶりの男子との直接接触を堪能してしまい、頭に棒を突き入れるという恐怖の行為のことをうっかり忘れてしまっていたわ!


 ある意味、現実逃避をしていたと言ってもいいわね……

 今も逃避中だし。



「はーい、動くと危ないから、動かないでくださいねー」


 頭の上で優しい声がする。

 優しいというのに、言われたらそのまま体がすくんで動けなくなってしまった。


 ああ、もう逃げられないわ。


 私はもう、覚悟を決める。



 だ、大丈夫よ。私は大魔法使い。いざとなれば……



 こりっ。


 っぅぅ~~!!?



 な、なにこれ。なにこれしゅごい!


 頭の中を直接かき回されているようで、痛くもあり、それでいて気持ちよくもある。


 あの細い棒が私の耳の壁に触れるたび、電撃が走るかのような快感だった。

 痛い、のに、気持ちいい。


 なにこれ。なんなのこれー!



 こ、これは確かに、抵抗しようとしても、抵抗なんて不可能だわ……



 負けを、認めるしか、ないようね。



 ツカサ君には、かなわなかったわよ。


 私、完っ敗……っ!!


 耳かき、さいっこうっ!



 ちなみに、耳かきは頻繁にやる必要はないらしく、大体二週間に一回でいいんだとか。


 ちょっと、それって逆に蛇の生殺しみたいじゃない! なんてもの教えてくれたのよ! もうっ!



 癖になったらどうするの!!?




──ツカサ──




「すぅ。すぅ……」


「あ、寝ちまったみたいだな」



 リオの押しによりマリンさんの耳かきをしていたら、そのまま寝息を立てて寝てしまった。



「まあ、今日はいろいろあったかんな。まだ疲れてんだろ」


『だな。地獄から戻って相棒復活させて、ここに転移してだもんな。やっぱ疲れたまってたんだろ』



 あら。マリンさんにお願いしたいことあったんだけど、どうしよ(魔法で空を飛ぶの件)



「つーかここ、ツカサのベッド。ツカサの部屋」


 リオが、困ったな。と呟いた。

 確かに、このままじゃ俺、眠れない。


 マックス呼んで、運んでもらおうか?

 それとも、リオに頼んで、ソウラの聖剣パワーで?


 どうしようか。と顔を見合わせたその時。



「大丈夫にござるっ! 拙者達には、別の部屋を用意させますのでー!」



 ばーんと勢いよく扉を開いたマックスが、そう宣言した。

 そういえば、今日この宿、俺達だけの貸しきり状態だったっけ。多少の融通は効くのかな。


 効くらしい。

 すでに個室を用意しておったわ。あはは(元はマックスと相部屋)



「なら、マリンはここに置いてきゃいいってことだな?」


「うむ。安心して部屋に戻るといい。では、ツカサ殿、拙者達は新しい部屋に参りましょう!」



「わかったわかった。わかったから、ひっぱらないで」



 ぐいぐいと、マックスに引っ張られ、俺は新しく用意された個室へ移動することになった。


 マリンさんに魔法で飛びたいってお願いしようと思ってたけど、寝ちゃったんなら仕方ない。明日にしよう。



「ところでツカサ殿。拙者の方にも……」


「あ、ごめん。流石に俺も、もう眠い」



「ノオオォォォ!!」



 マックスの絶叫が響き、グラフストンの村の夜は過ぎさって行くのだった。




──リオ──




「うし、完璧」


 朝になり、おいらは部屋にそえつけてあった全身鏡で、その姿を確認し、くるりと一回転。


 おいらは今、地獄への旅路で着ていた装備を脱ぎ捨て、ツカサが消える前にいつも着ていた男装姿だ。

 髪もアップにまとめ、帽子の中にすっぽりと隠してある。


 ちなみに、今までの装備は重量軽減の魔法と中の比率がおかしくなった魔法のポーチの中に入れてある。この服も、元々ここに入れてあった。



『なぜ、またその格好に戻したんですか?』


 おいらの姿を見て、ペンダントにいるソウラが疑問を口にした。

 その質問を待ってましたと言わんばかりに、ふふんと、にんまり笑顔でうなずく。


「やっぱさ、ツカサとまた旅をするんだからさ、おいらはこの格好じゃないと!」


 心機一転。

 これを着ると、またツカサと一緒に旅をするって気になるじゃないか!


『それなら、しかたありませんね』


 ソウラも、おいらの心意気がわかったのか、うなずいてくれた。



 さてと、あとは朝飯を……



「ちょちょちょちょちょちょっ!」


 バーンと勢いよく扉を開け、部屋に入ってきたのはマリンだった。

 元ツカサ達の部屋で寝てて、起きてびっくりして戻ってきたのかな?


「おはよ。よーく寝た?」


「ええ。よーく寝たわ。もう、完全復活。じゃなく、大変なの!」


「え? なにが?」


「外、なんかすっごいことになってるんだけど!」


「今さらかよ」


 そういや、昨日は平原が割れて騒がしかったってのに、夜までぐっすり寝てたんだっけか。

 んで、知る前にまた寝て、朝になって明るくなって外の惨状がよくわかるようになってびっくりってことか。


 おいら達には今さらだけど、知らなきゃトンでもないことになってるって、そりゃ驚くわな。



 なんでおいらは、マリンに昨日起きたことを簡単に説明してやった。


 帝国が最近怪しい動きをしてるらしいこと。

 平原に戦力が集まってたかもしれないこと。


 そして、ツカサが実は力を取り戻していて、噴火を引き起こし、この平原から帝国は攻めこめなくなり、ここでの戦争開始は回避されたこと。


 それらのことを説明したら、マリンは顔をさぁっと青ざめさせた。



「それ、本当?」


「おいらも詳しいことは知らねぇよ。でも、ツカサがああやったんだから、マジなんだろ」



「ちょっ、ちょっと私、急用を思い出したから、先に出るわね! また、縁があったら会いましょう!」



「お、おう」


 バタバタと元々おいらと相部屋だったからここに置いてある自分の荷物をまとめ、魔法陣を広げ、転移の魔法を発動させてマリンはどっかへ跳んでいっちまった。



「なんだぁ?」

『さあ。わかりません』


 そりゃ、わかるわけねぇや。



「リオー、マリンさん来てないー?」


 開きっぱなしになってた入り口の横をノックし、ツカサが顔を見せた。



「さっきまでいたけど、どっか行っちまったよ」


「そうか。遅かったか……」


 ツカサが、どこか残念そうにしょんぼりする。


 なにか、マリンに言うことかなにかあったみたいだ。



 でも、この時、ツカサがなにをマリンに話そうとしていたのか、それはおいらにはわからなかった。


 あとから考えてみて、ツカサはもう、この時には気づいていたんだろう。

 マリンがなぜ、大急ぎでここから去ったのかを。



 マリンの、その、正体に……




────




 帝国首都。

 帝都カイゼマディーナ。


 その謁見の間に座る皇帝と、その前にかしずき昨日の噴火を報告する伝令がいた。



「噴火にともない大地が割れ、巨大な谷川が生まれ、とてもではありませんが進軍は不可能です!」



 その様子を、肘掛けに肘をつき、ほお杖をついた皇帝が、冷たい目で見おろしている。

 まだ二十歳半ばほどの年齢だというのに、その視線はぞっとするようなプレッシャーを放ち、見おろされる伝令は背筋の凍る思いをしていた。


 すべてを見通すといわれるその瞳は、伝令の心の奥さえ見通しているようにも見える。


 皇帝の機嫌を一つ損ねれば、謁見の間に控える黒い鎧を纏った騎士達に処刑されてしまうからだ。

 赤い絨毯の上でかしずく自分をかこむよう、その絨毯の横に立つ彼等の殺気も、伝令の彼の動悸を早め、顔を青ざめさせるのに一役買っていた。


 すっ。


 皇帝が、ほお杖から手を外し、伝令の方へむける。

 その雰囲気を感じただけで、伝令は体が小刻みに震えたのがわかった。



「自然の噴火により阻まれたのならば仕方があるまい。計画を変更せよ。あの平原より兵を戻し、別の作戦に移る」


「はっ!」


 流石の皇帝といえども、自然の驚異を前にして、理不尽に怒るということはないようだった。

 伝令はその態度を表に出さぬよう、ほっと胸をなでおろす。


 伝令は再び頭を下げ、謁見の間から去っていった。



「このタイミングに火山の噴火とは、運がありませんな」


 玉座の隣に控える魔法大臣がため息をついた。

 皇帝の隣にいるというのに、フードを目深にかぶり、顔を隠しているのだから、皇帝がいかに重用しているかわかるというものである。



「うむ。さすがの余も油断していたわ。だが、問題はない。サムライの加護が消えうせた王国など、おそるるに足らぬ。そうであろう、皆のものよ?」



「その通りにございます!」


 玉座に続く絨毯の横に控えていた黒い鎧を着た騎士達が、皇帝の言葉に答える。

 一糸乱れぬ言葉。


 その統率された姿は、その騎士達の練度を物語っていた。


 皇帝は満足するようにうなずく。



「して、いかがいたします? 海の方は……」


 魔法大臣が次について質問しようとしたその時……



 ばんっ!!



「お待ち下さい、陛下!」


 号令を遮るよう、謁見の間に飛びこんできた人影が一つ。



「っ!」

 皆の視線が、その入り口に集まった。


「控えよマーリン! ここをどこだと心得る!」

 飛びこんできた老人を見て、玉座の隣にいた魔法大臣が声をあげる。


 しかし、その大臣の言葉など無視し、マーリンと呼ばれた老人は口を開く。


「王国に攻めいるというお考え、どうかお考えなおしください! どうか、私の言葉を、今一度お聞きください!」


「マーリン! 貴様はもう、陛下にお言葉を発していい立場にない! 半年いない間に、情勢は大きく変化した! お前のいた地位にいるのは、この私だ! 控えろ!」


 そう。この魔法大臣の立っていた皇帝の右側。元々ここに立つのは、この老人。マーリンであった。

 しかし、半年の間姿を見せなかったことで、その地位は剥奪され、別の者に譲られてしまったのである。



「待て」

「皇帝陛下!?」


 声を荒げた魔法大臣を遮り、ゆっくりと声を発したのは、皇帝だった。



「聞け、マーリン。この出兵を決めたのは、余である。サムライが消え、その加護を失った王国を倒し、かつての帝国の領土を取り戻し、さらに世界を制する。それに反対すると申すのか?」


「はい。その計画、必ず破綻いたします」


「誰が破綻させるというのだ。最大の障害であるサムライは、邪壊王と戦い消え去った。世を救うため。そう。余の世界を救うためにな!」


「違います、陛下。あなたはサムライというものを、ツカサというサムライを、知らなすぎるのです!」


「サムライのことは知っておる。その命を賭して、この帝国への『闇人』の侵入を阻んだ功績は忘れておらぬ。だが、父上が死んでひさしい今、サムライが消え去った今、そのようなことは関係ない!」


「違います、陛下。サムライは……!」



「くどいっ! 姿を消し、招集にも応じなかった貴様が今さらなにを語る! すべては皇帝たる余が決めたこと! これはすでに、曲げられぬ!」


「そういうことです。さあ、その者をここから放り出し、二度と邪魔出来ぬよう尖塔へ幽閉してしまいなさい!」


「はっ!」



「お待ち下さい! 私の話を、せめて、サムライの……彼は……」


 黒騎士に両腕を掴まれ、マーリンと呼ばれた老人は謁見の間から投げ捨てられ、廊下を転がる。



「生きている、のです……!」



 その声は、はるか遠くに存在する玉座には届かない。

 唯一届いたのは、玉座の隣にいるローブを纏った大臣が、にやりと笑ったような雰囲気だけだった。


 その地位を奪い、さらに幽閉という処置も成功した。

 その地位を磐石なモノに出来たのだから、内心の喜びが漏れ出ても不思議はないだろう。



 扉を通る際、強引に吹っ飛ばした黒騎士が立ち上がる。

 さらに、命令を聞いて駆けつけた騎士達が廊下に転がったマーリンに群がり、その魔法使いを幽閉用の塔へとつれてゆく。


 重い扉がしめられ、塔の入り口には鍵がかけられた。



 この重い鋼の塊である扉が開くまで、彼女はもう、外へは出られない……



「ああっ、もうっ!」


 尖塔の廊下にまた転がったマーリンは、座りなおして頭をかきむしった。


 すると、ぼふん。という音が響き、その姿が変わる。



「たった半年連絡がつかないくらい留守にしたくらいで、なにやってくれてんのよ! 七十年かけてやっとここまで上り詰めたってのに、全部パーじゃないの!」


 マーリンと呼ばれた老人は、老人ではなかった。

 それどころか、彼女は我々がよく知る人物だった。


 彼女の真の名は、マリン。


 リオに帝国に不穏な動きアリと聞かされ、大慌てで帰って来た自称魔法使いの彼女が、元帝国魔法大臣その人だった。



 こっそり師であるアーリマンに秘密で帝国を裏から牛耳ろうとあれこれしてきたが、ツカサを復活させるための旅に同行し、地獄まで行っていたためお仕事がおろそかになってしまっていたのだ。


 二百年を生きる彼女にしてみれば、半年なんて連休行って帰って遊んできたくらいの感覚だったが、実際には激動の半年であり、その地位は吹っ飛んでしまっていた。

 一応身代わりの人形を置いてはあったのだが、権力闘争の果てに破壊されてしまっていたのである。



「いいえ、問題は私の地位じゃないわ。このままじゃ、ヤバイ。マジで、ヤバイわ……!」



 彼女が焦るのも当然といえた。

 帝国が王国に攻めてくれば、民が苦しむことになる。それを絶対に見逃せない人がいるのを彼女は知っているからだ。



「なんでわからないよの! あの子ならそれくらいわかるでしょ! サムライが復活したのくらい、ちょっと集中すればわからないわけないんだから! この私が復活させに行ったのよ。しかも、あの子女神の予測さえ超えて完全復活したんだから、勝てるわけないじゃない! このまま本気で戦争して、あの子の逆鱗に触れでもしたらどうなるか。それが見えないわけないでしょー!!」


 とりあえず、扉にむかって用件を話してみたが、外の反応はまったくない。

 誰も聞いていない。聞こえていない構造なのだから、当然だが。


「なにを考えてんのよ。ホントに……」



 がくりと、肩を落とす。


(まずい。本格的にマズイわ)


 世界を滅ぼしかけたダークカイザーの軍勢をたった一人で倒し、地上の生命を絶滅させると宣言した吸収の力を持つ邪壊王さえたった一人で屠った英雄。

 いくら相手がたった一人といえ、その強さは人の規格をはるかに超える。世界。自然。神を相手すると考えてしかるべき相手なのだ。


 大自然の脅威を相手に、軍備をいくら増強したとして、ただの人の集まりである集団に勝ち目などない。


 今回だってそうだ。彼がその気なら、数万の軍勢はあの意図的に噴火させられた溶岩で全滅していた。



 それほどまでの存在だというのに、彼等はそれを知らず、無謀にも戦いを挑もうとしている。



 戦争がはじまり、民が泣くことにでもなれば、まず間違いなく王国と帝国は喧嘩両成敗される。

 だが、王国側はツカサの恐ろしさを我が身を持って知っている。どうにかして敵に回さぬよう立ち回るだろう。


 そうなれば、サムライの矛先はこちらに向いてくる……



「勝てるわけないでしょーが!」



 マリンは尖塔の中で、頭を抱え膝をついた。



「誰だか知らないけど、私が手塩をかけて育ててきた子になにふきこんでくれたのよ! 先代が八年前になくなって、誰のおかげであの子が皇帝になれたと思ってんの! もー!」


 じたばたと床を転がるが、魔法を封じられたこの尖塔の中ではまったく無意味な行動だった。



「誰か、お願い! 誰でもいいから、この国の暴走を止めてえぇぇぇ! でないと、この国が滅んじゃうからー!」



 誰にも聞こえないというのに、それが無意味とわかっているのに、マリンは叫ばずいられなかった……




──ツカサ──




 旅立ちの準備も終わり、俺達は宿の受付のあるエントランス部に集まった。


 マリンさんはもういなくなっちゃったから、新しい旅立ちは結局いつもの面子でになった。

 会計の方はマリンさんが最初に済ませていたので、あとは出発するだけである。


 ただ……



「さって、どーする?」

「そうにござりますな……」


 そう。二人の目的は、俺をこのイノグランドに呼び戻すことで、それを達成した今、どこになにをするとか、目的が見失われた状態になっていたのだ!

 当然俺も、戻ってきたばかりで目的なんてない。


「とりあえず、ツカサ殿の元気なお姿を、ミックスや他、知り合いに見せに行くというのはどうでしょう?」


「あー、確かに、色々心配かけたわけだしなぁ」



 消える時は考えもしなかったけど、俺が消えて悲しむ人がマックス達の他にもいたと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 そういう人達に、心配かけましたと顔を見せるのも悪くないかな?


 なんて考えていると……



「マクスウェル殿。マクスウェル殿はおられるかー!」


 宿の入り口で話をしていると、一人の兵士が飛びこんできた。



「拙者、マクスウェルだが?」


「ああ、マックス殿。まさしくマクスウェル殿! こちら、王よりの勅命書にございます」


「なんとっ!」



 手紙を受け取ったマックスは封をあけ、それに目を通す。


 俺達はその間に、お疲れの兵士を椅子に運び、宿の人に水をお願いしたりした。

 どうやら、王都から早馬で一晩ぶっ通しで駆けて来たらしい。


 魔法で伝言とかじゃなく、こうして手紙を直接運んできたのだから、かなり重要なことなんだろう。


 ちなみに、マリンさんがぽんぽんテレポートしているから、手紙もそれで運べよとか思うかもしれないが、あんなこと出来るのは世界でも片手で数えられるくらいの人間しかいないらしい。

 昨日俺達全員に一度にテレパシーみたいなこと魔法でやったけど、あの距離を一度に数人というのは出来たら国家のお抱え魔法使い間違いなしなんだってさ。

 あの人、ダメ人間だけど、魔法に関してはホント凄い人なんだな。




(これは……!)


 マックスが手紙を読み、驚く。

 その時俺は、ひたすら走ってきた兵士さんに水をあげてる最中だったが、そうして驚いているマックスを、当然見逃すはずがあった!




 ──マックスの手にした手紙には、王からのある使命が書かれていた……



 この手紙のことを説明するためには、一度時は、噴火後、マイク達が砦の中を走り回っていた時に戻る。


 場所は、王都キングソウラ。

 王の間。


 帝国に不穏な動きあり。という報告を手に、王は沈痛な顔をしていた。


「せっかくサムライ殿に世が救われ、平和となったというのに、今度は人同士で争わねばならないとは、嘆かわしいものだな」


 世界を破壊しかねないダークシップが消滅し、さらに伝説の邪壊王も消えた。

 そうなれば、それらに対抗するため蓄えてきた力を、別の方向に使おうとするものが現れても不思議はない。


 だからといって、世界が平和になってたった半年で行おうとするなど、悲しい以外の言葉はなかった。



「王!」


 嘆く王のもとに、伝令書を握り締めた大臣が走りこんできた。

 その手には、王都直通の通信水晶により報告された事態の記された書が握られている。


 そう。先の噴火の顛末を纏めた報告書だ。


 王都からほど近いグラフストン地方は、王都にとって重要な土地である。一歩間違えれば、王都がそのまま強襲されかねない守りの要の地だからだ。

 ゆえに、あの砦には即座に異常を伝えられるよう、遠距離で会話の出来る魔法道具が設置されている。


 これにより、王都と時間のロスなく情報が共有できる。

 今回も、これを使い、噴火から時を置かずして、その状況がつぶさに報告されたのである。


「なんと。あの地が噴火で割れたと申すか」


 大臣からの報告に、王も驚きを隠せない。



「はい。しかも、それだけではありません。マクマホン騎士団、マイク殿の言によれば、それを引き起こしたのはサムライ殿であると!!」


「なに!?」


「自然の噴火にしか見えませんが、サムライ殿が再びこの世に現れたのは間違いありません! 同時に、神殿に女神復活の予兆が確認されました!」


 女神が復活したと、お告げを神官や、かつて女神の像があった場所に、光がさしたなどの報告があがってきているのである。

 ダークポイントにあった邪壊王の城が崩壊したのをきっかけに、太陽も暖かさを増し、空の青さも増したと感じた者もおり、それらはすべて、女神復活の予兆であった。


「まことか?」

「はい。マクマホン団長殿は、サムライ殿とは既知の間柄。間違いはないかと」


「そうか。彼は無事、この世界に戻ってくれたか……」


 ツカサの無事を聞き、王はどこか感慨深く天を見上げた。


 あの決戦の折、結局たった一人の少年に世界を託すしか出来ず、その命を散らしてしまったことを、後悔しなかった日はなかったからだ。

 本来ならばダークカイザーを倒し、そこから幸せに暮らしていてよかったはずの未来を閉ざす結果になったこと。彼が消えたと知る者が彼の帰還を知れば、笑顔を取り戻すだろう。



「しかし、戻って早々、大地を割ったか。またとんでもないことをしてくれたものだ」


 紛争の火種となりかねなかった土地を分断し、なおかつ水を流すことで不毛な土地が緑に変わる可能性さえ生まれた。

 さらに、川が出来たことでそこを国境線とはっきり分断することも不可能ではなくなった。

 一瞬にして二つ三つの益を国々に与えるとは、なんという男であろうか。



「はい。ただ、これで、こちらからも帝国に騎兵を用いて攻めるのは難しくなりましたが」


「そのようなこと、些細なことだ。得られた益に比べたらな。あの地は、双方にとって危険すぎた。容易に通過できなくなったことは、どちらにとってもな。我等にとっても、それでよかったのだ」


「確かにそうかもしれません。サムライ殿が戻ったのなら、戦争を起こすことは自殺行為になりかねませんから……」


「その通りだ。彼が守るのは、国にあらず。彼が守るのは、民であるからな……」


 王は再び空を見た。

 力なき民が傷つくのならば、彼はこちらも容赦はしないだろう。


 サムライは決して王国の味方ではない。ただ、正道を歩み、正しき執政を行っているなら、敵にもならない存在なのだ……


 王は、それを知っている。



「ただ、これにより一つ確定いたしました。帝国は再び、世に覇を唱えんと動き出しているもようです。帝国側の砦に、数万の兵が待機していたことが判明しました。噴火の混乱にてむこうも慌てたのか、その確認がとれたようです」


「そうか。やはりか……」


 不穏な空気は、現実であったかと、王は肩を落とす。



「彼等はサムライ殿の真の恐ろしさを知らぬのだろうな」


「今だ消えたと思っているかもしれません。もし、彼等が進軍をした場合……」


 大臣と王は、そうなった時を想像し、ぶるりと身を震わせた。

 このまま戦争になれば、喧嘩両成敗されても不思議はないからだ。


 相手は十万の戦士達の力を軽々とのみこみ、あまつさえ世界を滅ぼそうとした怪物を、たった一人で屠った更なる怪物。

 そんなものが戦場に現れれば、どちらの軍も勝ち目など存在しなかった。


 両軍を潰した後、この王都まで乗りこんできてセイザ、セッキョーされている自分達の姿まで思い浮かんでしまった。


「これだけは、避けねばならぬな」


「ですが、帝国側が考えを変えぬ限り、この未来は避けられません」


 触らぬ神に祟りなしなのだが、他から触ってきてはどうしようもない。



「ならば、知ってもらうしかないようだな。彼等が今、どれほど愚かなことをしようとしているのかを」

「いかがなさるのです?」


「我が親書を特使に運んでもらう。戦争を、回避するためにな」


「……っ!」


 大臣は王の意図を悟った。



「しかし、彼は我が国の臣民ではありません。王の命令に従わない可能性も……」


 それでは、サムライがこの国の王に従ったことになり、一方に加担したと見られてもおかしくはない。



「彼に直接頼むわけではない。マックスに任命する。ならば、彼も共に。というわけだ」



「なるほど。確かにそれならば、彼も共に帝国へむかってくれるでしょう。しかし、彼と皇帝にあわせただけでは、考えは変わらぬのでは?」


 大臣の印象からすると、最強のサムライ、ツカサはただ会うだけではただの少年。なんの凄さも感じない感じない存在だ。

 ただ会うだけでは、正直なにも感じないだろう。


「確かに、ただ会うだけでは彼の凄さは欠片も理解されぬだろう。しかし、ことを成そうとすれば、必ず知ることとなる。おのれが、どれほど愚かなことをしようとしていたのかを。それが理解出来るのなら、我が親書に応じ、この愚かな争いは、はじまる前に終わるだろう」


 親書を運ぶ特使一行というのも、戦争を望む者達には格好のエモノとなるだろう。

 特使になにかがあれば、こちらも黙ってはいられない。むこうが攻めずとも、こちらが戦端を開かなければならなくもなる。


 だが、そのようなことは起きないと、王も大臣も確信していた。


 なぜなら、その特使を狙えば、おのずとそのサムライの凄さを思い知ることになるからだ。

 これこそが、王の狙いである。


「彼等は、戦争を起こそうとするあまり、知ることになるわけですな。自分がどれほど愚かな行為をしようとしていたのかを。世には、本当に触れてはならぬ存在が居るということを……」


「そういうことだ。大臣。早馬を用意せよ」


「はっ!」



 こうして、マックスの手に王よりの親書が渡された。


「頼んだぞマックス。戦争の行方は、君にかかっている」


 そう、王よりの手紙には記されていた──




「ツカサ殿」


 マックスが手紙を読み終え、顔を上げた。


「拙者、国王の親書を帝国に届ける特命を受け申した。これより、特使として帝国へ参らねばなりません!」



 特使。確か、特別な任務を命じられて外国に派遣される使者だったかな。

 親書は、いわゆるトップに送る手紙だから。


 つまり、王様の命令で王様直筆の手紙を隣の帝国に運ぶってことか。



 さすがマックス。この国一番の剣士だけある。

 しかも親書を持って行くのなら、隣の国ではVIP待遇間違いなし! なら、いい旅夢気分が味わえる!


 安全が国から保証してもらえる。最高じゃないか!



「へえ、そういうことか」

 どうやらリオも、気づいたようだ。


(マックスを餌に、ツカサを行かせて、戦争を止めさせようってハラだな。利用されてるみてえで癪だけど、戦争はおいらも嫌だしなあ……)



「ツカサ殿、急な変更で申し訳ありませんが、帝国にむかうこと、お許し願えますか?」


「もちろんだよ。むしろ、一緒に行かせて欲しいくらいだ」


 だって、外交的な特権で安全旅。それで隣の国も行けるんだから、最高じゃないか!

 やっぱ観光は、安全が確保されてないとね!


「ありがとうございます!」


 大仰に頭を下げてきた。



「そんなにかしこまるなって。俺達、仲間なんだから当然だろ?」


 仲間なんだから、同じ待遇してもらえるよね!



「もちろんにございます! ツカサ殿と共に行けるのなら、この使命果たしたも同然! なんと心強いことか!」



 いや、大げさすぎ。

 むしろ俺なんていない方が百倍楽だろうて。


 足手まとい的な意味で。



 なんにせよ、新しい目的地が決まった。


 今度は、帝国!



 こうして、俺達の新しい旅がまたはじまるのだった!




 おしまい

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