第65話 伝説の復活
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ゴゴッ。
感動の再会もつかの間、邪壊王の城が唐突に音を立て崩れはじめた。
『こいつは……』
『どうやら、城の主もいなくなり、ここに城を固定していた最後の要石、女神ルヴィアの封印が失われたからでしょうね』
ツカサの手におさまったオーマの疑問に、リオの胸にあるソウラが答える。
ソウラがリオのペンダントヘッドに変化しているのを見て、ツカサは驚いた。表情に変化がなかったので驚いたのに気づいたのはいなかったが。
この城の崩壊は、邪壊王との戦いが今、正式に終わりを告げた証でもあった。
役目を終えた城は崩れ去り、地獄への門を通じて元あった位置へと帰ってゆく。
しかし、この崩壊に彼等がまきこまれれば、そのまま死して地獄へまっさかさまという意味でもあった。
「ここは大天才のマリンちゃんの出番のようね! みんな、そのままの位置から動かないで!」
マリンの言葉が響き、玉座の間にいた全員が光に包まれた。
マリンを中心に魔法陣が生まれ、周囲に光の陣が広がっていく。
誰もが一度は目にしたことがある。
マリンは目をつぶり、口の中でぶつぶつと呪文を唱える。
転移の陣だ。
ゴゴゴッ。
「……」
『……』
ゴゴゴゴゴッ。
『おい、なにゆっくりしてんだ。早くしろよ!』
しびれを切らしたオーマが口を開いた。
いつもならこんな長々呪文を唱えず、指を動かしただけで魔法を使うマリンがこんなにもたもたしているのはないからだ。
そろそろぱらぱらと崩れる小さな瓦礫でなく、天井が落ちてきてしまう。
これなら、さっさと走って逃げた方が速いんじゃないかなんて思ってしまうほどだった。
「わかってるわよ。ちょっと話しかけないで。ここから転移するの、すっごく難易度高いんだから。並の魔法使いだと『不思議な力でかき消された!』とか言われて転移の魔法陣さえ出せないところなんだからね!」
『あ。そっか』
マリンがうがーっと吼えると、オーマが気づいて、わりぃと謝った。
ここは地獄に繋がる邪壊王の城があったところだけではなく、ダークシップが墜落していた場所でもある。
ただでさえ地獄の瘴気により空間に穴を開ける転移は難しくなるというのに、世の理さえ破壊しかけた存在もあった場所なのだ。その転移の難易度はとてつもなく。いや、出来ないと言っても過言ではない。
これに必要なのは、高い魔力でなく、この瘴気と狂った理の中でも魔力を正確に制御出来る魔法構築の腕前と制御力。そして、高い精神力だった。
「それら全てをかねそろえた大天才の私だからこそ、こうして魔法陣を展開できてるってわけなのよ! さあ、崇めなさい。拍手なさい!」
『だからんなことやってる場合じゃねーだろ!』
「大丈夫。このギリギリは演出。そう、演出だから! だから、きっと大丈夫よ!」
『言い方が全然大丈夫じゃねえぇぇぇぇ!』
「んー、やーっ! とんでけっ、みんなっ!」
『なんか最後すっげぇ雑じゃねえかあぁぁ!?』
揺れがさらに酷くなりはじめたその時、マリンはその呪文を完成させ、転移を発動させた。
玉座の間にいた四人と三刀は、同時に光に包まれ、そこからふっと掻き消える。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
生きたモノすべてがいなくなったそこは、自重に負け、地獄の穴めがけてゆっくりと崩壊を開始するのだった……
──マックス──
シュンッ。という小気味良い音とともに、拙者達は邪壊王の城でない短い草が点々と生える平原に降り立った。
「ここ、どこだろ?」
拙者の隣には、あたりを見回すリオの姿がある。
『王都でないのは間違いありませんね』
リオの言葉に、その胸のペンダントと化したソウラ殿が答えを返す。
「ここは、王都から南の国境近くだな」
「わかるの?」
「ああ」
うなずく。
高い木が少なく、草原とも呼べないほどの草しか生えない土むき出しの大地。
近くには白煙を上げる山。
そして、その麓に築かれた、堅牢な砦と、併設された村。
「間違いない。あそこに見える村。あれはグラフストンの砦だ」
正確に言うと、グラフストン砦と、そこに併設された村がある。というのが正しいだろう。
「へー。ここがいわゆる、南部ってヤツか。さすが十年旅してただけあるな」
「それだけではない。あの砦の先には国境となる緩衝地帯の平原がある。あれから南は、帝国の領土なのだ」
「あっちが噂の帝国領か。この国の倍くらいの広さがあるんだろ、確か」
へー。と言いながら、拙者の指差す方を背伸びをして見る。
そうしてみたところで、ここからではなにも見えんぞ。
ちなみに、領土は倍あるが、ほとんどが砂漠で人が住める地はこの国より少ないのが現状だ。
そこは、知らぬようだがな。
「さすがに、帝国の名は聞いたことがあるか」
「あったり前だろ! 隣の国なんだから!」
「帝国産の代物などが高く売れるから。の間違いであろう?」
「ぴ~ぴぴぴ~」
とぼけて口笛を吹きおった。
図星か。
この娘はまったく。
そこで一つ、その鼻っ柱を折る事実を思い出した。
「ならば知っているか? 今我等の立っているこの一帯。グラフストン地方は、かつて帝国の領土であったことがあることを!」
「マジか!?」
「うむ。帝国の源流。すでに滅びた魔法帝国のだがな」
「なんだよ。帝国違いじゃねーか」
「今の帝国はその滅びた魔法帝国の流れをくむものだから、間違いではない。一応」
『この地を領土に。聞いたことがありますね。七百年前、そこで白煙を上げている山が大噴火をし、何者も通さなかった入り江を埋め、あの緩衝地帯を作り出した。魔法帝国はそれを逃さず、進軍が可能になるや否や、新たな大地を征服し、王都を目前とするところまでを領土とした。と』
「その通りにございます。ここは王都から一日二日の位置。ここをとられたということは、喉元に刃を突きつけられたに同じ。邪壊王の出現以来にして、建国最大のピンチと言われたと記録にござりますな」
あくまでその時の歴史書に書かれた言葉にござるが。
今ならば、最大のピンチはもっと別にござるから。
さらに補足すると、王国建国は邪壊王討伐後にござる。
「え? そんな状態なのに、ソウラはぐーすか寝てたのか?」
『魔法で栄華を極めたとはいえ、魔法帝国はあくまで人の集まり。人類同士の争いならば、私に口を挟む権利はありません。私の役目は、世を破壊しかねない存在が現われた時の切り札です。もっとも、魔法帝国もそうなる可能性はありました』
「ありました?」
「そうは、ならなかったということだ。魔法帝国は、強大な魔法の力により領土を広めんと周辺諸国すべてに侵略を仕掛けていた。王都に迫ったのもその一軍だ。この地を足がかりに王都を攻めようと準備を進めていた最中、魔法帝国本国が唐突に滅んだのだ」
「七百年前に? なんで?」
『魔法、および魔法道具の使いすぎですね。彼等は魔法を使い、天にも届く塔を作り、昼も夜もない都を作り上げていたようです。魔法の道具で一人一人が自由に空を飛び、願うことを実現する。まさに、理想郷。しかし大地に満ちる魔法の源。マナは無尽蔵ではありません。その地に生まれるはずのマナさえ吸い尽くし、その地からマナが枯渇してしまったのです』
「一説によれば、そのマナを補うため、他国を侵略しようとしていた。とある」
『魔法によって維持されたその都市は、魔法を失ったことで崩れ去ったようです。すべては砂と化し、魔法帝国はその砂に飲みこまれ、一晩で滅んでしまったのです』
「マジかー。魔法って便利だけど、やりすぎるとヤベェんだな」
『程度の問題です。魔法帝国は身の丈を超えた力を望みすぎた。度をこえてしまったのです。あのまま世のマナを食らおうと侵略が続いていれば、世を守るため私の出番が来ていたかもしれません』
「その前に、終わっちまったってわけか」
『そういうことです』
「そうして魔法帝国本国は滅び、すべては砂に還り、孤立無援となった帝国軍は撤退を余儀なくされ、各地に散らばっていた将軍達はその覇権を巡って争いあい、最終的に西方を侵略していた将軍が新たな皇帝となり、今の帝国が生まれたというわけだ」
「へー」
ちなみに、魔法帝国崩壊のおりその魔法の技術のほとんどは失われた上、世のマナを食い尽くすような技術は封印されたと聞く。
今の魔法技術は、その反省を教訓にしたものらしい。旧魔法体系を消耗型魔法体系。現在のは循環型魔法体系と区別されているようだが、詳しいことは門外漢の拙者にはわからぬこと。機会があったら専門家に説明してもらおうと思う。
「そして、その魔法帝国を源流とする帝国は、旧魔法帝国に得た領土はみずからのものだと主張し、いずれすべての領土を取り戻し、さらに世界を手中に収めんことを悲願としているらしい」
「マジかよ。だから、こんな不毛な土地にわざわざ人が住んでんのか。警備しなきゃならねぇなんて、大変だな」
「そういうことだ。あの地は常駐する王栄騎士団第八番隊だけでなく、各領が輪番で警備の兵を送って守護するこの国の要所でもある。拙者も昔、父とともにここの警備に来たことがある」
この地は王都から南に行ってすぐのところにある。
不毛の土地とはいえ、広がる平原は大軍を進軍させるには都合がよく、さらに王都は目と鼻の先。この地を制すれば、王都キングソウラにとって致命的となるため、いざという時の警備は怠れない、まさに要所といえる場所であった。
ゆえに、砦より先の平原は何者も立ち入り禁止である。
関所などを設け、商人の通行を許可していた時期もあったが、商人に扮した兵士が紛れこみ、砦に敵を引き入れるという事件が未然に防がれたことがあったため、平原側の門は閉ざされることとなった過去もある。
今はここを通じての交易も封じられ、厳重に警備された砦が平原を挟んで並び、互いを監視する日々というわけなのだ。
「あれは、そう。十二のころでござった。ダークシップも来る前、我等マクスウェル騎士団は北方の蛮族が冬こちらに来ない間の短い間……」
「いや、そこまで聞いてねーから。なあ、ツカサ。……ツカサ?」
ふと、気づく。
「そういえば、ツカサ殿は!?」
「つーかマリンもいねぇ!」
ふと気づけば、この平原に立っていたのは拙者とリオ。さらに供のサムライソウルとソウラ殿しかいなかった!
『ぴんぽんぱんぽーん。はーい、マリンちゃんの緊急連絡魔法でーっす』
頭の中に、マリンの声が響いた。
これは、魔法で精神と精神を繋いで遠距離で会話するという魔法だ。
ツカサ殿を助ける旅の途中でも何度か世話になった魔法でもある。
「マリン!」
「ツカサ殿はいったいどうした! 一体どうなっておる!」
『行方!』
口に出さなくても会話は出来るようだが、拙者達は我慢が出来ず、口を開いてしまった。
拙者の腰にあるサムライソウルまで声をあげた。それほど、重要なことだ。
ツカサ殿が、おられないのだから!
『落ち着いて落ち着いて。ツカサ君は無事だから。君達の前に村が見えるでしょう?』
「うむ。グラフストンの村だな?」
『そうそう。そしてさらに、白煙を上げる山がある』
「あるね」
拙者達の視線は、グラフストンの先にある緩やかな稜線を描く山に移動した。
先ほど話題に上がったが、七百年前、魔法帝国の進軍を誘発した大噴火を最後に、今日までずっと静かに白煙のみを上げ続けている山だ。
『ツカサ君は、あの山にいます!』
「なんで!?」
リオが叫んだ。
『そして私は、もう村にいます!』
「だからなんでっ!?」
『まー、ぶっちゃけ、転送位置、ちょーっとばっかしミスっちゃった。てへっ!』
「てへっ、ではなーい! ツカサ殿は今ただの普通の男児でしかないのだぞ! いくらあの山が大人しく白煙を上げているだけとはいえ、どんな怪物が飛び出してくるかはわからぬし、落石、山道の崩落など、山に危険はつきものだ。拙者達は女神ルヴィアとツカサ殿を絶対に守ると約束したばかりではないか! なのに、いきなりやらかしてどうする!」
『てへへー』
「毎回それやれば許されると思ってんじゃねーぞ!」
拙者とリオが、緊張感のない魔女にむかい言葉を荒げる。
研究所の所長であるアーリマン殿が苦労しているとリオが言っていたが、まったくもってその通りだ!
『大丈夫大丈夫。オーマちゃんが一緒だから、例え危険な獣やモンスターがいても事前に察知出来るし、落石や崩落なんかも同じよ』
「そういう問題ではない!」
『まあまあ、二人とも』
憤る拙者達の頭に、ツカサ殿の声が響いた。
「ツカサ殿!」
「ツカサ!」
『聞くに、あの城からの転移はすっごく難しかったらしいし、無事脱出出来たんだから、これくらいの誤差は勘弁してあげようよ』
『そ、そうだぜ。許してやろうぜ』
「……」
「……」
オーマ殿。声がひきつっておられますぞ。
そういえば、転移直前、オーマ殿が口を挟んでおりましたね。どうやら、それでこうなったと、責任を感じておられるようだ。
『その通りです。落ち着きなさい二人とも。あの場から転移を成功させたというだけでも、歴史に残る偉業と言っても過言ではありません。全員無事外に出られ、近くにいるのですから、よしとしましょう』
ソウラ殿にもたしなめられてしまった。
確かに、転移でも容易く侵入出来ぬダークポイント内の邪壊王の城からここまで転移するというのはとんでもない難易度らしいからな。
『オーマも声をかけたこと気にしてるから、マリンさんだけを責めるのもそれくらいにな』
「わかりもうした」
「わかったよ」
しぶしぶとだが、拙者達はこの誤差を容認することにした。
ツカサ殿が言ったからそうするのだ。ツカサ殿に感謝するのだな!
『とりあえず、俺の方からもそのグラフストンて村は見えているから、そこで合流しよう』
「いや、ツカサ殿のお手を煩わせるまでもありません。この魔女がもう一度転移を駆使し、全員を集めなおせばよいのですから!」
「お、そりゃいい考えだ。ここ、邪壊王の城でもダークポイントでもないしな」
『いえ、さすがにそれは酷というものですよ二人とも』
「どういうことだい、ソウラ?」
『いかに彼女が優れた魔法使いといえども、地獄から舞い戻り、呪いの解呪をし、さらにあの転移です。疲れがないわけがありません。この転移の失敗だって、ギリギリだったせいかもしれませんから』
「そーなの?」
『なーに言っちゃってんの。この天才マリンちゃんなんだから、このくらいかるーいに決まってるじゃない!』
「ん。わかった。ツカサ、悪いけど転移は諦めて」
『ああ。わかった。俺も自力で村まで降りるよ』
「しかたのうございますな」
『なっ、なにいってんの君達。わったしは元気よ!』
「今回はけっこう長く一緒にいたんだ。あんたの性格はわかってるよ。だから、今回は先に宿とって、休んでろよ」
『し、しっかたないわねー。おちゃけ飲んでいい?』
「勝手に飲んでろよ」
『温泉入っていい?』
「入る気力があるなら入ってろよ」
『わーい。それじゃ、お宿とっとくわねー』
喜びの声とともに、魔法の通信はぶつっと切れた。
「やれやれ、だな」
「うむ」
年長者であるがゆえか、あの魔女は拙者達の前では余裕を崩そうとしない。
それは、地獄行きの旅の中で何度か味わった。
自由奔放ではあるが、やるといったことは必ずやろうとするのだ。
リオはそれを見抜き、やめさせたのである。
「意外に責任感じてるのかもな」
「かもしれんな」
拙者達は、やれやれと肩をすくめた。
「ともかく、さっさとツカサを迎えに行こうぜ。オーマがいるから危険生物の接近は察知出来るといっても、突然の落石とか崩落は、今のツカサじゃ防ぐこともかわすことも出来ねえからな」
「うむ」
『御意っ!』
拙者はリオの言葉にうなずき、大急ぎでグラフストンの村へとむかう。
ツカサ殿。どうか無理だけはしないでくださいませ。
今のあなたは、力ないただの少年。
無茶の出来るお体ではござらんのですから!
もっとも、万一ピンチに陥っていたとしても、拙者がお助けいたしますが!
そう、ピンチの時、颯爽と救助する拙者! 落石があったとしても、ツカサ殿を抱えジャンプ! 危険な獣がいたとしても、ツカサ殿を抱えてキック!
このように、颯爽と完璧にお助けいたします!
そうなれば……
「ありがとうマックス。お前がいてくれて、本当に助かった。お前はやっぱり、俺の一番弟子だ。これからも、よろしく頼むな」
なーてことも、あるやもしれん!
「ぐふふ」
「うへへ」
「むむっ」
「むっ」
拙者とリオの声が、重なった。
貴様、拙者と同じようなことを考えおったな!
リオも同じく、拙者の考えを見抜いたのか、歩く足がいっそう速くなった。
ちょっ、こら。ここで聖剣の力を使うのは反則でござろう!
こうなったら拙者も、負けてはおられぬぞー!
拙者の方も『シリョク』を体に纏い、リオを追いかけた。
──マリン──
ふう。
もう休んでいいといわれ、思わず安堵する私がいた。
さすがに、ちょーっと、頑張りすぎたかしらね。
聖剣様の言うとおり、今日一日で魔法を使いすぎた。最後の転移誤差も、オーマちゃんの言葉があったからというより、精神力がつきかけたって言った方が正しい。
ツカサ君が、オーマちゃんが気にしてるって言ってくれたから、全員スルーしてくれたけど、本来ならバラバラに転移するなんてあってはならないことだ。
はぁ。私もまだまだってことね。
未熟さにため息が出る。
守るべき人を一人で放り出してしまうなんて、やってはならないということなのに……
あー、ダメダメ! こんな暗くなるのは私らしくない! あの子達なら大丈夫。そう信じるしかないわ。
もう、限界だから、さっさと宿をとってベッドに寝転がることにしましょ。
幸いここは砦を支援する村だから、物資を運ぶ人のための宿が用意されている。
そこにさっさとチェックインしちゃいましょ。
私は疲れた体を引きずり、宿の扉をなんとか押し開けた。
とりあえず、先に言っておくわ。
おやすみなさい!
──ツカサ──
俺は一人、山の中腹にある山道に放り出されてしまった。
イノグランドに戻って早々、オーマと二人きりとは、やれやれな状況だぜ。
仲間のありがたみを知るイベントなんかなくとも、もうとっくに仲間がいなきゃまともに旅できないってことは知ってるっての。
『すまねえ。相棒……』
みんなとの通信が終わってすぐ、オーマがしょんぼりしながら俺に謝ってきた。
「気にするなよ。山を降りて村につけば合流できるんだから。それに、こうして歩くのも最初を思い出していいじゃないか」
邪魔したオーマが悪いとしかりつけるのは簡単だけど、しょんぼりしているところに大きな心を見せるのも簡単な行為だ。
むしろ、オーマさえいてくれれば、山や街道ならたいていの危険は回避できるんだから!
「むしろ、この状況でオーマがいてくれてよかったと思っているくらいだ」
なぜなら、オーマがいないと俺はこの世界で会話もままならないから!
オーマがどっかいってマックスと一緒とかだったらむしろ困っちゃうレベルだからな。意思の疎通出来なくて。
『あ、相棒……っ!』
「今頼りになるのはオーマだけだから、案内よろしく頼むぞ」
『ま、まかせとけ!』
なんだかとっても感動されて、親密度が上がった気がする。
俺はひさしぶりに手にしたオーマを腰にさし、あたりを見回してみた。
山の中腹というのはマリンさんの魔法会話でわかってたけど、どんなところなのかはまださっぱりだからだ。
状況把握ってのは大切。
俺知ってる!
『ここは、王都から南に歩きで一日二日くらい行ったところみてーだな。まあ、ダークポイントから転移したんだから、その近くだってのは当然なわけだが』
邪壊王のあった城から、コンパスとかで円を描くと王都とここは大体同じ位置にあるのだそうだ。
マリンさんが目指した最初の目標はそこじゃないかって、オーマが推測してた。
王都からけっこう近いところにあるんだな。
徒歩で一日二日の距離ってけっこう近いよな。車がつかえればの話だけど。
んで、ここ、白煙が上がる火山。
俺はまっすぐ目の前から視線を持ち上げ、山頂からもくもくとあがる白煙を見た。
火山がある。
なら、火山性の地震が起きても不思議はないと思うんだけど、王都で地震を知ってる人、異様に少なかったな。
視線を下に落とし、麓側へむける。
ごつごつとした岩や石が転がり、山にはほとんど草木は生えていない。
山の斜面もこれと同じ感じで、麓に見える砦の村も、広がる平原もほとんど緑が見えない、不毛な土地に見えた。
つまり、このへんにはあまり人が住んでいないってことなのかな……?
まあ、異世界だから、俺にはわからない『なにか』があっても全然不思議はないんだけどさ。
そんなことを思いながら、今度は視線を山と地面から少し上に上げた。
山の中腹から、風景を見る。
おおっ。
思わず心の中で唸ってしまった。
そんなに高い山でもなく、山頂でもなく中腹からだけど、視界の邪魔をする木がまったくないから、そこからの光景。見晴らしがとんでもなく良かった。
きらりと光る柔らかな太陽に世界が照らされ、澄んだ空気により世界の果てまで見えそうなほど、見通しがよかった。
これは、凄い。
元の世界、地球では絶対に見れない幻想的な世界の光景が、俺の目の前に広がっている。
はるか遠くに山や海が見えるだけでなく、空に浮いてる島のようなものまで世界の端に見える。
凄い。
俺の乏しい語彙力では、凄いとしか言いようのないほど凄い光景だった。
そして、大変なことに俺は気づいた。
そういえば、異世界に来て俺、一回も飛んでない!
いや、ダークシップは飛んでたみたいだけど、あれ外見えなかったし!
せっかく魔法もある異世界にきたってのに、飛行の魔法もなにも試していなかった!
「こいつは、ヤバイ」
『相棒? 今なんか言ったか?』
「あ、いや。なんでもない」
思わず口に出てしまった。
オーマにいぶかしまれるのを誤魔化す。
危ない危ない。今までこんなことに何故気づかなかった。と、自分の浅はかさを自嘲したつもりが、それが口から漏れていたなんて。
深くつっこまれたら、オーマに馬鹿なんじゃないかと思われちまう。
しかし、人間て不思議なものだ。高いところに立って真下を見ると怖いと震えるけど、こうして遠くの景色を見ると綺麗だと思ってしまうんだから。
いや、俺べつに、高いところ怖いってわけじゃないけどさ。全然平気だけどさ!
それはさておき。
これで一つ、イノグランドでやりたいことが出来たな。
そうと決まれば、速いトコ村に降りよう。
なにせそこには、天下の大魔法使い(自称)。マリンさんがいるんだから!
「ともかく、降りよう。早くみんなと合流しないと」
『ああ、そうだな。まずはそれからだ』
岩と土しかない山だけど、人が一人通るくらいの道はあった。
いくら見晴らしがいいとはいえ、こんな山好き好んで登る人なんているんだろうか?
降りていく途中で、その答えに出会えたからいいんだけど。
ちなみに、その出会う答え以外にもう一つ、頂上付近に見張り台が設置されている。ってのもあったみたいだけど、俺はさっぱり気づかなかった。
『……相棒、一ついいか?』
「ん?」
『マリンが疲れで限界だって話あっただろ?』
「あったな」
『それと同じで、おれっちももう、限界だ。地獄から女神復活まで動きっぱなしだったからよ。ちょーっとばっかし、眠らせてもらうぜ』
おおっと、そうなのか。
オーマは刀だけど、生き物と同じく睡眠を必要としている。
俺を助けるため、オーマもちょっと無茶しすぎたみたいだ。
『ホント、すまねぇ。周囲に危険な怪物もいねえし、村はこの一本道をこのまま道なりに行けば安全に行ける。これ以上案内できなくてもうしわけねぇ。相棒』
「無茶してもしかたないからな。一人でも行けるさ。気にするな」
だから、そんなに申し訳なさそうにしなくても平気だって。
俺一人でも、この山一つくらいなんとかなるさ!
『わりぃ。相棒……』
「お休み。オーマ」
『ぐー』
返事は、寝息だった。
即行寝るとは、マジでかなりギリギリだったんだな。
俺をここに呼び戻すため、みんなそこまでがんばったって証だな、これは。
なら、無理に起こす理由もない。
しばらくゆっくり休んでろよ。
一本道なら、いくら俺でも迷ったりはしないだろうからさ。
さてそれじゃ、のんびりと山をくだるとしましょうか。
ぽてぽてと、山を道を歩く。
この山道は、山特有のじぐざぐとくだってゆくつくりだった。
俺が本物のサムライってヤツなら、山の斜面をそのままくだっていけるんだけどな。
ま、ただの人の俺には無茶な話だから、道なりに山をくだっていくしかない。
「……ん?」
道の途中に、岩で作られた祠があった。
鳥居のような入り口と、屋根と御神体と思われる岩。その前に置かれた、意味深な箱。
そこになにが文字が刻んであるけど、この世界の文字さっぱりな俺にはなに書いてあるのかさっぱりだった。
オーマが起きていれば読んでもらえたんだけど、ないものねだりだ。
とりあえずわかるのは、ここに人が来た跡が多いということ。
そして、御神体と思しきものの前に置かれた箱にはスリットがあり、いかにもコインが投げこめそうなつくりになっていた。
ここから推測出来ること。
すなわち、誰かがここにお参りしに来ている!
この山に道があるのは、ここに来るため。
スリットのある箱がおいてあるのは、お賽銭を入れるため!
つまり、ここになにかが祭られているってわけだ。
火山信仰ってのは、元いた世界。地球でもよく見られたことだ。
この世界にはガチで神様がいるから、神社みたいな社がこうしてあっても不思議はない。
そういえば、一番最初イノグランドに来た時もオーマがあったところに祠があったな。
火山だから、火の神様かな。それとも精霊かな。はたまた全然関係ないのだったりして。
なんだかわからないけど、とりあえずお参りしとくか!
旅の安全を祈願して、俺が財布からとりだしましたるは……
……この、一円玉です!
ぱぱーんと、無意味に高く掲げてみた。
なに? 安全祈願なのに一円玉はせこいって? いやいや、侮るなかれ。この一円玉、これ、この世界じゃすっげぇ価値があるんだぜ。
なんだかよくわからないけど魔法の触媒として使えて、魔法をすっげぇ強力に出来るんだってさ。
十枚で小さな国なら軽く買えるくらいの価値があるって話なんだから、とんでもない代物なんだよ。
そんなとんでもないモノなんだから、ご利益もきっと抜群に違いないよ!
その一円玉一枚で旅の安全が買えるってんなら、とっても安いもんだろ?
というわけでー。
ちゃりーんと、俺はこの一円玉をスリットに放りこむ。
そして、二礼二拍手一礼!
ルールは違うかもしれないけど、こっちのお参りのルールは知らないから、俺の知る神様へのお参りの仕方で代用。
こういうのは、気持ちだから!
どーか、この異世界イノグランドで、安全安心に旅が出来ますように。
一緒にリオとマックスの願いもかないますよーに。
他人のことも願っておくのは、その方が神様は願いをかなえてくれる可能性が高くなりそうだからだ。
他人のことを考えているこの子はよい子だってね!
どーか、この打算は聞こえていませんように。
どーかどーか、お願いしますっと。
「……よし」
祈るのをやめ、俺は再び、山をくだりはじめた。
心なしか、足が軽くなった気がする。
これが、お賽銭の効果ってヤツか!
────
ちゃりん。
ちゃりん。
ちゃりん。
ちゃりん。
スリットを通り抜けた一円玉は、箱の下にある穴に落ち、さらに下まで落ちていく。
壁にぶつかるたび、金属独特の音が鳴る。
あの祠、ツカサが見立てたとおり、火山の安全を守るために設置された祈りの場であるのは間違いではない。
この地に住まう者達は、この祠を火山に眠るといわれる、火を司る存在。すなわちドラゴンに祈りを捧げる場だと解釈している。
竜が目覚め、火山が噴火せぬよう、スリットのある祭壇に供え物をし、祈りを捧げる。
その、祈りの場なのだ。
そうして祈りをささげることによって、今まで噴火はおろか、小さくグラリともせず、平穏無事に過ごせていると、村の者は思っている。
ちゃりん。
ちゃりっ。
しかし、真実は、少し違う。
この祠が、噴火を抑制しているというのは間違いではない。
この祠が作られた真の目的は、火山の制御にあるからだ。
この祠を作った者は、もういない。
これは、魔法帝国の置き土産。
滅びる前に設置された、火山の制御装置。
王都を攻める前、再び噴火されてはたまらんと設置された、安全装置。
設置したものはすべて滅び、なぜそれがここにあるのか、知る者は誰もいない。
時に置き去りにされ、すべての者に忘れ去られた、古の遺産。
今だその命に従い、淡々と噴火をおさえる、山の守り神。
ツカサが疑問に思った、地震が何故起きないかという答えが、ここにあった。
ちゃりん。
ちゃりん。
壁にあたり、落ちる先にあるのは、薄暗くも炎のように赤く揺らめく光を点滅させる水晶球だった。
それが、この遺跡の中枢。
祠にむけられた祈りの意思を魔力に変え、山の噴火を制御する、遺跡のコア。
山の安全を願われるたび、その想いを糧とし、山の活動をおさえてきた。
そこにめがけ、一円玉は落下する。
どぷんっ。
落下した一円玉は、水晶であるはずのその球の中に落ちた。
まるで、液体にでも落ちたかのように。
水晶から出る、光が、増す。
赤い光が、脈動する。
脈動する。
どくん。
どくんと、火勢が増すかのように、光を強めながら……!
最後に最も重要なことを伝えておこう。
ツカサの投げこんだ一円玉。このイノグランドにおいて、それ。すなわち純アルミニウムとは、超がつくほど強力な魔法の触媒である。
たった一枚で、初級魔法が天候を変えるほどの威力となるほどの。
そして、この装置。その力の源は。もちろん、魔法である……っ!!
──リオ──
ソウラの力も借り、マックスと競争するように走ったおいらは砦に併設された村に到着した。
先を争ったけど、結局ついたのはほぼ一緒だった。
砦は、山の裾野が広がり平原が最も狭くなったところに作られていて、平原のはしとなる岩場のところまで、丸太の柵がずらりと並んでいる。
平原を馬で走ってきたとしても、この丸太をどうにかしないと先に勧めないようになっているようだった。
砦と併設されている村の周りにも柵があり、おいら達はその門をくぐる。
王国側から来たわけだから、門をくぐる分に咎められることは……
「おい、こっちだ!」
「まて、急いで伝令を走らせろ!」
門から村をのぞくと、せわしなく走り回る兵士や騎士達でごった返していた。
「なんだろ?」
「うむ。妙に騒がしいな」
「ここっていつもこんな感じなわけ?」
「いや、戦時でもなければこうもせわしなく動くこともないはずだが……」
「なら、祭り?」
女神ルヴィアが復活したってのを知って、みんな喜んでるとか?
「女神の復活を知るというのはまだ無理だろう。ここに神殿はない。天の啓示がふったとしても、ここに知らされるのはいくらなんでも、速すぎる」
「なら、なにがあったんだよ?」
「……ひょっとすると、あの魔女がなにかやらかしたのかもしれん」
マックスが深刻な顔をして呟いた。
「マジか」
でも、マリンならありえる。おいらはそう思っちまった。
まさか宿を占拠して、たてこもったとか?
「そこにいるのは、マックス。マックスか!?」
おいら達がやべえ。と戦慄していると、村の中でその姿を見つけた誰かが声をかけてきた。
走り回る兵士騎士の隙間をすり抜け、豪華な格好をした騎士がおいら達の前に現われる。
「お前、マイクか!?」
マックスが驚きの声をあげる。
そこにいたのは、おいらも知っている騎士団長だった。
マックスの友達で、マクマホン領領主の息子。マイク・ナントカ(また忘れちまったよ!)・マクマホン!
昔からたまーに話に出てくるが、マックスのダチで領主の息子でマクマホン騎士団の団長だって覚えときゃあとはどうにでもなるってヤツだ。
さっきマックスがここの警備は各領の騎士団が当番制でやってるって言ってたから、今回の当番はマクマホン騎士団てことなんだろうなあ。
この騎士団長がいるってことはさ。
「お前と言うのはこっちのセリフだ。お前こそ、なぜここに。女神を復活させるため、北の大地に旅立ったんじゃなかったのか?」
「ああ。旅立った。そして、その使命は果たしてきた!」
「なにっ? つまり……?」
「うむ。女神ルヴィアは見事復活なされた。じき、神殿の女神像も復活なされ、その加護も取り戻すだろう」
「それはいいことだな。これで、病に苦しむ者達も助かる。そしてなにより、女神様が復活なされたということは?」
期待のこもったマイクさんの視線を感じ、マックスはにやりと笑った。
ついでにサムライソウルも、どこか誇らしげにツバをカタカタと鳴らす。
「そう。ツカサ殿も復活なされた!」
「そいつはめでたい!」
なぜか男の子二人は、腕を持ち上げ、手首のあたりをぶつけあわせ、クロスさせる。
え? なにそれ。なんの意味があるの?
「それで、サムライ殿はどこに?」
「あー」
「あはは」
おいら達は、苦笑するしかない。
「今ちょっと野暮用で拙者達と離れていてな。なにより、復活はなされたのだが、そのお力は失われてしまっているとのことだ。あの方はまさに、見た目どおりの少年でしかなくなってしまった」
「そうか。生きて戻っただけでも奇跡なのだから、わがままは言えぬな。サムライ殿がいれば百人力であったのだが……」
ツカサが生きていたことは喜んだが、なぜかその力がないことに過剰にがっかりしたように見えた。
おいらもマックスも、違和感を感じる。
この人はツカサの活躍を目の前で見てきた人だから、ツカサの真の実力を知ってる人でもある。
でも、それゆえに命をかけて世界を救い、戦う力が失われていったという事実も知っている。
知っているのだから、これは想定の範囲内のはず。
なのに、過剰にがっかりした。
「マイク。それは、どういう意味だ?」
「お前達に言うことは出来ない。というのも簡単だが、お前達なら知っていてもらった方が王国のためにもなろう。聞いてもらえるか?」
「もちろんだとも!」
「いや、それ聞かねーって選択肢ない言い方だろ」
「確かにな」
マイクさんが苦笑する。
「ともかく、お前達がいない半年の間で、南の帝国に不穏な動きが出はじめたのだ。軍備の増強が確認され、戦の準備をしているともっぱらの噂だ。帝国に潜入している密偵からも、帝国の戦力がどこかの国に派遣される可能性があると報告があった。我々はそれを警戒し、こうして準備を進めているというわけだ」
そういうことか。
マックスが言ったとおり、戦時に近いからこの騒がしさなのか。
「拙者達がいない半年の間で、そのようなことになっていたとは……せっかくツカサ殿に平和になった世をお見せしたいと思ったというのに。想像以上に、女神の不在は大きかったようだな」
マックスと同様、おいらもがっくりと肩を落とした。
世界の危機が去ったと思ったら、今度は人類同士で戦うとか、バッカじゃねーの。
「まだ、不穏な動きをしている程度だ。戦争になるとは限らん。だが、今の帝国の動きを見る限り、時間の問題だろう……」
マイクはふう。とため息をつき、空を見上げた。
確かにそれなら、ツカサの力を頼りたいと思ってもおかしくはない。
でも、ツカサの力を、同じ人にむけさせるなんて、そんなことあっていいわけがないだろ!
まあ、ツカサはもう力を失っているから、意味のない話だけどさ。
「まだ戦争に入る口実もないから、そう簡単にははじまらないだろうが、油断はしていられん」
「そうだな。帝国がこの国に攻め入ろうと考えるなら、ここから王都を目指すのがセオリーだ」
この平原なら大軍を一気に動かすことも出来るし、王都も目の前だ。
兵を集め、攻め入るとすればここが一番というわけだ。
「マジかよ」
「それほど今の状況はきな臭いということだ。我等が戦う気がなくとも、むこうがその気ならばこちらも迎え撃つしかない」
こっちは平和にすごしたいってのに、隣の国が許してくれないとか、ふざけた話だ。
そもそも、ここにこんな平原があるのが悪い。
ここにこんな簡単に攻めこめるような場所があるから、相手も準備をはじめるし、警備もしなきゃならない。道としても使わないんだったら、こんなとこなくなっちまえば戦争も出来なくなるってのに。
「あ」
ぴーんときた!
「そうだマックス。聖剣とお前のサムライの力で、この平原真っ二つにして軍隊通れないようにしてやろうぜ! おいら達二人の力をあわせてフルパワーでぶっ放せば、谷の一つや二つ作れるはずさ!」
そう。おいら達だって今人知を超えたパワーを持ってるじゃないか!
マックスもそこそこサムライの技を使えるようになってきたし、ソウラは聖剣だし!
深い谷を作って川なんかを作れば、あっちもこっちも簡単に攻められなくて、しかも水がこの不毛な土地に恵みを与えて万々歳じゃないか!
「はあ」
『さすがに、それは……』
マックスとソウラがため息をついた。
「無理だってのか!?」
『無理ではありません。地獄でかなりの力を消耗しましたが、日の下に戻った今ならば不可能ではないでしょう』
「ならさっ!」
『可能ですが、やるのはお勧めいたしません』
「ソウラ殿がとめるとおりだ。それ以前に、それでは戦いを止められぬ。むしろ、お前が戦争をはじめるきっかけを作ることになるぞ」
「え?」
マックスの言葉に、おいらは衝撃を受けた。
なんでだよ!
「あの平原は、どちらも自国の領土だと主張している場所だ。下手に手を出せば、自国を侵攻したと、格好の大義名分をあたえる口実となる。今度はそれを理由に、帝国は我々を悪として自由に攻めこめるようになるのだ」
「ま、まじ?」
「マジなのだ。確かにその方法で今、ここでの戦いは止められるだろう。しかし、それがきっかけで戦争がはじまる。それでいいのか?」
「いいわけねーだろ!」
ダメなのかー。
いい考えだと思ったんだけどなー。
ちくしょう。おいら達の力じゃ、戦争はとめられないってのかよ……!
せっかく力があるってのに、こんな無力感を感じるなんて。
もし、ツカサが今力を持ったままなら、こんな時、どうするんだろ。
「やるならば、せめて自然災害に見せかけてにしろ」
マックスが、せめてもの案としてそう口にする。
ゴゴッ。
「自然が引き起こしたこと。それならば、どちらも文句は言えぬからな」
ドドドドドォン!
「そう。あのように!」
マックスが、山の中腹から火柱のように上がる真っ赤な液体(溶岩。もしくはマグマっていうんだってよ)を指差しうなずいた。
そっか。確かに、ああいう風にな……って、え?
「……って、は?」
マックスが、なにかがおかしいと気づき、その噴出すマグマの壁を二度見する。
「って、なにこれー!?」
「なにが起きたー!?」
おいら達も遅れて事態に気づき、そっちへ注目した。
平原で、なにかが、起きている。
慌てて砦の見張り台に走り、平原を上から見る。
ゴッゴッゴッゴッ!
簡単に言えば、大地が、裂けていた。
白い煙を出していた山の中腹から平原にかけて、真っ赤な線を一本描くように大地が裂け、赤い液体。マグマが壁のように噴出しているのが見える。
それは大地をえぐり、平原どころかはるか先の崖。海までを貫くほどの威力を見せていた。
おいら達は噴出す溶岩の熱は感じるけど、裂け目から噴出したそれがこっちまで来るなんてことはないように見えた。
どろりとした溶岩は、引き裂かれた大地から噴出し、そこを通り、そのまま海に流れている。
滝のように流れ落ちた火の泥が海水に落ち、大きな水蒸気があがったのがわかった。
「噴火、なのか、これは……」
その光景を見た誰かが呟いた。
それはまさに、自然の驚異。
人間の力では対抗することすら出来ない、雷や嵐のような災害そのものだった。
その、割れ目噴火と呼ばれる現象は、真っ赤なラインを大地に刻み、ほんの一瞬。短い時間で終わりを告げた。
大地を引き裂き、巨大な割れ目を作り、赤い溶岩がその周囲を塗り固める。
山の下にたまっていたものすべてを放出し、残されたのはまっすぐに描かれた赤くて黒いくて深い割れ目だけが、わたし達の前に残された……
ゴゴゥン。
さらに、噴火のやんだ山の中腹から水が噴出すのが見えた。
どうやらあの山の山頂付近には、水がたっぷりたまっていたようである。
それが流れ出し、その巨大な割れ目に水が満たされてゆく……
そこにはいずれ、巨大な川が完成することになるだろう。
なに、これ……
それは、おいらがやろうと思い描いた絵図そのものだった。
「な、なあ、マックス。これって……」
「あ、ああ。これはまさしく、自然の災害。これでは、誰もどちらも、文句など言うことは出来ぬ……だが、なんだこれは。平原が割れ、兵はここを通ることが不可能になった。これはまるで、戦争を止めるため、神が引き起こした奇跡のみわ……っ!?」
御技と口に出そうとして、マックスはなにかに気づいた。
はっとする。
おいらも、まさか。とその可能性に思い至った。
「これは……」
「この所業は……」
おいら達は顔を見合わせる。
「ツカサが今居るのは?」
「あの、山にござる……!」
おいら達の顔は山の方へむいた。
すると、草も生えぬ山の方からぽてぽてと何事もないかのように降りてくる人影が見えた。
おいら達は、大慌てで駆け出す。
マイクさん達は今起きた事態を収束させようとだが、おいら達は違う。
目指すは、山からこちらに降りてくる人のもと。
ツカサのところ!
確認しなきゃいけない。
これが、ツカサが引き起こしたことなのかを!
──マリン──
はあい。夢の中からこんばんは。
おねむ中のマリンちゃんだけど、特別に今起きたことを説明してあげるわね!
ちなみにこの説明は、ただの寝言だから。私本人は寝てて、起きたらさっぱり覚えてないから注意してね。
あとでお前、ここで口にしてたじゃねーかと言われてもさっぱりわからないから。
これはあくまで寝言。私は寝てる。夢の中。
なんで寝言なのかって? そりゃ、単純に説明がナレーションの淡々とした言葉じゃつまらないじゃない! ちょっと、ジャックさせてもらったの。この、美少女オブ美少女の、私がッ!
異論は認めないわ。
OK?
というわけで、説明さくっと開始よ!
ちょっと前に天の声が言ったけど、あの祠は火山の制御装置なのは理解してるわね?
七百年前に設置されてからずっと、願う人の意思を魔力の糧としてこの山の噴火を制御してきた。
ちなみに、この願う人の魔力を使うってのは、魔法帝国末期のそろそろマナやべぇんじゃね? という危機感から作成された、大気や大地のマナだけを使わず魔法を発動させるというのをコンセプトに設計された魔具なの。
ちょっと前にマックスちゃんが口にしていた、消耗型魔法体系のものではなく、魔力に変換したマナを消してしまうのでなく再びマナになるよう循環させる循環型魔法体系の原型ね。
これが、命令を送る帝国が滅び去っても、制御の命令が尽きなかった理由。
ここ、テストには出ないから覚えときなさい。
火山にわざわざやってきてお願いする人達の願いは、たいていこの山の安全祈願。
だから、いつもはそのまま願いも火山制御に力が回されてるってわけ。
でも、今回はちょっと違う。
現われたのは、ツカサ君と例の金属プレート(一円玉)なわけ。
まさか、山の安全を祈る場所で、まったく違うことを願った挙句、プレートまで放りこむ者が現われるなんて、誰が想像するかしら。
あのプレートはこの大天才マジカルビックスロットマリンちゃんも驚くほどの魔法触媒。
そんなものを放りこまれて願いをこめられたんだから、そりゃそれ相応の反応もするってもんなのよ。
もんなのよ!
ツカサ君はあの時のほほほーんと安全祈願をしただけだったけど、同時に、もう一つ願いごとをしたわ。
リオちゃんとマックスの願いもかないますように。と。
そして、リオちゃんは村で強く強く願った。
戦争を、はじめるわけにはいかないということを!
そう。これで答えはわかったわね。
この山の守り神様は、リオちゃんの願いをかなえるため、火山を噴火させ、平原を真っ二つに引き裂いたってことなのよ。
あれほどの噴火も、ツカサ君の金属プレートがあれば造作もないこと。
リオちゃんが願ったのも、あの子の心根がとても優しいから。
こうして、王都キングソウラに侵攻を目論んだ帝国は、自分達が原点とする旧魔法帝国が有利となるよう設置した遺産によって阻まれたというわけね。
ちなみに、コレが一番重要だから最後に言うわけなんだけど、この私がテレポートをミスらなければ、こんなスペシャルなことは起きなかったのをみんな忘れないように。
そう。すべての功労者は、この私!!
だから、私を崇めるよーに。
敬うよーに。
わかったらお返事ー。
お返事はー? んー。むにゃむにゃー。
Zzzzzz……
──ツカサ──
御参りも終わり、のんびり山を下っていると、地面が小刻みに揺れているのを感じた。
ああ、やっぱ火山の近くだから、地震あるじゃん。なんて思ったのもつかの間。背後から轟音が聞こえて、山の反対側から平原にかけて、真っ赤なマグマが地面から噴出しているのが見えた。
って、これ地震じゃなく噴火だコレー!
地震大国に住んでいるといっても、噴火をこんな間近で目の当たりにするのは初めてだ。
裂けた大地の中から、もの凄い勢いで熱せられて真っ赤になった溶岩が吹き上がっている。
それはまるで、山側から海にむかって連続して噴出す噴水のようだ。
熱風、衝撃はすべて平原から海の方へ流れ、山側のこちらにはふいてこない。
なんだこれ。
なんだこれとしか言いようのない、自然の驚異が目の前で起こっていた。
溶岩が一気に噴出し、海まで到達すると、今度は山頂付近から水が噴出し、噴火で出来た溝に流れ込みはじめた。
どうやら、噴火そのものはあの一瞬で終わったようだ。
山にたまっていたすべてのマグマを吐き出し、一気に沈静化したらしい。
しかし、山頂付近から水が流れ出しているってことは、あのへんに水がたまっているということ。噴出したマグマが山腹でなく、真上に噴出さなくて本当によかった。
平原側へマグマが逃げず、まっすぐ山頂の方へむかっていたら、そこで水蒸気爆発が起きて大変な噴火になっていただろう。
そうなっていれば、今、こんな風にスゲェことが起きた。なんて考えている暇もない。
吹っ飛んだ山頂の噴煙その他で、逃げ惑うハメになっていただろうから。
そんな事態、考えただけでも背筋が凍る。
平原が真っ二つになって溶岩の谷が出来てるけど、それだけですんでホント幸運だった。
っと、こんなところでのんびり溶岩が固まるのを見てる場合じゃねえ。
こんなことがあったんだ。きっとリオ達が俺のことを心配している。
早いトコ村に行って安心させてやらないと。
少し足を速め、山を降りる。村の入り口が見えると、そこからリオ達が俺を出迎えるように走ってくるのが見えた。
よかった。二人ともちゃんと村についていたんだな。
二人の姿を見て、俺はほっと胸をなでおろした。
──オーマ──
なんかトンでもねぇ音が聞こえたから目を覚ましてみると、とんでもねぇことになってやがった。
山が大噴火を起こし、平原を真っ二つに引き裂いてるじゃねえか。
ちょっとおれっちが寝ている間に、一体全体なにが起きたってんだよ。
流石のおれっちも状況がさっぱりのみこめず、なにが起きたのかを相棒に聞こうかと思ったら、リオとマックスの二人が村から大慌てで飛び出してきて、平原を真っ二つに引き裂いた噴火は相棒がやったのかっておれっちの聞きたいことを即座に問い詰めてくれたぜ。
「いや、俺にあんなこと出来るわけないだろ」
相棒は、おいおいと呆れるように言い放った。
質問攻めのおかげで、大体事情はのみこめた。
早い話、相棒がその大噴火を引き起こしたかってことか。
そして相棒は、いつも通りに否定したってわけだ。
「オーマ、一緒にいたお前なら、ツカサがやったの見たんだろ?」
『いや、わりぃが旅の疲れでさっきまで寝てたんだよ』
「なんでこういう時に限って!」
おれっちの答えに、リオがなんでだー! と頭を抱えた。
『しゃーねーだろ。おれっちも限界だったんだから。まあ、安心しろよ。サムライの技の中にゃ、地脈を突き、噴火を自在に操るのだってある』
「あるの!?」
「あるにござるか!?」
『もちろんあるに決まってんだろ。火も風も雷も自在に操れるんだ。火山だって同じこと。サムライにどうにかできねぇのは、死者の復活くらいよ。相棒がその気になりゃ……って、ん?』
なんか、おかしい。
おれっちは首。はねぇが。比喩的表現で首を捻った。
おれっち達、なにか見落としてねぇか?
「いや、だから、俺今回もなにもしてないからな?」
相棒が、いつものように否定する。
本当に、いつも通りだ。とても、力を失ってるとは思えねぇほどの……
『……あっ』
「やっぱり……」
「やはりっ……!」
リオとマックスはやはりと確信し、おれっちはその違和感の正体に気づき、声をあげた。
そうだよ。あまりに、いつも通り過ぎる。
ついついうっかりそのいつも通りでスルーしちまったが、復活した相棒は今、力をすべて失っているはずだ。
なのに相棒は、力を失う前となんら変わらない。
超然とした態度で、そこにいる。
だが、そもそも相棒はダークカイザーを倒して士力をほぼ失った状態でも態度は変わらなかった。
なら、力がない今でも、同じでも不思議ではねぇ。
だがおれっちは、聞き逃してはいなかったんだぜ。
そう。山の上で相棒が、「ヤバイ」と言ったことを。
相棒も気づいていたんだよな。平原の南に行った先にある、もう一つの砦に、多くの騎兵が集結しているのを。
なにかをおっぱじめようとしている、まじい気配を漂わせているのを。
あの不穏な空気は、おれっちも見逃さなかった。
力を失ってもその洞察力、観察力に衰えはねぇのかと感心し、力を失っている今ではどうしようもないから、一刻も早く下の奴等に知らせないと考え、「ヤバイ」と出たのかと思ったが、そうじゃなかったんだな……
力が戻っていたとすれば、あのヤバイは違う意味に変わってくる。
そう、早く止めないと、ヤバイという意味に!
相棒からすりゃ、いつも通り戦争を止めるため動いたに過ぎないんだろう。
あくまでこれは自然が引き起こした噴火。
人の手が関わったことじゃぁないっていつもの主張だ。
そう。相棒にしてみりゃ、いつもと同じ。
が、おれっち達は違う。
いつもと同じなんかじゃねえ。
なんせおれっち達は、女神に相棒は力を失っていると聞かされていたからな。
あいつらなんて、力を失った相棒を、今度こそは守るんだと意気ごんでたぐらいだ。
だが、地脈を刺激し、指向性を持って火山を噴火させるなんて無茶、サムライである相棒以外に誰が出来るってんだ!
平然と今までと変わらぬ相棒。相棒が来た途端に起きる、戦争回避の噴火。
こんな偶然、あるわきゃねえ!
おれっち達は、出会った時から変わらぬ相棒を見て、確信した!
(誰だよツカサは力失ってるって言ったの! 全然まったく力失ってないじゃないか! むしろ、ダークカイザーを倒す以前の状態にさえ戻ってるじゃないかー!)
(話が違うでござるよ女神殿ー! ツカサ殿、力失ってないじゃないかでござるか! むしろ、完全復活しとるでござらんかー!)
『(女神の力を失っているとはなんだったのか。完全復活してるじゃねーかよ相棒! むしろ、女神の予測さえ軽々とこえ、復活ついでに力も取り戻しちまうとは、おれっちも予測してなかったぜ!)』
あまりのことに、刀身が震える。
この衝撃の確信に、リオもマックスも、おれっちと同時にたどりついたに違いねぇ。
二人からは相棒を守れないとがっかりした気持ちと戸惑いも感じるが、それ以上に歓喜がわいているのも感じられた。
弱った相棒を守りたいってのは、今まで世話になった分を返したいって気持ちの裏返しで、よくわかる。
だが、だがよ。
二人にとって、相棒ってのはそういうもんじゃないって気づいたんだな。
背中を追い、いつかこえるべきたけぇ山。
あのダークカイザーさえ単騎で打ち滅ぼした、正真正銘、本物の、絶対無敵のサムライ。
戦況云々なんてまったく関係なく、全てを覆す、究極の戦士。
伝説の完全復活!
そんな超えるべき巨大な壁が帰って来たんだ。
よろこばねぇわけがねえだろ!!
「ツカサー!」
「ツカサ殿ー!!」
相棒の完全復活に気づいた二人は、復活の時と同じように相棒に抱きついた。
ったく、相棒の都合も考えろよ。
噴火を起こし、軽く汗を流した程度でも、お疲れなんだからよ。
やれやれと思いつつも、おれっちは口には出さなかった。
ま、少しくらいは、いいってもんだろ。
今こそが、相棒との真の再会と言ってもいいんだからよ。
──ツカサ──
村に着くつく直前、リオとマックスが飛び出してきたさらに抱きつかれた。
さすがに、こっち帰って来てすぐ離れ離れになった挙句噴火まで起きたんだから、もの凄く心配させてしまったらしい。
復活に尽力してくれたことといい、ここまで心配されると、ちょっと照れくさい。
だから、再会の喜びに浸る二人の気が済むまで、俺は流されるままでいることにした。
────
──グラフストン平原、割れる。
この一報は、国中を、いや、世界を駆け巡った。
かつて平原を生み出した噴火が、今度はその平原を真っ二つに引き裂いた、歴史に刻まれる大噴火。
山の中腹から深い谷が出来、海まで流れ落ちる谷川が出来た。
いずれの話になるが、その谷を渡すよう石の橋がかけられ、商人達が交易のため歩き、流れた水により作物が育つようになるが、それはもう少し先の話である。
これにより、この平原を使い大軍を動かすというのは不可能となった。
大軍を動かせなくなってしまったその平原に、戦略的な価値はもうないだろう。
約七百年間、王都キングソウラの喉元に突きつけられた歪な刃は、同じ噴火という力を持ってついに取り除かれたのである。
これにより、ここの警備に当てていた戦力を他所に置けるようになれば、王国と帝国との間だけでなく、周辺諸国とのパワーバランスも大きく変化することとなる。
一つの噴火により、多くの国家が思い描いていた絵図は、書き直しを余儀なくされた。
その中には、そこより攻め入ろうとしていた帝国の思惑もふくまれる。
砦に用意していた騎兵隊の撤退を余儀なくされた帝国は、その予定を大きく変えざるを得ないだろう。
多くの者は、この日起こった大噴火は、自然が引き起こした偶然の産物だと思った。
しかし、ある存在を知り、その存在が消えたと知る者は、この噴火に大きな違和感を覚えた。
帝国が王都を攻めようとしたこの時、あまりのタイミングのよさ。
誰も文句も言えない、ありえない方法での戦争回避。
さらに、戦争を止めるだけでなく、新たな川を生み出し、あげく不毛の大地に新たな可能性を植えつけた。
実際に起きてしまったありえないはずのことに、彼等は予感的ななにかを感じ取ったのである。
後に、彼等はこう語る。
その日、伝説が、復活した! と!!
おしまい