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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
63/88

第63話 片梨士の行方


──ツカサ──




 この世には、例え世界が変わろうと変わらない、絶対不変のルールというものが一つだけ存在する。


 それは、異なる世界の同一人物が出会うと、出会った双方は消滅してしまうというルールだ。

 同一存在が同時に同じ場所に存在することにより、世の理が不安定となり世界そのものが消滅するのを避けるため、その元凶そのものを消し飛ばして安定を取り戻すのがその原因だ。


 異なる世界よりやってきた者は元いた世界へ返され、元々その世界にいた者はその世界から消滅してしまうというとても理不尽なルールである。


 それは、その世界を作った神様でさえ抗うことの出来ない、絶対の理。



 そして今、俺は明らかに俺と同一存在であるそっくりさんに喉を掴まれていた。


 どっかで見たことある真っ赤な瞳をしている俺。



 感じるのは、重力を無視してふわりと浮かんだような不思議な感覚。

 異世界を何度か行き来している俺にはわかる、世界と世界を渡る時に感じる、浮遊感にも似たこれ……!



 このままだと俺、消え……



 消え……




 消え……





 ……ない?




 ヤバイ。消えると思ったのもつかの間だった。


 すぐ地に足が着き、この世界を追い出されるような感覚はなくなる。



 あれ? 消えないよ。俺、消滅してないよ。


 どゆこと?



 一体なんだったのかと思えば、目の前ではもう一人の俺が苦しそうにうずくまっていた。



「なに、がっ……!? 封印の鍵。貴様、我に、なにを……! 消えっ。我が、ぐわあぁぁぁ!」



 うずくまったもう一人の俺の背中あたりから、なにか黒い煙のようなものがぼしゅっと出て、消えた。

 な、なんじゃこっちは?


 あっちも、元の世界に戻らず、残っちゃったよ。



 一体ホントになにがどうなってんだ?


 消滅するかと思ったらしないし(おかげで助かったけど)


 目の前には苦しんでる俺がいるし。


 こっちも五体無事だし。



 あのルールって異世界イノグランド限定だったってこと? 女神ルヴィア様の勘違い?


 誰か説明してくれ。



「うぅ……俺は……」


 苦しんでた俺が頭を振りながら顔をあげる。

 俺と、目があった。


「え?」


 俺を見たもう一人の俺は、驚いたような顔をした。


 この驚き方は、さっき俺を掴んだ真っ赤な瞳をした俺の時とは反応が明らかに違う。

 はじめて俺を見た。というような反応だった。


 さっきまで真っ赤だった瞳の色も俺と同じ色になってるし、ホントにホントにどうなってんだよ。


 これで手を繋いでくるくるっと回ったらきっと誰も見分けつかないぞ。



「俺が、いる……そうか。やはり俺は、紛い物だったんだな……」


 見上げ、唖然としていた俺がどこか納得したように呟いた。

 おいおい。いきなり一人で納得して。俺にもわかるように説明してくれよ。



「君が本物の片梨士なんだろう? そして俺は、ただの駒……」



「い、いや、ちょっと待って。話が突拍子もなさ過ぎる」


 そもそも本物紛い物というのはおかしい。

 さっき消えそうになったんだから、俺もお前も異世界の同一人物で、どっちかが異世界人で、本物偽物なんて区別はないはずだ。


 むしろ、どっちも本物……の、はず。


 この俺は、この世界にもうひとり、本物の俺がいて、それを模して自分が作られたとか思ってんの?



「俺も確かにツカサだけど、君もそうのはずだ。それでいきなり本物とか偽物とか。どういうことなんだ?」


「……そうだな。聞いてくれ。本物の俺になら、知る権利はあるはずだ」


 床に崩れ落ちたまま、俺が語りはじめた。



「俺は、闇将軍復活のために作られた、ヤツの分身。ヤツの思惑通りに動く、駒だったんだ……」



「??」

 余計に意味がわからない。



 え? ダークカイザーさんじゃないの? 闇将軍? なにそれ? 別の異世界侵略者?

 ナントカ将軍がつく将軍は征夷大将軍か犬将軍くらいしか知らないよ俺。


 つーか、ダークカイザーじゃないのか。ダークカイザーならそろそろ俺に触れたらヤバイって学習していてもおかしくないもんな。

 不用意に触れてくるのもおかしな話だもんな。


 いや、ダークカイザーじゃないとわかったのはいいけど、余計にわからなくなってきた。



 俺が疑問を口にする前に、目の前の俺は偽者としての自分の生い立ちを説明しはじめる。



「俺は生まれてからこれまで、俺は自分の意志で生きてきたと思っていた。三歳の時士力のことを理解し自由に操れたのも、サムライの世界を見抜き、彼等は自分より劣っていると確信したのも、すべては俺が天才だからだと思っていた」


 ……なんかすっごいことおっしゃってませんかこの子。


 平凡普通の俺が口にしたら白い目で見られるようなこと平気で口にしておりますよ?



「だから俺は、あえて時が来るまで力を隠そうと思った。能ある鷹は爪を隠す。隠れたヒーロー。それはカッコいいと思い、力を隠していた……」


 あ、その気持ちは理解出来る。


「だがそれは、すべてヤツの思惑通りで、ヤツのてのひらの上で踊っていたにすぎなかったんだ! 俺の思惑と思っていたこれは、この体が成長するまでの時間、サムライに見つからないようにするための思考だったんだ!」


「ほうほう?」


「時が来て、ついに闇将軍は動き出した。成長した俺の体を奪い、完全復活を成すため士力を吸収しはじめたんだ。誰にも気づかれないように、闇将軍は俺を使い、自力で復活しようとしたんだ!」


 うなだれていた俺が、床を叩く。


「ヤツに体を奪われ、気づいた。俺はずっと、ヤツと深い深い闇の底で繋がっていたと! 封印の隙間から、ヤツは力を注ぎ、俺を生み出したと! 俺は思い知らされた。この力も、思考も、すべてはヤツの復活のため植えつけられた、ヤツのものだったと!」


「そのヤツってのは、闇将軍?」


「そうだ。闇将軍。今から千年の昔、世を己の好きに塗り替えんがためサムライに戦いを挑み、封印された存在……ずっとずっと世を闇に染めようと、呪詛を呟き続ける、災厄のような存在……」



 千年前の存在。

 よくそこまで……と思ったけど、繋がってたわけだからそっちからも情報がきてたってわけか。


 分身で、力と知識を与えられたってさっき言ってたもんな。


「じゃあ、さっき弾き出されたのは……?」


「あれは、俺を自由に操っていた闇将軍の一部だ。吹き飛んで消えたおかげで、こうして今俺は話が出来る」



 あぁ。


 なんか納得した。


 さっき俺と触れ合ったのは、もう一人の俺の一部だけだった。

 あくまでほんの一部だから、消えたのはそれだけ。俺もそいつもこの世界から完全に消えなかったというわけか……


 つまり、その封印された闇将軍てのが、俺の同一存在ってことになるわけだな。

 ダークカイザーと同じく、他の世界の俺ってトンでもないことやってる奴多くてコンプレックス感じちゃうよ。


 前に女神様に呼んでもらったミミズとか、実はあっちの世界のトンでもない実力者だったりして。



 閑話休題。



 いやー、しかし、闇将軍とか封印とか。俺の世界にもファンタジーなことあったんだな。


 千年の封印とか、社会の裏には俺の知ら……



 ……千年?



 いや、ちょっと待って。千年!?


 千年前からこの世界で封印されているって、それって俺より先にここにいたってことじゃね!?



 それならなんで、俺の世界に俺の同一存在が?


 いや、これはむしろ……



 ……俺が、この世界の人間じゃない!?



 こ、これは、衝撃の事実だよ。

 でも、その闇将軍てのが俺の同一存在なら、そいつは俺よりずっと前からこの世界に存在していたことになって、俺はこの世界に生まれない。生まれられない。


 俺がいるわけないのだから、必然的にここは、俺の世界じゃなくなる……



 つーか、なら、一体いつから俺は、この異世界に迷いこんでいたんだ?



 ……いつ?(首を)


 ……さあ。(捻る)



 うん。元の世界とそっくりだったから、さっぱりわからん!

 まったく気づかず普通に生活していたくらいだからな。



 だが、俺より先に同じ存在の俺がいたんだから、ここが俺がいた世界じゃないのは間違いない。


 俺がいるのに、俺がまた生まれるのはおかしいからだ。



 なら、千年前からの封印があって、なにかすごいファンタジー要素があっても不思議はない。

 だってここ、俺のいた世界じゃないんだから!



 とりあえず、ここが俺のいた世界じゃないと判明したのだから、帰ることを考えなければ。



 ひとまず、話を纏めよう。


 まず千年前。ここの世に、災厄なんて呼ばれるくらい悪いことをしたもう一人の俺こと闇将軍てのがいて、封印されて、千年経ったらその封印にちょこっと穴を開けたのかほころびたのか知らんが見つけて、利用して、自分で自由に動かせる駒を、封印の外に生み出したと。


 んで、計画通りその駒は成長し、準備万端となったところで、封印されたところから駒を動かし、外から封印を解こうとしている。と。


 その過程で俺と接触しちゃって、この駒の中にいたもう一人の欠片は消滅して、無事解放されたと。


 それが、俺の目の前で自分は偽物だと思いこんでいる片梨士君だ。

 元々の俺と同じポジションにいて、同じように父母妹の四人家族で暮らしていたはずの、本来俺がいた位置にいた、この世界の、本当の片梨士。


 俺をコピーして、記憶を移して作られたとかじゃなく、一応ちゃんと片梨家に生まれたご長男だ。

 姿形が一緒なのは、元が俺と同一存在だからってことだろう。


 つまり、このまま俺がここにいると、俺が二人になって、事情をまったく知らない人達は大混乱するしかなくなる。ってことだ。



 だから、さっさとその闇将軍とやらに触れて、さっきみたいな中途半端な帰還でなく、完璧な帰還をはたさなくてはならない!



 ちなみに、この時俺はこっちの俺を混乱なく元の位置に返すため一刻も早く元の世界に戻らねばという使命感に心が一杯で、闇将軍を封印したのは何者なのかや、ここを所有する劇団サムライが実はなんなのかなど、浮かんで聞いておくべき疑問に思い至らなかった。

 だってしかたないよ。いきなり怒涛の展開で、ちょっとばっかしパニクってたんだから。視野が狭くなっちゃってたんだから!



「ふふっ。話が出来る。か。この俺の言葉も、俺が自分で発しているモノじゃない。すべて、ヤツの思うがまま。ヤツのために動く、俺は、闇将軍の一部なんだ……」


 あぁ、俺がいることで自分が紛い物だと思った俺が深淵に入るほどに落ちこんでる!



「……」


 ぽん。


 俺は、膝を突いてうつむく彼の頭に手を置いた。



 びくぅっ!


 俺が触れた瞬間、彼は一瞬震えた。



 ナデナデ。



 頭を撫でる。


 それを、もう一人の俺じゃない俺は素直に受け入れる。



 そして俺は、確信する。


 どれだけ触れても、この俺は、消えないと。



「君は、闇将軍の一部なんかじゃないよ。立派な、一つの個人。今までを立派に生きてきた、片梨士その人だよ」


「え?」


 そう。闇将軍の一部というのなら、俺も彼も、もう消滅していないと辻褄があわない。



「そもそも俺の方がここでは紛い物さ。君こそが本当の片梨士なんだから」


「なにを、言って……? なら、君は何者なんだ?」



「俺か? そうだな……」



 俺は、ニヒルににやりと笑った(つもり)



「俺は、その闇将軍を吹っ飛ばすために来た者さ」


 そう、言い切った。



「なん、だって?」


 俺がとっても驚いた。

 ふふっ。相手は自分だが、人を驚かすのって楽しいよな。


 相手が俺だから、こんな冗談じみたこともすらすらと出てくるぜ!


 ま、嘘は言ってない。


 元の世界に戻るには、そうしないとならないからな。

 俺がここに呼ばれた理由も、そういうことなんだろうし。



「だから、俺を闇将軍のところにつれてけ。それで全て解決だ」


「だが……」



「まさか場所がわからない? そうなると、面倒なんだけど……」


「い、いや。そうじゃない。ヤツがいる位置はわかっている。そうじゃなく、闇将軍の力は絶大だ。君がたった一人で勝てるわけがない」


 なんだ。そういうことか。


「勝ち負けはどうでもいいんだよ。俺が触れるか、触れないかだ」


 それで終わりの話だからな!



(勝ち負けはどうでもいいだって!? なら、お前自分は死んでもいいってことか!?)


 なんか俺がスッゲー驚いてた。

 なんでそんなに驚くの?


 あ、そうか。


 そもそも一人で行くと思われたのか。


 んなわけねーべ。仮にも俺はイノグランドという異世界ファンタジーを経験してきた猛者(自称)なんだぜ。現代ファンタジーの中に放りこまれたところで余裕なんて見せるわけないじゃないか!


 この世界のことはまだよくわからないけど、そんな封印だなんて危険極まりなさそうな場所に、ノコノコ一人で行く気なんてさらさらないよ!



「だから、俺を闇将軍のところまで案内してほしい」


「お、俺が!?」


「居場所がわかるんだから、当然だろ?」


「いや、俺はいつまた闇将軍に体を奪われるかわからないんだぞ? 敵を二人に増やすつもりか?」


 ふふっ。そう言われるのは想定内!

 むしろ、君は俺と一緒に来なければならない!



「だからこそ、俺と一緒に来るべきなんだ。どうせここに置いていっても体を乗っ取られる危険性は変わらない。だが、俺と一緒にいれば体を奪われる可能性はなくなる!」


 だって俺が触れていれば奪いに来た瞬間この世からオサラバなんだから!


 俺が触れている限り、この俺はこの世界の俺に体を乗っ取られることはないというわけだ。



 そうなれば、この俺はとても頼りになる俺のボディーガード。

 連れて行ってもらって、あとは俺がその闇将軍に触れるだけ!



「なっ!? 本当なのか!?」


「俺が触れていればそいつは近寄ることは不可能だ。ゆえに、俺をおぶってさっさとそこに連れて行くがいい! 現場に到着すれば、あとは俺が終わらせるから!」


 まだ膝をついていた俺の背中に、俺は強引にのりこんだ。


「ごー!」


 肩に手を置き、前を指差す。



「……わかった。わかったよ」


 やれやれと、俺は立ち上がった。


 ふふっ。異世界の俺のコピーとはいえ、俺と入れ替わってもまったく指摘されないほどそっくりな存在だ。

 なら、これくらい強引にやってしまえば、折れるとわかっている!


 動き出してしまえばもう悩むこともできなくなるから、あとは闇将軍のところへ一直線に連れて行ってもらうだけって寸法よ!


 相手は実質自分だからな。これくらい強気にも出れるというものさ!!



「……ところで、その闇将軍の封印場所って、どこ?」


 動きはじめて、ふと思った。

 ここからはるか遠くです。とか言われたら、流石に同じ顔でおんぶして移動とか恥ずかしくなっちゃうからな。



「ここの、さらに地下だ。行くぞ」



 ああ、地下ならよかった。

 なら、あとは乗ってるだけでえぇぇぇぇー。


 ばびゅーん。



 俺を背中に乗せたまま、俺はものすごい勢いで走り出した。


 その速さ、とても人とは思えない。



 なんぞこれはあぁぁぁぁー(どっぷらーこーかー)




──片梨彼方──




 色々後始末とか片付けなければならないことが重なり、御前試合は延期になりました。

 その上、大勢のサムライの怪我や疲労がありますから、仕方のないことでもあります。


 舞台の上では第一刀が治療を受けており、私も疲労回復のドリンクをもらって飲んでいます。


 舞台の隅っこの方では、三老中が集まってなにか話していますが、その会話は私にも聞こえません。

 一応「裏将軍様」「無事を確認しに」なんて言葉は聞こえましたが、内容まではわかりませんでした。



『たっ、たっ、たっ、大変ですっ!』


 観客席に設置されたスピーカーから誰かの慌てた声が響きました。


 私は知りませんが、亜凛亜さんや老中の方々と顔なじみの技術者の一人だったそうです。

 その技術者が、大慌てで総合管制室からこちらに声を伝えてきました。



 一体何事。と私達は全員空を見上げます。

 上を見てもなにかあるわけでもありませんが、声だけなので、どこに注目していいかわからないのでしょう。



『これを、見てください!』


 客席に設置された大型モニターにマップが映し出されました。

 いわゆる建物内の地図のようで、その中心に光点が一つあります。


 新人である私には、この地図がなにかはわかりませんでした。


 でも、第一刀、三老中の方々がそれを見て目をむいて唖然としていました。



 そして、続く言葉で、私達も愕然とさせられます。



『正体不明の士力が封印の間に接近しています!』



 ざわっ!!


 この場にいた全員が大きくざわめきました。

 封印の間とはすなわち闇将軍が封印されている場所。


 そこを目指し、迷うことなく突き進む何者かがあるというんです!



 誰もがありえないと思いました。


 だって、闇将軍を復活させるため、ここを襲撃した死士達は全員倒れたはずなんですから!



「防御システムはどうなっておる!」


『ダメです。反応しません! すべての扉もなぜか開いて、突破されて行きます!』


「バカなっ。裏将軍様でなければ、そんなこと出来るわけが……」

 老中の一人が、唖然としてマップを動く光点を見つめています。


「一体、なにものが……!?」



「何者とは、裏将軍以外にないだろう」



「っ!」


 選手入場口から響いた言葉に、私達は一斉に振り返りました。


 そこにいたのは……



「秋水、貴様!」


 そこにいたのは、秋水と呼ばれた髪の長い優男と、亜凛亜さん。おまけに長居さん他がいました。


 亜凛亜さんも無事だったんですね。



「裏将軍様がじゃと? 連絡がつかぬとは思ったが、一体何故」


「いや、お前達が想像する裏将軍ではない。封印の間へむかっているのは、新たな裏将軍だ」


「なん、じゃと……?」

「では、特別観覧席にいる裏将軍様はどうなったというのだ!」



「そこまで俺は知らぬ。だが、封印の間へむかっているのは、新たな裏将軍だ。名を、片梨士という」



「~~っ!!?」



 場の全員が、声にならない驚愕の声をあげた。


 さっきまでそこにいた少年。

 いえ。私の兄さんが、新しい裏将軍になっていたなんて!


 あまりにめまぐるしい展開に、誰もが口をあんぐりと開き、目をぱちぱちとするしか出来ません。


 三老中も、第一刀も、そして、私も。



「なぜ、兄さんが……?」


 口を開いたのは、私でした。



「まさか、秋水、貴様が見定めようとした闇を払う者とは、闇将軍を払うということか?」


「そういうことになる。だから、心配などしなくていい。お前達サムライの本懐は、これで遂げられるのだからな」


「ばっ、バカなことを! 本気でそんなことを信じているというのか!? 一体、なにを根拠に!」


「俺は、聞いた。くだんの占いを。絶対に外れぬ、先見の妖怪の言葉を」


「なっ!?」


 くだん。

 確か、件と書いたはず。これは、人+牛という文字の通り、半人半牛の姿で生まれてくるという、未来を予言するという妖怪の名です。


 その予言は絶対に当たるといい、生まれて数日で息絶えるまでの間、作物の豊凶や流行病、飢饉。戦争などの人の手ではどうしようもない災厄を予言するのだといいます。


 それが、今回のこれを予言していた……?



「俺は、聞いた。『世を滅ぼす闇が迫っている』と」


 再び場がざわめいた。


「それは、闇将軍のことか?」

「最初はわからなかった。だが、今日確信した。それは、闇将軍のことだと」


 老中の言葉に、秋水という人がうなずきます。



「この予言には続きがある。『されどその闇を薙ぎ払う光ありし』とも告げられた」


「まさか……」

「じゃからか……」


「そう。その光こそが、片梨士。闇を払い、世を救う者だ。彼は今日、裏将軍を継ぎ、その使命を果たすため決戦の場へ向かっている」



「バカな。いくらくだんの予言だからといって、たった一人で闇将軍に勝てるはずなどあるまい!」



「ならばなぜ、先代となった裏将軍が彼にその資格を渡した?」


「っ!」


「それが、お前達に与えられた答えだ」


「……」


 秋水という人の言葉に、老中の方々は黙りこんでしまった。



 話を纏めれば、兄さんは今、かつてのサムライ達が命を懸けて封印した闇将軍を倒しに行っているということになる。

 そして、その予言を信じるならば、兄さんが勝つということになります。



「じゃあ、兄さんが闇将軍を倒して、帰ってくるんですね?」


「……君は?」


「彼女は士君の妹です」


「ああ。もう一人の天才か。独房でも噂は聞いていた」


 亜凛亜さんの補足に、秋水という人は納得したようにうなずいた。



「……予言にはまだ続きがある。『闇を打ち払いし光はその輝きを失い、世は新たな時代の幕を開く』と」



「え?」

「え?」


 私と亜凛亜さんが唖然と声をあげた。


 その予言。その予言が、当たるとなれば……



「救世主が戻るのは期待してはいけない」



 考えないようにしたことを、はっきりと断言された。



「嘘っ! 嘘です! 兄さんが、兄さんが帰ってこないなんてありません!」


「これは覆らぬ。絶対の。そう、運命だ」


「運命なんかじゃありません! それなら、私が兄さんと共に戦います! 力をあわせれば、もっと力があれば、きっと……!」


「……」


 私の言葉に、秋水という人は答えませんでした。

 無言です。


 ならば、私のこの言葉が通ったということだと……



『侵入者、封印の間の扉を開きます!』



 その、瞬間だった。




 ブワッ!!!




 扉が開いたというその瞬間。


 その士力は、私達の足元から感じられた。


 足元のはるか下から感じる、重苦しい士力が、私達の体を走り抜ける。

 封印の扉が開き、その中にそれを発する存在がいるとあらわになった瞬間に!


 体中から冷や汗が止まりません。

 寒くないのに体中がガタガタと震え、視界がゆらゆらと揺れている感覚さえありました。



『そ、測定器が振り切れました。天霊以上の士力です……!』


「天霊を超えた。二天霊の存在が、本当におったのか……」



 サムライの最高位。天霊の位の位さえ超える圧倒的な闇の士力。


 封印された状態だというのに、信じられない……!



「うぅ……」

「無理だ。こんなの、勝てるわけがない……!」


 舞台会場にいた人達が頭を抱え、震えながら弱音を吐く。


「もうイヤだ。こんな禍々しい士力を感じてしまうのなら、いっそなにも感じないただの人になった方が幸せだ!」


 禍々しい士力を前に、多くの人が心を折られたようです。


 感じるだけで頭の中がおかしくなるような、禍々しい士力。

 それが、封印の間を開いただけでこれほども漏れ出てくる。


 これで封印が解かれ、すべてが解放されたのなら、どうなってしまうのだろう……?


 想像するだけで、恐ろしい。



「ヤツめ。千年の封印の間に、これほどの力を溜めこんでいたのか!」

「もし解放されれば、再び封印するにもこの場のサムライ全てが神風を使っても足りんかもしれんぞ!」

「……世が、滅ぶ」

 三人の老中が、歯を食いしばり膝をつくのを我慢しながら声を発します。



「こんな力に、本当に勝てるの……?」


「くだんの予言は絶対だ」


 亜凛亜さんの言葉に、秋水という人が断言する。



「……なにより、あの少年の器を考えれば、必ず成し遂げるだろう」


 それほど兄さんを買ってくれるのは嬉しいことです。



 でも。


 でも、その予言は絶対に認められません!



 なおのこと、私達全員が行けば兄さんも助かる可能性が高くなるはずです!

 絶対に。絶対に高くなって、兄さんが生きて帰ってこれます!


 こんな士力を見せられて、兄さんが帰ってこないと聞かされて、このままでいられるわけがないじゃない!



 私は、兄さんを助けるため走り出す。


 地図は見た。

 扉も開いたと言ってる。


 私なら、二分もあればそこにつけるはずです!



 ……おかしい。



 どれだけ走っても目的の扉へたどり着けません。

 会場から出る扉。あんなに近いというのに、全然、距離が縮まりません。


 全然到着できません。



 ……いえ。わかってます。


 どうしてそこにたどり着けないのか。

 わかっているんです……



 だって、私の足は、舞台の床に吸いついたかのように動いていなかったのだから……



 この禍々しい士力に、私は屈してしまったんです。

 サムライであるはずの私なのに、恐怖で動けない。


 兄さんを助けたいと思っているのに、動けないっ!!


 そんなこと、あってはならないはずなのに……!



 どれだけ頭で動けと考えようと、私の体は。心は、言うことを聞いてくれなかった……



「彼はこれがわかっていた。足手まといが何人いても無駄ということだ」


 秋水という人が言う。


 予言だと言っているこの人でさえ、冷や汗をかき、その拳から血が滴っているのが見えた。



 刹那、理解する。

 この人だって、ただここに立っているのが平気なわけではないと!


 予言を信じ、それを心の支えにしてここにいるのだと!



 私と同じく、悔しいんですね。


 本当に悔しくて悔しくてたまらないけど、なにもできない。

 抗うことさえ出来ない無力さをかみしめて、兄さんを犠牲にするしか出来ない自分を呪っている。


 わかる。


 私も同じだから。



 兄さんのところに飛んで行きたいのに、それを心も体も許してくれない無力な自分がここにいるから!



 悔しい。


 本当に、悔しい!



「彼方ちゃん……」


 ふわりと、私は後ろから抱きしめられました。



「私も、悔しい。ここで、なにも出来ない自分が。力になれない、無力さが……」


「亜凛亜さん……」


「だから、信じましょう。貴方のお兄さんは、そんな予言に負ける人ではないと」


「っ!」


「彼ならば、その予言すら覆し、きっと帰ってきます。だって彼は、士君なんですよ?」



 そう、だ。


 兄さんは、私の兄さんなんだ。



 不可能を可能にするサムライをさらに超えた、片梨士なんだ……!



 なら、きっと。兄さんなら!



 足元で感じる闇の士力が、急激に高まるのを感じた。


 それは、封印が解かれる前兆なのか、それとも破滅の時なのか。


 こんな膨大な士力が破裂すれば、解放と同時にここはおろか、日ノ本さえどうなるかわからない……



「決着の時が、近い……」


 秋水さんが目を瞑った。



「兄さん。お願い、勝ってっ!」



 私は、祈った。




 私の想いは──




──片梨士──




 俺は走った。


 背に、もう一人の俺を背負い、目的地である底を目指して。

 ちなみにこの底は、『そこ』と『底』をかけてみた。


 余裕があるように感じるかもしれないが、実際はただ必死なだけだ。


 ちょっとでも気を紛らわそうと出た、くだらない冗談だ。



 闇将軍のいる封印の間の位置はわかっている。

 やつが俺に与えた知識と、鋭い感覚により、どこにヤツがいるのかはっきりとわかった。


 俺達が走れば扉は開き、妨害するものは誰もいない。


 これは俺のおかげではなく、裏将軍を継いだもう一人の俺の力だ。


 あの時闇将軍の意志に操られた俺がもう一人の俺──ツカサ──に掴みかかったのも、それが理由である。

 裏将軍の持つ封印の勾玉を破壊し、自分の封印を解くために。



 次々と扉をくぐり、通路を抜け、ついに俺達は最後の扉。


 封印の間にたどり着いた。



「これで、最後だ! この扉の先に、闇将軍がいる!」



 最後の扉が、俺達の到着を確認したかのように、開いた。



 ブワッ!!



 扉が開いた瞬間、その部屋から士力があふれ出た。


 その奔流は、一生忘れられないだろう。



 あふれた闇色の士力の中に髑髏が浮かんでいるのかと錯覚するほどの禍々しさ。

 冷たいどころでない、全てが失われるかのような、虚無を思わせる恐ろしさを携えていた。


 軽く頬を撫でられただけだというのに、その分身である俺でさえ眩暈がして、膝を突いてしまったほどだ。


 気持ち悪い。

 恐ろしい。

 逃げ出したい!


 あまりの恐怖に、ガタガタと体が震えだしてしまった。



 なん、だ、こいつは……



 封印から漏れ出た士力で、これだと……?


 俺の中にあったヤツは、ほんのひと欠片にすぎなかった。

 葉の一枚程度の士力が、俺を操っていただけに過ぎない。


 こんなの、本当に勝てるものなのか?


 倒せるような存在なのか?



 否定ばかりが、頭に浮かぶ。



 千年溜め続けただろう怨念とも言える士力。


 これが外に出て、もう一度封じるとなれば百人を超えるサムライの神風が必要になる。

 今代に生きるすべてのサムライの総力を持って封じることが出来るかどうか。


 倒す。などという発想には至れない。



 それほどこいつは、圧倒的で、絶望的だった。



「ここが終点。中にいるあれが、闇将軍か?」


「っ!?」


 俺の背中から降り立ったツカサが、こともなげに言った。



 ツカサの視線の先には、巨木があった。

 広い封印の間の中央に、漆黒で彩られた大樹がそびえている。


 この士力は、その大樹から発せられていた。


 どうやら闇将軍は、かつてのサムライ達の力により、この大樹に姿を変えられ、封じられていたのだ。



「ここまで来れば、もう大丈夫だろ。あとは、俺に任せろ」



 まるでこの士力を感じないかのような軽やかさで床に立ち、扉の開いた封印の間に足を踏み入れる。



 この圧倒的な士力にまったく動じていない。

 下手に封印から解き放てばどうなるのか。


 そんな恐怖、欠片も感じているようには見えなかった……!


 アレを倒しにきたものが、この士力を感じないわけがない。

 なのに、平然と大地を踏みしめられる。


 これが、世界を救うため現われた男だというのか!?



 すたすたと表現してもいいくらい無防備に歩くその背中を見て、うずくまるしか出来ない俺は、ただただ愕然と見送るしか出来なかった。


 どんどんと、ツカサがその大樹と化した闇将軍へ近づく。



 このまま、なにも起きなければ……



『ヤツを、殺せ』


「っ!!?」


 俺の腹の底。

 深い深いところにある、暗闇の底から声がした。


 闇の底で俺と繋がっているヤツが、また俺の中に現われた。


 ツカサと離れた直後にこの声が聞こえるとは、一緒にいる限り大丈夫という言葉はやはり本当だった……!



『殺せ……』



 声が、頭の中で囁く。

 脳が。心が、うずく……


 体が、勝手に動きはじめていた。



 くそっ、抗えない!



 だが、一つわかった。

 こいつは、まだ俺を通じてでしか、この世にちょっかいはかけられないと!


 そりゃそうだ。


 外部に干渉して封印を解除するために生み出されたのが俺なんだから、それ以外でこの世界にちょっかいかけられるものなら、もうとっくに封印を解いて復活している。


 だからこそ、このチャンスを利用してツカサを消そうとしている。

 自分の封印を解くことと、自分を消滅させるものを同時に達成するために……!



 体の中にある刀に手を伸ばし、それを、俺の意志とは無関係に抜く。



『殺せ……!』



 だめだ。


 やはり、俺は……



 俺は、ツカサの背中にむけ、刀を振りかぶる。



『殺すのだ……!』



 体のうちに溢れる士力を刀身に集め、その無防備な背中めがけて……




「兄さん。お願い、勝ってっ!」




「っ!!」


 妹の声が、聞こえた。

 彼方の祈りが、俺に、響いた!!



 俺は……



 俺はあぁぁぁぁ!!



「ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 気合、一閃!



 ビタッ!!



 体の動きが、止まった!



『っ!? 我が駒でしかないお前がっ!?』


 囁く声に、驚愕の色が混じる。

 俺は、それにむけにやりと笑った。



「バカ言うなよ。俺は片梨士。お前じゃねぇよ! 俺の、中から、出て行け!!」



『グアァァァァ!!』


 気合と共に、俺の体から闇がはじけ飛んだ!


 ほんのひと欠片にだが、勝った。俺は……っ!



「……よくやったな」


 荒い息をはく俺に、ツカサが声をかけていた。



「あっ……」


 顔を上げると、ツカサが封印の間にある大樹に、手を触れているのが見えた。



 漆黒だった大樹に光がともる。

 それは、闇を侵食し、浄化する光のように見えた。


 放たれていた圧倒的な士力が消えてゆく。



 触れただけにしか見えないその一撃は、間違いなく闇将軍にとって致命傷だった。



 そして、その影響は俺にはない。

 ツカサの言ったとおり、俺は完全に、一つの個となり存在していたのだ……!


 俺は、俺でいていいんだ……



「お前のおかげで、こうして触れられたよ、サンキュな」



 礼を言われ、俺も思わず嬉しくなった。


 だが、俺は、気づいてしまった……



「待て。ちょっと待て。お前、まさか……っ!」


 穏やかに言うツカサの体も、闇将軍と同じように、淡い光に包まれていた。

 ツカサの触れた腕が、半透明と化している……



「お前、お前も、消えるのか……?」



 俺がその事実に気づき、問うと、ツカサはにかっと笑った。


 まるで、そうなることを知っていたかのように……



 この運命を、受け入れているように!



 ここに来る前言った勝敗なんてどうでもいいという言葉は事実だった。


 こいつは最初から、そのつもりで……っ!



 だが、俺は即座に悟った。


 たった一人でこのカイブツを消滅させる。

 そのためには、膨大な士力と、それを抹殺できる爆発的な力が必要である。


 それをたった一人で実現しようとすれば、どうなるか。


 士力を操るサムライならば、容易くたどりつく事実だ。



 ただの人と思えるほど士力の門を閉ざし、それを『封神』して増大させ、『神風』でその命をもって炸裂させる。

 その全てが闇将軍を上回れば、世に闇をもたらす災厄は消滅する……


 それを、もう一人の俺は、やってのけた。



 その代償は……


 結果は……



「あ、そうだ。俺、お前がいない間お前のかわりに生活していたから、俺のかわりも頼むな。お前が戻った時、その齟齬で俺とお前が別人だったとかバレないよう、どうにか辻褄あわせといてくれ」



 なにを、言ってるんだお前は。

 それじゃまるで、まるでっ……!


 お前は、ここにいたことを誰にも知らせずにいいって言っているようなもんじゃないか!


 俺はいい。お前はどうなる!



 闇将軍ともう一人の俺が、光に包まれ消えてゆく。


 なのにお前は、どうして……



「なぜ、消えているのに笑える!」



「気にするな。俺は、元いたところに帰るだけだ」


「そんな言葉で安心しろなんてっ!」



 涙を流す俺を見て、ツカサは困ったように眉を下げ、苦笑した。



「俺の心配をしてくれるなんて、やっぱ俺は、優しいな」


 あはは。と笑う。

 俺はそれを聞き、呆れてしまった。


 こいつは、本当に……


 心の底から、呆れてしまう。



「ははっ。なんだ、お前。バカヤロウ」



 だから、なぜか、笑ってしまった……



「それでいい。きっともう会うことはないと思うけど……またな。俺」


 もう一人の俺は、そう笑いながら、消えた……




 その笑顔は、俺とは思えないほど、優しい笑顔だった……




 同時に、封印の間にあった大樹も光に包まれ、消える。



 場を荒らしまわった禍々しい士力も消滅し、大地さえ震わせそうなその奔流も消えた。


 それは、一つの時代の終わり。

 新たな時代の、幕開け……



 しん。


 と静寂が場を包みこんだ。



 ホント、なんなんだよお前は。優しさでいったら、お前の方が何倍も優しいだろうがよ。世界のことだけじゃなく、俺のことまでよ……


 自分の栄誉のためじゃなく、他のヤツのことを考えられる。


 バカで、なんて優しいヤツなんだ……



 誰もいなくなったこの場で、俺は静かに涙を流すことしか出来なかった……




──秋水──




『無刀』のサムライ。


 それは、ほんのひと時、短い期間にだけ現われた、サムライ界の伝説。


 千年間誰も、どうしようも出来なかった闇の英雄をたった一人で殲滅せしめた、前にも後にもいない、たった一人の、無敵のサムライ。



 その活躍の期間は驚くほど短く、戦果の記録はおろか、その士力がどれほどの階位にあったのか。刀の形、その特性がなんだったのかすらもわかっていない。


 そのサムライは、士力も見せず、刀も抜かず、すべての敵を倒したからだ。



 ゆえについた二つ名が、『無刀』



 その戦果も刀も特性もわからぬゆえ、彼のそれは多くの憶測と推測。そして願望によって語られる。

 伝説に相応しい士力の値であると言われたり、実は士力はゼロだったと語られたりもする。


 誰を倒したのかも定かでないから、時に過去の大物まで倒されたと言われることもある。


 すべてがあいまい。すべてが謎。



 しかし、たった一つだけ動かしようのない事実がある。

 揺ぎ無い。真実。



 それは、たった一人で伝説の闇将軍を屠ったということだ。



 これが、彼を伝説たらしめた唯一の理由。


 かつて、最強のサムライは誰かと問われれば、彼等はこう答えた。「悔しいが、それは闇将軍だろう」と。

 その称号は時に初代大将軍の名も上がったり、歴代の裏将軍の中の誰かの名が上がったりもすることはあるが、多くの者はその名をあげ、その名は恐怖の象徴として君臨し続けてきた。


 なぜならそいつは、いかなるサムライをもってしても殺せず、古のサムライでさえ無数の命を捨て、封印するのが精一杯だった怪物だからだ。


 その封印を守り、世を守るのが我々サムライの使命の一つであった。



 そんな存在。


 そんな存在を、たった一人で屠り、滅した。



 それを成したのだから、なんの戦果も記録されない『無刀』が伝説のサムライと呼ばれるのも当然と言えよう。


 サムライならば、誰もが口をそろえ、言うだろう。最強にして無敵のサムライは、『無刀』であると……



 しかし、その『無刀』はもういない。


 たった一人で闇将軍を屠った彼は、その闇と共に消えてしまったからだ……



 そう。くだんが告げた予言は、成就した。



 世を闇に染めんとした闇将軍はついに滅び、光をもたらしたサムライ。『無刀』のサムライは光に消えた。



 圧倒的な士力が消えたその時、俺達は全てが終わり、『無刀』、片梨士も消えたと思った。


 確かに、サムライ片梨士は消えた。



 しかし、ただの片梨士は生きて帰って来た。


 妹が信じたとおり、生きて戻ったのだ。



 ただ、彼は記憶を失っていた。

 帰って来た彼の中から、サムライに関する記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。


 劇団サムライに所属したこと。それ以前からひっそりと活躍していただろう士力の使い方など、全てを失ってしまったのだ。

 特に、サムライ衆に所属する前後から、闇将軍に関する記憶はサムライ以外のことも消えてしまっていた。

 サムライとして活動していた時全てが消えてしまったのである。


 闇将軍を倒した代償として、サムライであった彼は、いなくなってしまったのだ。


 ある意味、闇将軍と『無刀』のサムライは相打ちになったと言ってもいい。



 ゆえに、くだんの予言は成就したと言えるだろう。



 もう『無刀』のサムライは世に現われない。


 彼の存在はもう、記録と記憶の中にしか、いないのだ……




──片梨彼方──




 すべては、終わりました。


 闇将軍の消滅。


 その一報は、その日のうちにサムライ界だけでなく、死士達の界隈にまで広まり、大きな騒ぎとなりました。


 それは、千年間続いてきたサムライ社会の変化のはじまりであり、今までのサムライ社会が終わりを告げる、大きな変革の鐘の音でもありました。


 闇将軍の消滅は、封印の要であった裏将軍の必要性も失わせます。

 表の将軍同様、廃止との声も上がりましたが、しばらくは現状維持となるそうです。


 お殿様のいないサムライは、サムライといえるのかという議論が持ち上がり、やはりいるべきだろうという声が多かったからだそうです。


 このように、今まで伝統として続いてきたものも、闇将軍がいなくなったことにより不要となったものがいくつかあります。


 御前試合も、闇将軍の封印強化という意味がなくなり、次回の開催も未定となりました。

 ただ、なくなるというわけではなく、純粋な力と名誉のための、サムライ達の技術を競い合い、高めあう場となるそうです。


 兄さんのおかげで、様々なことが変わりはじめました。


 兄さんが、変えたんです



 でも、兄さんは……



 兄さんは、変わるどころか、元に戻ってしまいました。


 兄さんは、闇将軍を倒した代償として、サムライとして活動していた間の記憶が失われてしまったのですから。

 サムライのことをなにも知らず、この世界に入る前の、普通の男の子に戻ってしまいました。


 でも、サムライの皆さんが言うには、この程度の記憶の混乱で済んでいるのは、奇跡に近い。いえ。奇跡だと言っていました。


 私もそう思います。



 世界を破滅させかねないほど膨れ上がった闇将軍の士力全てを受け止め、消滅させたというのに、兄さんは生還したのですから、当然と言えます。


 無事戻ってきてくれただけでも、感謝しなければなりません。


 劇団に一緒に入団したり、一緒に温泉旅館に行ったりしたり、買い物した記憶が消えたのは残念ですが、思い出はまた作ればいいんですから!




「彼方ちゃん。また死士が出たわ。お願い出来ますか?」

「はい!」


 闇将軍が消えたとしても、悪事を働く死士は消えません。

 妖怪もいなくなったりもせず、封印を守るという役目がなくなった以外、前線で戦うサムライの生活に大きな変化はありません。


 老中や名刀十選のあたりになれば、やることが減ったり増えたりするんでしょうけど、新人の私にはまだ関係ないようです。


 悪事を働く死士を懲らしめるため、私達は今日も戦い続けるのです。



「兄さんも、行きましょう!」


「ああ」


 兄さんは今、サムライとして活動しています。


 記憶は失いましたが、士力そのものは失っていなかったようです。


 改めて士力測定を受けた結果、兄さんは天霊の位を持つサムライとわかり、説明を受けたその場で刀も抜いて見せました。

 やはり兄さんは、私以上の天才だったんです。


 今の兄さんは、力を一切隠していません。『無刀』と呼ばれた不気味さは一切ありませんが、この兄さんも、私の知る兄さんです。


 サムライとして頭角を現した兄さんは、次々と手柄を立て、次期第一刀間違いなしと言われるほどです。

 あの第一刀も、ちょくちょくちょっかいをかけに来るくらいですから。


 闇将軍を倒すため、力を封じる必要のなくなった兄さんは、それほど強いんです。



 私は今も、兄さんの後ろを歩いています。


 今ではちょっとだけ、その背中が見えた気がします。



 いつか、その肩と並んで歩けるようになりますから、覚悟してくださいね!




──片梨士──




 ……俺だけは知っている。



 闇将軍を倒し、世界を災いの闇で包もうとした闇を払い、世界を救った俺は、この世界から消えてしまったことを。

 本当の英雄は、もういないことを。


 だがこれを、皆に口にすることは許されない。



 ツカサは言った。


「俺、お前がいない間お前のかわりに生活していたから、俺のかわりも頼むな。お前が戻った時、その齟齬で俺とお前が別人だったとかバレないよう、どうにか辻褄あわせといてくれ」


 と。


 全てが終わり、俺は考えた。


 この、意味を。



 答えは、簡単だった。


 闇将軍を倒した英雄が、本当は消えていたと知れば、なにも出来なかった皆は、責任を感じてしまう。

 無力だったとはいえ、皆サムライ。


 その彼等が、たった一人を犠牲にして世界の平和を手に入れたと知れば、多くの者は腹を切るだろう。


 その英雄を追い、命を散らすだろう。



 ツカサはそれを、知っていた。


 だから、ツカサは俺の姿をしていた。

 いなくなった俺のかわりに、生活していた。


 俺として生きたこと。それには二つの意味がある。


 一つは、闇将軍を復活させようとして動いていた俺がその手先であったことを疑われないようにするため。

 お前は、俺が戻って来た時のことを考え、動いていたんだな。


 もう一つは、例えお前が消えたとしても、俺が戻れば、ツカサが消えたことに誰も気づかないから……



 俺が生きて帰って来たのなら、これは笑い話で済ませることが出来る。


 結果オーライで、皆が安心できる。



 あいつは、俺を救い、生きて帰すことで、他全員の心も救ったんだ。


 自分の存在を、最初からなかったことにして……!



 この真実を口にすれば、俺の心は軽くなるだろう。


 だがそれは、俺を闇将軍の人形でなく、一つの個人としてあつかってくれたツカサへの裏切り。

 ツカサの意志も頑張りも無視した、その重荷を他人に押し付け、周囲を悲しませ、不幸にするだけの、己を守るためだけの、最低にして最悪の行為だ。



 それだけは、避けたかった。



 だから、俺は口をつぐむ。


 俺が口を開かなければ、この真実は事実にはならないからだ。



 幸いにして、俺はツカサがサムライをしていた時のことを知らない。

 闇将軍に操られ、家に居なかったのだから。


 ゆえに、その時の記憶を失った。ということにすれば、簡単に辻褄はあった。



 俺が知らないのだから、それは嘘にもならないからだ。



 記憶を失ったことも、あれだけの存在をたった一人で倒し、直近の記憶を失っただけで帰ってこれた方が奇跡に近いと納得してもらえた。



 だから俺は、表向きは闇将軍を倒したことになっていても、闇将軍を倒していないし、世界も救っていない。


 そんな記憶、ないからだ。


 これで、この俺が、褒め称えられることは、ない。

 褒め称えられるのは、失った記憶の中にいる、皆の知る、本物のツカサだけ。



 あとは俺が、この真実を、墓まで持っていくだけだ。



 これが、闇将軍の復活を手助けし、ツカサの犠牲を呼んでしまった俺に出来る、せめてもの罪滅ぼしだ。


 ツカサの願いをかなえ、関わったすべての人々に心の安寧を与える、俺に与えられた、俺だけの罰……



 ひょっとすると、これさえあいつの計算だったのかもしれないな。

 俺を生かせば、他の皆は救われる……


 あいつは優しい男だが、とても厳しい男だ……



 ツカサ。


 こっちは変わらず死士が暴れ、妖怪を退治する日々だよ。


 そっちは、どうだい?



 俺は、お前が言った元のところへ帰るという言葉を信じている。


 元いた場所で、生きているってな。



 結局お前は、何者だったんだ?


 時に神様は、世を救うため様々な姿を借りて世に現われると聞くが、お前はその類だったのか?

 俺と同じ姿をした神様だったのか、それとも俺がいないから、俺の姿を借りて現れた神様だったのか……



 いくら考えても、答えは出ない。

 一つわかるのは、お前は完璧に、俺を演じきったってことだ。


 むしろお前が、本物の片梨士だったんじゃないかって思うほどだ。



 俺は記憶を失ったことにし、改めてサムライになった。


 闇将軍の思考ブロックからも解放された俺は、隠すことなく刀を抜き、その士力を自在に操ることが出来る。

 闇将軍を復活させるため生み出された俺なのだから、その士力も信じられないほどのパワーだ。


 自分で恐ろしくなるほどの才能を持っているのがわかった。



 そんな俺でも、お前がしたことを聞くとめまいがするほどだった。



 士力も使わず、刀も出さず、特性も発現させず、あの死士達を倒せる自信はない。

 鎧谷の弱点をノーヒントでどう見破れる。

 八代の姿は……これはいけそうな気がする。

 弾間の一撃にあわせ、どう紙飛行機を当てられる?

 見たこともないヤツの制限回復品をどうしてわかる?


 それ以外にも、サムライに気づかれず袖のボタンをとるなど、今の俺でも不可能に近い。


 そりゃ、士力を纏い、刀を抜けばやれるだろう。


 子供の頃は、そうして色々な事件を未然に防いできた。

 だが、それなら他のサムライでも出来る。



 どのサムライも絶対に出来ないようなことを平然とやってのけていたんだから、ホントお前はとんでもないヤツだ。


 だが、そんなヤツだからこそ、あのとんでもない闇将軍を倒せたんだろうな。


 ホント、お前は俺と違って、本当に凄いヤツだよ。



 だから、お前のしたこと。『無刀』のしたことは、お前だけの手柄だ。



 まあ、お前と同じ戦い方をしろといわれても、出来ない。というのが本音だがな。



 お前のしたことは、俺とは別に、『無刀』として永遠にサムライの歴史に刻まれ続けるはずだ。


 俺は知らなくても、お前のやったことは、みんなが知っているからな。



 今度会ったら、そのこと、色々話してやるから、お前のことも教えてくれよ。



 俺は、いつかまた、お前と会えると、信じている。



 ツカサ。どこから現われたのかもわからない、もう一人の俺。



 またな……




──ツカサ──




 気づいてみたら、いつもの帰り道。川べりの土手を通る散歩道に立っていた。


 時は夕方。

 時期は……いつだ?


 携帯で日付を確認しても、その日あの時なにか特別なことがあったかさえ思い出せなかった。

 妹の彼方ならきっと覚えてるんだろうけどなぁ。


 ま、俺はあいつほど優秀じゃないから無理だけど。


 記憶のとっかかりにも引っかからないいつもの日常、いつもの風景の一つ。


 そんな日常の中で俺はあっちの世界に呼ばれたのか。



 ……ん? いや、そっか。俺の都合はそもそも関係なかったか。

 俺があっちに呼ばれたのは、あっちになにか不都合があったから。


 つまり、あっちの士が闇将軍に体を乗っ取られたから!


 あー、納得。

 なら俺がこっちで呼ばれた瞬間さっぱりなのも当然だわ。


 まあ、それはいい。

 問題は、俺があの世界に飛ばされた時に戻ってきたということだ。



 あれ? これって実質未来を見てきたに等しいんじゃね?



 あの世界はこの世界とほぼ同じ。一部大きく違うが、表面上は寸分違わぬ毎日だった。

 なら、似たような世界を経験し、時間をループしたように戻ってきた俺は、この先起きるテストの答えとかを知ってきたということになる!


 一回限りだけど、好成績が出せそう!



 ……いや、多分そんな都合のいいことはないだろうけどね。


 週刊漫画とかなら同じものは見れるかもしれないけど、テストとかは違う問題出る気がする。

 宝くじとか買っても、当選番号が違うとかなりそう。


 俺にとって、世界はそんな都合よくないって、俺知ってる。


 世の中、そんな甘くない。調子に乗ってると痛い目見る。


 俺、そう学んだもん。



 だから、明日を知ってるとか考えず、いつもどおりすごすと決めた!


 ぶっちゃけいつどの日になにがあったかなんてよく覚えてないし!



 つーわけで、いつもどおり、橋を渡ってお家にかーえろっ。



 そういえば、あっちの世界に俺を呼んだの、結局誰だったんだろ。

 まあ、考えてもわかるわけはない。イノグランドでいうところの、女神様にあたる存在だろうというあたりはつくけれど。


 ま、もう終わったことだし、考えてもしゃーないか。



 ちょうど我が家。片梨家に到着したところで、その無駄な思考をやめる。


 俺は扉を開け、玄関に入った。

 そこには、こっちの彼方の姿があった。


 俺を見て、にこりと笑う。



「お帰りなさい、兄さん!」


「ああ。ただいま」




 第三部 サムライトリップ・ホームグラウンド


 おしまい

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