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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
62/88

第62話 襲撃! 御前試合 ─後編─


────




 ずずぅん。


 地下牢が、小さく揺れた。


 この地下牢があるのは、今御前試合をしている裏城のさらに地下にある場所。

 最深部にも近い土の中だ。


 だというのに、なにかの衝撃による振動がはっきりと感じられた。


 それは、この城の中でなにかが起きてるという証だった。



「来たか」



 瞑想を続けていた秋水がゆっくりと目を開いた。


「あん? なにがだ?」


 隣の房にいる『火吹き』の炎次が聞く。

 振動が起きようがなにが起きようが、この場から抜け出すことは不可能。


 ゆえに、だらーっと硬いベッドに転がりながら秋水に問いかけた。



「予言の時だ」


「あん? 予言て……」


 それは炎次が捕まった直後、秋水に聞いた与太話。

 世を闇に変える災厄が現われ、そして救世主に倒されるというヤツだ。



「んだよ。それなら俺等が出る幕もねーな」



 やれやれと、持ち上げかけた体をまた倒す。

 勝手に戦って勝手に終わるのだから、捕まった自分がなにをする理由もないと考えたのだ。


 なにより、ここから出るすべがない。



「そうもいかんさ。予言は成就するだろう。だが、その予言とは関係ない者達の被害はいくらでも減らせる」


「……どーいうことだ?」


「洪水が起きることはとめられない。だが、洪水が起きる前に人々を避難させれば被害は減らせる。一人では死士に倒されるが、二人なら倒れない。そういうことだ」


「つまり、これで出る犠牲者を減らすってことか?」


「そういうことだ。物分りがよくて助かる」


「いや、お前に褒められてもなぁ……」


 やれやれと肩をすくめた。


「つーか、それならちゃんと教えておいてやれよ。侵入してくることがわかれば、もっと被害減らせるだろ?」


「それではダメなのだ。襲撃は必須だが、人死には必須ではない。わかるか?」


「わからん」


「ならいい」


 立ち上がった秋水はそのまま牢の格子に近づいて行く。



「いや、だから、そもそもどーすんだよ」


 ここからなにかを言うにしても、秋水の言う予言の時が迫り、城が襲撃されているというのならこのあたりに見張りはいないだろう。

 死士が襲撃したというのなら、鉄壁の防御を誇るこの牢を見張るより、その対処に全力で当たっているに決まっている。


 ゆえに、外に声をかけてもまったくの無駄のはずだ。



「どうするって、もちろんこの牢を出て、救援にむかう」


「……」



 アホか。と炎次は呆れた。


 そもそもどうやって出ると言うのだ。

 牢番はさっき言ったとおりもういない。


 鍵もなしに、この牢からどう出る。



 この牢で士力を使おうとしても、使用した瞬間強制的に霧散させられてしまうつくりになっている。


 ゆえに、この中で体に士力を纏うこと。特性を発動させることは不可能なのである。

 士力を使わず格子を曲げるほどのパワーがあればいいが、それは人間の筋力ではどうしようもならない領域であり、実質無理と言っているようなものだった。


 この城が出来てすでに四百年あまり。


 牢に繋がれた死士が脱出に成功した例はない。


 それほど強固な牢をどうやって出て行くというのだ。


 炎次が呆れるのも当然である。



 しかし……!



 秋水が牢屋を硬く閉ざす格子に触れた瞬間。



 ピキッ!

 ピキピキピキッ。



 格子が、凍る。


 その手に触れられた箇所から白が広がり……



 パキーン!



 砕けた。



 そこに、人一人通れるだけの隙間が現われる。

 その隙間を通り、秋水は外に出た。


 秋水はまわりを見回す。

 やはり見張りはいない。それは、この場所にかまっていられないほど切迫しているという意味だった。



 音を聞きつけ、格子に顔を出した炎次が驚きに目を飛び出さす。


「お、おいおい。なんでここで士力が!?」


「これなら、霧散せぬよう士力をコントロールすればなんとかなる」

「いや、なんねーよ!?」


 強制的に霧散し効果を失わせるのだから、それ以上のコントロールをもち、霧散される前に効果を発揮させればいいだけの話だ。

 秋水はこの中にいる間ずっと瞑想し、そのコントロールを高め、今に備えていたのだ!


「? できないのか?」


「できるわけねぇだろ!」


 ソレが簡単に出来るのなら、完成から今まで脱走者ゼロなんてありえない話だ。


 それを容易くやってのけた。


(やっぱ一度は、名刀十選、ナンバースリーに選ばれると言われただけはあるな)


 あれは、マジな話だったのかと、炎次は思った。

 ちなみに炎次も元サムライ。秋水のことはよく知っている。



「どうした? 出てこないのか?」


「だから出来るか!」


 そもそも炎次は今、士力を使い切り尽きている。

 炎次の士力は自然回復しない。そういう制限が士力全体にかかっているからだ。


 回復制限品と呼ばれる自分で制限をかけた品物を取らない限り、その士力はずっと減ったままなのである。


 捕まった彼にそんなもの与えてもらえるわけもなく、彼の特性。『火炎放射』をもちいて格子を溶かすなんてことは夢のまた夢なのだ。



「ならしかたがないな」


「いや、待て待て! 行くな行くな! せっかくだ、俺のも開けて行ってくれよ。な?」


「……いいだろう」


「え? マジ?」


「さらにお前の回復制限品もやろう」


「え? マジ? なんであんの?」


 ごそごそと懐をあさると、凍った限定プリン。すなわち、炎次の回復制限品が出てきた。


 個数制限のある限られた数しか一日作られず、毎日行列が出来る逸品だ。

 炎次はそれを食しない限り、士力は欠片も回復しない制限を自分にかけているのだ。


「なんでここにそれがあるんだよ」


「お前が捕まる前に差し入れとして要求しておいた。それを大事に食べようととっておいたのさ」


「お前、スゲェな」


 陳情すれば、食べ物ならばわりと通るが、近くに炎次のような回復制限品を持つ死士がいる場合通らなくなる。

 それ以前に入手していたというのなら、幸運としか言いようがない。


 本当に、炎次は運がいい。



「……って、なんか、おかしくね?」


 さすがの炎次も、ちょっと違和感を感じた。



「いらないなら一生そこにいていいぞ」


「いるいる! 細かいことはどうでもいいからくれくれ!」


 実は秋水に売られたからここにいるとはつゆにも思っていない炎次は格子から手を出し、プリンを所望するのだった。



「よし、やろう。だが、かわりに……」



 やれやれ。やっぱそうくるのか。と、炎次はため息をつくのだった。

 しかし、それを断る理由も、今はなかった……!



 きぃっ。


 彼等を封じる格子の扉が、ゆっくりと開いた。




──亜凛亜──




「……ちっ。またアイツか。本当に忌々しいクソガキだよ」

 まほろが唐突に舌打ちをした。



「武内。時間稼ぎはもう終わりよ」


「応!」


 直後、武内と呼ばれた筋肉達磨の前に、光の柱が立ち上がった。


 その中には、もう一人の武内がいる。



 これは……!



「あたしの特性、知ってるだろ? 分身はね、あたし以外にもしてやることが可能なのさ。力は半分になっちまうけど、戻せば……!」


「まさかっ!」


「そうさ。そのまさかさ!」


 光の柱と武内と呼ばれた男が重なり、完全に一人となった。


 男がポーズを取る。



 ムッキムキムキムキーッ!


 男の筋肉が、さらに増した。



「切れた切れた切れた切れたぁ!」


「もう加減する必要はないわ。思いっきりやってしまいなさい!」


「了解でありますっ!」


 男は拳を握り、肉体を膨張させ、それを振り下ろした!



「風よ!」


 とっさに防御態勢に入る。



 ゴッ!!



 城が、揺れた。


 その衝撃は、この狭い通路では逃げ場がない。

 このままでは……



 ……もうダメかもしれない。



 そう、覚悟を決める……



 ……?



「……いき、てる?」



 衝撃は、来なかった。


 あの特大マッスルアタックが直撃したかと思い、覚悟を決めていたが、そうはならなかった。



 ゆっくりと目を開くと、私の目の前に巨大な氷の壁が生まれていた。



 通路全てを覆うほどの巨大な氷の壁。

 筋肉の一撃で大きくヒビが入り、目の前で砕け散ったが、そのおかげで私は無事だったようだ。



「……なんであんたがここにいるんだい?」


 あの子が私達の背後に向け、声を投げた。



 かつん。

 かつん。


 靴音が響く。



 筋肉男も、警戒を私達ではなくそちらに向けたのがわかった。


 思わず、私もそちらへ視線を送る。



「貴方は……!」



 そこにいたのは、地下牢に閉じこめられているはずの秋水だった!

 一体、なぜ。どうやって?



「……あたし達に協力しに来た。ってわけじゃなさそうだね。もう一度聞くよ。なんであんたがここにいるんだい?」


「簡単な話だ。彼女を助けに来た。そういうことだ」

 にやり。と長い髪を揺らし、秋水が笑った。



「はっ。笑わせてくれるね。あんた一人が増えたくらいで、完全体になったこの神風筋肉に勝てると思ってるのかい!?」

「うむっ!」


 無駄に筋肉男がポーズをとった。



「ああ、勝てぬな。こちらも神風を使い対抗するなら可能かもしれんが、そんなことをするつもりはない」


 状況を見回し、秋水はあっさりと言い放った。



 ならどうして出てきた!


 思わずそう言いそうになった。



「はっ。ならなんのために出てきたのさ。あたし達にぶっ殺されるためかい? それとも、命乞いでもしに来たのかい?」


「そのどちらでもない。強いて言うなら、時間稼ぎだな」



「じかん」

「かせぎ……?」


 思わず私とまほろの言葉がかぶってしまった。



 意味がわからない。ここで時間を稼いで一体なにになるというのだ。

 時間を稼げば稼ぐほど、むしろあっちが有利になる。


 闇将軍の復活が近づいてしまう!



「そう。時間稼ぎだ。他のところでも同じくそうしろと伝えてある」

 他のところ。というのは気になった。


 私のところに秋水が来たように、他のところにも誰か私の知らないサムライが援軍に来たというの?




 ──同時刻。


 御前試合会場となっている地下城の中では、亜凛亜達以外も有浦まほろの分身に率いられた九刀天と戦うサムライ達がいる。


 そのサムライ達も、亜凛亜達と同じく分身を解除し、全力全開となった神風死士に苦戦を強いられていた。


 そこへ……!



「はっ。だから炎を吸うってのはダメなんだよ。俺のように、火をつけた方が何倍も美しい!」


「き、さま……!」

「にい、さん……!?」


 火野尚治の前に現われたのは、その兄、火野炎次!




「ワガハイの発明品を見よオォォ!!」


「なんでお前がサムライの側についてるぅー!!?」

 声を上げたのは有浦まほろだ。


 サムライ側の援軍として現われたのは、捕まっていたはずの自称天才発明家死士だったからだ。



「なぜ? ワガハイはこいつ等サムライが嫌いなだけで、世を滅ぼしたいなどとは欠片も思っておらん! むしろ、より良い世界を作るため、闇将軍など邪魔なのだ!」


「ちっ。これだから別の団体のヤツは……」


「なにより、この方が楽しそうだから!」


「こんのアホがあぁぁ!」


 どうしようもない答えに、さすがのまほろも吼えた。




「ちっ。厄介なヤツが入りこんだもんじゃ」

「どうしましょう?」


 元第四刀にして亜凛亜の師、刀十郎と、現第九刀の水島は合流し、侵入した死士と激闘を繰り広げていた。

 しかし、やはり相手は神風を発動させた死士。劣勢である。



 そこに……



「待たせたな!」


 援軍として刀十郎達の前に現われたのは、斧を持ったサムライだった!



「……誰じゃおんし」

「誰?」

「あたしも知らないね」


 知らないのも無理はない。なんせ初登場だ!!


「なにいぃぃぃ!?」




 さらに、裏切り者の雷太と戦う長居研太郎。その戦いの場には……


「なぜ、お前が……っ!」


 現れた青年を前に、雷太が目をむいて驚く。


「なんで、あんたが……」


 同時に、長居も驚きを隠せなかった。



 そこに居たのは、ここに居ないはずの男。


 名刀十選、第三刀。『天剣』の宗司と呼ばれる剣士が、そこに居たのだから!


 病さえなければ第一刀にも負けないかもしれないと言われた、入院中の剣士が、なぜここに……?



「……声がね、聞こえたんだ。僕を必死に呼ぶ声が」


「っ!」



 誰が助けを呼んだか、長居にはすぐ気づいた。

 亜凛亜が聞き取れなかった最後の念。それが、このサムライを呼ぶ声だったのだ!


(そうか。助けられちまったな。逆に)


 壁で気を失っている天通心に一瞬視線をむけ、感謝の念を送る。



「死にぞこないの分際で!」


「そうでもないさ。今日は、不思議と調子がいい。今なら、第一刀とも互角に戦えそうな気もするよ」


「くぅぅ!」


 にこりと微笑んだ宗司を見て、雷太は一瞬怯んだ。

 穏やかだというのに、とても恐ろしく見えたからだ。



「さあ、長居君。立つんだ。共に、戦おうよ」


「ああ!」



「おのれえぇぇぇ!」




 ここだけではない。


 城に散らばった九刀天と有浦まほろの分身の前に、地下牢に捕まっていた死士がサムライ達の前に現われたのだ。

 ツカサが関わり捕らえた者だけではない。そのサムライに因縁のある死士達が、奮闘するサムライを助けるため、世を闇に染めようとする狂信者達の前に立ちふさがったのである!



「この世界が破壊されるのは困るからな!」


 死士とてすべての者が闇将軍の復活を望んでいるわけではない。

 ただ、サムライ達とソリがあわなかったりするから敵対しているのだ。


 そしてそういう自由を満喫する死士達は、他の死士ともよくぶつかりあう。


 豪腕自由同盟が当初死士同士の潰し合いだと思われたのもそういう理由からだ。



 秋水はそれを説得し、牢から逃げる代償として彼等へ時間稼ぎを命じたのである!


 サムライは嫌いだが、秋水に恩を返し、かつ気に入らないヤツを潰すということでその提案に乗った。

 サムライを助けに来たのではない。次はサムライを張り倒すため、邪魔なヤツを倒すのだ!


「今だけは共闘してやる。立て、サムライっ!」



 ここに、世界を守るための、歪な連合が誕生したのだ!──




「ふっ。はははっ。意味がわからないね。あんた達が時間を稼いでなんになるっていうんだい。ひょっとして神風の時間切れを狙っているのかい? 残念だけど、そいつに期待するのは無駄だよ。こう仕上げたのを倒さない限り、こいつらはずっと無敵の状態なんだから!」


 完成したサムライ、死士連合を見て、まほろが笑う。



 やはり、この神風は誰かの手によって人為的に引き起こされたもの。


 この筋肉達磨を神風状態にした規格外のなにかを倒さない限り、こいつらの神風効果は消失しない!


 予想通りの結果ではある。



 時間を稼いで相手の自滅を待つという作戦も、これで無意味とはっきりした。


 秋水の狙いもそうだったのかもしれないが、これでは無駄だ。



「ふっ」



 だが、秋水はそれを鼻で笑った。


「お前達の自滅を待つ必要などはないさ。なぜなら、耐えていれば彼がこの戦いを終わらせてくれる。こいつに神風を与えた者を倒してな」


「っ!?」

 あの子の顔色が変わった。


 秋水がなにかを把握していて、その彼が勝つと確信している。



 その彼とは誰か。


 流れから言えば、思い当たるのはただ一人。



 そう。片梨士君しかいなかった……!



「ふふっ。信じるのは勝手だけど、それはありえないわ。確かにあたしの分身が舞台にその子を呼んだ。相手は我が九刀天最強の死士の上、ヤツが最も大切にしている妹を人質にもしている。その状態で、どうやって勝つというんだい!」


「そう思うのなら、やってみるといい。俺達はその戦いが終わるまで、生き延びるだけだ」


「ふんっ。馬鹿馬鹿しい。なら、その結果を見る前にお前達を優先してぶっ殺してやるよ!」


「おおー!」

 ポーズを決めていたマッスルが拳を大きく握った。



 秋水はそれを見てもう一度笑う。


「やれるものならやってみろ。俺の氷、どれだけ砕けるかな?」



 秋水が再び通路一杯の氷を生み出す。


 通路はすべて塞がれ、私の方もあの神風筋肉へ手出しが出来なくなった。



 とりあえず、わかることは一つだけ。

 すべては、舞台に呼ばれたという士君にかかっているということ。


 それだけだった。


 私に今出来るのは、万一に備え、いつでも特性を発動出来るようにしておくことくらいだろう。


 あの筋肉達磨が飛び出してきた時、風でその視界を少しでも遮ることが出来れば、時間が稼げるはずだ。

 だから、その準備だけは怠らない。


 そこにまた、秋水の氷壁が生まれれば時間は稼げる。



 相手を倒すでなく、生き延びることを目的とするなら、たとえ神風を用いた死士にも遅れはとらない……!


 ……はずだ。



 だから、あとは頼みましたよ。




 士君……っ!!




──ツカサ──




 あのおじさんに言われたとおり、客席を目指してまっすぐ歩いていると……



 ギイイィィィィ!



 なんか聞きなれない音が鳴った。

 初めて聞く音だ。


 ひょっとして、この会場における開演のベルだったりするのか!?


 俺ははっとその重大な事実に気づき、足を速めた。



 必死に急ぐと、目の前に扉が現われた。



 とうとうついた。

 ほっと一息。


 俺は息を整え、両手でその両開きの扉を開けた。


 扉のむこうは多量の光に溢れ、一瞬目の前が真っ白になった錯覚さえ覚えた。



「……あれ?」



 目をならしながら足を踏み入れた瞬間、違和感に気づいた。


 焦点のあった目の前の広がるのは、舞台。その後ろに、客席があった。



 どうやら俺は、なにやら武闘大会をやるような舞台へ続く花道の上に出てしまったのだ!



 そう。さながら劇の登場人物のごとく。



 思わず、動きが止まる。


 ちょっと待って。なんで舞台側にでちゃったわけ? 道、間違った?


 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。


 完全に花道に出ちゃったよ俺。

 演劇に登場してるよ!


 これって完全に放送事故じゃない?

 放送してるわけじゃないけどさ。そんな感じのハプニングだって伝わればいいと思うんだ。


 って誰に!?


 いかん。混乱している。



 でも、確実なのは一つだけあった。



 俺、彼方が出てる舞台に乱入しちゃったよ!


 どうすんのコレ!?




──有浦まほろ──




「くくっ」


 素直に扉から現われた少年サムライの姿を見て、あたしは思わず笑みを浮かべた。


 こんなにも簡単に出てきてくれるなんて、妹様々だね。



 あんたは絶対勝てると思うから出てきたんだろうけど、そんなこたぁない。


 自信があるヤツほど自分を勘違いしている。


 だから、大丈夫と思ってる。

 なんせ自分は最強だと思ってるからね。



 そんなヤツは、絶対あの子に勝てないとも知らずに!


 あたしは、内心笑いが止まらなかった。



「よくやってきたね。素直に出てきてくれるたぁ、あたしゃ嬉しいよ」



 現われた『無刀』に笑いかける。


 これで、妹に価値はなくなった。

 あの子はお前を呼び出すためのただの餌だからね。


 こっちの前に引きずり出してしまえば、もう用なし。


 なんせ、この状況になればこっちの勝ちは決まったも同然だからね!



「飛んで火にいる夏の虫。ここであんたを殺せば、全てが終わる。闇将軍様も復活なされるよ!」


 指を動かし、言霊を坊やの前に進ませる。


 さっきみたいに他の誰かに裏将軍の職を譲られたらたまらないからね。



 きっちりかっちり、ぶっ殺してやるよ!



「兄さん! お願い。勝って!」


 動きを止めていた『無刀』にその妹が声をあげた。



 言霊のことを言わなかったのは、その制限がなんなのか見破れなかったからか。


 それでもヤツの自力なら、勝つと見ての言葉なんだろうね。



「いいだろう。この一撃で、全てを解決し、勝利してやる!」


 妹の懇願を聞き、ヤツは、拳を握った。


 ヤツは、やる気だ。



 あたしはその言葉に、内心でほくそえむ。


 ナイス。ナイスアシストだよ妹。


 これでヤツの頭は勝つことを意識した。絶対に勝たねばと強く思った!



 いくら天才と持ち上げられていても、まだまだガキだね、あんたは。

 どうしてあんたを人質にしてあいつをぶっ殺そうとしなかったか。その意味に気づかなかったようだね。


 直接戦うそぶりを見せれば、ヤツは勝てると希望を持つ。



 だが、この言霊の前ではそいつは大きな落とし穴なのさ!



 お前達が必死に頭を働かせ、解明しようとした言霊の制限。


 言葉と気持ちは、それに大きく関わってくるんだからね!



 この言霊は、口にした言葉から遠い感情を持つほど効果が上がるのだから!



 勝つと口にしたのなら、『勝てない』『負ける』と思う気持ちが大きい方がその言葉を現実のものにすることが出来るのさ。

 つまり、自信に溢れ、自分は負けないと思っているヤツほど言霊の力は弱まり、口にしながらも負けると思ってる方が勝つって制限なのさ!


 あの第一刀も一度も負けたことがないからこそ、言葉どおり勝つことを疑わなかったから、一方的に負けたってわけなんだよ。



 言感相反の制限。



 だから、勝つと口にする時、勝つと思っていたら勝てないって寸法なのさ!



 言霊を使うあの子は外見は威厳があるように見せかけているけど、その実は超ネガティブ人間。

 長老の死をもって更なる絶望に目覚めた、究極のネガティブだ!


 あたしの命令で表面上は取り繕っているけど、あたしがいなければなにも出来ない、誰にも勝てない、心の中では勝てない、逃げたいと泣き喚いている情けないヤツなんだよ!

 勝つと口にしながら、心の中じゃぁ自分は絶対に勝てないと泣き叫んでるんだよ!


 ゆえに、自分が強いと思っているヤツほどあの子には勝てない!



 このカラクリに気づかなければ、この言霊は絶対に破れない!



 いくら無敵の『無刀』といえども、この特性の前には絶対敗北間違いなしってわけだ!


 いける。いけるよ。この状態なら、間違いなくあの『無刀』を屠れる! 闇将軍様を復活させられる!



 この怪物を作り出したのは、お前だよ『無刀』の!


 だから、お前はここで倒れ、闇将軍様を復活させるんだ!



「さあ、やっておしまい!」


「この勝利、揺ぎ無い!」


 大きく刀を振りかぶる。



 ヤツもそれにあわせ、体を動かす。


 腰を捻り、拳を前に突き出す。『無刀』は、正拳突きをくりだした。



 世界がスローモーションのように動く。

 それは勝利を確信したあたしの感覚が鋭さを増し、思わず遅くなったように見えたのだろう。


 二人が足を踏み出す動き。

 刀が振り下ろされる動き。


 ヤツが拳を突き出す動き。


 全てが遅く見える。



 言霊と言霊の力が発動し、二人の中心点でぶつかりあうのも見えた。



「かっ……!」




 どんっ!!




 言霊同士がぶつかりあい、そして負け、吹き飛んだのは……



「……った!?」


 あたし達。だった。




 螺旋を描き、壁に突き刺さる、刀を振り下ろそうとしたあの子。


 そして、同様にぶっ飛ばされたあたし。



 この一撃で全てを解決する。


 その宣言どおり、あたしも一緒にふっとばされた。



「ば、かな……」

 見えない力にぶん殴られ、あたし達は同時に客席の壁に叩きつけられ、壁に大きなクレーターを生んだ。


 体はめりこみ、まるで磔のような状態で突き刺さる。



 見えない力に突然吹き飛ばされ、あたしは最初、なにが起きたかわからなかった。


 だって、あたしが、あたし達が負けるなんて思ってもいなかったからだ!



 客席の壁にめりこみ、衝撃が体に走り抜けてやっと、あたし達が負けたという事実を認識した。



 それでもあたしは、その瞬間は、その事実を認められなかった。



 そもそもありえない!


 ヤツは士力も発していない。


 理不尽な士力差で言霊を無効化したわけでもない。



 ヤツは言霊を利用し、それでいてあの子に勝った。



 あの子のネガティブに、勝った!!?



 まさかあの一瞬で、ヤツは第一刀も見抜けなかった言霊のカラクリを見抜いたというの?


 でも、負けると思うとしても、カラクリを見抜いていればそう思えば勝てるとわかっているということになる。

 そうなれば、勝つために負けると思うのだから、勝つという願望が漏れ出るはず。


 だから、絶対ネガティブに教育されたあの子に勝てるわけがない!

 祖父の死から、パーエクトネガティブに覚醒したあの子に勝てる言感相反があるはずがない!!


 勝つと宣言する限り、絶対に負けるはずなのに、なぜなの!?



「っ!」


 いや、例外が、一つだけあった。


 この特性は、口にした言葉からより遠く強い感情を持った方の言葉を実現させる。

 だから、勝つと口にしたのならその言葉から遠い、『勝てない』、『負ける』と強く思わなければならない。誰よりも勝てないと信じなければならない。


 しかし、その感情よりさらに遠いモノが存在する。



 それは、勝つと言いながら、勝つことも負けることもまるで意識していない場合だ。



 言葉に対し、なにも感じないこと。


 その言葉を一切意識しないならば、その言葉と感情は永遠に到達しない。ゆえに、距離は無限大!



 絶対に負けると思いこんでいる想いより、さらに遠い位置にそれはある!


 ならば、どれほどネガティブを積み重ねようと勝てるわけがない……!!



 言葉を口にしながら、それをまったく意識しない状態。


 それは、勝利への執念も敗北への恐怖も全てを超越しなければならない。

 戦いの最中、それを戦いとさえ認識しない極致。



 いわば、無我の境地に到達していなければ出来ぬ芸当!



 生死のかかった殺し合いの最中、死にも繋がるそれを一切意識しないだなんて、あの子はそんな達人の極致へ、あの若さで至っているというの!?


 だが、あの言感相反の制限と絶対ネガティブの精神に打ち勝つには、それ以外考えられない。



 刀も使わず、言霊さえ倒す。

 これぞまさに、『無刀』……


 なんて。



 なんて子なの……



 ずるりと、壁の中、意識が闇に滑り落ちる。


 あたしの意識は、驚愕の事実におののきながら、そのまま闇に沈んでいった。

 分身であるあたしの意識が、消える……




──ツカサ──




 通路を抜けると、そこは舞台でした。


 客席に戻るつもりだったのに、まさか舞台側に出てきてしまうなんて!


 というかなんで誰も止めてくれないの。

 なんで誰にもあわず出て来れちゃうの。セキュリティ甘いよ。なにやってんの!



 つーかなぜこんなところへ!?


 確かに目的地はここだったけど、出るべきはここじゃないよ。ちょっとズレてるよ。

 どういうことなのおじさん!


 俺どころか舞台上の役者はおろか三百六十度全てが見おろせる観客まで固まっちゃってるよ。


 明らかに放送事故。もとい観客乱入のハプニングじゃん。



 つーか冷静に見てこの舞台すっげぇな。これで舞台やってるのかよ。劇団サムライすっげぇ。



 って感心してる場合じゃない。



 舞台へむかう二ヶ所設置された花道にどーんと現われちゃったよ。


 みんなの注目俺に集まりまくりだよ。

 ここでてへっと笑ってひっこめるような状態じゃないよ。


 どうすんの。どうすりゃいいの!?



「くくっ。よくやってきたね。素直に出てきてくれるたぁ、あたしゃ嬉しいよ」



 へ?


 なんか悪役の親玉っぽい女の人が口を開いた。


 まるで、俺のことを待っていたかのような口ぶりだ。



「飛んで火にいる夏の虫。ここであんたを殺せば、全てが終わる。闇将軍様も復活なされるよ!」


 なにか合図を送り、近くにいた部下らしい屈強なおじさんが俺の方へとむかって歩き出す。



 ひょっとして。


 これ、ひょっとして……



 アドリブで劇を進めていらっしゃいませんかー!?



 まるで俺が出てくるのが当然のような流れだ。


 ハプニングでなく、俺も登場人物の一人としてあつかっている。



 これがプロの役者。

 プロの根性!



 こんな飛び入りハプニングが起きてるってのに、幕を下ろさずきっちり劇として成立させようとするとは。


 あ、そもそもここ幕おろせねーしな。



 なんてところに足を踏み入れちまったんだ俺は。



「兄さん! お願い。勝って!」


 剣士役なのか、刀を持った彼方が俺にむかって声をあげた。


 おいおい。ここで兄さんとか言っちゃダメだろ。

 こういうハプニングの時の対応で、経験の差は出ちまうな。


 でも、悪いのは圧倒的に俺だからなぁ。



 てか、勝てって、俺がお前を助けに来たヒーローのような役やっていいのかよ?



 元々のシナリオもそういう流れだったの?

 そんなの確認できる状況でもないし、悩んでいられる時間も少ない。


 刀を持ったおじさんは一歩一歩ゆっくりとだが、俺に近づいて来ている。



 みんな、迫真の演技だ。



 まるで、本物の戦場にいるかのよう。


 ここから見ても真に迫っていて、観客の息遣いさえ緊張しているのがわかるほどだ。

 それだけで、今、この場が切迫し、戦いのクライマックスシーンだというのがわかる。


 舞台はまだはじまったばかり。


 きっと今は序盤の山場なのだろう。



 みんなの熱演をここで壊したら、彼方に恥をかかせることにもなってしまう。


 せっかくの初舞台だというのに、散々な思い出になってしまう。


 あいつの夢が、潰えてしまう(かもしれない)



 どうやらここは、責任をとるという意味でも、乗るしかないようだな。



 なに、どんなに俺が大根だろうが、きっとフォローしてくれる。それっぽいことすれば、あとは勝手にやってくれるはずだ。

 俺は素人だけど、相手はプロなんだから!



 こうなりゃ、覚悟を、決めて……!



「いいだろう。この一撃で、全てを解決し、勝利してやる!」


 俺は、ぎゅっと拳を握った。



 なんとかかまずにしっかり言えた。


 ふっ。どうやら昼休みの校舎裏や放課後教室とかでこっそり練習していた成果が出たようだ。

 初日のあのアドリブ勝負の時から、またからまれたら今度こそと密かに情熱を燃やしていたかいがあったってもんだ!



 とはいえ、しょせん素人の俺に、殺陣なんて出来るわけがない。


 だから、一撃で終わらせるとあえて宣言した。



 こうすればきっと、むこうがアドリブでなんとかしてくれる。


 それくらいできるんだろプロ役者様ぁ!(結局他人任せ)


 俺は、信じてるぜ。


 ぶっちゃけこれ以上無理だから。

 拳振るうのも一杯一杯だから!



「さあ、やっておしまい!」


「この勝利、揺ぎ無い!」


 大きく刀を振りかぶる。


 俺もそれにあわせ、拳をくりだした!




 どんっ!!




 ものすごい音と共に、悪役っぽい二人は壁まで吹っ飛ばされた。


 ぎゅるぎゅると螺旋を描き、空中に渦が見えたほどだ。


 思わず、拳を突き出して固まっちまったよ。



 この劇、演出すげえェェェ!



 流石プロ。きっちり俺のつたない演技にあわせて完璧にやりとげてくれたよ。


 役者の演技も凄かったけど、この舞台の演出もすげー。


 よくニュースとかでワイヤーで空を飛んでいるのを見るけど、今の舞台はそんなの目じゃないほど進化してるんだな。


 マジ、すっげぇぜ。



 おっと、ここでぼーっとしているわけにもいかないな。


 観客の注目があっちに集まっている間に、俺はそそくさと出てきた扉へ引き返す。

 これ以上ここにいたらボロが出ちまうから、今のうちに俺はクールに去るぜ。



「に、兄さん……」



 俺がきびすを返すと、後ろから彼方の声が聞こえた気がした。

 残念だが、これ以上舞台にとどまるつもりはない!


 俺は手をひらひらとさせながら、そのまま舞台から去るのだった。



 ぶっちゃけ、逃げた!




──亜凛亜──




 ぴたりっ。



 秋水の生み出す氷壁を笑いながら破壊していた武内という筋肉男の動きが唐突に止まった。


「あっ、あがっ。あががががが……っ」


 そのまま男は白目をむき、真っ白い灰のような姿となり、さらさら崩れ落ちる。



 一瞬なにが起きたのかわからなかった。


 でも、すぐなにが起きたか理解した。



 誰かが、筋肉男に神風をかけた規格外死士を倒したのだ。


 神風を維持する存在がいなくなり、その加護が消えたから残りの死士も消滅したのだ。



「くそっ。気に入らないヤツだ。毎回毎回、毎度毎度あたしの計画の邪魔をして!」



 唯一残ったのは、地団太を踏むまほろ。


 この子だけは、神風の恩恵を受けていなかったみたい。



「あと少し。あともう少しで、我等の悲願が達成できたというのに! いつもいつも、あいつさえいなければ!」


「ふっ。安心しろ。お前の悲願は叶う。そいつの手によってな」


「っ!?」


「それは、どういう意味だい!?」


 秋水の一言に、私どころか、まほろさえ驚きを隠せない。



「それって、士君が闇将軍を復活させるということですか!?」


「その通りだ。そして、サムライの本懐も達成されるだろう」


「へ?」



「……まさか、彼が闇将軍を討伐すると言うんですか!?」



 我等サムライの本懐といえば、闇将軍討伐である。

 それが合致するということは、士君が闇将軍を倒すということだ。


 確かに秋水は、士君がいずれ訪れる災厄を払う者だと信じている。


 それを確認するため、あえて我々に捕まり確認しに来たほどだ。


 だがその災厄は、闇将軍とは限らなかったはずだ。

 それとも、秋水にはなにかその災厄が闇将軍であるという確信があるというの?



「その、根拠は?」



 なので、問う。



「そこの娘は闇将軍復活のため、裏将軍を狙った。しかし、途中で目的が片梨士に変化した。それはつまり、片梨士が裏将軍を継いだということを意味する」


「ちっ」

 あの子が舌打ちをした。


「なかなか鋭いさね」



 どうやら秋水の推測は正解のようだ。


 だからあの時、士君を気に入らないと言い、時間稼ぎは終わりだと言い出したのか。

 士君が、裏将軍を継いだと知ったから!



「そして、それこそが答えだ。災厄から世を救う者が、裏将軍を継いだ。つまりは、そういうことだろう?」


「っ!」


 言われ、気づいた。



 彼ならば、裏将軍にならずとも今回の死士襲撃は撃退出来た。

 そもそも裏将軍になる必要がない。


 なのに、裏将軍を継いだ。



 みずから世界を救おうと動いているのなら、ここで闇将軍の封印を司る裏将軍になる必要性は一つしかない。


 つまりは、そういうことである。



 彼は本当に、闇将軍を倒し、いつ世を覆うかもしれない災厄への不安を取り除こうとしている!



 誰もがこの事実を聞けば、闇将軍を復活させ、倒そうなどとは無謀もいいところだと思うだろう。


 だが、彼は今代には使える者もいない『封神』を体現し、さらに死士達の士力さえ吸収して回っている。


 その力を解放した時どうなるか。それは本人以外わからないが、死士達から吸収した力だけを考えても膨大な力となっているだろう。



 それで闇将軍を倒せるのかはわからない。


 だが、士君ならばやってのけるという予感が私にはあった。



 それは、私だけでなく、まほろも感じていることだ。



 そして、力を隠していた理由もわかった。


 正確に言えば、隠していたように見えただけなのだ。


 彼は、闇将軍を倒すため、ほんの少しの士力も無駄にすまいとしていたから。



 しかし、士力を欠片も見せないまま死士を倒し、力を完全に隠したままなら、肝心となる封印の要。裏将軍に会ったとしてもそれを継げるわけがない。



 だから、士力を見せずにサムライに認められるよう行動し、あえて自分とわかるようそれとなくヒントを残し、

『無刀』と呼ばれるまでになった。


 私達にその力の断片を見せていたのも、封印の要たる裏将軍に認められ、後継者となるため。



 サムライに協力を求めればとも思うが、それではサムライ同士の交流で無駄な士力を使わされる。

 彼はそれさえ嫌がり、一度の戦いのため力を温存し続けたのだ。


 それは、普通に死士を倒し、名を上げるよりはるかに難しい行為。



 だが彼は、それをやり遂げ、闇将軍の目前まで迫った。



 なぜそこまで?


 答えは簡単だ。すべては、闇将軍を倒し、世に光をもたらすため!



 なんて子なのだろう。

 むしろ、最初に先生を助けたことでさえ計算だったのかと思える。


 そんな彼ならば、本当に闇将軍を倒してしまうかもしれない……!



「そういうことだ。だから、無駄な抵抗はもう止めろ。お前の念願は、一応叶う」


 唖然とするまほろに、秋水が最後通告を口にした。



「無駄? 無駄だって!? いいや無駄じゃない! このままヤツに封印を解かれたら、それこそあたし達の今までをすべて否定されるだけじゃないか! なんのために準備してきた! 全部する意味がなかった! まってりゃ勝手に封印が解かれていただって!? そんなの。そんなの認められるか!」


 最後通告はむしろ、消えかけていた灯火に火をつけた。



「闇将軍様の復活は、あたしがやる! あたしらがかなえる! あんたらを倒して、闇将軍様を復活させるっ!」


 彼女が叫ぶと、その周囲に幾本もの光の柱が生まれた。



 それは、分身を呼び戻すための集合の柱。


 彼女は他のところにいた分身をすべて、ここに集めたのだ。



 分身をすべて一つに再集結させれば、分散した士力はすべて元の値に戻る。



 つまり、ここにいる彼女こそが本体。

 そして、まだ諦めてはいない……!


 本体である彼女がここにいるということは、それだけこの計画に自信があったということだろう。



「決着は私が」


 もう、彼女になにを言っても止まらないだろう。


 ならば、私に出来ることは、彼女を止めてやることだけだ。



 私は秋水を押しのけ前に出た。



「そうしろ。ただし、俺は手助けはできん。期待するな」

 秋水が口を開いた。


「できん?」


 手助けしないではなく、できん?



「俺は、自分の士力に制限をかけた。一人でしか戦わぬと。誰かと共闘は出来ん」


 そういえば前、老中方がそんなことを言っていた覚えがある。

 さっきは氷の壁で一方的に守られていたから平気だったけど、共に戦うとなるとその制限に引っかかってしまうのか。



「わかりました。決着は、私一人でつけます」


 刀を抜き、構えた。



「一対一を二回やるのなら、あたしに好都合。そしてなにより、あんただけは絶対道連れにしてやるよ、亜凛亜あぁぁ!」



 彼女は胸から抜刀した己の刀を私にむける。


 忍者刀を思わせる短い、直刀だ。



 私にめがけ、一歩踏み出すごとに彼女の姿がぶれ、増える。



 これが彼女の特性、『分身』の力。


 さっきみたいに実態を生み出すのでなく、姿だけを映し出した幻でしょう。

 この数で私を惑わし、斬るつもりなのでしょう。



 でも……



 びゅわっ!


 私の刀。『大嵐おおぞれ』の特性は風。


 風で灰と化した死士の欠片を巻き上げ、周囲に吹き上げれば……



 斬ッ!



 迫る彼女本体を、私は切り払った。



「かっ、は」


 壁に叩きつけられ、彼女は肺から空気を吐き出した。


 壁にもたれかかり、それで倒れないようにするのがやっとだ。



 彼女はもう、動けない。



「なぜ……」



 何故自分が斬られたか。


 彼女は信じられないようだ。



 有浦まほろ。


 貴方は今、自棄になり、冷静さを失っているわ。



 苦し紛れの分身の術では、私に勝てない。



 実体のない幻の姿では、巻き上げた灰は当たらない。


 唯一、実体のある貴方にだけ、その灰は当たるの。



 だから、私は惑わされることもなく、貴方を迎撃できた。



 私の知る、いつもの貴方なら、こんな単純な手で見破られるような、私の風と相性の悪い作戦は使わなかった……



 ざっ。

 壁にもたれかかる彼女の前に立つ。



「……闇将軍がいなければ、私達は親友になれましたかね?」


「そんなの、知るもんかい……」


 私は、倒れ来る彼女を抱きしめた。



「でも、そんな世界も、あるかもしれないね……」



 うつろな目が、一度私をとらえた気がした。


 がくりっ。

 彼女はそのまま、動かなくなった……



「まほろー!」



 ここでの戦いは、こうして終わりを告げた……




────




 同時刻。


 他の場所での死士との戦いも終わっていた。



「……ちっ。なに、情けない顔してやがんだ……」


「に、兄さん……」


 火吹きの炎次は、腹を貫かれていた。


 神風の効果が消えた死士が消滅する直前、場にいた全員をまきこむよう士力を解放したからだ。


 その一撃で、炎次は一人のサムライをかばった。



「なぜ、俺を!」


「さぁな……俺にも、よく、わからん……」


 秋水に影響されたからだろうか? 世界を守るため戦うという、救世主の話を聞いたからだろうか?

 それは、炎次にさえわからなかった。


 だが、最後の最後、弟は守らねばと思ってしまったのだ……


「なあ、尚治。最後に、いいか?」


「なんでも言ってくれ!」


「なら、俺の刀、受け取ってくれ。お前なら、俺のこれも、維持出来る。自分のためじゃなく、人のために、使える……」



「なにを言っているんだ。もう少しだ。もう少しで、救護班が……!」



「いいんだ。俺は、これで……やっぱり俺は、間違っていた。炎は、美しい。だが、お前の炎の方が、もっと、美しいと……気づいた……」


「そんなのどうでもいい! 炎の話なんか、あとでも出来る。だから!」


「お前は、ホントかわんねぇな。昔からそうだ。泣き虫だ……だから、あとは、好きに……」



 その刀が、炎次から尚治に渡ると、そのままそれは尚治の体に吸いこまれていった。


 血を分けた者だから出来る。特性の譲渡。

 これが出来るのも、一流のサムライの証でもある……



「兄さん。炎次兄さーんっ!!」



 尚治は動かなくなった炎次を抱きしめ、慟哭の涙を流した。




「くくっ。終わった! これでワガハイは、自由! さあ、再びワガハイは楽しいを求め、外へ……!」


 走り出そうとした、通称『博士』だったが、次の瞬間もの凄い勢いでスッ転んだ。


 まるで足が床に吸いついているかのように動かなかったからだ。



「な、なにが起きた。ワガハイの身に! 倒置法!」



 足元を見てみると、なんと足元から体が凍っているのがわかった。


 徐々にその白い冷気が体の上に上がってきているのがわかる。



「これ、ひょっとしてー!」



 凍結の秋水。

 その二つ名を持ち、全てを凍らせ、時を止めるかのごとく動きを止めることを可能とするサムライを知っている。


「知っているがアァァァ!」


 ぴっきーんと、凍った。



 こうして逃げようとした死士達は、見事にまた牢屋送りへとなったそうな。




「なんとかなったようじゃな」

「なんとかなりましたね」

 死士が消えたのを確認し、刀十郎と水島は顔を見合わせうなずいた。


「へへっ。勝ったようだぜ。それで、俺の名は……」


「むっ、連絡じゃ」


「聞けえぇぇぇ!」



 連絡を受け、刀十郎をふくめたサムライ達は一度、御前試合の会場となる舞台へ集合しようと歩き出す。




「……雷太」


「言うな。研太郎。俺は、満足だ。こうして輝いて、死ねるのだから……」


「勝手なことを! 勝手に失望して、勝手に満足して! 俺は、あんたのことを絶対ゆるさねぇ!」


「……それで、かまわん。それこそ、お前だ」



 そう言い、雷太は微笑み、塵へと消えていった……



「……バカやろう」


 彼は小さく呟き、一筋だが、涙を流す。



「……まあ、この後始末はあとでいい。今起きていることを、どうにかしないとな。だいさ……」


「きゅぅ……」

 振り返ると、第三刀、『天剣』の宗司は廊下にぶっ倒れていた。


「ふふっ。やっぱり、気分がいいだけじゃ、ダメ、だな……ぐふっ」


「おいいぃぃ!!」


 軽く血を吐いて気絶する宗司に、思わず声をあげるしか出来ない研太郎であった。


(研太郎、うるさい……)


「お前も平然と寝てんじゃねえぇぇぇ!)



 すべてが平穏無事に終わったからこそ出来る一幕であった。




──片梨彼方──




 その戦いは、あまりに圧倒的で、あまりに一方的でした。


 およそ戦いなどとは呼べない、大人が子供をあしらったと言っていいほどのものでした。



 あの第一刀でさえ手も足もでなかったあの死士を、兄さんは拳一つで倒してしまったのですから。


 士力も発せず、相手の特性である言霊を利用した形で。



 兄さんはあの一瞬で敵の特性を見破り、それを逆に利用したのでしょうか?

 それとも、私達が想像もつかない方法で、あの二人を倒したのでしょうか?


 どちらなのかさえわかりません。



 ひょっとすると兄さんは、士力のさらに上の段階にある力を持っているのかもしれません。


 ただの人が士力を見えないように。士力をさらに超越したその力は、私達には感じられない。そんな可能性さえあります。



 サムライになり、少しはその背中に近づけたかと思ったけれど、そのステージに立てば兄さんの背中はより遠かったと思い知らされます。


 一体、どれだけ追いかければ兄さんに追いつけるのか。

 今の私では、想像もつかない遠さだということしかわかりません……



 吹き飛ばされて壁に倒れた死士一同から兄さんに視線を戻すと、勝利の余韻もなにもなにもなかったように、この場から去る兄さんの背中が見えました。


「兄さん……!」


 思わず声をかけたけれど、兄さんは手をひらひらさせるだけで、現われた扉の中へと消えてしまいました。


 まるで、他になにかすることがあるかのようです。



 扉が閉まった直後、その扉から別のサムライが入ってきました。

 周囲で暴れていた死士もいなくなり、ここへ援軍に来たようです。


 兄さんと鉢合わせした様子はありません。


 一瞬不思議に思いましたが、この御前試合が行われる城の扉は、ある観覧席へむかうためのゲートになっていると亜凛亜さんが言っていたのを思い出しました。

 一度迷いこめば、扉から扉へ惑わされ、決して目的地にはつけぬ侵入者を惑わす迷いの迷路。


 兄さんはそちらの方へ入っていったのでしょう。


 それなら確かに、人に会わない。



 兄さんはそれを逆に利用して、誰にも会うことなくこの場から立ち去ったんです。



 普通の通路を利用すれば、すぐミーハーな人に囲まれ、逃げ場がなくなるとわかっているから。


 流石兄さん。逃走経路まで完璧だなんて。



 すごい。と思うのと同時に、申し訳ない気持ちも湧き上がります。



 元々兄さんは表に出るつもりなんてなかったのに、私がピンチになったから表に出てこざるえない状況になってしまいました。

 私の危機に颯爽と現われてくれたのはとても嬉しかったけれど、また、兄さんに迷惑をかけてしまった。


 兄さんもこういうことを心配して、私にサムライのことを秘密にしていたのでしょうに。


 私も、こうならないよう必死に努力を重ねてきたというのに。



 助けてもらって嬉しい。でも、自分の弱さがとても悔しい。

 複雑な気持ちが私の中に駆け巡ります。



「くくっ。ははは!」

 突然の笑い声。


 何事かと視線をむければ、舞台の中央付近で大の字に寝転がった第一刀の声でした。



「完敗。完敗だ。今の俺では、彼には勝てん! なにも出来ず、ただ助けてもらうだけ。情けない。なんと情けないことか!」


 悔しそうな言葉に反し、表情はどこか嬉しそうだった。


「これが敗北感か。これが、無力感か!」



 初めて知る、敗北感。

 兄さんを見て知る、圧倒的な無力感。


 私がそれを感じたのは、いつのことだっただろう? きっと、兄さんがいないで成長した私の姿。それこそがあの第一刀だったんでしょうね。


「世の中は広い。これほど胸が躍っているのははじめてかもしれない!」


 呆れた。

 結局彼は、世の平和などより、自分の興味の方が上なんだ。


 でも、気持ちはわかります。



 自分があまりに天才過ぎて、自分と同等の人がいなくて、なにをしても自分の思い通りになる世界。

 なんでも思い通りになる、つまらなくも退屈な世界。


 そんな灰色の世界を照らしてくれて、色を与えてくれたのは兄さんだったのだから。



 自分で気づけば、世界はこんなにも輝いていると気づかせてくれたのだから。



 きっと私と同じことが、この人にも起きている。


 自分で作っていた壁が、一気になくなった時。私は飛躍的に成長したと思いました。



 ……なら、あの人も?



 なぜか、口元が緩んでしまいました。


 どうやら、あの人と私はよく似ているようです。

 だから、思わず兄さんに惹かれた。


 自分を超える、追いかけても追いつけない、大きな目標となるから……



 どうして気に入らないのかもわかりました。


 そしてきっと、私があの第一刀を認めることはないでしょう。



 下手をすると私より先に、兄さんに認められる可能性がある人は、嫌いです。



 あたりが騒がしくなってきました。


 どうやら一度この会場に散らばっていたサムライ達も集まるようです。



 後始末、大変そうですね。これは……



 でも、私はまだ、知りませんでした。


 まだ、終わりじゃないことを……

 まだ、最後の最後の戦いが、終わっていないことを……




──ツカサ──




 ふいー。なんとか大惨事だけは免れたかな?


 入ってきた扉から通路に戻って、俺は冷や汗を拭った。



 はじまっていきなりの山場で、本来は主役っぽい人でも出てくる人だったのかな。つーか、あれでホントによかったんかな。


 問題なく舞台が進んでいるかは怖くて確認しに戻れないけど。

 逃げるように別方向へ進んじゃってるけど!


 ま、まあ、あれだけプロ根性がすごい人達がそろっているんだから、きっと大丈夫に違いない。


 きっと。多分! 平気!



 てくてく。



 しっかし、元の通路に戻ったのはいいけど、ホント人いないな。


 ああいうハプニングがあったってのに、誰も俺を確保しに来ないとか。


 これじゃ部外者も入り放題じゃないか。


 どうなってんのこの劇団サムライのセキュリティは。



 ひょっとして、内情はけっこう人手不足とか?

 そうなら、俺も裏方で手伝いに来た方がよかったのかな?


 まあ、想像でしかないから、当人達に確認しないとなんともいえないけどさ。



 すっ。


 なんて考えていたら、目の前に人影が現われた。



 ああ、よかった。


 流石にこれで客席にいける。



 その前に、いろんなところに頭下げなきゃいけないかもだけど。

 まあ、それは俺の自業自得か。


 ともあれ、今度こそ……



 ……え?



 俺の前に現われたその人影を見て、俺は思わず直立不動になってしまった。


 唖然と、足を止めるしかない。



 だって、目の前にいたのは、漆黒の衣を纏った俺だったのだから。


 え? 鏡?

 いや、んなわけない。



 俺、こんなぴっちりスーツみたいな格好してない。



 じっ。


 目が、合う。



 対面する俺の瞳は、真っ赤だった。


 このいでたちにこの姿。これってダーク……



 むんずっ!



「っ!?」

 唐突だった。


 一瞬にして間合いを詰められ、俺はもう一人の俺に、喉を掴まれた。



 ふわっ。



 体が、重力を無視して浮いたような感覚。


 この感覚。俺、知ってる……!



 喉を掴まれ、持ち上げられた浮遊感。

 いや、これはそれとは違う。苦しくはない。でも、どこかふわふわとした感覚。


 これ、世界と世界を移動する時感じる感覚だ!



 ふわっと体が浮かぶような、重力から解き放たれるけど、どこかに引っ張られるような、このなんとも言えない変な感じ。


 このままこの感覚に引っ張られれば、俺は元の世界へ……



 あれ? 元の、世界?

 いやいや、ここって元々俺の世界だろ……


 それを思い出し、俺はぞっとした。



 様々なルールの異世界が乱立するこの世界で、たった一つ、絶対のルールがある。


 それは、異なる世界の同一人物が出会うと、双方は消滅するということ。

 同一存在が世界に存在することにより、世の理が不安定となり世界消滅のきっかけになりかねないとかなんとかいう理由で、世界を安定させるため一度そのイレギュラーを取り除く形でその世界から消えてしまうのだ。

 そのルールは、その世界を生み出す神様的な存在でさえ抗うことが出来ない、唯一不変の絶対法則。


 異なる世界にやって来た来訪者は元いた世界に強制送還され……



 ……元々その世界にいたものは、一度その世界から消滅させられ、いずれ新たに生まれ変わる。



 つまり、いっぺん、死ぬっ!!



 あれ、これ、やばない?




 俺、マジやばない!?




 おしまい

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