第61話 襲撃! 御前試合 ─前編─
──片梨彼方──
御前試合当日。
私は兄さんより先に会場入りし、御前試合参加の意志を示していた。
観客とは違う入り口から通され、共有スペースもある大広間を持った控え室へと通された。
招待された参加者は自分に割り当てられた控え室か、この共有スペースで待つということらしいです。
そして開会式前、集まった十六人で組み合わせの抽選を行ない、一つのトーナメントが完成するとのことでした。
トーナメントに関してはシードなどの優遇枠はなく、例え前回優勝者であろうと初参加の者であろうと関係なく、等しくクジによって組み合わせの番号は決められる。
組み合わせによる相性という運は存在するが、基本的に参加選手全てに等しい条件での戦いだった。
参加者受付の時間が終わる。
集まったのは十五名。
受付がざわつくのがわかりました。
何度参加者の数を数えても十五。当然、慌てます。
まさか招待を受けて来ないサムライがいるなんて信じられないようでした。
まあ、その来ていないのは兄さんなんですから、私は驚きもしませんでしたが。
参加者の中で兄さんの人を知る何名かは、驚きもせず、やっぱりという表情を浮かべていました。
受付の人と関係者の人達が集まってなにかを話しています。うなずきあうと、一人が控え室の外へと走り、サムライを一人この共同スペースの控え室へむかえいれました。
どうやらその人がリザーバーのようです。
運が良かったですねあなた……って、亜凛亜さんでした。
亜凛亜さんも私がいてびっくりしたようです。
というか、私が正式参加者で亜凛亜さんがリザーバーとか、もの凄く気まずいんですが!
「いいえ。気にしなくていいのです。貴方の才能は本物ですから。むしろ、士君の代わりという方が複雑な気持ちです……」
ああ、そっちの方でしたか。
確かに、兄さんが不参加だから参加できたわけで、兄さんがなぜ参加しないと自分の参加と複雑な気持ちですよね。
リザーバーの亜凛亜さんを加え、組み合わせの抽選がはじまりました。
結果は……
御前試合の開会式がはじまる。
リングとなる四角い舞台を囲むように観客席が並べられています。控え室からリングに続く花道があり、伝統芸能の歌舞伎の舞台を思わせるようなつくりになっていました。
歌舞伎の場合はその花道と舞台に触れられるようなほど近い距離に客席が設置されていますが、ここではそこは場外となり、リングを見おろす、いわゆる二階席に当たるところが今の観客席のようです。
聞けば、昔は歌舞伎と同じように花道の近くにまで観客がいたそうですが、あまりに危険のため今は廃止され、リングに続く花道だけが残されたのだそうです。
観客席から一段高くなった場所に、四角い部屋のようなものが突き出しているのが見えます。
きっとあれは、特別観覧席なんでしょう。
話に聞いた裏将軍が、そこに座ってみるところなんだと思います。
四角く囲まれた部屋はガラスのようなものが四方を囲み、中はブラインドがあるのか見えません。
私達参加選手が舞台にあがると、客席から大歓声があがりました。
総勢十六名のサムライが、トーナメント表に割り当てられた番号順に並びます。
つまり、隣にいる人が第一回戦の相手ということ。
私の隣にいるのは、前回第百二十三回優勝者、名刀十選第一刀。七太刀桃覇。
兄さんが出場していなくてがっかりとしている男です。
最初からクライマックスですが、絶対に負けてやりません。
だって私は、兄さんの応援がついているんですから!
老中のありがたいお言葉や、裏将軍の開会の言葉など、実に開会式らしいスケジュールが進んでいきます。
その隙に、客席を見回したりしましたが、兄さんの姿を見つけることはできませんでした。
まあ、兄さんも招待された参加者ですから、見つかると出場させられるかもしれませんからね。見つからないようにしているのも不思議はありません。
でも、私にはわかります。
兄さんは必ず、私を見て応援してくれていると!
だから私、頑張ります!
────
御前試合開会式。
観客がその参加者の全貌を知れるのは、これがはじまり、組み合わせが発表された時である。
舞台に並び、名が呼ばれる。
その紹介を聞いて、参加者の反応を見て、先に待つ戦いを待つのである。
「前回から八年。また楽しみなひと時がやってきましたな」
「うむ」
観客が現われたサムライ達の姿に胸を高鳴らせ、もうじきはじまる素晴らしい戦いに期待をはせている。
名刀十選に近いほどの実力を持つサムライならば、この御前試合の真の意味を知っているが、士力を感じられるだけ、見れるだけというレベルで、純粋に御前試合が楽しみだという者にはその裏の面である闇将軍封印の強化という一種の儀式の面を知らない者は多かった。
彼等はただ、裏将軍の気まぐれで不定期に開催されるサムライの祭り。
程度にしか思っていない。
表向きの理由、サムライの意識と技術の向上をそのまま受け入れた形だ。
とはいえ、死士や妖怪と戦わぬ。いや、戦えぬ者にとって、一流のサムライ達の戦いを目にする機会など滅多にない。
男女混合。老若男女、名声悪名関係なく、ただ強さの評価のみで選定された十六名の戦い。
日ノ本トップの強さを持った者達の真剣勝負を目の当たりにできるのだ。楽しみでないわけがない!
「第二刀、第三刀は今回も休みか」
「第二刀は役目にて出れんのは当然だし、第三刀、宗司はしかたあるまい。今も入院中だ。体調が万全であるなら第一刀にも匹敵するであろうにな……」
「もったいないな」
「ああ。もったいない」
ちなみに、第二刀は通例的に御前試合には出ず、御前試合以外の場所で死士や妖怪が暴れた場合の対処を任されている。
なのでむしろ、ここに第二刀がいるというのは問題なのだった。
「いない者の話をしてもしかたがない。それでも今回の御前試合は楽しみな試合が目白押しだ」
「ああ。その通り。優勝候補筆頭である前御前試合優勝者、第一刀『七支刀』の七太刀桃覇と、脅威の新人。初陣にていきなり刀と特性を発現させたという。彼女が第一刀にどこまでくらいつくか」
「それとも、一蹴されるか。彼女の真の実力が見れるというものよな」
「それだけではない。いきなり第七刀と第五刀の好カードも見逃せまい」
「それに、引退した剣聖の弟子。最近手柄をあげまくっていた十刀候補筆頭の亜凛亜もどこまで行くのか。これも見ものだ」
観客には誰がリザーバーだったかなどはわからない。
いる者からすれば、すべてがきちんと招待された選手としかわからないのである。
「しかし……」
「ああ。しかし……」
舞台の上に全員が並び、総勢十六名のサムライが出揃った。
その全員を確認し、観客が首を捻る。
「『無刀』は出ないのか」
「あの彼方というのがそうではないのか?」
「いや、それは妹の方だ。『無刀』とはその兄だそうだ」
「なんと。どちらも天才の兄妹ということか。新たな風が、サムライの中に吹いているということだな……」
「初陣で刀を抜き、特性も発現させた天才。『無刀』が噂どおりの兄だとすれば、その妹も、ひょっとするとひょっとするかもしれんな」
「ああ。これはやはり、見逃せん……!」
舞台の上に集まったサムライがどのような戦いを繰り広げるのか。
サムライ達の栄誉と名誉をかけた戦いに、観客達は期待に胸を膨らませ、その開幕を今か今かと待ち続ける。
「しかし、その『無刀』はどこに行ったのだろうな。御前試合というサムライにとって名誉な戦いを前に……」
──ツカサ──
……迷った。
会場に入り、観客席に行く前にトイレに行こうかと思ったら、見事に迷ってしまった。
席はチケットに番号が記されて指定されているから、開幕ダッシュでいい席をとらないと。なんてこともないからいいやと思っていたけど、全然違う問題が発生してしまった。
おトイレを無事済ませ、さーて席にむかうかと歩き出したまではよかったんだけど……
……最初の場所に、戻れませんでした。
なんでここ、こんなに複雑なつくりなの? 新宿駅なの? 東京駅リスペクトしてるの?
まるで侵入者をあえて迷わせるお城みたいなつくりだよ。すっげー不親切だよ。
というかどっちから来たのかさえさっぱりだ。
案内板や案内図の一つくらいあってもいいじゃない!
いかん。余裕を持って来たつもりだけど、このまままよまよしていたら開演時間に間に合わないかもしれない。
こういう時オーマがいてくれれば道案内してもらえるんだけどなあ。
まあ、ない物ねだりか。
ひとまず落ち着け。落ち着け俺。
幸い、まだ時間はある。
そこで俺はひらめいた。
迷路のような場所で迷った場合は、右手の法則を使うに限ると!
右手の法則とは、迷路で迷った時によく使われる手法だ。
右手を壁にあて、延々と進めばいつか出口にたどり着けるというものである。
行き止まりにぶつかっても反転して反対側の壁を伝って移動するだけだから、いつか必ず迷路を突破できる必勝法なのだ!
いや、まあ、それ通じない迷路もあるってのは知ってるけど、ここマジで迷路ってワケでもないから、大丈夫だと思う。
つーか、道なりに進むってだけなんだけどね!
右に行くか左に行くか。
悩んでもしかたがない。右手の法則ということで右手を壁につけて進むべさ。
客席はどこだー。
道なりに通路を直進したり、時に右手に従い通路を右折する。
そうしてまっすぐ進めば、いつかは人と顔をあわせたり、案内板の発見や大きな部屋に突き当たるかと思ったけど、中々そうはならなかった。
まるで地下通路のような上と足元に灯りが続くだけの通路が延々と続いている。
こりゃ、間違えて関係者以外立ち入り禁止の区画に入っちまったかな? しかも、関係者も滅多に来ないような場所に。
しかもなんか上の蛍光灯も切れかけているのか、明るくなったり暗くなったり点滅しているところに入りこんでしまったし。
そんなメンテナンスもちゃんとされていないところなんだから、ここは普段使われていないのは明らかだろう。
わざとそんなことする意味ないしな。
いっそ戻るか? という考えも頭をよぎるが、ここまで来たんだから、戻るなら行き止まりに突き当たるまで進んでも遅くはない。はず。
彼方に電話して助けを求めようかとも思ったけど、そもそもこの場所がどこなのかわからないのだから助けを呼んでもここに来てもらうことすら出来ないことに気づいて止めた。
とりあえず、いけるところまで行ってみよう。
「……」
いけるところまで行ってみた。
通路の先には、大きな扉があった。
いや、扉というよりそれは襖と表現した方がわかりやすいだろう。
引き戸タイプの自動ドアはよくあるのを目にするけど、その模様が襖になっているのははじめて見たよ。
まあ、前に立っても自動で開かないから自動ドアじゃないんだろうけどね。この襖ドア。
だって開けるための引き手もついてるし。
しかし、なんにもない通路を塞ぐように襖とは。流石の俺も、困惑しちゃうぜ。
でも、この先に誰かがいるかもしれないんだから、開けない理由はないだろう。
なんかすっげぇ豪華な襖だから、VIP的な人がいるかもしれないけど、その時は素直に頭を下げてごめんなさいして客席への道を教えてもらおう。
迷子だと言えば、きっと笑って許してくれるはずだ。きっと。たぶん。だといいぞな。
意を決し、襖の引き手に手をかける。
鍵や後ろから押さえつけるつっかえなどはなく、その引き戸は拍子抜けするほどあっさりと開いた。
「すみませーん」
恐る恐ると、俺は襖を盾にしながら顔を出した。
襖の先は、大きな部屋だった。
奥の部分が少し高くなっており、畳がしいてあるのが見える。
テーブルや座布団。仕切りなんかも見え、豪華で贅沢な和風の部屋のようだった。
畳の先。部屋の一番奥にはうっすらと光がさしこんでいるのがわかった。
むこうの壁はガラスのような透明なものであり、それに薄いブラインドが入り、外からこちらのことはうかがえないようになっているようだった。
光は入ってきているが、少し薄暗いのはそのせいだろう。
ブラインドの先にうっすらと見えるのは、客席の一角だった。
おおっ。
それを見た瞬間、思わず声をあげそうになった。
だが、興奮したのもつかの間。正面はガラス。右も半分まではガラスで残りは壁。左も同じ。どうやらここは、客席に突き出したような形になる特別な部屋で、そこへの出入り口はここしかないようだった。
つまり、ここから客席に出る道はない。
見てつきつけられるのは、そんな事実だけだった。
「……誰だ?」
え?
部屋の奥。
さっき畳があると確認した場所に立てられていた仕切りの奥からおじさんが一人姿を現した。
人だ。
人がいたあぁぁぁ!
立ち上がったおじさんは、五十歳くらいの偉丈夫だった。
俺が身長170センチだから、それより十センチ以上高い。
和装をしていて、とても威厳のある人だった。
なんというか、お殿様ってイメージすればわかりやすい。
そのまま刀を抜いて暴れても全然問題ないくらい似合っている人だった。
流石のその人も、入り口に立つ俺を見て、どこか驚いた顔をしていた。
そりゃ、まあ、こんな特別なお部屋に関係ない人が入ってきたらそりゃ驚くよな。
「なぜ、ここに少年が?」
それは、俺が迷子だからです!
つーか、マジでVIP席(部屋?)なら警備員とかガードマンとかを扉の前に置いておいて欲しかった。そうすればその人に声をかけて大人しく帰ったんだから。
つまり、俺は悪くない。
いや、迷子で勝手に入ってきたのは悪い。そこは謝ります。
でも、このチャンスを逃してはならない。
急がないと、彼方の晴れ舞台に間に合わなくなってしまう。
ぶっちゃけもう間に合ってないかもだけど。
観客席なんかいい感じに沸いてるし!
ここで見れたらある意味最高なんだろうけど、さすがにそんなわがまま通らないのを大人じゃない俺でもわかってる。
だから、早いトコ客席への行き方を聞いて、そこへ行くしかないんだ!
人見知りで迷っている時間はない。気合をいれ、問え、俺!
「あ、あの……」
「君……」
俺必死の声出しがかぶったぁ!
「ひょっとして、名は片梨と言わないか?」
「え? そうですけど?」
なんで知ってるのぉ!?
自分を知ってる人に、今俺迷子ですって告白するのすっごい恥ずかしいんですけど!
なんでこの人が俺を……と思ったけど、冷静に考えてみれば期待の新人で今日舞台にあがる俺の妹も片梨だった。その名前を見に来る人がチェックしていれば当然知ってる。そして気になって彼方のことを調べていれば、兄である俺が同じ劇団に所属しているのもわかるってことじゃん。
この人がそのくらいする劇団ひいきの人なら知ってて当然。
というかこの人、劇団の偉い人なんじゃ? だってこんな部屋用意されてるくらいだもん!
だとすると、俺の一挙手一投足が彼方に影響を与えるかもしれない。
下手に迷子ですなんて口にして評価を下げれば、同時に彼方の評価を下げる可能性もありえる。
逆に言えば、ここで俺がこの人に気に入られ、評価を上げられれば、今後の彼方の活動にも大きくプラスする可能性が!
なら、迷子と口にしてコイツ無能じゃんと悪印象を与えるのは避けたい。
ここは……
「くくっ。そういうことか」
なんか納得されて笑われたぁ!?
くっ。行動を起こす前に、状況から迷子というのを察せられてしまったか。
ならばここはむしろ下手に取り繕うのは逆効果というもの。
素直に非を認め、客席への道を教えてもらうのが一番だ。
すでに無能な奴というのは挽回不可能だが、そうすることで、まだ正直な奴だと気に入られる可能性が残っている。
恥ずかしいが、本気で役者をやろうとしている彼方に迷惑はかけられないからな!
「そういうことです」
俺は和装のおじさんの目を見てうなずいた。
ここは素直に認め、この部屋からオサラバするのが一番おお印象が与えられると信じて!
これが彼方の未来のためになるというなら、お兄ちゃん恥をしのんじゃうよ。
とりあえず、笑顔も忘れないでおこう。にごぉって感じの笑顔かもしれないけど、それでも少しでもいい印象を与えるんだ!
「うむ。これ以上言わずともわかっているようだな」
相手もにっこりと微笑み返してくれた。
そして、なぜかおじさんは畳からおり、首からさげていただろう首飾りを外し、俺に渡してきた。
なんか、いわゆる勾玉の形をしたペンダントトップがついてる。
「こ、これは?」
「君の、望むものだ。これを持ち、そのまままっすぐ進めばいい。君の信じる道をな」
「っ!」
どうやら、俺の浅はかな考えは大人の経験の前には簡単に見破られてしまっていたようだ。
それでも、こんな俺を気にはいってくれたらしい。
だから、この人は名刺代わりになるこれをくれた。きっと、わかる人にはわかる、この人と知り合いだってことを示す証かなんかだろう。
名刺なんかを見せびらかせば嫌味になるけど、こうして小物をちらりと見せれば、さりげないアピールにもなる。
それを平然とやってのけるとは。これが、大人っ!
迷子の俺にそこまでしてくれるとはありがたいことだぜ。
やっぱ人間正直なのが大事ってことだね。
「ありがとうございます。貴方のことは忘れません」
「気にするな。それより、未来を頼んだぞ。若人よ」
「任せてください!」
劇団の未来は、きっと妹の彼方が盛り上げてくれますよ!
俺は勢いに任せ肯定し、このVIPルームから出て来た道を戻る。
あとは、まっすぐ行けばいい。
そうすれば、客席に出れるはずだ!
名刺代わりの勾玉首飾りをポケットに入れ、俺は足取り軽く、通路を歩くのだった。
ちなみに、あの人の名前を聞かなかったと気づくのは、通路をかなり進んでからだったりしたのは秘密だ。
相変わらず、俺ってば詰めが甘いぜ……
──片梨彼方──
開会式も終わり、ついに御前試合がはじまります。
栄えある初戦は私と第一刀の試合から。
観客からすれば、いきなりの優勝候補筆頭の登場に沸きあがること間違いなしでしょう。
一方で、私の勝利を期待している人は誰もいないと断言できます。
隠れて応援している兄さんは例外として。ですが。
私に期待されていることがあるとすれば、第一刀の活躍が見れないほどあっさり負けないこと。
少しくらいは粘って、第一刀の戦いが見たい。そんな期待の視線しか客席からは感じません。
他に感じる視線があるとすれば、いきなり第一刀と当たったことによる同情の視線でしょうか。
まあ、私にとってみれば、知らない人からの期待や同情などどうでもいいこと。
兄さんさえ応援してくれているのなら、私はそれだけでご飯を三杯。でなく、それだけで世界とも戦えるんですから!
隠れて見ている兄さん。見ていてください。
兄さんを狙うこの無法者を退治し、二度と兄さんに近づこうなんて考えられないよう教育してやりますから!
「双方、構え!」
舞台に立った私と第一刀にむかい、審判となる老中の一人が声をあげます。
私も第一刀も、刀を正眼に構え、むかいあいます。
手にする刀は自分自身のもの。
舞台に上る際、刃びきの水というものを手シャクでかけられ、斬っても斬れない、ただの鈍器と同じ状態になっていますが。
試合の間は斬れることはありませんが、斬れないだけで特性の使用などは行えますから、いくらサムライといえども大怪我をすることもあります。
それでも刀を持って行われるのは、サムライ同士が全力で戦い、そうして放出された士力が闇将軍の復活の力となるから。なんだそうです。
「はじめっ!」
審判の合図と共に、御前試合第一回戦第一試合がはじまりました!
私は舞台を蹴り、一気に第一刀との間合いをつめ、斬りかかります。
ほんの一瞬。短い間に幾度も刃と刃がぶつかり合い、激しい音と火花を生みながら、再び間合いをとることになりました。
「おおー」
一瞬の攻防に、観客席からは歓声があがります。
様子見とはいえ、サムライ衆最強の存在である第一刀と互角に切り結ぶ。
それだけで、私の実力の高さが理解できたからです。
相変わらず私達は正眼に刀を構えたまま、互いに間合いをとり、じり。じりと隙をうかがいあう。
「……なかなかやるな」
「当然です。私は、兄さんの妹ですから」
「ふっ。なら、その兄はどれほどなのか。ますます興味がわいた」
「わかなくてけっこう。私が勝ちますから」
「それは嬉しい提案だ。ならば、こちらも少し本気を出すとしよう」
「なら私も、私の実力をもっと見せてあげます!」
私達は同時に動いた。
第一刀は切っ先を私にむけ、私は床にむけ立てるように刀を構える。
「第一種、尖塔流水」
「見よ、私の理想を」
双方の士力が体内よりはじけ、『ソレ』は発現した。
第一刀の刀から水が滴り、渦を巻く。
その鋭く尖った流水は、私にむかって飛翔した。
その名の通り、流水の塔がそこに生まれる。
二本。
バシャァ!
第一刀の流水の発射と同時に、私のところから生まれた流水がぶつかり合い、はじけた。
ソレはまさしく、第一刀の放った『七支刀』第一の特性。尖塔流水だった。
ちなみに、第一刀がわざわざその名を呼ぶ必要はない。ないが、わざと口にしている。ふざけてますね!
観客が驚きのあまり目を見張りました。
あんぐりと口をあけ、私の所業に驚いています。
改めて説明すると、私の特性は『理想』
理想を世に具現化するという力。
そして今回世に具現化した理想。
それは……
私の目の前には、名刀十選第一刀。『七支刀』七太刀桃覇がいた。
私を攻撃した第一刀と、私を守るように立つ、第一刀がだ。
そう。私の前に、第一刀が二人いる。
私の前にいるもう一人の七太刀桃覇。
それこそが、私の特性によって作り出された、私の理想の第一刀!
あなたなんかに理想の兄さんを見せるのはもったいないわ。
第一刀七太刀桃覇。お前の相手は、お前で十分なの!
「ほう。これは中々面白い」
第一刀が私の前に立つ自分を見て、にやりと笑みを浮かべた。
そして刀をくるりと回す。
刹那、刀の紋様が変わった。
流水のごとく澄んだ刃紋が、炎のように揺らめく刃紋へと変化する。
「第二種、豪円大火!」
「第二種、豪円大火!」
同じ動きを、私の理想七太刀もしていた。
双方の刃から巨大な火球が噴出し、空中でぶつかり合う。
その威力、まさに互角!
熱風が舞台の空気を裂き、その風は観客席まで飛んだ。
それは客席にある結界にぶつかり、防御の文様を大きく浮かび上がらせる。
それは、その威力が客席にまで危険を与えるという証であった。
それほどに、双方の強さは際立っているという証明でもあった。
私の理想の強さは、私がどれだけそれを理想として描けるかによって決まります。
いわば、細かく思い描ければ思い描けるほど、その理想は強くなると言えた。
だから、私はこの男の情報収集を欠かしませんでした。
明らかに兄さんを狙う危険人物。
その魔の手から兄さんを救うため、いつかコテンパンにしてやるため、コイツを研究し、利用することを考えたんです!
そのために、過去にあった第一刀の戦闘データを亜凛亜さんに見せてもらいました。
第一刀だけあって、その強さを知る情報はたくさん。本当にたくさんありました。
七種の刀を持つサムライ。
それだけあって、このサムライは強い。
だからこそ、理想として思い描けば、同じくらい強いのが出来あがる!
もちろん、理想の強さでいえば、兄さんが最強ですけどね! コイツにぶつけるなら、コレで十分ということです。
私の理想で否定された自分に倒されるという屈辱を味わうがいいんです!
生まれた爆破と光の中、私達は互いににやりと笑いあった。
ちなみに、理想七太刀は無表情無感情で言葉は喋りません。まさに私の理想の七太刀です。
──それを見た観客は、言葉もなかった。
圧倒的な強さを誇る、第一刀の特性。それと同じ特性を放ち、互角の戦いを見せているのだから当然だった。
しかもそれは、最近入ったばかりのド新人……!
誰もがこの子が何故選ばれたのか疑問であった。
だが、この短い戦いの中で、その何故は一瞬で払拭されてしまった。
これほどの才能。
ならば、選ばれて当然だと!
同時に、会場の空気も一変する。
誰もが頭をよぎったからだ。
(ひょっとすると、第一刀が負ける……?)
そんなジャイアントキリングが起きる。
そんな予感が胸をよぎり、そんな期待が否応なく高まった──
「今まで貴方が使った七種の刀。その全てを私は把握しています。そこにさらに、私の理想が加わっている。貴方の力に私の理想。勝ち目は、ありません!」
「……ふふっ」
私の言葉に、第一刀は口元を緩めました。
勝てないとわかり、諦めましたか?
でも、それは違った。
その笑みは、やっと秘密を口に出来る。そのような楽しさを秘めた笑みだったんです……!
「確かに私は、『七支刀』と呼ばれている……」
七太刀はゆっくりと語りながら、自分の周囲に七本の刀を呼び出し、浮かべました。
一本一本、刃紋や形が違う刀達。
それを同時に操り、七種の特性を同時に放てる。
そんなこと、サムライ衆に籍を置いているなら知ってて当然のことです。
「だが、この『七支刀』という名は、他人がこれを見て勝手につけた名だ。真実を、知らずにな……」
ざわっ!
第一刀の動きを見て、場が、ざわめいた。
すらっ。
第一刀が、浮かぶ七本とは別に、新たにもう一本の刀を抜いた……!
「──っ!?」
ありえない。
八本目の、刀!?
「これは、私と戦わせてくれたご褒美だ」
その八本目を私に向け、第一刀は口を開いた。
「第九種、流星烈破」
言葉の直後、空が裂け、流星が飛び出した。
「っ!」
「第九種、流星……!」
とっさに理想七太刀が同じ行動をとる。
だが……っ!
落ちる流星同士がぶつかり合う。
しかし、理想七太刀の流星は容易く打ち砕かれ、第一刀の流星が私へ迫った。
「第一種、尖塔流水!」
流水を使い、迫る流星をなんとかそらす。
私をはずれ、舞台の外に落ちた流星は客席の障壁を一部破壊し、観客達に悲鳴を上げさせました。
「どうした? それは私なんだろう? なら、なぜ、同じ物を返さない?」
「くっ……!」
理想とは、言葉の通り、私の理想です。
理想として思い浮かべられなければ、その理想は力として発揮しません。
つまり、想像のおよばないモノは理想についていかない。
いきなり見せられたものを、まったく理解せず理想とするのは難しい。同じことをしようとしても、同じ威力になどできるはずがなかった……!
その秘密の刀が一本だけならまだなんとかなったでしょう。
でも、第一刀はさっきなんと言った?
奴は今、『第九種』と言った!
それはハッタリの可能性はあります。
ですが、ヤツが私にハッタリを言う必要性は……!
「せっかくだ。教えてやる。私の刀。その総数は十八本だ」
ずらっ!
そこに並んだのは、十八種の刀。
七本どころではありません。
二桁を超えた数の刀が、そこに浮かんだんです……っ!
「なっ……!?」
驚きの声をあげたのは私だけではありません。
観客はおろか、審判の老中さえ驚きの声をあげています。
本当に、この事実は誰も知らなかったという意味です。
「七本の私を再現したのは褒めてやる。だから、この一撃はサービスだ。これで、倒れるなよ?」
第一刀は十八本目に現われた刀を握り、振りかぶった。
同時に、残り十七本も同様の動きを見せ、特性の発現を見せる。
火、水、風、土。それどころか、雷、重力。様々な種類が同時に発動している。
これをすべて防ぐには、同じ属性をすべてぶつけるか、それ以上の士力で強引に防御するしかない……!
「守りなさい!」
同じく私も、理想七太刀に命じる。
刀は追加しない。
今ある七本全てを出し、理想七太刀は七本目を持って振りかぶる。
カッ!
舞台が大きな光に包まれ、客席の結界もびりびりと揺れた。
七対十八。
結果は、当然私の負けだった。
士力が同値だったとしても、手数が圧倒的に違った。
サムライの戦いは相性の戦い。
手数が多ければ多いほど、相手の弱点を突いて有利に戦いを進めることが出来る……
数は力。
結果は必然でした……
「くっ、はっ……」
私の理想が爆ぜ、元の刀に戻り、霧散させきれなかったダメージで膝をついた私の足元に転がった。
「さあ、立て。まだ理想を出せるだろう? もっともっと、私を楽しませろ」
せかす第一刀。
私は奥歯をかみながら、改めて刀を握る。
加減されて、あの威力……
もう一度奴を召喚する? いえ。つけ刃で十八本版を召喚しようとしたところで私にイメージがなければ無駄でしょう。
あのデタラメに勝てるとすれば、一番強いと信じる理想で行くしかない。
私の思い描く、最高で最強にカッコいい、理想の兄さんを……!
刀を握る手に力がこもる。
同時に、額から冷や汗が流れたのもわかった。
……その理想を呼んで、負けたらどうするの?
そんな不安が、私を襲った。
この理想は、私の理想。絶対に負けない無敵の兄さんという理想だ。
でも、そう思い描いた兄さんが、私の力不足で負けたらどうなる……? 理想が、理想でなくなる。
そうしたら、どうなってしまうんだろう?
そんな不安が湧き上がってしまいました。
絶対の理想を打ち砕かれた私はどうなるのか。
下手をすると、二度と特性を使うことの出来ない、再起不能となるかもしれない。
これは、制限ではない。
私の心の問題だ。
でも、だからこそ、理想の兄さんが負けたらどうなるか、私にも想像が出来なかった……
「どうした? 早く行動しろ。でなければ、この戦いも終わりだ」
「……っぅ!」
いや、なにを恐れているんです片梨彼方。
私の理想が、負けるわけないじゃないか。
だって、絶対無敵の兄さんなんですから!
私は覚悟を決め、新たな理想を召喚しようと……
ぎいぃぃぃ!
したら、聞いたこともない音がなった。
──有浦まほろ──
ついに御前試合がはじまった。
いよいよこの時がきた。
戦場となる舞台を囲むように観客席が並べられ、ひときわ見やすい場所に特別観覧席が設けられている。
装飾こそは和風だが、会場の姿はどこかのコロッセオを思わせた。
この中で、私達の目指す場所は壁から突き出した特別観覧席。
そここそが、闇将軍の封印を守る、封印の要といえる裏将軍が座る場所。
普段は姿さえ見ることの出来ない将軍様を、シルエットの姿でとはいえ目に出来るのは御前試合のこの時だけなのだ。
しかもこの時、裏将軍の周りに護衛のサムライはいない。
たった一人で、儀式も兼ねたこの御前試合を見ることになるのだ。
理由は、この場所にあった。
この御前試合の会場は、特別にしつらえられた城の中に存在する。
儀式のため作られた特別な会場は、士力が見える者を惑わす幻がかけられているのだ。
サムライに連なるものでなければ入れぬこの場所は、士力によってあつらえられた幻の壁や通路がいくつも張り巡らされている。
一歩間違えて足を踏み入れれば、出口にも入り口にもたどりつけず延々と彷徨い続ける迷いの道が。
士力が感じられるようになると、それをすべて感じないとすることはとても難しい。
人が意図的に青色だけを見ないようにするということが出来ないように。
ゆえに、見えてしまうこの幻を見破り歩くというのは骨が折れる。
しかしこれだけならば、裏将軍に護衛をつけない理由にはならない。
これに関する対処法は、いくつも存在するからだ。
この城最大の問題は、その幻をこえた先にある。
それは、いかなる者も拒む、結界。
そこには、士力を持つ者は入れない。
士力とは命あるもの。いや、無機物にさえ宿るすべてを司る力。
死人にさえ、士力は宿るのだから。
それを拒絶する結界に足を踏み入れられるのは、この世のものでは不可能。
実現するには、士力を無にする必要があり、そのような完全完璧な士力コントロールを実現した者は、歴史の上でも一人か二人しか存在しない。
ゆえに、裏将軍に護衛などはついていない。
それは、護衛さえ裏将軍の場所へ到達できないからだ。
たどりつけるモノは、存在しないからだ。
もちろん、強引に入ろうとすれば即座に侵入が察知され、到着する頃に裏将軍の姿はそこにないだろう。
士力をコントロールできぬ者しか突破できぬ幻の道に、士力のコントロールを極めた者しか通れない結界。
この二つを同時に満たす死士は存在しないと言えた。
もっとも無防備でありながら、最も鉄壁な観覧席。
過去より百度を超える数を数える御前試合。
将軍が表に姿を現すという最大のチャンスの中で、ただの一度も裏将軍の襲撃が成功していないのはそういう理由なのである。
でも、あたしはそれを攻略するプランがある。
思い出す者もいるかもしれないが、ある発明家は、サムライに士力を感じさせない帽子というものを発明していた。
それをかぶれば、士力が完全に感じられなくなり、気配が完全に消えるというものだ。
それをさらに発展させ、改良を重ねたものがこれよ!
今、私が身につけたいわゆるライダースーツ。
それは、士力の放出を完全に抑え、生きながらにして士力を無にすることに成功した、結界破りの発明品!
そう。この基礎を作ったのは川原でとっ捕まったあのアホ天才。
納品の前に捕まったからどうなるかと思ったけど、ちゃんと配達されたから許すわ。
計画のことは伝えていないし、あくまで用意させたのは士力を遮断する布だけだから捕まったとしてもその目的がサムライに知られることはない。
その発明品だけでは、完全な士力0には出来なかったのだから。
そこから私達が手を加え、出来たのがあたしの体にぴちっと吸いつくように設計されたスーツなの!
……なんでこんなにぴっちりしてるわけ?
聞いたら裁断したおっさんは「潜入ならこれだろ! もしくはレオタード!」と熱弁していた。
レオタードならまだこっちの方がましだとこうなったのだけど。
絶対、おっさんの趣味よねコレ。
あとで覚えときなさい。
それはともかく。
性能そのものは確か。
形が俗物的でなければ、間違いなく神器の一つと数えられておかしくない性能だわ。
待ってなさい裏将軍。
ふんぞり返ったその首をはね、私の闇将軍様を復活させてあげるから!
さあ、パーティーのはじまりよ!
残る仲間に最後の指示を出し、士力遮断のゴーグルをかけ、あたしは幻で封鎖された壁の先にある通路を歩き出した。
──裏将軍──
余が、裏将軍である。
「すみませーん」
筆頭老中による御前試合開会の宣言にあわせ、窓際に立ち姿を現したあと、試合がはじまるまでの短い時間をゆるりとすごしていた時、その声は唐突に響いた。
ありえない。
頭によぎったのはその言葉だった、
この場の特性。発動させた者(この場合は余)以外に士力を持つ者(すなわち万物)は侵入出来ぬ結界が張ってある。
だというのに、人が入ってきたのだから、驚いて当然だ。
部屋の中をキョロキョロとしていた気配があったが、余がそれに反応が遅れたとしても不思議はないだろう。
警戒しながら立ち上がり、その姿を確認する。
「なぜ、ここに少年が」
思わずそう口から漏れるほど、ありえない者が立っていたからだ。
とてもじゃないが、この場に現れるのに相応しくない、ただの少年がだ。
しかし、ただの少年がここに来れるわけがない。
ここに来れる存在があるとすれば……。
そうか。
結界の特性を思い出し、じい達が騒いでいた一人のサムライのことを思い出した。
ヤタノカガミをもってしても士力を測定できなかった力を隠すサムライ。
刀さえ見せず、士力を隠したまま死士を倒す、規格外。
じい達が余に報告したこれが真実ならば、この者がここに来れる可能性は十分にありえた。
名を問えば、やはりそうであった。
片梨士。
士力を完全に封じる、『封神』も可能にした若き天才。
彼は、本物だった。
となれば、じいに聞いた他のことも事実なのだろう。
かの秋水に見せた、世を救う。という誓いも……
そう誓った彼がこの場にやって来た。
それすなわち、世を救うため、余の前にやってきたということになる!
思わず笑みがこぼれてしまった。
なんと大胆な男か。
誓いを果たすため、正面から堂々と余にあいに来るとは。
これほどまでに規格外な少年だとは、さしものじい達も想定していなかったようだな。
「そういうことか」
「そういうことです」
片梨少年は、余の目をしかと見てうなずいた。
それは、己の役目を理解し、実行するため動くサムライの目。
なにかを背負い、守ろうとする男の顔であった!
彼の実力は、この場にやってきたことですでに証明されている。
あの結界をこともなげに超えてやってきたという事実だけで、彼は今代に存在するどのサムライより実力があると認めていいくらいだ。
そう。余よりも。
この場にたった一人の力で現れるというのは、そういうことである。
すなわち、彼がここに来たことこそがその意志の証明!
「うむ。これ以上言わずともわかっているようだな」
もう、言葉は要らなかった。
余は首からそれを外し、彼に託す。
「こ、これは?」
さすがの彼も、この事実は知らなかったようで驚いていた。
それもそうであろう。
死士をふくめたすべてのサムライの認識では、余こそが封印の要であると思われているのだからな。
だが、それは違う。
確かに裏将軍は封印の要だが、闇将軍を封じる真の要は、あの勾玉なのである!
あれこそが、闇将軍を封じた封印の要。
裏将軍とは、それを所持する所有者の称号。
それを持つ者こそが、真の将軍なのである。
この事実を知るのは、封印を司る将軍と信頼の厚い老中のみ。
いくら片梨少年といえども、知らないのも当然であった。
「君の、望むものだ。これを持ち、そのまままっすぐ進めばいい。君の信じる道をな」
「っ!」
余の言葉に、彼は全てを理解したようだ。
これを持てば、封印を自由に出来る。世を闇に染めるか。それとも光をもたらすか。それはもう、片梨少年の意志次第だ。
彼は大きくうなずき、それを握り締める。
「ありがとうございます。貴方のことは忘れません」
「気にするな。それより、未来を頼んだぞ。若人よ」
「任せてください!」
そうして彼は、裏将軍を継ぎ、この場から去った。
じいが聞けば怒髪天を突くほど怒り狂うだろう。
だが、余は間違ったことをしたとは思っていない。
なぜなら、今余が封印を持っているよりも安全であるからだ。
余は、片梨少年が去って久しい扉へ視線をむける。
この結界を破るものが、もう一組現われるとはな。
いや、だからこそ、彼がここに現われたのか。
余は、この必然に納得する。
「ここだね」
ばんっ! と勢いよく扉が開かれた。
片梨少年が戻ってきたのではない。
闇将軍の復活を願う、闇の勢力がやってきたのだ。
扉を破壊し、ライダースーツのような格好をした娘が現われた。
ほう。あのスーツ。あれが士力を封じたということか。
今まで多くの者が挑戦し、成功しえなかったことを成功させるとは、今の死士もやるものよ。
もっとも、扉まで来たのはいいが、そこで殺気を殺しきれなかったのは未熟と言うしかないが。
だが、今来たところで無駄足だぞ。
余はすでに、裏将軍ではない。
と言ったところで、信じないだろうがな。
それでも、最大限の抵抗はさせてもらう。
一人でも多くの死士を倒せば、それだけ彼のやろうとしていることが楽になるのだからな!
さあ、かかってくるがいい。
今の余は、簡単には死なぬぞ!
──有浦まほろ──
やった。
やってやったよ!
部屋に飛びこみ、スーツの胸元を開いて士力を解放した。
発動するのは、あたしの特性。
その名も、『分身』!
その名の通り、分身を作り出すって特性さ。本体でない分身は出したり消したり自由に出来、自分だけでなく、他人さえ可能とする。
その特性が、今、発動するのさ!
胸元に陣が浮かび、そこから九人の死士が飛び出した。
彼等は九刀天。あたし達闇将軍様復活を望む者達最強の九人だ。
さしもの裏将軍サマも、狭い部屋の中で九人もの死士に囲まれては多勢に無勢。
六人もやられたけど、見事床に転がったってワケさ。
リミッターも解除した決死の奴等だってのに、流石裏将軍サマだよ。
でも、もういいさ。
これでサムライ達の世も終わり。
あたし達死士が望む世界がやってくる!
裏将軍は倒れた。
さあ、闇将軍様。どうかその封印から解き放たれ、世に破壊と混沌を!
しーん。
「……」
さあ、闇将軍様!
シーン。
「……」
闇将軍様?
無言。無音。
おかしい。なぜ反応がない?
闇将軍さまー? お寝坊ですかー?
いや、そうじゃない。
空気にさえ変化がないのだから、これはやはり、封印は解けていないと見るのが正しいだろう。
だが、この部屋にいるこの男が裏将軍でないというのはありえない。
この場に入れるのは裏将軍だけなのだから。
なのに、倒しても封印に揺らぎもないなんて……
「っ!」
その瞬間、気づいた。
いや、ここに入れる存在は、もう一人いる。
あたしには、心当たりがある!
そいつがここに来て、裏将軍を継いでいたのなら……?
そうか。こいつの、あの余裕。
逃げもせず、こうも簡単に倒せた理由……!
こいつはすでに、裏将軍じゃなかった!
「……探しなさい」
残っていた奴等が、え? というような顔をした。
いいから、作戦変更だよ。城の奴等を全滅させてでも、奴を探すんだ!
「探せ! そいつが今、裏将軍だよ!」
あたしの命令と同時に、この場にいた奴等は姿を消す。
あたしが特性を解除したからだ。
特性を解除すれば、残った分身は元の場所に戻る。
今、奴等は城中に散らばり、奴を探していることだろう。
あたし達の悲願を達成するために!
悲願を成就するために!
まだ会場からは出ていないはずだ。見つけて、今度こそ!
やはり、奴を避けては通れないようだ。
どれだけ避けようとしても、あたし達の前に立ちはだかる。
「覚悟しな。片梨士っ!」
こうなったらもう、総力戦だ。
サムライも奴も倒し、闇将軍様を復活させる!
──亜凛亜──
ついに御前試合がはじまった。
いきなり彼方ちゃんが第一刀。『七支刀』の七太刀さんと戦っているけど、想像以上に健闘しているわ。
まさか、七太刀さんの秘密に触れるなんて……
特性が七本の刀じゃなく、実は十八本だったなんて!
今まで誰も明かすことが出来なかったそれにたどりついたということは、それだけあの人に認められたということでもある。
いやはや、あの子の才能は、本当にとんでもないわね。
控え室に設置されたモニターで観戦しながら、思わず唸ってしまったわ。
あの兄といいこの妹といい、とんでもない新人が現われたものだ。
互いの手の内をさらし、これからどうなるのか。
そうなったところで、動きがあった。
試合に。ではない。
私達がいる、この会場に……
ぎいぃぃぃぃ!
けたたましい異音が城に鳴り響いた。
それは、どのサムライもはじめて聞く、特別観覧室に侵入者が現われたという音だった。
すなわち今、絶対不可侵の結界が侵され、裏将軍様の命が狙われている!
控え室にいたサムライ達全員が慌てて立ち上がった。
ぞわっ!
同時に、感じた。
地下城のいたるところで、死士の特徴とも言える冷たい士力が膨れ上がったのを。
それは、舞台や通路など、様々な場所から感じられる。
すなわち、それだけの数の死士がこの城へ侵入したということを意味していた!
裏将軍か、死士か。
私は即座に地下城に現われた死士の方へとむかう。
悔しいことだが、裏将軍様の御所へ私程度のサムライでは行くことが出来ない。
そちらは名刀十選や老中殿にまかせ、自分のできることを目指す。
私は、近くに現われた死士の元へと駆けた。
「あら、亜凛亜じゃない」
「むんっ!」
そこにいたのは、裏切り者のあの子と、ふんどししか纏っていない筋骨隆々の死士だった。
驚きのあまり、思わず足を止める。
まさかと思ったが、本当に入りこんでくるなんて……!
「ははっ。あたしがここに居るのが不思議みたいだね。万全の対策を敷いてるはずなのに、何故って顔をしてるよ亜凛亜!」
「くっ!」
「万全万全て、人のやることに絶対なんてのはないんだよ。まさかあんた、スパイがあたし一人だけだったなんて、思ってないわよね?」
「なん、ですって……?」
彼女が裏切り者として発覚したあと、残りの人達は徹底的に調べられたはず。
そして、他に裏切り者はいないと出た。
なのに、なぜ!
「簡単な話さ。最も信頼されている側に裏切り者がいたんだからね。ねぇ……」
その名を聞いて、私は耳を疑った……
──同時刻。
「何故だ! 何故、あんたが!」
斬られそうになった天通心を抱きかかえ、長居が声を張り上げる。
そこには、非難と共に、怒りの感情も混じっていた。
なぜなら、その人物こそが、この御前試合の会場に、闇将軍復活を願う一団を招き入れた張本人だからだ。
さらに天通心も抹殺し、その特性。『伝心』による情報の共有も邪魔しようとした。
それは、間一髪のところで、この長居研太郎が防ぐことに成功した。
そして、その襲撃犯の姿を見て、彼は激昂しているのである!
彼の前に居るのは、一人の男。
現名刀十選第五刀。叢雲 雷太だった……
「何故、奴等を招きいれ、こいつを殺そうとした。答えろ! 名刀十選である、あんたがなぜ! あんた、俺と一緒に、死士とも戦ったじゃないかよ!」
「ああ。戦ったさ。じゃなけりゃ、怪しまれただろ?」
「なっ!?」
「そうよ。でなけりゃ、あたし達をここには入れられない」
雷太の背後から、一人の女が姿を現す。
それは、有浦まほろ。亜凛亜のところにも居るはずの、もう一人の裏切り者の女だった。
「っ!」
「そして、彼の裏切り。答えなんて簡単なことよ。彼は、この世が嫌になっちゃったの。平和を守るより、平和をぶっ壊す方がよくなった。だから今は、名刀十選第五刀なんかじゃないわ。彼はもう、我等が仲間。九刀天第三位の男なの」
「そういうことだ。長居。俺はもう、飽きたんだ。俺はやはり、雷のように一瞬ではじけ、そして消えるのが好きのようなんだ。だから、この延々と続く平和を守るというのは、ストレスだった。もう、限界なんだよ。全部壊して、雷のように、消える。見たくないか? それが、今の俺の、望みなんだ……」
男が、にやりと笑った。
「ふざけんなよ。そんな願いで、世界を終わらせてたまるか!」
「長居。俺の雷に。その刀で、勝てると思うのか? ただ伸びるだけの、刀で」
「うるせえんだよおぉぉぉ!」
「……」
それを見て、天通心は目を瞑る。
薄れ行く意識の中、力を振り絞り、その特性を発動させた……
その声は──
(聞いてください)
「っ!」
私の頭に、声が響いた。
これは、天通さんの、特性、『伝心』!
(死士達を招き入れた裏切り者は、名刀十選第五刀、叢雲 雷太。それと、裏切り者の女が……)
裏切り者の女?
その女、私の目の前にもいる。なのに、なぜ!?
(どうやら、裏切り者の女は、複数いるみたい。死士が現れた場所に、必ずいるわ)
「っ!」
私達の返答を聞いた天通さんが、一つの答えを出した。
つまり、舞台の方にも、他のところにも彼女は居るということね!
(みんな、お願い。こいつ等の目的は、闇将軍の復活。それを、なんとか、阻止して……)
そのまま、彼女の声は消えていった。
(──)
最後になにか言ったような気もしたが、それは私には聞き取ることは出来なかった。
私は、意識をこの場に居る裏切り者の彼女にむけ、睨む。
「ふふっ。あたしがたくさん居るの、どうしてかしらねぇ」
状況がわかっているのか、彼女はくすくすと笑った。
だが、私もすでに、この子の特性について、理解が出来はじめていた。
この子の特性。
それはきっと、『分身』!
本物とニセモノの見分けがつかないほど精巧な。それこそ身を分けたような分身を作り出すこと!
これなら、大学の部室棟で逃げられたことも十分に説明がつく!
あの時、彼女は最初からあそこに居なかったのだ!
二人一組でいるということは、この子は司令塔。分身すればするほどパワーが減ると考えられる。
だが、分身同士が意思疎通できるならば、それはこの敵地で大きなアドバンテージとなる。
彼女達が最初に潰そうとした、天通さんの『伝心』と同じことを、彼女も出来るということ。
すべての場所でロスなく指揮ができるというのはとても大きな点だった!
特性の質から考えて、刀を生み出した本体を倒せば分身は一斉に消えるはず。
例え目の前に居るのが本体でなくとも、一つ一つは本来の彼女より弱体化しているはず……!
私は、即座に動いた。
抜いた刀に風を纏わせ、突く。
螺旋を描いた風が、裏切り者。まほろにむけ噴出した!
私の特性。『風』を使えば、例え離れていても攻撃が出来る。
これにより、私の間合いはとても広い!
「インターセッ!」
だが、伸びる刃と女の間にふんどし男が割って入った。
両手を大きく広げ、L字に曲げたポーズをとり、その背中で私の一撃を受ける。
ボディビルでなにか名前のあるポーズだったけど、私は知らない。
風が霧散し、再び二人の姿があらわとなる。
その男の背中は、無傷だった。
ただの筋肉ならば、私の風に易々と貫かれるはずだ。
だが、この筋肉男は私の一撃を容易くはじいた。
つまりこの筋肉、ただの筋肉ではない……!
「いいよー。切れてる切れてる!」
女がよくやったと言うように、拍手をしながらなぜか切れてるという。
「斬れ、ました……?」
ひょっとして私の見えてないどこかが斬れた?
「あっはっは。この切れてるとは、我が筋肉を褒める言葉よ。マッスルの知識もないとは、貴様等は本当にサムライか?」
「なるほど。ありがとうございます」
私は自分の無知に納得し、感謝の言葉を述べる。
例え死士といえども、自分の知らないことを教えてもらったのだから、当然の礼である!
「はっはっは。よいってこと。これで、お前も一つマッスルに近づいた!」
むきぃっと、男は両手を前にあわせ、筋肉を見せつけた!
「つまり、その肉体。それこそが、あなたの刀ということですね!」
「そういうことになるわい!」
今度は背中を向けて、片方の腕をL字。残りは伸ばします。
「我に刀は不要! すべては筋肉。筋肉は全てを超越する!」
ムッキムキーンと、またポーズをとった。
鋼のような筋肉。
それを刀となるまで鍛え上げた。
ある種、サムライの原点。鬼と呼ばれた肉体強化への先祖がえりとも言える。
流石死士です。こんな無茶な発想に至るなんて!
ですが、筋肉だけでは、私達サムライは倒せない!
私は刀に士力を流し、自身の特性、『風』を発動させる。
筋肉男の周囲に風を起こし、竜巻でかこう。
触れればその皮膚はズタズタとなり、風圧により動くこともままならないはずです。
いくら筋肉に自信があろうと、容易く抜け出せるわけがありません!
その隙に、残ったあの子をしとめる。
先に頭脳となる部分を潰すのは、戦術の基本!
「遅いわぁ!」
「っ!?」
ぎゅるん!
そんな音と共に、そこに、筋肉の渦が生まれた。
いや、言ってる意味が私でもわからない。でも、渦だった。
私が生み出した竜巻とは逆回転に両手を広げ回転する。
そのトンでもない筋肉に、私の風は一瞬にして霧散させられてしまったのだ!
「うそっ!?」
ありえない。
なんの制限も見えないというのに、なんてパワーなの!
私の風が、純粋な筋肉に、破壊された!
「ふっ。すべては筋肉から生まれる。ならば、この程度の竜巻、なんという!」
「いや、どう考えても士力で筋肉を覆っている結果ですよね。筋肉だけでなく、士力もあるからですよね?」
「否! 筋肉のみよ!」
間違いなく士力で筋肉を強化した結果、あの鋼の力になっているわけだが、彼の言い分では士力は関係ないとのこと。
彼の体から士力が感じられるから、そんなわけは絶対にないのだけど。
問題は、私の風でもその皮膚の表面さえ傷つけられないということだろう。
「さあ、どうするんだい亜凛亜。こんなところでぐずぐずしていては、あんた達の大将、裏将軍が殺され、闇将軍様が復活してしまうよ!」
「それを阻止するために、私がこの場に来たんです。あなた達を、進ませるわけにはいきません!」
私は再び、刃に風を集わせる。
螺旋の旋風を、筋肉達磨にむけ、放った!
「ふふっ。同じ技で、そいつの筋肉を破れると思っているの?」
「やってみなければわかりません!」
無意味にポーズをとる男の目標。
それは、鍛えようのない、目!
「あまぁい!」
ぱぁんっ!
「っ!!!???」
信じられないことが、起きた。
私の放った一撃は、男の目に到達する前に、その瞬きで破壊されてしまったのだ!
そんな、ありえない……!
「くははっ。残念だったな。目を動かすのもまた、筋、肉!! ならば、その力で貴様の攻撃を破壊するのも容易い!」
そんなバカな。
いくら筋肉が刀だと言っても、ここまでデタラメな力なら、なにか大きな欠点を抱えているはずだ。
なのに、この男からは制限らしい制限が感じられない。
いくら命に関わる制限を平然とかける死士がいるとしても、これほどデタラメな力に、制限がないというのはありえない!
「一体、彼になにをしたんです!」
このデタラメな強化。
この死士単体の力ではない。
なにかが外から彼に恩恵を与えている。そう感じ、ダメ元で彼女に問うた。
「ふふっ。そりゃたったコレだけの人数でことを成そうというのだから、普段のまま来るわけない。答えがわからない? いいや、あんたは答えをすでに知ってるはずさ。こいつらはお前等全員をぶち殺すため、終わったら死んでもいいよう、命の炎を燃やしているんだから!」
「まさか……っ!」
「そう。その、まさかだよ!」
「『神風』を使ったというのですか!?」
『神風』
それは、サムライにとって最後の手段。
命を使い、奇跡さえ可能にする爆発的な力を生み出す最終奥義。
しかし、その命の炎が燃え尽きれば、その命はなくなる。
そのサムライは絶対に死ぬ、最後の最後の最終手段。
「そうさ。お前等は禁じたこのサムライ最終奥義。それを皆使ったんだよ!」
「我等の命など、闇将軍様の復活が叶うなら安いものよ」
筋肉男がポージングを決め、吼えた。
なんという気迫。
そこまでして、目的を達成しようなんて……!
こいつらは、今回、ここで全てを終わらせるつもりだ!
でもっ……
「おかしい。『神風』は最終奥義。使おうと思って容易く使える力じゃありません。それを、襲撃してきた全員が使用しているなんて。いくら命を捨てる覚悟があっても、技術が伴わなければ発動も出来ないはずです!」
そう。それは最終奥義。いくら命を燃やすとはいえ、それ相応の技量と覚悟がなければ使えない。
我等サムライだって、先生が使えるのがやっとくらいで、他に使える者は名刀十選でも上位五名くらいだ。
いくらそのために覚悟を決めたとはいえ、それを容易く実行出来るレベルのものがそんなにいるとは思えない!
「ふふっ。残念だけど全員覚醒ずみなの。なぜなら、それをうながすことができる奴がいるからね!」
「っ!?」
他人に強引に『神風』を使わせられる者がいる!?
そんな無茶苦茶な付与が出来る、そんな規格外が本当にいるというの!?
だが、それは事実だろう。
でなければ、この筋肉死士が神風を使えるとはとても思えない!
そしてそれが可能ということは、それを施した奴を倒せばこの『神風』で引き出された力は失われる!
一挙大逆転が可能ということだ!
問題は、そんな規格外をどうやって見つけるかということ!
そもそも目の前の筋肉達磨相手でさえ、この私一人で倒せるかどうか。
この筋肉を突き破り、ダメージを与えられるかどうかもわかりません。
だが、援軍は望めない。
他のサムライは他の死士の相手で手いっぱいだからだ!
このままでは……!
この死を覚悟した少人数の死士に、我々は押し負けてしまうかもしれない!
──片梨彼方──
警報が鳴り響いた。
初めて聞くもので、一瞬なにかわかりませんでしたが、周囲の雰囲気からこれがどんなものかすぐわかりました。
なので、それに気づいたのは私一人だったでしょう。
警報が鳴り響いた瞬間。
なにごと。と思うのと同時に、第一刀、七太刀桃覇が、目を輝かせていたことに。
この警報が起きるという事態から発生するなにかを期待し、自分を満足させろといわんばかりの顔をしていたのを、私は見逃しませんでした。
そして、彼が望むモノ。
そう。『敵』が現われたんです。
警報の直後、舞台の中央になにかが降り立ちました。
それは、客席から舞台からの衝撃を守る結界を容易く破り、そこに現われたんです。
腕を組み、口を一文字に結んだ大男と、それをサポートするかのように控える気の強そうな女。
そんな二人組が、舞台に降り立ったんです。
「さあ、はじめましょう」
「うむ」
女の言葉に男が反応した瞬間……
ゾッ!!
私はもちろん、この場にいた全員の背筋が凍りました。
発せられた士力。それがトンでもなかったからです。
身長百九十近い男の威圧感相応の士力。
その総量は私以上。下手をすれば第一刀さえ超えるんじゃないかと思うほどの圧力です。
「貴様! ここをどこを知っての狼藉か!」
審判を勤める老中が吼えました。
でも、現われた女はまったく気にした様子はありません。
「もちろん。知ってなくてどうしてこんなことをするのさ。あんたらは、闇将軍様が復活するまでの間、ここで足止めされていればいいんだよ」
「なっ、なんと! やはり! 貴様の仲間か。裏将軍様の御所へ足を踏み入れたのは!」
「その通りよ、さあ、やっておしまい!」
「皆、動くな……!」
男が、ゆっくりと言葉を発した。
刹那、その身から圧倒的な士力が外にむけて放たれる。
「っ!?」
その士力が体に届いた直後、違和感を感じました。
体が、動かない……?
なにかマズいと思い、私は体中に士力を満たした。
するとなんとか、体に自由が戻ります。
「ぐっ、くっ……貴様、なにをした?」
でも、老中さん。そして、他の観客の方はまったく動きがとれなくなっているようです。
抵抗できたのは私と……
「くくっ。ははは。面白いな。ならば、私が相手になってやろう!」
第一刀が笑いながら刀を抜いた。
私が抵抗できたのだから、この人も当然出来ているわよね。
「やっぱ、士力が高い奴相手だと支配系は効果が薄いわね」
やれやれと、女が肩をすくめた。
やはり、皆が動けなくなったのはあの男の特性のせいのようです。
「彼方、そこの老中殿をどこかに運べ。このままでは私の一撃に巻きこんでしまう」
「……わかりました」
第一刀の言うことを聞くのもしゃくですが、ここは素直に従っておこうと思います。
身動きの取れなくなった老中さんを担ぎ、刀を女の方にむけて舞台の外へ避難する。
それは、敵を観察してあの男の特性を見極めるためでもあります。
女の方は私の方を気にしていたけど、手は出してきませんでした。
無視しているわけではないようですが、彼女達のターゲットは、あくまで第一刀なんでしょう。
それとも、返り討ちを警戒したのかもしれません。
「さて、どれだけ私を楽しませてくれるのか。期待するぞ!」
第一刀がいきなり第九種、流星烈破を放った。
空が裂け、そこから幾スジもの流星が流れます。
圧倒的な威力を持つ隕石を召喚するその特性を前に、現われた死士二人はまったく動揺していませんでした。
「やっておしまい」
「当たらぬっ!」
男が言葉を発した瞬間、彼等めがけて落下していた流星の軌道が変わりました。
ターゲットを逸れ、舞台裏の結界へとぶつかったのです。
これは、まさか……
第一刀がにやりと笑う。
「一つ確信を得た。その特性。言った言葉を実現する。『言霊』の特性か」
第一刀も私と同じ結論にたどり着いたようです。
私の理想に似ていますが、具現化するのでなく、現実を捻じ曲げる力。
だから、私達以外のみんなが動けなくなった!
「あったりー。さて、どう勝つのかしら?」
すべての事象を捻じ曲げるのなら、いかなる攻撃も当たらないし、敵の攻撃はすべて当たる。
そんな可能性さえあります。
士力が高ければその結果に抵抗できるようですが、私達と関係ない事象が操られればどうしようもない。
この特性、とても厄介なしろものです!
「これだけの力。かなりの制限をかけてあるはずだ。ならば……」
第一刀が、舞台に転がっていた床の欠片を拾いあげます。
それをぽいと放り投げ。
「浮かべ!」
ふわりっ。
第一刀の言葉に反応し、その欠片が空に浮かんだ。
私達の疑惑が、確信に変わった瞬間でした。
他人にも使える特性。
その制限なら、大きな力を生むことは間違いありません。
第一刀はにやりと笑い、その言葉を口にする。
「この一撃にて、私は勝つ!」
十八種目の刀を握り、第一刀は刀をふりかぶった。
この特性が他人に使えるというのなら、高い士力を持つ第一刀の一撃はまさに必勝の一撃となるはず。
でも、そんなシンプルな制限なんでしょうか……?
私は疑問に思いますが、戦いはとまらず進んでゆきます。
ふっ。女が笑った。
「勝つのはどちらかしらね。やりなさい」
「勝つのは我よ。切り裂け!」
相手も同じく、引き抜いた刀を振り下ろした。
三日月型の光が、双方へと飛ぶ。
ゴゴォン!
技同士がぶつかり合い、一方がはじけ、残った技が相手を切り裂いた。
私達は、信じられないものを見る。
「かはっ」
袈裟斬りに切られた傷を受け、第一刀が膝をついた。
客席を衝撃が走りぬける。
物理的な衝撃ではない。それは、驚きの衝撃。
袈裟に切り裂かれた傷はそれほど深くはないように見えます。
でも、あの無敵の第一刀が膝をついたという事実は、会場にいた皆を驚かせるには十分な結果でした!
七太刀桃覇が膝をついたというのは、それほど異常事態なんです!
他人も使える同じ特性を使い、同じ言葉を使ったというのに、負けたのは第一刀。
これは、他人が使えるということ以外に、威力を決めるなにかが制限にあるということ!
そうでなければ、あの第一刀が負けるわけがありません。
同じ特性を使うにしても、その制限をすべて把握している方が有利なのは当然のこと。
相手はそれを理解している。
その制限をこちらも把握できれば、相手と同等。いえ、こちらの特性も上乗せできるから、こちらが圧倒的に有利となる。
なら、その条件は一体……?
「相手の特性など関係ない!」
第一刀がもう一度刀を振りかぶります。
「さあ、来たよ!」
「跳ね返よ!」
ぎゅるんっ!
「っ!」
男の言葉どおり、第一刀の光の斬撃は跳ね返ってきました。
とっさに第十八種目の刀でそれを受け、渾身の力でそれをはじく。
真上の結界をつきぬけ、その一撃は天井を揺らしました。
客席にぱらぱらと欠片が落ち、身動きのとれぬ観客達の悲鳴があがる。
「第十五種、強心掌握!」
「効かぬ!」
「第十六種、時間牢獄!」
「効かーぬ!」
ぱきんっ。
第十六種。時間牢獄と呼ばれた刀が、折れた。
十六種目の刀は、突然第一刀の手元に現れました。
このことから、時間を止める特性のようです。でも、それで斬りつけても、効かなかった……!
ここからわかるのは、相手の特性が支配したこの中で、第一刀の特性のみでは勝てないというということ。
第一刀の特性のみでは勝てないということが証明されてしまった……!
他の者が使えるのだから、その特性の制限と同じ制限が他の使用者にもかかる。
基礎の士力は使用者のものになるとしても、同じ位の士力を持った者相手ではその制限を正しく把握している者の方が強いのは当然。
だから、どうにかして相手の特性を把握し、それを打破しなければ私達に勝ち目はありません。
でも、その制限がなにかはわからない。
二人の体格は言霊使いが少し大きいくらいでほぼ同じ。
士力も、あの自信あふれる態度もです。
言葉さえ発していれば、『言霊』と呼ばれる特性は間違いなく実現している。
誰でも、その特性は使える。
相反する場合は、より強い方が実現する。
ここまではわかります。
でも、その強弱に関する制限がはっきりしません。
決して実現できない言葉があるのかもしれない。その一言が入っているとダメなのかもしれない。口にするとそれだけで特性が失われるのかもしれない。
言霊という特性に関する制限を思い浮かべますが、これに違いないという制限に思い当たりませんでした。
だめ。わからない。
それをわからないよう制限をとるのも戦いを有利にさせるためのスベですから、ある意味当然といえます。
なのに、兄さんはその相手の弱点ともいえる致命的な制限を瞬時に見破り、士力を使わずに相手を倒している。
こんなにも難しいことを、戦いながら実行しているのだから、やっぱり兄さんこそが本当の天才だ。
悔しさに奥歯をかむ。
自分の無能さが、本当に嫌になる!
ずどんっ!
第一刀が十七種目と十八種目の二刀を振るい、十字の斬撃を飛ばしましたが、それを男は「貫け」の一言でそれを霧散させ、肩を貫く光を放った。
第一刀の攻撃は、今までの比ではないほど強力なものでした。
だというのに、負けてしまった……!
身動きのとれない観客が、絶望に表情をゆがめます。
「くっ……!」
第一刀が顔をゆがめた。
でも、口元は笑っています。
この人、今の状況を楽しんでいる。
そりゃ、格上と戦いたいという願いが叶ってるんだからあんたは楽しいでしょうよ。
でも、このまま負けられたら、私達全員が困るんです!
力ずくでもダメ。相手の制限もわからない。
このままじゃ、私達は勝てない……!
こうなったら、ダメ元で二人で戦うしか……
「さて、とどめだよ第一刀。あんたを倒せば、サムライ衆は総崩れ。目的達成のおまけとしてはこれ以上のものはないさね!」
私は思わず走り出していた。
ここで動けるのは第一刀と私だけ。
なら、二人で戦えば、勝利の可能性もゼロではない!
……はず。
「お前、邪魔を!」
「そんなこと言ってる場合じゃありません! 文句は終わってから聞きます!」
無視して隣に立ち、刀を構える。
「……先に宣言しておいてやろう。私の特性に、制限はないぞ」
「知ってます」
やっぱり。と私は出てきて間違いはなかったと確信する。
この人は、制限をつけるための設定儀式は欠片もおこなっていない。
つまり、彼が今この瞬間、急激にパワーアップする方法はたった一つだけ。
そしてその方法を使えば、命は失われる最後の手段。
私がここに出たのは、それをしないですむようにでもあります!
「ふん。あの子の妹かい。あれには幾度も煮え湯を飲まされてきたけど、闇将軍様が復活なさ……なさっ!?」
「?」
女が突然大声を上げた。
「ふっ。ふふっ。ふはは……」
そして、笑い出す。
な、なんなんですかいきなり?
「やってくれるね小僧! この状況も読んで先回りしていたってことかい! あたしが出し抜かれるなんて思ってもみなかったよ! でもな、お前だだって袋のネズミ。それに、ここに人質がいる状況でいつまで逃げていられるかな!」
「っ!?」
小僧? 人質? 一体なにがあったの!?
突然の豹変に、その理由が察せない私達は意味がわかりませんでした。
「茶番と時間稼ぎはもう終わりよ。元に戻りな!」
女がそう言った瞬間、言霊使いの目の前に光の柱が生まれる。
そこには、もう一人の言霊使いがいました。
双子!? と驚きましたが、すぐそうではないと悟れました。
あれは、同一人物。
まったく同じ言霊使いが、もう一人現われたんです!
光の柱に包まれたもう一人は、最初にいた言霊使いと重なる。
まるでぶれるように、二人の言霊使いが重なってゆき、ついには一つの塊となりました。
カッ!
小さな光が生まれ、言霊使いがまた一人となった。
「う、そ……」
「なん、だと……」
私と第一刀が、信じられないと声をあげてしまった。
単純に言って、今までの倍の士力が感じられたんです。
今までで第一刀でなんとか互角だったのに。それが、倍になるなんて……!
その士力の位。間違いなく、私達を超えた、天霊の位に到達している!!
「分身を消せば、一人に戻る。当然の理屈よね。さあ、あんたの真の力、見せてやりなさい!」
「……皆、動くな」
最初にされたのと同じ言霊。
士力を体中に満たせば、私と第一刀は抵抗出来ました。
でも、今度は違った。
この言葉で、今度は私も第一刀も指一本動かすことが出来なくなったからだ……!
さっきまでとは違う。
「まさか、今まで半分の力で私達と戦っていたというの!?」
「ああそうだよ。あたしの特性は『分身』。それはね、あたしだけじゃなく他人も半分にできるのさ!」
なんて、こと……!
「そこの妹。そしてこの会場にいる奴等。あんたらはまだ殺さないよ。あんた達は大事な人質だ。あんたを餌に、奴を呼び寄せるんだからね!」
妹。人質。ここから推測出来るのは、たった一つしかありませんでした。
この女の目的は、兄さんだ!
そうか。だからか。だから私は喋れる。
必要なら、声を聞かせるつもりだから……!
「さあ、聞こえてるんだろ、片梨士! 早く出てきなよ。でないと、あんたの大切な妹が大変なことになるよ!」
会場に女の声が響く。
恐れていたことが起きてしまった。
兄さんの足手まといにだけはなりたくなかったのに……!
でも、体はピクリとも動かない。
特性さえ発動できない。
唯一声はあげられても、舌をかむような行動はとれませんでした。
これが、真の力を発動させた言霊使いの力。
なんてデタラメなの!?
こんなのに、どうすれば勝てるというの。
兄さん、来ないで。来てはいけないわ!
あの男が「兄さんが来る」と言霊を使わないのだから、あの特性には有効範囲がある。少なくとも、目の前にいなければ効果はないんです!(一度効果を発してから範囲外に移動というのはまた別の話)
だから、兄さんが出てこなければ、奴等は兄さんを見つけることは出来ません!
だから。
だからっ……!
「さぁ! 三つ数える間に出てこなければ、この妹の顔に、一生残る傷ができるよ!」
気の強い女が、私にむかって刀を突きつけた。
頬にひやりとした刃の感触が伝わってくる。
このまま刃をひかれでもすれば、私の顔に大きな傷が残るだろう……
──この場にいた誰もが、ここでわざわざ出てくるのは正しくない判断だと思った。
例え妹が傷つけられても、人質を奪い返すチャンスを待ち、耐えるべきだ。
誰もが、そう思った。
だがっ……!──
ぎいっ。
選手の入場口である両開きの扉が、ゆっくりと動いた。
かつん。かつんと足音を立てながら、暗闇の中から人影が現われる。
ゆっくりと光の中に姿を現すその人影。
それは、誰もが知っている少年だった。
誰もがこの御前試合の舞台に立つことを望み、その姿を見ることの出来なかったサムライの姿だった。
そう。私の兄さん。
片梨士が、そこに現われた……!
来てはいけない。そう、心の中ではわかっていたけれど、兄さんに来てもらえて、これほど嬉しいと思ったことはなかった……!
「来たかい。裏将軍」
女が、にやりと笑った。
後編に続く