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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
6/88

第06話 闇討ちを返り討ち


──ツカサ──




 俺達は旅立つんだ、この街から! と、新たな街を目指して旅立とうとしたものの、さっきの崩落事故のおかげで街の門が一時閉鎖され、今日一晩は街から出ることも入ることもできなくなったと旅に必要な道具を買いに行った先の商店で教えられた。


 急いでここを脱出しようとリオにせかされ行ったというのに、なんてこった。


「くっそー。やっぱ速いね。大穴があいたのが貧民街とはいえ、さすがにあんな光の柱があがればすぐわかるもんか。この異常事態の原因や犯人を特定するため、門を閉じたんだろうね」

「あー」


 店を出て、リオの言った言葉に俺はうなずいた。


 原因が事故なのか故意なのかわからないから、その原因究明のために門を閉じたというわけか。万が一犯人がいた場合、逃がさないために。



「一体誰がやったんだか……」


 ……って、なんで二人俺の方を見てるの? オーマからなんて目もないのに視線を感じるよ。なぜなのかな? なぜなのかなかな?



『白々しいぜ』

「まったくだよ」


 いやいや、意味わからないよ。あれ、俺がやったわけじゃないからね? 俺、全然関係ないからね? そもそもなにが起きたのか、俺も説明して欲しいくらいだからね?


「ま、いいさ。黙ってりゃどうせわからないしね」


「そりゃなあ」


 いくらなんでも単なる人があんな爆発起こせるわけがない。この世界魔法があるんだから、きっと魔法が暴発したとかそんな感じなんだろ。


 リオのやれやれと肩をすくめたところに、俺も同意しておいた。


「ともかく、今日はどうがんばってもこの街からはでられないよ。いや、ツカサが門番全部切り倒して門も壊して出て行くってのなら別だけど」

「いやいや、そんな力技やれるわけないじゃないか」


『そうだぜ坊主。んな無法相棒がやるわけねーだろ』

 いやいや、そもそもそんな無法やれるわけがないが正しいぞ。


「だよね。じゃあしょうがない。今日はあきらめてこの街で宿をとろう」


『だなぁ。って、そういや坊主』


「ぼうずじゃねえやい! リオって名前で呼べ!」


『わーったよ。こいつの家で一晩過ごすってのはどーだ?』


「おいらの家なんてもう帰れるかよ。天井と毛布があるていどの場所だぜ? 簡単に言や橋の下も同然だ。それならさっきの金でふかふかのベッドのある宿探した方が百倍ましさ」

 ちなみにこの金とは俺のじゃなくて、俺からもらった百円とかの方らしい。


 俺はこの時そうか一緒に金を出してとまればいいかと思っていたのだが、あとでたかったわけじゃないからな! と怒られた。


『そりゃそうか。確かに、金がある今そっちに行くよか宿を探した方がいいか』


 リオとオーマのやり取りを見て俺もうなずく。リオには悪いが、こうなったら俺もふかふかのベッドに寝たい。


「そうだな。急ぎたくとも出られないのならしかたがない。今日は宿を探して休もう」


「なら早く探した方がいいぜ。ツカサと同じように外に出れなかったヤツが宿を探すから、遅れるとおいらの家しか残ってないとかになっちまう!」


「そうか。なら急いだ方がいいな」


 それなら早く宿を確保しに行かねば。二日連続野宿は避けたい。こんな街の中だってのに。まあ、そうなったらそうなったで楽しいかもしれないけど。

 駄目なら駄目で現状を受け入れるとして、リオの言うとおり宿を探すため俺達は歩き出した。


 その直後……



「あんたか、この街に来たサムライってのは」



 唐突に後ろから呼び止められた。


 でも俺にその時サムライなんて自覚はなかったから、一度思いっきりスルーして歩いていってしまった。


「ちょっ、こら!」


『いいのか相棒?』

 そうオーマに言われたところで、やっと自分がこの世界じゃサムライの格好をしているんだと思い出し、足を止めた。


「別にあんなの相手にすることねーよ」

 と、俺の隣で一緒に立ち止まったリオがぶつくさと言っていた。


 あんなの? と思いつつ声をかけてきた方向。つまり後ろを振り向くと、そこにはリオに因縁をつけていた衛兵が立っていた。


 その人の顔を見ると、リオがちっと舌打ちをする。



「なにか用ですか?」



 すでに一度会った衛兵なので、俺は笑顔で挨拶をする。さすがに官憲様に喧嘩腰で話しかけたりはしない。


 その衛兵さんは、俺を上から下までじろじろとなめるように見回して、そして腰のオーマ。つまり刀を確認してどこか納得したようにうなずいた。



「やっぱりか」



「なにか?」


「やいやい、おいらじゃなく、今度はツカサに因縁かよ!」


「うるせえぞチンピラ! 今てめぇに用はねえ。俺の用があるのはこっちのサムライなんだよ。ひっこんでろ!」

 つっかかろうとしたリオの肩をどん。と押し、衛兵さんは俺の方へと近寄ってきた。


 リオはその強引な力に押され、尻餅をついてしまった。


「はっ。目端がきいてサムライにとりいるのはけっこうだけどよ、チンピラはどこまでいってもチンピラなんだ。分をわきまえて道の端をこそこそ歩け!」


「なっ!」


「なんだその目は!」

 怒りに燃えたリオの目が気に入らなかったのか、衛兵が手に持った木の棒を振り上げた。



「やめてもらえませんか? 俺の目の前で」



 なので思わず、口を挟んでしまった。


 リオが暴力を振るわれる。と思った瞬間、考える前に口が動いていたと言ってもいい。


 その木の棒が俺に振り下ろされたらどうしようと思ったけど、言ってしまったのは仕方がない。



 それに、言いたいことはもう一つある。



「分をわきまえて道を歩けと言うのなら、リオにだって堂々と道の真ん中を歩く権利も分もある。そんな言い方はしないで欲しい。リオは俺の友達なんですから」


「んぐっ……」


 衛兵さんは振り下ろそうとした棒をとめて俺を見た。



 俺はじっとその姿を睨む。というか睨むしかできない。お願いだからやめてください!



 するとざわざわと、人の注目も集まってきた。



「ちっ、運が良かったな!」

 なんかわかりやすい言い訳をして、衛兵の人は棒をおろしてくれた。


「大体よ、てめぇなんかにかまっている場合じゃねえ。本命はお前なんだからな!」


 目標が俺に変わってしまった。



 注目を集めたままにやにやと笑い、棒を反対側の手のひらにぺしぺしとしながら俺の方へ来た。



 身長は、よく見るとこの人俺と同じくらいだ。俺の身長は百七十センチで十六歳としては平均だから、大人のこの人はちょっと低いってことになる。いや、異世界の平均身長どのくらいかしらないけど。


 俺に見下ろされた衛兵さんは、舌打ちをして、「気にいらねえ」と小さくつぶやいた。いや、さすがにそれで因縁つけられるのはどうかと思います。


「お前にはな、さっき貧民街に大穴を開けたって容疑がかかっているんだよ。それで俺がてめえに聞きにきたってわけだ!」

 その瞬間、ざわっと人だかりがざわめいて、集まっていた注目が俺にだけ集中した。


「え? どうして?」


「そりゃてめぇがサムライだからだ」


「いや、それは暴論じゃありませんか? というかそれ、証拠になるんですか?」


「そうだそうだ! サムライだからってのは証拠にならねーぞ! 誰か見ていたとかいたってのかよ!」

 俺の言葉に、リオが同調してくれる。サムライだからやったなんて、そんな無茶苦茶あるわけないじゃないか!

 そもそも俺、サムライじゃねーし!


「けっ。ドンだけ自信があろうが、魔法使いを連れてきて真偽を試す魔法を使ってもいいんだぞ! ウソはすぐにわかるんだ!」



「どうぞ。俺とはなんの関係もありませんから」



「んなっ!?」

 俺が自信満々に言い返したら、衛兵さんは言葉に詰まったようだ。ウソ発見の魔法。それは魔法のあるこの世界では証拠能力もある立派な証明法なのだろう。そんなカードを切られようとすれば、確かに驚くだろう。


 だからって、俺はやっていないのだ。あれは勝手に爆発しただけ。俺とは無関係。なのでむしろ、そんな方法があるのならやってくれ! というのが俺の本音である。



 俺が堂々とどうぞどうぞとしていると、衛兵の人はぎりぎりと歯をきしませて脂汗を流した。どうやら今すぐ魔法使いを手配する。なんてのはできないようだ。



「くそっ、てめえ、覚えとけよ!」

 衛兵はそのまま捨て台詞をはいて逃げていった。


 どうやら証拠らしい証拠はなかったらしい。サムライってだけが根拠って、恐ろしい世界だぜ。


 リオは俺の後ろでべーっと舌を出している。



「なんだったんだ?」



「単なる因縁さ。牢屋に入れられたくなきゃ賄賂をよこせって腹だったんだよ。ツカサがあんまりにも堂々としているから、打つ手がなくなったのさ」


『ったく。はったりで相棒を揺さぶろうなんて、百年早いぜ』


「まったくだよ!」

 リオとオーマが二人で意気投合した。


 君等けっこう喧嘩するけど、息があう時はあうね。



 ともかく、警察署に出頭しろとかそういうのでないのならそれでいい。


 そろそろ夕方だし、今日はもう宿を探してゆっくり休もう。急いで街を出る理由がなくなったのだから、ベッドでぐっすり眠ることに喜びを感じた方がいいに決まっている!




──リオ──




 さすがツカサだ。衛兵のヤツがきても全然動じていない。


 しかも堂々と違うなんて言い切っちゃったよ。まるで自分がやっていないかのような堂々さだ。

 さすがの衛兵もこんなに堂々とされちゃ追求なんてできねえ。


 しょせんははったりだ。魔法使いに頼めばとんでもない金がかかる。安月給しかもらえない衛兵が自腹きってまでそんなことするわけないからな。


 それをはっきりと理解しているツカサの勝ちさ。


 まあ、実際あの衛兵の目は正しいけどさ。相手が悪かったってことよ。


 ふふっ、おいらを馬鹿にするからツカサに怒られた挙句恥をかいたんだ。気分がいいなー。



 でも、あの時わたしをかばってくれたツカサは本当にかっこよかったなー。


 道を堂々と歩いていいなんて、ツカサと出会う前はそんな気持ちにもなれなかった。わたしは一人の人間としていていいって言ってくれた気がした。それが、とてもうれしい。思わずじーんときて、涙が出るかと思った。



 しかも仲間だなんて言ってくれた。こんなにうれしいことはないよ!




──衛兵──




 突然立ち上がった光の柱と轟音。そして、貧民街に突然開いたという大穴。それによる街の門の閉鎖。他の衛兵達は突然の出来事に右往左往していたが、この俺はその犯人が即座に誰かわかった。


 これが即理解できた官憲関係者はきっと俺だけだろう。なにせ、それが実際にできるような存在を知っていたのは、あの時俺だけだったからだ。

 あのチンピラのガキ、リオへ手を差し伸べたあのサムライ。いきなり出てきて落としたからだなんてカッコつけたあの小僧だ。



 あれが本物のサムライならば、十年前の再現と言える、日の出方向に光の柱をうみ、この地にやってきたなんてこともできるだろう。



 そう、あの大穴をあけたのはあのサムライに間違いない! 俺はそう確信し、あの小僧を探して回った。


 そして、見つけた。逃げるのなら門の近くと張っていたのが大正解だった。



 だが、カマをかけてもまったく動じない。真偽を試す魔法をちらつかせたところでまったく揺るぎもしなかった。

 その自信にあふれた態度は、ウソなどまったくついていない、自分が犯人ではないということを言い表しているかのようだった。


 今まで二十年悪党を追ってきたが、あの魔法の話を出されてこれほど堂々としているヤツは今まで見たことない。


 普通だったらああ、こいつは白だ。と思うだろうが、あんなことを引き起こせるのはサムライしかいない。だから俺は、疑いを消すことなどはできなかった……!



 くそっ。覚えておけよ。



 大穴を作った理由がダーエン一味を成敗したからだなんて話も聞いたが、そんなの知ったことか。世のためになるからって、俺のためにはならねえ。俺に袖の下も渡さず、下心の欠片もないようなあんな方法でクズを救いやがったあの野郎は許せねえ。しかもなんでも自分が正しいと思っていやがるような態度しやがって。


 この街の平和を守る衛兵様にたてつくんじゃねえよ! チンピラさえも慈しむあの目、俺を恐れず、堂々と返事を返すあの口、恐れを知らぬかのような威風堂々とした態度! そのなにもかもが気にいらねえ!


 次があったら、俺のプライドをかけ、自腹でも魔法使いを呼んできてやる。必ずお前の化けの皮をはぎ、どんな難癖をつけてでも牢屋へぶちこんでやる。そしてあの冷たい床の上でごめんなさいすみませんでしたと泣かしてやる!



 おぼえてろよ!




──???──




 私は今、苛立っていた。


 光の柱が立ち上がり、まさかと思ったが、嫌な予感とはあたるものだ。



 あの方が本物なのか確認しようとダーエンとかいう悪党に誘拐を頼んでみれば、まさかサムライがそこに割りこんでくるとはな。

 待ち合わせにきたダーエン一味はサムライの強さを見せられたせいか、ほとんどが恐怖で十歳以上老けこんだ挙句がたがた震えるしかできない廃人と化してしまった。発する言葉は「サムライ」と「怖い」だけだ。これだけであの場でどんな凄惨な現場になったのか推測もできよう。


 まさか伝説があの方と接触し、あげく護衛のようにつくとはさすがの私も予想外だよ。



 ……よもや、あの方を守るためサムライが動いているということはあるまいな。いや、サムライだからこそ護衛についたという可能性は否定できない。



 なにせあの方の父君はかつてサムライと懇意であった。そのツテでサムライを護衛にむかわせていたという可能性もゼロではない。


 しかし、この仮定が事実だとすれば、より恐ろしい事態が待っている。それはつまり、あの方の存在を我々以外にも気づいているものがいるということだ。なおかつ、あの方を守る側の立場で。



 これはいかん。そうなれば、国を二分する戦いが起きてもおかしくはない。だが、これはあくまで仮定。可能性の話だ。しかし、あの方を守るのはサムライ。そう考えると、最悪の事態は想定しておいた方が良いに決まっている……!



 とすれば、なんということだ。事実に気づいているのが我々だけとアドバンテージはすでに存在しない。これは悠長なことを言っている場合ではないぞ。

 じっくりと本人であるかを確認し、間違いであれば開放しようと考えていたが、そうも言ってはいられなくなった。


 こうなったら、あの方とわからずとも、あの子は始末しなくてはならない。この国の、未来のために!


 今、この街は貧民街に開いた大穴によって一時的に閉鎖措置をとっている。ゆえにあの二人も逃げ場はない。チャンスは今しかないだろう!



 だが、あのサムライが護衛についているということは、そう簡単にあの方の命も奪えないということだ。



 しかし、我々の目的はあくまであの方。サムライを相手にする必要はない。


 ならば、数を持って襲撃すれば可能性はありえる。闇に紛れ、あの方だけを殺すために多勢を犠牲にすれば! 幸いにして今日は新月。しかも吹き飛ばされた雲も戻り、かすかな星明かりさえ大地に届くことはない。



 あとは、寝静まるのを待ち、闇討ちを仕掛ける!



 表向きの理由はそうだな。ダーエン一家の仇討ちとしておけばいいだろう。そうすれば、あの方はあくまで事件にまきこまれて死んだ被害者となる。まさかサムライを狙った復讐劇が、あの方を狙ってこれが仕組まれたとは思うまい。



 こんな筋書きでよかろう。


 サムライとて人間よ。まさかあれほど痛めつけた奴等に襲われるなどとは想像もしてはいまい。不意を撃って闇討ちをすれば必ず隙はあるはずだ……!


 私はにやりと笑い、腕に覚えがありこの街でくすぶっているごろつきを集めるため動き出した。




────




 ヤーズバッハの街。


 その貧民街と商店街をつなぐ通りにあるストリートに大きな商館が二つあった。

 向かい合うようにして建てられた大きな館は、この街の裏の社会を牛耳る二つの組織の本部である。


 一つは先ほどサムライに散らされたダーエンと呼ばれる男の一家。


 もう一方は、カークと呼ばれる元剣闘士がまとめるカーク一家である。



 どちらも表向きはどこにでもある商店を経営しているが、裏では気に入らないヤツは殺し、欲しい物は奪うというとんでもない悪党である。



 ダーエンもカークも同じ時期にこの街へと現れ、好き勝手に暴れながら互いを牽制しあい、不毛な争いを延々と続けてきた。

 そんなカークの館へ、彼の手下の一人が息を切らせ走りこむ。


 ダーエン一味がサムライに潰されたという朗報……のはずだった。



「なんだと! ダーエンがやられた!?」



 子分の報告を聞き、巨漢の大男、カークが椅子を蹴って立ち上がった。


 四十歳近い、身長百九十を超えるその体と、ライオンのような髭と髪を持つこの男が立ち上がるとそれだけで山が動いたかのようで恐ろしい空気が流れる。



 報告した子分はその風体に恐怖を覚えながらももみ手をし。


「へい。やりましたね親分。これで、この街は俺達カーク一家のものです!」

 愛想笑いを浮かべる。今まで敵対してきたダーエン一家が再起不能におちいったのだ。棚ボタ的にカーク一家の敵がいなくなった。それは、とてつもないほどの朗報だった。憎きダーエンが自滅したというのだから、この恐ろしいカークでさえ小躍りしてもおかしくはない。そんなことさえ子分は思ってしまう。


 しかし、立ち上がったカークは、にたにたと愛想笑いを浮かべる報告に来た子分をぶん殴っていた。


「なんでぇ!?」



「一体、一体誰がやりやがった!」

 カークは激昂していた。ダーエンはカークにとってこの街における最大の敵にして最大のライバル。


 悪事とはいえ常にしのぎを削りあい、競い合ってきた。いつか必ずぶっ殺してやろうと考えていたというのに、その目標が忽然と消えてしまったのだ。


 喜ぶよりも先に、カークの中には自分の獲物を奪ったヤツは誰ただという怒りの炎が燃え上がっていた。



(ヤツのことは気にいらなかった! いつか必ずこの手で殺し、そのシマを奪ってやろうと考えていたってのに、どうしてくれるんだ!)



「この憤り、一体どこにぶつければいい!」

 そういったグシャグシャした感情により、子分への一撃が決まったのだ。


 そのまま椅子を蹴飛ばし、テーブルをひっくり返す。


「いてえ、いてぇよー!」


「バカ野郎。親分の逆鱗に触れるようなことを言いやがって」


 敵対しているとはいえ、認めていたライバルがいなくなったのだ。それをつつけば手を出されるのは気性の荒いならず者として当然の結果と言えた。


「でもよ、一体どうすんだこれ」

「どうって、俺に言われてもよ」

 鼻息の荒いカークに声をかけられる者はいなかった。



「というか、なんで喜ばずにイラついているんだよ……」



「わっかんねーよ」

 喜びの報告を聞いたというのに暴れまわる自分達の親分を見て、子分達は首をひねった。


 だが、なんとなくわかる気もしていた。



 そこには、奇妙な友情があった。


 普段は憎しみあっているというのに、自分ではない誰かに倒されたというその事実が、カークには許せなかった。

 あの男は自分が倒す。そう信じ、悪事を競い合ってきたからこそ感じる、奇妙な憤り。廃人になってスカッとするよりもどこか物足りない、あってはならないという心のもやもや。それはむしろ、怒りであった。



(なぜだ、あの野郎がいなくなりゃこの街は俺様の天下。うっとおしい衛兵も配下に収めることもできて、すべてが終わりじゃねえか! だってのに、なんでだ!)


 そのイライラがなぜなのか、カークは自分の心に問うてみる。


 そして、胸の中で渦巻くそれのぶつける先に思い当たった。



「……サムライだ」



「へ?」

 突然カークがつぶやいた。


「あの野郎を再起不能にしたのはサムライなんだろう?」


「は、はい。ダーエンのとこのヤツ等、空を見てサムライがって言いながらガタガタ震えていましたから、間違いありません」



「そうか。なら、そいつを始末するしかねーな」



「はぁ?」


「ヤツがだめになったのなら、そのかわりをサムライにつとめてもらう。あの野郎の意趣返しだ!」

 それは、誰もが予想しない一言だった。


 敵であったダーエンの仇をうとうだなんて、普通考えない。

 だが、カークにとってはそれをしなければ先へ進めない一件であった。


 子分達もその気持ちはわからないでもなかった。しかし……



「で、ですが、あのダーエン一家を一蹴する化け物ですよ!」


 そう。相手はあのダーエン一家をたった一人で再起不能にした化け物。そんなヤツを相手にしては、自分達もダーエン一家の二の舞となってしまう。



「うるせえ。俺が決めたんだ。夜襲でも闇討ちでもなんでもして、必ず殺すんだ!」

 しかしカークは引かなかった。


 この男は一度言い出したらとまらない。


 子分達はそれを理解しているがゆえ、これ以上逆らうのは無駄だと考えた。これ以上下手に文句を言えば、今度はその腰にある剣で肩から腰まで真っ二つにされてしまう。


 それを知っているから、子分達は逆らわない。なにより、元剣闘士のこの男ならば、ひょっとするとサムライさえ倒すのではないかと少し期待していた。

 それに、まさかダーエン一家の仇を敵対するカーク一家がとりに来るとは思うまい。



 これでサムライを殺せれば自分達の名は国中に広まるだろう。



 そうなれば街を牛耳るどころか国の裏社会さえも牛耳ることができる。



「そ、そうですね! やりましょう! あのにくったらしいダーエン一味のヤツラの仇、討ってやりましょうぜ!」

「ああ、そうだぜ! サムライなんざぶっ殺してやれ!」


「そうだそうだ!」

 カークの言葉に気勢を上げた子分達が一斉に手を上げた。



「よーしよく言った! 今夜夜襲をかけ、そのサムライってヤツをぶっ殺してやる! お前達そいつの居場所をすぐに探して来い!」



「へい!」

 カークの掛け声と共に、二十人ばかりの手下達は街へと散ってゆくのだった。




──ツカサ──




 宿をとった。


 門が閉まったから同じように街から出られなくなった人のおかげでなかなか宿の空きは見つからなかったけど、街の中央近くにあったとってもお高そうな宿が空いていた。


 なんでもこの街には不釣合いなくらい高級すぎて今日は誰も泊まらないのだという。本来ならこの街から他の街へ行く時一泊して外に出ないような金持ち用の宿らしいのだけど、今日来るはずだった予約の人達は門が閉まったことにより全員締め出され、完全に予約が真っ白になってしまったらしい。



「噂のサムライ様がお泊りになられるのならばよい宣伝にもなります」



 なんて言われて通常よりお安い金額で泊めてくれると言うのだから、思わず乗ってしまった。


 そしてなにより、一万ゴルド金貨が使えるというのが非常に大きい。両替にも手数料がかかると言われ、ちょっと貧乏性な俺はぐぬぬとなったが、これでぱーっと気に留めず買い物ができる。


 先払いで返ってきたお金が大体五千五百いくらだったから、一泊一人大体二千ゴルドってところか。高級というから高いのだろうけど、本当に高いのかあんまり実感わかないな。いや、ここ真っ白い壁と柱でとんでもなく高級なところってのはわかるんだけど、金の価値に実感がわかないというか、なんというか……


 なのでこの世界では一日どれくらいの金額で過ごせるのか、リオに聞こうと思っていたんだけど、リオは宿に入ってから借りてきた猫のように緊張でがちがちで大人しくなってしまっていて、とても聞けるような状況じゃなかった。


 まあ、買い物している時とかチャンスはいくらでもあるだろうから、今はいいだろ。



 そう結論付け、俺は宿の部屋へ案内された。



 部屋は最上階の三階。五部屋あるうちの真ん中の部屋だ。フロア。というか宿ほぼすべてが貸切状態なのでとんでもなく静かなのがすばらしい。

 この街で一番高い建物というふれこみで、周囲にさえぎるものがないから街の門のところまで見通せるのは確かにすごいね。


 もっとも元いた日本にはこれ以上の高さの建物がごろごろしていてもっともっと見晴らしのよい景色は知っているけど。



「な、なあツカサ、なんであんたそんなに平気なんだ?」

 部屋に通され、窓をバーンと開けた俺にリオが恐る恐る聞いてきた。


 残念だったなお嬢ちゃん。確かにここはこの街で高級なのだろう。だがしかし、修学旅行でこういうホテルなんかに泊まったことのある俺には気にするような問題じゃないのだ!


 真っ白なシーツなんて地球のホテルじゃ当たり前だし、ふかふかのじゅうたん、ベッド、真っ白な壁に綺麗な装飾品なんかも地球で見慣れている。

 広い部屋にベッドが二つ並び、テーブルとソファのセットと、窓を開けば見晴らしのいい景色も、旅番組をつければよく見ることの出来るような光景だ。そういう部屋を知っているし、泊まった経験もあるから、俺はそんなに気にはならない。


 むしろ、この宿が日本の建築レベルとその清潔さに匹敵するという方に驚くね。さすが高級なお宿!


 あ、でもこういうところを最初に知ってしまうと、旅先での安宿に耐えられるだろうか、いやでも、安い宿は安い宿に泊まる楽しみもあるだろう。きっと問題ないさ! 俺は自分のポジティブさでそう結論づけつつ、「そーか?」と答えを返しておいた。


 このままベッドにごろーんと行きたいところだったけど、さすがに風呂にも入らず着替えもせずそんなことはできない。


 洗濯をしたいけどさすがに明日までには乾かないだろうから、それは我慢。でも、命の洗濯、風呂には入れるね。一階には大浴場があるらしいし、部屋には風呂もついている! 早速着替え用のバスローブを持って入りにいくしかないな!


 ちなみに言っておくけど、靴の泥とかはちゃんと落としてあるから! じゅうたん汚したりしてないから!



「つーわけだから、俺、風呂にいってくる。リオ、ベッドで寝るのもいいけど、ちゃんと体綺麗にしてからにしろよ!」

「へ、へんなこと言うなー!」


 別に変じゃねーべ。風呂に入ってスッキリ体をきれいにして寝るってのは明日の活力には大切なことだべよ。


「え? 寝る前に風呂はいらねーの?」


「は、入るよ! そういう意味かよ!」

「はぁ?」



「うっさい! おいらはこの部屋の風呂に入るから! あんたは一人で行って来い!」



「はいはい。あ、そういえばなんか風呂でエステっぽいのやってくれるみたいだけど、せっかくだ……」

「はやくいけー!」

 なぜかスコーンとリオのブーツを頭にぶつけられちまった。一体なんだってんだよぅ。



『けけっ。相棒は女の子なんだから汚れを落として綺麗になってみたらどうだっていってんのさ。せっかくだ行って来たらどうよ?』



「うっせーんだよ!」

 お、俺はそこまで深い意味はなかったんだけど……


 弁明する前に部屋からたたき出されてしまった。


 まあ、荷物番していてくれるならそれでいいかー。



 そう思い、俺は宿の大浴場へ行くことにした。



 かぽーんと、音がするような大浴場。今日はほぼ貸切なので、お湯垂れ流しのそこを一人で堪能することができた。

 やっぱりお風呂はいいねぇ。命の洗濯とは言ったものだよ。



 ゆっくり風呂に入って出てきてみれば、リオは先に部屋に運ばれてきていた食事を先に済ませていた。しかももうベッドにもぐって寝ている。


 今日は俺達だけだから、食堂より部屋に持ってきてもらった方が楽だと言ったからなんだけど、まあ仕方がないだろう。


 腹も減っていたのだろうし、眠かったのだろうし。


 テーブルの上に残っていた料理をついばんでいたら俺もあくびが出てきた。


 やっぱり一日近く荒野を歩きっぱなしだったら疲れも出るってもんだな。



 なので食事が終わり次第、二日ぶりのベッドを堪能すべくふかふかしたそこへと潜りこんだ。


 おお、このふかふか感はさすが高級宿。おかげで即座に睡魔が襲ってきて、俺はそのまま深い眠りに落ちていった。



 たぶん、俺もリオも、この日は泥のように眠ったことだろう……




──リオ──




 さっすがツカサといえばいいんだろうか。


 おいらなんてもう見たこともないような装飾におろおろしっぱなしだってのに。

 こんな貴族御用達の宿に入って態度がいつもと変わらないなんて、サムライってのは肝も据わっているんだな。それとも、このクラスの生活は当たり前だってのかい?


 そう考えると、やっぱりおいらとは住む世界が違う人間なんだと思い知らされる。



 ま、知ってたけどさ!



 そうしてテンパっていたら、ツカサが突然。


「つーわけだから、俺、風呂にいってくる。リオ、ベッドで寝るのもいいけど、ちゃんと体綺麗にしてからにしろよ!」



「へ、へんなこと言うなー!」

 あまりに変なことを言ったから、大声を上げてしまった。



「え? 寝る前に風呂はいらないの?」

「は、入るよ! そういう意味かよ!」


 きょとんとしてそんなことを言われて、わたしは思わず肩を落とした。へ、変な想像してしまった。はずかしい……


 その後もツカサはわたしに体を磨けなんていうから、変な想像がとまらなくて……



「はやくいけー!」

 勝手にわたしがカンチガイしたのが悪いんだけど、おいらはツカサの頭めがけてブーツを投げてしまった。



『けけっ。相棒は女の子なんだから汚れを落として綺麗になってみたらどうだっていってんのさ。せっかくだ行って来たらどうよ?』



「うっせーんだよ!」

 オーマまで変なこと言うから、ツカサの背中を蹴っ飛ばして部屋から追い出した。



 部屋に残るのはわたし一人……



「……」

 ちらりと、自分の体を見下ろした。


 薄汚く汚したシャツにズボン。ついでに長い髪を隠した帽子に、汚した顔。ま、こんな姿じゃツカサも変な気にもならないか。


 そりゃそうだ。と自嘲する。



「……」

 そして、部屋には風呂がついている。



 ちょっとくらい身奇麗にしたら、なにかかわるかな?


 むしろわたしの方が、よこしまなことを考えている。あの人はただ親切でわたしを連れているというのに、わたしの方が変な期待をしているのかもしれない……



「べ、別にツカサのためってわけじゃねーからな。ベッドを泥で汚くしたら悪いから、綺麗にするんだ。うん。そうなの」

 ぶつぶつと言い訳を重ね、わたしはバスルームへ向かう。



 いわゆる風呂屋と違う一人用のバスタブに、なんとひねればお湯が出てくるシャワーまであった。銭湯にもこんなのあるけど、お湯を出すのは自分でだってのに、こっちは栓をひねるだけで出てきた。こんなの、はじめて。


 石鹸までそえつけてあって、わたしはそれを使って体を隅々まできれいにした。こんなにさっぱりとしたの、初めてかもしれない。


 ホコホコになるまでお風呂を堪能して、わたしは真っ白いバスローブってやつに身を包んで部屋を出た。



 そしたら夕飯を運んできた給仕のお姉さんにばったり。


「か、かわいい……」

 なんて言われてしまった。



「か、かわいくねーし!」

 わたしは思わず叫んでその人を部屋から追い出した。



「なっ、なっ、なにが、かわ、かわいいだ! ありえん。ありえない!」


 動揺したわたしはおろおろと部屋の中を歩き回って、冷静になるために運ばれてきたご飯をもぐもぐと食べてしまった。


 おちつけ。おちつけと心の中で念じながらだったので、あとでツカサと一緒に食べようと思っていたのもすぽんと頭の中から抜け落ちてしまっていた。


 気づくと自分の分も食べ終わり、ツカサの分も少し食べちゃっていた。


 しまった! と気づくと、ドアがかちゃかちゃと音を立てた。



「ふんふふふーん。いい風呂だったー」


 上機嫌のツカサの声だ。今ドアを開けようとしている。


 その瞬間、わたしの頭の中によみがえったのはさっき夕飯を運んできた給仕のお姉さんの声。



「かわいい……」



 それが、入ってきたツカサの言葉でわたしの頭の中に流れる。


 そ、そんなこと言われたら、言われたらー!



 頭がぼひゅーっと湯気を上げたように感じ、私はわたわたとさっきまで来ていた服をかき集めベッドへ駆け寄り、そのままその中へ潜りこんだ。


 駄目だ。今、ツカサの顔なんて見れない……!


 入り口のところでツカサがなにかを言っていたけど、頭からシーツをかぶって耳を塞いだから聞こえなかった。



 そのまま寝たフリをして、この場をやり過ごす。



 やり過ごしたのはいいんだけど、わたしはそのまま眠りの世界へ落ちてしまった。


 そんなに疲れているとは思っていなかったけど、不思議とその睡魔に逆らったりする気にはならない。


 泥のように眠るっていうのは、きっとこんな状態をいうんだと思う。



 あまりに頭を使ったせいだろうか? それとも、このふかふかなベッドのせいだろうか? はたまた、近くに信頼ができて頼りになるサムライがいるからだろうか? 原因はわたしにわからなかったけど、わたしはこのヤーズバッハの街に生きて初めて、熟睡というものをした……




────




 夜。


 カーク達は再びアジトへ戻り顔を合わせた。



「お前達、サムライの居場所はつかんだ。街の中心はずれにある高級宿、そこに泊まっていやがるらしい」

 子分達をあつめたカークは、テーブルに広げられた地図を指差し、子分達へそう告げた。



「ちっ、さすがサムライですかいいとこ泊まってやがりますね」

「こんなとこ忍びこむのさえ一苦労ですよ」


 場所のことを聞き、ざわざわと、手下達がざわめく。



「ところがな、ここの料理人は俺に弱みを握られていてな。今夜はうっかり食材搬入口の鍵を閉め忘れてくれるそうだ」


 にやりとカークが笑うと、手下達はわぁと声をあげた。



「さすが親分! ぬかりねえ!」

「警備が良くて安心しきっているのが仇になるって寸法ですね!」

「そういうことよ!」

 手下達を全員見回し、カークはにやりと笑った。



「あとは今日の夜そこから入り、いるヤツラ全員切り殺せ!」



「サムライ以外もですか!?」


「あったりめーだ。見つけた端から殺してやれ! これをもってこの街が誰のものか知らしめてやるんだ! サムライを殺した俺達に逆らえるヤツはいない! 大きく暴れて俺達がここにありと示してやれ!」


「おおー!」


「見つけたヤツから片っ端から切り倒せばいいんですね!」


「燃えてきたぜー!」

 剣を引き抜き天にかかげたカークにあわせ、手下達も同じように武器をかかげてゆく。


 誰もが想像していなかった、ライバルが再起不能になったことへの敵討ち。



 カーク達は、そんなありえない義理を果たすため、二十名あまりの武闘派を集めたカーク一家が、サムライの休む宿へと足を向ける!




 同時刻。

 人気のないうらぶれた空き家の一角で、ならず者の男達と顔を隠した男がぼそぼそとある計画を話していた。


「いいか、この宿の従業員はすでに買収してある。あとは鍵が開いたままの裏口から入り、中にいる客も従業員も、ペットさえも皆殺しにしろ」


「けひひっ。いいんですかい? こんな派手にやらかして」


「かまわん。工作は万全だ。お前達が疑われることはない。中の者を皆殺しにしたら、宿のものを好きに奪ってかまわん。好きにしろ」

「おい、聞いたか? こいつはいい」

「ああ、まったくだ。好きなだけ暴れさせてもらうぜ」

「まったくだぜ」


 ならず者達は顔を見合わせ、にやりとうなずきあった。


 腰には剣。格好はどこかダーエン一家の格好に似ている。男のした工作とは、ダーエン一味の復讐という形で、彼等に罪を擦り付けるという計画であった。


 今日の事情を考えれば、彼等に疑いが向くのは当然だろう。サムライがしたことを逆に利用してやるのだ!



「きっひっひ。ダンナが何者かはしらねぇが、ありがたいこったぜ。あんな宿、そう簡単にゃ襲えねぇからなぁ」


「まったくだぜ」



「ただし、中に入って客に騒がれたりするのは別だぞ? それはお前達の腕の見せ所だ」



「わかってるぜぇ。いくら俺達がそこまで賢くないからって、わざわざ衛兵を集めよるようなへまはしねえさ」

「当然だぁな」


 男達は下品に笑い声を上げた。


 彼等はこの街の悪党とは関係のない悪党であり、カーク一家、ダーエン一家を避け他のところへ行こうとして門が閉められ、金に困っていたところに、この顔を隠した男に声をかけられたのであった。


 実に実入りのよさそうな仕事であるが、この後のことを考えればかなりリスクが大きい話であるが、あまり賢くない彼等は目の前につるされた大金にのみ目がくらみ、そんなこと考えていなかった。



 こうして集められたのが、約二十名ほどのならず者である。



「よし。ならいい。ならばいってこい!」

「おおー!」


 顔を隠した男の号令により、男達はこぶしを突き上げ立ち上がった。




 男達の去ったがらんとした小屋の中を見回し、覆面の男はにやりと笑う。


 くくっ。好きなだけ暴れるといいさ。腕の立つお前達ならば、最悪あの方は殺せるだろう。むしろ、サムライといえどもまさかあの宿が襲われるとは予測もしてはおるまい。油断をしていれば、下手をすればこの数にもかなわないかもしれない!

 となれば、あの方もろとも殺害が可能のはずだ!


 男はにやりとほくそ笑む。



(あとは、不幸な事件に巻きこまれて死亡したなきがらをゆっくりと検分すればいい。事件にまきこまれ死亡したのだ。例え違っていても私は悪くない)



 そのために、火をかけるなと彼等に念を押しておいた。



(さあ、お前はどっちだ? 我が主の災厄となる本物か、はたまた見こみ違いの偽物か!)

 結論は、明日の朝には出る。


 それを楽しみにし、男は朝日が昇るのをゆっくりと待つことにした。




 夜が開け、男も予想もしていなかった事態が待ち受けているとも知らずに……




──カーク──




 深夜。


 新月の月は厚い雲の闇に沈み、俺達の姿を映し出す光はぽつぽつと照らされた街の街灯くらいしかない。

 それも裏通りを通れば、闇に支配された世界によって誰にも邪魔されず俺達は目的地へと向かうことができた。


 二十人の手下を引き連れ、脅して開けさせておいた食材の搬入口へと近づく。



 ドアに手をかければ、ガチャリと簡単に扉が開いていった。



 俺は、にやりと笑い、手まねきをして手下達を中へ導いてゆく。入った先は当然台所だ。


 中に入った俺達はまず、目標であるサムライを探さなければならない。脅したのが料理人だったため、潜入は楽であったが、かわりにどこに泊まっているのかはわからなかった。

 であるから俺達は一階から三階までの階層で三チームにわけ、どこにサムライがいるのかを探ることからはじめた。


 それと平行して、宿の扉を開く鍵を探すのも平行して行う。これは主に一階のチームの担当だ。鍵さえあれば、サムライのいる場所を発見後、静かにバレずに闇討ちができる。


 こうして俺は手下を引き連れ三階へ向かい、そして廊下を進む。廊下の端から扉に耳をつけ中をうかがう。


 三階一番端の部屋に人の気配はなかった。



 サムライの気配というのは無理かもしれないが、情報によればサムライはなにやら街のチンピラを一人連れているとのことだ。そちらの気配ならば感じ取れるだろう。


 それがないのだから、この部屋の中にそれはいないということだ。



 剣闘をやっていたおかげでこの気配察知には自信がある。この俺様が集中すれば、間違いなくいるかいないかはわかる。



 次へ向かう。この宿の見取り図は頭の中に入っている。左右対称のつくりであり、階段から部屋が五つ並び、また階段があるつくりだ。


 我々はその次の部屋の気配を探り、そして真ん中の部屋へと向かうこととなった。



「っ!」



 しかし、俺達は足を止める。前に進もうとする手下に手をかざしとめ、俺はその先へ目を凝らした。



 廊下の先に、人の気配があった。



 廊下の先からこちらに向かい、黒い影がゆらりゆらりと動いてきやがる。その手に持つのは剣か? 暗すぎてわからん。

 暗闇が濃すぎ、相手のシルエットさえ見えねえ。だが、こちらへ向けてくる殺気から相手がこちらを殺そうとしているということはわかった。


 どうやら俺達の闇討ちはサムライに気取られていたようだ。



「ちっ。どうやらただの雑魚じゃねえようだな」

 気配を消していたというのにこの対応。サムライというのは伝説の名に恥じない存在のようだ。



「おもしれぇ。やってやろうじゃねえか!」



「ぎゃぁ!」


 だが次の瞬間、俺の背後で悲鳴が上がった。



「っ!?」

 誰もが廊下の先から来る存在に気をとられていたさなかの出来事だ。


 手下の一人が血を噴出し倒れたのがわかる。



 バカな! いくら前ばかりに気をとられたとはいえ、サムライは一人しかいないはず!



 だが、後ろから迫る気配と前から迫る気配、どちらも相応の強さを持った気配であった! サムライとは一体、なにができるというのだ!


 とっさに剣を抜いて迫る気配の攻撃をかわす。暗闇の中振るわれた気配からして、それは間違いなく剣だった。



 やはり、サムライか!



 俺様はそう確信し、体を低くしたまま足に力をため、剣を腰だめにかまえ、その気配に向け突進した。


 ずぐっと剣が深々となにかに突き刺さった感触が体に伝わる。この感触、わき腹から胸にかけて突き刺さった。間違いなく即死だ。


 剣でさしたのと同時に体当たりも敢行し、それは廊下の奥へと吹き飛んでいった。



 俺の後ろでは手下が数人で迫ってきた一つの気配と戦っている。どうやら一人やられたようだが、それを切り倒すことに成功したようだ。



「おう、無事か?」

「な、なんとか……」

 どうやら最初の一人と戦いの中で二人を失ったようだが、他は無事のようだ。


 だが、二人を始末したのだからこれでおわ……



 ゆらり。



 廊下の先から、なにかが迫る気配がした。


「ば、ばかな……」



 俺は思わず、そんな言葉を口にしてしまった。どっと冷や汗が体中から噴出す。



 目の前からなにかがやってくる。気配は、さっきやってきたのと同じようなヤツだ。おかしい。おかしいぞ! さっき俺は、間違いなく来たやつを殺した。だというのに、なぜまた来る! おかしいじゃないか!


「ぎゃっ!」


 うしろでまた、手下の悲鳴と血が噴出す音が聞こえた。



 バカな! 後ろからもキタだと!? サムライは、サムライってのは一体なんなんだ!


 暗闇の中、なにかがゆらゆらと迫ってくる。



「うっ、うっ、うわああっぁぁ!」



 俺は畏怖と恐怖の中、それに向かって突撃した。背後の手下などかまっていられない。こんな、こんな化け物とダーエンは戦ってのか! 今ならあいつが廃人になったという理由も原因も良くわかる! 俺は、俺は!


 目の前で剣が振り上げられた気配を察知し、それを横に飛んでかわす。だが、その交わしたところで俺に向けてなにかを振り下ろす気配があるのに気づいた。



 死にたくねえ、死にたくねえ!



 俺はそれだけを念じ、剣を強く握り締めてその一撃をなんとかはじく。



 死んでたまるかあぁぁぁ!



 返す刃で、目の前にいるだろうサムライに向け、俺は剣を振るった。手には間違いない手ごたえ。殺した。間違いなく殺した。


 だというのに、俺はなぜ、背後から左腕を斬られたんだ!



 二度殺したというのに、サムライは生きて俺を殺しにきている。



 ダメだ、無理だ、勝てない!



 俺は恐怖に涙を流しながらも、追い詰められた廊下からなんとかして逃げ出そうと剣を振り回す。



「い、一体、一体なにが起きていやがる! サムライってのは分身までできるってのか!?」

「くそっ、くるな、くるなー!」

「死ね、死ねー!」

「うわっ、うわああっぁぁ!」



 誰のものかもわからない悲鳴が響いてきた。


 声は下の階からも聞こえる。



 俺はもう、なにがなんだかわからなかった。



 サムライは、一体何人いるんだ。いや、何人もいるわけがない。いるわけがないのに、何人もいる……!


 こうなったら、こうなったら全員を殺すしかない。全員殺せば、俺は間違いなく生き残れる!



 この暗闇の中で唯一わかるのは、目の前に現れた敵を倒すことだけだった。



 それ以外に俺は生き残るすべを見出せない。




 俺は相手の正体もわからぬまま、必死に剣を振るうしかできなかった……




────




(ちくしょう! なにが、一体何が起きていやがる!)


 目の前に現れた剣を持つ影に味方の男がやられ、宿にしのびこんだ男は困惑する。



 彼等はあの顔を隠した男に雇われたならず者の男達だった。従業員用のドアから入り、中の人間を皆殺しにするため動いたのは良かったが、中にいた客の逆襲にあったのだ。



 まさか、この暗闇の中で武装して待ち構えているとは想像もしていなかった。



(まさか俺達ははめられたってのか!? いや、違う。相手も驚きを見せている。つまり、俺達が忍びこんだのを察知して攻撃してきやがったんだ!)



 襲ってくる男の攻撃をかわし、自分の剣を振るう。



 従業員のあけておいたドアから入った男の一団も、カーク一家と同じように混乱していた。



 それも当然だろう。なにが起きているのか理解もできないだろう。まさか、偶然たまたまもう一つの集団が同じタイミングで宿を襲っているなんて、想像できるわけがない。


 わかるのは、相手が自分を殺そうとしていること。ゆえにこちらの一団も、カーク一家と同じように、彼等も突然闇の中に現れた敵に慌てふためき、迫る黒い影にむかって武器を振るうしかできなかった。



(なんて強さだ! これが、サムライなのか!)

(くそっ、こんなところで死んでたまるか!)


 カークも男も心の中で叫び、戦いは続く。



 こうして、相手の正体もわからぬまま、二つの一団は死闘を繰り広げることとなる……!




 一方、三階の真ん中にある部屋で休んでいるツカサとリオは……


「ぐー」

「すー」


 旅の疲れが出たサムライは今までの疲れを癒すためぐっすりと熟睡し、はじめてのふかふかベッドとそれ以外にも色々あったリオもまた、外で響く喧騒にまったく気づかずぐっすりと寝ていた。


『……Zzzz』

 当然、一日に一度睡眠をとらねばならぬオーマもこの時間寝ている。


 ゆえに、彼等は部屋の外で起きている激闘に気づくのはいなかったのである……




「ぐはっ……」

「ぐふっ……」


 死闘の終わりは、カークともう一方のリーダーにおける互いの胸への一撃だった。


(た、倒した、俺は、サムライを、こんどこそ……ぐはっ……)

(終わった……全部倒したぞ……これで、俺は……ぐふっ……)


 男達は廊下へと倒れ、そのまま動かなくなった。


 こうして、偶然よりはじまった死闘は終わりを告げた。



 しん。と静まり返った宿の窓に、朝日がさしこむ。



 早朝になり、やって来た従業員(昨日リオの部屋に来た給仕)が扉を開けると、逃げようとして失敗した男の死体が転がり出てきて、事態が発覚した。


 衛兵が呼ばれ、中が検分される。


 中では一階から三階まで死闘を繰り広げたような後が残され、この場で激しい戦いがあったことがわかった。



 そして生存者を探す衛兵達は、最上階三階真ん中の部屋に到達して唖然とする。



 その部屋は、多くの死闘が繰り広げられた宿の中で、その部屋だけは傷一つもない、綺麗なままの部屋だったからだ。しかもその中には二人の客がおり、この惨劇のことなど気づかなかったかのように、ぐっすりと眠っていたのを発見したからだ……!


 一体何事かとたたき起こしてみると、そのうちの一人はカタナを持ったサムライであり、まさか! という衝撃のみが彼等を駆け抜けた……!



 衛兵は廊下を振り返り、その惨状を確認し、再び部屋で寝ていたサムライ、ツカサを見た。



 なぜこの宿が襲われたのかは衛兵にわからなかったが、この惨状を誰が引き起こしたのかはわかった。


 伝説のサムライ。彼ならば、襲いきた強盗すべてを返り討ちにしてもなんら不思議はない……! と。



「……一体、なにがあったの?」



 ざわざわと大勢の人が廊下を行ったりきたりするのを見て、寝ぼけ眼のツカサはそんなことをつぶやいていた。




──ツカサ──




『かー、まさかおれっち達が寝ている間に強盗が宿を襲っているなんてな。驚きだぜ』


「不覚だよ……まさか強盗が来ているのにも気づかず寝ているなんて……おいら、一生の不覚だよ……!」


『けけけっ。まさかベッドが気持ちよすぎて熟睡しちまうたーな。危機感ねーんじゃねーか?』


「お前に言われたくないよ! お前だってぐっすり寝ていたくせに!」


『う、うるせえ! おれっちはしかたねーんだよ。そういう仕様なんだから!』


「いざって時にまったく役に立たないとか、とんだインテリジェンスソードだね! そんなんだからお前強盗相手に振るってももらえなかったんだよ!」


『けっ。おれっちを振るわなかったのは相棒に深い考えがあったからだよ。だからおれっちを使わなかったのさ。面倒を避けるために!』


「うわっ、なんかドヤ顔している雰囲気がする」


 げーっと、リオが嫌な顔をした。



 俺も、やれやれと肩をすくめる。



 ちなみに俺達は、あの宿から出て次の街へ向かう準備をしている。


 宿の強盗の件に関しては、簡単に事情を聞かれただけで、無罪放免となった。


 まあ、説明することといえば寝ていて気づきませんでした。だからな。



 少し疑わしい目で見られたけど、廊下で倒れている強盗達はなにやら仲間割れをしたらしく、相打ちにつぐ相打ちで全員で潰しあったらしいとのこと。



 ゆえに寝ていた俺達とは関係ないと納得してもらえたらしく、俺達はこうしてぶらぶらと大手を振って歩けるというわけである。


 昨日、一体なにがあったのか衛兵さんに聞きたい気もしたけど、血なまぐさい返答が帰ってきそうなので素直にやめておいた。

 せっかく俺達が部屋から出る時には血糊しか残っていないような状態で脱出できたのだから。



『やっぱ相棒は、この面倒くせえ拘束を嫌っておれっちを使わなかったんだな!』


「計算ずくだったってのか、さすがツカサ!」



「なに言ってんだかさっぱりわからん」



 だから俺は、あの時寝ていただけだっての。

 俺がなにかをなにかをしたわけないだろ!


『かー、徹底してるね! さすが演技派だよ相棒!』

「ツカサすげー!」



「……いや、もういいや」


 俺は、弁明をあきらめた。


 この二人の誤解はいいとして、衛兵さん達が俺の言い分(寝てたから知らない)を信じてくれたのだからそれでいい。


 うんうん。



 それに、この一件で昨日の大穴の件はうやむやになったみたいだから、このまま門を通って出られるのもいいね。



「ちょっと待てー!」


 門に向かう途中、どこかで聞いたことのある声に呼び止められた。

 リオと一緒に振り返ると、俺達を呼び止めたのはリオに絡んでいて、昨日の夕方俺にも絡んできたあの衛兵だった。


 そういえば、あの現場にいたような、いなかったような……



「あの事件でうやむやになっちまったがな、そうはいかねえぞ!」

 ばーんと手を広げ、俺をつかむようにポーズを決めた。


 うやむや?


 俺が首をひねると、衛兵さんは俺の答えを聞かず、話しを続ける。



「にがさねえって言ったろうサムライよぉ! あの大穴、お前があけたと証明しに来たぜ! さあ、先生お願いします!」



「どーれ」


 衛兵さんの言葉に、いかにも魔法使い。という風体をしたローブに三角帽子に腹近くまである長いおひげの爺さんが出てきた。

 その風体は、まさに魔法使い。ちょっと前に見たローブをすっぽりかぶった魔法使い風の人より魔法使いらしい人がいた。



「ほう。サムライか。まさか再びその姿を見ることになろうとはな……」


 髭を撫でながら、どこか感慨深そうに爺さんはつぶやいた。



『お、爺さんサムライ知っているのか?』



「いや、実際に話したりするのはこれがはじめてじゃ。十年前はとーくからちらっと見たていどじゃな」


「そんな世間話いいから早くやってくれよ! 高い金払ったんだからよ!」


「おおっと、すまんすまん。では、真偽を試す魔法を使わせてもらってよいかね? ちなみにこの魔法は相手の同意がなければかからん魔法じゃ」


「拒否すれば心にやましいことがあるということでしょっ引かせてもらうぞ!」


 ちなみに、あとでオーマが教えてくれたが、同意がなくとも一応使えはするらしい。その場合は相手がレジスト(抵抗)に成功させると魔法は発動できないそうだ。でもそうなると魔法使いの精神的疲労がたまるだけなので、その面倒を避けるため先に同意を求めるのだそうな。

 ついでにその同意を拒むということは、なにか心にやましいことがあるというという意味になり、それだけで魔法を使わずとも自白したような形にもなるわけだ。


 あの警察官は、それを言っているんだろう。


 ううーん。見事な権力による強制コンボ。任意同行からの転び公妨みたい。



「わかりました。その大穴に関すること、いくらでも正直に答えますよ」



「ええっ!? い、いいのかい!?」

 不安そうなリオが、俺の裾を引っ張った。俺は問題ないと、振り返って笑顔を見せておいた。


「……」

 それだけで、彼女は頬を膨らませながらも黙ってくれた。不安のようだけど安心しろ。なにせ俺は、本当に無関係だ!



「ほっほっほ。これで魔法の成立はなった! 真偽の法よ、その真偽を世に知らしめよ!」



 そう爺さんが高らかに宣言すると、爺さんの持つ杖の先端がぴかりと光り、その先になにやら○×風な立体映像っぽいものが浮かび上がってきた。

 これは、ある意味わかりやすい。どっちが○でどっちが×なのかは文字が読めないからわからないけど。


「では、質問させてもらうぞサムライ!」


 衛兵さんの質問が飛ぶ。



「昨日の大穴、お前が明けたんだろう!」

「いいえ」


『本当デス』



「昨日の大穴お前の仕業だろう!」

「いいえ」


『本当デス』



「ダーエン一味を潰したの、お前だ!」

「いいえ」


『本当デス』



「昨日カーク一家を潰したのもお前だー!」

「いいえ」


『本当デス』



「お前があいつらやったんだろ!」

「いいえ」


『本当デス』



「お前がカタナでカーク一味を斬ったんだー!」

「いいえ」


『本当デス』



「なんでだー!」


 衛兵さんは頭を抱えた。



『そもそもおれっち昨日全然使われてねーっての』

「ぐぬぬ……!」



「以上かね?」

 やれやれと、魔法使いの爺さんが呆れたように言ってきました。



「ちくしょう、ちくしょう!」

 石畳にひざをつき、どんどんとこぶしを地面にたたきつける。



「これで、俺の疑いは晴れました?」



「くっ、くそう……絶対、絶対お前なのに……」



「このサムライはウソをついてはおらんよ。真実を告げる天の目がそう言っておるのじゃ。あきらめよ」

 魔法使いの爺さんがぽんぽんと肩をたたいて慰めていた。


 それって逆に言えばお爺さんが絶対の自信を持っているってことですよね!


「んで、料金の方なんじゃが、1回五百ゴルドで、六度で三千ゴルドじゃ」


「さ、三千ー!」


 リオが驚いた。


「リオ、三千もあるとどれくらい暮らせる?」

 そういえばこのあたりの相場がまだよくわからないので、せっかくだからと聞いてみた。



「普通の一般人が一ヶ月暮らすのにかかるのが八十から百ゴルドくらいさ。衛兵の給料だって月百二十くらいだってのに……」



 ああ、大体わかった。一般人の約三十か月分のお給料なのね。そいつはすげぇ。というか一回五百って、魔法ってすごいのね。そりゃ一円玉もあんな値段がつくわ。



「ちくしょう……! ちくしょぅ!」



 衛兵の人がさめざめと泣いてしまっている。いくら俺を捕まえようとしたからって、かわいそうだな。

 あの大穴の犯人を捕まえようと必死になっていただけだってのに……


 なんか哀れになったので、俺は魔法使いの爺さんの方へ視線を向ける。


「なんじゃ?」


「せっかくなので、俺も一回そのウソホントやっていいですか?」


「かまわんが? 払えるかね?」


「ええ。一回」

 人差し指を上げ、お願いした。


「ま、ワシはかまわんぞ。誰の真偽を確かめるんじゃ?」



「衛兵さん。一つお願いします」



「へ?」

 どこか間の抜けた声を上げた。でも、そんな返事でもお爺さんの杖にはさっきの○×が生まれた。どうやらあれでも同意したことになるらしい。


「では、質問を一つ」


「や、やめろ! なにを聞くつもりだー!」


「おいおい、自分でやられたらそれって、どんだけ後ろめたいんだよ」

 リオが苦笑している。そうだね。きっと色々後ろめたいことがあるんだろうね。でも俺が聞きたいことはそうじゃないんだ。



「あなたは、この街が好きですか?」



「へ?」


「この街を本当に愛して、守ろうと思っていますか?」


「お、思っている!」



『本当デス』



 俺の勢いに押されるような形で答えを返してきたけど、答えはぴんぽーんという○の音が鳴った。


 つまり、この人は街を愛していて、守ろうと思っているということだ。



 ちょっと意外だった。まさかこれで本当が出るなんて。



 でも、結果は正直どうでもいい。魔法を使ってもらった理由は、この人に質問するためじゃないんだから……



「そうですか。なら、もういいです。はい。これ、今回の代金です。こちらの方のも一緒で、おつりはいりません」


 俺は、一万ゴルド金貨を取り出して魔法使いのお爺さんにぽんと渡した。だいぶお大臣だけど、まあいいだろう。


 質問した目的。それは、衛兵の人の分もお金を払おうってことなんだから。もう無茶しちゃ駄目ですよ。



「へ?」



 顔を上げた衛兵さんが、目を点にして固まった。


 爺さんはどこか楽しそうに苦笑している。



「さ、いくよリオ」

「ああ!」

 リオにうながし、衛兵さんが正気にかえる前に俺達はさっさと歩き出してしまった。


 呆然とする衛兵さんと魔法使いの爺さんの見送りを受けながら、リオが口を開いた。



「さすがツカサだよ。天の目の裁定も覆しちゃうんだからな。サムライってのは天の目さえ欺けるほどすごいのかい?」


『そりゃそうさ。天の理と同じになれる流派さえあるんだぜサムライは。あの程度で相棒の底を図ろうってのが間違っているのさ』


「サムライってすげーんだな」



「いやいや、買いかぶりすぎだぞ」



 隣を歩くリオがなんかキラキラした目で俺を見てそんなことを言っていた。


 オーマの同意に、俺は苦笑するしかできない。何度も言っているけど、俺はなにもしてないんだから、あれがそのまま真実なんだって。



『かー。相棒はやっぱ謙虚だねー。胸を張ってもうちょっと高慢でわがままになってもいいと思うんだぜ』


「でも、その優しさがツカサのいいとこだね!」


『そうだな。たまにはいいこというじゃねーか小僧!』


「あはは。あんたもたまには人を褒められるんだね、オーマ!」


 そうして二人は笑いあった。



 意外に君等仲いいよね。




 こうして俺達は門の外へと出て、ヤーズバッハの街から新たな街を目指して歩き出した。


 俺が元の世界へ返れるという地、西へ向けて……!




──衛兵──




 宿での一件で、ヤツが即座に開放されたと聞き、俺は確信した。


 全員が相打ち、もしくは仲間割れで死んだと同僚は見立てたが、あいつもわかっているはずだ。こんなところで同士討ちなどするはずがない。ありえない。と。


 カタナに血の一滴もついていなかったし、体に返り血の一滴もついていなかったし、寝ていたと言ったが、そんなわけはない。間違いなくヤツが襲撃者をすべて始末したんだ。



 こんな簡単な推理、俺じゃなくとも簡単にできる。


 しかしこれは正当防衛。強盗に襲われたのだから、全員を返り討ちにしたというのは罪にとわれはしない。


 同僚はこの聞き取りが面倒だからと思っているようだし、それを察してサムライを即座に開放した。


 しかし俺は、それこそがサムライの手のひらの上だと確信していた。


 ヤツの目的。それは、一刻も早くこの街から逃げ出すということ。あんな同士討ちをしたように見せる工作をするということは、なにがなんでも俺達に事情を聞かれたくなかった理由があるはずだ!



 それはつまり、昨日の大穴の事件!



 俺に追及されたからこそ、これ以上追及されぬよう、自分はただの被害者であるかのように装った!


 俺達に拘束されないよう、強盗を相打ちに見せかけたんだ。ああしておけば、余計な事情を話さずにすむ。地面に大穴をあけるサムライならば、相手の武器を奪い、それで相手を倒して回るなんてのも可能なはずだ!


 俺の勘は告げていた。間違いなく昨日の大穴はヤツがヤッタと!



 だというのに……!



「なんでだー!」



 俺はありえない結果に膝を屈した。


 魔法使いを連れてきて、真偽を確かめたところ、ヤツは宿の襲撃者を返り討ちはしていないし大穴もあけていないという結果になった!


 ありえない。返り討ちもあの大穴をぶちあけたのがあのサムライじゃないなんて絶対に、絶対にありえないというのに、魔法使いの魔法はヤツの答えにウソではないと答えた。



 間違いなくヤツの仕業だというのに、俺は、ヤツの仕業ではないと、証明してしまった!



 なんだこれは。こんなの、こんなのあっていいわけがない!



「ちくしょう……! ちくしょぅ!」



 魔法使いの方も疑ったが、あの魔法はそういう不正ができる魔法じゃない。だから借金まで覚悟して頼んだってのに!


 だってのに、ヤツが犯人じゃないなんて!



 そうしてうなだれていたら、あの男がとんでもないことを言い出した。



 あの男が、真偽を確かめる魔法を使ってみたいと言い出したのだ。しかも、その対象は、俺……!


「へ?」


 間抜けな声を上げ顔を上げただけだというのに、それで同意したことになってしまった。頭を振ったのが悪かったのか? それとも、サムライにはなにか不思議な力があるのか!?

 だがそんなことを考えている暇はない。


「では、質問を一つ」


「や、やめろ! なにを聞くつもりだー!」



「おいおい、自分でやられたらそれって、どんだけ後ろめたいんだよ」



 チンピラに言われた。馬鹿を言うな。不正をしているかや賄賂を受け取っているかを問われたら俺の身は破滅なんだぞ。一つの質問でさえこれなんだ、こんなの答えていられるか!


 やめろ。そんなことを聞くな。俺の本心を暴くな!



「あなたは、この街が好きですか?」



「へ?」

 一瞬、なにを言われたのかわからず、変な声を上げてしまった。


 言っている意味が、理解できない。



「この街を本当に愛して、守ろうと思っていますか?」



 な、なんてことを聞きやがる。不正をや賄賂なんかよりよっぽどタチが悪い。このまま答えたら、俺はこの街にいられなくなる!


 賄賂を受け取るのも、不正をするのも、間接的には街の皆を守るということにつながるから許されるのだ。金を払えば守ってもらえる。金を払えば見逃してもらえる。その後ろ暗い信頼関係があるからこそ、この不正は見逃される。


 だが、街を愛していないし、守りもしないとなれば話は違う。もう俺は誰からも信用されないし、悪党からは狙われる。



 なんて、なんてことを質問しやがる!



 だが、答えられないというのはそのまま自白しているのにも等しい!


 言っても死、沈黙しても死。


 ならば、ほんの少しの時間だけでも命が長くなる上、みずから認め、素直に謝る。そうすれば、いくばくかの同情が買えるかもしれない。そんな打算を信じ、俺はみずから認めるという方法を選んだ!


 俺は震えてまともに動かない喉を動かし、みずからの死刑宣告書を読み上げる……



「お、思っている!」




『本当デス』




 ……それは、信じられない答えだった。


 俺はその光景が信じられない。なにが起きているのか、一瞬わからなかった。


 ○が、あがった?



 俺の言葉が、本当?



 街を本当に愛し、守ろうと思っているというのが、本当……?


 それってつまり、俺は、この街を、こんな街を愛している?



 そんなことはありえない。こんな悪党が蔓延する腐った街。貧乏人に人権など存在しない、不正がまかり通る街を、俺が、愛している……?


 そんな気持ちは二十年前になくしたはずだった。


 だというのに、目の前に示されたのは、愛しているという結果。



 それは、それはつまり……



 俺がそれに気づいた瞬間、なぜかサムライが、優しく微笑んだような気がした。



「リオ」


 彼は仲間の名を呼ぶと、そのままきびすを返し去っていってしまった。



 どこか、満足したかのように……



 ひょっとすると、サムライが天の目をいじったのかもしれない。

 だが、それは些細なことだった。


「俺は、俺は……」


 忘れていなかった。


 心の底で俺は、この街を愛していて、街の人達を守りたいと、ずっとずっと思っていた。



 なぜサムライを目の敵にした? 街に大穴をあけたからと思ったからだ。この街を、危険にさらしたと思ったからだ……


 だから、犯人と思ったサムライを、つけねらった……


 ヤツは、自分が犯人じゃないと証明しながら、それを俺に教えてくれた……



 今ならやり直せる。



 そう言ってもらえた気がした。


「はっ、ははは……なんだ、そうだったのか……」


 いつしか自分は変わってしまったと思っていた。


 権力や金におぼれ、正義なんて忘れてしまったと思っていた。


 でも、違ったようだ。俺の心の中にはまだ、この街を、正義を愛する心があった。



 それを、サムライは見抜いていた……



 だから、あの質問をした。


 なんてヤツだ。そりゃ、かなわねぇ。かなわねえよ……


 伝説のサムライってのは、本当にとんでもねえお方だった……


 つれてきた魔法使いの先生が、俺の肩をたたき、うなずいた。


 俺は、顔を上げた。



 すると俺の周りには、いつの間にか大勢の街の奴等が集まっていた。



 なぜか誰もが、俺に手を差し伸べてくれている。



 ああ、そうか。あのサムライは、たった一回真実を見抜く魔法で、俺だけじゃなく他の奴等の心も洗い流していたのか……


 俺も、涙でぐしゃぐしゃになった顔でうなずき返す。


 そうだ。あの二大悪党が倒れた今、この街は変わる。変われるんだ……!


 新たな決意の元、俺は立ち上がる。



 今こそ、新たな自分へ、今こそ、新たなヤーズバッハの街へ!




 こうしてサムライはヤーズバッハの街を去っていった。


 サムライが去った後、この街は悪党どもが裏で牛耳る暗い街ではなくなった。


 人々が声を上げ、不正をただし、街の雰囲気は一気に変わってゆく。


 公式な発表はヤーズバッハの街を仕切っていた二大悪党がいなくなったからだと発表したが、街の者達は知っていた。それが、伝説が再来したおかげだと。



 誰にもなにも語らず街を去った、サムライのおかげだと。



 そう、街の者達は信じている。




────




「おい、聞いたか?」

「ストロング・ボブの話か?」



「ちげーよ。ヤーズバッハの話だ」



「ヤーズバッハ? ああ。あのカークとダーエンの二大悪党が自滅したって聞いたな。カークなんざ同士討ちで倒れたんだろ?」

「かー。体制の発表そのまま信じてちゃぁこの世の中生きてはいけねぇぜ」


「ならどういうことだよ?」


「どっちもサムライがやったって話だ。あの光の柱なんてダーエンを潰したときはなった一撃だって話だぜ」

「マジかよ。どこで聞いたんだその話」


「日刊クロナ・カネーラさ!」


「思いっきりゴシップ紙じゃねーか!」



 ヤーズバッハの一件は様々な憶測を呼んだ。


 光の柱が生まれ、サムライの再来を示したのと同時に二つの大悪党が壊滅したのだから、なにも知らない人もその関連性を疑うのは当然と言えるだろう。


 ダーエンもカークもサムライを倒して名を上げようとサムライに戦いを挑み、どちらも返り討ちにあったとか。


 カークはサムライを暗殺しにゆき、そこでサムライに脅され同士討ちを強要されたとか。

 サムライの不思議な力で操られ仲間内で斬りあったなど。


 噂が噂を呼び、様々な憶測が浮かんでは消えたが、最終的に残ったのはサムライすげぇ。という感想だけだったという。



「……」

 酒場で広がる噂話を聞きながら、一人の男は憂鬱な気分で食事をとっていた。


 今はどこへ行ってもストロング・ビルを倒し、ヤーズバッハの二大悪党を退治したとされるサムライの話題で一杯だ。



 それを耳にするたび、男の苛立ちはさらに増す。



(くそっ。まさかサムライがあれほどの化け物だったとは!)


 噂のうち、いくつか真実が混じっているのを男は知っていた。


 不意打ちかつ闇討ちを受け、逃げ場もないあの宿の中でかすり傷一つどころかまるで同士討ちをしたかのような工作までやってのけるとは予想外もいいところだ。


 あれでは難癖をつけて拘束をするということもできない。宿を襲った強盗はすべて同士討ちをしていただけ。あのサムライはなにもしていない。そう完璧に主張できる状況だったのだから。


 男が襲撃者を手配したのだから、同士討ちなどありえない話だった。ゆえに、一方的な闇討ちであったあの状況を無傷で切り抜けられるなんてありえない。しかし状況は同士討ちを物語っている。ならば、ヤツがそうなるよう仕向けたということになる。


 そんなことができるなんて、なにか魔法のようなことができない限り不可能だ。しかし相手はサムライ。不可能さえ可能にする伝説だ。



(ひょっとすると、あの襲撃の裏になにかあるのか感づいているのかもしれん)



 ありえないとは言い切れなかった。相手はなんらかの目的があってあの方と接触した。こちらの動きさえなにかつかんでいても不思議はない。


 ゆえに男はこれ以上動くことはできなかった。下手に動けば、あのサムライに返り討ちにされるのは間違いない。



(これは一度戻り、新たに対策を練らなくてはならない。サムライを倒す。もしくはあの方から引き離せるような策を!)



 男はぎりりと歯軋りをし、拳を力いっぱい握り締める。



(おのれサムライ。貴様はどこまでことを把握している? 貴様はあの方を手に入れ、一体なにを企む! この国を混乱の渦におとしいれるというのなら、私は黙っていないぞ! 貴様がなにを企もうと、私が必ず暴いてくれる!)


 男は心の奥底でサムライの排除を誓い、拳を強く強く握るのだった。




 おしまい

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