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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
59/88

第59話 呪殺サムライ


──有浦まほろ──




 御前試合の時が迫ってきた。


 色々思い通りにはいかなかったが、それでも当初の予定通り計画は進められそうだ。


 この計画が成れば、あたし達の悲願がかない、闇将軍様が復活なされるだろう!



 そうなれば、この泰平の世は崩れ、我等死士の望む力こそ正義である社会が実現する。


 力なき人を守るなんていうサムライが裏方で努力する世界など消え去り、力なき愚図はあたし達超越者を崇め奉る本来あるべき世界がやってくる!



 計画に狂いはない。


 ただ、不確定要素が一つだけある。



 片梨士。



 この短い時間に、『無刀』のサムライとまで呼ばれるようにもなった少年。


 この『無刀』という二つ名は、『刀が無い』『刀が出せない』など、彼を貶めるためつけられた名ではない。

 むしろ、逆。


 サムライは士力を纏い、刀を抜かねば同じサムライとは戦えない。だが彼は、自身の刀の存在さえ誰にも見せず、士力の残り香すら感じさせず死士を屠って行く、無敵のサムライ。


 それゆえ、『無刀』


 しかし、実際に彼が死士を屠ったところを見た者はほとんどいない。

 徹底した秘密主義なのか、いくつもの死士退治への関与は憶測と共に証言されているが、彼が実際に関わったという証拠は一つもない。

 豪腕自由同盟を壊滅させたのは奴だとあたしは確信しているが、それさえ確実とはいえないのが現状だ。


 公式で死士を撃退したと確認されているのは、たった一度だけ。


 その時でさえ、彼は刀はおろか士力さえ纏っていないのだから恐れ入るとしか言いようがないだろう。



 その意図さえ読み取れぬ行動ゆえ、あのサムライどもさえ彼の真意を測りかね、その存在をもてあましているというのが現状だった。



 すでに何度も抹殺を試みているが、上手くいかなかった。

 それどころか、いまだその力の底はおろか、刀の姿。その特性さえ不明のまま。


 特性も士力の位も力の底もわからないのだから、対策さえ練ることもできない。

 ゆえに、この少年だけは不確定要素として、我等の計画に重くのしかかってきていた。



「……準備は?」

「整いました」


 ある人の秘書的な人が、あたしの問いに答える。

 あたしはうなずいた。


「そう。なら、排除可能のようね」


 だが、その憂慮も今日で終わりだ。


 とうとう奴を排除する準備が整ったのだから……!



 今度こそ奴を始末する。

 そうすれば、この計画は完璧と成る!



 あたしは、ある死士の待つその場所へとむかった。



「ほう、来たか」


 大きな部屋の中央にその人はいた。


 周囲には二重の円を描くように多くの協力者達が座っている。



 彼は、通称『長老』

 闇将軍の復活を願う団体の中で最古参の死士であり、先ほどの秘書的な子がつかえる人でもある。


 秘書的。と言ったのは、実際には秘書ではないから。はっきりわかりやすく言えば、愛人だ。

 齢百年を超えているというのに、なんともお盛んな方だ。



 その特性は、『呪殺』



 その名の通り、対象を呪い殺す力だ。


 呪い殺すということに特化したそれは、相手に近づくことなく抹殺できるという利点があった。

 殺した結果、特性の仕業だとわかったとしても、それを防ぐことはとても難しい。


 名前と顔だけでもその力を発動させることは可能だが、あのレベルのサムライだとその程度では軽く抵抗されるだろう。

 今までも、同じような特性を持つサムライや死士は多くいた。

 だが、長老の呪いは、一味違う。


 なぜなら、その呪いから逃れ、生残った者は一人としていないからだ。


 現に、闇将軍の封印を守る要石である現裏将軍は、この呪いを恐れ名前も公表されていないし、顔も決して表に出さない。

 ひと世代前のように、裏将軍みずからが死士を見つけ、退治をするという行為をしなくなったのも長老の呪いを恐れたからだと言われているくらいだ。


 これほどまでに、長老の呪いは違うのである。



 ただし、強力な呪いを行うためには、それ相応の準備が必要となる。


 豪腕自由同盟が壊滅し、あの八代を軽々と撃退して我等が障害となると確信し、長老が重い腰をあげてから今まで。

 奴を殺すに相応しい呪いには、これほどの時間がかかってしまった。


 さらに、念には念を入れ、長老に士力をわたすサポート役も配置した。

 二重の円を描き座る、総勢四十名の協力者達!


 計画とは関係のない死士達や我等の志に賛同した者達を参加させ、駄目押しを図る!(関係者を使わないのは、計画の時士力が回復せず、全力を出せないと困るから)


 これだけやって殺せない存在があるとすれば、不死身で無敵の闇将軍様だけだろう。


 すなわち、奴は絶対に死ぬということだ!



「して、例のモノは? きちんと手に入れてきたであろうな?」


「ご安心を。最初から用意してあります」


 あたしは懐からあるものを取り出した。


 あの日、これを想定して回収しておいて良かったわ。



 取り出したのは、へその緒!



 そう。片梨家へカメラを設置したあの時、あの家から母子手帳と一緒にしまわれていたへその緒を失敬してきたのだ。

 こんなこともあろうかと!



 長老はあたしの取り出したそれを確認し、大きくうなずいた。


 呪いに欠かせないモノと言えば、その対象となる者の欠片。

 触媒の基本は髪の毛だが、長老の場合は最近抜けた髪の毛などの入手しやすいモノでなく、より古く、入手が困難な唯一無二のモノの方が強力な呪いをかけられるようになっている。


 そこで、最高の触媒が、最古の欠片となるへその緒の出番というわけだ。



 これで、準備は万端。

 長老の呪いは距離も時空も超え、完璧なものとなる。



 長老はあたしからへその緒を受け取ると、再び部屋の中心へ戻っていった。



 あとは、呪いの儀式がはじまるのを待つばかりである!



 さて、あたしはどうしようか。


 この儀式に関して、あたしはもうやることはない。

 ただぼーっと、結果を待つばかりだ。


 だが、どんどこ太鼓を鳴らし延々拝み倒している様を見ている趣味はない。


 ここでじっと待つくらいなら、奴がのたうち回り死んでゆく様を特等席で見た方がいいだろう!



 あたしはそう結論づけ、ここではない奴のいる場所へ移動するのだった。




──亜凛亜──




 今日は、休日。

 大学の講義もなく、緊急の要請がない限り、のんびり出来る日というわけです。


 早朝トレーニングを済ませ、シャワーを浴びて汗を流す。

 朝食をとり、いつもなら大学の講義にむかうか、サムライ衆の仕事に出るかになるけど、今日は休日なので別のことをする予定だ。


 とはいえ、使命を忘れ、遊びほうける。というわけではない。



 これからに備え、今日のうちにしておくべきことがあるからです。


「こんにちはー」


 暖簾をくぐり、からからと音のする扉を開いてそこに入る。


 かーん。かーん。

 工房の奥から、金属同士がぶつかりあう音が響いている。


 ここは、いわゆる鍛冶屋。刀鍛冶のところだ。

 隣には刃物を専門にあつかう、刀屋も併設されている。


 サムライの刀は、サムライ自身から生み出すものだから、刀鍛冶が鋼を打ち刀を生み出す必要はないと思われがちだけど、そんなことはない。


 傷ついた刀は、持ち主の士力が満ちることにより回復してゆくが、その修復には時間がかかる。

 時に刀が折れた場合も、修復不能の制限がついていない場合は同様だ。


 刀が傷つき、刃こぼれすれば切れ味も落ち、特性の力も弱まる。


 その修復を、本人の士力によらず、短時間で行う方法。それが、刀屋に、いわゆる『砥ぎ』をお願いするというものだ。

 これは、サムライによって生み出された刀以外をメンテナンスするのと同じ。


 刀鍛冶に刀を預け、その切れ味を回復してもらうのである。



 死士との戦いに備え、常に万全の状態でいるため、今日は休みを利用し、刀を砥ぎに出しに来たというわけです。


「……ん」

 工房から、なじみの刀鍛冶が姿を現しました。


 髭もじゃで、口数は少ない人だけど、腕は確かな人だ。

 彼でしか砥げぬ刀もあるといい、彼に砥いでもらった刀はサムライだけの修復より切れ味が増すとさえ言われているほどです。


 多くのサムライがこの鍛冶屋を利用し、私達の戦いにはなくてはならない人と言っても過言ではないでしょう。



「今日も、お願いします」

「……ん」


 言葉短く、私が取り出した刀を受け取り、そのまま奥へ戻っていきます。



 あとは、しばしの時間待つばかり。

 戻ってきた私の刀。『大嵐おおぞれ』は、見違えるほどの輝きを取り戻しているでしょう。



 そのうち彼方ちゃんもつれてこなくては。とは思うけど、あの子の特性と士力量を考えた場合、研ぐのは必要ないかもしれないわね。


 待ち時間を潰すため、工房の隣に併設された刀屋へ。



 ずらりと並ぶ刃物。

 カウンターには、その奥さんがニコニコと笑みを浮かべ、店番をしている。


 相変わらず、美しい。


 この刃の輝き。見ただけで素晴らしい切れ味だとわかる代物ばかり。ここの包丁は私も一本持っていますが、これ以上ないと言っていい使い心地の逸品です。


 今度、用途別に刺身包丁なんかも……などと思い、刃の輝きを見ながら、横へ……



 どんっ。



 ……移動していると、誰かとぶつかってしまいました。


 いけない。横に人が居るのに気づかないなんて、サムライ失格だ。

 なんて失態を犯してしまったんだろう。


「これはすみ……」

「あ、ごめ……」


 自分を恥じるより、まずはぶつかってしまったことを謝ろうと、そちらをむき、顔をあわせた瞬間、私とその人は、固まってしまった。



 なぜなら、そこにいたのは、我が宿敵。元親友にして今敵の、有浦まほろだったのだから!



 そりゃ気配に気づかない。相手はその道の達人なのだ。


 驚き方からして、気づいていないのは相手も同じ。

 いや、そっちは私に気づいてなきゃダメなんじゃ……?


 固まったのもつかの間。そんなことも冷静に思いつつ、私達は互いに飛びのき、距離を開け、刀を……



 ……抜こうとして、手元に刀がないことに気づいた。

 それは、彼女も同じだった。


 二人の手が、間抜けに空を切る。


 士力が見える人から見ても、それは滑稽な光景だったに違いない。



「……」

「……」


 微妙な空気の中、私と彼女の睨み合いがはじまる。


 こうなったら、素手でも……!



「二人とも?」

 カウンターに居た奥さんが、私達を見て微笑んだ。



「あ」

「あ」


 同時に、声が出る。


 これ、これ以上ダメな案件だわ。


 はっと冷静になり、ここがどういう場なのかを思い出した。



 ここで暴れようものなら、間違いなく私達が狩られる。


 なにかで聞いたことがあります。

 笑みとは本来、攻撃のサインであると。


 歯を見せる行為というのが、牙を見せるのと同じとかなんとかかんとか。



 刀のない私達では、二人がかりでも勝ち目はない。

 この人には、そう確信させる、不思議なプレッシャーがありました。



「……」

「……」


 私達はうなずきあい、睨み合いをやめ、店の外へ自首避難する。

 外にはベンチが設置されており、私達はそこへ腰を降ろすのでした。


 ふう。と、安心の一息。



「……なぜ、あなたがここに?」

「サムライがここに来る理由なんて一つに決まってんだろ?」


 ふん。と、彼女は足を組み、ベンチにふんぞり返る。


 聞くまでもないことだった。


 目的は、私と同じ。



 刀を砥ぎに来た。ここに居る理由は、それ以外にない。



 先ほどいったとおり、この刀鍛冶はとても腕がいい。彼にしか砥げぬ刀も多くあるし、砥いだ直後、以前より切れ味が増している場合さえある。

 その彼は、頑固一徹。職人気質であり、一つの信念を持って刀鍛冶をしている。


「刀そのものに善も悪もない。その性質は使うもの次第。だが、刀鍛冶である俺に、使う者のことなどは関係ない。目の前にあるいかなる刀も、俺には同じ刀。使う者によって差別は一切しない。それが気に入らないなら、他へ行け」


 そう、断言し、サムライの刀だろうと死士の刀であろうと、刀であるなら引き受けてしまう。

 彼が砥がねばならぬ刀も多く、彼がへそを曲げれば、どちらも困る。


 その腕と気質により、サムライ、死士双方にその技を認められ、どちらからも行動を黙認されているのが現状なのである。


 ときおりこうして鉢合わせも起き、場を忘れて争いに発展しそうになることもあるが、あの迫力に負け、大人しく帰ってゆくのも恒例行事だ。



 刀というサムライの魂を預けるこの場は、問答無用の中立地帯なのである。



 ゆえに、宿敵が目の前に居ようと、この場では手出しは出来ない。

 たとえ刀が帰って来たとしても、異変があれば砥いだ刀鍛冶は即座に察することが出来るのだ。


 追跡などをし、好機を見れば、そのあと困るのは双方なのである。



「……」

「……」


 どうしようもないこの状況。

 私達は、無言だ。


 かつてはとめどなく会話をしていたというのに、今は違う。


 くだらない話から、難しい話まで、様々なジャンルの話が、ぽんぽんと出てきた。

 趣味はまったくあわないというのに、なぜだか気はあった。


 無言になっても、隣に居るのは苦痛ではなかった。



 でも、今は、違う……



 彼女の望みと、私の望みは、違ってしまった。



「……一つ、よろしいですか?」


「……なんだい?」


 口を開いた私に、彼女もしぶしぶといったように応じる。

 それでも無視しないのは、彼女のいいところなのかもしれない……


 私と彼女の間に、小さな緊張が走る。

 彼女も、私になにを問われるのか、じっと私を見て、言葉を待つ。



「ニンジンは、食べられるようになりましたか?」


 ずるっと、彼女はベンチから滑り落ちそうになった。



「なんでこんな時にそのことを! もっと別に聞きたいことあんだろ普通! あんたはあたしのおかーさんか!」



「いや、好き嫌いばかりでは栄養が偏ると思いまして」


 彼女としては、なぜ死士になったのかとか、なぜ闇将軍を復活させるのかを聞かれるつもりだったんでしょうね。

 残念ながら、わざわざそれを問うつもりはありません。

 聞いたところで、私達の関係はかわらないのだから……!


「余計なお世話だよ。そんなの気にしなくても、あたしの野望が叶えば関係ないからね」


「その野望を実現するためにも……」


「ええい、あんたはその野望阻止する側だろうが! ホント、おかーさんか!」


「私があなたのお母さんのわけないでしょう。なにを言ってるんですかさっきから」


「ええい、このクソ真面目がー!」



 彼女がああもうと、頭をかきむしる。

 前にもどこかで、似たようなやりとりでため息をつかれた覚えが……



「ったく。敵の心配してどうすんだい。アホか」


「次戦う時、万全でなければ困りますから」


「さよか」


 やれやれと、再びベンチに座り直す。



「……」

「……」


 沈黙だけが、続きます。


 でも、先ほどのような心苦しさはなく、どこか居心地のよさを感じていました……



 ほんの少し、昔を思い出しただけなのに、不思議なものね。



 しばらくすると、工房から例の鍛冶屋が二本の刀を持って出てきました。



「……ん」


「ありがとうございます」

「謝礼はいつも通り後日」



 私達に刀を渡すと、そのまま工房に戻って行きました。


 残されるのは、私達二人。



 ここでは、そのまま別れることが暗黙の了解となっている。


 先ほども言ったとおり、下手に手を出せば、この鍛冶屋が使えなくなってしまうからだ。



 だから私達は、そのまま互いに背をむけ、別々の道へ分かれた。



 さようなら、まほろ。


 次ぎあう時は、きっと、戦場でしょう……




──有浦まほろ──




 儀式まで時間が余っていたから、刀を砥ぎに行ったら思いがけない奴と顔をあわせることになった。


 相変わらず、クソ真面目な女だ。



 だが流石に、今、なにが起ころうとしているのかは理解していないようだね。


 まあ、これが予期出来るのなら、あたしの裏切りなんて最初から気づけたって話だけどさ。



 あんたは次こそはって思っているんだろうけど、その次は、全てが終わる時だよ。



 あたしはあんた一人だけを相手にすればいいわけじゃないからね。

 まあ、あんたのとどめくらいはあたしがさしてあげてもいいけどさ。



 大局を見て、すべてを終わらせる。


 あたしの、闇将軍様のためにね……!




──ツカサ──




 今日は休日。

 ちょっと欲しい物があったので買い物に街まで出てきた。


 そしたらなぜか彼方もついてきた。


「ダメですか?」


 別にえっちなもの買うわけじゃないからかまわないけどさ。

 そっちは買う物ないだろ?


 それでもいいのか?


「いいんです」


 きっぱりはっきり言われた。


 お前がいいならいいけどさ。




──片梨彼方──




 お買い物ー。

 お買い物ー。


 兄さんと二人でお買い物。

 私と兄さん、二人で!


 これはデートと言っても過言じゃないんじゃないかしらっ!



 まあ、実際のところ兄さんの買い物に私が無理矢理ついてきただけですが。



 それでも男女が二人で一緒に出かければデートということにかわりはありません!

 実の兄弟? 今はそんなことどうでもいいんです。


 今はとにかく、この至福の時間を一秒でも長く、濃密にすごすのが私に与えられた使命なんですから!



「兄さん。クレープ食べましょう。クレープ!」


「お、おう」


「アイスも。アイスも!」


「お前、今日テンション高いな」



 そりゃ高くもなります!


 久しぶりの兄さんとのお出かけなんですから!

 兄さんと一緒に甘いものなんですから!


 これでテンション上がらなかったらなにに上がるというんです!



 ちなみに、こんなに自由に物を買ってお金は大丈夫かと疑問にもなるかもしれませんが、サムライになった私達は危険手当こみで、もの凄いお金をもらっているようです。

 ようです。というのは、そのお金の管理は我が家の財政大臣兼総理大臣兼法務大臣の母が握っているので、正確にいくらもらっているかは教えてもらっていないからです。

 まあ、私達まだ子供ですからね。


 もらった分は貯金に回され、その中から幾ばくかがお小遣いとして配給されるという制度になっています。


 だから無尽蔵に使えるというわけではありません。

 ありませんが、今日はそこから特別にお小遣いをもらってきたので一杯色々好きに自由に食べられるというわけなんです!


 許可してくれてありがとう、お母さん!



「んふふー。幸せー」


 兄さんの隣に立ち、クレープを食べる。

 兄さんにはカップアイスを買ってきてもらった。


 一度に二つ食べるのは多いということなので、二人で一つずつということになりました。



 くくっ。かかりましたね!



 これで合法的に、兄さんが食べたアイスを食べられて、私が食べたクレープを兄さんに食べさせることが出来る!

 完璧。完璧です!



「んじゃ、ほれ」


「へ?」


 兄さんが、カップアイスをスプーンですくい、私に差し出す。

 それはもちろん、一口兄さんが口をつけたものだ。


 口をつけたものだ。


 もの……



「……」


「どした?」



「無理ー!」



 私は顔を真っ赤にし、そのままその場から逃げ出すしか出来なかった。


 いざ実行しようとなると、こんな破廉恥なこと、むーりー。




──有浦まほろ──




 亜凛亜と別れてしばらく。


 あたしは奴がのたうち回り、くたばるのを見るため、遠距離から監視できる場所へやって来た。


 ふん。妹とお出かけかい。

 昼間にのん気にお買い物か。と鼻で笑いたいところだが、奴はすでにあたしの存在に気づいているだろう。


 妹の方は気づいていないとしても、今までのことを加味すれば間違いなく気づいてる。


 だが、奴はただ見ているだけの相手のことなど相手にしない。

 こちらからちょっかいをかけない限り、完全に無視するのは、今までの傾向からも明らかだ。


 底の見えない実力に裏打ちされた、その圧倒的な自信。


 おかげでおまえの最後をじっくりと見物することができるんだがね!



 流石のお前でも、こんな真昼間に呪い殺されるとは想像もしていないだろう!



 かちりっ。

 時計の針が、儀式開始の時刻を指した。



 さあ、終わりの時間だ!

 大勢の人間が見ている前でのたうち回り、もがき苦しんで死ぬがいい!



 ……



 動きがない。

 ま、まあ、はじまったばかりだから、効果が出るまでしばらく時間があるかもね。



 ……



 まだまだ動きがない。


 いやいや、もうそろそろ違和感感じて膝を突いて苦しみはじめてもいいんじゃない?

 あいつ、顔色一つ変えないでアイス買ってるんだけど。


 おいしそうにアイス頬張ってるんだけど!



 ……



 変化、ナシっ!


 痺れを切らせたあたしは携帯電話を取り出し、さっきあたしを呼びに来た長老の秘書的な奴に電話をかけた。



「もう予定の時間過ぎてるんだけど。まだはじまらないの?」


 繋がった瞬間、イラつく声をおさえず言葉を発する。

 すると、向こう側では首を捻ったような雰囲気が感じられた。


 え? というような感じだ。



「すでに、はじまってます、が?」


 秘書が携帯から耳をはずし、部屋の方へ向けたのか、電話にうんたらかんたらとなにかを唱えるかのような呪詛の声が聞こえてきた。


 間違いなく呪殺の儀式ははじまっている。


 でも……



 双眼鏡を使い、視線をあいつの元に戻す。


 そこでは、呪いののの字も感じていないようなあいつの姿があった。

 普通も普通に妹と買い物を続けている……!



「うそっ。まったく、効いてない……? 冷や汗の一つもかいてない……」


「え? そんな……」



 ゴギンッ!



「っ!?」

 電話のむこうから、不穏な音が聞こえた。


「え……?」


「なに、これ……うそ。長老、様……? いや、こんなっ、なにがっ!?」


 秘書が混乱したような声をあげる。



「ぎゃあぁぁぁぁ!」

「うわあぁぁぁ!」

「たすっ、たっ……!」

 同時に、部屋の中に響く悲鳴が聞こえた。


 まるでなにかがつぶれるような音と、ぶつかり、へしゃげる音。さらに、破壊音まで聞こえる。



「ちょっと、一体なにが、なにがおき……?」



 ぶっ。ツーッ、ツーッ。ツーッ。


 答えは、聞けなかった。

 電話が切れ、唐突に終わる。


 一体なにが起きたというの!?



 混乱する。あいつは相変わらず平然と妹と買い物を続けていて、呪いが降りかかったなんて欠片も感じさせない。

 はっきり言って、なにも起きていないというに相応しい立ち振る舞いだ。


 だというのに、儀式現場ではなにかが起きた。


 混乱する。

 一体、なにが起きたというの?



 くそっ。

 あたしは一度奴を睨み、儀式の場でなにが起きたのか確認するため、戻ることにした。


 睨んだ瞬間、奴がこちらを見て笑ったような気がした。

 いや、逃げ出した妹を追うためにちょっとこっちに視線を送っただけ。きっと、そう。そうに違いない。


 ……ちっ。だったらいいわ。



 すべて奴の掌の上。


 そんな気がしてならない。



 本当に、気に入らないくそガキだっ!




──長老──




 我が名は長壁おさかべ


 この世で三番目に強い想いで闇将軍様の復活を願うサムライである(死士とは奴等が勝手に呼ぶだけの名である)

 一番は誰か。と問われれば、それはもちろん、闇将軍様本人であろうと我は答える。

 そして二番目は、有浦まほろに違いない。


 我等の悲願は闇将軍様の復活にして、新たなサムライの世界を作り出すこと。


 それは、我等闇将軍様の復活を願う者達すべての悲願。

 いわば、基本。


 しかし彼女はそれ意外にも闇将軍様の復活を願う理由がある。



 あの子は女。

 闇将軍様は伝説では男。


 彼女曰く、「自分は闇将軍様を愛している。その寵愛を、一身に受けたい」だ。


 理想の社会だけでなく、破壊の化身といえる闇将軍様そのものを愛しておいでなのだ。


 最初我も、理想の社会を求める崇高な理想でなく、ただの情愛、私欲のためにしか動かぬ愚かな女だと侮った。

 しかし、その想いは本物だった。


 あの娘は、その強い想いだけで、難攻不落であったサムライの城へ攻め入る算段をつけてしまった。


 闇将軍様復活の計画が、そこに生まれたのだ。


 愛するものを手にいれようとする女の情念はまことすさまじい。

 背筋が震えるほど、我はそう思ったほどだ。



 さらに、『無刀』の危険性を最初に訴えたのも彼女だった。


 豪腕自由同盟が壊滅し、その動画を入手した彼女は、一刻も早く始末しなければ手に負えなくなると力説した。

 誰も知らなかったその少年を知っている様相からして、あの少年となにか因縁があったりしたのだろう。


 流石の我等も、最初は取り合わず、他の死士へ情報を流し、始末させる方法をとった。


 しかしあやつはあの八代をも容易く撃退し、その後も周囲に放たれた刺客を士力の片鱗さえ見せずに倒してゆくというウルトラCを決めてみせる。

 証拠はどこにもないが、倒される死士達の周辺に奴の影が見え隠れするのは我等も掴んでいた。


 サムライ衆でさえ半信半疑の中、我等は奴がなにかしていると判断を決める。


 彼女の言葉が正しかったと確信した我は、間違いを認め、この特性を使うことを決断した。



 我が特性『呪殺』は相手を確実に殺すため多くの準備と制限がある。

 これほどの奴を殺すのだから、その準備は最大まで行う必要があった。


 しかし我ももう百年を超えて生き、体のあちこちにガタがきている。


 強力な特性を使えば、その反動も相応にあり、今の我が使えば寿命を大きく縮めかねん力であった。

 一度使えば長い時間使えなくなることもあり、我は必ず闇将軍様の作る新たな世界を見ねばならぬと使用を控えてきたが、今、そのようなことを言って夢から遠ざかることはまかりならぬと、立ち上がったのである。


 陣を敷き、人を集め、準備を重ねる。

 長い長い時間を準備に費やしたこの我に、殺せぬものは存在しない。


 そう確信した我は、最後の仕上げとして奴のへその緒を受け取り、『呪殺』を開始した。


 広い会場に敷いた陣の中心に座り、協力者達からさらに士力を集め、へその緒を門として我が呪いをすべて奴に注ぎこんだ!



 我の視界が変わる。


 儀式の会場から別の場所へ我の視界が移動したのだ。


 それは、目標の心の中。

 相手の一部を利用し、我が呪いは相手の心の中へと送られる。


 そして相手の心を殺す。心が死ねば、肉体も死ぬ。当然の話だった。


 どれほど相手が強かろうと、心が破壊されることには耐えられない。

 どんな英雄も、苦しみ、のたうち回り、最終的に醜態をさらし死に至る。


 それが、我が『呪殺』の力。



 ゆっくりと目を開く。

 そこはやはり、儀式会場でなかった。


 視界が、完全に切り替わったようだ。



 さて、今話題のサムライの心中とはどんなものかの。

 表は聖人君子を気取りながら、裏ではただの変態なのか。


 それとも、表も裏もない、真のサムライなのか……



「……?」


 そこは、闇だった。


 なにも見えない。

 まるで、深遠を覗きこんでいるかのようだ。


 闇と呼ぶにはあまりに暗く、まるでなにもないかのようだ……



 なんだ、ここは……!?



 心の中とは、その人を映す鏡だ。

 そやつのすべてがここに詰まっている。


 だというのに、ここにはなにもない。


 どういう人生を歩めば、これほどの闇を心の中に抱えられるのだ。

 意図的に幽閉され、そうなるよう闇の中で育てられたとしても、こうはならぬ。


 この心が天然自然の中で生まれたというのなら、死士と呼ばれる我等以上のカイブツと言えよう!


 今まで見てきた中で、これほどの闇で心を閉ざす者など見たことがない。



 闇の中、見えるのは我の精神体のみだ……


「……体?」


 違和感を感じた。

 心の中とはいえ、闇の中にいるのなら、我の体も見えないはずだ。


 なのになぜ、我が体は見える……?



「っ!!???」



 いや、違う。

 我は、おのれの認識の間違いに気づいた。


 ここは、闇ではない。


 闇のように見えるが、我の目にそううつるだけで、いや、うつらないからこそ、暗闇の中にいるように見えるのだ!



 ここは。

 そう、ここには!



 なにも、ないのだ!!



 なんだ、これは。



 闇を抱えた心ならば、その闇ごと破壊すればその心は死ぬ。

 だが、ここにはなにもない。破壊するものがない。呪い殺す精神がない。


 そんな心、どう殺せという! ないものを、どう消せという!



 すうっ。



「っ!?」

 なにもないはずのところに、真っ赤な双眸が浮かび上がった。


 ないはずなのに、そこに、ある……



 ぞっ!



 バカな。ありえん。

 いくら相手の心の中とはいえ、ここは我が領域。


 その領域の中で、我が恐ろしいと感じることなどありえない。


 我が一方的に蹂躙できる呪いの中、我が恐れを感じることはあってならないはずだ……!



 だが、目の前に現われたソレに対し、我ははっきりとその感情を感じた。



 なにもないところにいる、その存在を。

 我ははっきりと、恐ろしいと感じてしまったっ……!


 相手を恐ろしいと感じたのは、我がサムライとなってはじめての経験だ。

 畏怖を感じたのは、闇将軍様の存在を感じた時だけだと思ったというのに……!


「くっ、くる……!」


 来るな。と声を出そうとするが、上手く喉が回らなかった。


 あれほどの時間の準備と四十名もの補佐をつけたこの呪い。



 それをもってしても、目の前のソレは破壊できない。

 そんなの不可能だ。


 そう、確信してしまったからだ。



 ここは、犯しては成らない領域だ。


 我が覗きこんではいけない場所だった……!



 早く。早くにげっ……



 ガシッ!



 すでに、遅かった。

 逃げようと考えた時には、喉が掴まれていた。


 いつの間に!


 喉に手らしきものが食いこむ。


 地面などないというのに、足が地につかず、ばたつかせるしかできない。



「ぐっ、がっ……!」



 ここでは息をする必要などないというのに、喉がつまり苦しささえ覚える。


 握る手を掴むが、びくともしない。

 それどころか、強く握ろうとすると逆に手ごたえが消えてしまった。


 まさに、そこにいるのにそこにいない存在だった。



 苦しむ我と、我を覗きこむ深紅の瞳との目があった。


 この瞳、やはり、我は知っている。

 豪腕自由同盟をたった一人で壊滅させた少年の顔についていた、あの双眸だ。


 すなわちこいつが、あの豪腕自由同盟を壊滅させたということになる……!



「やは、り……」



 あの娘の言っていたことは正しかった。

 コイツは、我等最大の障害となりうるっ!



 ゴギリッ!



 確信した直後、我の首から嫌な音がした。


 視界がぐりん。と回る。

 まるで、頭を支えるなにかがなくなり、首が胸元に落ちたかのようだった……



「お前は、なにも……の……」



 なぜこのような心を持つお前が、我等と敵対する。


 この心は、救世主などではない。むしろ、全てを無に返す、この世を破壊する者そのものの心ではないか……



 しかし、浮かぶように存在する赤は、なにも答えなかった。


 ただ無言のまま、我の士力をむさぼるだけである。

 ずるりずるりと、我の士力も、その我に士力を与えた協力者達のも。


 すべてが、無にのみこまれてゆく……



 我の意識も、そのまま無に飲まれ、消えていった……




 ……




──有浦まほろ──




 会場に戻ると、そこは酷い有様だった。


 ビルの地下にあった会場の金属製の扉はゆがみ、開けるだけでもひと苦労だった。

 ぎちぎちと鳴るその扉を開き、あたしはそこへ入る。



「なにが、起きたのよ、これは……」


 儀式の行われていた部屋に入り、その惨状を見てあたしは絶句した。



 そこは、一言で言って、地獄だった……


 あたしでさえ、思わず口を押さえるほどの。



「うぅ……」

 入り口横の瓦礫の下から声がした。


 なにかの衝撃で天井が落ちてきたのだろう。

 それを持ち上げてみると、あたしの電話を受けた秘書的な子がいた。


 瓦礫をどけ、引っ張り出す。


「……」

 右半身が酷い状態だったが、まだ息はあった。


 中より感じる気配から言って、生存者はこの子だけだろう。

 もっとも、すでに致命傷だが……



「うっ……わた、しは……」


 うつろな目を、開く。


 目の焦点はあっていない。だが、口は動く。


「どうした。なにがあった! あたしが電話した時に!」


 命の灯火が尽きようとしている。

 せめて、最後になにがあったのか伝えろ。


 このままではお前は無駄死にだぞっ!



「電話を、受け、ここに来て……」


 あたしの電話のことか。

 電話を受け、ここに来て、こうなった。


「そこまではあたしも知ってる。あんたは、なにを見た!」


「電話の時……」


 あの時なにが起きたのか、最後の力を振り絞り、彼女は語りはじめた。



 会場の中心に座る長老を囲み、床の上に描かれた陣の上で四十名の協力者が呪言を唱えている。

 陣の上に座り、声をあわせることにより、士力が使えぬものでも長老へ士力を送れる。


 長老はその送られた士力をまとめ、呪いの力として相手へ送る。


 そして、送られた相手は心を壊され、そして、肉体も死ぬ。

 心が壊れてゆく過程で、対象はもがき苦しみ、のたうち回る。


 もちろん、サムライでないただの人にその死因はわからない。


 知らぬものが診察した場合、心臓麻痺とでも診断されるだろう。



 それが、長老長壁の特性。『呪殺』の力。



「……」

 儀式がはじまり、少しの時間がたった。


 普通ならば、すでに相手の心を壊し終わり、目を見開いているはずである。



 しかし今回は、違った。



 目を瞑った長老は、苦しそうに眉をひそめた。

 歯を食いしばり、額には脂汗が浮かび、苦悶の表情を浮かべる。


 今までの呪殺の儀式とは、明らかに違う反応。


 それはまるで、呪いを逆に受けているかのようだった……



「うっ、ぐっ……! ぐうぅぅ」


 ついに長老は苦しそうに声をあげ、体をのけぞらせ天をあおいだ。



 ゴギンッ!!


 なにか、嫌な音が長老の首から漏れる。



 その音こそ、あたしが電話の先で聞いた最初の異音だった。



 まるで喉を握りつぶされたかのように黒い跡がつき、骨が折れたかのように長老の首がねじれ、頭が明後日の方をむいて背中側へ落ちた。



 しんっ。


 長老の異変に、周囲の者が唱えていた祝詞もなにもかもが止まった。

 音が止まり、全員の視線が長老のもとへ集まる。



 ごぼりっ。



 静まり返った会場に、嫌な音が響いた。

 水中から空気が出たかのような音。


 それが、長老のナカから響いた。



「ぐっ、うぐっ、ごぉぉ!」



 ごぼりっ。



 長老の中から、なにかが駆け上ってくる。


 首が背中の方へ落ちていた長老の頭が再びまっすぐとなりガタガタぐらぐらと頭が揺れる。

 長老は喉をかきむしり、体を痙攣させはじめた。


 喉が広がり、ソレは、長老のナカから現われた。



 長老の口から現われたのは、黒くてらてらと光る、ナニカ。



 暗闇の中、ろうそくの光に照らされたソレがなんなのかを理解するのに、部屋の中の者達は少しの時間が掛かった……



 それは、腕だった。


 ゆらりと動く五本の指が見え、肘くらいまで出ているようだ。



 その下では、アゴが外れんばかりに口を開いた長老がびくびくと痙攣している。

 その顔はすでに白目をむき、目や鼻からは、手を覆うてらてらとしたどす黒い液体が溢れはじめている。



「なに、これ……うそ。長老、様……? いや、こんなっ、なにがっ!?」


 この時やっと、秘書的な子が声をあげ、あたしに異常を知らせた。



 長老から現われたソレ。

 ソレが、この地獄を生み出す。



 場にいた誰もが事態を理解できず、長老の異変をただただ見ているしか出来ない。


 今、なにが起きているのか、まったく把握できないのだ。



 呪いが逆流してきた。

 呪いを、返された。


 それが理解できたのは、すべてが終わって冷静な第三者として考えられるあたしだからだろう……



「あっ、あ゛っ、ああ゛あああ゛あぁあ゛あぁぁぁ!!」


 長老の喉が震え、声にならない声が上がる。

 正確に言えば、長老が声をあげたわけではない。


 ナカからソレが動いたことにより、声に似た音が出ただけだ。



 長老の体がガクガクと痙攣しついに……



「おぼろろろろっ!」


 ぼんっ!



 長老から出た闇色の腕が爆ぜ、ソレは、喉から溢れた。



 口からまるで泥のように、ソレが吐き出される。



 闇色の泥。



 それが長老の口から噴水のように噴出し、口から吐き出されたそれは、形を変え最初に生まれた腕と同じ形をとった。

 溢れたソレは、樹木のように部屋へ部屋へと広がった空間へと枝葉を伸ばしてゆく。



 伸びた腕は天井へ、床へ、壁へ、まるでこの世界を侵食するかのように広がって行った。


「ぎゃあぁぁぁぁ!」

「うわあぁぁぁ!」

「たすっ、たっ……!」

 その手が侵食するのは、空間だけではなかった。


 この場にいた協力者達にも襲い掛かる。



 頭を掴まれる者、腹を貫かれ悲鳴を上げるもの。腕を、足を掴まれ、それでも抵抗しようとしたものは、自身の異変に悲鳴をあげる。



 逃げ場は、なかった。


 床も天井も壁も人もなにもかもを腕が掴み、破壊する。



 秘書はこの時、その身をつかまれる前に破壊された天井に潰された。

 それは幸運だったのか不幸だったのか。それはあたしにはわからない……



 一瞬にして広がったそれは、次々とモノを掴み、縮んで行く。


 彼女の意識は、そこで途切れたそうだ……



 ついに息をひきとった彼女を床に降ろし、あたしは改めて部屋の中央を見た。



 そうして完成したのが、コレか……



 そこには、座ったまま天を仰ぎ、喉から黒い腕の樹木を生やした長老の姿があった。


 その枝は、実をつけていた。

 そう。爆ぜて腕に掴まれた人間達が、熟れた実のようにぶら下がっている。



 その人だった者は、すでに人ではなかった。



 それらはすべての士力を吸われ、絶命している。


 吊るされた協力者達は例外なく、干からびたミイラのようになっていた。



 戦国時代。飢餓の時代。その極限の状況で起きた、死人が吊るされた樹木。

 死人の樹。


 それは過去の地獄絵図。



 その地獄が、この現世に再現されていたのだ……



 瓦礫に潰されて絶命するか。それともすべてを吸われて死ぬか。助からぬにしてもどちらが幸せか。あたしにはわからなかった。



 この士力を吸われ、絶命する有様。

 この光景に、あたしは見覚えがあった。



 豪腕自由同盟の壊滅。



 あの時士力を吸われ、死んだあの死士達にそっくりだったのだ。


 つまりこれは、呪いを受けた奴が、逆にやり返したという証。



 呪い返しをしただけでなく、その周囲にまで魔の手を広げるとは、並の奴には出来ない芸当。

 あの逆流は、奴の力が圧倒的だったからこそ起きた証。



 長老の体では受け止めきれず、あふれ出て起きた事象だ。


 四十名もの士力を受け止める長老だというのにもかかわらず、だ!


 いくら特性の力で繋がっていたとはいえ、何事もないように装いながら、ここまで規格外のことをやってのけるなんて。



 しかも……



 あたしは、知っている。


 奴は、呪いを受けていたその時、平然としていたことを。


 何事もない顔で、妹と買い物を続けていたことを!



 準備に準備を重ね、四十人もの補助をつけた呪殺を破ったというのも信じられないことなのに、奴は呪殺を受けながら一切の変化なく呪い返しまで実行した。



 なんて奴なの。

 そして、あたし達は奴のことをまだ過小評価していた!


 やはり奴は、その実力の底が見えない!



 なんでこんなタイミングでこんなバケモノが出てくるんだい。



 でも、ここであたし達の計画は止められない。


 奴という規格外が立ちはだかろうと、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないからだ。



 御前試合。



 サムライ達の名誉をかけた戦いの場。


 封印を守りし裏将軍が人々の前に顔を出すのは、この日、この時しかないからだ!



 この時を逃せば、また長い時代を待たなければならない。

 いくら不確定要素があるといっても、勝利が目前ならば捨ててはおけない。


 だが、目的を考えればヤツをわざわざ相手にする必要はない。

 相手にする必要はないが、相手がこちらに来る可能性はやはり捨て切れなかった。


 どうにかしてこの不確定要素を払拭できる、こちらの切り札があれば……



「じいさんっ!」


 残っていたもう一つの歪んだ入り口を勢いよく破壊し、一人の男が飛びこんできた。


 聞いての通り、長老の孫で、計画の要でもある死士の男だ。



 そして、変わり果てた長老の姿を見て、唖然とした表情で膝をつく。



「あっ、ああっ、あああ……」


 頭を抱え、長老の姿をじっと見ながら声にならない声をあげる。



「だから、言ったんだ。最初から、無理だって。勝てないって……」


 大樹の下で植木鉢の役目を果たす老人にすがりつき、涙さえ流しはじめた。



「やっぱり勝てない。勝てないんだよ……! あいつがいたら、絶対に勝てないんだ……!」



 大の男が、じいさんにすがりつきながらぶつぶつと小さく呟く。

 なんて情けない。


 計画に絶対必要だからって、こう表に出されちまうとおしくってしかたがないよ。


 今だから許すが、計画中には絶対出せないようもう一度教育しなければ。



 ぞわっ!



「っ!?」


 だが、そうして嘆き悲しむ男の士力が不気味なほどに跳ね上がった。


 泣き叫ぶその背中から、恐ろしいほどの士力が放たれている。



 今まででも十分バケモノだったというのに、さらにバケモノと化したのだ。



 長老が死に、絶望が増し、おかげでもう一段新しい扉を開いたというの!?



「はっ、はは……!」



 あたしは笑いが止まらなかった。



 想定外。予想外!


 だが、これでっ……!



 もう、不確定要素なんて関係ない!


 この子がいれば、これがあれば……!


 感謝するよ、片梨士。

 こいつに、圧倒的な絶望を与えてくれて!


 おかげで、とんでもない怪物が出来上がったっ!



「ははっ、あははははは!」



 老人の死骸にすがりつくメソメソ泣くその姿を見て、あたしは笑いが止まらなかった。



「絶対に、計画は成功するよっ! あたしの計画は、完璧になった!」



 あたしは確信し、拳を空へ突き上げた。




 いよいよ、御前試合の開催が迫る。




 おしまい

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