表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
54/88

第54話 忠犬サムライ


────




「な、なんですこりゃぁ……」


 現場を見た、若い刑事はあまりの凄惨さに、思わず口を覆った。


 殺人事件。

 捜査一課と呼ばれる殺人、強盗、暴行、傷害、誘拐などの凶悪犯罪の捜査をあつかう場所に配属され、覚悟はしていたが、まさか平和な日本でここまで凄惨な事件に出会うとは思っていなかったというような声である。


 それは、人通りの多い大通りから一本入った、あまり人の通らない路地で起きた。



 死体は二つ。脳天から真っ二つにされたのと、袈裟にきられた男達の死体がごろりと転がっていたのである。



 鋭い刃物によって成された現場であるが、それを実行するとなるとかなりの大きさの刃物。そう、刀レベルの長さがなければならない。

 だが、そんな長物を持ち歩けば目撃されるのは当然だが、周辺の聞きこみに走った所轄の警官からはそのような目撃証言は得られなかったと聞いた。


 それどころか、この状態ならば返り血をしっかり浴びているだろうが、その目撃情報さえなかったのだ。


 そもそも、今の時代に人を往来で真っ二つにできるなど、どんな存在なのだ。

 事故で上からガラスが落ちてきてその結果こうなったという方がまだ納得がいく。


 そんなありえそうにない現場だった。


 だが、そんな現実感のない現場だからこそ、新人の刑事は朝食を戻すこともなく冷静に現場を見ることが出来ていたとも言えた。


「おい、新人」

「あ、警部」


 一緒に来た上司の男が新人刑事に声をかけた。


「どうやらそこに監視カメラが仕掛けられていたようだ。確認できるか聞きに行くぞ」


「あ。はい」


 どうやらこの路地には表通りに軒を構える店の裏口があり、そこを映すカメラが設置されているようだ。

 幸運なことに、その撮影範囲は今回の現場までを映しており、時間をまき戻せば犯行の現場を確認できそうだった。


 ちなみにだが、通報したのは朝その裏口から店に入ろうとした店主であり、すなわち犯行時間は閉店後から今朝までの間ということになる。



「これはついてますね」

「……」


 新人が早期解決を望めると喜んだが、警部の方はどこか苦い顔をしていた。

 なにか、嫌な予感がする。といった感じである。


 店員に現場を見せるわけにもいかないので、操作法を聞き、刑事二人で確認を開始する。


 死体の映された映像を見ながら早送りで時間を戻す。



「あ、いま!」


「ああ。これが犯行時間か……」



 早送りで見ていた画面に動きがあった。

 血の海に沈んでいた二人が立ち上がり、後ろ歩きで画面外に消えていくのが確認されたからだ。


 あまりの速さになにが起きていたのかさっぱりわからなかった。

 慌ててストップし、通常再生に戻す。


 すると、手前の方から殺された男が二人、路地の方へ入ってきた。

 歩いてきた方向は、夜でも人通りがまばらにある大通りの方からである。


 二人は陽気に足をフラフラさせながら歩いている。

 どうやら、酔っ払っているようだ。


 なんの警戒もなく、二人は現場となった場所へと歩を進める。


「さて、犯人はどっちから……って、あれ?」


 二人が現場に来ても、犯人は大通りの方からも逆の方からも姿を見せなかった。


 このままでは、二人は現場をとお……



 ぶしゅっ!



「えっ?」

「おいおい」


 刑事二人が驚きの声をあげた。

 それも当然の話だ。


 監視カメラの中の男二人が、いきなり真っ二つになって地面に沈んだのだから。



 犯人の姿は、ない。



 斬られた二人さえ、自分が斬られたと認識していなかったように、体がずれる時も話をしているように見えた。

 それが、徐々に違和感を感じ、目を見開き、そのまま地面に落下する……


 それは、見えないなにかに切られたかのようだった。



「うぷっ……」

 そこそこ画質が良いのも災いした。

 新人刑事は思わず口をおさえ、視線を画面から外す。


「け、警部。これは一体……」


 犯行現場が撮影されたというのに、犯人がいない。

 こんなの、聞いたこともなかった。



「……どうやら、この事件。俺達の手にはおえないヤマのようだな」


 警部はやれやれと、帽子を目深にかぶった。


「それは、どういう……?」

 なにかを悟った警部に、新人の刑事が聞く。



「それはつまり、我々の事件ということだ」


 ばんっ! と、ドアが開き、三人の男女が入ってきた。


「誰だ!」

 新人刑事がいきなり入ってきた無法者に声をあげ、柔道の構えを取る。


「やめとけ、新人。この若いのの言うとおりだ。さっきも言っただろ。これは俺達の手にはおえないと。彼等はそれ専門の部署。通称、第0課だ」


「だい、ゼロか? なんですかそれか……?」


「俺も会うのは初めてだし、先輩から都市伝説のように聞かされただけだ。だが、彼等は今回のような俺達の手におえない事件を専門にあつかう、表向きは存在しない部署だ。だから、ゼロ。このヤマは、俺達普通の人間にはどうしようもない事件だってことだ」


「ですが……!」


「ですがもなにも、アンタ、そのカメラに映った犯人、見えないんだろ?」


 先頭にいた背の低い男。長居研太郎が停止された画面を指差した。

 ちなみに、もう二人は亜凛亜と天通心だ。


 彼等が何者なのか。もう説明しなくてもわかるだろう。



 第0課。それはサムライ衆の出張機関でもあった。



「見えるもなにも、そこにいないんじゃ見えるわけないでしょう! どうせ、この殺人も鋭い糸とか、そう、どこかの企業が開発した見えないほど細いワイヤーとかを使ったトリックがあるに決まっている! それを暴くのが俺達の仕事だ!」


「おいおい、そりゃ面白いが、探偵小説や漫画の読みすぎだぜ刑事さん。まぁ、見えないんだからしゃーないが、そこに犯人はしっかり映っている。だが、あんたらにゃ見えない。そんな犯人、どうやって捕まえるんだ?」


「ぐっ……でも、映ってないじゃないか!」


「やめておけ。俺達には見えないが、彼等には見える。その見えないなにかを捕まえるのが彼等の仕事だ。言ったろう。第0課は表向き存在しない。普通の人に見えないんだから、公表しても頭がおかしいと思われるだけなんだよ」

 警部が新人刑事の肩を掴んだ。


「さすがにおっさんはわかってるみたいだな。そういうことだ」



「え? そ、それって、幽霊……?」

 新人刑事がそれに思い当たり、ぶるるっと震えた。



「まぁ似たようなもんだ」

 長居が説明がめんどくさくなったのか、それでいいと投げた。



「そういうことだ。わかったら行くぞ」

「は、はい……」


 ぶるぶる震えながらきょろきょろとあたりを見回し、新人が警部の裾を掴みながらあとに続く。



「それじゃ、あとは任せました。絶対に、この犯人を捕まえる……でいいのかね。逮捕、お願いしますよ」


 ドアから出る時、警部が帽子を脱いで頭を下げた。

 たとえ幽霊であったとしても、殺しは殺しだ。刑事としては絶対に解決したい。


 それを譲るのだから、それを絶対に約束してもらわねばならなかった。


「もちろんさ。俺達が、絶対に捕まえる」

「はい!」


 長居と亜凛亜が力強くうなずく。



 ぱたん。

 刑事二人の姿が部屋から消える。



「さて。それじゃ調査をはじめるか」

「はい」

「……」


 三人の目に、士力が宿る。

 すると監視カメラの映像に変化が現われた。



 停止された監視カメラには、刀を振るう一人の男の姿が映し出されたのである。



 正確には、三人にはそう見えるようになったということだ。


 この犯人は幽霊でも妖怪でもない。立派な人間だ。

 ただ、『士力』という力が見えたり感じたり出来ない人には見えない特別な人間だった。



「……また、こいつか」



 笑いながら刀を振るう男の顔を見て、長居が苦々しい顔を浮かべた。


 それは、賞金も懸けられた無法を働く死士だった。


 主義も主張もなく、ただ気に入らないから殺す。相手をいたぶる。そんなことを繰り返す、数ある死士の中でも最低に値するただの屑だった。


 しかし、肩がぶつかったならまだいい方で、前髪が気に入らなかったや歩く音が不快だなどという理由で人を殺すため、その場当たり的な行動は読めない。


 しかも、その士力の発動は一瞬であり、人を殺した後はすぐその場から離れるため、士力を察知してやってきたとしても、今回のように間に合わないケースが相次いでいるのだ……


「派手に特性を使ってくれりゃその残り香も追えるんだがな。小ざかしいヤロウだ」

 一応別件で全国指名手配されているが、結果は芳しくはない。


「まだ近くにいるかもしれません。士力の残り香も少しは追えるかもしれませんから」


「そうだな」

「……」


 亜凛亜の提案に長居と天通はうなずくと、現場へむかった。

 すでにサムライ衆のサポート班が調査しているだろうが、士力を追うということは、サムライである彼女達の方が専門である。


 士力を纏い、刀を振るう場合、ただの人にそれを見て感じることは出来ない。

 だが、士力を纏えば他のサムライには察せられる。


 今回のようにほんの少しの時間士力を纏い、刀を振るったのなら、その場に残る士力の量はほとんどない。

 特性を派手に使った時などと違い、それを追うのはとても難しいだろう。


 サムライと戦う気概はないくせに、そんなことだけは長けているのだ。

 だから長居も、小ざかしいといったのである。


 それでも追える可能性はゼロではないから、彼等は現場にむかい、残された士力を感じようとしているのである。



 ちなみにだが、サムライにも完全に察知されず、士力を纏いながら自由に動けたのは、『見えず』の八代くらいである。




──片梨彼方──




 放課後。



「お、片梨妹か」

「……」(ぺこりと頭を下げた)


 学校からサムライ衆の支部。劇団サムライとしても使われているいつもの稽古場へむかおうと歩いていると、第九刀こと長居研太郎さんと天通心さんとばったり顔をあわせました。


 兄さんとの一件があり少々気まずかったですが、あのあと第九刀には素直に頭を下げられ、「お前の兄貴、すげぇな!」とお褒めの言葉を預かりました。

 それで、次はいつ来るとしつこいので、無視しました。


 それでも私を見ると、こうして声をかけてくるんです。


 第一刀といい、兄さんは見世物じゃないんですよ! あなた達のことなんて眼中にないんです。



 ちなみに、片梨妹というのは失礼な呼び方に聞こえますが、私の場合むしろ兄さんの妹という主張がたいへん強調されて周囲に伝わるので、第九刀ナイス! と思っていたりします。

 もちろん、このナイスは私だけの秘密です。



 それはさておき。



「なぜ、お二人がここに?」


 さすがに名刀十選ともなれば、暇ではありません。そんなに頻繁にここに来ているような暇もないはずですが……



「ひょっとして、デートですか?」


 男女が二人で歩いているとなれば、そう想像してしまうのが女の子のツトメ。

 しかも私は恋に恋しておかしくないお年頃ですから、そんなことをずけずけと言っても許されるはずです!



「んなわけあるか。仕事だ。サムライの」



 一蹴されてしまいました。

 呆れ顔つきです。動揺の欠片もありません。


 第九刀の後ろでは天通さんが不満そうに頬をぷくっと膨らませていました。

 仕事だから否定は仕方ないとはいえ、こうもはっきり否定されたのが気に入らなかったんですね。


 せめて即答でなく、意識位して欲しかった。と。


 身長高くてスタイル良くてちょっと地味目で物静かですけど、こういうのも絵になる人です。

 その気持ち、わかります。


 気になる人には意識して欲しいものですから。



 確かこの二人、幼馴染だと聞いた覚えがあります。

 小学校で出会い、中学で離れ、高校が同じで天通さんを助けるため、第九刀がサムライに目覚めたとか。


 そりゃあそうもなります。

 なのに気づかないなんて、まったく男子はダメダメですね。



「あん? 大げさにため息なんてついて、なんだ?」



「いえ。なんでもありません。ともかく……」


 こほん。と咳払いをして話を戻します。



「仕事ということは、死士が出たんですね?」


「ああ。第0課預かりの事件だ。だから、刀を抜いて特性を引き抜いたとはいえ、見習いあつかいのお前にゃ声はかからねーぞ」


 むう。不満が顔に出てましたか。

 なぜこの地にいる私に知らされないのか。うっかり思ってしまいました。


 第0課。もちろん説明を受け、知っています。

 士力の見えない人達にかわって、士力によって引き起こされ、人々に知られることとなった怪奇な事件を解決する、サムライ衆の出先機関。


 主に死士が引き起こした凶悪事件をあつかい、ただの人では対処も出来ない事件を解決する。

 その際、お巡りさんと同じことをするわけですから、子供にしか見えないサムライに声がかからないのは当然ですね。



「今、亜凛亜もふくめた三人で捜索中だ。俺達の手であまるようなら、他の奴等にも声がかかるだろうが、今追ってるのはそこまでの相手でもないしな。そうだ。せっかくだし、手伝ってみるか? いい経験にもなるし、ピンチになったら俺が守ってででで……っ!」


 第九刀が調子に乗ったところで、背中を天通さんにつねられました。


「第0課は刑事のかわりだから、中学生をまきこむなって? なんだよ。亜凛亜並に硬いな。俺が守ればでででっ!」


 もう一度同じことを言おうとして、さらにつねられたようです。

 会話しているみたいなので、天通さんの伝心が発動しているようですね。

 女の子を前に、軽々しく守るとか言うものじゃないもんです。乙女心がホントわからない人です。


 つねる気持ち、わかります。天通さん。



 それはともかく。



「せっかくの申し出、ありがたいとは思いますが、その犯人は、このあたりに逃げこんだということですよね?」


「ああ。その通りだ。今は士力も纏わず逃げている。だから、周辺の監視カメラを従者や技術職の奴等がしらみつぶしに探している最中だ。俺達の方は、カメラのないところを見回って網を狭めているところだ」


 そういう意味では確かに、人手が欲しいところですよね。


 でも……



「このあたりに逃げこんだというのなら、私がわざわざ手伝うまでもありません」


「あん? なんでだ?」



「なぜなら、この街には兄さんが居るからです。犯人も愚かな選択をしたものです。大罪を犯し、この街に入ればどうなるか。過去の未遂事件を省みれば簡単に予想はつくはずなのに」


 もっとも、知らないのも仕方のないことですが。


 この街はとても平和です。

 なぜなら、凶悪な事件が起きようとしても、起きずに未遂で終わってしまうから。


 未遂で終わったのなら、犯罪は最初から起こらなかったということ。

 事件が起きないということは、ニュースの話題にすらあがりません。


 平和な街というのは、外から見れば、注目する点がない街ということにもなります。


 だから、今まで兄さんも注目されなかった……



「……つまり、お前の兄貴がなんとかしちまうってことか?」


「はい。と断言したいところですが、きっと証拠は出てきません。いつも通り、なにか偶発的な事故のようなことが起こり、犯人だけが逮捕されることになるでしょう」



 今回はサムライ衆が注目していますから、いつも通りのやり方とはいかないかもしれませんが。


 いずれにせよ、被害が増える前にどうにかしちゃうのが兄さんです。



「だから、私が手伝うまでもないということです」



「そこまで言われたら、俺もマジになるしかないようだな!」


 第九刀がにやりと笑い、ぽきぽきと指を鳴らしました。

 この人意外に負けず嫌いですよね。


 いや、サムライ全体がそうなのかもしれませんけど。


「俺達が先にそいつを捕らえるか。それとも片梨兄がどうにかするのが先か。負けねぇぞ!」

「……」(うなずいた)


「ご随意にどうぞ」

 私に言われてもどうしようもありませんが、かまいません。

 だって、結果は見えてますから。


 第九刀。いや、サムライ衆より先に、誰かがその死士を捕まえられる状態にしてしまうでしょうからね。


 私と第九刀は顔を見合わせ、にやりと笑いあいました。


 視線が近いので、首が疲れなくて助かります。

 下手すると、私の方が身長高い……?


 二人は、私に背をむけ歩き出しました。

 去る時、天通さんが一度こちらにぺこりと頭を下げて行ったのが印象的でした。


 今度天通さんに会ったら、連絡先交換出来るか聞いてみましょう。



 さて、第0課預かりの凶悪事件はもう解決したも同然。

 私が慌ててする必要のあることはないと言ってもいいでしょう。


 なら、私は私のやることをやる。


 その、人に知られることもなく事件を解決してしまうヒーローの背中に追いつくための努力を!



 私は当初の予定通り、サムライ衆の稽古場がある支部へ歩きはじめました。



 この一歩で、亜凛亜さんの背中に一歩追いつきます。

 そして兄さんの背中にも!



 そう考えると、この一歩一歩はまったく苦ではありません。


 私は今、人生の中で一番楽しい時間を過ごしているかもしれません。



 やっぱり私は、この世界に入って、本当によかった!




──神崎──




 俺は、選ばれた男だ。

 士力という力を手に入れ、ただの人間には知覚もされない存在へと昇華した。


 神と呼ばれる存在は凡人には見えない。

 神霊とは神聖であり、最高の存在だから屑には見えない。選ばれた清らかな物にしか見えない。


 だから俺は、清らかであり神にも等しい存在になった!


 士力を使える俺は、俺達は、人を超えた上位存在という証なのだ!


 今の俺は、最高にして無敵!


 俺に比べれば、ただの人間はもはや獣も同じ。

 犬や猫も人間も、すべて等しく下賎な存在なのだ!


 すべては俺に劣る。だから、俺はこいつ等を自由にしていい!



 だから、俺に不敬を働いたヤツをぶっ殺す。

 さっきも俺をちらりと見てケタケタ笑った二人組みをぶっ殺してやった。


 刀を抜き、一刀両断。


 あいつらどっちもその瞬間斬られたなんて理解も出来ていなかったぜ。


 体が半分になって、その状態の互いを見て初めて驚いて、そのまま死んでいった。



 最高だった。



 ……だってのに。



 ふらりと足をとめた駅の掲示板に、俺の写真があるのを見つけた。

 全国指名手配を示すチラシ。


 誰だか知らないが、なにもしていない俺をどうでもいい罪で訴えようとしている!


 不当どころか不敬罪としてぶっ殺すぞ!



 せっかく高揚した気分が台無しになった。

 目を凝らすと、その張り紙には士力で見ると別の文言が浮かぶように鳴っていることに気づいた。


 見れば、俺がこれまでぶっ殺してきた奴等の名前があり、殺人の罪ということと、賞金まで懸けられているのがわかった。


 ちっ。クソみてぇな文言だ。

 なんだよサムライって。


 お前達はなんで人間を超える力を得たってのに、このどうでもいい人間達を守って生活してやがるんだ。

 俺達が力をあわせれば、こんな奴等一掃して俺達の国を作れるってのに、なんでしない!


 勝手に俺達を管理し、下賎な人間社会のルールの歯車になりやがって。


 俺は違うぞ。


 俺を管理しようとしても無駄だ。


 俺は、人間を超えた存在だからな!

 お前達のルールに当てはまるわけがない。


 だから、俺は奴等に属せず好きに生きる。



 そういうのを、あいつらは死士っていうんだとよ。

 志なんてどうでもいいがな。


 くっそ気にいらねぇだけだ。



 イライラする。

 あぁホントイライラする。



 駅から離れ、川べりの土手を歩く。



 そうしたら、川原で犬とフリスビーで戯れるガキがいるのが見えた。


 高校生くらいか。

 犬と楽しそうにしている。



 かっちーん。



 俺の気に入らないゲージがマックスになった。


 誰だか知らねぇがこいつ殺す。



 罪は俺より楽しそう罪だ!



 気に入らないから殺す。

 それは人間を超えた俺に与えられた当然の権利なんだよ!




────




 神埼がそこに到着する少し前。



「わふっ?」


 茂みの中、それは気づいた。


 ぴくりと三角形の耳を頭の上に立て、その足音を聞き取った。


 茂みの中から鼻を空に突き出し、くんくんとその匂いを嗅ぐ。


 風上から流れてきたそれに、彼はぴょこんと尻尾を立てた。



 それはまるで、待ち人が来た。というような雰囲気であった……!




──ツカサ──




 放課後。

 俺はいつもどおり学校からの家路を歩いている。


 歩いている場所は、帰り道である川べりにある土手の道だ。

 そんなに田舎というわけでもないのに、相変わらずこの道は人通りが少ない。


 すれ違う人もほとんどいないと言ってもいい。


 だからこそ、うっかりここで恥ずかしい言葉を言ってしまった過去があるわけだけど。


 今回もちょっぴり気分が乗ったら……



 がさがさっ!



「っ!」


 ……口が勝手に動く直前、茂みでなにかが動く音が聞こえ、俺の口は思わず閉じた。


 危うく口を開きそうになったのにほっとしながら、俺はその茂みに視線を向ける。


 ここは、川べりの土手。

 その道をはずれ、洪水防止の土手を降りた先には川原があり、いろんな草が生えた茂みが青々と生い茂っている。

 

 その茂みから音が……



 がさがさっ!


 その茂みが勢いよく揺れた。



 やっぱりさっきの気のせいじゃなかった。

 なにかが茂みの中で草を掻き分けこちらにむかってきている!



 ぼさっ!


 茂みの中からなにかが飛び出した。



「わん、わんっ!」

 それは、犬だった。


 ラフコリーと呼ばれる犬種の大型犬だ。

 足が長く、たっぷりとした長さの毛を持つ、体長五十センチごえの大きな犬だった。


 名犬ラッシーと例えればイメージしやすいんじゃなかろうか。



「はっはっはっ!」


 そんな綺麗な毛並みをした犬が、尻尾をブンブンと振り回しながら俺の方へ突撃してくるのがわかった。

 そんなに興奮して、そこに飼い主がいるかのようだ。


 思わず振り返っちまったが、俺の後ろや周りに俺以外の人はいない。


 この犬は、明らかに俺にむかって突撃してきていた。


「Oh」


 アメリカンな発音が見事に出た。

 体長五十センチと言えば小さく感じるかもしれないが、二十五キロくらいの塊と言えばその突撃の衝撃がどれほど恐ろしいものか理解してもらえると思う。 


 やべえ。にげないと。と思ったけど、すでに遅かった。

 こんなでかい犬に突撃をされたら、いくら俺が健康的な男児だったとしてもその被害は計り知れない。



「わおーんっ!」



 思わず両手を顔の前でクロスさせ、突撃に備えた。


「……」



「わんっ、わんっ!」


 だが、衝撃は来ない。



「はっはっはっ!」


 でも、周りからさっきのお犬様の声だけは聞こえる。


 恐る恐ると顔を出してみると、そいつは俺の周りを走り回り、時には前脚を持ち上げぴょんぴょんと嬉し楽しそうにくるくる跳ね回っていた。



「お、おう?」


 俺、困惑。

 あのまま突撃体当たりされるかと思ったけど、そうではなくこいつは尻尾をブンブン振り回して、とても嬉しそうに舌までだしている。



「はっはっはっはっはっ」


 さらに俺の前でごろりと転がり、腹まで見せた。


 まるで飼い主に遊ぼうと言っているかのようだ。



 でも、俺はこんな子の飼い主になった覚えはまったくない。

 全然欠片も知らない子だ。


 腹を出してごろごろするわんこ。

 目の前には、撫でてと言わんばかりにさらされたその純白の腹毛。


 首の周りにはライオンのたてがみかと思うような力強さを思わせるブラウンの毛がわさわさしている。


 それが夕日の光を反射し、薄く金色に輝いているのかと錯覚するほどのキューティクルさを持ち、乙女の髪のような艶やかさをかもし出しているように見えた。


 神々しいほどに美しい毛並みを持った四足の獣。


 それが、俺の前に存在しているっ!!



 ごっくりん。



 心の中で喉がなった。

 なんだこのモフモフした毛並み。


 かつて学校に来ていたあの猫並。いや、それ以上の撫で心地に違いない!


 俺にはわかる!



 最近学校に姿を見せていたあの猫も来なくなって久しいから、俺の中のモフ欲はたまりにたまっている。



 だから、目の前で撫でてと言わんばかりに転がったわんこがいたら、そうなってもしかたがない!

 そう、しかたがないのだ!



 もふっ。

「わっふ?」



 触った。触ってしまった。

 わんこはびっくりしたのか体をよじり、俺の手から逃げようとする。


 残念だったな。わんこ。

 お前はもう、俺の手から逃げられない!



 よーしよしよしよしよし。

 よーしよしよしよしよし!


 俺は逃げようと体をよじったそれを阻止するように、その毛を撫で回した!


 むしろ体をよじればよじるほど、阻止のついでにその体の隅々を撫で回す!



「わふっ!? わふわふわっわふーっ!?」


 わんこが驚きの声をあげる。


 そんなのおかまいなしに、俺は腹を、背中を、尻尾を、首を、喉を、頭を!



 撫で回す!!



 す、すごいぞ。凄いぞ君!

 今までモフモフしてきた中でも屈指の撫で心地だ!



 すばらしい。すばらしいぞ!


 こんな子が野にいたなんて……と思ったら、首に首輪があった。



 なるほどなるほど。それも納得だ。

 だからこそこの毛並み。素材のよさもさることながら、しっかりと手入れされた結果がこれというわけだ。


 この最高の素材をさらに最高にする。きっと一流のテイマーに手入れされたのは間違いない。



 つまり、これからの人生二度出会えるかわからないということだな!


 一期一会。今出会ったのだから、一生分堪能しておけという天の啓示!



 俺は天命を感じ、その指先に全神経を集中させた。



 この一瞬の時間を、無駄にしないために……!



 モフモフ。

 モフモフモーフモフ!



「わふわふぅ……」


 わんこの目が、とろーんとしている。


 ふふっ。そんなに俺のナデナデがいいのかね。

 あの猫は俺のテクニックには落ちなかったが、君は違うようだな。



「……ん?」


 撫で回し、気持ちよさそうに悶えるわんこを見て、俺はなぜだかデジャヴを覚えた。


 俺、この子を知ってる気がする。


 でも、こんな素敵な毛並みをしたわんこ、俺は知らない。

 ここまですんばらしい毛並みなんだから、一度見れば絶対に忘れないはずだ。


 ちらりと見ただけでも、なにがなんでも撫でたかったと、間違いなく記憶に残るはずだ。


 だから、俺はこのわんこ絶対に知らない。

 なのに、知ってる!


 この子知ってる!


 なんでかなー。と思いつつも、俺は撫でる手をとめない。



 わしゃわしゃとしながら、わんこの両頬を挟みこむようにして撫でる。

 すると、わんこが嬉しそうに目を細めた。



 あっ!



 この瞬間俺はなにかがひらめき、わんこの頭の毛を一方に集め、おでこの前に回した。


 人間で言えばいわゆるリーゼント。

 これを軽く犬の頭で再現した直後、このわんことある男の姿が明確に重なった!!



「お前、ひょっとしてマックスか!? マックスなのか!?」


「わんっ! ……わんっ?」


 元気よく返事したのち、わんこは不思議そうに頭を捻った。

 どうやら返事をした自分でも最初の返事はよくわかっていないようだ。


 でも、俺はそれで確信する。



 このわんこは、この世界のマックスだと!



 マックスが何者か。というのは今さら説明する気はない。思い出せってヤツだ。



 というかマックス。お前こっちじゃ犬だったんか!

 確かにイノグランドじゃ犬っぽいイメージあったけど、リアル犬になるなんて驚きだよ。いや、ここだと元々犬で、イノグランドのが違うのか。


 まあ、俺もカナブンだったりトンボだったりミミズだったりする世界もあるから、マックスが犬でいても全然不思議じゃないんだけど。


 でも、亜凛亜さん普通に人間でいたから、てっきりお前も人間してるもんだと思ってたよ。まさかこんなパターンもあるなんてな。


 ここでこうしてあったのも、なにかの縁かもしれないな。



「わふっ?」



 犬マックスの顔をしみじみ見ていると、わんこはなにしてるの? と首を捻った。


 ははっ。悪い悪い。

 俺の感傷なんて、この世界に生きるお前にはまったく関係ないことだよな。



「そうだ。せっかくだし、少し遊んでいくか?」


「っ! わんわんわんっ!」


 俺の言葉がわかるのか、マックスは大興奮だった。

 嬉しそうに尻尾をパタパタと振り回して大きな図体でごろごろ転がりまわる。


 こら、余り動くな。うっかり踏みそうで転びそうになるじゃないか。


「わんわん、わんわんわ!」


 うーん。なに言ってるかさっぱりわからん。


 ああ、ここにオーマがいれば、お前とも話が出来たかもしれないのにな。ないものねだりだから仕方ないけど。


 といっても、お犬様だから、オーマ持っていたとしても言葉わからないかもしれないけどな。

 人間と同じくらいの知性がないと無理みたいだから。あれって。



 ひとまず、頭を撫でる。

 さーてと、なにして遊ぼうかね。


 川原を一緒に走るとか?



「おっ」

 どうすべかと川原の方に視線を移すと、あるものを見つけた。



「芝生にフリスビー落ちてんじゃん。せっかくだから、あれで遊ぶか」


「わんっ!」


 マックスが飛び出してきた茂みだけではなく、川原には運動も出来る芝生の敷かれた場所もある。


 そこに、フリスビーが落ちているのが見えたのだ。



 これなら、俺が走らずともマックスと遊んでやれる。



 言った直後、マックスはそのフリスビーにむかって走り出した。


 どひゅん。という音が聞こえるんじゃないかと思うほどのロケットスタートだった。



 俺もマックスを追って土手を降りるが、そこに降りるのとほぼ同時に、マックスはフリスビーをくわえて俺の足元に戻ってきていた。


 はっええ。

 どのくらいの距離あったかはよくわからないけど、すっげぇはええというのだけはわかる。


「はっはっはっはっ!」


 喜んでそれを俺に差し出すマックス。

 俺はそれを受け取り、頭を撫でてやってからフリスビーを思いっきり投げた!


 しゅぱっ! といい音を立て、フリスビーが飛んだ。



 おおー。我ながら上手く飛ばせたもんだと思う。



 直後マックスがそれを追いかけ、空中で見事キャッチする。



 うおぉ!?

 すげぇ。絵に描いたようなフリスビーキャッチだ。


 かなり特訓しなきゃ出来ないことなんじゃないか?


 すっげぇなお前。

 思わず拍手しちまったい。



 フリスビーをくわえたマックスはうっきうきで俺の元に戻ってきた。


 褒めて褒めてー。というオーラが全身から出ている。



 俺はフリスビーを受け取り、そのご褒美としてまたその首から頭を撫で回してやった。



 よーしよしよしよしよし!

 いい子だいい子だ。


 マックスは目を細め、俺のモフモフを堪能しているように見えた。


 くくっ。どうやらお前は完全に俺のモフりの虜になったようだな!



 これで餌を与えるでなく、俺のモフりそのものが交渉材料となった。

 撫でられるために俺のいうことを聞く。最高の状態じゃないかね!


 俺が撫でて俺が嬉しい。マックスが撫でられてマックスも嬉しい。

 完璧な供給関係じゃないかね!


「さあ、もっと撫でて欲しいか?」


「わん!」



「なら次は、ちょっと難しく行くぞ!」


「わんっ!」



 俺は気合をいれ、フリスビーを思い切り振りかぶり、投げ……


 つるりっ!!


 ……るのに失敗した。



 すべってフリスビーがすっぽ抜け、面が地面と水平になるでなく垂直となりそのまま茂みの方へとすっ飛んでいってしまった。


「わんっ!」

 だがマックスは俺のミスなど関係なく、茂みにむかって勢いよくかけこんでゆく。


 飛んだフリスビーも茂みに落ち、どちらの姿もまったく見えなくなってしまった。


 あっちゃー。やってしまった。



 どうしよう。俺もフリスビー探しにいった方がいいのだろうか。

 それとも、マックスが見つけてくるのを待っていればいいのだろうか?


 うーん、どうしよう。


 悩んでみたが、どうせマックスが見つけたら俺の元にやってくるだろうから、俺もそれを探しに行って問題ないと結論づけた。


 いくら拾ったものだからといって、茂みに放置というのはさすがに気分が悪いし。



 やれやれと、俺も茂みに入っていくことにした。



 さて、こっちの方に飛んで行ったよなー。




──マックス──




 わんわんわん。


 わんわんわおーん。


 わんわんわわ?


 わんわわわんわわんわん。



 わおーんわんわんわんわんお。



 わん。


 わん?


 わーんわん。


 わんっ!!



 むふーっ!




──神崎──




 狙うと決めたガキの方が、フリスビーを投げるの失敗して茂みの方へぶん投げた。


 犬がそこにとびこみ、ガキも一緒に入っていく。



 くくっ。なんて好都合。


 犯行の瞬間は、ただの人間に見られることは絶対ないが、死体の方は違う。

 例えサムライがやってきても、死体が見つからなきゃ俺は探せねえ。


 ああした自分から隠すのに都合のいい場所へ入って行ってくれるんだから、なんて出来たガキなんだ。


 まさに、俺に殺されるためそこにいるようなもんじゃないか。



 この腰の高さまである茂みなら、なかなか見つからないだろう。下手すりゃ白骨化だな。ざまーみろ!



 俺は士力を纏い、茂みをかきわけフリスビーを探すガキの方へむかった。


 当然だが、ただのガキに俺を見つけるすべはない。



 近づく俺に気づいた様子もなく、あっちかこっちかと茂みをかきわけフリスビーを探している。



「うわっぷっ!」


 転びやがった。どんくせぇ。



 なら、一気に距離を詰めて、そのまま真っ二つにしてから細切れにしてやるよ!



 あと五メートル。ひとっとびといったところで、足元にこつんと当たったのに気づいた。


 なんだ? と思い、見おろしてみるとそれはさっきガキが投げたフリスビーだった。



 はっ。あいつ全然明後日の方探してるじゃねえか。



 俺は優しいからな。こいつはけり砕いておいてやるよ。

 たとえ化けて出たとしても、フリスビーは見つからない。お前は永遠に彷徨うってわけだ。いい気味じゃないか!


 にたりと笑い、俺は足を持ち上げる。


 さあ。まずはこいつか……



「ぐるるるるるっ!」


「ら……っ!?」



 背に、殺気を感じた。

 慌てて振り返る。


 そこには、俺にむかって威嚇するよう喉を鳴らす犬がいた。



 なんだ、犬畜生か……って、いや、おかしい。


 違和感を感じ、俺は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。



 俺は今、士力を纏っている。



 それ、すなわち、俺を知覚できるものは同じサムライしかいないってことだ。


 なのに、犬は俺にむかって威嚇の声をあげている……



 いや、待て。

 ひょっとすると、俺の後ろに。と、また振り返るが、もちろん誰もいなかった。



 この犬、マジで俺を見ているのか!?



「がるるるるっ!」


 俺にむかい、犬が飛びかかってきた!


 こいつ、マジだ!


 フリスビーを狙ったからか? それとも、あのガキを狙ったからか!?

 そんなこと考えてる暇はねぇ!



 俺はとっさに刀を抜いた。


 そして、くわっと開いたその口めがけ、刀を振る。

 腐っても俺はサムライ。

 とっさに反応できた!


 これで、犬の体は真っ二つ。勝った!



 ばっきぃん!



 え?


 その音は、刃が砕けた音だった。


 犬の牙が、俺の刃を、魂を、易々とへし折った音だ。



 うそだろ……?



 俺は目の前で起きている光景が信じられなかった。


 犬畜生が、俺の姿を見て、俺の刀をその牙で噛み砕いた。

 それって。


 それって!!



 この犬が、士力を見えるだけじゃなく、士力もあつかえるってことか!?



 ありえない。

 獣は感覚が鋭いから、士力を纏った俺の姿が見えたというのはまだありえた。


 だが……



 だがっ!



 俺よりこの犬の方が強固な意志と魂を持っていて、人間を超えた俺様が、こんな犬畜生に劣るなんてありえない!


 絶対にありえない!

 ありえちゃいけないんだ!


 だってそうだろう。俺は選ばれた人間。

 人間を超えた人間!


 だってのに、なんでそれ以下の獣風情が……!



 俺の混乱など知ったことではないそいつは、茂みの中にすたりと着地し、反転。


 そのまま士力を纏ったその体が、弾丸のように加速。



 かわせない俺の腹に、突き刺さった……



「かっ、はっ……!」



 それは、俺の腹が背中から飛び出したんじゃないかと思うほどの衝撃だった。




 ──神崎は、知らなかった。


 士力とは、すべての生命。いや、無生物さえ持つ、魂の力であることを。

 人以外の生物でも、士力に目覚めることがあることを。


 そして、異世界の彼は、サムライに認められ弟子に勧誘されたほどの才能の持ち主であったこと。


 むしろ、長く生きた獣の方が士力に目覚めやすいということを。



 神崎は、知らない──




 その圧倒的な攻撃力を前に、俺は昼飯を宙に撒き散らしながら、暗い闇の底へ意識を手放す……


 ゆっくりと消え行く意識の中、俺の耳に、あのガキの声だけが静かにはっきりと入ってきた。



「丁寧に目覚めさせた価値はあったな」


「っ!?」


 俺は、信じられないことを耳にした。



 目覚めさせた。というのはどういう意味だ?



 まさかっ、まさかっ!



 それってつまり、あの犬はさっきまでただの犬だったということか!?


 だが、それならある種納得がいく。

 今の今まで、俺が危険だと思わなかったことも!


 ヤツは犬とただ戯れていたのではなく、犬をサムライに目覚めさせていたってのか……!?



 ありえ、ない……

 そんなの、俺、知らない……



 だが、それが本当だとすれば……!



 獣にさえ叡智を与える。

 それが実現できるなら……


 俺は、なんてヤツの命を狙っちまったんだ。



 自分の身の程知らずを思い知り、心が完全に折れたのを感じながら、闇の中に俺の意識は沈む……



 がくり。




──マックス──




 ガウガウガウ。ガウガウガウガウガガガーウ!


 がおー!




 ふんすっ!




──ツカサ──




 あいててて。

 茂みでフリスビー探してたらスッ転んでしまった。


 しばらく痛みにのたうちまわって立ち上がると、フリスビーをくわえてぴょんこぴょんこと跳ねるマックスがいた。



 オオゥ。



 おれっちが入らずとも、そんなに簡単に見つけてんのかよ。

 俺転び損かよ。


 でもまあ、無事見つかってよかった。

 ホントの持ち主の人が探しにきたらがっかりさせちゃうところだもんな。


 さっすがマックスの同一存在。イノグランド同様頼りになるぜ。


 フリスビーに執着するほど、モフっておいてよかったな。



「丁寧に目覚めさせた価値はあったな」


 思わず自画自賛してしまった。


 いや、そもそも俺が投げるの失敗しなかったらこんな心配や転ぶこともなかったんだけどさ。

 まあ、それはそれってことで。



 俺が茂みから出ると、フリスビーをくわえたマックスが近寄ってきた。



「ありがとな」


 俺はマックスからフリスビーを受けとり、改めてマックスをモフりまわした。


 モフってモフってモフりまわした!



 犬マックス嬉しい。

 俺も嬉しい。


 まさにウィンウィンの関係ってヤツだ!



 気づくと、帰宅時間も迫っていた。


 おおっといけない。これ以上マックスと遊んでいたら夕飯に間に合わず怒られちまう。

 フリスビーを元の場所に戻して。


 さて、問題はこっちのわんこマックスか。

 どうすべ……


 首輪がついているということは、飼い主がいるんだろうから、つれて帰るわけにもいかないし。

 だからといって、ここに放置していくのもなんだかなー。って気分だ。


「つーか、お前ひょっとして迷子なのか?」


 と、質問してみたが、マックスの方は曇りなき眼で俺を見て、もっと撫でてと頭をぐりぐり押し当ててきた。

 いや、違う。そうじゃない。


 モフられること以外無視しないで。



 しかたないのでもう一回モフった。



 そして気づいた。

 首輪のところに、ちゃんと飼い主の住所が書いてあったことに!


 そこは、ここから結構近いところだったが、俺の帰り道からは外れた場所あった。

 まあ、送っていっても夕飯ギリギリ間に合うかってくらいだから、送って行くとしようか。



「マックス。悪いな。お前は帰るべきところがある。そこまで送ってやるから、ちゃんと帰るんだぞ」


「くぅーん」

 別れになるということが理解できたのか、寂しそうな声をあげた。


 くっ、このまま持ち帰ってうちの子にしてやりたい!


 でも、いくらマックスの同一存在といっても、飼い犬を勝手にもって帰るわけにはいかない。


 それは俺の撫でリストとしての矜持に関わる!


 野良は野良に。飼い主のもとには飼い主のもとに。


 勝手に自分のものにはしない。

 それがマイルール!



 なので泣く泣く、マックスをその住所のもとへ送った。

 いいかマックス。きっと飼い主はお前のことを待っている。


 これだけ素敵な毛並みを維持してくれる人だ。待ってなきゃ、探してなきゃおかしい。


 だから、帰らなきゃダメなんだ。



「くぅーん」



 俺は心を鬼にし、その家の入り口めがけマックスを放った。


 俺はそのまま、背をむけ歩き出す。



 マックスも何度か名残惜しそうに俺の方を振り返っていたようだが、とぼとぼと自分の家に帰って行ったようだ。



 大丈夫さマックス。


 これは今生の別れじゃない。

 あの川原に来れば、またきっと会えるさ。


 その時はまた、モフってやるからな!



「わんっ!」



 俺の心の声が聞こえたのか、飼い主と再会したマックスが俺の方に挨拶をしたような気がした。


 飼い主と思われる女の子の喜びの声も聞こえてくる。



 それを聞きながら、俺は家路につくのだった。



 なんだか、今日の夕日はしょっぱい味がするもんだぜ。




──亜凛亜──




 夕方、川原での士力発動を感じ取った私達はそこに急行。そこで、自分で撒き散らした吐しゃ物の上で気絶している神崎を確保した。


 刀は折られ、戦う気力はおろか心も完全に折られ、サムライとして再起不能となっていた。


 弱点をつかれたわけでもないのに再起不能となっているのはとても珍しいことだ。

 よほど絶望的なことがなければこうもならないだろう。


 一体彼は、ここでどんな経験をしたのだろうか……?



「畜生っ! やっぱあいつはすげぇぇ!!」


 そして同時に、長居さんがもの凄く悔しがっている。


 一体なにがあったのか。

 天通さんからの伝心テレパシーを聞けば、どうやら長居さんは探索中彼方ちゃんと出会い、士君がこの一件を解決するだろうと挑発されたんだそうで。


 それで、これを行ったのは士君だと思いこんでいて、張り合うつもりだったけど、また相手にもされなかったと悔しがっていると。


 確かに、前に士君の身辺を調べた時、この街では未遂で終わった凶悪事件がいくつかありました。

 今回の神埼確保も、その流れに酷似しています。


 あれらがやはり士君の仕業なら、今回のこれも、士君の仕業だと考えるのも当然と言えるでしょう。



 ただ、今回、神崎を倒したのは士君ではありませんよ。長居さん。


 今回の功労者。それは、士力に目覚めた犬のようですから。



 それを伝えられたら、目玉が飛び出さんくらいに驚いていました。


 そんなありえないってレベルで。



 今回、この場で感知された士力は二種類。



 一つは再起不能となった神崎のモノ。


 もう一つは、神崎を倒した者の。



 私も場所柄(ここは最初士君を見た場所)、士君の士力がついに! と思いましたが、よくよく現場を調べてみると違うことに気づきました。


 現場に残された痕跡から、神埼と戦ったのは四足の獣であり、その士力の残り香から、ある家の飼い犬であることがはっきりしたからです。


 士力は万物に秘められた世界の根源ですから、犬だろうと猫だろうとその身の内に士力を秘めています。

 人と同じように、その門を開く獣が居ても不思議はないのです。


 時にサムライも動物を育て、士力の門を開き、パートナーとして共に戦うこともなくはありませんから。



 ただ、今回神崎を倒したのは一般家庭の飼い犬。



 その飼い主は、サムライのサの字も知りません。


 その上相手は犬ですから、聴取も出来ませんし、サムライに誘うことも出来ません。



 観察を続けた結果、どうにも忠犬のようなので、社会的な危険はないと判断し、外部サムライとしてサムライ衆に登録することとなり、そのまま今までの生活をしてもらうこととなりました。


 今回は、やって来た死士に対し、飼い主への危険を察して排除に乗り出したという結論になりました。


 ですので、これからも立派に飼い主を守るのですよ。



 ……しかし、気になることが一つ。


 今回再起不能となった神埼が、うわごとのように呟いていた言葉が、私は気になった。


 支離滅裂な呟きを纏めてみると、彼は毎度同じく、気に入らないからと一般人を襲おうとしたところ、その一般人と一緒に居た犬が突然サムライに目覚め、自分を倒した。ということだった。


 従者やサポートの方々は、そのまとめを聞き、もうコイツはダメだと、憐憫の目を向けました。



 でも、私は違います。

 その中で、犬が突然サムライに目覚めたというところ。神崎が、「ヤツは獣に叡智を与えた」という言葉。


 繰り返し、うわごとのように呟き、畏れ震えているそれが、気になりました。



 この言葉が正しければ、それはそこに居た誰かが、犬に叡智。すなわち士力の門を開けさせ、神埼と戦わせたということになる。


 あの瞬間、その犬がサムライとなったのなら、今まで私達があの犬がサムライだと気づかなかったというのも十分説明がつきます。

 この説は、通常ならそんなことはありえないと一蹴される馬鹿馬鹿しい話。


 先に説明したとおり、獣でも指導すれば士力の門を開き、サムライのパートナーとなりえます。


 人が指導して、士力の門を開きサムライとなるのと同じように、人が獣の師となり、サムライとしての才能を開花させる。

 その道は、それ専門のサムライが生まれた時から訓練を受けさせ、人より少ないほんの一握りの獣だけが士力の門を開くことに成功する。

 意図的にそれを施すのは、人がサムライになるより困難な道なのです。


 それを、人が意図的に行った。


 そんな説、そりゃ一笑され、一蹴されて当然でしょう。



 だが、その不可能を可能にしかねない人物が、この街にいる。

 通常ならありえないと笑われる話も、彼が絡んでいると仮定すれば、話は違ってくるのです。


 彼は、我々に察知されないレベルで凶悪事件を未然に防いできた可能性もある少年。

 しかも、士力を発せずサムライにさえ察知できぬ行動さえ可能にする存在。


 彼ならば、獣に叡智を与えられても不思議はない。私がそう思ってしまっても、仕方のないことでしょう。



 士君は今、私達が彼に注目していることを察しています。

 それでも今までどおりこの街を守ろうとして、いつもとは手段を変えたという仮説も成り立ちます。


 すなわち、私達が見ているのを知っているからこそ、身代わりのサムライを立てた。という可能性!


 犬ならば聴取も出来ませんし、彼の情報が漏れることもありません。

 それでいて、死士も倒せ、街の平和も守れる。



 これが事実ならば、とんでもないことだ。



 人のサムライを一人世に出すのに、これほど苦労しているというのに、士君はこうも容易く『叡智』を授けてみせた。


 すなわち彼は、その気になればサムライの軍勢を生み出すことが出来る……



 この荒唐無稽な仮説が思い浮かんだ瞬間、私はまた、得体の知れない恐怖を感じたのを覚えています。



 妄想がすぎる。

 そう思いながらも、絶対にないと否定出来ない。


 サムライの常識に当てはめれば絶対にありえない仮説だというのにだ。



 彼は、その常識さえ通じない、ナニカかもしれないからだ……



 この仮説が事実なら、彼は本当に世界を救う救世主なのかもしれない。

 下手をすると、全人類をサムライ化し、世界を変える存在なのかもしれない。



 彼は本当に、何者なの?


 今回の一件で、彼の特性の推測がさらに複雑になりました。


 もちろん、答えはでません。

 本人に聞いたとしても、確実にはぐらかされるのは目に見えていますしね……



「どうしたのじゃ? 浮かない顔をして」


「あ、すみません!」


 この考え事をしていたのは、先生(刀十郎)の病室。

 せっかく見舞いに来たというのに、逆に心配をかけてしまいました。


「ちょっと考えごとをしていたので」



「……あの少年のことかな?」


「っ!」



 んぐっ。

 さすが先生。鋭い。



「ったく、ワシの警告を無視し勝手に探しおって。お前じゃ間違いなく手に負えん者じゃったろ」


 やれやれと、先生はベッドの上で楽しそうに笑った。

 先生。ここはため息をつくところだと思います。私を笑ってなにが楽しいんですか!



「しかし、よく見つけたもんじゃな。正直見つけられるとは思わんかったぞ」


「色々幸運が重なった結果です」

 先生が怪我をされる前、彼が川べりで死士に気づいたところを偶然見る機会がなければ、そんな少年はいないと考えていただろう。

 あれがなければ、彼にたどり着くことはなかった。


 それだけでなく、妹の彼方ちゃんがあの隠しカメラに気づくほど優秀でなければ、彼はその力を完全に隠し通せていたし、彼方ちゃんの助けがなければサムライ衆に入ってくれることもなかっただろう。


 そして、秋水が持ってきた動画があったとしても、最初の偶然がなければ士君は誰も見つけられなかっただろう。


 彼にとってこれが幸運なことだったのか、それとも違うことだったのか。

 あの動画も、いまだ本物かもわからないし、監視カメラにも彼がわざと映ったという可能性も消えない。


 今まで多くの断片から、彼の強大さがわかってきたけど、それでもその全貌はいまだつかめない。証拠もない。


 だが私は、彼がなにを考えていようとも、きっと正しいことに力を使ってくれると思っている。

 それは私の一番弟子。彼方ちゃんがそう信じているからだ。


 だから私も、彼女の信じる士君を信じようと思っている。



「それはさておきじゃ。そろそろワシも退院できんかのー?」


「だめです」


「ちえー。ケチじゃのー」


 老人がぷーっと頬を膨らませてもどこにも需要はありませんよ。


 そもそも先生は鎧谷にアバラを数本折られ、左手も骨折。さらに多数の打撲も負い、右の足首も捻挫しているじゃないですか。

 常人なら全治三ヶ月以上は確実の怪我。サムライだって士力と刀の特性を使っても入院一週間はかかる怪我なんですから、もう少し安静にしていてください。


 それでなくても、先生はもう御年で今までの戦いによって蓄積されたダメージでボロボロなんですから。

 いくら士力を用いて肉体的な若さを保っていたとしても、今までの激戦を考えればむしろマイナスなのは確実。


 皆、心配しているんですからね。


 ちなみに、すでに一週間は経っているが、先生の入院は二週間まで引っ張られている。これはこれを機に先生が嫌がっていた健康診断と休息もとらせようとしているからだ。


「まーだ検査結果でないのかのー」

「もう少しかかるそうです」


 検査とは健康診断の結果のことだ。

 この結果が出て健康だと出れば退院の許可がでるということで、先生はそれを心待ちにしている。


 でも、当然二週間経つまで結果は出ない。

 なにがなんでも先生には休んでもらわなければならないからだ!


 ちなみにだが、少し前に秋水から出た報復計画を利用し、護衛と称して見張りもいたりするので脱走も安心である。

 まあ、本気で逃げることを考えられたら誰も止められないでしょうが。



「そうかー。まだしばらくかかるかー」


「はい。まだしばらくかかります」



「なら、しかたないのう」


「はい。しかたありません」



「では、ワシ、隠居するとしよう。サムライ、引退じゃ!」


「ええ。それが……はっ?」



 にっこにっこしながら、先生はそれを宣言した。

 目を丸くしたのは、私だけじゃない。近くに控えていた護衛も驚きのあまり口をあんぐりと開けている。


 あれほど現役にこだわり、老中入りを蹴ってまで死士と対峙し続けた剣聖。

 そんな人が、これほどあっさり隠居するとは誰も思っていなかったからだ。



 名刀十選第四刀引退。



 この一報は、サムライ界に大きな衝撃を与えた。

 それは、青天の霹靂。


 先生の意図がさっぱりわからない。



 だが、揺ぎ無い事実が一つだけある。


 第四刀の席が空いた。



 それはすなわち、サムライの誰かが、新しく名刀十選に選ばれるということだ!




 おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ